【羅針盤】三井久明/国際開発センター SDGs室長・主任研究員
SDGsは国際的な開発目標であるが、特に拘束力があるものではない。それにもかかわらず、多くの企業が積極的に取り組んでいる。その理由を六つの視点から説明する。
SDGs(持続可能な開発目標)の経営活用についての関心を受けて、『SDGs経営の羅針盤』を刊行した。前回では、内容や背景、「持続可能」の意味について説明した。第2回では、なぜ民間企業にとって重要なのかについて解説する。
SDGsと経営戦略 ESGとの共通課題
SDGsとは、2015年9月の国連総会で採択された『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』の中で示された国際的な開発目標である。単なる開発目標であり、拘束力があるものではない。民間の企業にとって取り組むことは全く任意であり、何の義務もない。
しかしながら、今日多くの企業が強い関心を示すようになっている。経営戦略の中でSDGsを位置付けるべく試行錯誤を続けている企業が増えてきている。それはなぜなのか。民間企業が取り組む理由を六つに分けて説明する。
民間企業のビジネスとSDGsとの関係で一番分かりやすいのは、地球温暖化からのつながりであろう。地球温暖化の防止はSDGsの複数のゴールに関わる重要なテーマである。地球温暖化は、今日では日本でも身近な話題になっている。石油、石炭といった化石燃料の大量の燃焼が、温室効果ガスの排出量を急増させ、地球温暖化に拍車を掛けていることが意識されるようになった。
こうした状況下では、化石燃料の利用を前提とするビジネスは成立が難しくなる。大量の化石燃料を利用するビジネスは、次第に国際的なバリューチェーン上から排除されていくこととなる。すなわち化石燃料に依存するビジネスは中長期的に持続可能でないことになる。
世界では人身取引や借金などを通じて、劣悪な労働環境の下で低賃金労働を強いられるケースが後を絶たない。こうした強制労働や児童労働に対する国際的な非難は次第に高まっており、これに関わる企業には社会から厳しい目が注がれるようになっている。スマホやSNSの普及によって、アジア諸国の一工場の労働問題が容易に世界に広まることになる。グローバル展開する企業にとって、サプライチェーン上の人権や労働問題に目を向けないことは大きな事業リスクになる。現状を把握し、問題が明らかになった場合はこれに適切に対処しなければならない。人権や労働問題はSDGsではゴール8の領域であり、これへの取り組みが不可欠となる。
SDGsが国連総会で採択されたのは15年であったが、その9年前の06年に当時の国連事務総長であるコフィー・アナン氏が「責任投資原則(PRI)」 を金融業界に対して提唱した。機関投資家に、ESG課題という概念を用いて、環境、社会、ガバナンスの三つの観点から投資判断することを求めた。SDGsとESG課題には共通する部分が多く、両者は不可分である。さらに、近年になり、銀行や保険など機関投資家以外の金融サービス業にも、責任投資原則の考え方が広まってきている。社会や環境の持続性を考慮せず、SDGsに積極的に取り組まないビジネスは、金融機関にとって長期的に持続性に欠けると判断され、投資や融資などの対象から外されることとなりかねない。

昨年末に日本経済新聞社は、上場企業など国内637社についてSDGsへの取り組み状況を評価し、偏差値で格付けした。そして各社の評価点と財務指標を比較した。その結果、SDGs経営調査で評価点の高かった企業は、自己資本利益率や売上高営業利益率といった点で収益力が比較的強いことが分かった(図参照)。
本来、SDGsへの取り組みは企業の中長期的な価値創造を目的とするものであり、短期的な収益力強化を意図するものではない。だが、取り組むことが業績向上の妨げになるといった見方が必ずしも適切でないことがこうした調査結果に示された。