関電金品問題で訴訟相次ぐ 有罪で保険適用外の懸念


新型コロナ禍の陰で、地元の関西を除きやや旧聞となった関西電力の金品受領問題。6月25日の株主総会を前に、株主代表訴訟などの動きが出てきてた。

関電は16日、監査役が会社を代表する形で元取締役5人を相手取り、総額約19億万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。提訴対象は八木誠前会長、岩根茂樹前社長、豊松秀己元副社長、白井良平元取締役、森詳介元会長の5人。社外弁護士らによる取締役責任調査委員会が認定した損害額と調査に要した費用などから賠償額を算定した。

これとは別に、関電の株主は23日、新旧役員約20人に対し、総額約90億円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴。一方で刑事責任を問う動きも出ており、市民団体が関電役員ら13人について、会社法違反などの疑いで大阪地裁に告発状を提出している。

賠償請求に備えた「会社役員賠償責任保険」なる制度があり、関電もこの保険に加入しているという。が、犯罪行為があると保険金が適用されない場合が多く、「有罪認定されると(被告は)大変」との声が聞こえている。

電話勧誘で不適切行為 東電EPの責任問う声も


三井物産系列会社のコールセンターが、東京電力エナジーパートナー(EP)から委託を受けた家庭向け電気・ガス販売の電話勧誘業務で不適切な勧誘をし、それを隠すために会話記録を改ざんしていたことが新聞報道で明らかになり、業界をざわつかせた。

電力小売り全面自由化以降、これまでも数多くの契約トラブルが報告されてきたが、大手電力会社の営業でこうした違法とも言える手法が取られていたことは、業界全体の信頼を揺るがしかねない大きな問題だ。

適切な営業を行っているかのように報告するための改ざんであり、一見すればEPも被害者。だが、ある業界関係者は「もともと顧客だったため、供給地点特定番号をはじめとする情報を持っている。東電しか持ち得ない情報を使って取り戻し営業をしているのであれば、大きな問題だ」と、EP側の責任を指摘する。

また、別の関係者からは、「三井物産系の大手のコールセンターがなぜこのような営業活動をしたのか。EPが過剰なノルマをかけていた可能性もあるのではないか」と懸念する声も。消費者の信頼を得るためにも、節度ある振る舞いが求められる。

天然ガス価格が超安値圏 長期化必至でシフト加速か


原油価格の動きとほぼ連動してきた天然ガス価格に異変が起きている。米WTIの原油先物価格は、4月20日に史上初のマイナスを記録した後、新型コロナ禍に伴う移動制限解除の動きを受けて急上昇。6月22日現在、1バレル40ドル近くまで回復した。これに対し、天然ガス先物価格は100万BTU(英国熱量換算)1.69ドルで、今年に入り1.7~1.8ドル付近の超安値圏で推移している状況だ。

「アジアの代表的なLNGスポット価格の指標であるJKM(ジャパン・コリア・マーカー)を見ると、3ドル前後。生産者側からすれば、ほとんど利益が出ない水準で推移しているのが現状だ。驚くべきは、米シェールガスで生産コストが1ドルを切る事業者も登場していること」(商社筋)

天然ガス価格の低迷は世界的な供給過剰が原因だが、産ガス国のカタールなどは依然としてLNGの増産に意欲的な姿勢を見せており、「安値の長期化は必至」(電力関係者)。日本は長期契約ベースのため恩恵は限定されるものの、価格競争力の面から天然ガスシフトが一層加速するかもしれない。

狙うは低炭素と災害対応 エネルギー供給強靭化法が可決


電気事業法、FIT法(再生可能エネルギー特別措置法)、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)法の改正案を盛り込んだ、「エネルギー供給強靱化法案」が6月5日、参議院で可決、成立した。

電事法改正のポイントは、送配電事業者間の災害時の連携強化、収入上限規制(レベニューキャップ)制度導入を軸とする託送料金制度改革、配電事業ライセンスの創設。一方の再エネ特措法は、競争電源の市場連動型のFIP(フィード・イン・プレミアム)への移行、再エネ導入拡大のための連系線増強費用の一部を賦課金方式で支える制度の導入―などが柱となる。

エネ強靭化法が可決、成立した

これまで高い買い取り価格で支援されてきた再エネ導入費用を抑制しながら主力電源化への道筋を付けつつ、それらを地域で有効活用できる分散型の電力供給システムを構築することで、低炭素と自然災害への強靭性(レジリエンス)を同時達成しようというのが、一連の法改正の狙いだ。

配電ライセンス制は、将来の送電会社の全国1~2社化への試金石とも目される。これまでの電力事業を根底から覆すような大変革への引き金となるか。業界は期待と不安が入り混じりだ。

激甚複合災害に備え「防災省」を 電力は多様な事象を想定すべし


小松利光/九州大学名誉教授

気象災害では、災害力が大きくなってくると、種々の要因が加わって災害が複合化してくる。例えば豪雨災害の場合、最初は洪水災害だけだったものが、土砂・流木が新たな要因となり、災害の規模と深刻度が格段に大きくなる。

