【メディア放談】新聞のエネルギー報道 日経新聞を何とかしてくれ


<出席者>電力・ガス・石油・マスコミ/4名

エネルギー価格の高騰や電力不足が国民生活、産業活動を脅かそうとしている。

原発の再稼働など対策はあるが、日経新聞でさえ正しい情報を伝えようとしない。

 ―いよいよ本格的な夏を迎える。電力不足は解消されてなく、経済産業省は電力ひっ迫注意報を出しそうだ。

石油 いまだに「太陽光が発電しているのに、なぜ出力制御をするのか」「なぜ電気料金が上がるんだ」という記事を見かける。

 太陽光発電ばかりに頼ると、太陽が沈み始めた夕刻、供給力が足りなくなるのは小学生でも分かる。太陽光発電の普及は火力発電とセットで考えなければいけないが、火力の燃料が高騰している。そのことをマスコミはきちんと説明しなければいけない。

電力 その通りだが、再エネに過度に肩入れする新聞はそうは書かない。例えば朝日は電力不足に関して、家電の上手な使い方とか、どう節電でしのぐかに紙面を割いている。送配電会社にだけ重い負担が掛かる最終保障供給の仕組みなどの記事は、まず見掛けない。電力が足りないことに対して危機感が伝わってこない。

マスコミ 確かに節電は大切だろう。だが、もっと本質的な問題がある。なぜ電気が足りなくなるのか。小売り自由化、原発停止、再エネの過度な普及と火力の廃止、制度・市場の機能不全―などが複雑に入り組んで今の状況になっている。それらを分かりやすく読者に説明するのが、本来のマスコミの役割だ。

ガス それは一般紙には難しいだろうね。経産省の役人でさえ、乱立している審議会の議論にどう整合性を取るか頭を痛めている。あえて言うと電気新聞だけは、例えばBWR(沸騰水型軽水炉)の再稼働までにかかる時間とか、ネットワーク利用の検討状況とか、分かりやすく説明する記事を継続して掲載している。それらを読んでいくと、問題の全体像が分かっていくような気がする。

 もっとも、それらを丹念に記者に教えていくのがエネルギー会社の広報の役割だ。ただ、最終保障供給などは、30年前に議論した話。もう社内でも説明できる社員がいない。

日経が「危機」を認識 記事内容は相変わらず

―日経新聞が6月に「エネルギー危機 日本の選択」の連載を始めた。

電力 ようやく「危機」と認識し始めたと思った。その点は評価している。ただ、内容は相変わらずだ。「脱炭素は安定供給があってこそ」と書く。その通りだ。幻滅したのは、その後だ。「自由化で先行した英国は原発の新設に加え、運営にかかる費用を確実に回収できる事実上の総括原価主義すら復活させようとしている。日本の動きは鈍い」と続けている。

 その総括原価主義や原発新設に難癖をつけて批判してきたのは誰だ。朝日、毎日、東京だけじゃない。日経もじゃないか。新聞社は記事や論説に責任を負え、とは言わない。基本的に無責任なものだと思っている。ただ、もう少し矜持らしきものを持ってもいいんじゃないか。

―この座談会の皆さんは日経に厳しい。

石油 それは、日経がビジネスの現場にいる人間が読む新聞だからだ。朝日、読売、毎日は主婦や年配者、学生などが主な購読層。だから、世の中の潮流に合わせた編集方針を取る。記者もその方針で記事を書く。それはそれでいい。

 だけど、日経はそれぞれの分野のプロが読んでいる。当然、専門的な知識や豊富な取材を経た記事を求める。しかし現実は、この座談会でさんざん批判してきたように、kWとkW時の区別がついているのか分からない記事を掲載する。残念なのは、じゃあ日経以外に読む経済紙があるかというと、ないことだ。

―確かにフジサンケイビジネスアイは休刊したし、日刊工業新聞は読者層が限られているようだ。

電力 日経の「経済教室」は時々、エネルギー問題を取り上げる。5月に「検証 電力システム改革」のテーマで、東大の大橋弘教授と都留文科大のT教授を登場させていた。

 大橋さんの論文はオーソドックスなものだった。ただ内閣府の再エネタスクフォースなどで、再エネの推進に執着しているTさんの主張は、この人は本当に電気事業を正確に理解しているのか、首をかしげる内容だった。

マスコミ 結局、自分たちの意向に沿った学識者しか登場させない。エネルギー危機の連載も「英国では」とか「ドイツでは」とか、他の国の積極的な例を取り上げているが、同じことを日本が進めると

「まだ国民的議論が足りない」で締めくくる。よっぽど自虐的に「日本はだめだ」と言いたいらしい。この新聞の編集者は皆、マゾヒストなのかと思うよ。

原子力はチャンスの年 「40年ルール」見直しも

―やはり原子力はマスコミの「応援」を期待できないようだ。

電力 もう応援などとは言っていられない。実は、今年は原子力が進展するチャンスの年だ。関係者は着々と布石を打っている。

―具体的には。

電力 原子力委員会は今年、原子力の利用について「基本的な考え方」をまとめる。これは閣議決定もして、政府はその内容を尊重する。関係者はここにエネルギー安全保障、カーボンニュートラルの観点から、原子力の活用を最大限盛り込むよう、根回しを進めている。秋に閣議決定されたら、「40年ルール」の見直しなど、一気に原子炉等規制法の改正にまで踏み切るとみている。

マスコミ 与党が参院選に勝利したら、「黄金の3年間」を迎える。その期間に、必要なことをどんどん進めてほしい。

―まさに岸田政権の姿勢が問われる、あっ、日経と同じ書きぶりにしてしまった。

サステナビリティを追求 異次元の付加価値を創造へ


【リレーコラム】光山 昌浩/サステイナブルエネルギー開発CEO

 当社は東日本大震災を契機に、ゴミなどか らオンサイトで地産地消エネルギーを生成す る技術の開発を進めてきた。その過程で、持続可能性への取り組みは収益にマイナスという考え方を示されてケースも多い。本稿では単純な数学モデルを提示して、収益とは別次元の価値を提供できる可能性を考察した。

ここで経済が 「g 」 という成長率で成長し、環境が「-g 」という減衰率で劣化する単純な世界を想定すると、経済Yと環境Nは次のように表される。

 Y=K×egt(eは自然対数、tは時間、Kは定数)

これまでの経済成長モデルでは、環境劣化 は「外部不経済」という認識をしているため、それらが顕在化するまでは両者は別物で経済成長には影響しないという課題がある。

そこで、この両者を統合する経済モデルを 考える。成長率と減衰率を両者の積の平方根である 「±ig 」 (iは虚数単位)を用いることで両者を統合する。

すると経済と環境は次のように表現される。   

Y=K×eigt   N=K×e-igt

オイラーの公式から eiθ=cosθ+i sinθが導かれるため、前式を変形すれば、

  Y=K×[cos(gt) + isin(gt)]

  N=K×[cos(-gt)+ isin(-gt)]

 となる。この2式は実軸と虚軸からなる複素平面で表現でき、経済は時間の経過とともに反時計回りに単位円上を「gt 」方向に回転し、環境は時計回りに単位円上を「-gt 」方向に回転していく。すると、経済も環境も時間の経過とともに循環的に推移することがイメージできる。しかも、YもNも複素平面上で表現されるため、基準年との「量的比較」は意味をなさない。つまりある時点での経済が基準年と比較してどれだけ成長したか、という分析はこのモデルでは無意味である。

