【コラム】「成長戦略・資産運用立国の発想を考える~大学の資産運用は救国となるか」
飯倉 穣/エコノミスト
1、金融頼りに疑問
大学の財務に政官金のリスクが迫っている。「成長投資を促進するための金融戦略~資産運用立国のアップグレード(内閣官房26年7月21日)」(以下金融戦略2026年)の策定があった。強い経済実現に必要な17の戦略分野への成長投資を強力に促進するため、日本企業の事業再構築・再編を支える資金の好循環を創出するという。このため金融機関の市場機能発揮を強力に促す一環としてアセットオーナー(年金・大学など)に受益者の最善利益の追求を要請する。政府が、私立大学の資産運用を「適切なリスクテイクで適切なリターン」と、「怪しげな儲け話」で煽ることに驚いた。
報道もあった。「私立大学、10兆円の資産運用に積極化の兆し オルタナ投資も選択肢」(日経7月23日Web)。「私大の資産運用促進へ 少子化で財源多様化 文科省 慎重姿勢17年ぶり転換」(読売同22日)。「私大の資産運用 体制整備 財源多様化向け 政府促進へ」(朝日同2日)。
インフレ対策や成長戦略は、本来政府の基本政策である。その政策の不調を繕う一環で、大学に財務戦略を求める。大学の資金を成長投資に誘導する施策は、過去の財テク失敗の教訓を踏まえているのか。また成長戦略に、大学の財務がどのように貢献できるのか。「風が吹けば桶屋が儲かる」の類ではないか。利潤目的の素人顧客獲得の臭いも芬芬と漂う証券業界好みの政策にも見える。
大学という高度の公益的な自治組織の財務に対し、金融庁の関与は不可思議である。また経産省・文科省主催の「大学の資産運用の在り方に関する研究会報告書(26年7月)」(以下研究会報告書)の提案も疑問である。この国の政官の発想は、過去の瀬戸際政策である総動員法的になっていないか。改めて今回のアセットオーナーとして無理強いを迫られる大学の財務基盤・資産運用について考える。
2,なぜ財源多様化が必要か~大学の財テクに違和感
どの大学も教育・研究維持・向上のため、収支の健全性と財務基盤の維持に腐心している。そして現下の大学は、運営環境の変化に伴う短長期的な課題を抱えている。今日の物価上昇に伴うコスト増対応と、今後の学生数減少に備えた学修者確保である。コスト増対策は、授業料の値上げが困難な場合、支援・寄付・研究資金獲得などの努力は当然として、「入りを量りて出づるを為す(量入為出)」を基本とする。
「研究会報告書」は、まず少子高齢化・人口減少等の環境変化で、学修者の可能性の伸展、人材育成、イノベーション創出で、大学の役割を期待する。次に優れた教職員・学生を引きつける環境構築が必要で、そのコストを賄う財務基盤の確立を述べる。公財政支援・授業料収入、産学連携活動収入・民間寄付金の他に、財源の一層の多様化が重要とし、資産運用を有力選択肢と位置付ける。そして預金・債券中心の運用から、インフレ圧力・金利上昇を考慮し、株式等のリスク性資産への投資も含め、資産運用の促進・高度化に向けた取組を求める。大学の理念や規模に応じた適切なリスクテイクを行い、適切なリターンを確保すべきとする。この財テク的発想に大学運営の「基本と実情」無視の飛躍がある。
これを受け文科・経産省は「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」(26年7月)提示した。一言で言えば、現預金債券から、リスク性資産運用が必要と強弁する。政府が、リスク性資産への投資誘導を進める構図である。昔バブル時代に、営業外利益狙いと金融機関の推奨で、企業が、財テクに走ったことを思い出す。マネーゲームに素人集団を誘い込む道筋に見える。
果たして妥当であろうか。
問題点は、大学という自治制を有する公益法人の財政状況に、なぜ政府がインフレ等を見込んだ公的支援という方法でなく、その有する資産の扱いに関与するのか理由不明である。大学の経営は、大学の責任で行うという本筋から考えると、ある意味で不要かつお節介である。また理由にインフレ圧力を上げるが、物価の安定は政府の経済財政運営の問題である。まず政府は、物価の安定を措置すべきである。大学の知恵が、資本市場の活性化に寄与することはあろうが、リスクテークの資産運用に踏み込む合理的理由は見当たらない。
3,資金のかき集めで何をしたいのか ~成長戦略はマネーゲーム推奨か
私立大学を巻き込む危うい資産運用の画策者は誰か。資産運用立国の政府施策がある。「成長と分配の好循環」を実現し、我が国経済の成長と国民の資産所得の増加につなげていく」(内閣官房・金融庁資料)と謳っている。「家計が・・より多くの資金を貯蓄から投資に向ける。企業が、その資金を成長投資に回し、企業価値を向上させる。その恩恵が資産所得という形で家計に還元され、更なる投資や消費に繋がる」(資産所得倍増プラン22年11月、資産運用立国実現プラン23年12月)という作文があった。高市内閣の下でも、金融官僚は、ゴマスリか知恵不足か、資産運用立国の推進・発展に固執している。そして従来の家計に加え、今回なぜかアセットオーナー(年金、大学など)も取り込んだ。アセットオーナー・プリンシプル(24年8月)を策定し、アセットオーナーに運用方法の変更(対象拡大)を迫る。不要なことである。問題は明白である。運用の成否について誰が責任をとるのか。失敗の場合、推奨した国の責任はどうなるのか。アセットオーナーのリスクを担保できるのか。これらが明確でない。
これまでの経緯を振り返ると、「第3回新戦略策定のための資産運用立国分科会」の文部科学省説明資料(26年4月2日)は、興味深い。そこでは大学の資産運用実態把握調査等を紹介している。その上で、インフレ圧力の高まりや金利上昇などの状況下、計画的な資産運用等による財源の多様化で、中長期の財務の安定性確保が必要と記述し、各大学が適切なリスクについて検討した上で適切なリターンを確保することが重要とした。
その後、前述の「金融戦略2026年」は、国民が経済成長の成果を最大限享受できるようにする。アセットオーナーの機能向上や、投資家を支える資産運用サービスの高度化、家計の安定的な資産形成の促進を図るとした。そして「3、国民が経済成長の成果を最大限享受するための環境整備」で、アセットオーナーの機能向上(受益者の最善の利益を追求した資産運用)を述べ、大学においては、資産運用による財源多様化・財務の安定性確保で、資産運用ガイドブック作成、アセットオーナープリンシプルの受け入れ促進、その受け入れを卓越大学の認定条件にすると迫る。他に他大学との共同運用、外部専門家の知見活用(存在に疑問も)、私立大学の会計上の有価証券の取り扱いの見直しを検討するという。政府によるリスク資産への誘導である。
これらの論理の展開に違和感を覚える。抑々成長は、金融で可能なのか。経済成長の現象とメカニズムを理解しているのか。証券業界の利益誘導、顧客獲得、株価資本主義的発想ではないのか。成長で、金融要因を強調する向きは、抑も経済成長の姿とその要因の見方に曲解がある。
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