【特集2】熱需要のCN化が重要なポイント 普及を後押しする施策が重要に


再生可能エネルギー源である大気熱を利用するヒートポンプ機器。
需要側でこの機器を駆使する取り組みや技術革新が欠かせない。

 日本における熱需要は、エネルギー消費量の約6割を占めており、政府が目指すカーボンニュートラル(CN)の実現に向けた鍵を握っている。
 熱エネルギーを供給するガスについて、第6次エネルギー基本計画では、2030年には既存インフラへ合成メタンを1%注入し、その他の手段と合わせてガスの5%をカーボンニュートラル化することを目指すと明示されている。
 そこで、現在、都市ガスについては、国の審議会などにおいて、合成メタンに対する支援ルールなど、さまざまな施策について検討が進められている状況である。

普及への対策強化も必要 高い効率でエネルギー回収

 他方、熱需要を脱炭素化するためには、供給側のみならず、需要側の対策も重要である。そのためには、ヒートポンプ(HP)などの省エネルギー機器の普及の促進が欠かせない。
 HPとは、大気、河川水、地中などの熱を冷媒に取り込み、冷媒を圧縮または膨張することによって、空調や給湯などに利用するものである。すなわち、気体は圧縮すると温度が上昇し、膨張させると温度が下がるという性質を有するが、HPは、この性質を利用して、熱を移動させるものである。
 従来、例えば、化石燃料を燃焼し、熱を得ていた。そうした燃焼機器は、化石燃料が持つ熱エネルギーを取り出して活用するため、燃料が持つ発熱量以上の熱エネルギーを取り出すことはできない。
 しかし、HPは、自然界の熱エネルギーを使用するものであって、投入する電気のエネルギー以上の熱エネルギーを得ることが可能であり、従来型の燃焼機器と比べて、省エネ性が高くなる。例えば、最新のHPエアコンにおいては、「1」の投入エネルギーで「7」の熱エネルギーを得ることができるとされている。
 そして、エネルギー供給構造高度化法上、地熱や太陽熱に加え、「大気中の熱その他の自然界に存する熱」も再エネ源とされており(高度化法第2条第3項、高度化法施行令第4条第4~6号)、「電」源のみならず、「熱」源も再エネである。HPは、再エネである「大気熱」を電気で利用する技術であって、再エネ電気を使えば、まさに脱炭素の「熱」を生み出すことができることになる。
 したがって、需要側においては、HPにより大気熱を有効活用することが、熱需要の脱炭素化のための一つのポイントになると考えられる。そのため、HPの普及を促すための施策が重要となる。
 まずHPは、再エネ源を利用する熱供給の一手段であるものの、現状、例えば、太陽光発電や風力発電などの再エネ電源のように、その技術の意味が必ずしも広くに認知されているとは言い難いようにも思われる。
 そのため、まずは国の政策などにおいて、HPの位置付けを明確化し、その導入拡大に向けた動き出しが重要と思われる。

削減効果の証書化を推進 売却で経済的な利益も

 次に、欧州においては、特に「ウクライナショック」以降、各国で強力な支援制度が導入されたこともあり、急激にHPの導入拡大が進んでいる。特にHPは、導入のためのイニシャルコストが高いことが指摘されている。そこで日本においても、HPの導入に対する支援をさらに拡大していくことが、こうした機器の普及に向けた鍵となるように思われる。
 また、HPの導入により削減したエネルギーの証書・クレジット化を推進することが考えられる。証書・クレジット化することができれば、HPを設置することによる省エネのメリットを受けられるのみならず、証書・クレジットを売却することによって、経済的な利益を得ることができる。
 もっとも現在、熱に関して、電気における「非化石証書」のような熱特有の証書・クレジット制度はなく、HPの導入による省エネ部分については、「Jクレジット」制度に基づき、Jクレジット化することが現実的な選択肢となる。
 ただし、電気事業に関して言えば、Jクレジットは環境表示価値はないと考えられており、Jクレジットによりオフセットした電気について、「再エネ」や「クリーン」といった表示を行って、環境価値を訴求することができないことは留意が必要である(CO2削減量については法的に認められている)。
 さらに、HPにおいては、電力は熱を運ぶ動力として使用されるところ、HPで使用される電力は「デマンドレスポンス(DR)」のリソースとなる。
 近ごろ、太陽光発電などの自然変動電源の普及により、日中の電力需要を調整するニーズが高まっており、HPの電力需要を束ねることができれば、そうしたニーズに応えることも可能となる。そのためには、遠隔制御や自動制御といったDRの高度化やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携などの種々のルール化が必要となるが、仮にそうしたことが実現すれば、HPを設置する需要家において、DRに応じることによる経済的なメリットを得られる可能性がある。
 以上のとおり、日本全体のカーボンニュートラルの実現にあたっては、熱需要の脱炭素は不可欠であり、HPを含む省エネルギー機器が一定の重要な役割を果たすものと考えられる。今後、HPの一層の技術革新が期待されるとともに、その普及を後押しする施策の実現が重要であると考えられる。

