【論点】ゼロエミ時代の事業モデル/紺野博靖 西村あさひ法律事務所弁護士
化石燃料の輸入依存がさまざまな課題を日本にもたらしてきたことは広く知られている。
脱炭素においても輸入依存となってしまうのか――。輸入型と自給型モデルを考察する。
日本の火力発電事業者(仮に甲社とする)がCO2排出量をゼロにしようとする場合、選択肢として次の七つのモデルがある。比較してみよう。
①ブルー水素輸入モデル=A国のX社が天然ガスの改質により生産した水素を輸入し、当該水素を燃焼して発電する。改質により発生したCO2はX社がA国の地下に貯留する。
②グリーン水素輸入モデル=A国のX社が再生可能エネルギー電力による水電解で生産した水素を輸入し、当該水素を燃焼して発電する。
③ガス発電・CO2海外貯留モデル=A国のX社が生産した天然ガス(LNG)を輸入し、当該天然ガスを燃焼して発電する。燃焼により発生したCO2はX社に引き取ってもらい、X社がA国の地下に貯留する。
④ガス発電・CO2国内貯留モデル=A国のX社が生産したLNGを輸入し、日本で当該天然ガスを燃焼して発電する。燃焼により発生したCO2は日本の地下に貯留する。
⑤ブルー水素国内生産・CO2海外貯留モデル=A国のX社が生産したLNGを輸入し、日本で当該天然ガスを改質して水素を生産し、当該水素で発電する。改質で発生したCO2はX社に引き取ってもらい、X社がA国の地下に貯留する。
⑥ブルー水素国内生産・CO2国内貯留モデル=A国のX社が生産したLNGを輸入し、日本で当該天然ガスを改質して水素を生産し、当該水素で発電する。改質により発生したCO2は日本の地下に貯留する。
⑦国産グリーン水素購入モデル=国内で再エネ電力による水電解で水素生産する事業者から水素を購入し、当該水素で発電する。
脱炭素に二つの手法 輸入型と自給型
いずれも、甲社は発電によるCO2排出量ゼロを達成する(CO2排出量相当のカーボンクレジットを購入してカーボンニュートラルを達成することも考えられるがここでは割愛する)。
このうち、①ブルー水素輸入モデル、②グリーン水素輸入モデル、③ガス発電・CO2海外貯留モデル、および⑤ブルー水素国内生産・CO2海外貯留モデルは、いずれも脱炭素機能(改質設備、水素加工設備、CO2地下貯留設備、再エネ発電設備、水電解設備)を海外に依存するので、「脱炭素輸入型」と呼ぶ。
他方、④ガス発電・CO2国内貯留モデル、⑥ブルー水素国内生産・CO2国内貯留モデル、および⑦国産グリーン水素購入モデルは、脱炭素機能が国内で完結するので、「脱炭素自給型」と呼ぶ。
輸入型の六つの課題 自給型の優先的導入を
脱炭素輸入型の場合、日本は「脱炭素消費国」にとどまる。他方、脱炭素自給型の場合、日本は脱炭素消費国と同時に、「脱炭素生産国」となる。
脱炭素輸入型については次の課題が指摘できる。
1.脱炭素輸出国(A国)の消費者ではなく、日本の消費者の電力料負担でA国の脱炭素機能の開発費を賄うことになる。脱炭素自給型であれば、日本の消費者の負担は日本の脱炭素機能の開発を賄う。また、脱炭素機能の経済波及効果(雇用、資材調達など)も日本国内に生まれる。
2.国内のCO2貯留ポテンシャルが「宝の持ち腐れ」となるリスクがある。例えば、水素輸入モデルを先行的に導入し、水素受け入れ基地、水素発電所がひとたび設置された後、LNGの受け入れやガス火力に戻れない。
国内にCO2貯留ポテンシャルが残っていたとしても、④ガス発電・CO2国内貯留モデルおよび⑥ブルー水素国内生産・CO2国内貯留モデルの導入は不要となる。
世界最大級の水素製造施設「FH2R」(福島県浪江町)
3.輸出国(A国)や後発輸入国(アジア諸国など)にフリーライドされる懸念がある。脱炭素輸入型の場合、日本の消費者の電力料負担でA国に脱炭素機能が開発される。日本の公的支援がなされた場合には、国民の税負担も寄与する。「A国の脱炭素機能は日本国民の負担で完成した」ともいえる。A国や後発輸入国(アジア諸国など)はそのような負担をすることなく、A国に完成した脱炭素機能を利用できる。それは日本とA国や後発輸入国との電力コスト負担の差となり、日本の製造業の競争力低下につながる恐れがある。
4.「脱炭素ナショナリズム」により、脱炭素機能の輸入価格が上昇し、貿易赤字、電力コスト上昇、製造業の競争力低下につながる恐れがある。CO2排出量削減に関する国際的なルールが強制力あるものへと進むほど、自国の脱炭素化を他国よりも優先させようとする脱炭素ナショナリズムが台頭する可能性がある。その台頭が脱炭素機能の輸入価格を押し上げることが懸念される。
5.脱炭素機能の現場が海外になるため、日本企業の脱炭素技術の研究開発現場が十分確保できなくなる。現場が日本にあれば、競争力ある技術革新が日本企業により生み出される可能性が広がるが、それがかなわない。
6.改質代やCO2貯留代も合わせた価格になり、市場価格が反映されない恐れがある。LNG市場や日本電力市場の発展で、ガス(LNG)や国内電力について需給バランスで決まる市場価格が形成されつつある。カーボンプライシングの議論も進んでいる。脱炭素輸入型の輸入価格がこれらを適正に反映するか不透明である。反映されない場合、発電事業者が市場リスクの負担を強いられる。
経済と環境の好循環を果たしつつ、カーボンニュートラルを達成する上で、脱炭素自給型を優先的に導入することが合理的ではないだろうか。
こんの・ひろやす 1997年早稲田大学法学部卒。2006年コーネル大学ロースクール卒。
西村あさひ法律事務所パートナー、弁護士、ニューヨーク州弁護士。