「福島の復興を成し遂げるためには避けて通れない」 4月13日、菅義偉首相はこう述べ、関係閣僚会議で福島第一原子力発電所サイト内のALPS(多核種除去設備)で処理したトリチウム水を海洋放出する方針を決定した。事故前の福島第一原発の放出上限である年間22兆ベクレルを30~40年かけて、2023年から毎年放出していく。

首相の言う通り、福島第一原発の廃炉を進めるには、敷地内にたまり続ける処理水の放出が欠かせなかった。タンクに保管する処理水の量は既に125万tに上り、22年秋には保管容量の限界となる137万tに達する見通し。これ以上、結論を先送りすることはできなかった。
トリチウム水の海洋放出は、安倍晋三前首相の時から政府にとって重要な課題だった。昨年9月に就任した菅首相は海洋放出の検討を始めたが、漁業関係者などの反発で見送られている。
一方、東京電力は敷地内タンクが増え始めた時点から、福島県の漁業組合関係者と連絡を取っていた。漁業者は風評被害を最も恐れている。さらに「無害」と分かっていても、溶融燃料の冷却水から回収したトリチウムの放出には感情的なしこりがある。東電関係者は粘り強く説明を行い、理解を示す漁協幹部も出始めていた。
海洋放出の決定前に、国は処理水の扱いについて、「ご意見を聞く会」など地元自治体や漁業関係者らを交えた会合を繰り返した。その場で漁業関係者らは、海洋放出に強硬な反対姿勢を示している。一方、漁業団体とのつながりが深い自民党の水産部会は、海洋放出を容認する方針を固めていた。政府関係者は「水面下で、与党の水産族議員が漁協幹部と交渉を重ねていた」と明かす。
全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は4月7日、官邸に招かれ、首相から海洋放出の方針を伝えられる。岸会長は会談後、記者団に対して「断固反対する」と強調した。だが官邸で岸氏に間近に接した記者によると、「半ば容認しているようにも見えた」。業界関係者は「トップレベルでは、合意ができていたはず」と話す。
風評被害防止に注力 中国・韓国は意趣返し!?
今後、最大の課題は風評被害対策になる。いまも、消費者には福島県産の農水産物を避ける傾向が見られる。政府はモニタリングを行い、海洋専門家を交えた会議を設置して水質データを検証する。また、国際原子力機関(IAEA)にデータを提供し、客観的な検証をしてもらう。
近隣国の懸念払拭も課題になる。韓国政府は「絶対に許せない措置だ」と批判。文在寅大統領は国際海洋法裁判所への提訴を指示した。中国政府も「深刻な懸念」を表明。垂秀夫・駐中国大使を呼び抗議を行っている。
しかし、両国ともに既に自国の原子力施設が福島第一原発を上回るトリチウムを海洋放出している。徴用工問題や台湾に言及した日米共同声明などを巡り、日韓・日中関係はぎくしゃくする。放出への批判は単に意趣返しのようだ。