また、台風が強大化すれば、雨だけでなく強風による被害(家屋の倒壊や電柱・送電塔の倒壊による停電など)、さらには強風により引き起こされる高潮被害が沿岸部では重なってくる。このように、単独の気象災害に対してだけでも防災は容易ではない。ここへ、巨大地震災害、感染症災害などが重なった場合、一体どのような対応が必要となるのであろうか。

九州北部豪雨では、洪水、流木、土砂災害が重なり被害が拡大


大規模水害で交通や情報が途絶した時に発生する大地震、逆に大地震で地域や防災インフラが大きな痛手を受けた時に発生する大規模水害、あるいは夏の猛暑時に巨大台風や大地震で大規模停電が発生し、長期にわたって建物内の冷房が使用できない事態などで、人々の生命が極めて危険な状況に陥ることが予想される。

「複合災害」そのものにいろいろな組み合わせがあるため、実際の複合災害時に発生する事象は多種多様となるが、起こり得る事象をでき得る限り想定して、その対応を考えておくことは国難級の大災害としないためにも不可欠だ。

われわれの生活は、現在種々のハード・ソフトシステムに依存しており、それらに頼り切っている。できる範囲の対策だけでなく、対応が困難となり得る事象に対してまでどう備えるかを考えておくべきである。

求められる正しい情報 防災専門組織で統一的に発信

まず行政が進めるべき対策について述べたい。一般的に自治体は災害の専門知識に乏しく、特に規模の小さい地方自治体にその傾向が見受けられる。豪雨の場合でも、避難勧告や避難指示を出すタイミングに悩んでいる首長は多く、試行錯誤しているのが実情である。

また、コロナ禍では対策が不十分だったために医療崩壊を起こしかねない事態となり、さらに感染者や医療従事者へのいわれのない誹謗中傷やデマ情報による混乱も相次いだ。
近い将来予想される激甚な複合災害に対し、権威ある機関が正しい情報を統一的に発信し、全国の自治体の対応力を底上げするためにも防災専門の強力な行政機関が必要であり、今こそ「防災省(庁)」(仮称)設立の検討を本格的に始めるべきではないか。

これから梅雨や台風のシーズンを迎えるが、最も危惧されるのは、コロナ禍で自然災害を併発して複合災害に発展してしまうことである。専門組織を司令塔に据えて統合的に指揮しなければ、感染者が爆発的に増加する危険もあり、大混乱を招きかねない。

「防災省」には自然災害や感染症災害、また複合災害に発展した時の対応だけでなく、日ごろの備えを充実させる指導力も期待したい。学校や社会での防災教育に加えて、感染防止教育の実施やマスクの備蓄など、事前準備の浸透も必要である。適切な備えがあれば他者を思いやる余裕も生まれ、助け合うこともできるだろう。

そして、強大な複合災害からインフラだけで生命や財産の全てを守ることは、残念ながら不可能である。自助・共助にも当然限界があり、リスク回避の有力な選択肢として、「危険なところには住まない」ことが挙げられる。

各地の災害リスクを評価し、リスクの高い地域に住む人や既存の施設を、リスクの低い地域で、人口減少によって空くスペースに移動してもらえるように図るなど、人命、財産や社会的機能も守っていけるような「土地利用政策」を強力に進めていくべきである。

こうすることで、地域全体として将来の災害リスクも被災量も大幅に減らせ、災害対応の環境も格段に改善されることになる。つまり、災害に強い地域構造への再構築が必要とされているのである。

東京湾をゼロエミ先進地域に 異業種連携でソリューション創出


東京湾岸エリアを舞台に、ゼロエミッション、さらには過去にストックされたCO2排出量を削減する「ビヨンド・ゼロ」までも視野に入れた一大プロジェクトが始動する。

実行部隊として、エネルギーや自動車、製鉄、化学といった、さまざまな業種の企業などでつくる「東京湾岸ゼロエミッションイノベーション協議会」(会長=柏木孝夫・東京工業大学特命教授)が6月2日に発足した。「東京湾岸地域をゼロエミ版シリコンバレーに」を合言葉に、東京、神奈川、千葉の1都2県にまたがる産業集積地という地の利を生かし、脱炭素化に向けた日本発のイノベーション創出を目指す。

「東京湾」をキーワードに業種横断的な連携が始まった

協議会では、今年1月に策定された「革新的環境イノベーション戦略」に盛り込まれた内容の実装に取り組む。現在の技術の延長では、産業革命前からの温度上昇を2℃未満に抑える目標の達成には、年間7兆ドルの追加コストを要するとの試算がある。コスト削減に寄与するイノベーションとして、同戦略では39の技術開発テーマを掲げている。例えば、再生可能エネルギーの主力化などに資するデジタル技術を活用した電力ネットワークの構築、CO2フリー水素と回収したCO2で燃料を合成する「メタネーション」、CO2と水から化学品を合成する人工光合成などだ。

同戦略のビジョンを実現するには、企業間で技術やシステムを連携していくことが重要になる。その実装の舞台として、多種多様な企業が立地する東京湾岸エリアに白羽の矢が立った。

