政府が目論む「再エネ国防化」 EEZ内の洋上風力推進で法整備か


政府が水面下で検討している排他的経済水域(EEZ)の開発促進で、来年にも新制度が構築される見通しだ。

その中で、洋上風力発電が日本の主権を明確にするシンボル的存在に浮上する可能性が出てきた。

 「あと16㎝で沈没の危機にある」。防衛省関係者は危機感をあらわにした。鉄製の消波ブロックとコンクリートで周囲を覆われている日本の最南端、沖ノ鳥島のことだ。

2021年12月、東海大学と東京都が合同で沖ノ鳥島の大規模調査を実施した。その結果に政府内がざわめいた。気候変動による海面上昇の影響で、満潮時にわずか16㎝しか顔を出さず、沈没の危機が現実味を帯びてきたからだ。もし沈めば、日本は島から200カイリ(約370km)もある広大な排他的経済水域(EEZ)を失うことになる。

台湾とグアムの間に位置する沖ノ鳥島が消滅すれば、中国と台湾が紛争に発展した場合、中国は間違いなく沖ノ鳥島付近を陣取る。沖ノ鳥島の問題は、日本のみならずアジア太平洋の安全保障が危機にさらされる上に、開発できる海域を失うという日本の経済的権益を損ないかねない一例として重要な問題提起となる事実だ。

重い腰を上げた政府 EEZ内の権益明確に

政府内では今、23年にもまとめる次期海洋基本計画の策定に合わせ、EEZ内の事業開発を促進させるための法整備の検討を水面下で進めている。これまで中国を刺激することを懸念し、EEZの包括的な法整備を避けてきた政府がようやく重い腰を上げた。

日本は国連海洋法条約に基づき、07年に「海洋基本法」を施行した。海洋の開発などについて総合的に定めた法律だが、そもそもEEZ内の開発などについては範囲に入っていない。「EEZ及び大陸棚に関する法律」というものがあるが、国内法を適用すると定めているだけで強力な規定がない。開発については数年に一度、閣議決定される海洋基本計画に頼っており、明確な法整備のない宙ぶらりんの現状が続いている。

政府はこの従来方針から一歩踏み込む。日本近海での将来的な安全保障上の懸念も想定してのことだが、経済的な側面からの「国益」にも配慮する。EEZの具体的な開発などを包括的に規定する「EEZ新法」の策定、もしくは既存の法律を改正するなどして、EEZ内の権益を明確にする。既に各省間での協議を始めている。

EEZ内の主権を明確に(写真はデンマークの洋上風力)

焦点の一つに浮上しているのが、EEZ内で洋上風力発電の開発を促進させることだ。現在、外務省、防衛省をはじめエネルギー政策を担当する経済産業省、環境影響評価(アセスメント)を担う環境省などの関係省庁が検討を進めている。具体的な内容の詰めはこれから本格化するが、政府関係者は「23年の通常国会には何らかの形を示したい」と見通す。

洋上風力は50年カーボンニュートラルを標榜する日本にとって、温室効果ガスを排出しない電源の切り札的存在になりつつある。政府は40年までに最大4500万kW導入する目標を立てているが、現行制度のままでは無理だという認識が広がっている。

洋上風力の整備は海洋基本法で策定が義務付けられた海洋基本計画を契機に、港湾法の改正と再エネ海域利用法が制定され、事業者の「占用公募制度」が創設された。国が一定の条件を満たした海域を洋上風力の「促進区域」に指定し、その区域であれば、事業者は最大30年間独占して事業ができる。最近では、秋田沖など3海域で三菱商事が独占して話題をさらったが、極めて限定的な制度だ。

再エネ海域利用法の適用は、12カイリ(約22‌km)の領海内と範囲が狭い。加えて沿岸域には漁業権を持つ漁業者や自治体との難しい交渉問題が常につきまとう。このまま現状の制度を追認するだけでは、4500万kWという途方もない導入量を確保することは難しい。政府内ではこの再エネ海域利用法の適用範囲をEEZ内まで広げることも視野に入れているという。政府関係者は「新法にせよ法改正にせよ、EEZ内での開発ができるよう一刻も早い法整備が必要だ」と説明する。 

日本の領海やEEZの面積は、約447万㎢と世界第6位だ。EEZを全て使えるようになれば、欧州並みの大量導入が可能になり、4500万kWの目標は夢物語ではなくなる。しかもEEZ内は「障害物がなく、風の強さもあり風況がいい。洋上風力の最適地ともいえる」(風力事業関係者)。

「メリット計り知れない」 再エネに新たな役割も

沿岸域とは違い開発環境は格段に上がる。前出の風力事業者は「EEZ内なら難しい問題が起きにくい。開発するために必要なコストなども計算しやすい。英国沖などのように何百基という数の風車を並べることも可能だ」と話す。

制限がある日本を嫌って韓国や台湾にシフトする動きを見せる海外大手風車メーカーを呼び戻すことにもつながり、「メリットは計り知れない」(政府筋)という。

EEZ内での洋上風力開発は国際的には何ら問題がない。海洋法条約は経済的な目的での活動について沿岸国に対し、具体的な制限を加えるものではないというのが通説だ。洋上風力も当然該当する。既にデンマークなどではEEZ内の洋上風力開発について、自国の権利を明確に定めており、実際にEEZ内での開発も進めている。仮に中国が警戒感を強めても、国際法上の正当性を主張できる。

もちろんEEZ内の開発には沿岸域とは違う問題も発生する。例えば発電した電力をどう陸地まで送るのか、環境アセスにどういう問題があるのかなど検証すべき点は多い。今後、有識者を交えた議論も必要になるだろう。

これまでの政権では中国とのあつれきを気にしてEEZ内の開発の制度設計を避けてきたきらいがある。事業者や有識者からはかねて制度整備を求める声が上がっていた。EEZ内の洋上風力開発が進めば、日本の主権を国外に明確に示すことができる。それが領海で違法な振る舞いを繰り返している中国へのけん制にもなり得る。再生可能エネルギーは日本の脱炭素を実現する役割にとどまらず、主権を守るためのツールとしてこれまでとは違う新たな役割を担うことになりそうだ。

八重洲エネルギーセンターが始動 再開発エリアと地下街に供給開始


【八重洲再開発】

東京駅の八重洲エリアに、最高水準の設備を揃えたエネルギーセンターが誕生した。

エネルギー供給の拠点として防災力の強化や省エネ、CO2削減をミッションとしている。

 東京駅の八重洲エリアで、自立分散型のエネルギー供給を行う「八重洲スマートエネルギープロジェクト」が、9月1日に本格始動した。このプロジェクトは、三井不動産と東京ガスが共同で設立した三井不動産TGスマートエナジー(MTスマエネ)が、7月31日に八重洲エネルギーセンターを完工。同センターから、東京駅八重洲口側の大規模再開発エリア「東京ミッドタウン八重洲」と、既存施設の地下商店街「八重洲地下街」に、電気と熱を供給するというものだ。

八重洲スマートエネルギープロジェクトは、2019年4月の「日本橋スマートエネルギープロジェクト」、20年4月の「豊洲スマートエネルギープロジェクト」に続き、MTスマエネ社が手掛けるプロジェクトの第三弾となる。同センターは東京ミッドタウン八重洲と八重洲地下街のほか、現在隣接地区で進められている「八重洲二丁目中地区第一種市街地再開発事業」においてもエネルギーを供給する予定だ。

