【ガス】ウクライナが試金石 各社の危機管理能力


【業界スクランブル/ガス】

 3月31日、岸田文雄首相は「サハリン2から撤退しない」と明言し、「エネルギー安全保障上、極めて重要」と語った。ひとまず安心した。そもそも、サハリンのエネルギー開発は1900年代初頭に日本調査隊がオハ鉱区で石油を発見したことに端を発している。サハリン2も94年に三井物産・三菱商事の日本勢がシェルなどと組んで開発を始めた。2009年には日本を中心にLNG出荷が始まり、10年以上の安定供給が続いている。

サハリン2の強みは、日本までの近さだ。マレーシアやオーストラリアで片道1週間以上、中東で2週間以上かかるところが、サハリンだとわずか数日。また、他のLNGプロジェクトが熱帯地域にあるのに対し、唯一寒冷地に位置するサハリン2は冬の需要期に効率を高め、生産量を増やせる利点もある。

東京ガス、東邦ガス、大阪ガス、広島ガス、西部ガスの各社はサハリン2からLNGを調達しており、現時点では正常なオペレーションが維持されている。また、欧州の天然ガス輸入国がルーブルでの支払いを求められている中、日本の買い主はサハリン2からルーブルでの支払いを求められておらず、今のところ安定調達を確保できている。

しかし、今後どうなるか分からない。ウクライナ危機の動向次第であろう。英シェルが具体的に撤退作業を始めると、生産オペレーションが滞る可能性が出てくる。ロシア系会社をコントラクターとして使っているため、そこへの支払いは難しくなる可能性も。さらにLNG船がサハリンないし日本の港に入港することができなくなる可能性もある。今からこうしたリスクを想定して、いざというときの対処の仕方を明確に規定しておく必要がある。各社の真の危機管理能力が問われる。(G)

【新電力】最終保障急増で浮き彫り ずさんな市場設計


【業界スクランブル/新電力】

 多くの新電力が苦境に陥り、新規受付停止だけではなく、事業撤退、もしくは事業譲渡などの動きが加速している。新電力だけでなく、一部の旧一般電気事業者も受付停止に踏み切っており、小売り電気事業者は総崩れの様相である。

一方で、最も大きな影響を被っているのは需要家である。一部自治体では小売り電気事業者による中途解約や契約期間満了に伴い、入札を実施したものの応札者がなく、再入札を実施しているケースもあり、小売り電気事業者による需要獲得敬遠により、需要家が最終保障を選択するケースも出ている。

さて、ここで気になるのは、最終保障供給の目的である。需要家が最終保障供給を過度に依存することは想定されていない。つまり、現在の市場設計では、エネルギーセキュリティーの課題を一般送配電事業者が負う枠組みとなってしまっており、電力システム改革において、市場はエネルギーセキュリティーの役割を放棄するように設計されてきたと指摘されてもおかしくない。当局と改革を主導してきた経済学者は猛省すべきである。

英国でも類似の事象が発生している。プライスキャップが最安値となる状態が恒常化しており、ガス電力市場監督局(Ofgem)長官は議会で行われた公聴会において「プライスキャップが最安値になる状態は自由化設計では想定していなかった」と証言している。各国の電力自由化の制度設計・市場設計において、戦時経済は想定されていなかったのである。

また、原子力発電の稼働予見性が確保できていない状態が続いている。発電事業者は燃料調達の予見性に欠ける状態であり、小売り電気事業者も長期契約締結に踏み出しづらい。電力市場は不確実性に満ちた状態に直面している。(M)

【電力】脱原発撤回できない独 まだ間に合う日本


【業界スクランブル/電力】

 「ウクライナ危機で改めて痛感したことは、国連安保理で拒否権を持つ国が『外交』を支配し、核兵器を持つ国が『軍事』を支配し、資源を持つ国が『経済』を支配するという、世界の現実です。そのいずれも持たないわが国が、どのように生き残りを図るか」

本誌4月号掲載の高市早苗自民党政調会長へのインタビュー記事冒頭の発言である。ロシアによるウクライナ侵略でこの現実に直面したドイツは、防衛政策、エネルギー政策を手のひらを返したように転換した。

ロシアの戦争犯罪が明らかになるに伴い、さらなる脱ロシアの徹底も求められようが、一部で言われていた脱原子力の見直しは否定しているようだ。これは技術基盤がすでに失われていて、手のひらを返しようにも返せないのが現実なのではないか。日本はドイツの二の舞いになってはならない。

それでも、ドイツは国内にすぐに活用可能なエネルギー源として褐炭が豊富に存在する。実際、ガスの需給タイト化に伴い、褐炭の消費量は増えているようだ。わが国のエネルギー政策基本法は、エネルギーの安定供給の確保、環境への適合を図り、エネルギー市場の自由化などのエネルギーの需給に関する経済構造改革については、前二者の「政策目的を十分考慮しつつ、事業者の自主性及び創造性が十分に発揮され、エネルギー需要者の利益が十分確保されることを旨として」進めることを謳っている。

とはいえ、昨今の温暖化・自由化政策の進め方を見るに、安定供給・安全保障は所与のものと誤解されてこなかったか。わが国にはドイツの褐炭に相当する資源はないが、いったん燃料装荷すれば、年単位で運転継続可能な原子力は技術も資産もある。まだ今ならば。(U)

責任が取れないESG


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

この数年、金融の世界は“ESG”の大合唱である。すっかりおなじみの言葉ではあるが、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)が持続可能な企業の要件であるとして投資の選別を促すものだ。

