【論説室の窓】竹川正記/毎日新聞論説副委員長
COP26で脱炭素化は国際的な合意を得たが、その直後に各国は化石燃料の取り合いを始めた。
浮き彫りになっているのは、カーボンニュートラルという「理念」と「現実」との間の壮大なギャップだ。
「われわれがこの問題を何かしら解決したなどと勘違いしようものなら、致命的な過ちになりかねない」――。
英国グラスゴーで昨秋開かれた国連気候変動枠組み条約の第26回締約国会議(COP26)。参加した197カ国・地域が「産業革命前からの気温上昇を1・5℃に抑える」「石炭火力発電を段階的に削減する」と合意できたにもかかわらず、議長国・英国のジョンソン首相の記者会見は厳しい発言が目立った。
COPの崇高な理念をよそに、足元では脱炭素化の取り組みの後退を示す「不都合な真実」が露呈していたからだ。
再エネ加速で電力不足 化石燃料依存に逆戻り
象徴的なのが昨年半ばに始まった欧州発の天然ガス価格の歴史的な高騰劇だ。英国を含む各国は近年、風力や太陽光発電を軸に温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーシフトを加速させてきた。ところが、皮肉にも気候変動問題を背景とした天候不順で再エネ発電の稼働率が低下。新型コロナウイルス禍からの経済活動再開が重なり、深刻な電力不足に陥った。各国は火力発電で補おうと天然ガスの調達に一斉に走った。
だが、エネルギー企業に対する環境規制の強化や、化石燃料関連への資金提供を敬遠するESG(環境・社会・企業統治)投資拡大による新規開発の停滞も災いし、天然ガス需給は極度にひっ迫。価格が一時、原油換算で1バレル当たり200ドルを超える異常事態となった。天然ガスの代替需要で原油や石炭の価格も跳ね上がった。
欧州と協調して脱炭素化を推進してきた米国のバイデン大統領も「直ちにグリーン経済へ転換するのは困難」と認め、最近は石油やシェールガス採掘規制の緩和に動いている。日本や中国を巻き込んだ異例の原油の国家備蓄放出まで余儀なくされた。「脱炭素に逆行する」との批判もものかは、電気代やガソリンの価格高騰などが国民や企業を苦しめる事態に「背に腹は代えられない」ということだろう。
欧米と同様に風力発電の稼働率低下で昨秋に大規模停電が発生した中国は、温暖化対策上「禁じ手」としていた石炭火力向け国産炭の増産にまで踏み込んだ。
今では世界的な化石燃料高騰がさまざまな原材料価格を押し上げる「グリーンフレーション」が懸念されている。脱炭素の取り組みを示す「グリーン」と、継続的な物価上昇を表す「インフレーション」を組み合わせた造語で、性急過ぎる脱炭素化の流れに実体経済が追い付かないジレンマを示す。
年明けには、電力用の一般炭で世界最大の供給国であるインドネシアが1カ月間、石炭の輸出禁止措置を発動し、業界に衝撃を与えた。国内の電力供給の安定確保を優先するためというが、化石燃料不足が価格高騰にとどまらず、供給停止に発展するリスクが意識された。エネルギーの大部分を輸入に頼る日本が厳しい状況に直面していることは言うまでもない。
COP26が高らかにうたった合意と裏腹に、相次いで表面化した「不都合な真実」が示す教訓は何か。それは2050年のカーボンニュートラルという「理念」と、世界各国が経済活動や社会生活を維持するために当面、化石燃料を使い続けなければならないという「現実」との壮大なギャップだろう。
欧州委員会が1月1日に、原子力発電と天然ガスを「温暖化対策に役立つエネルギー源」として認め、環境に配慮した持続可能な投資先(タクソノミー)に分類する方針を示したのも、再エネ一辺倒の直線的な脱炭素化の取り組みでは危ういと判断したからだ。実需があるにもかかわらず、理念だけで化石燃料を無理に排除しようとすれば、投機マネーに目を付けられて相場が混乱するのは必定だ。ESGブームの圧力で欧米エネルギー企業が化石燃料の開発・投資から撤退を続けることで中東やロシアなど資源国の影響力が強まり、地政学的なリスクも高めている。
手段だけに目を奪われずに 実効性のある工程表が必要
経済産業官僚時代に京都議定書に関する国際交渉を手掛けた有馬純・東京大学公共政策大学院特任教授は、交渉の実態について「『地球環境を守るために力を合わせましょう』という美しいものではなく、各国は完全に国益で動いている」と解説。「温室効果ガスの削減は、地球レベルでの『外部不経済の内部化』であり、そのコストを各国の間でどう負担するかというゲーム」と喝破する。その上でCOP26の成果を認めつつ「地球全体の温度目標を定めるトップダウンの性格と、各国が実情に応じて目標を設定するボトムアップの性格が微妙なバランスを取っていたパリ協定の性格を大きく変えることになる」と指摘し、先進国と途上国の対立激化を懸念する。
有馬氏が言うように本質が各国の産業競争力や雇用をかけたゲームだとしても、欧米による自国への利益誘導が目立つままなら、世界的な脱炭素化の取り組みは行き詰まりかねない。
問題は、COPが石炭火力削減やガソリン車の排除、カーボンプライシングなど脱炭素化の手段にばかり熱心で、世界全体が化石燃料依存からどう脱して、再エネに転換するかという実効性ある工程表づくりを怠ってきたことだろう。脱炭素社会というゴールに到達するには、再エネの安定電源化に不可欠な大容量の蓄電池開発や、水素の活用、メタネーションなど相当の技術革新が必須だが、いずれも発展途上だ。それまでの数十年間は、省エネや火力発電の低炭素化などあの手この手で化石燃料依存を秩序立てて減らしつつ、経済や生活に必要な石油や天然ガス供給は確保しなければならない。
日本は欧米が主導する脱炭素化の国際ルールづくりに乗り遅れまいと焦燥感を高めるが、アジア各国や中東産油国などと連携し世界共通の脱炭素化の工程表づくりにも乗り出してほしい。回り道のように見えても、そうしてCOPの協調を支えることがルールづくりで主導権を取り戻し、国益に資する道につながるはずだ。