【論考/3月24日】財務数値から見る大手電力の信用力低下

2022年3月24日

旧一電のキャッシュ・フローは長期的に悪化傾向

キャッシュ・フロー計算書は、事業活動によって得られた資金を表す「営業活動によるキャッシュ・フロー」(営業CF)、事業の継続に必要な投資や資産の売買による資金の出入りを示す「投資活動によるキャッシュ・フロー」(投資CF)、資金の調達や返済を記録する「財務活動によるキャッシュ・フロー」(財務CF)の三者で構成される。これらのうち、営業CFと投資CFの合計をフリー・キャッシュ・フロー(FCF)と呼ぶ。事業によって得られた資金から、必要な投資を差し引いた残りがFCFであると考えても良い。このFCFから債務が返済される。従って、FCFが黒字であることが企業の存続にとって重要である。

事業の好不調により営業CFには波があるが、それ以上に投資CFには、大規模な投資のタイミングにより大きな変動があるのが通常である。従って、FCFは年度により大きく変動し、必ずしも毎年プラスとはならない。つまり、単年でCFを分析してもその企業の実力は分からないため、数年間を通してのFCFの大きさを見ることが有効である。仮に数年間を通じてFCFが赤字だとすれば、それは債務を返済できる実力が不足していることを意味する。

ここでは、電力システム改革において例外的な扱いとなっている沖縄電力を除いた旧一電各社に関して、電力の小売り事業が自由化されて以降の17年3月期から21年3月期までの5期間のFCFを見てみる。5年間という長さをとることにより、燃料価格の上昇・下落による影響も均され、また設備投資額の変動による影響も平準化される。

 表に示された10社の合計では、年間約1600億円のFCFの赤字となっている。東京電力ホールディングス(東電HD)と中部電力のキャッシュ・フロー創出力を見る際には、両社の燃料事業および火力発電事業を移管したJERAも併せて考慮すべきである。これら3社を合計すれば、年間のFCFの黒字が維持されている。一方、北海道・北陸・中国・九州と関西の各社は、最近の5年間を通して見てFCFが赤字となっており、特に関西以外の4社はその赤字の規模が相対的に大きい。事業が生み出すCFでは必要な投資を賄うことができておらず、債務を返済できず反対に資金を新たに調達し続ける必要がある状態が、最近では恒常化してしまっているとも言える。

では、電力自由化以前の時期には、旧一電各社はどれだけのCF創出力を持っていたのだろうか。図表1に示した5年間平均のCF分析を、電力システム改革が本格化する前の時期(07年3月期から11年3月期の5期間)について、同様に行った結果が下の図表2である。

二つの図表の数値を比較すると、全社合計で、営業CFは2兆8900億円から2兆4900億円へと年間約4000億円減少している。反対に投資CFは、2兆2300億円から2兆6500億円へと約4200億円拡大している。従って年間のFCFは、業界全体で約8200億円も悪化している。この結果、自由化が進展する以前は業界全体のFCFが毎年約6700億円の黒字であったものが、最近は反対に毎年約1600億円もの赤字に転落している。旧一電業界全体としてCFを生み出す力が明確に低下しているということであり、中でも上記の4社は負債の返済能力が危ぶまれている。電力システム改革の進展を経て、信用力が悪化する方向に変化していることが分かる。

定量分析と定性評価から成る信用力評価

本稿では、財務数値を用いた定量的な分析の基礎的な部分の一端を紹介した。信用力分析とは、このような定量分析に、財務数値以外のさまざまな要因を考慮した定性分析を加えて成り立っているものである。定性評価においては、数値の単純な大小だけでなく、その数字の持つ意味を問うことが主眼となる。本稿の最初に紹介したように、旧一電各社は赤字を計上することが過去に何度もあったが、少なくとも電力自由化以前には、そのことで存続が危ぶまれることはなかった。旧一電にとっての赤字決算は、他の業種に属する企業の赤字計上とは、意味が全く異なっていたからである。

今後、機会があれば、電力システム改革の進展の前後の時期について、旧一電各社の信用力評価のどの要因がどう変化したのか、その変遷を紹介してみたい。

ひろせかずさだ 東京大学法学部卒、米デューク大学経営学修士。日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。日本信用格付学会常務理事、証券経済学会会員、日本証券アナリスト協会検定会員、経済産業省資源エネルギー庁審議会委員。近著に「アートとしての信用格付け その技法と現実」(金融財政事情研究会)

1 2