ESGと言いつつ、圧倒的に重視されてきたのは“E”ではなかったか。それも極めて単純化した解釈に基づくものが多かったように思う。端的な例を言えば、再エネ関連は無条件にシロ、石炭産業はクロというものだ。こうした単純化の弊害の一つは、“グリーンウォッシュ”と呼ばれる行為の横行で、企業はほとんど環境改善に役立たないものでも、“E”のPRを競うようになった。

制度変更で新たに加わった「FIT非化石証書」を購入して、RE100を名乗るという行為もこれに類するものだと思う。既に国民負担でできた再エネの電気を買ったと認定したところで、二酸化炭素は1gも減らないのだ。もう一つの弊害は化石燃料投資の停滞だ。情報開示義務が厳しい上場企業の多くは化石燃料から撤退するか新規の上流投資をやめた。ESGを標榜する金融機関や投資家の協力が得られないからだ。これが昨今のエネルギー価格の高騰に拍車を掛け、世界中で市民の生活を脅かしている。ここには“S”に対する一片の配慮も見られない。

そもそも環境やエネルギーは市民生活の根幹を成す話だ。その行方を決めるのは有権者ではないのか。例えば十分に重い炭素税をかけた上で、なお利益を出す石炭会社があるとすれば社会がいまだ一定の石炭を必要とする証しではないか。その際に、経済性(リターン)によらず、極めて政治的な事由で石炭会社を投資先から外し、結果として社会が混乱することがあれば金融は責任を取り得るのだろうか。ぜひ一度、金融関係の方のお考えを拝聴してみたい。

高まるスタグフレーションリスク 温暖化防止の優先順位は低下


【ワールドワイド/環境】

ウクライナ戦争により世界経済のスタグフレーションリスクが高まっている。これは温暖化防止に対するモメンタムを弱める可能性がある。政治的スローガンとしての温暖化防止は強固であり、3月のIEA閣僚理事会コミュニケではウクライナ戦争の下でもグラスゴー気候合意を念頭に温暖化防止に対するコミットメントが再確認されている。先般、採択された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3作業部会報告書では2025年に世界の温室効果ガス排出が減少に転ずる必要があるとしている。

しかしグラスゴー気候合意の野心的文言とは裏腹に、各国の関心はエネルギー安全保障に集中しており、足元のエネルギー価格高騰鎮静化に忙殺されている。バイデン政権はガソリン価格高騰を抑えるため、国家備蓄を放出し、石油・ガス産業へ増産を要請した。また、制裁対象であったベネズエラからの石油調達拡大や連邦ガソリン税の凍結なども検討している。

欧州の石炭輸入は、ガス価格高騰を背景に大幅に拡大している。中国、インドでは石炭生産や石炭火力の発電量が大幅に増大している。わが国でも1リットル当たり25円のガソリン補助金が導入され、トリガー条項の発動も検討されている。いずれも温暖化防止に逆行する動きだが、温暖化防止よりもエネルギーの低廉な供給を優先せざるを得ないという政治的現実でもある。

国連によるSDGsに関する意識調査によれば、17目標のうち、気候行動の優先順位はスウェーデン、日本で1位、3位。それに対し中国では15位、ロシア、インドネシアでは9位である。豊かな先進国において温暖化防止の優先順位が高い一方で、途上国では貧困、教育、保健衛生、雇用の優先順位が高いのは当然でもある。

世界の経済状態が悪化し、エネルギー価格が高騰している現在、途上国における気候行動への優先順位はさらに低下しているだろう。天然ガス価格の高騰により石炭依存の強いアジア地域のガス転換が遅れれば、温室効果ガスの削減は難しくなる。

脱炭素のスローガンは不変であるとしても、少なくとも短中期的に優先順位が劣後することは不可避である。早晩、30年45%減というグラスゴー気候合意の目標が不可能であることは誰の目も明らかになるだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【マーケット情報/5月13日】欧州、中東原油が下落、需要後退の見通し台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、北海原油の指標となるブレント先物、および中東原油を代表するドバイ現物が前週比で下落。需要後退の見通しが重荷となった。

上海や北京など、中国の主要都市では引き続き、厳しいロックダウンが敷かれている。上海当局は13日、ロックダウン解除の計画を初めて提示。ただ、同地域の石油会社は当面、燃料消費の回復は期待薄とみている。

また、OPECは、今年の石油需要予測をさらに下方修正。ロシアのウクライナ侵攻と、それにともなう経済減速が背景にある。米国エネルギー情報局は、卸売価格の高騰を理由に、今年のガソリン、軽油、ジェット燃料などの消費見通しに下方修正を加えた。

一方、米国のWTI先物は、供給減少を受け上昇。OPECプラスの4月産油量は、合計で日量3,756万トンとなり、当初の目標である日量3,994万を大幅に下回った。ロシアの減産が要因となっている。

【5月13日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=110.49ドル(前週比0.72ドル高)、ブレント先物(ICE)=111.55ドル(前週比0.84ドル安)、オマーン先物(DME)=105.15ドル(前週比2.72ドル安)、ドバイ現物(Argus)=106.78ドル(前週比0.42ドル安)

エネルギーひっ迫の英国 化石燃料からの脱却図る


【ワールドワイド/経営】

英国では2021年8月ごろからのエネルギー価格高騰により、今年3月末までに小売り事業者29社が経営破綻した。最終保障供給のため別の小売り事業者に引き取られた需要家は計240万件に上る。うち1件は規模が大きすぎて(需要家数約170万件)最終保障供給が適用されずに公的管理下に置かれている。