東京ミッドタウン八重洲は「八重洲セントラルタワー」と「八重洲セントラルスクエア」で構成。セントラルタワーは地上45階と地下4階建て、セントラルスクエアは地上7階と地下2階建てで、延床面積は合計約28万9750㎡となる。主な用途は事務所、店舗、駐車場のほか、セントラルタワーはホテルや小学校、バスターミナルなど、セントラルスクエアは子育て施設や住宅などの予定だ。八重洲エネルギーセンターの設備は、セントラルタワーの地下4階と地上5・6階に置かれている。

「東京ミッドタウン八重洲」完成予想イメージ

多様な機器で安定供給 核となるのは高効率CGS

エネルギー供給の要は、川崎重工業製の高効率なコージェネレーションシステム(CGS)だ。このCGSは地下4階に設置され、中圧ガスを燃料に発電する。発電した電力は、系統電力と合わせられ地上5階にある電気室の変圧器で、各需要家の受電設備に応じた22‌kⅤと6・6kⅤの2種類の電圧に変換される。

CGSでの発電に伴い発生する廃ガスと廃温水も、熱供給で無駄なく活用する。廃ガスボイラーを用いて廃ガスの熱から蒸気を、廃温水と蒸気をジェネリンクに投入して冷水を製造。このほか、電気で稼働するターボ冷凍機と蓄熱槽で冷水を、中圧ガスを燃料とする蒸気ボイラーで蒸気を作り出す。こうして生み出された電気と熱は、東京ミッドタウン八重洲内の事務所、店舗などの各施設と八重洲地下街に供給される。

こうした機器を組み合わせた運用には、複雑な制御が求められる。安全かつ安定的で、高効率な運用は中央監視システムが担う。

八重洲スマートエネルギープロジェクトの狙いは、日本の交通と経済の重要拠点である八重洲エリアの都市防災力と環境性のさらなる強化にある。

使命は防災力と環境性向上 緻密なエネマネがカギ

都市防災力向上のカギとなるのはCGSだ。八重洲エネルギーセンターに導入されているCGSの燃料は、災害に強い中圧ガスを採用。電力供給においては、非常時に系統電力が停止したとしても、中圧ガスの供給が継続する限り、CGSで発電した電力の供給が可能だ。加えて、重油を燃料とする非常用発電機も装備しており、電気、ガス、重油による「燃料の3重化」で、あらゆる緊急事態に備える。

また、同センターが対応するのは災害だけではない。完工直後の8月上旬、需給ひっ迫の要請を受け、電力を融通する対応も行った。

熱供給においても、CGSの廃熱を利用するジェネリンク、ガス・重油切り替え式の蒸気ボイラー、電気で稼働するターボ冷凍機など、異なる燃料での熱供給の手段を有する。例えば、系統電力で停電が発生した場合、CGSの稼働で年間ピークの50%以上の電気・熱の供給を継続できる。

八重洲エネルギーセンターのもう一つの使命は、環境性の向上だ。電気と熱を合わせた高いエネルギー効率や、最新のICTによる最適運転の計画・制御などで、その実現を目指している。

同センターのCGSの発電効率は約48・5%と、高いエネルギー効率を誇る。発電時に発生する熱の有効活用で、全体では約77%のエネルギー効率を実現。CO2の排出量も一般的なビルと比べ、約26%削減されているという。事業推進部副部長・緒方隆雄氏は「CGSをはじめ、八重洲エネルギーセンターの設備はすべて最高水準のものを導入している」と話す。

こうした高い性能を持つ機器を効率よく運用するためには、最適な運転計画や制御が求められる。同センターでは、最新のICTを活用し、過去の実績や天気予報などからエリア全体のエネルギー需要を予測。その予測に対し、高効率かつコストダウンが可能な1時間ごとの運転計画を立案する。当日の実際の需要を踏まえ、補正しながら運用を行っていく。

このほか、八重洲エネルギーセンターでは、使用電力の実質的なグリーン化を実現する。同センターから供給する電力に、三井不動産が保有・開発した太陽光発電所の環境価値を「トラッキング付非化石証書」として付与することで実質的な再生可能エネルギーとして電力を提供、企業のRE100への取り組みに貢献する方針だ。

最新かつ最高水準の機器や複雑なエネルギーマネジメント、都市防災、環境への配慮など、八重洲エネルギーセンターの先進的な取り組みに今後も注目だ。

世界各地を襲う異常気象 エネルギーに深刻な影響も


世界各地で異常気象が猛威を振るっている。パキスタンでは大雨による洪水の影響で、少なくとも約3300万人が被災したと発表。パキスタン政府は「国土の3分の1が水没した」と各国に支援を要請している。

パキスタンでは国土の3分の1が水没か(AFP=時事)

一方、アメリカ西部カリフォルニア州では、最高気温47℃を記録する猛暑で電力需給がひっ迫。自主的な節電を呼び掛ける事態になっている。カリフォルニア州は将来的な再生可能エネルギーへのシフトを表明しているが、電力不足で火力発電を再稼働させるなど方針の転換を余儀なくされた。

欧州では干ばつ被害が深刻だ。偏西風の蛇行による熱波で、イタリア最大の河川、ポー川では水位が通常の10分の1ほどに低下。EU全体で「過去500年で最もひどい干ばつに直面している」(欧州メディア)と言われ、農作物への影響が懸念されている。また、川の水位低下により、輸送船で運ぶ石炭の量も減少しており、今冬の欧州の石炭火力積み増しにも影響が出そうだ。

中国でも1961年の統計開始以来最も暑い夏を迎えた。揚子江流域では歴史的な干ばつで水力発電用の水が足りず出力が低下。四川省周辺の米アップルやトヨタ自動車の工場が一時操業を停止するなど、多くの製造業に影響が出た。中国当局は8月30日、揚子江流域の熱波や干ばつの被災者が約3700万人に達したと発表。9月以降も干ばつが深刻化する可能性があるとしている。

保険仲介会社によると、今年1~6月の干ばつによる被害額合計は、全世界で132億ドルに上るという。エネルギー供給問題を抱える各国に、異常気象の影響が重くのしかかっている。

GX債で「炭素価格付け」再燃 透けて見え始めた将来像


成長戦略の柱の一つ、GX移行債の償還財源議論を呼び水に、カーボンプライシング政策が再燃し始めた。

経産省主導の排出量取引、そして環境省が税制改正要望で踏み込んだ炭素税議論はどんな展開を見せるのか。

 岸田政権が「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」の検討を年末に向けて本格化させている。GX債で政府が20兆円を先行調達し、それを呼び水に今後10年間に官民で150兆円の投資を引き出す構想だ。官邸のオーダーは将来の償還財源をセットで示すこと。この号令で成長志向型カーボンプライシング(CP)としての排出量取引制度(ETS)、そして炭素税議論が再燃している。

先行するGXリーグ 日本版ETS構築へ

先行するのは経済産業省のETS政策だ。2月に基本構想が示された「GXリーグ」は自主的なETSが柱で、日本全体のCO2排出量の4割を占める440社が賛同。9月6日に始まった有識者検討会では「GX―ETS」と銘打ち、ルールの方向性を示した。

特徴は、自己申告制の目標設定にある。参加企業は意欲的な排出削減目標を自ら設定・開示し、日本の国別目標(2030年度13年度比46%減)の水準を超過達成した分は、23年度から本格運用する「カーボン・クレジット市場」で取引できる。日本の経済界の自主行動計画、そしてパリ協定の根幹であるプレッジ&レビュー(誓約と評価)を踏襲し、義務化や罰則なしに行動変容を促す。

