【政策・制度のそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2024年11月号)


オゾン層の現状/輸入木質バイオマスの効果

Q 現在、オゾン層の状況はどうなっているのでしょうか?

A「オゾンホール」は南極上空のオゾン量が極端に少なくなる現象で、地表からの高さ20〜30㎞の成層圏にあるオゾン層に穴の空いたような状態にあることから名付けられました。生物に有害な紫外線をオゾンが吸収することができなくなり、紫外線が地上に届いて悪影響を及ぼす恐れがあります。オゾンホールは8~9月に発生し11~12月に消滅する季節変化が、1980年代から衛星によって観測されています。2023年のオゾンホールは南極上空で8月上旬に現れた後、9月21日に年最大となりました。

電化製品から捨てられたフロンがオゾン層を破壊することが判明した後、フロンの生産は1987年9月に採択されたモントリオール議定書で全世界で禁止されました。日本では2001年4月から家電リサイクル法によりフロンの回収が義務付けられています。23年1月に国連環境計画と世界気象機関は、このままフロンガス規制が続きオゾン層の回復が進めば、南極で66年ごろ、北極で45年ごろにオゾンホールが1980年の水準まで戻ると発表しました。一方、フロンから温室効果の大きい代替フロンへの転換が進んだ結果、地球温暖化を悪化させている負の現象もあります。

南極上空のオゾンホール発見から40年でオゾン層破壊のメカニズムが世界で認知され国際条約にまでこぎつけました。地球温暖化と比較すると、自然現象の理解が容易でコンセンサスが得られやすかったことが規制に成功した理由です。

フロンを生み出したのは人間ですが、その破壊を予測し制御するのも人が生み出した科学の力です。楽観視は禁物ですが規制の成果に期待し、さらなる観測データの収集を待ちたいと思います。

回答者:鎌田浩毅 /京都大学名誉教授 京都大学経営管理大学院客員教授)


Q 輸入木質バイオマスの利用は、日本の温暖化対策にどの程度の効果をもたらしますか?

A 日本で燃やされたバイオマスは、輸入材であっても排出量はゼロとカウントされます。これはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ガイドラインにおいて、バイオマス由来のCO2の燃焼はゼロとすることが決まっているからです。ただし、国内の内航船による輸送や港湾・発電所におけるハンドリングに伴う排出は計上されます。原産国でのバイオマス燃料の生産や収穫、加工に伴う排出は、原産国の排出になります。木材の伐採に伴い森林の炭素蓄積が減少した場合は、原産国の土地利用部門において排出と計上されます。

国をまたぐ海上輸送では、排出量の特定の国への帰属が難しいため、国際管理することになっています。海上輸送については国際海事機関の目標「2050年ごろまでにGHG(温室効果ガス)排出ゼロ」に沿って削減を進めることとなります。一方で、地球温暖化防止を法律の目的の一つとしているFIT/FIP制度においては、ライフサイクルアセスメント(LCA)に基づく評価を行い、火力発電の加重平均である1MJあたり180g-CO2電力に比べて70%以上の削減を求めています。この計算は、IPCCガイドラインなどとは別に、FIT/FIP制度で支援を受けている各発電所が尊守すべき持続可能性の一つの要素として、あるべき姿を求めているものと言えます。

この時のバイオマス発電の排出の計算には、燃料の原産国における栽培・加工から輸送、そして日本での発電工程までのライフサイクルGHGが含まれます。発電工程で発生するバイオマス由来のCO2は、IPCCガイドラインやEUなどの取り扱い同様、ゼロとしていますが、メタンや亜酸化窒素については計上が必要です。

回答者:相川高信 /PwCコンサルティング合同会社マネージャー

【需要家】複雑化する脱炭素対策 自治体の在り方問われる


【業界スクランブル/需要家】

ある自治体の地球温暖化対策に関する委員会を10年ほど前から傍聴している。

委員会には地域のエネルギー事業者、大口需要家、一般市民などが参加し、自治体の区域施策について活発な議論が行われるが、地域の主要なステークホルダーが一堂に会する中で、需要家が直接意見を述べることができる貴重な場となっている。毎回市民からは積極的な意見が寄せられ、自治体の取り組みに対し市民が主体的に関わる機会の重要性を認識している。

10年ほど傍聴を続ける中で、近年は市民の気候変動に対する危機意識が非常に高まっていることを感じている。その一方で、カーボンニュートラル実現に向けてエネルギーミックスや対策の在り方が複雑化しており、自治体の脱炭素対策に対する需要家の理解促進が一層必要であることにも気づく。

