【特集2まとめ】ガス業界の脱炭素戦略 「熱変」以来の大波に挑む


菅義偉前首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言して早1年。
都市ガス業界では大手を中心にビジョンが相次いで示された。
実質的に炭素を出さないエネルギー社会の創造は、
かつての業界挙げての国家プロジェクト「熱量変更」をしのぐ。
脱炭素に向けて必要なことは何か―。事業者やメーカーの動きを追った。

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【特集2】家畜の糞尿がLNG代替に 液化バイオメタン実証を開始


【エア・ウォーター】

都市ガスのカーボンニュートラル(CN)に向けては、生産・利用過程で発生するCO2をオフセットした「CN都市ガス」や、CO2と水素を合成してメタンを製造する「メタネーション」などが注目される。こうした中、新たな潮流が生まれようとしている。バイオガスを原料にした液化バイオメタン(LBM)を、LNGの代替にする方法だ。

産業ガス大手のエア・ウォーター(AW)は、北海道十勝地方で酪農家や食品事業者と共同でLBMのサプライチェーンを構築する実証事業を環境省のもとで行っている。期間は2021年4月から23年3月に掛けての2年間。LBMの年間製造予定量は360tで、全量がLNGの代替として利用された場合、サプライチェーン全体でのCO2削減量は年間7740tにおよぶ。

LBMで工場を操業 ロケットでの利用も視野

実証では、酪農家が保有するバイオガスプラントで作られる乳牛などの糞尿由来のバイオガスをAWが回収。バイオガスは北海道帯広市にある同社ガス充填工場内に建設するセンター工場に運ばれてメタンとCO2に分離、メタンを液体窒素との熱交換により極低温のLBMを製造する。

LBMは、実証に参画する「よつ葉乳業」の工場にローリー輸送してLNGの代替燃料としてさまざまな条件下で使用されるほか、別の環境省実証事業であるLNGトラックの運用に一部利用される。さらに実証が行われる北海道大樹町では宇宙港の整備が進められていることもあり、同町を拠点に宇宙探査を目指す宇宙ベンチャーがロケット発射時の燃料にと関心を寄せているという。

①酪農家からメタンガスの回収、②センター工場でLBMの製造、③需要家に配送して燃料として利用―というサプライチェーンを構築する実証は国内初の事例。経緯について、生活・エネルギーカンパニー長の梶原克己専務執行役員は「地域のエネルギー循環を図るという考え方が原点にあります」と語る。

本来大気放出されるはずの家畜由来のメタンをエネルギーとして再利用する持続可能性のある事業であるだけでなく、産業サイドにとっても熱需要のCN化は喫緊の課題だ。バイオガスプラントも、酪農家がもともとFITで操業するバイオガス発電向けに保有しているケースも多く、FIT後の新たなバイオガスの利用先になるのではと期待する声もある。エンジニアリング&ソリューション事業部の近藤俊和事業部長は「酪農家が抱えるバイオガスの有効利用と、工場・産業のCN化を図るという意味でも、意義がある実証だと考えています」と話した。

LBMサプライチェーンの構想図

「やり方は無限大」 食品廃棄物解決の一助に

実証の肝であるLBM製造だが、AWではこれまで家畜由来のバイオガスからメタンを抽出して水素に変換し、燃料電池向けに利用する実証事業を北海道鹿追町で行ってきた。

製造技術についてAW技術戦略センター産業・エネルギー・ガスオペレーション開発センターの末長純也CTOは「LBMはバイオガスからメタンのみを分離し、液化窒素との熱交換を行うことで、極低温かつ純度99%のLBMを製造するプロセスを経る。このバイオガスから純度の高いメタンを分離する技術は、鹿追町での実証と、当社が産業ガス製造で培ってきた技術が大きく役立っています」と説明する。

一般的なLNGの成分は、約90%がメタンで残りの10%をエタン、プロパン、ブタンなどの炭化水素が占めている。

そのため高純度メタンであるLBMはLNGの90%程度の熱量を有しており、今後はよつ葉乳業の工場でLBMの専焼、LNGとの混焼などさまざまな条件での運用を行うことで、LBMを利用した際の熱量変化の影響を検証していく予定だ。

梶原専務は「LBMの元になるメタンは別の資源由来のバイオガスからも抽出できるので、食品廃棄物を用いたLBM製造も技術的には可能。やり方は無限にある。SDGs(持続可能な開発目標)にもかなう実証です」と語った。

畜産業から排出されるメタンの問題のみならず、日夜大量に放出される食品廃棄物の問題は、日本をはじめとした大量消費社会が抱える悩みの一つだ。今回の実証は、世界の環境問題、社会問題を一挙に解決するソリューションになるかもしれない。