世界的にもユニークな設計で、特にEU(欧州連合)のETSとは毛色が異なる。EUでは、欧州委員会が年ごとに全体の排出上限を設定。それに基づき企業は「排出権」を原則オークションで購入するが、国際競争にさらされる一部産業には無償枠を与えてきた。

ただ、経産省はGXリーグを発展させる上で将来的な「政府によるプライシング」も排除しない。「今後のカバー率、目標水準、実績、制度のフリーライドなどの動向、さらに国際情勢も踏まえ、必要があればより強固にすることも考えられる」(梶川文博・環境経済室長)。特にEUは、温暖化対策の緩い国からの輸入品に課税する炭素国境調整措置(CBAM)を27年に導入し、ETSの無償枠を32年までに撤廃する予定だ。

そのころまでにGX―ETSが、無償割り当ては行われずに目標を自己設定した上での義務化、あるいは有償オークションなどに移行する可能性がある。一部では〝経済統制的〟との受け止めもあるが、「CBAMで日本が課税されないために必要な政策だ。カーボンニュートラルを目指す以上、最終的に日欧のETSは同様の仕組みに収れんするが、途中の過程では日本はプレッジ&レビュー、EUは政府集権的という違いがある」(政府関係者)などの意見もある。

また、ETSは価格の予見性の低さが弱点で、実際、EUではかつて排出権の供給過剰で長らく価格が低迷。最近ではロシアのウクライナ侵攻以降、石炭火力の稼働増が見込まれ8月中旬に過去最高値となった直後、工場の稼働停止などで需要が減るとの見方が強まり、急落した。その点、GX―ETSでは上限・下限価格の設定などで急激な変動を抑制しつつ、長期的には価格を上昇方向へ誘導する狙いで、これがきちんと機能するかも重要なポイントとなる。

GX債は日本の経済発展につながるのか

炭素税議論は新たなフェーズ 詳細設計は先送りの公算

長年検討課題の域を脱せなかった炭素税でも進展があった。ETSの有償化と並び、炭素税はGX債財源の有力候補だ。環境省は23年度税制改正要望で、GX債の検討、EUのCBAMへの対応、さらには来年G7(先進7カ国)議長国としてCPの議論をリードする必要性などを強調しつつ、「成長志向型CP構想の具体化の検討を進め、速やかに結論を得る」と、昨年より踏み込んだ内容を求めた。年末に向けたGX実行会議と、税制改正大綱の行方に注目が集まる。「省内では環境次官ヘッドのタスクフォースと、そこでの議論を有識者にもはかりつつ、これまでのCP議論を深掘りする。年末に向けて税制改正要望の内容からの前進を目指す」(波戸本尚・環境経済課長)考えだ。

同時に、足元のエネルギー情勢を踏まえ施行まで一定期間を設けるなど、産業界への配慮も見せる。「年末までに、何年からどんな形式の税を入れる、といった示し方は難しい。G7で欧米に説明できるような方向性は出しつつ、具体的な選択肢は30年が近づいたときに考える、といった程度だろう」(政府関係者)。

炭素税に絞っても選択肢はさまざまだ。現行の地球温暖化対策税が上乗せされた石油石炭税はエネルギー対策特別会計の財源の一つであり、従来はこの方式を炭素比例にリニューアルする形が想定しやすかったが、「それでは他省庁が納得しない。GX債の財源として炭素税を検討し始めた以上、経産省と環境省でエネ特を山分けという地合いではなくなった」(同)ようだ。考え得る形としては、まずは消費税型。消費税改革で、CO2排出量に応じた税率を設けるイメージだ。次に電力税型。卒FIT(再エネ固定価格買い取り制度)に伴い、初期の高額賦課金の負担減少に合わせて新税を入れる。さらに走行税型。自動車業界は揮発油税の減税と走行税への移行を長年要望しているが、そこに新税も入れ込む、などの案が浮上する。

ただ、いずれも既存税制との調整がハードルで、さらに個別事情もある。例えば消費税は19年の増税時、当時の安倍晋三首相が今後10年ほどは増税を行わないと発言。また、卒FITが出始めるのは32年以降になるし、走行税への移行はEVが一定程度普及するまで待つ必要がある。これらの理由から詳細設計は30年ごろまで先送りの公算が高いのだ。

他方でGX=国益という前提自体を疑問視する声もまた根強い。「生産プロセスの総入れ替えが必須だが、企業や投資側からすればもっとも経済的メリットの出る国・地域で行いたい。国内産業が海外移転するペースは意外な速さで進む可能性があり、GX債で余計な投資を行うリスクもよく考えるべきだ」(エネルギー多消費産業関係者)。これ以上の国力減退につながる政策を受け入れる余裕は、今の日本にはないはずだ。

欧州で多発するエネルギーデモ 価格暴騰で高まる社会不安


インフレが加速し、エネルギーの需給ひっ迫と価格暴騰に見舞われているドイツをはじめとするEU各国で、政府の対策に抗議するデモが頻発している。域内の天然ガス価格は、新型コロナウイルス禍前の10倍超の水準に達し、これに連動して電力価格も高止まり。生活必需品を含む物価の上昇に歯止めがかからず、企業の倒産も相次ぐ。生活や経済活動を脅かす事態が現実となって押し寄せているにもかかわらず、根本的な解決を図ろうとしない各国政府に、市民の不信感は募るばかりだ。

エネルギー価格高騰に抗議するデモが欧州各地で行われている(ドイツ・ハノーバー)

EUのエネルギーを巡る混乱は、ウクライナに侵攻したロシアへの西側諸国による経済制裁に端を発する。EUにとってロシアは主要なガス供給国だったが、制裁措置の一貫として石油・石炭の禁輸に続き天然ガスの輸入量も年内に3分の1に削減する計画を打ち出し、LNGなどによる代替調達を進めてきた。計算外だったのは、その報復として、ロシア側がガス供給を絞りEUに揺さぶりをかけてきていることだろう。

EUは、冬場のガス使用量を15%削減することで合意したものの、その合意に強制力はなく、どこまで実行できるかは未知数。エネルギーの使用が制限されたり、価格が高く暖房が使えなかったりといったことにでもなれば、生命の危機にさらされかねない。

9月に入りEU諸国は、臨時のエネルギー大臣会合において、エネルギー価格高騰の家計や企業への影響を緩和するための緊急介入措置を講じることで一致した。価格高騰に伴って資金難に陥っている電力会社を支援する一方、「棚ぼた」的に利益が急増している再生可能エネルギー事業者や石油・ガス会社から総額1400億ユーロを徴収し、家計や企業の支援に充てる方向で議論が進む。

こうした方針をEUが示したことやガスの備蓄が順調に積み上がったこともあり、欧州のガス価格は落ち着きを取り戻しつつある。ただ、ロシアがEUへのガスの供給を全面停止する可能性はゼロではなく、依然として供給懸念はくすぶり続けている。

縮まるロシアと新興国の距離 世界の分断加速に懸念も

EUが化石資源のロシア依存脱却を図る一方で、中国やインドは市場調達よりも安価なロシア産資源の購入量を増やし自国の利益拡大に結び付けている。このほか、インドネシアやバングラデシュなどもロシアからの石油調達を検討していることが報じられている。

