【目安箱/6月8日】インフラ企業の「お客さま」は「神様」ではない⁉

2021年6月8日

◆「全ての顧客に真剣に」対応する代償

エネルギー産業の顧客対応の姿勢を紹介したい。ある会社で、広報部門を15年ほど前に見せてもらったことがある。その会社では顧客の対応で、複雑な問題があると広報部に回る仕組みだった。いわゆる政治活動家やクレーマーへの応対まで社員が一生懸命対応していた。

ていねいに顧客に向き合う姿に感銘を受けるとともに、「やりすぎではないでしょうか。『お客さまは神様』では、ありません」と質問した。すると案内した幹部は、「神様とは思っていませんが、インフラ企業にとっては、全ての方がお客さまです。どの問い合わせにも真面目に、真剣に対応します」と返事をした。その返事をする態度に、「自分の言っていることに間違いがあるかもしれない」という戸惑いの色が見えたように思えた。

同社の若手広報部員とたまたま知り合いだった私は実情を聞いていた。彼は有名大学卒業生のエリート。顧客対応の仕事では、15分に1回、電話がかかった。そのうち5分の1は、何を言っているか、わけのわからない内容の電話だったという。電話口で突如、怒鳴られることもたびたびあった。次第に、帰宅後も電話が頭の中で鳴り続けている精神状態に。上層部も現状を分かっているようで、激務のため短期間で電話対応の社員は変わったという。「会社がお客さまにどのように思われているか、この仕事から知ることができたため、きつい経験は後になって、ためになりました。しかしやっているその時は、苦しく、限界になりました」と、その社員は語っていた。

電力会社の社員らによると、2011年の東日本大震災と東京電力の福島第一原発事故の後数年間は、こうした状況がさらに悪化した。事故直後に、原発絡みで電話での問い合わせや抗議が、全国の電力会社に殺到した。同じ人が何度もかける例もあったという。インターネットの時代でも、電話だとすぐに不安を訴えたり、直接不満を爆発させたりできるとして、電力会社のコールセンターが利用されたのかもしれない。

特に、東京電力の社員の話を聞くと、気の毒に思う。原発事故を同社は起こした。その問題で、被災者を初め、一般消費者からも、何年も激しい批判を浴びせられ続けたという。もちろん原発事故の責任を、東電の会社そのものは負うべきだが、個々の社員にその責任を問うのは酷だ。

エネルギーの自由化が進んだ今、人は減っていても、エネルギーインフラ企業の顧客対応を真面目にする文化は、大きく変わったようには見えない。それどころか、サービスの向上は求められ、各社が対応する。社員の疲弊は蓄積する一方だ。

◆「クレーマー」の威張れない時代

はたして、これでいいのだろうか。日本のインフラ産業、エネルギー産業は、「全ての人がお客さま」という意識にとらわれすぎているように思う。

ほとんど報道されていないが、ネット上では騒ぎになり、時代の変化を示す事件があった。今年4月1日、車椅子に乗る女性が、JR東日本の来宮(きのみや)駅での乗降を巡る同社の対応を「障害者の乗車拒否だ」などと批判し、新聞社に通報、自らさまざまな方面に情報を発信した。女性は手前の小田原駅で来宮駅までの案内を申し出た際、来宮は無人駅でエレベーターもなく車椅子が使えなかったため、駅員から「来宮駅は階段しかないのでご案内ができません。熱海まででいいですか?」と最初に言われたことに腹を立て、「乗車拒否」と訴えたようだ。

静岡県熱海市にあるJR伊東線の来宮駅

しかし、乗車拒否の事実はなかった。実際のところ、JR東は社員4人を熱海駅から派遣し、女性の行動に合わせて、100㎏超と推定される電動車椅子を運んで駅の階段を上下していたのだ。ほどなくして、この女性が社民党の常任幹事という政治活動家で、政治活動のためにこのようなことをしたのではないかという疑惑が浮上した。

この事件が興味深いのは、これまでの同種の騒動と全く違う展開を見せたことだ。この女性はマスコミなどに対し「バリアフリーを進めたい」「移動の自由だ」と主張した。ネットのない時代だったら、批判はJ R東日本に向いただろう。

しかしネット上では、この女性が政治活動家であるという事実や過去の言動が暴かれ、本人や擁護する人が情報を発信するたびに批判が広がった。「モンスタークレーマー」と言う批判もあった。そうしたネットの一般人の批判を観察すると、日本の民度がとても高いことが分かる。この女性の障害への中傷はほとんどなく、そのおかしさを冷静に指摘するものが大半だった。そしてインフラ企業であるJR東日本の対応を評価していた。

いわゆる顧客サービスを巡る問題は千差万別で、この事件だけでサービス対応の普遍的な答えは導けない。しかし、①ネットを活用する、②賢明な利用者の多い日本では常識が通る、③適切に顧客の声を聞く――というとるべき3点の対応が改めて分かる。

◆「お客さまは神様です」の真意

もちろん、顧客サービスへの要求は「モンスタークレーマー」によるものとは限らない。相手の主張を聞き、改善すべきサービスにつなげることは必要だ。しかし、明らかに要求が、おかしな「一線」を超えている場合に、それに付き合わず、毅然と拒否することが求められる。上記のJR東の例を見て分かるように、おかしな顧客の行動は、その顧客に批判が向く時代だ。正しい対応をしていれば、多くの人は理解してくれるし、社会の姿勢も「モンスタークレーマー批判」が当たり前になっている。新聞などのオールドメディアの影響力も低下し、報道も事実に基づかなければ逆にネットを活用する一般人から批判されるようになった。悪評と同時に、好評価もネットで広がる。正しいことをすれば、ネットの草の根の発言を通じて普通の人は必ず評価をしてくれる。

もちろん、エネルギーインフラの各企業も、ここで指摘する程度のことは、当然考えているだろう。しかし冒頭の例に述べたように、「お客さまを大切にする」という建前に、各社、そして全体がひきずられている印象を受ける。「お客さまは神様ではない」のだ。

ちなみに私の使った「お客さまは神様です」は歌手の故・三波春夫さんの有名な言葉だ。ただし、これはお客のことを絶対視するという意味ではない。三波氏は真意を、次のような、美しい、意義深い言葉で説明している。

「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客さまを神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客さまを歓ばせるということは絶対条件です。ですからお客さまは絶対者、神様なのです」 顧客の言うことを聞き続け、働く社員に負担を与えることが、エネルギー産業が顧客対応で進むべき道ではない。三波さんの「お客さまは神様です」

発言の真意のように、質の高いサービスによってお客を喜ばせ、それぞれの人の生活の質を上げ幸せにすることに、エネルギー産業の人たちは邁進してほしい。クレーマーなど、恐れる必要はない。エネルギーの各企業は、生活に密接に関わるからこそ、人々の幸せを、仕事を通じて実現できる素晴らしい立ち位置にいるのだから。