協議会には現在、企業や自治体などの94団体が加盟。幹事社には、エネルギー企業では東京電力ホールディングス(HD)や東京ガス、エネオスHDなどが名を連ねる。今後ワーキンググループを立ち上げ、協議会で取り組むテーマを決定する予定だ。産業技術総合研究所が設立し、昨年ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏がセンター長を務める「ゼロエミッション国際共同研究センター」(GZR)が事務局を務める。

世界初の試みに挑戦 イニシアチブを取れるか

16日に開催された設立総会では、柏木会長と吉野センター長が記念講演を行った。

柏木氏は、「メリットオーダーで安い技術で1.5℃目標をも達成できるよう取り組みたい」と意気込みを語った。さらに、米国・シリコンバレーや中国・深センなどIT関連のイノベーションエリアはあるが、ゼロエミ技術のイノベーションエリアは世界初の試みになるとして、日本がこの分野でイニシアチブを取ることが重要だと強調した。

吉野氏は、気候変動問題の解決のためには、経済性、利便性、環境性の三つの要素があるが、これまではそれぞれ相反する方向を向きがちだったと指摘。「三つの両立の実現にはイノベーションが必要だ」と訴え、本プロジェクトやGZRの意義を強調した。

東京湾岸が世界のゼロエミをけん引する舞台となるのか。プロジェクトの行方が注目される。

邪道に走ったエネルギー特会改正 疑念招く「繰り入れ」「束ね」の裏事情


「エネルギー需給勘定」から「電源開発促進勘定」への繰り入れを可能にする、異例の法案が密かに成立した。 「仕組みづくりが不明瞭」「重要法案なのになぜ束ねなのか」と、エネルギー特会改正を巡る疑念の声は尽きない。

増大する福島関連費用に対応するためというが……(写真提供:東京電力HD)

「エネルギー需給勘定から電源開発促進勘定に繰り入れを行う際には、真に福島の復興・再生に資する事業に限定し、透明性を確保するとともに、将来的にエネルギー需給勘定へ確実に繰り戻すこと」―。これはエネルギー特別会計改正法に対する国会の付帯決議案だ。法案がいかに透明性に欠けていたのかを示す証左でもある。

6月5日に参議院を通過した、エネルギー特別会計改正法。「復興庁設置法等の一部を改正する法律案」で構成された束ね法案の一つで、エネ特会内にある石油石炭税を財源とする「エネルギー需給勘定」と、電源開発促進税を財源とする「電源開発促進勘定」の予算を、行き来させられるというもの。両勘定は、前者が化石燃料の安定供給対策や温暖化対策など、後者が原子力政策の財源という住み分けがなされている。

改正目的は、福島の中間貯蔵施設の費用がかさみ、福島第二原子力発電所の廃炉も決定したことで、福島の復興に関する財源が将来不足する恐れがあるためだという。経産省は「現状は電促勘定で何とかやりくりしているが、国民負担を増やさず、将来の懸念にも対応するための改正だ」と強調する。

とはいえ、目的税である石石税を別の用途に使うのは異例の事態。さらに、改正案が束ね法の一部として扱われ、繰り入れが行われた後の処理方法も不明。これらの点が政府への疑念を増幅させた。

基本的なルールが欠如 束ね方式が火に油

まず、今回の改正では需給勘定から繰り入れた際、「いつまでに返す」というルールが定められていない。この点について、経済産業省は「あくまで今回は枠組みを作ったに過ぎない。使わない可能性も十分ある」と説明。また環境省も同様に「将来的に返済すると規定に書いてあり、問題はない。今は需給勘定の方に余裕があるが、将来的に脱炭素化に向けて石石税収が減っていけば、逆転もあり得る」との見解だ。

しかし、福島関連費用がどこまでかさむか見通せない状況下で、円滑な返済が行われるとは考えにくい。ある官僚は繰り入れについて、「お財布が別の夫婦間で、どちらかの小遣いが足りなくなり一時的に借りるようなもの」と例えたが、別の官僚は「夫婦間で貸し借りしたお金こそ元に戻らないのは、よくある話。返す保証がなければ踏み倒しになるのは目に見えている」と断言する。

異例といえる勘定間の繰り入れだが、過去にも似たような事例があるにはあった。経産省は一例として、農林水産省所管の「農業共済再保険特別会計」を挙げる。災害に遭った農家の損失補填制度のための特会だが、ここで認められたのは、果樹や畜産など品目で分かれている勘定間で繰り入れができる制度。今回の繰り入れとは意味合いが違うものだ。しかも現在は勘定構成を統廃合し、先述の勘定は一つにまとめられている。

また、本法案が「束ね法」の一部だったことも、疑念を深めた大きな要因だ。経産省は「束ね法は決して特別な例ではない。本法改正は福島の事故処理に関わる予算に使われるため、復興庁延長法に束ねた」と説明する。しかし束ね法については「単独では通しにくい法案を、他の重要議題と絡めることで注目を当てにくくし、廃案にさせなくする高度なテクニックだ」と話す関係者もいる。