これら小売り事業者の多くは、ヘッジを行わずスポット市場から電気・ガスを調達していたとみられる。エネルギー大臣は、9月の早い段階でこうした事業者を救済しないことを表明した。

英国の場合、19年に導入されたプライスキャップ規制も事業者の収支悪化に影響した。小売上限価格は毎年2月と8月に直近6カ月間の卸価格水準などをもとに設定され、年度の上半期と下半期に分けて適用される。そのためヘッジを怠っていた小売り事業者は価格急騰時も上限を上回る費用を回収できず、多くが9~11月の早い段階で市場から撤退していった。

プライスキャップ規制の下、英国の家庭用需要家は、昨年度下半期、価格高騰前に設定された上限価格の下で電気・ガス料金の上昇を免れていた。しかし、規制機関は2月3日、今年度上半期の上限価格を前年度下半期の価格から54%引き上げることを決めた。英国財務省は同日、需要家保護策として一家庭当たり最大350ポンド(約5万3000円)の給付を発表している。しかし慈善団体は、上限価格引き上げにより総世帯数の3分の1に当たる850万世帯がエネルギー貧困に直面するだろうと警告している。  

今年度下半期の上限価格にはウクライナ侵攻後のエネルギー価格の影響が反映される。さらに上昇した場合、政府は追加的な支援や対策を講じる必要に迫られる可能性がある。

英国政府は価格高騰に対する抜本的な対策として、エネルギー安全保障戦略の見直しを進めている。英国は他の欧州諸国と異なり、ガス需要の約半分を国産が占め、ロシア産ガスの依存度は4%程度にとどまり、ガス供給自体への影響は限定的とされている。しかし、国際的なガス価格の高騰が長引けば、国内経済へ打撃となることは必至だ。

英国政府は、中期的には北海における国産ガスを増産し安定供給を確保していく考えを示している。一方、長期的には原子力新設や再生可能エネルギーのさらなる導入、運輸や熱供給の電化を進め、化石燃料依存からの脱却を強化・加速していく方針だ。

(宮岡秀知/海外電力調査会 調査第一部)

石油増産に苦戦のアンゴラ 外国投資の促進が鍵


【ワールドワイド/資源】

 アンゴラは2007年にOPEC(石油輸出国機構)に加盟したサブサハラアフリカで2番目に大きい産油国である。生産は深海鉱区が主体である。IEA(国際エネルギー機関)によると、アンゴラの22年2月の原油生産量は日量117万バレル。これはOPECプラス生産枠(2月時点で日量142万バレル)に達していない。

主な要因として、①主要油田での自然減が起きていること、②政府支援の不足で新規開発プロジェクトが遅延していること、③上流投資や操業費の不足で設備が老朽化していること―が挙げられる。

近年、国際石油会社(IOC)では既存油田周辺で発見された油田を、既存の浮体式生産設備(FPSO)で追加開発を行う。これにより短期的には生産量が増加しているが、長期的には、新たな大型油田の発見と開発が進まない限り、生産量の底上げは難しい。

そこで、アンゴラ政府は19年から25年までの「石油ライセンス戦略」で、参入企業に対し、5回の権益付与の機会を与える予定だ。また、「永続申込みプログラム」を適用させ権益付与されなかった鉱区に対して直接交渉を可能とした。さらに、「炭化水素開発戦略」では経済性の低い限界油田(マージナル油田)に対して税制上のインセンティブを与えるなど、国内企業やIOCからの投資を促している。

今後の持続的な生産増加のためには、政府がIOCに対して生産を維持拡大できるような制度を整えることや、国内企業に対する技術・資金面での支援が重要となる。さらには、国営石油会社Sonangolの組織再編による探鉱開発活動の進展が鍵となるだろう。

現在、アンゴラではEni社とBP社の上流資産を統合した共同企業体(JV)である「Azule Energy」の設立が注目される。Azule Energy社は、ENI社とBP社による50対50の持分法適用会社で、アンゴラ最大の生産者になるとみられる。石油・天然ガスの生産量と温室効果ガス(GHG)排出量は引き続き持分ベースで報告され、リスクを半減できる。

親会社は「撤退」という形を取ることなく、JV会社に探鉱開発を継続させることができる。また、将来はJV会社のGHG排出量など、環境負荷を親会社に連結せずに済むように備えている可能性も考えられる。このような地域JVモデルは独立系企業が生き残る戦略的ソリューションの一つになるのではないか。今後もアンゴラの動向や地域開発モデルに注目だ。

(野口洋佑/石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部)

米軍基地と高レベル廃棄物 朝日は民主的手続きが嫌いか


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

 これは新聞記事か。考えているうちに目まいがしてきた。

4月3日朝日「フォーラム、復帰50年、本土から遠い沖縄」である。紙面1頁を割いて沖縄について書こうとしている。

冒頭に「米軍基地が集中する沖縄は、過度な負担を抱え続けています。ひとごとにはできない問題なのに、自らのことと考えるのが難しい、そんな本土から『遠い』沖縄を考えます」とあるが、肝心の事実の報告や分析がない。