産業革命以降一貫して重視されてきたのは、「Y=K×egt 」 と表現される「常に増殖する」という経済であった半面、「N=K×e-gt 」と表される環境の減衰には無関心であった。

サステナブル投資で新たな価値も

大規模気候変動が意識され、SDGsなどの重要性が広く認識されるようになった昨今でも、その取り組みには「実数軸」の範囲内で対応する企業が多い。

しかしながら、収益とは別の「価値軸」を内生変数とすることによって、時間経過に伴う経済および環境の態様は「循環型」になることが幾何的にイメージでき、企業活動におけるサステナビリティの追求は異次元の付加価値の創造に結び付くことが示唆された。

みつやま・まさひろ 慶応大学経済学部卒。邦銀、英国系投資銀行を経て、監査法人にて法定監査業務を経験。自治体と三セクを立ち上げ、下水汚泥から石炭補完燃料を生成する事業を実施。2014年にサステイナブルエネルギー開発を設立。

※次回はトゥルーバグループホールディングス社長の小野隆一さんです。

【マーケット情報/7月22日】欧州、中東原油が上昇、品薄感が背景


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、北海原油の指標となるブレント先物、および中東原油を代表するドバイ現物が上昇。供給不足感が価格を押し上げた。

米国とイランの核合意復帰をめぐる会談は停滞。これにより、米国の対イラン経済制裁解除、それにともなうイラン産原油の供給増加は、当分見込めないとの予測が強まった。また、トランスカナダ社が、カナダ西部・アルバータ州と米国南部・テキサス州を結ぶ日量59万バレルのキーストーン・パイプラインのフォースマジュールを宣言。停電を受け、稼働率を低減させて操業しており、品薄感を強めた。

一方、米国原油WTI先物は、前週から下落。需要後退の見通しで、売りが優勢となった。欧州中央銀行が、インフレ対策のため、11年ぶりに金利を引き上げ。また、欧州の7月景気指標は低下。経済減速および石油需要後退の予測が広がった。さらに、米国では需要期にも関わらず、価格の高騰でガソリン消費が弱い。WTI先物に対する重荷となった。

【7月22日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=94.70ドル(前週比2.89ドル安)、ブレント先物(ICE)=103.20ドル(前週比2.04ドル高)、オマーン先物(DME)=102.86ドル(前週比4.42ドル高)、ドバイ現物(Argus)=102.80ドル(前週比5.33ドル高)

【需要家】都の太陽光設置義務 メリット・デメリットは


【業界スクランブル/需要家】

 東京都は5月24日に開いた都環境審議会において、一部の住宅供給事業者に対し、供給住戸へ一定割合の太陽光発電導入を義務付ける条例を提案した。脱炭素の点では重要な施策と考えられるが、一方で電力事業者の役割であった「発電設備の導入・管理」を消費者に強制的に課すことになるため、多くの議論が生じるものと想定される。ここでは需要家の目線に立って、太陽光発電導入義務化に伴う需要家のメリット・デメリットについて考察したい。

設備導入において何よりも気になるのは初期費用である。FIT制度の発電電力買い取りにより長期的に見れば投資回収は可能かもしれないが、足元でのkW当たりのシステム導入費用は28万円程度であり、依然として大きな費用負担である。

都は初期費用の負担軽減策として補助金に加えリース、PPA(第三者所有モデル)などの利用に言及しているが、例えばPPAは太陽光発電の所有権が事業者にあるため、自家消費分の電力を事業者から購入することになり、光熱費削減というメリットが享受できなくなる。こうした特徴について、需要家によく周知すべきである。

太陽光発電は停電時に電力使用が可能になるため、災害レジリエンス性の高い設備といえる。一方で事業用太陽光発電では強風によるパネルの飛散・破損などの事例が報告されており、安全性についても需要家の十分な理解が必要である。製品評価技術基盤機構の製品事故情報によると、家庭用太陽光発電についてもパワコン、接続ケーブル火災などの事例が1998年以降200件近く報告されている。太陽光発電は「設置さえすればよい」設備ではなく、導入後の維持管理の重要性を含めて、自治体からの政策に関わるアナウンスが必要だろう。(O)

【小野泰輔 日本維新の会 衆議院議員】「改革マインドで既得権益にメス」


おの・たいすけ
1999年東京大学法学部卒。2008年熊本県政策調整参与を経て、12年熊本県副知事就任。20年都知事選出馬。
21年衆院初当選(比例東京ブロック)。

熊本県副知事から都知事選に挑戦し、昨年衆院初当選。文書費問題を追及し話題となった。
エネルギー政策、憲法9条改正にまい進する根幹に、自分の直感を信じぶれない行動力がある。

 子どものころから伝記や歴史についての本が好きだった。「戦乱や平和は、政治家の決定に大きく左右される。リーダーの決断は非常に重い」。国を隆盛させ、時に滅亡に導くこともある政治の重さに興味を持ち、東京大学で政治学を学んだ。大学卒業後は民間会社に就職していたが、東大時代、ゼミに所属していた蒲島郁夫氏の熊本県知事選に協力。2008年に蒲島氏が当選を果たすと、自身も政策参与を務め、県政に携わることになった。

12年には副知事に就任。最年少の副知事(当時)として、熊本県ご当地ゆるキャラ「くまモン」の著作権フリー化、イラスト無料化実現などに尽力した。16年熊本地震といった災害対応も経験し、20年に任期満了直前に退職。「次に自分に何ができるかと考えたとき、東京都知事選の論戦が行われない現状を見て、(都知事選に)出ようと直感で決めた」。当時は小池百合子都知事が「一強」。盛り上がりに欠ける選挙戦へ「一石を投じたい」と出馬を決断した。最初は泡沫候補と言われたが、高校の同級生で、東京維新の会代表の柳ヶ瀬裕文参議院議員から「維新で応援するから一緒にやろう」と支援を受けた。結果、約61万票を獲得すると、21年の衆院選では、東京1区から日本維新の会公認候補として出馬し、比例復活で初当選を果たした。

当選直後、在任1日にもかかわらず国会議員に月額分の100万円が支給された「文書通信交通滞在費」について、自身のブログで指摘。この問題提起は大きな反響を呼び、政府は後に制度改正の方針を示した。「1年生議員が率直に思ったこと、おかしいと思っていることを提言できた。日本維新の会の『問題をオープンにして議論する』というスタンスを、議員になってすぐ体現できたのは良かった」。現在は7月の参院選に向けて、エネルギー政策のほか憲法9条改正、緊急事態条項の設置など、日本維新の会が掲げるマニフェストや条文案作成に取り組む日々だ。

エネルギー政策で政府と論戦 安定供給・安全保障の重要性指摘

国会議員としては、経済産業委員会の理事と憲法審査会の委員に名を連ねる。今年4月の衆議院本会議では「原子力発電所の特定重大事故等対処施設(特重)の設置期限」を巡り、萩生田光一経産相や更田豊志原子力規制委員長とエネルギー政策で論戦を重ねてきた。「ウクライナ侵攻問題を踏まえ、エネルギーの安定供給、安全保障の重要性が高まっている。エネルギー政策の基本はS(安全性)+3