この点で、自治体による広報・啓発活動の役割はより大きくなっているが、資料や情報を需要家が認知し、確認、実行してもらうまでのハードルが高い実態もあるだろう。

筆者は最近、コミュニティデザインによるまちづくりの事例を聞く機会があった。コミュニティデザインとは、あるテーマに対するワークショップなどを通じて、住民を主体とした自走的なコミュニティ形成を促す手法である。

自走までの道のりは容易ではないが、人と人が関わりあうことによる取り組みの大きな波及効果が期待できる。

自治体からの一方通行の情報提供ではなく、こうした手法を活用し、需要家がより主体的に対策を取り組むことのできる環境づくりに大きな検討の余地があるのではないかと考えている。(K)

HP応用で効率的に蓄熱蓄電 大規模貯蔵を見据え技術開発


【エネルギービジネスのリーダー達】岩田貴文/ESREE Energy代表取締役

ヒートポンプ技術を活用した蓄熱蓄電システム「PTES」の技術開発を手掛ける。

今年度、環境省のスタートアップ支援を受けたことで、実用化への動きが注目されている。

いわた・たかふみ 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程修了後、2013年に経済産業省に入省。再生可能エネルギー政策、産業技術政策などを担当した。19年に退職し、起業から売却までを経験した後、23年5月にESREE Energyを設立。

「安価な長期貯蔵向け蓄電システム(LDES)を国内サプライヤーとともに製造して、経済安全保障の強化につなげたい」

こう語るのは、スタートアップ企業であるESREE Energy(エスリーエナジー)の岩田貴文代表取締役だ。昨年5月に創業し、ヒートポンプ(HP)技術を活用した蓄熱蓄電システムPTES(ポンプド・サーマル・エレクトリシティ・ストレージ)の技術開発を手掛ける。


容量1000MW時を構想 三つの課題に着手

同社が開発中のPTESは、HPサイクルとランキンサイクルという熱サイクルを組み合わせていることが特徴だ。再生可能エネルギー由来の余剰電力を活用してCO2のHPサイクルを回し、熱と冷熱を発生させ熱エネルギーとして一時的に保存。電力必要時には、加圧した液体のCO2をその熱で加熱して高圧の気体に変換し、タービンを回すことで発電する。タービン通過後のCO2は冷熱で冷まされ再び液体に戻る。貯蔵した熱と冷熱が蓄熱材に存在する限り、このサイクルを回して電力として取り出せる。

HPを活用することで、少ない電力から多くの熱を生み出せるため、充放電効率は高い。安価な蓄熱材を組み合わせ、低コストかつ高効率なPTESの開発を目指している。

再エネ導入量が拡大する中、効率的に大規模蓄電を可能とする脱炭素社会実現の鍵として、2030年度までの実用化を目標に掲げる。将来的には、1000MW時の蓄電容量を構想する。まずは小型実証でのPTESの原理検証、商用機のプラント設計、要素技術開発の三つに取り組み、足もとの課題をクリアした後に、パイロットプラント実証へと事業を進めていく方針だ。

昨年度始めた原理検証では、エアコンを用いた実験を行っている。原理がHPと同じエアコンは原理検証にはうってつけだという。具体的には、エアコンを冷房運転し、本体と室外機から排出される冷気と廃熱を蓄熱材に貯蔵。この熱エネルギーを用いて発電するというものだ。他方、安価な蓄熱材の開発については、大学と共同で研究を進めている。


官僚時代にエネ貯蔵関心 技術開発で問題解決へ

起業に至る問題意識が芽生えたのは、経済産業省に勤務していた時のことだ。13年に入省。資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部で、再エネの将来導入量の検討や発電コスト検証などを担当した。その頃、九州電力管内で出力抑制が実施される見込みとなったことから、再エネ併設型の蓄電池の導入補助に関する政策の策定にも携わった。その当時の経験から「再エネが増える中、エネルギー貯蔵は重要だ」と考えるようになった。

再エネ政策のほかには、産業技術政策にも携わった。この時、人口減少が進む日本では、技術革新が求められることになるだろうと強く感じるようになった。

再エネ、そして産業技術政策を経験したことで「エネルギー問題をイノベーションで解決することをライフワークにしたい」と思い立った。19年に退職し、障がい者雇用のデジタル化推進事業で起業。22年に同事業を関西電力に売却し、エスリーエナジーを起業した。

