【多事争論】話題:石油火力発電所の維持
高いコストと環境負荷で閉鎖が相次ぐ石油火力だが、予備電源としての重要性はより増している。
脱炭素化の中で政策的に宙に浮くサプライチェーン維持に何が必要か、学識者が語った。
<石油火力のサプライチェーン 抱える三重苦とその克服策>
視点A:橘川武郎 国際大学大学院国際経営学研究科教授
今年1月に電力需給がひっ迫した際に、またもや、非常時用電源の「最後のとりで」としての石油火力発電の活躍に光が当たった。Jパワーが、設備故障で停止中だった松島石炭火力発電所(長崎県西海市)を重油を燃料にする「石油火力」として緊急稼働させ急場をしのぐ一助にしたことは、それを象徴する出来事であった。近年、自然災害の激甚化などに伴い、最後のとりでとしての石油火力の出番は増えている。しかし、ここに大きな問題がある。石油火力のサプライチェーンを維持することは、大きな困難が伴うのである。
まず、石油火力の発電コストは高い。現行の電源ミックスを決めるに当たって、発電コスト検証ワーキンググループが2015年に試算した結果によれば、政策経費込みの1kW時当たり発電コストは、原子力が10・1円以上、一般水力が11円、石炭火力が12・3円、LNG火力が13・7円、風力(陸上)が21・6円、大規模太陽光が24・2円。これに対し、石油火力は30・6~43・4円に達した。小売り全面自由化もあって厳しい市場競争にさらされている電力業界にとっては、石油火力を維持することは経営に打撃を与えかねないのである。
石油火力で使う主要な燃料はC重油であるが、その需要は急減している。これが第2の問題である。昨年7月16日付日本経済新聞の記事「C重油需要、5年で6割減 石油火力の停止響く」によれば、20年1~5月期のC重油の国内販売量は約263万㎘で、5年前の同時期より約6割減少した。
同じ時期にガソリン需要も約2割、軽油需要も約1割減ったが、減少率はC重油が図抜けて大きかった。これに伴い発電用C重油価格も低落傾向をたどっており、石油業界は製油所の操業において、販路確保が難しく利幅が少ないC重油の産出高を可能な限り抑制するよう努めている。さらに09年に施行されたエネルギー供給構造高度化法によって重質油分解の促進が義務付けられたことは、石油業界がC重油を「やっかいもの」扱いする傾向を加速させた。
三つ目の問題は、製油所から発電所へC重油を運ぶ内航船の減少だ。通常時に「白物」と呼ばれる軽質油を運搬している内航船を非常時に「黒物」と呼ばれる重油の輸送に充てると洗浄が困難なため、再び白物運搬に復帰させることは不可能に近いといわれている。内航船業界が船舶を需要が多い白物用に回し、黒物用に使うことを忌避するのは経済的に見て当然の行為だといえる。
ここまで述べてきたように、石油火力のサプライチェーンには、①発電コストの高さによる電力業界の石油火力離れ、②需要減や価格低下による石油業界のC重油離れ、③需要減と扱いにくさによる内航船業界の「黒物」輸送離れ―という三重苦が存在する。この三重苦を克服することは容易ではない。
先送りされたままの具体策 カーボンニュートラルでさらに逆風
電力広域的運営推進機関は、16年10月31日の「調整力及び需給バランス評価等に関する委員会」の会合で、石油火力のサプライチェーンについて掘り下げた検討を行った。その際事務局が配布した「大規模自然災害対応としての石油火力維持の必要性について」と題する文書は、「まとめ」の中で「広域機関において、今回の内容にあるような稀頻度リスク対応のための供給力について、その量や性質のあり方などを引き続き検討するとともに、本課題の重要性に鑑み、国においてもその必要性について検討が行われることが望ましいのではないか」「足下では、石油火力が有効であることも念頭に置きつつ、災害対応用電源の確保の必要性を検討する必要があるのではないか」、と書いている。
ここでは、石油火力のサプライチェーン維持の重要性は指摘されたものの、具体策の導入については将来の課題として先送りされたのである。
残念ながら、現在でもこの先送りは続いている。例えば経済産業省は、確保すべき石油備蓄の規模を算定するため、毎年、向こう5年間の石油製品需要見通しを策定しているが、そこでは「電力用C重油の需要見通しについては、一部電源の供給が見通せないことから策定せず」という方針が取られている。
石油火力のサプライチェーンが抱える三重苦は、最近になってカーボンニュートラルへの動きが強まる中で一層厳しさを増している。石油火力を含む火力発電所や石油製品を生産する製油所に対して、逆風が吹き始めているからである。三重苦を市場メカニズムで解消することは困難であろう。政府が前面に立ち、三重苦の克服策を打ち出す時が来たと考える。
きっかわ・たけお 1975年東京大学経済学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。一橋大学商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て20年4月から現職。