【特集2】日本が強みとする熱利用技術 創意工夫で社会の要請に応える

2024年10月3日

家庭部門の温室効果ガス排出量削減に有効な手段となるHP。
各方面の関係者が長所を住宅市場で生かす方策を提言した。

出席者

西川弘記/日本PVプランナー協会顧問
塩 将一/積水化学工業住宅カンパニー 技術渉外グループシニアエキスパート
鈴木隆行/ヒートポンプ・蓄熱センター 業務部部長

左から順に、西川氏、塩氏、鈴木氏

―家庭用ヒートポンプ(HP)の普及状況や現状について、認識をお聞かせください。

西川 家電メーカーはエアコンなどのHP機器を含め、インバーターと電気利用システムを進化させることで快適性と省エネ性を叶え、創エネにも取り組んできました。電灯会社が電力会社となり、二股ソケットやアタッチメントプラグが開発されて照明が普及した頃を第一世代だとすると、インバーター技術を進化させたのが第二世代です。

 インバーターによる省エネ化で非常に効率の良い運転ができるようになり、HPも作られました。現状、世界の電力需要の約半分を「モーター」が占めています。日本のHP技術は、お湯を作る、空気中の熱を集めて運ぶといった点で優れています。これは、モーター駆動に用いられるインバーター効率の改善にも生かすことができます。

 私は1997年から商品開発に携わり、最初にPV(太陽光発電)住宅を手掛けて以来、PV一筋です。98年にPV住宅を始めた当初から、経済の合理性や電力の運用面を考え、PVとオール電化の組み合わせを進めてきました。電化で効率を上げるにはHPが一番だからです。PVで作った電気でHPを動かすと、PV自体は15~20%ほどしか太陽のエネルギーを使っていません。
 

一方、HPは大気熱を利用できるので、PVとの組み合わせは省エネを進める上で不可欠です。今後、50年の温室効果ガス排出量ゼロを目指す上で、HPの運用やエネルギー融通が焦点になると思います。

鈴木 当センターでは、家庭用、業務用、産業用という三つのセグメントでHPの普及啓発を行っています。環境省の地球温暖化対策計画の目標値を見ると、家庭用は割と目標値に近い形で進捗しているものの、産業用・業務用は苦戦している状況です。 
 

ただし、比較的順調な家庭用でも地域別に見ると、寒冷地では苦戦しています。北海道経済産業局の方々と意見交換をした際、HPに対するユーザーの認知度が上がっておらず、選択肢に入ってこないと話されていました。これからは、寒冷地でのHP普及をより一層注力すべきだと認識しています。

寒冷地での普及進まず 建物の断熱性向上が課題

―北海道の導入状況をどのように見ていますか。

塩 断熱性の低い既存住宅では、体感的に灯油文化が根づいていす。一方、新築住宅は断熱性があり、エアコンでの暖房も可能です。しかし、給湯を含め、オール電化やエコキュートはなかなか普及していません。機器の性能を上げても、文化や慣習を突き崩すブレイクスルーがないと、北海道でエコキュートまで含め普及は難しい状況かなと思います。
 

そうした中、冷房用としてエアコンの導入は進んでいるので、暖房においてエアコンの比率を上げていく方法はあると思います。また、ベンチマーク制度によるCO2の削減量は、北海道では、灯油を原単位とすると、エアコンの導入により、大幅な削減が見込めます。こうした点から、HPの稼働率などで評価するべきだと思います。

西川 世界の主要都市では暖房文化圏が非常に大きく、欧州ではウクライナ危機などでHPに補助金がつき、日本企業の工場が多く進出しています。欧州において、ボイラーとの入れ替えの際に要となるのは、システムインテグレートする人たちの教育にあります。
 

また、ほとんどのボイラーが遠隔監視され、メーカーが保証するルールで運用されていますが、日本メーカーは売り切りの文化です。今後は、遠隔監視して長期間メンテナンスを行うといった新しいビジネスの必要性を感じます。

鈴木 当センターは今年4月、ヨーロッパのエネルギー利用の実情の調査に行きました。ヨーロッパのHP先進国はノルウェーですが、あれだけ寒いところでも1000戸中、約650戸の比率で導入が進んでいます。

 これは、建物の断熱性が高いことや水力発電が多くて電気料金が安いこと、また、化石燃料を禁止する政策がとられていることが理由です。現状でも、HP機器導入の補助金制度が設けられていますが、今後は、建築物への手当てとしてHPが導入されやすいような枠組みも設けられていくべきだと考えます。

効率が高まっているルームエアコン

天気予報に応じて稼働 余剰電力の有効利用促進

―HPを活用した新しい動きはありますか。

西川 経済産業省の議論で言われているように、PVが増加していくと、晴れたら昼間は1kW時当たり0・01円になります。ところが、今は毎日出力抑制している状況です。そこで、昼間の需要を増やす上で、需要側のオンライン化、DR ready(デマンドレスポンスに対応可能な状態)が非常に重要になります。
 

30年度の電源構成で再生可能エネルギーが36~38%、原子力が20~22%、火力が40%くらいになると、出力変動の吸収には火力の運用とともに需要側の調整も必要です。しかし実際のところ、需要側のオンライン化はビジネス上では難しいのが現状です。一方で、需要側の供給地点番号と機器番号が一致していないという問題もあります。