みんな悩んでいる、という趣旨のコメントが連なり、「『答え』はあるのか、悩み続けたい」と記者の独白で結ぶ。斬新というか、ぶっ飛んでいるというべきか。

それでも読み通したのは、「『核のごみ』で揺れた高知・東洋町は今」との見出しがあったからだ。この記者は「任地の山口市から片道5時間かけて」東洋町に向かい、「核のごみと基地の問題を同一視できないことは分かっているが、国全体の問題を一地域が担おうとする時のリアルを東洋町に見た」と書く。リアルか、と。

この町は2007年に、高レベル放射性廃棄物(「核のごみ」)の最終処分場選定手続きに全国で初めて応募した。町外から反対団体が押しかけるなど騒動になり町長が辞職。出直し選挙で反対派が勝ち応募は取り消された。

注目の「リアル」だが、町長や農業を営む男性の談話と、「左右に海と山が迫り、海辺から子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた」しかない。何が言いたいのか。

朝日が、基地問題と高レベル放射性廃棄物の問題を絡めたのは、これが初めてではない。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設問題が焦点となった1月の名護市長選でも同じ手法を用いた。

投票前の朝日同月12日「名護市長選を前に」「負担、国全体の問題なのに、一地域に押しつけられる『国策』」で北海道寿都町を取り上げた。「賛否が割れる施設の計画が持ち上がり、住民たちが分断される」事例だという。

記事は、「高レベル放射性廃棄物の最終処分場について、町長が選考プロセスへの応募検討を突然表明」と町長が暴走したかのように伝え、「国は納得できる理由や将来像を示さないまま、核のごみも基地も一地域に押しつけようとしている」と締める。

強引にすぎないか。前年10月27日読売「寿都町長が6選」の通り、町長は応募表明した後に再選されている。押しつけかというと、今は選定手続きの第一段階「文献調査」が進められており、「次の『概要調査』に進むか否かを決める住民投票が、文献調査の終了が見込まれる来年にも行われる」。手続きは民主的で、むしろ朝日が分断を煽っているかのようだ。

そもそも名護市長選でも、「自公系が再選、辺野古反対派破る」(読売1月24日)との結果が出ている。全く異質な高レベル放射性廃棄物の問題を持ち出しても、印象操作の効果は薄い。

冒頭の記事が、それでも15年も前の高知県東洋町の事例を取り上げたのはなぜだろう。

高レベル放射性廃棄物と民意を論じるなら、寿都町と同じく処分場選定の文献調査に応募した北海道神恵内村の事例が新しい。この2月に村長選があり、読売同月28日「調査継続主張の現職6選」は、現職が「断固反対」の対立候補を「大差で」破ったと報じる。

まさか、国民の分断を煽るには苦しい素材なので東洋町を選んだか。それはない、と願いたい。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

【コラム/5月13日】安定安価な電力こそ温暖化対策の基本 学ぶべき北海道の教訓


杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

今日はある会合で政府によるクリーンエネルギー戦略の説明を聞いていたが、脱炭素に向けて莫大な投資が必要という話になっていた。だが心配なのは、脱炭素政策のもたらす害である。もしも補助金や規制があふれかえるとなると、日本のエネルギーコスト、なかんずく電力コストは増々高くなる一方であろう。

日本政府は2030年までに温室効果ガスを46%削減、50年までに実質ゼロにするという目標を掲げている。そして、この実現のための柱の1つとしては、①電気のCO2原単位を低減し、②エネルギー利用の電化を進める――としている。

現在、日本のCO2排出の約3分の1は発電に伴うものだが、残りの3分の2は化石燃料の直接燃焼によるものだ。発電のCO2原単位を下げることでもCO2排出を減らすことはもちろん出来るが、CO2原単位が下がった電気で化石燃料の直接燃焼を代替することも重要なCO2削減手段になる。

だが電力コストを高くするようなことでは、いかなる部門においても、電化は絶対進まない。それでは、脱炭素もまったくおぼつかない。

日本政府はグリーン成長を掲げ、環境と経済を両立しつつ温室効果ガスゼロを達成するとしている。しかし現実は厳しい。一般的に言って、国全体の温室効果ガス、CO2をゼロにするという目標は技術的に極めて困難であり、それを目指すだけでも膨大な経済的コストがかかることが懸念される。

その中にあって、本当に環境と経済を両立できるのが、原子力発電の推進である。安価な電力を供給することで、電化を促進することも出来るし、それを通じて、さまざまなメーカーの参入を促し、電気利用機器の技術開発も進むことになる。

環境と経済の好循環 震災前の泊原発稼働下で実現

実はそのような好循環が、東日本大震災の前には、北海道に存在していた。09年には、泊原子力発電所の活用によって北海道の電力の35%程度が供給されていた。安価な夜間電力を活用して電化が進んだ。新設住宅着工戸数26758件のうち54%に上る14476件がオール電化を採択していた(図参照)。当時のオール電化住宅の電気料金は1kW時当たり11円程度、世帯あたり電力料金は年間26万円程度であった(オール電化住宅の電気料金はモデル世帯、給湯:電気温水器4.4kW、暖房:電気式蓄熱暖房器20.5kWについての料金。

モデル世帯についての計算概要はhttps://www.hepco.co.jp/info/2014/1189782_1635.htmlの9頁を参照)。

オール電化実績

ところが、東日本大震災の後、12年に泊原子力発電所が停止し、電気料金は上昇した。20年のオール電化住宅の電気料金は同18円程度、世帯あたり電力料金は年間42万円程度まで上昇した。オール電化住宅の着工は低迷し、20年には新設住宅着工戸数31339件のうちわずか6.3%の1972件がオール電化を採択するにとどまった。