事実、今国会では国家公務員法改正に忍ばせた「検察庁法改正案」のほか、エネルギー供給強靭化法に紛れ込んだ「JOGMEC法改正案」を巡って異論が噴出。法案そのものの問題点に加え、重要法案にもかかわらず、ひっそりと審議を進めようとする姿勢が、政府批判を加速させた。今回の事例も、政府の説明不足感はぬぐえない。

韓国が2兆円規模のLNG船 建造契約を受注


【ワールドワイド/コラム】

2027年までに5000万tものLNG開発を進めているカタール。同国国営石油企業のカタール・ペトロリウム(QP)は6月1日、韓国と最大2兆円規模のLNG船建造契約を締結したと発表した。

受注したのは「韓国ビッグ3」と呼ばれる、大宇造船海洋、韓国造船海洋、サムスン重工業の大手3社。このコンペには日本企業、中国企業も参加していたが、文在寅大統領を交えたトップセールスをはじめ、同国にコロナウイルスの診断キットを提供するなど国を挙げた交渉が功を奏し、韓国勢が勝利を得た。韓国・中央日報はニュースに関連して、韓国産業研究院のコメントを紹介。「中国は国内の受注しか受けていない。日本のLNG船は依然としてスチームタービンエンジンを使用しているため効率が低い。市場で淘汰される雰囲気だ」と喜びをあらわにする。

その一方で、「今回の大型契約はそれほど多くの利益をもたらさない」との冷ややかな声もある。今回、韓国が受注したLNG船は「メンブレン型」という荷室が角型のタイプ。古くから使われている球形の荷室を持つ「モス型」と比較して積載量が多く、荷室が船中にあるため船の視界がよいメリットがある。しかし、韓国勢が受注したメンブレン型の荷室のライセンスは、フランスのGTT社が保有する。そのため、韓国経済新聞によると「100隻すべての建造が行われた場合、ロイヤリティだけで1兆1500億ウォン(約1350億円)を支払わなければならない」という。

そもそも本契約は「スロット契約」。約100隻の枠組みの中から発注側が必要数を建造するという形態で、受注額を満額受け取れるとも限らない。シェアは大幅に伸ばすことができたが、実入りはわずか。諸手を挙げて喜べるものでもなさそうだ。

史上最大の能動的減産 ロシアは生産再開が困難も


【ワールドワイド/資源】

3月のOPECプラス協調減産崩壊により、20ドル台という油価水準への暴落・停滞という事態を受けて、4月には協調減産枠組みが復活。2022年4月までの減産が合意された。

20年6月までは全体で日量970万バレルの減産を達成すべく、ロシアは2月の生産量(日量1132万バレル)からコンデンセートを除外した、日量180万バレル前後の削減義務を負うことになった。ロシアにとってこの規模は、ソ連崩壊の混乱から急激に生産が減退した1990年代の「受動的」減産を除けば、史上最大の能動的減産となる。

一方、主力生産油田は西シベリアの永久凍土帯に位置し、長期にわたって生産してきた油田が多い。これらは油層圧力が低く、水分含有率が高いため、一度生産を止めてしまうとパラフィン分の凝結や随伴水が凍結し、物理的に生産再開が困難となるリスクがあると言われていた。今は西シベリアも夏に向け温度が上昇し、凍結の恐れがなくなる。減産可能な状態になるが、減産が冬季まで長引けば井戸の凍結リスクに再びさらされる。

ロシアには16万以上の生産井があり、平均生産レートが坑井当たり日量65バレルと極めて少ない。合意した減産を遵守するには約3万もの井戸を閉鎖する必要があり、実務上難しいのではないかとの声もあった。しかし実際には、減産開始月である5月に入ってから、原油生産量は急速に減少。複数の国内大手石油会社が大幅な減産を実施したことが判明した。

その方法は、生産効率の悪い古い油田や生産量を制限しても将来の生産能力に影響が少ない坑井を精査し、それらから減産を実施するというものだ。逆に言えば、このことは石油会社が減産実現のために生産再開が困難となるリスクを受け入れたことを意味する。

6月の新たな減産合意では、7月まで5月および6月の減産幅が延長されることとなった。8月以降は12月末までは世界全体で日量200万バレルの増産(ロシアの割当ては同50万バレル)、21年1月からは、追加で190万バレル(ロシアの割当ては同47万バレル)が加わる。22年4月以降は合意前の生産レベルまで戻ることが可能となる。

また仮に減産が緩和されても、以前の生産量を実現するには生産できなくなった井戸を置き換えるため、多額の投資が必要になる可能性が高い。閉鎖した井戸の約半分が、以前のレベルまで生産回復できない可能性も指摘されている。