E(安定供給性・経済性・環境性)だが、安全性は当然として、3Eの中でも安定供給・安全保障を前面に出すよう、国の政策見直しを求めたい」と訴える。原発再稼働については、日本維新の会の政策である「既設原発は市場原理の下で存続が難しいものについてはフェードアウトを目指す」方針を支持。一方で短期的、中期的には「稼働できる原発を生かし、エネルギーの安定供給を図る必要がある。再稼働をスムーズに進めるための施策は、政府が力を入れなければならない」と話す。

行き過ぎた再生可能エネルギーへの偏重にも「脱炭素のためにやるべきだが、一辺倒ではいけない。安定供給に資する形で再エネも行うべき」と警鐘を鳴らす。また、太陽光パネルにおける中国産製品の依存度の高さを指摘し「エネルギー供給の一部を海外に握られる仕組みは、必ず弊害が生じる。安全保障の担保ができなくなる」と戦略の見直しを訴えた。カーボンニュートラル実現では、蓄電池の国産化と積極的な活用を提言。さらにバイオディーゼル燃料(BDF)の利用促進についても、熊本県・阿蘇くまもと空港での実証実験を踏まえ、推進を呼び掛けている。

今後の目標は、日本維新の会が野党第一党となり、改革の実績を作っていくことだという。「大阪での維新は、首長によるリーダーシップもあり、改革が進んだと住民から支持を受けた。全国でも『維新が改革を進めてくれる』という状況にしたい」としている。「維新は一言でいうなら『ベンチャー政党』。改革マインドを持ち、古いしがらみにとらわれず、既得権益にメスを入れていく必要がある」。自身も参院選や統一地方選で尽力して、最終的には保守派の改革勢力を結集、政界再編の枠組みに携わりたいと話す。

好きな歴史上の人物は、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス。カエサルの後継として敵味方をまとめ上げ、後のローマ帝国の礎を築いた。「徳川家康もだが、当時の政治の骨格を作った人、持続的な仕組みを作った手腕を持つ人に憧れる」という。座右の銘は「しあわせは いつもじぶんのこころがきめる」(相田みつを)。熊本県知事選の応援も、都知事選の出馬も、国会議員になってからの文書費問題の指摘も、自分の心に従い、直感を大事に行動してきた。これからもぶれずに自分を信じ政治活動にまい進する。

福島廃炉にどう臨むべきか 密閉管理方式の検討も必要


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.16】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

福島第一の格納容器内部は半減期の長い放射性物質で高いレベルで汚染されている。

廃炉は線量が減るのを待つべきで、早急な作業は「急いては事を仕損じる」ことになりかねない。

 これまで世界で起きた原子炉事故の原因と経緯、その破壊状況と現状を述べてきた。このうち廃炉を達成したのは第3回で述べたSL-1だけであり、そのほかは工事を休止している。廃炉を阻む問題には、廃棄物処分と、作業での被ばく線量の不確かさに伴う費用がある。今回は連載最終回。問題の本質を述べた後、40年での福島廃炉の可能性を論じる。

廃棄物の輸送や埋設に反対する人は世界に少なくないが、その理由は、放射能と廃棄物の両者に対する嫌悪感情だ。解決には、実体を見て理性で納得してもらう以外に方法はないが、使用済み燃料の処分場のない日本の廃棄物問題の前途は険しい。この問題での役所のリーダーシップは大きい。

処分場がなければ福島の廃炉工事は開始できない。このことは明確に述べておく。廃棄物の行き先がなければ、工事を強行しても現場は廃棄物でふん詰まりとなり、工事は中断する。日本には原子力船「むつ」が寄港を拒否され彷徨した前例がある。普天間・辺野古のように、訴訟による工事の中断も起き得よう。福島の人たちはこのような状態を望むであろうか。以上が廃炉を阻む問題点の結論だ。

事故炉の廃炉を妨げる最大の問題は、廃炉作業での作業員被ばくだ。福島の溶融炉心は、ロボットや遠隔操作機器を使えば技術的には撤去可能であろう。これにより炉心の放射能は激減するが、被ばく源である作業場の汚染状況は変化しないから、被ばくは減少しない。ここが廃炉工事の泣き所だ。

例えば遠隔操作機器の搬入、据え付け、調整は、汚染環境の下での作業だ。また廃炉の最終工程である室内の除染は、人手による作業だ。これら作業の被ばく量が不確かなため、廃炉費用が定まらず、廃炉工事は休止している。

その具体例がTMIで、1000億円をかけて溶融炉心を取り出したが、その後の作業は中断している。英国のウインズケール炉は事故の後六十余年がたつが、溶融炉心には手が付けられていない。事故炉は、炉心溶融による建屋汚染の重篤度が廃炉実施の可否を決める。

福島第一の高い汚染レベル アメリシウムの長い半減期

昨年10月、久しぶりに福島第一を見学した。格納容器内部の放射線量を尋ねたところ、1号機6・5グレイ、2号機7グレイ、3号機10グレイ以上との返答であった。僕の予想よりはるかに大きい。6・5グレイといえば1時間で致死量だ。作業どころか入域すらはばかられる。

ところが、TMIやチェルノブイリは、事故後の10年には炉心解体や溶融燃料の採取を行っている。その線量データは持たないが、生身の人間が行った作業だから、福島より相当低い線量であることに間違いない。

なぜ、福島は高いのか? 恐らくTMIの場合は、炉心溶融ガスが加圧器の水槽を通って除染された後に格納容器に流入していること(第15回参照)、チ炉では10日間にわたる火災と燃料溶融によって、沸点の低い放射能が気化して、燃料棒から抜け出たことにあろう。逆に福島の汚染レベルが高いのは、溶融炉心から出た放射能が、直接格納容器に流入したことによろう。格納容器が小さいことも影響していよう。

いま福島に残る放射能は半減期約30年のセシウム(Cs)137が多いから、線量を10分の1に減らすには約100年を要する。さらにセシウムが減少するとアメリシウム(Am)241の寄与が相対的に大きくなるので、線量が1000分の1に下るのは500年後と専門家は言う(図参照)。この汚染環境を溶融炉心解体に先だって改善する方法を、僕は知らないし、考えつかない。

これまで事故が起きた2011年から30~40年後の廃炉完了を目指して論じてきたが福島は格納容器内面の汚染が濃く、作業員被ばくの面からいって、早急な解体撤去の実施は、残念ながら無理に思える。

だが廃炉は、これまで検討してきた解体撤去だけではない。密閉管理と隔離埋設を合わせて3方式あることは本連載の最初に述べた。解体撤去が無理なら、廃炉方式を改めて密閉管理とし、放射能の研究施設として活用すればよい。

今後の放射能の時間変化
出典:JAEA-data/Code 2012-018 福島第一原子力発電所の燃料組成評価から作成

放射能の実験場に好適 幅広く国際的な研究所に

溶融炉心ほど濃い放射能のある所は少ないから、福島のサイトは好適な放射能実験場となり得る。例えば、アオコはなぜ高放射線下で繁殖できるのか、トリチウムは生物に害を与えるのか等々、われわれが知らない放射能の謎を実験で解明していけばよい。

