政府が水面下で検討している排他的経済水域(EEZ)の開発促進で、来年にも新制度が構築される見通しだ。
その中で、洋上風力発電が日本の主権を明確にするシンボル的存在に浮上する可能性が出てきた。
「あと16㎝で沈没の危機にある」。防衛省関係者は危機感をあらわにした。鉄製の消波ブロックとコンクリートで周囲を覆われている日本の最南端、沖ノ鳥島のことだ。
2021年12月、東海大学と東京都が合同で沖ノ鳥島の大規模調査を実施した。その結果に政府内がざわめいた。気候変動による海面上昇の影響で、満潮時にわずか16㎝しか顔を出さず、沈没の危機が現実味を帯びてきたからだ。もし沈めば、日本は島から200カイリ(約370km)もある広大な排他的経済水域(EEZ)を失うことになる。
台湾とグアムの間に位置する沖ノ鳥島が消滅すれば、中国と台湾が紛争に発展した場合、中国は間違いなく沖ノ鳥島付近を陣取る。沖ノ鳥島の問題は、日本のみならずアジア太平洋の安全保障が危機にさらされる上に、開発できる海域を失うという日本の経済的権益を損ないかねない一例として重要な問題提起となる事実だ。
重い腰を上げた政府 EEZ内の権益明確に
政府内では今、23年にもまとめる次期海洋基本計画の策定に合わせ、EEZ内の事業開発を促進させるための法整備の検討を水面下で進めている。これまで中国を刺激することを懸念し、EEZの包括的な法整備を避けてきた政府がようやく重い腰を上げた。
日本は国連海洋法条約に基づき、07年に「海洋基本法」を施行した。海洋の開発などについて総合的に定めた法律だが、そもそもEEZ内の開発などについては範囲に入っていない。「EEZ及び大陸棚に関する法律」というものがあるが、国内法を適用すると定めているだけで強力な規定がない。開発については数年に一度、閣議決定される海洋基本計画に頼っており、明確な法整備のない宙ぶらりんの現状が続いている。
政府はこの従来方針から一歩踏み込む。日本近海での将来的な安全保障上の懸念も想定してのことだが、経済的な側面からの「国益」にも配慮する。EEZの具体的な開発などを包括的に規定する「EEZ新法」の策定、もしくは既存の法律を改正するなどして、EEZ内の権益を明確にする。既に各省間での協議を始めている。

焦点の一つに浮上しているのが、EEZ内で洋上風力発電の開発を促進させることだ。現在、外務省、防衛省をはじめエネルギー政策を担当する経済産業省、環境影響評価(アセスメント)を担う環境省などの関係省庁が検討を進めている。具体的な内容の詰めはこれから本格化するが、政府関係者は「23年の通常国会には何らかの形を示したい」と見通す。
洋上風力は50年カーボンニュートラルを標榜する日本にとって、温室効果ガスを排出しない電源の切り札的存在になりつつある。政府は40年までに最大4500万kW導入する目標を立てているが、現行制度のままでは無理だという認識が広がっている。
洋上風力の整備は海洋基本法で策定が義務付けられた海洋基本計画を契機に、港湾法の改正と再エネ海域利用法が制定され、事業者の「占用公募制度」が創設された。国が一定の条件を満たした海域を洋上風力の「促進区域」に指定し、その区域であれば、事業者は最大30年間独占して事業ができる。最近では、秋田沖など3海域で三菱商事が独占して話題をさらったが、極めて限定的な制度だ。
再エネ海域利用法の適用は、12カイリ(約22km)の領海内と範囲が狭い。加えて沿岸域には漁業権を持つ漁業者や自治体との難しい交渉問題が常につきまとう。このまま現状の制度を追認するだけでは、4500万kWという途方もない導入量を確保することは難しい。政府内ではこの再エネ海域利用法の適用範囲をEEZ内まで広げることも視野に入れているという。政府関係者は「新法にせよ法改正にせよ、EEZ内での開発ができるよう一刻も早い法整備が必要だ」と説明する。
日本の領海やEEZの面積は、約447万㎢と世界第6位だ。EEZを全て使えるようになれば、欧州並みの大量導入が可能になり、4500万kWの目標は夢物語ではなくなる。しかもEEZ内は「障害物がなく、風の強さもあり風況がいい。洋上風力の最適地ともいえる」(風力事業関係者)。
「メリット計り知れない」 再エネに新たな役割も
沿岸域とは違い開発環境は格段に上がる。前出の風力事業者は「EEZ内なら難しい問題が起きにくい。開発するために必要なコストなども計算しやすい。英国沖などのように何百基という数の風車を並べることも可能だ」と話す。
制限がある日本を嫌って韓国や台湾にシフトする動きを見せる海外大手風車メーカーを呼び戻すことにもつながり、「メリットは計り知れない」(政府筋)という。
EEZ内での洋上風力開発は国際的には何ら問題がない。海洋法条約は経済的な目的での活動について沿岸国に対し、具体的な制限を加えるものではないというのが通説だ。洋上風力も当然該当する。既にデンマークなどではEEZ内の洋上風力開発について、自国の権利を明確に定めており、実際にEEZ内での開発も進めている。仮に中国が警戒感を強めても、国際法上の正当性を主張できる。
もちろんEEZ内の開発には沿岸域とは違う問題も発生する。例えば発電した電力をどう陸地まで送るのか、環境アセスにどういう問題があるのかなど検証すべき点は多い。今後、有識者を交えた議論も必要になるだろう。
これまでの政権では中国とのあつれきを気にしてEEZ内の開発の制度設計を避けてきたきらいがある。事業者や有識者からはかねて制度整備を求める声が上がっていた。EEZ内の洋上風力開発が進めば、日本の主権を国外に明確に示すことができる。それが領海で違法な振る舞いを繰り返している中国へのけん制にもなり得る。再生可能エネルギーは日本の脱炭素を実現する役割にとどまらず、主権を守るためのツールとしてこれまでとは違う新たな役割を担うことになりそうだ。