原田大輔/石油天然ガス・金属鉱物資源機構 調査部調査課(併)ロシアグループ

【特集1まとめ】同時多発災害の脅威 その時ライフラインは⁉


今年も豪雨・台風シーズンに突入した日本列島。
6月13日には早くも全国29地点が歴代記録のゲリラ豪雨に見舞われた。
風雨だけではない。中規模クラスの地震が全国的に相次いで発生している。
今年に入り、震度3以上は全国で100回、うち31回が震度4以上(6月20日現在)。専門家からは、南海トラフ・首都直下地震を懸念する見方が広まり始めた。
ただ、今年は例年と大きく事情が異なる。言うまでもなく新型コロナウイルスだ。
感染防止のため「三密」回避が求められる中、避難や復旧をどう進めるのか。
特に被災者と感染者の同時対応にあたる病院は、まさに綱渡りの対応を迫られる。
国民生活や経済活動を支える「エネルギーライフライン」にとって、いま想定すべきは地震・台風・感染症という「同時多発災害」への対応だ。
本特集では、ベストセラー作家の高嶋哲夫氏が本誌に書下ろした短編小説に加え、
各界の有力識者12人によるライフラインへの緊急提言を一挙掲載する。

掲載ページはこちら

【短編小説/高嶋哲夫】トリプル・ディザスターズ

【マクロ経済/寺島実郎】米中二極論の限界が一層鮮明に コロナ共生時代に持つべき視点

【安全保障/佐藤正久】基本は「備えあれば憂いなし」 身の危険感じたらまずは避難を

【国土強靭化/藤井聡】脆弱性を分析し強靱化を果たせ 日ごろからの政策議論が重要

【スマート社会/柏木孝夫】複合災害の警鐘を生かせるか 強靭な分散型で真の地方創生を

【危機管理/開沼博】真の不確実性を認識し戦略を 不可欠な社会と情報の関係整理

【災害対応/小松利光】激甚複合災害に備え「防災省」を 電力は多様な事象を想定すべし

【行政/舛添要一】複合災害時の人・物支援強化へ 政府・自治体間の協力が不可欠

【医療/越智小枝】福島事故とコロナ禍の共通課題 「集団無責任」が生む悪循環

【原子力発電/奈良林直】空気浄化システムで感染症撲滅 原子力の安全対策技術の転用を

【公益事業/山内弘隆】一般企業以上に求められるBCP 連携強化や保険的制度に期待

【エネルギー産業/橘川武郎】「現場力」が災害対策の切り札 大打撃の石油業界で再編加速も

【デジタル化/江田健二】自由化よりも大きなインパクト 「新たな常識」でビジネス創出を

脆弱性を分析し強靱化を果たせ 日ごろからの政策議論が重要


藤井聡/京都大学大学院教授

日本、そして世界を席巻した新型コロナウイルスの感染症の拡大によって、わが国では、死者数がおよそ1000人近くに達したものの、6月現在、感染症の拡大は一定小康状態を迎えている(図参照)。そしてその一方で、一部の感染症学者が提唱した「8割活動自粛」というアイデアをそのまま政府は採用し、その帰結として、日本の経済は激しく傷付くことになった。結果、多くの国民が大量の所得を失い、倒産、失業が拡大し、コロナ大不況と呼ぶべき事態が生ずることになった。

新規感染者数の推移(NHK特設インターネットサイトより)

こうした経済被害に対する対策もようやく始められてはいるものの、経済復旧は本格化してはいない。そうした中、遅くとも今年の冬からは、第二波の襲来のリスクが危惧される状況となっている。

つまりこれからなすべき事が経済復旧に関しても、感染症の対策に関しても山積み状況なのが現時点の日本の実情だ。まさに今こそ、その自粛に伴う経済被害も踏まえ、この新しいウイルスと、どう付き合うべきかをしっかりと考えなければならない時なのである。

分散型国土の形成を 一極集中が脆弱性の要因

さて、そうした視点での検討において、第一番目に挙げられるべき項目は、パンデミックに対してこのたび明らかになった「日本国家の脆弱性の克服」である。

今回のパンデミックにおける日本の最大の脆弱性は、政府の対策のまずさであった。そうした政府の脆弱性は、適切な選挙を通して改善することができるため、ここではこれ以上触れることは避けることしよう。一方で、たった1回や2回の選挙では改善することが不可能な、長期的視点から今回のパンデミックに対する脆弱性は、国土の「一極集中」構造であった。

そもそも今回の感染症は大都会で拡大しており、とりわけ首都圏における感染拡大が顕著であった。結果、東京や大阪を中心とした大都市において、より厳しい活動自粛が要請されるロックダウン(編注・緊急事態宣言に伴う営業・移動制限)状況となった。このことは、パンデミックに対して大都市が「脆弱」であることを意味している。しかも、東京一極集中をはじめとして、日本における大都市への「集中率」が諸外国の中でもとりわけ高いため、大都市ロックダウンによる経済被害がとりわけ高いという状況にもなった。