いや、それ以上に、放射能と名が付くことなら文学川柳に至るまで幅広く取り扱う、遊び心のある国際研究所にするのがよい。

年間100億円の研究予算を使えば、魅力的な国際研究所が生まれよう。廃炉に予定していた8兆円を使えば800年間の研究ができるが、そこまでは不要だろう。成果が出れば、研究者は世界中から集まり、サイト周辺は国際都市となろう。風評被害などは雲散霧消だ。必要なのは、やる気と、自由度と、度量だ。政府のご一考を願う。

解体撤去の調査研究は、研究所の一部門として東京電力が行えばよく、TMIなどの廃炉が実施されれば、研究成果を携えて協力すればよい。東電がなすべきことは、ロボットによる汚染実態の調査と線量の推計から、施設全体の放射能分布の時間変化を予測し、廃炉対策を練ることだ。

40年後の廃炉完了を強行するか、廃炉方式を変更するか、政府が決断する日は来ている。「40年後の廃炉だから、まだ30年ある」と棚上げを図るのは役所の通弊だが、今回は無用に願いたい。なぜなら処理水の放出後、東電は予定に従って解体撤去に向かわねばならぬからだ。政府の決断が遅れれば、解体撤去プロジェクトが無理を承知で動きだす。これによる国費の支出は莫大となる。

最終回は厳しい話になった。本連載を通じて事故炉の廃炉について知るところは全て率直に述べたが、僕はいま88歳。日本の将来についての責任は負えないので、世上流布されている技術的な誤りと疑問点の指摘を除いては、個人的な見解は差し控えた。

これにて連載を終える。長い間のご愛読ありがとうございました。

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3 https://energy-forum.co.jp/online-content/5381/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.4 https://energy-forum.co.jp/online-content/5693/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.5 https://energy-forum.co.jp/online-content/6102/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.6 https://energy-forum.co.jp/online-content/6411/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.7 https://energy-forum.co.jp/online-content/6699/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.8 https://energy-forum.co.jp/online-content/7022/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.9 https://energy-forum.co.jp/online-content/7312/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.10 https://energy-forum.co.jp/online-content/7574/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.11 https://energy-forum.co.jp/online-content/7895/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.12 https://energy-forum.co.jp/online-content/8217/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.13 https://energy-forum.co.jp/online-content/8547/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.14 https://energy-forum.co.jp/online-content/8843/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.15 https://energy-forum.co.jp/online-content/9172/

【再エネ】FIP再点検待ったなし 持続可能性に疑問符


【業界スクランブル/再エネ】

4月からFIP(フィード・イン・プレミアム)の運用が静かに始まり、風力業界からは熱い視線が注がれている。
従来、風力業界は洋上風力へのFIP適用に慎重姿勢であった。ところが昨年度の調達価格等算定委員会で驚くほどあっさりと適用が決まった。洋上風力は1件当たり10億kW時規模の発電量で、インバランス発生量も他の再生可能エネルギーとは桁違いだ。大量のインバランスをコスト効率的に処理できる事業者は限られており、公募における公平性の観点には留意が必要だ。また、およそ10年後の事業について、足元の市場が存在しないFIPを前提とした公募提案や評価を行うことは容易ではない。こうした論点について、丁寧に整理する必要があるのではないか。
他方で電源によらないFIPの構造的な課題も浮き彫りになっている。FIPでは、非化石価値のマネタイズは事業者に委ねられており、非FIT非化石証書(再エネ指定あり)の約定単価相当がプレミアムから控除される。一見すると、収入の安定性を確保しつつインセンティブを持たせた設計とも読み取れるが、ここに大きな問題がある。
最新の非FIT非化石証書(再エネ指定あり)の約定量は、35億kW時と過去最低で、売入札量に対する約定率はわずか0.2%にとどまる。つまりFIPにおいて、市場を通じたマネタイズがほとんどできないにもかかわらず、その市場の約定単価相当がプレミアムから控除されてしまうのだ。当然、市場取引よりも良い条件を相対取引で引き出すことは難しく、事実上、FIP基準価格に対して非化石価値分が恒常的にマイナスになることが想定される。
始まったばかりのFIPだが、早くも制度の再点検が必要になりそうだ。(C)

脱炭素政策で資源不足に陥る恐れ 供給源多角化など長期的視点から対策を


【多事争論】話題:レアメタルの調達・確保

ウクライナ危機で供給懸念が高まり、ニッケルなどの価格が過去最高値を記録している。

今後も一部非鉄金属資源の需要拡大が見込まれ、資源安全保障の強化が求められている。

〈 ハイテク産業に欠かせない物質 所要量急増で需給を懸念 〉

視点A:所 千晴 早稲田大学理工学術院教授

レアメタルとは、希少な存在である(資源的制約)か、技術的に良い製錬法がなく分離精製が困難である(技術的制約)か、その開発において環境負荷が高い(環境的制約)か、これら一つ以上の事情を有するために「希少」である金属資源を指し、貴金属やレアアースも含まれる。2010年に尖閣諸島中国漁船衝突事件に端を発して中国がレアアースの輸出を止めた際には、日本の一部製造業が一時的に大きな混乱に陥り、レアアースをはじめとするレアメタルがハイテク産業に欠かせない物質であることが広く周知された。

レアメタルは「強度を増す」「さびにくくする」「発光させる」など、数えきれない素材の機能を発現させるために使用される。添加剤的に使用されることも多いため、金属のビタミンといった言われ方をする場合もある。特殊鋼にはニッケル、タングステン、ニオブなど、電子部品にはタンタルなど、希土類磁石にはネオジム、プラセオジウム、ディスプロシウムといったレアアース、リチウムイオン電池にはリチウム、コバルト、ニッケルなど、排ガス触媒にはプラチナ、ロジウム、パラジウムといった白金族―といった具合に、高機能材料にはレアメタルが欠かせない。

昨今はSDGsやカーボンニュートラルなど、経済活動と資源消費や環境負荷とのデカップリングが強く求められる時代である。ところが資源消費と環境負荷の双方の低減は両立し得ないことが懸念されている。

例えば国際エネルギー機関(IEA)は、各国のカーボンニュートラル政策に基づいて再生可能エネルギーや電気自動車(EV)を導入した場合の将来的な金属資源の鉱物所要量を試算している。その報告によれば、40年の鉱物所要量は20年度比で約2~4倍に増加する。特に、鉱物所要量の増加に対するリチウムイオン電池などの車載用蓄電池導入の影響は大きく、リチウムは約13~42倍、コバルトは約6~21倍、ニッケルは約6~19倍と見積もられている。カーボンニュートラルを世界中の国々で推進した場合、多くの研究者が、近い将来に各種資源、特に一部レアメタルの供給と需要のバランスが崩れ資源不足に陥ることを懸念している。

ロシア軍のウクライナ侵攻に伴って供給への懸念がさらに高まったことから、ニッケルやアルミニウムの価格は過去最高値を記録した。現状は異常事態であるが、このように、長期的な視点からもレアメタルをはじめとする一部非鉄金属資源の需要拡大が見込まれ、供給不足による価格上昇の傾向は変わらないとの見方もあり、日本は長期的な視点に立った資源安全保障政策に対する強化が求められている。

