【Vol.3 伊方最判③】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士
「伊方最判」の分析第三弾では、原子炉設置許可処分の取消訴訟の主張立証責任に焦点を当てる。
主張立証責任は原告側との原則を修正して実質的に行政側にあるとしたが、これはどんな意味を持つのか。
前回に引き続き、伊方発電所に関する最高裁判決を取り扱う。第二回では、伊方最判が、原子炉設置許可取消訴訟における裁判所の審査・判断の方法を、行政機関が行った審査に焦点を当てて、現在の科学技術水準に照らし二段階で行うとしたこと、この裁判所の審査・判断の方法が現在でも通用することを確認した。
伊方最判では、原子炉設置許可処分の取消訴訟の主張立証責任についても判断を示している。主張立証責任とは、主張立証に失敗した場合、主張立証しようとした事実等がないなどと扱われ、不利益を被ることをいう。
伊方最判は、原子炉設置許可処分の基準の適合性の判断について次のように示している。行政機関に専門技術的裁量が認められるとの原子炉設置許可処分の性質からすると、例外的にその裁量を逸脱または濫用して行政庁の判断に不合理な点があると主張する側(伊方最判で言えば原子炉設置許可処分の取消を求めている原告=住民側)に主張立証責任を負わせるべきとの考えの下、「被告行政庁がした判断に不合理な点があるとの主張立証責任は、本来、原告が負うべきものと解される」と判断して、まずは原則論を確認した。

許可処分不合理との「推認」 覆すことは事実上不可能
しかし、伊方最判はこの原則論を修正した。すなわち、「当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべき」とした。
要するに、被告行政庁がまずその判断に不合理な点がないことを相当の根拠・資料に基づいて主張立証する必要があり、それに失敗した場合には、行政庁の判断に不合理な点があることが事実上推認されるとした。
この判示については、被告行政庁が主張立証を尽くさない場合の効果として、行政庁の判断に不合理な点があることが「事実上」推認されるとの言い回しから、主張立証責任を原告側(住民側)から行政庁に転換したものではないと説明されることがある。しかし、行政庁が主張立証に失敗した場合に、事実上とはいえ原子炉設置許可処分をした判断に不合理な点があることが「推認」されることのインパクトは、非常に大きい。
というのも、この推定が働くのは、被告行政庁が具体的審査基準や審査過程において不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき主張立証することに失敗した場合である。そのような場合に、原子炉設置許可処分をした判断に不合理な点がないとして、この推定を覆すことはおよそ不可能だからである。実務的感覚としては、「事実上の推定のテクニックを用いて、被告行政庁へ立証責任を転換している」との評価が最も的を射ているであろう。
伊方最判がこうした主張立証責任の実質的転換をした理由は何か。「当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点」、すなわち証拠が被告行政庁側に偏在していることのみを明示的な理由とした。「など」として他にも理由があることがうかがわれるが、最も強い理由が証拠の偏在であることは間違いない。
では、この証拠の偏在という理由が現在でも妥当するのか。現在の原子力規制委員会では、いわゆる新規制基準への適合性審査の状況をほぼ全て公開していることや、伊方最判後に行政機関の保有する情報の公開に関する法律(いわゆる情報公開法)が制定されたことなどから、安全審査に関する資料についての証拠の偏在状況は、伊方最判当時とかなり異なるといえる。とすれば、現在では伊方最判が挙げる理由のみで被告行政庁への立証責任の転換を認めることは困難だと思われ、より具体的かつ説得的な理由付けが必要になるだろう。
安全審査の対象範囲 基本設計に限定
また伊方最判では、原子炉設置許可段階における安全審査の対象についても判断を示した。これは、上告人ら(住民側)が、安全審査は核燃料サイクル全般、原子力発電の全過程に及ぶと主張していたことに対する判断である。
ここでも原子炉等規制法の法解釈から結論を導いた。すなわち、炉規法がいわゆる分野別規制(製錬事業や原子炉の設置、運転などといった分野ごとに規制を行うこと)と段階的規制(原子炉施設の設計から運転に至る過程を段階的に区分して規制を行うこと)という構造だと指摘(ただし分野別規制と段階的規制を取る合理性については触れていない)した上で、「規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項の全てをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である」と法解釈した。
そして、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済み燃料の再処理および輸送の方法、ならびに温排水の熱による影響などに関わる事項は、原子炉設置許可段階の安全審査の対象にはならないと判断した。要するに炉規法の仕組みから、原子炉設置許可段階における安全審査の対象は基本設計に関わる事項のみであると判断したのである。
他方、基本設計(ないし基本的設計方針)という用語・概念は法律上のものではなく、内容が判然としないとの意見もある。しかし、行政訴訟では結局、原子炉設置許可処分の違法性が問題となるのであるから、原子炉設置許可処分に当たっての行政機関の審査対象が何なのかが重要であって、それを端的に基本設計という用語・概念で説明したと捉えればよい。
この点については、最判2005年5月30日のいわゆる「もんじゅ最判」との関連で述べた方が分かりやすいため、次号ではもんじゅ最判を取り上げる。
・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/
・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。