つまり大都市の一極集中は、都市部をパンデミックに対して脆弱化させ、かつ、ロックダウンの経済被害を肥大化させるという二重の意味で強靱性を損なわせた。

かくして現状の国土構造は、首都直下地震や荒川や利根川の決壊などに対して脆弱なだけでなく、パンデミックに対してもまた脆弱だったのである。

今後もいつ何時、新たなウイルスによるパンデミックに襲われるか分からない。だから、そうした来たるべきパンデミックに対して強靱性を確保するためには、分散型国土構造を形成しておくことが必要なのである。そのためには、全国各地の基礎的なインフラ、例えば、新幹線、高速道路や港湾、さらには、全ての都市活動のベースとなる各種のエネルギーインフラ(パイプラインの整備や十分な発電量の確保が可能な発電所整備)が不可欠となる。

なお、こうした分散型国土構造の形成事業は、パンデミック「下」における地方の活性化のためにも、パンデミック「後」の日本経済復興事業としても効果的なものであることはあらためて指摘するまでもないところである。

とりわけ、こうした基礎インフラを整備するための工事現場は、三密とは無縁の屋外の現場が多く、従って事務所や移動中の感染対策さえ行えば、パンデミックで全ての経済が凍結状態にある時、公共事業は貴重な経済活動機会を提供できるのである。

国土強靱化の要諦 うろたえない世論作り

以上が中長期的な視点から、日本がこのパンデミックに対する強靱性を確保するためになすべき最も重要な方針であったが、視点を短期的な方向に向けた時に、今、まさに真剣に危惧されているのが、パンデミック終息前に洪水や地震などの災害が起こり、住宅が破壊され、大量の人々が避難所生活を余儀なくされる事態だ。

言うまでもなく、これまでの多くの避難所はいわゆる三密であり、かつ衛生状態が必ずしも良好とは言い難い状況にあった。従って今、そうした避難所が開設される事態となれば、その避難所で集団感染が広がるリスクが高い。こうした事態を回避するには、速やかな防災対策を今のうちから進めることはもちろんのこと、万一の場合の避難所の衛生水準が十分確保できるような事前準備を、国を挙げて進めることが必要だ。

ちなみに日本の災害時の避難所は、シリアやアフリカの難民を収容する際に基本的人権の視点から必要とされている確保すべき基準を大きく下回る、劣悪な環境であることが知られている。これまではひとえに、一般的な日本国民の「辛抱強さ」に甘える形で政府が適切な避難所空間を整備して来なかったことが、そのまま放置されてきたというのが実情なわけだ。

そんな中、このパンデミック対策を機に、少なくとも国際的な標準をクリアする水準の避難所を、空間的にも衛生的にも、そしてエネルギー環境的にも検討し、具体的に開設していく。これを、わが国のスタンダードにする方向への転換が今求められている。

このように、わが国はパンデミックに対して極めて脆弱な国家体制となっていることが、このたびの新型コロナウイルスの第一波の襲来によってあらためて明らかとなった。こうした反省を踏まえ、わが国がなすべき事は山積みである。これがまた、第二波襲来となれば、テレビメディアは一斉に日々の新規感染者が何人で、どこでクラスターが発生して、という情報一色に塗りつぶされることとなろう。そうなれば、以上に論じたような、将来を見据えた当たり前の議論が全てかき消されるだろう。そうなる前に、しっかりと議論を進めておくことが必要だ。 それと同時に、もはや「未知」というには分かりすぎるほどの豊富な情報が得られたこのウイルスについて、もう少し冷静になれる国民世論を確保していくことも、今求められている。

ふじい・さとし 1991年京都大学工学部卒業、93年京大大学院工学研究科修了。2009年より現職。12年から18年にかけて内閣官房参与を務め、政府の国土強靭化政策の一翼を担った。

コロナ禍に揺れる米電力経営 需要パターンに大きな変化


【ワールドワイド/経営】

米国の新型コロナウイルスの感染者数は、2020年5月末現在、世界最大の180万人以上となっている。トランプ大統領は3月に、感染拡大への対応として国家非常事態を宣言するとともに、過去最大規模となる2兆ドルの経済支援実施を決定した。

各州では外出禁止令などの措置が取られ、経済活動が制限されたため、電力需要の減少がみられた。米国エネルギー情報局(EIA)は20年の全米電力需要について、業務用・産業用がそれぞれ前年比6・5%減、家庭用が同1.3%減になると予測する。

カリフォルニア州では3月23日~5月10日の平日の需要が例年に比べ4.5%減少、特に午前中は7.4%の減少率を記録。ニューヨーク州も5月第一週の需要が8〜9%減少、時間帯別では午前7時の減少率が16%となった。営業停止や在宅勤務の増加により、需要パターンに変化がみられる。

こうした状況の中、国土安全保障省(DHS)は、感染拡大下においても活動継続の責任を負う重要インフラ従事者に関するガイドラインを発表。エネルギー産業をその一つとして指定した。

これを受け事業者および系統運用者は、従業員を発電所や制御センターに常駐させるなどして、電力設備の確実な運用を行っている。例えば、ニューヨーク州の独立系統運用者であるニューヨークISOは、管内の異なる地域にある二つの制御センターに40人近い従業員を分散して常駐。一方のセンターで感染者が確認された場合は、他方のセンターが全ての業務を引き継ぐ体制をとっている。