なおこの低迷の一因には、18年に胆振東部地震が起き、北海道全域で大停電(ブラックアウト)が起きるという事態に見舞われたこともある。安定供給への不安があると、やはり電化は進まなくなる。だがこのブラックアウトも、泊原子力発電所を欠いて供給力が弱くなっていなければ、起きなかったものである。

かつてはそのまま大勢になるかと思われたオール電化住宅であるが、電気料金が高騰し、都市ガスなどに対するコスト競争力を失ったことが大きく響いて、すっかり退潮してしまった。もしも泊原子力発電所が運転を継続し、オール電化住宅が多く導入されていたならば、経済的なメリットのみならず、CO2削減には大幅な効果があったはずだ。

そして、いちど建設された住宅は何十年も使われ、既設住宅を改修して設備を入れ替えることは容易ではないという「ロック・イン効果」があることから、今後のCO2排出量にも長きにわたって大きく影響することになる。 

教訓は明白だ。安定で安価な電力を供給することが、電化の鍵であり、脱炭素の鍵である。その電化が進む過程では、多くの企業が参入し、次々と新製品が投入されて、電化技術のイノベーションも進む。以上のことは、家庭電化だけではなく、電気自動車による運輸部門の電化や、産業部門における電化にも、もちろん当てはまる。

いまCO2削減のために、日本政府がなすべきもっとも重要なことは、原子力、化石燃料火力の活用、そしてエネルギー減税や再エネ賦課金の低減などによって、安定して安価な電力供給を実現することだ。火力発電はCO2は発生するが、安定して安価な電力供給を続けるためには必須のものだ。長期的には、原子力で置き換えていけばCO2の大幅削減は達成できる。

謝辞 本稿についてデータを提供頂いた北海道電力株式会社に感謝いたします。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。「脱炭素は嘘だらけ」「15歳からの地球温暖化」など著書多数。

気候変動問題での「不思議な構図」 特異的なメディアの立ち位置


【オピニオン】小島正美/ジャーナリスト

 不思議なことがある。気候変動問題に対するメディアの特異的な立ち位置のことである。新聞やテレビの大きな役割は政府や大企業を監視し、何事にも“疑いの目”を持って、真実を追及することである。多くの記者たち(特に朝日、毎日、東京、共同通信など)はそう考えて動く。その行動の特徴は少数派の学者や市民団体(環境保護団体)の意見を吸い上げて、政府や大企業の対応を批判していくやり方だ。

例えば、遺伝子組み換え作物や食品の残留農薬リスク、福島第一原発の事故発生に伴う放射性物質のリスク(子供の甲状腺がんなど)の問題では、メディアは少数派の学者や市民団体の主張を重視して政府の対応を責めていく。

この種の問題でメディアが政府の肩を持つことはほぼない。つまりメディアは少数派の学者、市民団体(福島原発事故なら漁業関係団体も含む)、地方自治体の側につく。遺伝子組み換え作物や福島第一原発の処理水について、メディアが国民に向けて「正しく理解しましょう」との姿勢で記事を書くことはまずない。処理水の海洋放出に国民的合意がなかなか得られないのも、この構図のせいだ。

ところが、地球温暖化など気候変動問題になると、メディアの姿勢は一変する。

地球温暖化の原因とその影響に関しては、「台風や洪水などの気象災害が過去に比べて増えている事実はない」「ホッキョクグマは減っていない」「気候予測モデルは科学的に見て不確かな要素が多すぎる」などの事実を、少数派の学者(いわゆる懐疑派)が突きつけても、メディアはほとんど報じない。

米国のオバマ政権でエネルギー省科学担当次官を務め、米国で名の知れた物理学者のスティーブン・クーニン氏は最近の著書「気候変動の事実 科学は何を語り、何を語っていないか?」(日経BP)で確かな証拠を挙げて、気候科学がねじ曲げられている現状を説得的に論じている。クーニン氏と同様の主張を持つ学者は日本にもたくさんいるが、この種の学者が日本のメディアに登場することはほとんどない。

日本のメディアは、本来なら、既成科学に疑いを持つ少数派の学者に耳を傾けるはずだが、気候変動問題ではその批判精神を失っている。今年、驚いたのは、毎日新聞の社説(2022年1月8日)。「地球規模の危機 知恵を結集し解決策を探ろう」との見出しで「科学者だけでなく、政治家や官僚、企業、市民も知恵を出し合って、積極的に連携することが求められる」と団結を呼びかけたのだ。

気候変動問題でのメディアの立ち位置は政府、大企業、多数派の科学者、市民団体と全く同列だ。遺伝子組み換え作物の問題などでは、多数派の科学者(政府の審議会委員を務める学者など)は環境保護団体とは意見を異にするケースが普通だ。ところが、気候変動問題では多数派の科学者と環境保護団体と企業が仲良く手をつないでいる。そこへメディアも加わった。全く恐るべき構図である。

こじま・まさみ 1974年毎日新聞社入社。医療健康・環境問題などを担当。2018年に退社。著書に『みんなで考えるトリチウム水問題』(エネルギーフォーラム)など。食生活ジャーナリストの会前代表。

