テーマ:電力不足と卸市場の異常事態
今冬の電力需給ひっ迫を受け、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格が年明け早々から連日のように100円超えの異常な高値局面に突入した。制度の欠陥と政治・行政の責務を巡り関係者が激論を交わした。
〈出席者〉 A官界人 B政界人 Cマスコミ人 D電力業界人
―卸市場価格が高騰した問題で、経営難に陥った新電力は公的な支援を求めて政治家に陳情する動きが活発化している。
A 事業者が陳情をすることに何ら問題はないが、これまで自由化市場下で利益を享受していたにもかかわらず、いざ高値になったら「自分たちを救済しろ」というのは虫のいい話。認識が甘かったと言わざるを得ない。本件について10社以上の大手電力・新電力の経営者らと話をした。市場依存度の低い新電力や市場に電力を卸している大手電力も、この騒動の影響で損をしている。JEPXの制度を見直すことに異論はないが、安易な新電力救済には反対だ。
C 新電力といえども、大手電力系や他業種の大資本が入っているところもある。事業形態はさまざまで真面目にやっている事業者も含め、この騒動で全て潰れてしまうのではというぐらい多くの新電力が影響を受けた。陳情内容にもろ手を挙げて賛成しないが、徹底した真相究明は必要だ。今回は市場への供給が落ち込んだため高騰が起きたが、新電力に話を聞くと需要予測を行う材料が公開されていないので、直前予測すらできないそうだ。これではフェアな競争にならないだろう。
D 今回の騒動が拡大した原因の一つは、経済産業省が手を下さなかった点にある。高値を放置したことで状況が悪くなってしまったのではないか。海外の電力卸市場は、基本的に電気不足が発生したときに必ず予備電源の市場が稼働して市場価格を抑える仕組みがある。制度設計の段階でこうした状況の対処法を誰も想定しておらず、玉切れ時の価格決定プロセスが完備されていないため起きた。新電力の経営責任と言い切れる話ではない。
B JEPXの価格高騰という短期的問題と、JEPXの市場設計という制度的問題を区別しなければならない。まずkW容量は足りているが、LNGが足らなかったため起きたkW時不足に対し、経産省が法的根拠をもってできることはほぼない。経産省の対応を疑問視する声もあるが、やむを得ない。
またJEPXは売り手が圧倒的に強いマーケットだ。新電力などの買い手は同時同量の制約を守る義務が課せられているが、発電事業者にどれぐらいの余剰能力があるかを知るすべがない。そして発電事業者は寡占的だ。本来、市場はマーケットメカニズムによって需給を調整する役割があるにもかかわらず、情報の非対称性とプレーヤーの力関係のインバランスによってそれが働かないという欠陥が、今回の騒動で明らかになった。そうした観点から考えると、新電力が陳情すべき内容は救済ではなく、制度の見直しだ。

経産省不介入はなぜか 立ちふさがる「権限」の壁
D 東日本大震災の発生直後、JEPX価格が15円に跳ね上がると政府は市場に介入した事例もある。今回は200円を超えても放置した。市場を一時的に止める、ないしは適正価格を指導するなど、何らかの手を下すべきだったのではないか。
B 私は問題だとは思わない。それは今回の騒動が災害由来ではないからだ。日本には災害対策基本法で災害の定義がされている。洪水、地震、噴火などと異なり原子力災害は「政令で定める」として別カテゴリーで位置付けられているから大震災直後は災害対象となっただけで、事業者由来のアクシデントは一般的に災害とはなっていない。経産省もこの程度のことでは、市場調整メカニズムに委ねる基本姿勢を示したかったのだと思う。
―経産省は今回の事態について「数年に一度程度の寒波」と説明した。一方で有識者の一人は「災害級の事態」と話している。
D 人や建物に被害がなければ国は動かないのか。今回は全国で広範囲に電力がひっ迫するという、実質的には東日本大震災を超えるインパクトがあった。この状況を柔軟に判断し対処することも経産省には必要なはずだ。
B 原発事故の後処理も東京電力があれだけの責任を負っている。騒動の原因は電力会社がLNGのオペレーションを間違えたことと、制度設計に欠陥があった点に尽きる。国がすべきは、売り手・買い手が対等になれるような制度設計の見直しだ。
A 病気がはやらなければ対処法やワクチンが開発されないように、何か問題が起きなければ制度が是正されることはない。今回の事態はまさにそのきっかけになったので、ルール作りは変わっていくだろう。Bさん、Dさんの主張はよく分かるが、やはり現在の権限では経産省は介入しようがないと思う。
C 需給ひっ迫のピークを迎えた1月8日には電気事業連合会や大手電力各社が電気事業法第27条に基づく節電要請を経産省に求めた。しかし経産省は政治的な思惑を尊重してか、「それは絶対にダメだ」と突っぱねている。ウェブサイトなどでも需給ひっ迫関連の情報を一切出さなかった。事業者からは「極限の緊張状態にある」という切実な訴えが聞こえていたのに、おかしな話だ。
A その点は私もそう思う。コロナ禍による緊急事態宣言の発出などで国民の間に不満や不安が広まっている中で、全国的な電力不足が起きているというネガティブな話を表に出したくなかったのだろう。
―とはいえ、経産省はガス会社に対し大手電力会社にLNGを緊急融通してほしいとお願いしたり、石油元売り会社に対しても石油火力向けの燃料供給を要請したりしている。
C あくまで水面下の話だよね。一方で、梶山弘志経産相は連休明けの1月12日の記者会見で、記者から「なぜ節電要請をしないのか」と問われると、「切迫した状態にないので、効率的な電気の使用をお願いする」と答えた。この発言が事実上の政府から発出した節電メッセージになったが、既に需給ひっ迫はピークを過ぎていた。とにかく経産省はこの騒動で常にぼんやりしていた印象だ。
B 戦争などによる本当の緊急事態は、いずれ来ると思ったほうがよい。そのためには、新型インフルエンザ特別措置法のような、電力危機対応特別措置法のような緊急事態法制を定め、場合によっては発電命令を下す権限を経産省に持たせることなどが必要になる。そうした法制度を準備しなければならない時代になったことに気付かされた。