需要家保護の動きとしては、多くの州公益事業委員会が電気料金の支払い猶予や料金未納のため供給停止中にある需要家への再接続などを講じるよう事業者に要請。事業者は料金引き下げなどの対策を実施している。デュークエナジー社は、5月請求分の電気料金を約20%値下げし、延滞料金、クレジットカードの支払い手数料の免除など施策を発表した。

一方、5月に入り外出規制の緩和が始まると、供給停止の再開を許可する州も出だした。事業者の間でもコロナ対策で発生した費用や損失を回収する動きがある。インディアナ州では需要減少による減収や、滞納者への供給遮断を停止したため発生した逸失利益を回収すべく、料金値上げを州公益事業委員会に申請した事業者もある。

これまで経験のない状況で、感染拡大に対応した電力供給体制の構築を目指しており、引き続き動向が注視される。

久保木雅也/海外電力調査会調査第一部

対コロナと温暖化防止 同等レベルの対策は的外れ


【ワールドワイド/環境】

前回、コロナ禍にかかわらず、温暖化対策を強化すべきという欧州の論調を紹介した。環境関係者の間では「コロナ禍のとき、政府はロックダウンなどの強権的な手法を導入し、対策として数兆円の財政支出を次々に講じた。温暖化問題もコロナ禍と同じレベルの問題で、コロナ対策でこれだけのことを政府が行い、国民もこれを支持したのだから、温暖化対策でも同じことができるはずだ」という議論がある。

このアナロジーは的外れである。コロナは自分自身、家族、友人にとって生死に関わる問題である。だからこそ人々はロックダウンなどの不自由にも耐えるのであり、その効果は感染者の減少という形で短期間で現れる。他方、気候変動が原因とされる旱ばつ、洪水などはいずれも重大な問題であるが、コロナがもたらす直接の恐怖とは違う。しかも歯を食いしばって温室効果ガスを削減しても、効果が体感できるのはずっと先である。

国際エネルギー機関(IEA)はコロナにより2020年の世界のエネルギー起源CO2排出量は前年比8%減と予測。昨年UNEP(国連環境計画)の「ギャップレポート」ではパリ協定の1.5℃目標を達成するためには30年まで年率7.8%で毎年温室効果ガスを削減する必要があるという。つまり前例のない不自由さに耐えて実現した20年の排出減と同等の削減を今後10年間、50年ネットゼロエミッション達成には今後30年間続ける必要がある。施策が国民に支持されるかは大いに疑問だ。

「コロナ後の経済回復によって以前のような化石燃料中心の経済に戻るべきではなく、クリーンエネルギーへの転換をせねばならない。エネルギー多消費産業や化石燃料インフラへの経済支援はやめるべきだ」という議論がある。

しかし現実はそうした環境関係者の期待を裏切っている。いち早くコロナ禍を脱したと自称している中国は第1四半期に10GW(1000万kW)にのぼる新規石炭火力発電所の建設を認可した。これは19年通年の認可容量とほぼ同等である。中国の石炭消費量は「順調に」回復し、大気汚染レベルはコロナ禍前の水準に戻っている。ドイツ政府は苦境にあるルフトハンザに対して90億ユーロの支援を行ったが、温室効果ガス削減に対するコミット、代替燃料の利用、国内線の便数削減などの条件は付していない。

有馬純/東京大学公共政策大学院教授

米中二極論の限界が一層鮮明に コロナ共生時代に持つべき視点


寺島実郎/日本総合研究所会長

本誌1月号のインタビューでは、昨年は米中二極論の後退が露呈したと述べた。この課題は、コロナ禍で一層鮮明化している。

中国への反発路線を取る香港や台湾に対し、締め付けを強化してきた中国・習近平体制が抱える危うさが、さまざまな場面で表面化している。台湾の蔡英文政権が、新型コロナウイルスへの対応で国際的に称賛されている中、中国はWHO(世界保健機関)総会への台湾のオブザーバー参加を認めないなどの対応を続けているにもかかわらず、かえって台湾は、脱中国のシンボルとして存在感を増している。

米国の信頼も揺らいでいる。コロナ死者数が10万人を超えた背景には、格差と貧困、人種差別など構造的な問題があり、その足元はガタガタであることが露呈した。

脱米国のシンボルの一つは、韓国の文在寅政権だ。韓国はこれまで危機的状況下には保守回帰の傾向だったが、コロナ対応で比較的制御できていることもあり、今回の総選挙ではリベラル派が持ちこたえ、むしろ支持率を上げた。北朝鮮との力学の中で、中国との関係を踏み固めようとしており、在韓米軍経費問題などで米国に立ち向かう姿勢を続ける。それに対し後ろ髪を引くかのように、トランプ大統領はG7サミットに韓国を招待する意向を示すなどしている。

このように、ここ半年で東アジアの力学は変化している。それをあぶり出したのがコロナ禍なのだ。

では、エネルギーという切り口では、このパラダイムシフトをどう捉えればいいのか。

エネルギーのマネーゲーム化 先進国尻目に東アジア台頭へ

4月、米WTI先物価格が一時マイナスという奇妙なことが起きた。これは、エネルギー問題をマネーゲームがゆがめていることにほかならない。その危うさを、私は以前から指摘してきた。