技術革新に期待がかかる

木山二郎(森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士)
きやま・じろう 2010年、森・濱田松本法律事務所に入所。14年から電力広域的運営推進機関(OCCTO)に出向。多数のエネルギー関連企業に対してアドバイスする。21年パートナー就任。

【特集2】熱を賢く利用する視点が重要 電力ガス業界はCNで競争を


業界全体でエネルギーリテラシーを高めるべきだと指摘する。
エネルギー利用の現状や脱炭素に必要なことなどを聞いた。

【インタビュー】小野田弘士/早稲田大学理工学術院大学院環境・エネルギー研究科教授

おのだ・ひろし 2006年3月早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。早大環境総合研究センター講師、同准教授などを経て、17年4月から現職。

―現場におけるエネルギー利用の現状をどのように考えていますか。

小野田 これまで「電力vsガス」の構図でヒートポンプ(HP)やガスコージェネレーションシステムが導入されてきました。ホテルや病院、大きな工場など一定規模の熱を使う現場でのコージェネ導入は合理的です。過去に民生・業務施設で、コージェネ導入の実態を調査しましたが、排熱を有効活用していないケースがありました。その事例では、熱用途によってはHP導入の方が合理的です。
 一方で地域や需要家側のニーズなど事情はさまざまです。寒冷地なのか、ガスインフラは整備されているのか、光熱水費はどうなのか。ユーザーは電力とガスを併用したBCP(事業継続計画)を求めているのか。それぞれの事情を勘案し、事業者が最適なソリューションを提供するべきです。

―そうした取り組みで大切なことは。

小野田 特にまちづくりや再開発、工場誘致といった大規模な事例を手掛ける時、電気利用の最適化のみを考えることが多いですが、電気以外のユーティリティーである熱利用にも注目すべきです。HPの話題が出る時に「電化」という言葉を耳にします。そうではなく「熱を賢く使う」という視点が大切です。そのツールとしてHPは重要です。ただ、ガス会社が手掛けてきた燃焼技術や燃焼機器、エネファームなどを否定しているわけではありません。電力とガスの両業界が互いの揚げ足を取るような議論は生産性があるとはいえません。お互いカーボンニュートラル(CN)に向けハイレベルな競争を進めることを期待しており、将来のエネルギーインフラの在り方を示してほしいと思っています。

―CNを見据えた家庭用の取り組みで必要なことについても教えてください。

小野田 「オール電化住宅にすれば実現できる」と言う方が多いと感じています。言いたいことはわかりますが、消費者が必ず電化を選択するとは限りません。戦略的にオール電化を手掛ける住宅デベロッパーも存在しますが、ガス併用にするか電化にするかは、基本的には消費者に選択権があります。消費者が住宅を選ぶ時、家賃や駅からの距離、買い物がしやすいかで選びます。エネルギーコストはまだしも、CO2排出量の多寡による優先順位は高いとは限りません。不動産や工務店などの住宅に関係する人々とエネルギーリテラシーに関する共通認識を醸成する必要があり、それらを通じて消費者もエネルギーに関心を持つようになると思います。