一般的にリチウムイオン電池が不向きとされる長時間の蓄電の技術には、揚水発電や圧縮空気貯蔵といった安価な手法があるが、これらには立地制約が伴う。蓄熱蓄電システムに着目したのは、立地制約が少なく、安価な蓄電手法となり得るからだ。ただ、一般に、蓄熱蓄電は安価である反面、充放電効率が低い。そこでHPの原理を活用するPTESに目を付けた。

「長期間、かつ大容量に貯蔵できるLDESは、変動性再エネの普及で増加する余剰電力を吸収するのに最適。競争市場で生き残るには低価格な製品でなければならない」と、安価な蓄熱材を組み合わせることで、トータルの設備コストを抑えられるPTESの可能性を強調する岩田氏。さらには、短期貯蔵向け蓄電システムの代表格であるリチウムイオン電池の生産で中国に依存してしまっていることを踏まえ、「国内サプライチェーンで製造できる体制を整える必要がある。経済・エネルギー安全保障の観点からも貢献したい」という。

実用化に向けて注力しているのはパートナー企業探し。1000MW時級では、サッカーコート三面ほどの蓄熱材の面積を必要とするため、大型プラントの建設に向けた技術や設備、知見の積み上げが急務だ。

「課題は山積み……」と苦笑いを浮かべつつ、どこか楽しげな表情で取材に応じた岩田氏は、電力部門の脱炭素化の課題を技術革新で解決へと導くことに強い意欲を見せた。

【再エネ】営農型太陽光の苦悩 基準クリアに壁


【業界スクランブル/再エネ】

昨今、農業分野においてエネルギー代金の高騰やスマート農業による電力需要の増加などを背景に、営農型太陽光発電への期待が高まりつつある。一方、その導入では二の足を踏んでいる。

営農型太陽光は、農地の上に比較的簡易的にパネルを設置するモデル。2013年以降、追尾型・一本足型・垂直型両面パネルなど日本各地で実証レベルの導入が進んだ。設備導入に必要な一時転用許可を得るためには、農作物の生育に適した日照量を保ち、農業機械などの利用が可能な高さであること、といった厳しい基準をクリアする必要がある。特に収穫量は従来の8割以上と定められ、これが難しい。太陽光と光合成に必要なタイミングの重なりや天候によって、想定される発電量に満たないことがあるからだ。

今年8月には許認可を得ずに営農型太陽光を設置する違反が342件に急増。さらに、許可を得た後に作付け作物を変更した割合は半数超という。最近では、パネルに使用される鉛やセレンなどによる土壌汚染防止にも配慮が求められるなど、課題は多い。

今後、より大規模な農地に普及させ事業性を確保していくためには、必要な日照量が少ない作物の上部に設置することがポイントとなる。例えばブドウは温暖化の影響で着色不良を起こす可能性が高いとされ、営農型太陽光との相性が良いと言えるだろう。適する作物や生育条件を明らかにすることが重要だ。ただし他地域で成功したからといってどの地域でも成功するとは限らない。農作物の生育条件は地域や気象条件によって大きく異なり、何より試験データの蓄積とガイドラインの整備が急務なのである。(K)

自前風力の地消目的で新電力参入 九州域内のニーズに手ごたえ


【事業者探訪】ワット

陸上風力発電事業を軌道に乗せ、再エネの地消にこだわる地域新電力として存在感を示す。

手堅いニーズを受け九州域内で供給を拡大。再エネを原資とした地域活性化の絵を描く。

地域新電力の経営モデルでは、自治体が出資するケースが一般的だが、鹿児島県薩摩川内市には一味違った事業者が存在する。九州電力・川内原子力発電所の立地地域で陸上風力12基を運営するワットは、地産地消の本格推進を目的に、2022年に電力小売事業に参入した。市や大手企業などの資本参画なしに、自前で再エネ100%電気の供給拡大を目指している。

久保常務。手元は自社販売の焼酎

同社は06年、環境・リサイクルビジネスを営んでいた永田善三代表が、再生可能エネルギー分野に新規参入すべく設立した。社名は、電力の単位のWと、「Wind(風)、Amuse(楽しませる)、Tackle(取り組む)」に由来する。FIT(固定価格買い取り)制度検討前から風力発電事業を計画し、資金調達や系統接続、環境アセスメントなど建設までに時間を要したが、14年10月に念願の運転開始に至った。

現在グループ会社が運用する「柳山ウインドファーム(WF)」は出力2・76万kW(2300kW×12基)、年間発電量は約5000万kW時で、全量FITで売電する。市内外の視察や環境学習、九電主催の原発と併せた視察ツアーの受け入れ、売電収入の一部地域還元などに取り組み、周辺では風力開発を巡るトラブルも発生しているが、柳山WFは地元に親しまれつつ10年間稼働を続けてきた。

