首相の指示という政治介入で、カーボンプライシングが再びエネルギー・環境政策の表舞台に引っ張り出された。経済を痛めないよう現実解を探る経産省に対し、炭素税導入が悲願の環境省は、意外にも攻めあぐねている。
長年膠着状態にあったカーボンプライシング(炭素価格付け、CP)の議論が、政治介入で新たな局面を迎えている。昨年末に菅義偉首相が、梶山弘志経済産業相と小泉進次郎環境相に連携してCPを検討するよう指示。年が明け、菅首相が通常国会の施政方針演説で「成長につながるカーボンプライシングに取り組む」と正式表明したのだ。環境省幹部は「環境省単独で審議会を開く状況が長く続いてきたが、ステージが変わった」と強調する。
さらに2月5日の衆院予算委員会で、菅首相が踏み込んだ発言をしたとの一部報道もあった。立憲民主党の岡田克也氏が、地球温暖化対策税(温対税)の税収見込みでは温暖化ガスの削減効果が乏しいと指摘したところ、首相は「数千億円ではなくどんどん増やしていかないといけない」と回答。だが、どうも前後の文脈からすると、首相が「増やさないと」と語ったのはカーボンニュートラル(実質ゼロ)対策全般についてのようだ。「まさにこれから経産省と環境省で議論を始めるというタイミングに、国会で先取りするような発言をするわけがない」(霞が関関係者)。首相の年末の指示以降、官邸からCPの具体的な話は降りてきていない模様だ。
今回、どんな着地点に降り立つのかは議論の行方を見守る必要があるが、経産省の狙いは、昨年末の段階から透けて見えていた。
成長戦略で透けて見えた方針 経産省は時間軸を意識し検討
実質ゼロの実現に向け、経産省を中心に作成された政府の「グリーン成長戦略」のCPに関する記述にそれが表れている。従来は炭素税と並ぶ論点とされてきた排出量取引を、「クレジット取引」の一種と整理した点がポイントだ。課題が多い排出量取引より、非化石証書やJクレジットなど、既存制度の強化や対象の拡充を強調した書きぶりにした。
新たな論点として、炭素価格が低い国からの輸入品に課税する「国境調整措置」も取り上げた。EUで制度設計が進んでいることに加え、米国バイデン政権も公約に掲げており、世界的な動きを意識してのことだ。一方、炭素税は「専門的・技術的な議論が必要」と従来の見解をなぞるだけにした。
経産省は「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」を新設。6月ごろ策定される成長戦略に反映させるため、それまでに中間整理を行う予定だ。2月17日の初会合では、グリーン成長戦略からさらに肉付けする形で、いくつかのポイントが示された。特に強調されたのは、時間軸を意識したポリシーミックスの視点だ。
「CPには炭素税や排出量取引以外にもさまざまな手段がある。企業の行動を変えるには代替手段に導く必要があるが、現時点で選択肢はそれほどなく、いま炭素税などを入れても逃げ場がなくなるだけだ」(経産省幹部)。エネルギー諸税や、証書・クレジット、FIT(固定価格買い取り制度)など既存施策のほか、民間の取り組みも組み合わせ、ダメージを与えず行動変化を促す仕掛けを模索する。
エネルギー諸税などの扱いも整理する必要がある
例えば既存施策の活用は、トランジション(低炭素化への移行)を促す短期的手法としてイメージする。一方、国境調整措置は中長期のイメージだ。導入の是非ではなく、EUなどの仕組みが固まらないうちに、公平な競争条件を確保できるような原則論を日本側から発信したい考え。産業技術環境局だけでなく、通商政策局などとも情報共有しながら進めていく。
こんな見方もできる。「国境調整措置の話では、炭素価格がいくらなのかという話に触れざるを得ない。日本の公式的な価格は温対税のCO2t当たり28
9円だが、相手国に額面だけで低いと見られたら、日本の不利になる」(エネルギー業界関係者)。日本のエネルギー諸税はCO2t当たり約4
000円という水準にあり、FITなどの負担も大きい。だからこそ、これまで炭素価格としての扱いがあいまいだった既存施策もきちんと整理することが重要になる。ただ、「日本の温対税率では不十分だから炭素税が必要、と主張してきた環境省幹部は、この議論を嫌がるだろうけどね」(同)。
方向性見えない環境省 落としどころに悩み
では、1日に「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」を1年半ぶりに再開させた環境省は、どんな戦略なのか。検討事項として、①成長に資するCPはどのようなものか、②国境調整措置や排出量取引などに関する世界情勢を踏まえ、日本はどんな対応を取るべきか、③それらを踏まえ具体的にどんな制度設計が考えられるか―を提示。「成長に資するかどうか、さまざまな手法ごとに課題を整理していく。間口を広く、丁寧に議論を重ねていく」(環境省幹部)方針だ。ただ、具体的な論点は示されなかった。
CP導入のチャンス到来かと思いきや、同省は落としどころに悩んでいるように見える。
2019年夏にまとめられた同小委の中間整理は両論併記にとどまり、考えられる炭素価格の水準や、そのCO2削減効果、影響などについて、「今後の定量的な議論が重要」としていた。しかし、「前回よりは具体的に示したいが、税率の目安といった生々しい話は難しい。定量的な議論をするかどうかは要検討だ」(同)。
同省の本命は炭素税のはずだが、コロナ禍で経済が痛んでいる今、「成長に資する」という条件をどうクリアするかは難題。ここで無理な勝負をしかけても、条件に引っ掛かり中途半端な形になりかねないし、経済界も交えて丁寧に積み重ねてきたこれまでの議論をぶち壊すことは望んでいない。
同省は年内にとりまとめを示すとしているが、夏には22年度税制改正要望のリミットもある。また、小泉氏はCPを今年の最重要課題と位置付けており、選挙のタイミングなども議論の行方に影響しそうだ。CPには税制が絡むだけに、これまでも節目では政治介入があったが、今回はどんな展開が待ち受けるのか。