また、ロシアは9月15日、天然ガスをモンゴル経由で中国に輸送するパイプラインを建設することで両国と合意。プーチン大統領は、パキスタンにガスをパイプライン供給するためのインフラ整備にも意欲を見せ、欧州の脱ロシア後の販路拡大に余念がない。

新興国の中には、エネルギー価格高騰で計画停電や生産活動の停止を余儀なくされている国もあり、「正義」の名のもとにロシアからの購入を止めることは難しいだろう。ロシア産資源を巡り、西側諸国とそれ以外の国々という構図がより鮮明化している。今後、世界の分断がさらに進む可能性は高い。

【コラム/10月4日】資産所得倍増を考える~願望、貯蓄から投資の30年にため息


飯倉 穣/エコノミスト

1,政府は、「新しい資本主義の グランドデザイン及び実行計画 」と「経済財政運営と改革の基本方針 2022 」(22年6月)で、「成長と分配の好循環」のため、貯蓄から投資の旗印を掲げ「資産所得倍増プラン」策定を打ち出した。その具体策が見えてきた。

報道は伝える。「「貯蓄から投資へ」3つの道 金融庁が方針「NISA」「教育」「販売」」(日経9月1日)、「投資促進 NISA恒久化 首相表明」(朝日9月24日)

平成時代、貯蓄から投資は、経済活性化のキーワードだったが、効果が見えないまま今日に至った。今回提案された「資産所得倍増」を考える。

2,令和時代の「資産所得倍増プラン」は、新しい資本主義に向けた重点投資分野の一つである。我が国の個人金融資産(2,000兆円)に着目し、その5割を超える預金・現金が投資に向かうことを期待する。

その狙いは、第一に預貯金でなく自己の資産運用努力による収入増である。ゼロ金利を続ける金融政策が個人をリスクある投資に追い込む姿に見える。第二にその投資マネーが、成長資金としてスタートアップ(新規創業)に回ることである。成長分野へリスクマネー供給で経済成長を画策する。起業家が成功すれば、個人投資家とウインウイン関係となる。

その具体的施策は、税優遇(NISA拡充等)、金融教育、販売における顧客本位の姿勢のようである。過去の経験を紐解けば、ため息となる。果たしてうまくいくか。

3,「貯蓄から投資」は、90年代前半まで経済摩擦対策であり、90年代後半以降経済成長期待のリスクマネー供給志向となった。

80年代後半、内需拡大策で貯蓄率引下げ・消費拡大を目論んだ。消費生活の充実を強調した。所得減税や貯蓄の優遇税制廃止・縮小が行われた。優遇税制廃止で貯蓄率低下はなかった。

90年代、米国ベンチャー・NASDAQ市場に触発され、米国物真似のベンチャー期待となった。ベンチャーキャピタル機能の強化を図った。ナスダックジャパン等の開設があった。貯蓄を株式市場に流入させる政策の端緒となった。そして低金利下、個人金融資産の有利運用もお題目であった。自己責任原則を強調し、個人にリスク分担を求めた。

その後2000年前後の株価対策(株価指数連動上場投資信託:ETFの導入等)を経て、00年代小泉構造改革が登場する。

「骨太の方針01年」は、7つの改革プログラムを提示した。その一つチャレンジャー支援プログラムは、頑張りがいのある社会システム構築の実現で、起業・創業の重要性を訴えた。税制を変更し、従来の預金中心の貯蓄優遇から株式投資などの投資優遇へ金融の在り方を切り替た。株式投資に有用な源泉徴収税率等の税制改革(03年1月)を実施した。その期待効果は不明瞭のまま、リーマンショックで雲散霧消した。

10年代を象徴する「経済財政運営と改革の基本方針」(13年6月)は、企業投資やリスクファイナンスを通じた新たな成長を企図した。金融面で、小額投資非課税制度(NISA)の創設(14年)で家計資産の多様化等を求めた。効果不明である。アベノミクスは、機動的な財政出動で国債残高を償還困難領域に持ち込み、日銀は大胆な金融緩和で国債購入し日銀B/Sを膨張させた。成長は年平均1%未満であった。三本の矢は、無責任な金融、垂流し財政、過剰期待成長であった。無為無策で民間任せの方が賢明だったであろう。

これまでの貯蓄から投資への政策は、自己責任や個人のリスク分担を訴えたものの、家計の現預金割合は5割強である。米国のように株式中心になっていない。平均消費性向も、65%前後で上昇していない。 

4,経済活動の成果である貯蓄でさらに一儲けすべきか。貯蓄とは何か。日本人の貯蓄志向は、ライフサイクル説を超えて伝統的である。貯蓄の目的は、病気・災害・老後への備え、教育・住宅への蓄え等である。日々の稼得から積み立てを行う。運用方法は、堅実で、安全・安定を旨とする。貯蓄の性格を反映した運用の姿が自然である。故に直接金融でなく、間接金融システムが存在する。日本人の貯蓄姿勢を考慮すると、米国型は考えにくい。貯蓄から投資への転換は容易でなく、日本人の伝統的貯蓄の仕振りと齟齬がある。

5,成長とは何か。00年代金融システム不調で低成長という論調が好まれた。且つ金融セクターの健全な発展が成長を高めると主張された。先進国で妥当するだろうか。経済成長は、技術革新、それを体化する設備投資、生産性の向上という姿である。その際金融サイドが企業に資金融通できれば十分である。

経済成長では、この国の技術革新力がまず問われる。90年代バブル崩壊で企業の研究開発能力が低下した。ポスドクⅠ万人計画(96年)は、博士を大量生産したが、期待に添う展開に至っていない。むしろポスドクの有期雇用が研究社会の不安を煽っている。又国立大学は独立行政法人化(04年)で迷走している。大学の国際競争力低下である。国立研究所の独法化も依然成果不明である。理化学研究所の研究系職員2,893人の77%にあたる2,219人が任期制職員であることに驚くばかりである(22年4月1日)。米国の大学のポスドクの人々の必死の調査研究の姿を思い出す。彼らは、研究に挫折すれば、異分野の進路を厭わない。果たして日本ではどうであろうか。雇用の安定が必要な年齢になっても彷徨う人を見かける。生活不安で研究どころでない。必要なことは金融よりも考える人を大切にすることであろう。

国民の預貯金を投資に誘導する今回の試みで、日本人の貯蓄志向は変わるであろうか。曲がり角の資産市場は助かるかもしれないが、貯蓄から投資へ流れが変わるとも思えない。

平成以降、日本経済の先行きに懸念が生じると、新聞は「構造改革」の言葉を書き立てた。30年以上の構造改革で、経済は破綻模様である。これまでの構造改革と同様、資産所得倍増がさらに社会の不安定を招かないことを祈るばかりである。

【マーケット情報/9月30日】欧米原油上昇、供給減の観測が要因


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物の価格が上昇。供給減少で需給が引き締まるとの見方が強まった。

米国では、ハリケーンイアンの発生を受け、メキシコ湾での生産のうち約10%が一時停止した。米国では、原油の週間在庫も減少している。また、OPECプラスは11月の産油量を、前月から日量100万バレル以上減らすことを検討。インフレ率の上昇と、それに対応するための金利引き上げで、経済が冷え込み、エネルギー需要が後退するとの懸念が背景にある。さらに、ロシアは、2023年の同国における原油生産が、経済制裁を背景に前年比5%程度減少する見通しと発表。供給減の予測で、売りが優勢に転じた。