リサイクルも安全保障上重要な役割 環境負荷低減と経済の両立が肝心

レアメタルを含む鉱物資源政策の方向性は、経済産業省総合資源エネルギー調査会の資源・燃料分科会で議論されているが、以上のような背景のもとに、供給元の多角化や非常時に備えた備蓄、省資源化や代替材料の開発について、国際協力や人材育成といったソフト面での取り組みも含めて、これまで以上に長期的な視点に立った強化が求められる。

また、レアメタル資源の多くを海外に依存する日本としては、リサイクル戦略も安全保障に対して重要な役割を有している。日本では銅、鉛、亜鉛の製錬が互いにネットワークを組んで金属リサイクルのための分離精製を担っており、多様なレアメタルを回収している。例えば銅製錬では、電解精製のプロセスで得られた電解スラッジから貴金属などが回収されている。一方、レアアースの分離精製のためには、製錬前での処理を強化する必要がある。それらの強化のためJOGMEC法が改正され、レアメタルなどの金属鉱物の選鉱・製錬などの事業への出資・債務保証事業に新たに取り組むことが可能となった。

レアメタルといえば、賦存量や可採量が少ないという資源的な制約を浮かべる人が多いようであるが、実際は分離精製に対する技術的制約や分離精製に伴う環境的制約も大きな要因となっていることを正確に理解する必要がある。リサイクルも同様で、少なからずエネルギーを要する回収・運搬を含む分離精製プロセスや、それに伴う環境負荷低減を全て考慮した上で経済的に成り立つ必要がある。

昨今では15年にEUが発表したサーキュラーエコノミー政策も浸透しつつあるが、少なからずエネルギーやコストを要する資源循環を経済的にも成り立たせるための付加価値とは何かと改めて考えた時、環境負荷削減、資源消費削減といったプラネタリーバウンダリーへの意識やフェアトレード、人権デューデリジェンスといった考え方に加えて、資源安全保障への備えも重要である。

ところ・ちはる
早稲田大学理工学部資源工学科卒、東京大学大学院工学系研究科地球システム工学専攻修士課程および博士課程修了。博士(工学)。2015年から現職。

【火力】需給ひっ迫の緊急対応策 既設火力の更新を


【業界スクランブル/火力】

 電力需給が厳しい状況に歯止めがかからない。今年の夏季は、東京エリアなどで厳しい状況となり、さらに冬季には全国的にこの10年で最も厳しい需給状況となる見通しだ。政府から、休止火力の再稼働や需給ひっ迫注意報の新設などの対策が示されているが、いずれも当面の危機を乗り切るための一時しのぎにすぎない。

構造的対策については、エネ庁の分科会で電源新規投資の在り方について検討が進められていて、新しい制度案では、安定供給を持続的なものにしていくという目的に加え、発電事業者の予見性確保にもかなり配慮した内容を目指している。具体的には、事前の予測が難しい他市場収益については制度側で見積もり、事後に補填または還付により調整するとのこと。事業者リスクが配慮されるのはありがたいことだが、予測が困難なことを制度の作り込みで後から対応しようという議論は、まるで雲をつかむような話で、残念ながら一体どのような発電設備を求めているのか具体的なイメージがさっぱり見えてこない。

現在求められているのは、持続的な供給力・調整力となる安価な「安定電源」であり、その電源は、将来的に脱炭素化の可能性を持っていることが必要となる。量の問題も含めこの条件を今すぐクリアできるのは火力発電しかない。その場合、20~30年後のこと考えると既設火力の延命化ではなく、脱炭素化への転換も視野に高性能な新規電源を安く作ることが必要となる。では、どうすればよいのか。単純な話として、土地や港湾、燃料設備などのインフラが整備されている既設地点へのリプレースが優位なのは明らかだ。他の方策を否定するものでは一切ないが、有力な具体案から考え始めなければ、絵に描いた餅にすらならない。(N)

【原子力】スタートアップ支援 アプローチに難あり


【業界スクランブル/原子力】

 岸田政権が図るスタートアップ支援の発想の原点は、今のわが国は先進国でありながら半導体などの製造業が空洞化しており、いま一度モノづくりや気候変動対策、医療などの先端技術産業を再構築することにある。失われた20年、30年の「病巣」を徹底的に改めようという発想は的確といえよう。

ただ、そのアプローチに問題がある。新しい産業を一から起こそうとしており、そのための起業・チャレンジ・ベンチャーの環境づくり、育成を進めようと躍起だ。しかし、ベンチャーに大きな期待を寄せることは、一本も飛ばず、一本も的に当たらなかったアベノミクスの三本目の矢にむなしく期待することになるのではないか。むしろ、日本が得意とする「モノづくり」を根本から世界に冠たる姿に磨き上げ、産業競争力を旺盛にすることが急務だ。

産業のコメといわれた電力について、いまや日本の産業用電力料金は主要国中、最も高い。国策? である再生可能エネルギーのさらなる開発拡大による電力コストの増大は、製造業の国際競争力や雇用に大きく影響する。基幹産業である自動車産業ですら、いまやその座は危うい。「モノづくり」の将来についてボヤボヤしている暇はない。

ウクライナ戦争を契機として、化石燃料の入手が困難化し、需給不安定化とともに高コスト化している今日、原子力の再稼働・新規開発は世界の潮流となっている。再エネに比べて、原子力の費用対効果ははるかに大きい。わが国も核燃サイクル・高速炉の開発・高レベル廃棄物処分に国が中心になって取り組み、世界一安い電力の実現を達成し、日本のモノづくりの再生を早く実現すべきである。

一度も当たったことのない三本目の矢ばかりにさらに期待するのは、愚の骨頂である。(S)

大手電力会社の信用力の変遷 高い「格付け」を支えた規制環境


【羅針盤(第1回)】廣瀬和貞/アジアエネルギー研究所代表

全面自由化などによる事業環境の変化が資金調達の難易にどのように影響するのか。

この連載では、電力会社の資金調達を左右する信用力の変化を「格付け」を手掛かりに見通してみたい。

第二次世界大戦後の復興期から、経済の高度成長期・安定成長期を経て現在に至るまで、日本の大手電力会社(旧一般電気事業者)各社が事業資金の調達に窮したことはない。その結果として、目覚ましい経済発展が続いた時期にあっても、国内の電力需要の急伸に後れることなく設備投資は行われ、電力供給が経済成長の制約となることはなかった。
事業資金は株式または負債によって調達される。旧一電各社の資金調達の特徴は、その信用力の高さによって社債や銀行借入といった負債を中心に多額の設備資金を賄ってきたことである。一般には、負債を多く抱えれば倒産する危険が増すため、貸し手が慎重になり、無制限に負債を増大することはできない。旧一電が多額の負債を抱えることができたのは、それでも倒産することはないと見られるだけの信用力の高さがあったからである。信用力の程度を示す指標として、格付け会社が公表する「格付け」がある。第1回では、格付けの考え方を説明し、旧一電各社の信用力がどうして高いと見られてきたのかを明らかにする。