WTIは、先物市場への上場でマネーゲームのメカニズムが組み込まれた。例えば、ハイイールド債という、かつてジャンクボンドと呼ばれていた、ハイリスク・ハイリターンの金融商品に組み込まれている。WTI先物価格が下落すると、利回りが高くなるような仕組みだ。いつの間にか原油価格は、需要と供給だけで決まる健全な構造ではなくなってしまった。

現在WTI価格が1バレル30ドル台に戻ってきたのは、OPEC(石油輸出国機構)プラスの協調減産の寄与もあるが、米ロが市況回復へ本気になったことが考えられる。生産費が安いサウジアラビアは5ドルを割っても持ちこたえられるのに対し、米シェール企業は35ドルでもペイせず、50ドルが最低ラインとみられている。既に数社がデフォルトし、米政府は助成金で支えようとしているが、石油需要が今後どれだけ戻るかは不透明だ。ロシアのプーチン大統領も、エネルギー価格が以前の水準に戻らなければ、政権基盤が危うくなる。

IMF(国際通貨基金)の見通しでは、2020年の世界経済の成長率はマイナス3%であり、石油需要だけ堅調に推移するとは予想し難い。先進国(米国、欧州、英国、日本)は軒並みマイナス成長であるのに対し、中国はプラス1・2%と予想されている。わずかでもプラスとなることは大きな意味を持つ。さらにインドもプラス、中国につられてASEAN5もプラス成長との見方もある。

つまり、今年の世界経済は日本を除くアジアが相対的に強いということだ。IMFの予測以上に米中の成長格差が広がる可能性もある。この先、日本を除いたアジアのダイナミズムにより、世界の力学が大きく変わるであろうことを押さえておくことが重要だ。

米国のハイイールド債と原油価格の動き

複合災害の警鐘を生かせるか 強靭な分散型で真の地方創生を


柏木孝夫/東京工業大学特命教授

強靭なエネルギー供給網は、全ての事業の基盤だ。医療体制とエネルギー供給の継続を一体的に考えておかないと、新型コロナウイルスのような未知の感染症に対峙することはできない。コロナ感染患者に人工呼吸器などが使用される中、医療機関でエネルギーの途絶という事態が起きていないことは、不幸中の幸いだ。

都市部の病院では、エネルギー供給継続のために二重、三重の対策を施している。ただ、今回のように全国で感染が拡大する状況では、農山村の病院でも同様の対策が必要になる。

地域の再生可能エネルギー資源を活用して地産地消を図り、市庁舎や病院などに、非常用発電機やコージェネレーションなどの分散型システムを設置しておかなければ、トリプル災害に本格的に対応することはできないだろう。

現在、2022年に策定予定の「国土強靭化年次計画」について、政府の有識者懇談会で議論が進んでおり、筆者はエネルギー代表の委員を務めている。

「国土強靭化基本計画」は、あらゆる基本計画の上位に位置する。年次計画には、分散型システムの重要性を明記すべきだろう。感染症対策として、病院への分散型システム導入を義務化してもよいと思う。従来のような後追いの強靭化でなく、今後はトリプル災害への備えを先取りで対応する施策が不可欠となる。

カギ握るスマートシティー ビッグデータ活用で強靭化

筆者は、スマートシティーがその実現手段だと考えている。これからのスマートシティー構想は、環境性や快適性より、トリプル災害のヘッジを最も重視すべきだ。

スマートシティーのアーキテクチャ(基本設計)にはいくつかのレイヤーがある。ベースとなるのは、センシングによる温度や電気、ガス供給などのデータ収集だ。

データを集めるだけでは、スマートシティーの本領を発揮しているとは言えない。そこで次に必要なのが、セクターカップリングだ。例えば車と電気。プラグインハイブリッド自動車や電気自動車などの電動車両に関する電気の使われ方は、よく分かっていない。太陽光や蓄電池がある家庭で余った電気と、車の電力需要をカップリングさせると、街全体でエネルギーの高度利用やゼロエミッション化につながる。セクターカップリングで、スマートシティーのデータベースや、ビッグデータが構築できる。

その次の段階では、ビッグデータを生かしたビジネスモデルがなければならない。産業部門と民生部門を一体的に、VPP(仮想発電所)モデルで管理すると、有事の際にさまざまな対応が可能になる。上位系統がダウンしても、下位系統のデータベースを生かし、必要な場所に電力を融通するといったことが可能だ。感染症対策では、地域の感染度合いを解析することもできよう。こうした階層を頭に入れ、ルールや戦略づくりを進めていくことが肝要だ。

センサーの設置数は10年後に数千億個ともいわれている。そこから得られるビッグデータを使いこなせないと、トリプル災害に弱い地域となってしまう。市町村に加え、レイヤーごとにステークホルダーの役割を整理した上で、強靭な街づくりを進めてもらいたい。