一方、中東原油を代表するドバイ現物は、前週から続落。経済減速にともなう石油需要後退の観測が、引き続き重荷となった。加えて、米ドル高も下方圧力となった。

【9月30日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=79.49ドル(前週比0.75ドル高)、ブレント先物(ICE)=87.96ドル(前週比1.81ドル高)、オマーン先物(DME)=87.05ドル(前週比2.23ドル安)、ドバイ現物(Argus)=88.55ドル(前週比0.61ドル安)

女子800mで日本選手権優勝 次は「2分の壁」破り世界へ


【岩谷産業】塩見 綾乃

 小学4年から始めた陸上競技。当初は駅伝で活躍したいという気持ちが強かった。中学生から800mや1500mの道に進むと、中長距離が向いていると感じた。持ち前のスピードを生かし記録を伸ばすと、京都文教高時代の2017年8月に自己ベスト2分2秒57の高校新記録を樹立した。

世界の舞台へ向けトレーニングに励む

立命館大進学後もアジア大会やインカレで成績を残し続けたが「駅伝をしていない中長距離選手は注目度が低い。陸上を続けながら就職できる環境がなかった」と話す。そんな中、助け舟を出したのが立命館大OBで岩谷産業陸上部の廣瀬永和監督だった。岩谷産業は「駅伝だけにこだわらず、世界を目指す陸上選手を育成する」という方針で陸上部を設立。「廣瀬監督から『800mで2分を切る選手に絶対なれる』と直接言っていただいた」と高い評価を受けて22年4月、岩谷産業に入社した。

入社から約半年、現在は総務人事部に所属し事務に携わっている。午前中は勤務を行い、午後は拠点でトレーニングを行う日々だ。「覚えることも多いが、職場の皆さんに業務を教えていただいている」と社会人とアスリートの2足のわらじを続ける。6月に行われた日本選手権では、東京五輪1500m、5000m代表で日本を代表するマルチランナーである同級生、田中希実選手のスパートから逃げ切り、女子800mで初優勝を果たす。優勝の翌日には社内でもたくさんの祝福を受けた。「日本選手権以降、皆さんから『おめでとう』など言葉をたくさんかけていただいた。心遣いにありがたみを感じた」と部署のサポートに感謝の気持ちを込める。実業団1年目で結果を出し、次に狙うのは自己ベストの更新、そして世界の舞台だ。

「今年の世界陸上オレゴン大会は、応援したい気持ちと『今回は出るチャンスがあった』という複雑な心境で観戦した」と吐露する。世界の舞台で戦うためには、日本人で誰も成しえていない「2分の壁」を破ることが必須だ。23年世界陸上ブダペスト大会、24年パリ五輪、そして25年の世界陸上東京大会での活躍を誓う。「Iwataniという名前を背負い、とてもいい環境で練習させてもらっている。将来性を見てくださった監督や会社のためにも、結果を出して少しでも自分の走りで勇気を与えたい」

その激しさから「トラックの格闘技」と言われる800m。社内の支援を受け、ライバルとしのぎを削りIwataniから世界へ羽ばたく日は近い。

しおみ・あやの 1999年京都府出身。2018年立命館大に入学。同年アジア大会女子800m5位入賞。22年4月岩谷産業入社。6月の日本選手権女子800mでは、東京五輪1500m、5000m代表の田中希実選手を破り初優勝。

次代を創る学識者/村上健太・東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター准教授


中性子照射により重要機器の材料の変化を精緻に把握する。

原子力発電所の運転期間ルール見直しに欠かせない研究だ。

人間と同じように原子力発電所にも「寿命」がある。ただし、それは安全かつ安定的に稼働できる「健康寿命」であって、生物の寿命とは少しニュアンスが異なる。

東京大学の村上健太准教授は、長く原発の「健康診断」に取り組んでいる。現在、原発の運転期間は一律、原則40年、最長で20年延長と決められている。しかし、人間の健康状態が皆違うように、原発のパフォーマンスもそれぞれ異なる。

村上氏の主な研究テーマは、重要機器の材料の変化を精緻に把握して、機器があと何年、これまで通りに利用できるか見極めること。同時に、原発を最大限有効に活用できるよう、調査・分析の結果を施設のマネジメント戦略の見直しに結び付けることだ。

原子炉圧力容器などの金属は、核分裂で発生する中性子にさらされると強靭さが低下する。一見、同じ材料でできているように見える機器も、不純物や環境のわずかな違いによって劣化の程度が異なる。なぜ違いが出るのか―。中性子照射による材料挙動予測の研究に打ち込んだ。

中性子照射は材料中でダイナミックな原子の配置転換を引き起こす。その繰り返しが徐々に元素の分布に偏りを生じさせる様子をモデル化した。

「40年、60年と定められた制度上の運転期間と、それぞれの原発が高いパフォーマンスを維持できる期間に、直接的な関係はありません。現在の制度は、福島第一原発事故後の混乱の中、初期モデルの原発を退場させるために急いでつくられたもの。既に役割を終えたルールは見直して、安全性向上にインセンティブを与えるような制度を提案したい」。力強くこう語る。

既設炉の性能アップを 新型燃料の利用を研究

既存の原発の性能アップも重要な研究テーマだ。例えば、日本の沸騰水型軽水炉では9×9燃料(燃料棒を9行9列に配置した燃料集合体)が使われる。ところが海外では10×10燃料が主流。燃料棒一本当たりの発熱量を下げることで、安全性を高めながら出力も増加させている。米国では過去30年間、原発の新設がなかったが、燃料・炉心の設計を工夫することで約800万kW、出力を増やしているという。

さらに燃料被覆管の性能を高めることで、①原子炉の停止時期を柔軟に調整できるので、地域ごとに定期点検の工事を平準化できる、②使用済み燃料の発生量が低減する―などのメリットもある。

「日本でも、制度の工夫と小規模な改造で10%弱の出力向上は直ぐに達成できる。ABWR(改良型沸騰水型炉)は、段階的に20%程度は出力を上げられるよう余裕をもって設計されている」

原発は日本にとって貴重なインフラだ。安全を前提に、最大限有効に活用することは、国益に直結する。国が2050年のカーボンニュートラルを目指す中で、村上氏の研究は重要度を増していくことになる。

むらかみ・けんた 2007年東京大学工学部システム創成学科卒。12年東京大学工学系研究科原子力国際専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、長岡技術科学大学准教授などを経て21年から現職。博士(工学)。専門は原子力工学。

【メディア放談】ウクライナ侵攻とエネルギー問題 原発報道に変化の兆し


<出席者>電力・ガス・石油・マスコミ/4名

ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー需給に黄信号がともっている。

だが、それで原発の再稼働が早まると考えるのは早計のようだ。

 ―ウクライナ侵攻に端を発した石油・ガスなどの供給不安と価格高騰、電力・ガス料金の値上げと需給ひっ迫―。エネルギー問題が世間の注目を集めている。これだけ関心を持たれるのは、オイルショック以来だ。マスコミの論調も変わってきているのでは。

石油 ロシアは西欧へのガス供給を止め、「サハリン2」で強権を発動した。エネルギー資源を「武器」にして、ウクライナ侵攻に反対する西側に圧力をかけている。

 今までほとんどの大手紙は、福島第一原発事故と地球温暖化問題で、再エネ=推進、原発・火力=低減を編集の軸に置いていた。しかし、隣国ロシアの横暴ぶりを目の当たりにして、さすがに安定供給に目を向けざるを得なくなった。