定量評価は低い半面 極端に高い定性評価

信用力の評価は、財務指標などの数値の分析による定量評価と、それ以外のさまざまな要因を考慮する定性評価の組み合わせで行われる。自由化以前の旧一電の信用力は高く評価されていたが、定量評価は低く、定性評価が極端に高いという際立った特徴があった。
企業の活動を記録した財務諸表は、損益計算書、貸借対照表、キャッシュ・フロー計算書の三つに大別されるが、これらの数値を分析し、対象企業の収益力や財務体力を評価するのが定量分析である。旧一電各社のような上場企業であれば、有価証券報告書により全ての財務諸表は公開されている。電力自由化が本格化する以前の時期の各社の姿を見るため、2009年度(10年3月期)の財務数値を材料に、基本的な定量分析を行ってみよう。図表を見てほしい。
企業は事業活動によって資金(キャッシュ)を稼得し、そのキャッシュにより負債を返済していく。従って、キャッシュを生み出す力が、返済すべき負債の額に対して相対的に大きいことが、信用力の高さに直結する。ここでは、有価証券報告書から簡単に得られる数値として営業キャッシュ・フローを用いて、負債(金融債務)がその何倍あるのかを示している(指標A)。もう一つ、社債投資家や銀行といった債権者から見て、債務者である企業が危機に陥った際のバッファーとなる資本勘定(自己資本)の厚さを示す自己資本比率も記載した(指標B)。
信用力の高さを示す結論としての格付けを見ると、当時の旧一電各社は日系の格付け会社R&Iの格付けでAA+、米国系のムーディーズでAa2となっていた。格付け符号は21種類あるが、前者は上から二つめ、後者は三つめと、極めて高い水準であった。しかし、同水準の高い格付けを持つ他の産業の企業と比較すると、定量分析の指標A、Bともに、数値自体は極めて悪い。
指標Aを見ると、電力以外の業種の各社が事業により返済すべき金融債務は、事業が生むキャッシュ・フローの半年分(0・5)にも満たないことが分かる。さらに言えば、トヨタ以外の4社はそもそも実質的な債務がないため、この指標がマイナスの値である。一方、旧一電各社は年間の営業キャッシュ・フローの約5年分から7年分もの金融債務を抱えており、他の業種との差が大きい。
指標Bも見てみよう。自己資本は設立以来の利益の蓄積を示すが、旧一電は業歴は長いが資本は薄い。図表中の10社のうち、下位5社は全て旧一電である。

他産業と全く異なる 電力事業の安定性

このように、財務指標を用いた定量分析では、旧一電の格付けの高さは説明できない。定性分析の評価が定量評価の低さを補って余りあるほど高かったということである。その要諦は、旧一電の生むキャッシュ・フローが極めて安定していたという評価である。
総括原価主義に基づく料金規制により、電気事業のコストだけでなく、設備投資に必要な資金調達コストも、確実に回収が期待できた。一方で、必要以上に収益を上げることは許容されていなかった。しかし、安定して返済が見込める場合、収益力が低いことと、その結果として金融債務が多く財務体力が弱いことは、信用力上問題とされない。旧一電を取り巻く規制環境の確かさが、高い格付けを支える定性評価の高さの最大の要因であった。規制内容は各社の規模や財務状態の違いにかかわらず共通である。だからこそ、全ての旧一電に全く同一水準の格付けが付与されていたのである。
これらの特徴がもたらす電力事業の安定性は、国内外の経済状況や消費者の動向に業績が大きく左右される製造業や小売業とは全く異なる。事業が生むキャッシュ・フローの不安定さを補って、製造業や小売業の企業が高い格付けを得るためには、平時における収益力の高さと財務体力の強さが求められていた、と言ってもよい。
しかし、旧一電の高い信用力を支えていた料金規制に代表される規制環境は、電力システム改革の進展により大きく姿を変えていくことになった。次回は、特に11年3月の東日本大震災の後、現在に至るまで、事業環境が大きく変化した中で、旧一電各社の信用力がどのように変化しつつあるのかを解説する。

ひろせ・かずさだ  東京大学法学部卒。米デューク大学経営学修士。日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。総合資源エネルギー調査会委員。日本信用格付学会常任理事。日本証券アナリスト協会検定会員。近著に『アートとしての信用格付け その技法と現実』(金融財政事情研究会)。

【石油】サウジのバランス感覚 OPEC+の増産拡大


【業界スクランブル/石油】

OPECとロシアなど主要産油国から成る「OPECプラス」が、6月2日閣僚級会合で7、8月の増産を従来の日量43.2万バレルから64.8万バレルに拡大した。EUがロシア産石油の原則輸入禁止を決め、石油需給のひっ迫が予想される中、多方面から期待されていたものだ。特に、中間選挙を控えるバイデンの国内ガソリン価格抑制のための度重なる要請に応えた。

他方、友好国ロシアの代替供給先になることは避けた。そのため、9月の増産分を7、8月に前倒しする形とした。さらに、経済制裁によるロシア減産量は、4月日量100万バレル、5月以降300万バレルとみられるが、その規模から見ると、増産は焼け石に水、原油価格水準に影響するものでもない。米国配慮のポーズをとりつつ、協調国ロシアへの仁義も欠かさない。主導国サウジアラビアの絶妙なバランス感覚を久々に見た。

そもそもOPECプラスはシェールオイルで最大産油国となった米国に対抗し、サウジ・ロシアの協調・主導で需給調整を行う組織である。シェール増産による需給緩和・価格暴落に対応して、2017年から協調減産、20年のコロナ禍による需要激減下でも、史上最大日量990万バレルの減産で対応、価格を回復させた。その意味では、石油市場では米国がライバルであり、FT紙は、サウジ・ロシア関係を「石油同盟」と評した。しかも、米国は、シェール革命でエネルギー自立達成、軍事的には中東撤退で、イラン勢力の伸長を招いた。さらに、バイデンは記者殺害や女性人権などでサウジに批判的。おそらくイランの脅威がなければ、米国との伝統的同盟関係は解消されているであろう。サウジと米国、ロシアには、同盟関係のねじれが生じている。(H)

【検証 原発訴訟】控訴審の「違法」判断覆す もんじゅ最高裁判決の論点とは


【Vol.4 もんじゅ最判①】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士

「もんじゅ」の原子炉設置許可の是非をめぐる訴訟では、2005年5月の最高裁判決で国が逆転勝訴した。

設置許可処分が違法・無効だとした控訴審の判断を、最高裁はどういった理由から覆したのか。

 前回までに伊方最高裁判決(伊方最判)の理論構成について考察した。今回から2回にわたり、伊方最判で示された判断枠組みの論理を、具体的な事案に当てはめる手法を示した高速増殖炉「もんじゅ」に関する最高裁判決(2005年5月30日、もんじゅ最判)を扱う。

第2次控訴審で国が逆転勝訴 最高裁が処分無効と判断

もんじゅ最判は、1983年5月27日に動力炉・核燃料開発事業団(判決時・核燃料サイクル開発機構、現・日本原子力研究開発機構)に対して、内閣総理大臣が行ったもんじゅの原子炉設置許可処分(本件処分)について、周辺住民らが85年に本件処分の無効確認を求める訴訟(もんじゅ訴訟)を提起したことに対する最高裁の判断である。