発電事業が軌道に乗る中、ある日見学に来た児童が「この電気はどこに行って誰が使うの?」と質問。この問いかけで、地場電源は地消してこそ、と改めて思い至った。トラッキングの仕組みができたこともあり、2年前、自社再エネを地域に供給する事業基盤を整えた。

県内にはいくつか地域新電力があるが、再エネへのこだわりは同社が随一だと自負する。加えて、原子力や火力なども含めバランスの取れたエネルギーミックスが必要とのスタンスだ。

常務を務める久保信治・企画戦略室長は、市の次世代エネルギー対策監などを経て、数年前に入社。今は民間の立場で、「地域のさまざまな困りごとを再エネ100%の電気を活用して解決したい。そして新ビジネス創出による地域貢献を目指したい」と展望を描く。


全量実質CO2ゼロで供給 県外に多くの需要家

小売事業は市場価格高騰という厳しい環境下での船出となったが、同時期に倒産した県内の有力新電力の需要家を受け入れたことが、むしろ事業開始の後押しになった。同社が販売する「W(ダブル)電力」は、特定卸供給で柳山WFの電気を調達し、全量再エネ指定非化石証書付きでCO2排出実質ゼロの電気として供給する。「顔の見える電力」がコンセプトの在京企業のバランシンググループ(BG)を活用している。

柳山WF。すぐそばには原発や火力が立地する

プランは2種類で、「RE100プラン」は原則FIT電気100%で、九電の標準料金を下回る水準に抑えた。もう一方の「バリュープラン」はさらに価格を抑え、電源の2割は市場調達などで賄う。販売量は初年度約680万kW時からスタートし、23年度が約2330万kW時、24年度は約4500万kW(予定)と順調に拡大中だ。契約件数は今年9月時点で1000件超となり、国・県・自治体施設、法人、個人と幅広く供給する。

特徴は、地域新電力でありながら県外の需要家が多い点。グローバル企業にとって再エネ調達が課題となる中、同社のプランが貴重な選択肢となっているのだ。熊本県内の半導体や自動車関連工場、そしてゼロカーボンを目指す佐賀県小城市など、供給先は九州域内に広がっている。逆にお膝元では、地域の雇用に原発が欠かせないこともあり、切り替えに慎重な傾向が強いという実情もある。

【火力】不安残す電力需給対応 最善策の検討重要


【業界スクランブル/火力】

今年は9月に入っても厳しい残暑が続き、第3週には東京エリアで電力需給ひっ迫の可能性があるとして、電力広域的運営推進機関から東京電力パワーグリッドに対し、電源の作業停止計画の調整を行うよう要請が出された。発電事業者の協力もあり電力の供給支障は避けられたが、最善の策だと思えない。

電源の作業停止は、内容がさまざまとはいえ、設備の安定運用に関わるものであり、秋口に需給が緩むのを待ち構えて予定されることも多い。作業停止の日程が変更された場合、延期した作業内容を適切にリカバーしないと、設備の信頼度に悪影響を及ぼすだけでなく、準備作業や技術・作業員を確保するためのコストが無駄になってしまう。

現行の問題点は、一般送配電事業者からの要請が直前にならないと確定しないことだ。時間的余裕があれば、複数の対応策から最善の策を選びだすこともできるだろうが、こんな出たとこ勝負のやり方では融通を利かせることなどできるはずもない。泥縄の安定供給確保策のためのコストは結局、需要家へ負担となって跳ね返ることになる。

発電設備の補修計画を最適化するためには、週間や月間といった時間軸で需給状況を予測・調整する仕組みが必要だ。しかし、調整力の市場改革の議論では、再エネの予測誤差を抑えることばかりに注目が集まり、約定のタイミングを実時間に近づける方向となっている。さらに、システム改革で各部門間の情報が遮断されては、作業日程を調整しようがない。

競争の効果を否定するものではないが、情報共有の在り方について全体最適の視点から再検討をすべきだ。(N)

エネ産業のダイナミズム 過去から現在を振り返る


【リレーコラム】伊藤 剛/EX4Energy株式会社代表取締役社長

2011年の東日本大震災震災前、私は電機メーカーの海外展開支援を担当し、米国や欧州で規制当局と交渉しながら、現地のスタートアップやユーティリティ企業との提携を通じた事業開発を推進していた。