ガス といっても、今までかざしていた旗を急に降ろすわけにはいかない。電力・ガスの値上げ、需給ひっ迫をどう取り上げるか、今、どこのメディアも苦慮している。

 ただ、脱炭素一辺倒だったドイツの政策転換の影響は大きい。ロシア産ガスの供給不足で、今年末で停止する予定だった原発も稼働を延長するかもしれない。今までほとんどの大手紙がドイツを「環境先進国」として持ち上げて、手本とすべきとしていた。さすがに考え直さないといけないと思っているはずだ。

電力 日経が変わり始めている。特別編集委員の滝田洋一さんが書いたコラム「核心」(7月18日朝刊)には「おや」っと思った。

―BSテレビ東京の経済番組で解説をしている経済の専門家だ。

電力 当面の大きな課題のひとつが物価上昇だ。滝田さんは、政府は「物価上昇の大きな要因であるエネルギーの問題に取り組むほかない」と指摘している。まったく同感。

 次に電力問題だ。需給ひっ迫解消に「安全性が確認された原子力発電所の再稼働がカギを握る」と本質を突く。なぜ再稼働が進まないかも掘り下げる。原子力規制委員会の審査について、「運営ルールについては国会が責任を持って基準を示すべきである」と述べている。

マスコミ 旧東京電力経営陣の「弁護」までしている。東京地裁が勝俣恒久さんらに命じた13兆円の賠償について、原発は国策民営であり、「事故が起きた際の責任を会社と経営者だけに負わせるのは無理がある。エネルギーの中で原発が欠かせないとするなら、首相は政府による関与と支援を明確にさせるときだ」と「核心」を結んでいる。

日経に出た「主張」「意見」 読売の連載は中途半端

―よくここまで踏み込んで書いたな、と思った。

マスコミ 今まで日経には原発について「主張」「意見」がなかった。「より安全性の向上を」や「国民的議論を深めよ」は主張でも意見でもない。知っている限り、原子力政策について具体的な主張をしたのはこの記事が初めてだ。

電力 滝田さんは経済が専門。その視点でみると、原発の再稼働は当然なんだろう。エネルギー・環境担当の記者や編集・論説委員だったら当然、再エネ、水素に触れる。ここまでストレートに書けなかったはずだ。

石油 要するに、「色眼鏡」をかけないで純粋に見ると、原発は必然ということだ。日経がどういう意図で掲載したか、「核心」欄がどういう位置付けなのかは分からない。しかし、社としての方針が変わってきているのは間違いないと思う。

―読売新聞も8月3日から「進むか、原発再稼働」の連載を始めていた。

ガス がっかりした。新味がないし、具体的に何をすべきか提案もない。

石油 とにかくこの分野の著名人を一通りインタビューすればいい、という感じだ。しかもつまみ食い的に発言を使われて、「困った」と話す学識者もいるらしい。読売は原発推進が基本方針。それを考えると、中途半端な連載との印象は拭えない。

ガス 時々、エネルギーの分野で目を引く記事が毎日、産経に載る。中でも若手記者ががんばっている。よく取材して記事をまとめている。朝日、読売、日経に比べて待遇は良くないはずだ。それだけに応援したくなる。

原発再稼働の行方は 統一教会問題が影響も

―日本原燃の増田尚宏社長が六ケ所再処理工場について、9月末の完成予定を見直す考えを明らかにした。新聞各紙は「26回目の延期」と書いている。

電力 増田社長は「審査の状況を踏まえ、今後の見通しについて検討する」と言っただけだ。まだ2022年度上期完成の旗は降ろしていない。ただ、関係者は9月末が絶望的なことを分かっている。その場合のマスコミ対応も準備していると聞く。

マスコミ 国、青森県と発表のタイミングを見計らっているようだ。完成が遅れる場合、主な理由は原子力規制員会の審査の遅れ。でも、それをマスコミに強く言えない。原燃は歯がゆい思いをしているだろう。

 とはいえ、今回の完成遅れの影響は大きい。エネルギー安全保障に関心が高まって、準国産エネルギーとして、ようやく原発に追い風が吹き始めている。それに水を差すかたちになる。

ガス それよりも、再稼働への影響が避けられないのは統一教会の問題じゃないか。この問題で原発推進の清和会の議員が集中砲火を浴びている。自民党の支持率も低下気味だ。すると、岸田政権としても不人気な原子力政策には手を付けづらくなる。

―統一教会系の「世界日報」はは原発をどう報じていたんだろう。気になるな。

【マーケット情報/9月23日】原油下落、経済減速が重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み下落。経済の冷え込みを受け、石油需要が一段と後退するとの予測が強まった。特に、米国原油を代表するWTI先物および北海原油の指標となるブレント先物は、前週からそれぞれ6.37ドルと5.2ドルの急落となった。

ロシア政府が、予備兵役の動員を決定。戦争の長期化が懸念され、経済がさらに低迷するとの見方が台頭した。

さらに、英国中央銀行、および米国連邦準備制度理事会は金利をさらに引き上げた。また、アジア開発銀行は、アジア地域の経済成長予測を下方修正。インフレ率の上昇や、中国における新型コロナウイルス対策のロックダウンが背景にある。これらの経済減速にともなう石油需要の減少見通しが、原油価格に下方圧力を加えた。

一方、ロシアの予備役動員で、同国の一部産油設備で人員不足の懸念が強まっている。ただ、価格の支えとはならなかった。

【9月23日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=78.74ドル(前週比6.37ドル安)、ブレント先物(ICE)=86.15ドル(前週比5.20ドル安)、オマーン先物(DME)=89.28ドル(前週比1.72ドル安)、ドバイ現物(Argus)=89.16ドル(前週比1.71ドル安)

畜産バイオガスの展開 循環型経済の中核施設に期待


【リレーコラム】菊池貞雄/バイオマスリサーチ代表取締役社長

 バイオガス「プラント」という仰々しい名前の施設を、農村地域の活性化テーマとして私が取り組んだのは1997年、COP3京都会議の年だった。もとより、農村部では手間とエネルギーをかけて畜産糞尿を処理しており、生産できた堆肥も肥料として有価で販売できないケースも多く見られた。酪農家の減少、残った酪農家の規模拡大により、糞尿処理を自動化できるバイオガスに光が当たってきた。FITにより畜産バイオガスもメタンガス発電として再生可能エネルギーのジャンルとして認識が広がったが、それ以前にも40基以上が北海道に存在していた。

建設費とエネルギー収入による試算では他の再エネより収益が劣るバイオガスであるが、「労務低減」「エネルギー製造」「敷料生産」「肥料製造」などの効果は認識されにくくキャッシュフローに反映できないが、農業経営には複合的なコスト低減を達成していた。

畜産地域でのバイオガスは町内の酪農家が集まって共同で、集中的に処理をする方式が鹿追町をはじめとして、興部町、西興部村などで始まっている。地域の基幹産業を支援する社会資本的な位置を得て成功している。  少しずつ地域の生ゴミや汚泥なども一緒に原料として発酵させ、既存処理(攪拌、燃焼など)による二酸化炭素排出抑制、コスト削減を図り、肥料とエネルギーを確保するという、農業分野以外での社会性を獲得している。