スマートシティで系統負荷軽減 住宅街区内で再エネ電気を融通


【地域エネルギー最前線】埼玉県 さいたま市

埼玉県内で人気のベッドタウンに、再エネ主体で街区内の電力融通を行う分譲住宅が誕生した。

CO2削減がなかなか進まない家庭部門の対策を深掘りする上で、参考となる取り組みだ。

 3月22日に発生した東京・東北エリアの電力需給ひっ迫は、自由化などの制度変更により脆弱化した既存電力システムの課題を明らかにした。集中型システムの安定化とともに、系統に過度な負担をかけないようなエネルギーの自立分散化の取り組みが一層重要になる。そうした先進事例として注目されるプロジェクトが、さいたま市で進行中だ。

市は現在、2050年カーボンニュートラルを見据えた「ゼロカーボンシティ推進戦略」に着手し、柱の一つとしてスマートシティに注力している。09年から始めた次世代自動車の普及施策を土台に、東日本大震災以降、エネルギーのレジリエンス(強靱化)を重視した街づくりに取り組んだ。この流れをくむ最新プロジェクトが、美園地区での「スマートホーム・コミュニティー」だ。サッカーJ1浦和レッズの本拠地として知られ、浦和美園駅から徒歩5分圏内の分譲住宅地が拠点となる。

自家消費率6割が目標 発電・需要側を最適制御

区画整理を機に市と地元ハウスメーカー3社が連携し、第一期では①エネルギーの見える化、②住宅の超高断熱仕様、③電線地中化、④住民間のコミュニティー活性化―といったコンセプトで整備した。続く第二期では、東大発ベンチャーのデジタルグリッドと再生可能エネルギー電気の仮想取引を実証。住宅街区の屋根置き太陽光や蓄電池を活用し、近くのショッピングモールやコンビニ店舗との電力融通に挑戦した。

そして昨年12月には第三期となる「エネプラザ」の運用を開始した。今回は市と住宅メーカーに加え、再エネ主体のエネルギーサービスを手掛けるLooopが参加。一期、二期のスペックに加え、三期ではマイクログリッドを活用した街区内での電力融通や、再エネの自家消費率向上、災害時のレジリエンス強化が主なテーマだ。

環境省の温暖化対策関連の補助金も活用し、さまざまなシステムを整備した。51区画は住居エリアで、1区画を「チャージエリア」とする。これが電力融通の要だ。全体の流れとしては、Looopが特定送配電事業者、そして小売り事業者として、街区内に電気を供給。太陽光の発電状況に合わせて需要をコントロールしつつ、融通も行う。平時はもとより、系統停電時もマイクログリッドで供給継続する仕組みだ。

まず、平時はどのような運用になるのか。各家庭にはPPA(電力購入契約)モデルで4・4kWの屋根置き太陽光を設置し、街区全体では計224kWを導入。電気はいったんチャージエリアに集約し、各戸へ配電する。発電余剰分は系統に逆潮せず、チャージエリアの大型蓄電池(125kW時)やEV(40 kW時×2台)に充電。これらで需要を賄えない場合は、購入した系統電力に非化石証書を付け、実質ゼロカーボンの電気として供給する。

電力融通の要となる「チャージエリア」

需要側では、ハイブリッド給湯器や変動料金メニューを駆使する。給湯器は、発電余剰が発生するタイミングにお湯を沸き上げるよう制御。そして料金面では、専用のダイナミックプライシングのメニューを用意した。基本料金は2500円とし、従量料金は太陽光が余剰の時は1kW時20円と安く、使用量が上回る場合は同30円と変動させる。この単価は前日に各戸に設置したデバイスで通知し、行動変容を促す。

こうしたサービスで、年間の再エネ自給率6割を目指していく。

非常時は15時間給電が可能 ひっ迫時などの知見蓄積へ

では、非常時にはどういった運用が可能なのか。

系統で停電が発生すると、マイクログリッドが自立運転を開始。需要側には電流制限をかけ、給湯器は自動でガス炊きに切り替え、電力使用量を抑える。チャージエリアの設備が満充電で、需要負荷が小さい場合であれば、日射ゼロでも約15時間給電を継続でき、家庭では1000Wまでの家電の使用が可能になる。

蓄電設備の充電が不十分な場合は、チャージエリアのEVを街区外に移動させ、市のごみ発電施設などに太陽光や蓄電池といった設備を装備した「ハイパーエネルギーステーション」から給電し、街区内への放電もできる。ほかにも、各戸が所有するEVをマイクログリッドにつなげ、さらに自立運転時間を延ばすことも可能だ。

そして3月22日、東京エリアはあわや大停電という事態に陥った。エネプラザでは系統電力から蓄電池に給電して、22日昼間には満充電に近い状態にし、夜間の計画停電に備えた。自立運転への切り替えには至らなかったものの、需給ひっ迫時の貴重なデータが得られたはずだ。

市は「一期から三期まで、常々変化する課題に取り組んできた。また、脱炭素やレジリエンスが住宅の付加価値として訴求できることも分かった。今後カーボンプライシングが導入されれば、さらに街区の付加価値が高まるのではないか」(未来都市推進部)と手応えをつかむ。

エネプラザは、環境省主催の気候変動アクション環境大臣表彰(イノベーション発掘・社会実装加速化枠)を受賞するなど、スマートシティのモデル事業として注目される。清水勇人市長も、「第三期で実現した高断熱・高気密の住宅と、EVや再エネを組み合わせた実質再エネ100%となる電力の地産地消モデルは、脱炭素に向け、有効で先駆的な取り組みであると確信している」と強調。さらなる展開に期待を寄せる。