―スマートメーターの地点番号がエコキュートとひも付いていないということですか。

西川 そうです。22年頃から家庭用のエコキュートはスマートフォンでも動くタイプになってきています。スマホで供給地点番号と電力会社との契約情報がマッチングできれば、すごく便利なソリューションになると思います。

 HEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)で計測したエコキュートの消費電力量は、年間1327kW時で1日当たり4kW時です。これを季節別で見ると、夏場が1・5kW時、冬場が6kW時と4倍の差があります。夏場はPVの発電量が多いのにエコキュートの消費電力は非常に少なく、逆に冬場は全然足りません。一方で、PVは雨の日には発電しません。
 

そこで、例えば、電力消費量の少ない夏場には、雨の予報の前日までに、2~3日分をまとめて沸かすことで、PVの余剰電力を活用できます。「貯めると熱損失が生じて省エネにならない」との意見もありますが、本気でゼロカーボンを目指すのであれば、省エネと再エネを分けて考えるのではなく、ベストミックスによる最適な解答を考える必要があります。

鈴木 当センターでは、今夏に住宅設備のCO2排出量やコストをシミュレーションした結果を公表しました。設備構成を変えてシミュレーションしたところ、戸建てではPVの発電電力を使って昼間にエコキュートでお湯を沸かすことが、他の機器の組み合わせよりもCO2排出量、コストメリットともに有利であることが確認できました。
 

また、コスト面においては、イニシャルコストは多少かかるものの、ランニングコストで十分に回収できる結果でした。こうした優位性をユーザーにご理解いただくとともに、PPA(電力販売契約)の導入などと併せ、エコキュートの昼沸き上げのスキームを考えていく必要があります。

              住宅で導入が進むエコキュート

 

世界に誇る制御技術駆使 成長戦略の原動力に生かす

―電力需給の調整力を担う重要性も高まっています。


西川 
現在、日本の交流による電力系統網は火力発電などによる慣性力の存在によって電力品質の安定化が成り立っています。その慣性力が失われていくと、電気を使う側、つまり、いまのインバーター機器は安全確保のために解列します。ですが、例えばエアコンは多少の電力品質の変動を吸収できるよう、トップランナー方式で少しずつ変わってきています。こうした技術は今後、増えてくると思います。
 

一方で、慣性力を安定化させるグリッドフォーミングの技術を進める必要もあります。それから、PVや蓄電池が注目されがちですが、コントロールするのは脳みそであるインバーター側です。家電製品で細かい制御ができて高い性能のある技術は、全世界に勝てるものとして日本が誇るべき文化です。

鈴木 HPのコア技術であるコンプレッサーも日本固有の技術として成長戦略にしていくべきです。高い圧力に耐え得る圧縮器を、少ない材料で薄く作ることができる技術は、日本の強みです。

塩 今後、住宅が国全体に寄与するためにはエネルギー収支のバランスを変えなければなりません。日本は島国なので、再エネを入れて自己完結するには融通が必須です。例えば、雨の日に備えて蓄電池やEVに電気を貯めておく、足りない分をマンションからの協力を得るなどの方法があります。
 

まずは、その芽を出す上で、新築戸建てにエコキュートやHP、蓄電池を入れて、自給自足で完結するスタイルを広げていくことが、戸建てを中心とする住宅メーカーが50年に向けて進めるべきことです。そうした家が多く建ってくれば、アグリゲートするという次の段階に入っていけます。

VPP事業でメリット実証 社会実装を進める段階へ

―今後の普及に向けた課題についてもお聞かせください。

西川 電力システム改革では、市場の価格メカニズム制度の整備、機器のIoT化と価格シグナルへの対応、DR搭載機器の普及などが協議されています。これらを連動させて相互のつながりを作る一丁目一番地がエコキュートです。また、VPP実証事業が終わり、エコキュートや蓄電池の接続をはじめ、節電ポイントシステムなどの実績ができています。これらの仕組みを使えば、社会的資本として安く実装できます。その意味でまずはRA(リソースアグリゲーター)と小売りとの連携が不可欠で、本気で実装に取り組むべきです。

 新築戸建てにおいては、PVの導入やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の流れができているので、高効率給湯機器を入れてHPでの冷暖房は当たり前のものとして普及していきます。そうした中、新築に比べて、初期コストやいろいろな制約条件がある既存住宅への対応が、日本全体の課題だと思います。ユーザーに納得していたただけるよう、例えば、ダイナミックプライシングのように、時間に応じて価格差をつけるなど、導入しやすくなる制度面のサポートが求められます。

鈴木 設備が一度入ると、なかなか違う設備に入れ替えられない「ロックイン問題」があります。戸建てでは、機器が壊れるまで使って、壊れたら同じようなものに入れ替えます。また集合住宅では、耐荷重や電気設備容量が足りないなどの理由から、エコキュートが入れられる建物の仕様になっていません。 
 

こうした事情を踏まえ、まずは新築の戸建て・集合住宅に対して、経済的インセンティブが付与されるような誘導的施策が必要になると思います。またユーザーの認知度を高めるため、ハウスメーカーや地場工務店、電力会社、あとは行政もしっかりと巻き込み、ムーブメントを起こしていく必要があると感じています。

にしかわ・ひろき 松下電工(現パナソニック)入社。工場生産技術を経て、次世代の住宅提案などに従事。

しお・まさかず 1985年積水化学工業入社。98年から太陽光発電の専任担当。太陽光発電協会の監事なども務める。

すずき・たかゆき 大学卒業後、建築工学の知見を生かす営業に従事。現在、自治体などへのコンサルティングなどを担当。