使用済み燃料から抽出したプルトニウムとウランを用いて作られたMOX燃料を高速炉で燃やして発電に利用する「核燃料サイクル」の中核がもんじゅであった。しかしトラブルが続き、2018年3月にもんじゅの廃止措置が原子力規制委員会により認可された。ただ、核燃料サイクルは資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減少、放射能レベルの低減などに貢献することから、21年の「エネルギー基本計画」ではサイクル政策を推進する方針が示されている。

伊方最判は処分の取消訴訟に係る判例であったが、もんじゅ最判は処分の無効確認訴訟である。取消訴訟は処分があったことを知った日から3カ月(当時、現在は6カ月)の間に訴訟の提起が必要という期間制限があるが、周辺住民らの訴訟提起が間に合わなかったために、そのような期間制限がない無効確認訴訟を提起したことによる。もっとも、取消訴訟では、争点となる処分が違法であれば取り消されることになるが、無効確認訴訟では、問題とする処分の「違法が重大かつ明白である」と認められなければ無効とはならないとされている。無効確認訴訟はほとんど勝ち目のない訴訟というのが実務的な感覚である。ちなみに無効「確認」訴訟となっているのは、処分が無効であればその処分はそもそも存在しないため、処分が無効であることを確認することしかできないためである。

ところで、このもんじゅ訴訟の過程は大きく二つの段階に分かれている。一つ目の段階では、「周辺住民らに訴訟を提起する資格(原告適格)があるか否か」が争点となった。1992年9月22日に最高裁がこの点を判断して、周辺住民らにこの資格を認め、1審から訴訟のやり直しを命じた。

そして、やり直しとなった訴訟が二つ目の段階であり、「本件処分が無効か否か」を争点とする審理が行われた。この訴訟が1審に係属中の95年12月、もんじゅの試運転中に2次主冷却系配管のナトリウム温度計が破損してナトリウムが漏れ、空気中の酸素と反応してナトリウム火災が起こり、この事故は訴訟でも議論された。

1審(福井地裁)では、本件処分に重大かつ明白な違法があるとはいえないと判断されたが、控訴審(名古屋高裁金沢支部)では、本件処分が無効であるというためには違法の重大性をもって足りるとした(すなわち違法が明白であることは不要)。その上で、2次冷却材漏えい事故(原子炉出力運転中に何らかの原因で2次主冷却系配管が破損しナトリウムが漏えいする事故)、蒸気発生器伝熱管破損事故(原子炉出力運転中に、何らかの原因で蒸気発生器の伝熱管が破損し、水または蒸気がナトリウム側に漏えいし、ナトリウム・水反応が生じる事故)、1次冷却材流量減少時反応度制御機能喪失事象(外部電源喪失により1次冷却材ナトリウムの炉心流量が減少し原子炉の自動停止が必要とされる時点で、制御棒の挿入の失敗が同時に重なることを仮定した事象)の各安全審査において、本件処分を無効とする重大な違法があると判断した。わが国で初めて設置許可処分を違法・無効と判断したものであった。

そして控訴審で敗訴した国が上告したことに対して、最高裁として判断を示し、国を逆転勝訴させたのが、もんじゅ最判である。

安全審査対象範囲の決定 行政機関に技術的裁量あり

もんじゅ最判で判例として重要な論点は表の通りである。結論として、本件処分がそもそも違法ではないと判断した。控訴審が、原子炉設置許可処分が無効となるためには違法の重大性だけで足りると判断した点に関しては、最高裁として何ら判断していない。つまり、この点についての控訴審の判断は最高裁によって認められたものではない。

表=もんじゅ最判の重要論点

もんじゅ最判では、論点①について「規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては(中略)基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である」として、伊方最判の判断枠組みを踏襲した。伊方最判と同様、原子炉等規制法24条2項(当時)が、基準の適合性についてあらかじめ原子力安全委員会(当時)の意見を聴きこれを尊重しなければならない、との手続きを定めている趣旨が、実質的に専門技術的裁量を認めるものであることを指摘。その趣旨にかんがみると、どのような事項が原子炉設置の許可の段階における安全審査の対象となるべき基本設計の安全性にかかわる部分かという点も、基準の適合性に関する判断を構成するものとして、専門技術的裁量があることを新たに指摘した。

要するに、何が基本設計の安全性に関わる事項か、すなわち、どこまでを原子炉設置許可段階の安全審査の対象とするかを決めることについても、行政機関に専門技術的裁量があるとした。この点について、もんじゅが研究開発段階の原型炉であることなどから、ほかの実用炉とは基本設計の範囲に関しても別に扱うべきであるとの意見もある。だが、原子炉等規制法はことさらもんじゅを特別扱いしていないため、原子炉等規制法の法解釈からは困難であろう。

次回では、もんじゅ最判が論点②~④についてどのように判断したかを解説する。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。

【コラム/7月20日】EUにおけるガス供給のセキュリティに関する規制枠組み


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

EUでは、域内で消費するガスの4割近くは、ロシア産であり、ガスのロシア依存度は他のエネルギー種より高い(2021年)。しかも、輸入のほとんどをロシアに依存する国も多い。さらに、過去にロシアからのガスの供給支障も経験していることから、EUのエネルギーセキュリティに関する文書を読むと、ガス供給のセキュリティに大きな重点が置かれていることが分かる。そこで、本コラムでは、EUにおけるガス供給のセキュリティに関する規制枠組みのポイントを紹介し、わが国の参考にしたい。

EUにおけるガスの供給確保に関しては、「ガスの供給保障を確保するための措置に関する規制」(2017年10月25日)で、EUの緊急事態への備えと供給途絶に対するレジリエンスのための枠組みが規定されている。同規制では、共通の供給リスクを評価し(コモンリスクアセスメント)、共同の予防・緊急対策を策定するための地域グループにおける加盟国間の協力などが定められている。また、加盟国が策定する予防行動計画や緊急時対応計画には、コモンリスクアセスメントと国別のアセスメントに基づき特定されたリスクの除去・軽減策や、ガス供給の途絶による影響の除去・軽減措置が含まれる。

加盟国は、極端な供給支障が生じた場合でも、「保護すべき消費者」に対して確保すべき消費量を保証する措置を講じることが求められている。そのため、極度の供給支障が生じた場合に機能するガス供給に関する連帯メカニズムについての協定を近隣加盟国との間で結び、最も弱い立場の消費者が、厳しい状況下でも引き続きガスを利用できるようにすることが義務づけられている。

また、欧州委員会は、ウクライナ危機を踏まえて2022年3月23日に発表した「供給の安定性と手頃なエネルギー価格に関するコミュニケーション」の中で、ガス市場における問題の根本原因に対処し、来冬以降も適正な価格での供給の安定を確保するための方策を提案した。この提案には、2022年11月1日までに最低80%のガスの貯蔵レベル確保の義務を課し、次年度以降はこれを90%に引き上ることが含まれている。

ガスの貯蔵設備、とくに地下貯蔵設備は、ガス供給の安全保障に不可欠である。欧州では、通常、冬季に消費されるガスの25〜30%が貯蔵ガスにより供給される。2021年には、ガス価格が高騰したが、その原因の一つとなったのは、貯蔵レベルが通常より低かったことである。さらに、2022年初頭のロシアのウクライナ侵攻以降、地政学的緊張が高まり、供給の不確実性が増した。これらの出来事が、来るべき冬に向けて十分なガス貯蔵を確保する必要性を高めた。

