<出席者>電力・石油・ガス・マスコミ業界関係者/4名
政府は福島第一原発敷地内にたまるALPS処理水の海洋放出を決めた。
人体・環境への影響は考えられないが、韓国・中国は決定に強く反発している。
―政府は4月13日、関係閣僚会議で福島第一原子力発電所にたまり続けるALPS処理水の海洋放出を決めた。これが翌日の大手紙1面を飾り、各テレビ局も取り上げていた。
電力 原発サイト内が処理水のタンクだらけになってきて、マスコミはそれを度々報道していたから、世間の関心も高まっていた。新聞やテレビが大きく取り上げるのは当然だった。
放出するトリチウム量がごくわずかで、魚などを通じて人体への影響がないことは、かなり国民に伝わっていたと思う。世界中の原発で日常的に放出が行われていて、フランスの再処理施設などでは桁違いの量を海に流している。冷静に受け止められたと思う。
石油 政府は、「健康に影響ありません。福島県の人たちのために風評に惑わされないようにしましょう」と言う。その通りだと思う。だが、新聞はそう書いても誰も読まない。ある程度、扇情的に書かざるを得ない。
しかし、朝日、毎日はやりすぎだった。中でも朝日は14日の1面で、「わが家を追われ、仕事を失う苦しみに耐え、ようやく復興の兆しが見えてきたいま…(中略)いつまで苦痛を強いられるのか」と情緒的に批判した。ミャンマーのロヒンギャ難民のことを書いているのかと思った。
―福島県の人たちには歓迎できないことだと思うが、IAEA(国際原子力機関)も海洋放出を認めている。
水俣病と比較すると…… 韓国・中国には好材料
ガス 水俣病とかイタイイタイ病とか、過去には多くの人たちが苦しんだ深刻な公害病があった。それらと比較すると、トリチウム水の海洋放出は、蚊に刺された程度だろう。
注意しなければいけないのは風評被害の方だ。それなのに、朝日、毎日の記事はかえって風評をあおるとしか思えない内容だった。
電力 朝日は、14日に韓国・中国政府の談話を囲み記事で掲載している。韓国も中国も、自分たちの原子力施設で放射性物質を海洋放出している。トリチウム水が無害なことは分かっているはずだ。
韓国は従軍慰安婦や徴用工問題と、どう考えても理屈が通らないことで日本政府と対立している。文在寅政権は土地の不正購入疑惑などで支持率が落ちて、ソウル・釜山の市長選でも与党が負けた。来年の大統領選を前に窮地に陥っている。海洋放出は国民の反日感情に訴え、求心力を高める格好の材料だった。
中国も、新疆ウイグル自治区の人権弾圧や香港での民主派排除などの問題を抱えて、国際的な批判を受けている。海洋放出は批判の矛先を変える絶好の機会だったはずだ。
石油 韓国も中国も自国の放出を棚に上げて批判しているが、彼らの海洋放出を読売と産経は14日に伝えている。福島第一原発での海洋放出は、年22兆ベクレルを下回る量にとどめる。だが記事によると、過去に韓国は月城原発で年136兆ベクレル、中国は大亜湾原発で年42兆ベクレルを放出している。
―それを伝えない新聞はやはり偏っている。
マスコミ 菅義偉首相は昨年10月くらいから既に海洋放出を決めていて、世論の動向などを見てタイミングを計っていたようだ。
政権が発足して、新型コロナウイルスの感染拡大などで支持率が下がった。その時は「短命政権かな」と思った。だが、首相に近い議員の不祥事や新型コロナの第3波があっても、支持率は持ち直していた。
海洋放出でも首相は当然、支持率を気にしたと思う。だけど、前政権ができなかったことに、毅然として踏み切ったことはむしろ評価されたんじゃないか。それに韓国や中国の態度を見て、普通の人なら「彼らの方がおかしい」と考える。放出は意外と、菅政権に有利に働くかもしれない。
―しかし、福島県や周辺の漁業関係者にとっては、将来の生活に関わることだ。
電力 マスコミは漁業関係者の反発を大きく伝えている。確かに、福島県で漁業に携わる人たちは、釈然としないだろう。一方で、福島第一原発サイト内のタンクが増えてきた頃から、東京電力の関係者は福島県の漁協関係者と連絡を取り合っていた。理解を示してくれる幹部もいた。
与党の水産族の国会議員も、漁協幹部と水面下で話し合い続けている。7日に全漁連の岸宏会長が官邸に呼ばれ、首相から海洋放出の方針を聞かされた。面談が終わった後、岸会長はぶぜんとした表情で記者会見に応じた。けれど、そばにいた記者に聞くと、話し合いがついていることは見え見えだったらしい。
気候変動の記事にバラツキ 朝日・毎日に優れた記事
―話を変えるが、菅首相が15日訪米した。気候変動対策が大きなテーマになっている。
マスコミ 首相は新たに2030年に13年度比で45%減の目標を打ち出したけれど、そこに至るまでの経緯を正確に報道する新聞がなかった。
ガス やはりそこは日経が強い。ただ、記者はたくさんいるが、記者同士の連携が取れていないせいか、記事によって精度にバラツキがある。
その点、朝日は経産省と環境省の記者が連絡を取り合っている。毎日も優秀な記者が担当している。それで優れた記事が多い。朝日の「45%なら(EU、米国に)見劣りしない」というのは正しいし、毎日は唯一、「米国は05年比で50%減」と正確に伝えていた。
―原子力も正確に伝えてほしいけど。