政府は家庭部門で30年度に温暖化ガス66%減という高い目標を設定した。これを目指す上で、「スマートシティの理想形」(未来都市推進部)といえるエネプラザの知見は大いに参考になるはずだ。同時に、公的支援に頼らず普及を加速させるためには、コストも加味し、どの程度のスペックが適切かを探ることも必要となる。

IPCCが新たな報告書 パリ協定と現実の乖離進む


IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が4月4日、温暖化ガス削減策に関する知見を評価する第三作業部会の第六次評価報告書を発表した。昨年8月の第一作業部会、今年2月の第二作業部会に続く報告となる。昨年の温暖化防止国際会議・COP26前に各国が発表した対策では、産業革命前からの温度上昇が今世紀中に1・5℃を超える可能性が高く、これを1・5℃以内に抑えるには世界の温暖化ガス排出量が2025年までにピークアウトする必要があるとした。

公表に際し、グテーレス国連事務総長は「インフレが進みウクライナでの戦争で食料とエネルギーの価格が急騰している。しかし化石燃料の増産は事態を悪化させるだけだ」とコメント。化石燃料利用への揺り戻しをけん制した。

だが、現実で進むのは分断だ。CO2排出量上位のロシア、中国、インドと、西側諸国の対立は深まる一方。さらに西側が脱ロシアでLNGの確保に動き価格がつり上がれば、途上国は石炭を使わざるを得ない。既に顕在化しつつあったパリ協定のビジョンと現実の乖離は、一層深刻化している。

首都圏・東北で電力ひっ迫 改めて注目される連系線増強


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.2】関口博之 /経済ジャーナリスト

 3月16日の福島県沖地震によって火力発電所が複数停止した影響で、22日、東京電力と東北電力エリアに初めて「電力需給ひっ迫警報」が出された。エアコンの温度を下げ、照明を消しつつ、東電のHP上で揚水発電所の発電可能残量(つまりは上部調整池の水量)がリアルに減っていくさまを、息を詰めて見つめる一日だった。

電力自由化の競争下、大手電力に余剰発電能力を持つゆとりはなく、特に脱炭素化の要請もあり石炭火力の廃止・休止の流れは止まらない。一方で東日本では原子力発電所の再稼働は進まないままだ。今回の電力ひっ迫を経験するにつけ、改めてどう供給力の安定確保を図るかが、議論の本筋になる。また、太陽光発電の設備容量が東電管内で1800万kWまで増える中、悪天候による発電量低下の振幅も大きくなっている。

一方、電力の融通を支える「地域間連系線」にも、改めて注目が集まった。実際、東京・中部間にある連系線(東西50Hz/60Hzの周波数変換装置)は22日、フルに使われた。ここはもともと120万kWの能力だったものを東日本大震災の教訓を踏まえ、2年前210万kWに増強した。8年1300億円をかけた工事だった。今回はうち30万kW分が定検中、120万kW分は既にスポット取引に割り当てられていて、当日、西日本から東京エリアへの融通に使えたのは60万kWどまりだったという。しのげたのはその程度、という醒めた見方もあろうが、経済産業省の審議会では有識者から「それでも増強が間に合って良かったと考えるべきだ」との声もあった。東京・中部の連系線はさらに追加で90万kWの増強予定。2027年度中をめどに東北と東京間、北海道と本州間の連系線強化も計画されている。

有事のために余裕はあった方がよい。ただ電力関係者からはこんな声も聞こえる。①連系線が太くなっても他電力管内で販売する電力が増えれば早晩、容量は埋まり、災害時の余力はさほど増えないかもしれない、②一方、連系線が整備され、広域ブロックで予備率を見るようになると、逆に自社エリアの需給バランスへの感度が鈍くなるのではないか―というのだ。連系線増強も万能薬とは言い難い。

ひっ迫に備え、別の発想もある。25年度以降に導入される家庭用の次世代スマートメーターには、実は「遠隔アンペア制御」という機能が想定されている。簡単にいえば大規模災害などの電力不足時には、電力会社が遠隔でメーターを通る電流の上限を変更し制限する。電気の使用量を薄く広く抑えることで、ブラックアウトを防ぎ、また影響の大きい計画停電も避けようというわけだ。もちろんまだまだ時間のかかる対策だ。ただ次世代メーターに加え、例えばAIが家庭でどの機器のスイッチをオフにすればいいかを最適判断してくれるようになれば、理想形かもしれない。何しろ「10%の節電を」と呼びかけられても、実際、何を止めれば10%になるのか、実は判然としないのが私たちでもある。

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

せきぐち・ひろゆき
経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

【コラム/5月10日】「物価対策・金融政策を考える~弾力性喪失の日銀への疑問」


飯倉 穣/エコノミスト

1,ウクライナ侵略ショック等で、資源エネルギー価格の高騰があり、加えて米国金融引締

めで、円相場下落が顕著である。輸入物価押し上げによる各種商品の値上げも目立つ。物価対策の基本は、輸入物価上昇の受容、縮小均衡調整である。ガソリン補助金・給付金支給に首を傾げる。物価の番人の日本銀行は、過去10年間と同様、意味・効果曖昧なかつ窮地招来の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する(22年4月28日)。日銀の姿勢に報道も呆れ顔である。

「日銀「粘り強く緩和継続」指し値オペ毎日実施」「円安阻止より金利抑制 長期緩和は抜けられず」(日経4月29日)、「円安加速 一時131円台 日銀の金利抑制強化受け」(朝日同)、「政府、物価高対策6.2兆円 ガソリン補助金拡充・困窮者対策」(朝日27日)。