ゼロカーボン時代へのインフラ

ゼロカーボン社会を目指して動きが加速するとき、自治体が自ら活動できることの一つとしてバイオガスへの取り組みが始まっている。生ゴミ、し尿、汚泥などコスト負担とCO2排出がある既存処理から、有機廃棄物全体を処理する共通インフラとしてのバイオガスプラントとしての計画づくりの依頼が増加している。

未来のエネルギー供給のカタチが「ガソリンスタンド」が電力や水素の充填施設に置き換わったとすると、そのエネルギーは地域内の畜産・有機廃棄物バイオガス、営農型太陽光、蓄電池から供給され、まさに「分散型電力」となっていくかもしれない。

追い風は肥料、エネルギーの高騰だけではない。現在弊社で取り組んでいる消化液の有効利用の研究とスマート農業による自動散布車両の開発は、人手不足となる酪農の維持や効率化を図り、地域産業を支える。

今後は、肥料とエネルギーの自給、処理コスト低減による地域全体でのゼロカーボンの中核施設として、地域産業をまわす拠点としての活躍が期待されている。

きくち・さだお 2007年北海道バイオマスリサーチ設立(現バイオマスリサーチ)、代表取締役に就任。17年バイオガスエナジー設立、20年ビオストック設立。再生可能エネルギーの研究・活用プランの策定に携わり現在に至る。

※次回はビオストック社長の熊谷智孝さんです。

【和田篤也 環境省 事務次官】「地方創生とCN、親和性高い」


わだ・とくや
1988年北海道大学大学院工学研究科修了後、環境庁(現・環境省)入庁。官房審議官、官房政策立案総括審議官などを経て20年7月、総合環境政策統括官。22年7月より現職。

環境アセスメント法制定やCOP交渉官、福島復興再生事業などタフな問題をまとめあげた。

カーボンニュートラル実現へ経済産業省と連携を深め、環境対策と地方創生の両立に奔走する。

北海道大学大学院で衛生工学(環境工学)を学んだ。公務員として仕事に携わり、社会の役に立ちたいという気持ちは強く、学科の専攻を生かせる環境庁(現環境省)を志望。しかし当時は公害問題が下火になり、環境庁不要論も挙がる「冬の時代」。環境庁主導の政策も、他の省庁から反対を受け成立できないなど、霞が関では存在を揶揄されていた。

潮目が変わったのが、1988年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)設立だった。この時期から地球温暖化に注目が集まり、後に各国の政策に大きな影響を与える組織が自身の入庁年に生まれた。「今は小さな役所だが、やるべき仕事はたくさんある」と環境庁でのスタートを振り返る。

入庁後は環境庁プロパーとして多くの業務に従事した。「環境影響評価法(環境アセスメント法)」制定に向けた法案の作成や、第12回、第13回の気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で交渉官を担った。福島復興再生事業にも携わり、困難な問題に対しても素早く、かつ粘り強く対応。仕事に向き合う姿勢の根幹となったのは、90年からの大阪府庁出向だという。

「公害行政の最前線で何百という工場に立ち入り、配管を見ればどの施設か分かるほど現場で仕事をさせてもらった」。霞が関の役人として重要な「人間関係構築」「現場感覚」の二つが培われた。「相手の気持ちが分かること、現場感覚を忘れないことが私にとっての原点だった。自治体の現場行政を通じて、後々のアセス法制定やCOPでの交渉、福島復興再生担当につながった」と胸を張る。

政策で経産省と連携深める エネルギー×地域でインフラ実現へ

今年7月の幹部人事で事務次官に就いた。目下の重点政策として、カーボンプライシング(CP)導入がある。環境省は長年、炭素税や排出量取引など手法ごとの効果や課題について議論を重ねてきた。今年5月には岸田文雄首相が「GX経済移行債(仮称)で政府資金を調達することを検討する」と表明。150兆円超の官民投資を先導するための政府資金を「将来の財源の裏付け」を持ったGX移行債で先行して調達する政策と一体的に検討するとしている。

CP導入について「環境省は炭素税導入自体が目的だ」と言われるが、そうではないと話す。山口壯前環境相が描くグランドデザインにもあるように、CPには「CO2排出にはコストがかかる」とのメッセージを込めたプライシング効果と「制度導入で得た収入を政策や技術に活用する」財源効果の二つがある。「その使途をどうするか。ここを詰めていかなければならない」。日本が導入しているCPは、CO21t当たり289円の地球温暖化対策税のみであり「来年日本開催のG7で、日本のCPはどうなのかという議題は間違いなく出る。その時に政策を発信できる状態にしないといけない」と指摘する。

環境省の事務方トップとして日本のエネルギー環境対策を進める上で、経産省との連携が不可欠だと語る。「カーボンニュートラル(CN)を筆頭に、環境政策がエネルギー政策にドライビングフォースをかけている。再エネを上手に活用することで、地方創生だけでなく安定供給にもつながる。国際社会との戦いに生き残っていくためにも経産省との連携が必要だ」。かつては「エネルギーと環境は相反する事柄」という認識が根強かったが、今はESG(環境・社会・統治)投資やSDGs(持続可能な開発目標)を重視したビジネスがトレンドだ。「これまで環境ビジネスのマーケットは育ってこなかったが、現在は世界の競争力の分岐点になる可能性がある。そうなった時、両省が連携していないと日本は置いていかれる」と警鐘を鳴らす。

特に環境省で力を入れているのが、CNによる地域の活性化で、今年度から脱炭素先行地域の選定を進めている。「目指すは地方創生byCNだ。地方創生とCNは親和性が高い。地域がエネルギービジネスを始めることで、地域にオーナーシップが生まれる」。これまでは国や政府の政策を地方で実施しても、地方のニーズに合っていないことが多かった。「本質的な意義は地方が主役であること。そのための脱炭素先行地域だ」と、政策の意図を明かす。

地方にはエネルギー行政担当がいなかったが、現在は再エネなど地域の資源を生かす自治体の部署や取り組みが増えた。「ガス会社など高い地域密着性を持つエネルギー企業が、自治体と共同プロジェクトで事業経営を行ってほしい」。目指すは「エネルギー×地域」による社会インフラの実現。そして地域資源を活用した自立・分散型社会である「地域循環共生圏」の創造だ。大阪府庁時代に得た環境行政の経験を忘れず、エネルギーと地方活性化を実装段階へ推し進める。

【需要家】省エネ法の改正 戸惑う非化石への転換


【業界スクランブル/需要家】

来年4月の改正省エネ法施行が近づいている。改正項目のうち、エネルギー定義の見直しについては、非化石エネルギーの対象追加や、換算係数などの見直しだが、そもそも企業としてはコスト削減のためにすべての省エネルギーに努めており、5年度平均エネルギー消費原単位算定時の配慮もされることから影響は少ない。

一方、新たに設定された「非化石エネルギーへの転換」には戸惑いがある。当然、近年はCO2排出量の低減にも努力しており、電力供給事業者選定時にCO2排出係数も考慮していることから、省エネ法判断基準で、非化石比率の高い電気調達やボイラやコジェネへのバイオマス燃料などの混焼検討が求められることに違和感はない。

ただし、将来、非化石比率の目標設定については、既存のCO2削減目標と整合的な非化石比率目標設定が悩ましいところである。

さらに悩ましいのが、電気需要最適化である。需給ひっ迫時の需要減少や再エネ出力制御時への需要シフトの必要性が理解できないわけではないが、フレキシブルに電力消費を調整・シフトできる設備を導入している訳でもないため、当面は指定された計算方法に沿って、電気需要最適化原単位を算定するだけとならざるを得ないだろう。

