【羅針盤(第1回)】中井俊裕/カーボンニュートラル・ラボ代表取締役/静岡大学客員教授
官学民連携を通じて脱炭素型の街づくりを目指す静岡市。
江戸・銀座が手本にしたという駿府城下町ならではの取り組みを紹介する。
カーボンニュートラル社会の実現に向け、エネルギー分野の技術開発のみならず制度設計、金融システムなどあらゆる分野で世界が動き出している。
新聞紙面でも連日のようにESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)といった言葉があふれ返り、これまで環境分野の問題であった気候変動が、サステナブルファイナンス、グリーンボンドなどをはじめとした経済の世界に移ってきていることが実感できる。
一方で、いまだに、企業や個人において気候変動対策はいわゆるコストであり、企業においては利益を圧迫させるものと捉えられている。家庭においては消費財支出の増加であり、車を例にとると、通常のガソリン車よりも高額なハイブリット車を購入しなければならないといった観点で認識されている。特に企業においては、環境投資の評価の仕方などが、エネルギーコストをいかに削減できたかによって評価されるケースが多いのではないだろうか。
さらに、企業の社会的責任(CRS)の観点においては、寄付と同じ位置付けになっているようにも感じている。しかしながら、カーボンニュートラルという新しい社会システムへの移行を目指すには、この考え方を転換していくことが必要で、それを達成した企業こそが次代型企業として認められていくのだろう。
地球規模というくせ者 考え方の転換が重要に
では、どのように考え方を転換すべきなのか。その答えの一つがCSV経営である。CSVとは「Creating Shared Value」の略称で「共通価値の創造」という意味。米ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱した概念である。ポーター氏は社会価値によって経済価値を創造することで、ブルーオーシャン市場を創り上げることにもなり、持続可能な事業モデルにもなると説明している。
これをカーボンニュートラルに置き換えると、脱炭素の価値をいち早く見極めて新たな取り組みを行い、地域に対して社会価値を還元する。結果として、顧客や投資家、社員などのステークホルダーらの支持が広がり、持続可能な企業に発展していくことができると考えられる。
ところが、「現実的にカーボンニュートラルへの対応にどのように手をつけるか」という設問に対しては、なかなか答えが見いだせないことも事実である。その原因の一つとして、カーボンニュートラルという問題の設定が地球規模であり、かつ2050年をゴールにするという長期の時間軸設定であることが挙げられる。
この地球規模というところがくせ者であり、問題を遠ざけているような印象を受ける。温暖化ガスの排出によって気候変動に至る過程というのは、個々のミクロの現象が相互に作用し、結果として大きなマクロ的な現象が生み出されることに間違いない。ところが、精神的にも自分だけが環境に良いことをしても何も変わらないのではないかといった、人ごとになってしまうことが課題として挙げられる。
時間軸の観点においても、「今、行動を起こす必要があるのか」といった、人間特有の先延ばしをする傾向もマイナスに働いているのではないだろうか。そして、なかなか気候変動対策が進まない理由の一つとして、主導する主体が不鮮明であることも挙げられる。
新たなプロジェクト発足 最新技術を用いて実践へ
そこで、中井俊裕カーボンニュートラル・ラボ(NCL)では、「カーボンニュートラル城下町」を目指すべく、静岡市の大手事業者、地域の大学、自治体、エネルギー企業との連携を通じて、段階を経ながら街づくりを行っていくことが目標だ。
カーボンニュートラル城下町形成のための連携
静岡市内の主要企業との関わりについては、各企業における環境問題に対応するための組織のあり方やカーボンニュートラルを中期計画などの事業経営の中にいかに落とし込むのか、そして、どのように実践していくべきか意見交換を行い、さらには社員への環境教育などを実施していく。
静岡経済研究所が22年2月に発表した県内企業を対象としたアンケートの調査結果においても、8割以上の企業がカーボンニュートラルへの対応について必要性を感じているとの結果であった。
その8割の内訳を見ると、2割は積極派、その他の6割は必要が生じれば対応せざるを得ないといった消極派であり、まだまだ「やらされ感」を感じている企業が多いことが分かった。従って、先行的にいくつかの企業とCSVの実践を試み、まずは地域の事業者の意識の転換を図ることが重要だ。
次に、静岡大学との連携も今後が楽しみな分野である。静岡大学内でもカーボンニュートラルが未来の社会デザインをする上で、とても重要な要素だと位置付けている。現在、大学内にすでに蓄積されている研究の成果などを、地域のカーボンニュートラル推進に役立てるために、NCLが率先して地域との橋渡しを行い、静岡大学の知を存分に生かすことができるフィールド開発を進めている。
自治体との関係づりでは静岡県の県議会に組織されている「脱炭素社会推進特別委員会」の参考人として、特別委員会に所属する議員と意見交換を行っている。そこでは、各企業の現場の声を県議会に届けつつ、相互の意思疎通を図れるような役割を果たしていきたい。残念ながら、特別委員会は1年間という期限があるため、23年度からは少し名称などは変更があるものの、基本的な関係は継続していく。
最後に、最もカーボンニュートラル社会実現への期待が大きい「地域のエネルギー企業」とも意見交換を通じ、最新の技術を用いたプロジェクトの実践などを推進していきたい。そして、このようなネットワークが静岡に生まれることで、江戸の銀座が駿府城下町を手本にしたように、静岡発全国へという流れをつくっていくことを目標に掲げている。
なかい・としひろ 1986年宇都宮大学工学部卒、静岡ガス入社。静岡ガス&パワー社長などを経て、2022年3月退社。中井俊裕カーボンニュートラル・ラボを設立し現在に至る。