ウクライナ決着や資源エネ価格上昇に伴う景気後退で、物価上昇圧力は低下する可能性もある。それもまた金融政策の有効性に疑問を投げかける。選挙前の「何でもあり」の下で、危なげな黒田日銀の金融政策を考える。

2,日銀存立の理由は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する通貨および金融の調節を行う」ことである。その日銀が、今次の物価上昇に対し、平然と現行金融政策の維持を述べる。なぜそうなるのか。財政破綻状況と日銀の肥大B/Sが物語る。

 国の財政状況は、困窮明白である。アベノミクスに象徴的な過去の積極的な財政政策は、消費税率を上げた精神を無視し、ばら撒き的政府支出を続けた。財政収支は30兆円の赤字継続である。普通国債残高は、22年度末1,026兆円(GDP予想556兆円比184%、税収予想65兆円比1,574%)となる。予算計上の国債利払い費は、約8兆円(国債金利約0.8~1%弱)である。誰の頭にも金利上昇不安が付きまとう。

 日銀のB/S(22年3月末)は、合計736兆円である。主たる資産は、国債526兆円、社債85兆円、株式(ETF)37兆円、不動産投資信託(REIT)0.7兆円、貸付金151兆円である。負債は、銀行券120兆円、当座預金563兆円等である。国債購入が財政規律の歪みを、ETFが株式市場の倒錯を招く。市場の健全性喪失である。日銀は、金融政策を変更できない状況に追い込まれている。

3,なぜこの状況に至ったか。リフレ派の勝手主張がある。貨幣数量説である。アーヴィング・フィッシャーの交換方程式(貨幣総量×貨幣の流通速度=物価水準×取引量=物価×実質GDP=名目GDP)を用い、貨幣数量増で物価上昇可能を強弁した。日銀の断固たる金融政策が、予想と期待に働きかけ、インフレ率や円レートの変更で成長経路を軌道に戻す。円資産の供給で円高阻止、貨幣供給を増やせばデフレは止まると強調した。13年以降の金融政策は、19年まで経済変動無視で、物価目標にこだわり続けた。

政治と証券界は持て囃したが、結果は無残である。年平均実質成長率12~21年0.4%(12~19年0.9%)である。年平均消費者物価上昇率同0.6%(同年0.8%)、年平均GDPデフレーター上昇率0.5%(同 0.6%)である(参考:年平均企業物価上昇率同0.8%(同年0.5%)。金融政策で、資産価格の上昇はあったが、成長も物価目標の達成もなかった。

為替変動の経済全体に及ぼす影響は、貿易収支如何である。黒字であれば、一般的に円高分経済縮小、円安分経済拡大である。ただ乱高下は、企業活動にマイナスとなろう。今回の円安是正では、リフレ派の考えなら、量的緩和の縮小、金利引き上げとなる。それを実行できないことも問題である。

 なお為替は、ランダムウオーク的だが、円ドルレートは歴史的に米国経済都合で動く印象を受ける。固定為替制か変動為替制か、為替水準コントロールの仕方等は、日本にとって依然永遠の課題である。

4,当初から、黒田金融政策に疑問があった。量的金融緩和で資産価格上昇・経済膨張があっても、技術革新乏しい中、成長牽引の設備投資に結びつくか根拠不明であった。又物価上昇効果も疑問で、長期に継続すれば、市場の歪みや放漫財政等の副作用が心配された。そして出口が見えないまま、総裁の生一本か視野狭窄の金融緩和が継続した。量的緩和は、金利抑制には効果的だったが、物価とは希薄な関係であった。

 実物経済における正常な物価の動きとは何か。そして経済変動における物価安定とは何かを問いたい。一般論なら、成長すれば生産性上昇で企業物価は安定的に推移し、消費者物価上昇は、成長率にサービス産業の構成比を掛け算した程度である。黒田金融緩和は、効果薄く、副作用が顕在化している。当初の経済認識と適用理論の誤謬に加え、政策目標設定に問題があった。且つ政治的執念が尾を引いている。

5,今後どうするか。日銀は、政治に阿ね、老人の非弾力性で日銀バランスシート肥大、国債残高増で、量的緩和縮小が困難な状況に陥っている。又所謂デフレ克服も出来ず(本来低成長・低物価、且つ競争市場なら趨勢的物価引き下げ圧力)、資産価格とりわけ株価対策ばかりの反省なき無為無策に陥っている。 

金融政策は、物価安定目的で、経済変動における経済運営の手段である。一般には下降局面(景気後退期)の影響緩和と上昇局面(景気上昇期)の物価対応であろう。経済論的には、通常の経済変動なら、政策不要で市場に任せることが望ましい。企業活動の正常な対応(利潤投資反応)が転換点を作り、景気循環となる。問題は、外的ショックが、経済活動に影響するときである。エネルギー資源価格上昇に伴う物価上昇懸念なら、貿易収支・エネ需要縮小等を視野においた金融引き締めであろう。

金融政策の基本は、経済変動、経済的ショック等への適切・弾力的対応である。その対応が可能なように金融政策遂行能力を保持しておく必要がある。輸入物価上昇に伴うある程度の国内消費者物価上昇は、やむを得ない。金融引き締めで縮小均衡調整を促すことが肝要である。その際大量の国債の存在で金利負担が気になるが、一定の財政負担を覚悟せざるを得ない。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。