特にベンチマーク制度の対象事業者にとっては、ベンチマーク目標達成と親和性の高いエネルギー消費原単位の改善に従来通り努めつつ、CO2削減と親和性の高い非化石比率の向上にも配慮する行動が想定される。今後、エネルギー管理指定工場連絡会などで、改正省エネ法に関する説明会が開催されるが、非化石エネルギーへの転換や電気需要最適化は新しい取り組みであり、丁寧な事業者説明が必要である。(T)

既存住宅のカーボンニュートラル対策 家庭部門の課題点と解決策 〈後編〉


【識者の視点】中上英俊/住環境計画研究所会長

前編の需要側対策を踏まえ、後編では既存集合住宅の課題を考察する。

既存のガスインフラを活用可能なメタネーションや水素利用にも期待が高まる。

 2000万戸以上に及ぶストックがある既存集合住宅では、全電化への設備変更は簡単ではない。中でも家庭の給湯用設備の大半は、ガスや灯油による化石燃料由来の燃焼型機器だ。特に都市部ではガス給湯器が圧倒的な普及率を誇る。風呂釜と小型湯沸かし器でスタートしたわが国のガス給湯器はセントラル給湯システムに置き換わり、小型で高性能な瞬間型湯沸かし器にとって代わっている。

高性能エコキュートを望む 既存ガスインフラの有効活用

この既存集合住宅の「給湯電化」は、現状では不可能に近い。戸建てと違い住宅まわりには余裕のスペースはない。小型で高性能なガス湯沸かし器が集合住宅の給湯システムを席巻したのは、一つには高性能化と省スペース化という相反する条件を巧みにクリアしたからだ。近年新築着工が増えている超高層マンションと呼ばれる集合住宅などでは、ガス給湯システムからエコキュートと呼ばれる、電気温水器ほどではないにしてもガス湯沸かし器には見られない貯湯タンクを抱えたヒートポンプ式給湯機への置換は至難の業になりかねない。50年でも、このような既存集合住宅は現役に違いない。すぐにでもこのような物件に対する対応モデルの開発を急ぐべきだ。願わくは限りなく瞬間湯沸かし器に近い性能を備え、貯湯機能を最小に抑えた超コンパクトなエコキュートの出現を望みたい。

潜在需要は数千万台に及び、かつ数十兆円に及ぶであろう規模の一大マーケットになり得るだけに、メーカー、デベロッパー、住宅産業、エネルギー事業等、関係業界を巻き込んで一体となった開発を望みたい。その市場はわが国にとどまらず、全世界に展開可能な商品になるに違いない。

他方で「電化困難」な既存集合住宅での脱炭素化には、既存ガス導管を活用可能なメタネーション等によるガス代替エネルギーの一日も早い実現を望みたい。

電化改修に伴う経済的な課題について改めて触れると、給湯設備一つとってもその交換費用を負担するのは居住者である一般消費者だ。現在市販されているエコキュートのカタログ価格は約100万円前後だが、実際の市場では工事費込みで40~50万円程度で取り付け可能ともいわれている。これに電化のIHコンロにすると約10万円程度だろう。暖冷房等は除いても、少なくとも交換費が50万円以上に及ぶと考えられる。壊れて取り換えるのではなく、まだ使えるのに脱炭素化への追加コスト負担は合意されにくいだろう。そのためのインセンティブや社会的な責務について50年に向けて合意形成を図る必要がある。

また、前述のように膨大な市場が出現することに鑑みても、売り手側の大幅なコストダウン開発が望まれる。こうした課題に対し、まさに官民を挙げた対応策の検討をいち早く進めるべきだ。

全国で1億kWのPV設置? 再エネだけでは不可能

家庭のエネルギー消費原単位のエネルギー別の内訳をみると、48%が電気以外は都市ガスが25・8%、LPガスが8・9%、灯油が17・3%だ(図参照)。すなわち現在のわが国の家庭の電化率は48%で、年間の電気消費量は3・9

38kW時/年・世帯である。残りのエネルギーを全て電気で置き換えると、熱量での単純計算では8・425 kW時/年・世帯となる。

用途別のエネルギー利用の実態を考慮し、ガス機器や灯油機器から電気機器への置き換えを機器別のエネルギー効率を考慮して試算すると6188kW時/年・世帯程度に抑えられると試算された。純増分の2250kW時/年・世帯の全てを再生可能エネルギーの太陽光発電(PV)で賄おうとすると、約2kW/世帯相当のPVを全家庭に設置する計算だ。換言すると住宅だけで全国で1億kW以上の新たなPVの設置が求められる。わが国の住宅の約半数が集合住宅であることを考えると、住宅建築だけで賄うことは不可能だ。

世帯当たりエネルギー消費のエネルギー別構成比
出所:環境省「平成31年度 家庭部門のCO2排出実態統計調査(確報値)」2021年3月

オール電化へのハードル メタネーションへの期待

家庭部門のCN化への対応として最も期待されている電化シナリオを考察したが、実現には想定を上回るハードルが立ちはだかる。最大の課題は消費者の経済的負担だ。この課題は設備変換などに伴う初期投資と、光熱費負担をいかに最小化するかである。ついで化石燃料由来の住宅設備機器の脱炭素化が主として、既存集合住宅では極めて困難な課題であること。さらに電化シナリオによって増加するだろう電力需要を賄う脱炭素電源の確保だ。

電化だけで克服できないハードルに対してはどうするか。他のエネルギー源のCN化が必須の課題となる。特に既存住宅対策では、集合住宅のガス設備対応としてメタネーション、水素利用などといった既存インフラ活用型の対策が避けて通れない課題となる。

それでもなおエネルギーコストの増大も避けられない見通しである。となると利用者としての対応は、本来の省エネルギー・エネルギーの合理的利用ではない生活レベルの引き下げにつながる節約・我慢を強いられることになりかねない。やはり暮らしにおけるエネルギーとの付き合い方を徹底して見直す必要がありそうだ。すなわち家庭におけるさらなる省エネの追求だ。エネルギー消費が半減すれば再エネのシェアは2倍になる。50年まで、まだ時間がある。二度の石油危機からわが国の脱石油政策は、30年かけて成功を収めてきた。今後の30年間でどんな省エネ技術開発が可能なのか。

脱炭素問題はわれわれの暮らしに対しても極めて大きな課題を突き付けていることをみんなで共有すべきだと考える。家庭部門だけでもこれだけの課題だ。CN対策はあらゆる部門で不可避だ。総論レベルではなく、あらゆる業種で解決策を模索する必要があることを強調したい(参考文献1、2)。

〈参考文献〉

1 中上英俊「脱炭素社会の実現に向けて」月刊「省エネルギー」知のコンパス、Vol.72 No.12,2020,㈶省エネルギーセンター

2 中上英俊「カーボンニュートラル下における家庭用エネルギー消費構造はどうなるのか?」月刊「省エネルギー」知のコンパス、Vol.73 No.6,2021,㈶省エネルギーセンター

なかがみ・ひでとし 1973年東大大学院建築学専門課程博士課程を単位取得退学。同年、住環境計画研究所を創設。2013年から現職。経済産業省総合資源エネルギー調査会委員などを務める。

・需要側のカーボンニュートラル対策 家庭部門の課題点と解決策 〈前編〉https://energy-forum.co.jp/online-content/9809/