ガス貯蔵量の確保で重要なのは、負担分担の仕組みである。EU諸国には、自国の消費量を上回る貯蔵容量を有する施設を持つ国から、まったく貯蔵施設を持たない国まで存在する。後者は、前者の貯蔵設備に年間消費量の15%に相当する量を確保することが求められる。または、貯蔵設備を有する国々は、それを有さない国々と負担を公平に分担するメカニズムを共同で開発することが求められている。

EUでは、2006年と2009年におけるロシアとウクライナの間のガス料金を巡る紛争により、欧州向けのガス供給に支障が生じたことを契機に、ガスの供給保障、とくにガス輸送の中断への対応が、エネルギーセキュリティ政策の重大な関心事となった。そのため、EUでは、ガスの供給中断が及ぼす影響についてのスタディが何度も行われている。そこで重視されているのが、加盟国間の連帯である。EUにおいては、個々の国の置かれた立場の違いからエネルギーセキュリティ確保に関しては、統一的な行動をとることは必ずしも容易ではなかった。そのため、「団結」の必要性が、繰り返し強調されてきた。今回のウクライナ危機で、ガスの共同調達に関するタスクフォースを立ち上げ、需要をプーリングすることで購買力を強化することが決まったが、そこには、セキュリティ確保に関する加盟国間の団結が強まっていることを見て取れる。

EUにおけるエネルギーセキュリティ確保に関する規制枠組みは、わが国でも参考にすべきところが多い。わが国においても、特定の国からの供給遮断に関する様々なシナリオと、それが発生した場合の対応策を事前に策定しておく必要があるだろう。そのさい、わが国全体での協力関係を築いていくことが重要であり、保護すべき需要家に対しての必要最小限度のエネルギーの確保方策を策定することが求められるだろう。折しも、この原稿の作成中に、日本も出資する石油・ガス複合開発事業であるサハリン2をロシアが国有化するというニュースが報道された。このような事態に対して、わが国は、危機管理能力を高めていかなくてはならないだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

技術由来の変革に対応できるか 半歩先の脱炭素ビジネスを提案


【エネルギービジネスのリーダー達】埼玉浩史/クリーンパワーアソシエイツ代表取締役

エネルギー投資ファンドや新電力経営で名をはせた埼玉浩史氏が、新ビジネスを始動させた。

脱炭素に向けた急ピッチな変革に企業が対応できるよう、経験を生かした提案を行っていく。

さいたま・ひろし
1988年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2009年Fパワー設立。18年代表取締役会長兼社長。21年4月にクリーンパワーアソシエイツを設立し現職。

 脱炭素化に向けて経済や生活様式が目まぐるしく変革する時代に突入している。「これから世界は大変革時代を迎える。企業は現在の延長線上での考えにとらわれず、不連続な世界へ対処していく準備が不可欠」。こうした信念から、これまで金融、エネルギー業界に長く身を置いてきた埼玉浩史氏が、新会社「クリーンパワーアソシエイツ(CPA)」を設立した。準備期間を経て今春から本格始動している。「脱炭素」、そして「エクスポネンシャル・テクノロジー」をキーワードに、半歩先を行くエネルギービジネスを提案していく考えだ。

一つ目のキーワード・脱炭素の重要性は言わずもがなだが、現状では再生可能エネルギーに代表されるグリーン技術に偏重する傾向にある。本来目指すべき脱炭素社会はグリーン技術の追求だけでは到達し得ないはずだが、原子力や化石燃料の有効利用も包含したビジネス展開はあまり見当たらない。埼玉氏がこれまで蓄積してきたノウハウを活用し、企業に対して脱炭素にフォーカスした提案を行っていく余地があるとみている。

そのためには二つ目のキーワード「エクスポネンシャル・テクノロジー」が欠かせないと言う。VR(バーチャルリアリティー)やAI、ビッグデータ分析、自動運転、シェアリングエコノミーなど、今後の社会変革を担う技術を指す。

現状の延長線上では対応できず パッチワーク対応から脱出を

「現在は、馬車から蒸気自動車、そしてエンジン車へと置換した時と同様の局面にある。自動運転やシェアリングが普及し、自動車製造だけでは生き残れない時代があと数年で到来する。今後、オセロをひっくり返すようなインパクトがあちこちで起きる」(埼玉氏)

しかし変革への対応の遅れは随所で見られ、エネルギー業界も例外ではない。半世紀前に電力・都市ガス会社がLNG導入を決断したような先見の明が、まさに今求められているという。

では、エネルギーのビジネスチャンスはどんなところに芽生えていくのか。

一例として、ブロックチェーン(分散型台帳)を活用し、特定の再エネ電気を需要家間で最適融通するといったモデルが徐々に試行されているが、これが定着していくと系統の役割もおのずと変わってくる。他方、少子高齢化で人口が都市部に一層集中する中、地方に偏在する再エネの地産地消化だけでは安定供給は確保できない。例えば、データセンターの電力需要には原子力を活用するなど、家庭用の供給の在り方とは別に考える必要があるのではないか。それに即した発電事業や燃料調達の在り方はどうあるべきか―。こうした思考を巡らせると、過去からの延長戦略の限界が見えてくる。

埼玉氏は「未来からバックキャストし、どういった取り組みや政策に注力すべきか、それを国民でどう負担するかを詰めなければならない。今のパッチワーク的な対応からの脱出が第一歩となる」と強調。海図なき時代には課題〝設定〟能力が重要になるとの考えに立ち、「業界に寄り添うだけでなく、半歩先を見通してお手伝いすることが当社の目的だ」と続ける。

新電力業界はむしろ好機 自由化さらに進展へ

現在の課題にフォーカスすると、電力調達価格の振れ幅が拡大し、新電力の撤退・倒産が加速、需要家が最終保障供給に流れ込む事態が多発している。かつて新電力経営で困難に直面した埼玉氏。現状は、当時経験したことがここ数年で広範囲に鮮明化してきており、その時の知見は電力自由化が新たなステージに進む上で意味のあるものになり得ると語る。むしろ今は新電力にとって苦境ではなく、新しい発想の提案ができる好機と捉える。

事業継続を選択した事業者は、調達価格のリスクヘッジに頭を悩ませているが、「市場連動メニューの導入を選択するなら、今後先物でヘッジする手段が得られ、フォワードカーブをベースに新電力自らの判断でリスクとリターンを取れるようになる」。金融界では当たり前のこうした仕組みを、電力業界にも導入することが欠かせないと強調する。

需要家側も、価格変動を受け入れるのか、少し高値でも定額を望むのかといった固定と変動の選択肢を選ぶことが可能になる。「もう、総括原価方式に戻ることはない。供給側だけでなく需要家側ともリスクとリターンをシェアし、自由市場化をさらに進めるための制度を考えなければならない」と訴える。

新会社経営に当たっての心構えを聞くと、「時中」との答えが返ってきた。「これだけの大変革時代には『時中』、つまりタイミングとポジションを常に意識し最適な対応を取ることが肝要。そして20~30代の若い世代とともに、激動期のビジネスに参戦できたら面白い」。新たなフィールドで、再びエネルギー業界の荒波に乗り出そうとする姿勢が印象的だ。