当時、日本では電力自由化の影響は限定的で、主な競争は電気とガスなどエネルギー間競争に限られ、スタートアップの影響は限定的だった。

しかし震災後、状況は一変してしまった。これを契機に日本の電力システム改革は急速に進展し、再生可能エネルギーのFIT(固定価格買取)制度が導入されたことで、特に太陽光発電を中心に再エネが急速に普及することとなる。

エネルギー市場の自由化が進む中、スタートアップは重要な役割を担うようになり、その変化を実感した。17年には「エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ」という書籍の共著者として参加し、その出版記念イベントではサムライインキュベートの榊原健太郎代表取締役に登壇していただいた。この瞬間は、エネルギー産業の変革を象徴するものだった。

その後、私はコンサル業界を離れ、スタートアップとしてエネルギー業界に本格的に関与するようになった。すでに多くの先行スタートアップが業界で重要な役割を果たしており、私たちもまた、より良いエネルギー産業を創出するために活動している。


エネルギー業界は大きく変貌

この道のりを振り返ると、00年代初頭の電力自由化の初期段階を思い出す。当時、情報通信産業が急速に革新を進める一方で、エネルギー業界の変革が遅れていることにいら立ちを感じていた。一方、公益事業者としての責任感や社会インフラを支える企業の重要性に気付かされた。

当時、エネルギー業界は「退屈」と見られ、変化が少ない業界であったが、現在では急速な技術革新と気候変動対策の要請により、ダイナミックな産業へと変貌を遂げた。エネルギー業界は今や、社会や産業の変革を左右する重要な役割を担っているが、急速な変化に伴うリスクも存在し、かじ取りを誤れば業界全体が混沌と化す可能性も秘めている。

私たちはこのダイナミズムをチャンスと捉え、持続可能なエネルギーインフラを構築し、新たな社会を支える基盤の構築を目指している。この新しい時代において、私たち一人ひとりが果たすべき役割は大きく、「より良い未来を実現するために、共に挑戦していきましょう」。

いとう・たけし 20年以上、国内外における環境エネルギー分野のコンサルティングビジネスに従事し、「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」の出版を契機に起業する。

※次回は、リゾナンシアの関口美奈代表です。

【原子力】原子力活用が世界の主流 石破首相の理解度は


【業界スクランブル/原子力】

石破茂政権下での衆院選である。自民党のある議連が行った総裁選立候補者9人への原子力に関するアンケートによると、国を任せられないとの評判が固まりつつある元首相の息子が回答拒否したことを除く8人の中で、石破氏は最も消極的であった。立地地域の避難道路の整備や規制行政の改革、核燃料サイクルの堅持にも回答がなかったようである。2021年の総裁選立候補者と比べて今回の候補者の意見は原子力利用推進へかじを切る傾向が強かったが、石破新首相の所信表明演説では「安全を大前提とした原子力発電の利活用」という分かり切った一言だけで、原子力依存比率を高める新増設には言及がなかった。

先進国の原子力回帰と新興国の原子力導入の流れは明白で、昨年発表された世界の原子力発電容量の「3倍宣言」は25カ国が支持した。かかる情勢を石破首相は把握していなかったのであろう。なぜなら石破氏はこれまで非主流派で強い派閥を持たず、党員票稼ぎの地方行脚に忙しかった。さらに総裁にはなれないとの憶測から官僚がレクを行わず、情報源はマスコミが主だったからではないだろうか。石破氏はほかの政策においても、偏った情報の下で聞こえの良い政見を示して来た。しかし予期せぬ当選で突然に助言が入り始め、混乱を招いている印象がある。

日本が脱炭素を実現するには、福島第一原発事故の反省から圧倒的に安全性を強化した原子力発電の規模を増やさなければならない。エネルギー政策当局による強力なレクを切望するものである。

本号が発刊される時期には衆院選の結果が出ている。大いに注目したい。(H)

GX実現へ電気加熱に熱視線 先進的な技術動向を発信


【エレクトロヒートシンポジウム】

GX(グリーントランスフォーメーション)に向け、電気を熱エネルギーに変えて加熱・冷却する技術「エレクトロヒート」が注目されている。こうした中で日本エレクトロヒートセンター(JEHC、内山洋司会長)は、「電気のチカラでGXに貢献めざせ! 世界をリードする脱炭素技術」を掲げ、第19回エレクトロヒートシンポジウムを11月1日から1カ月間、特設ウェブサイトで開催。官民の関係者が、電気加熱の最新動向を発信する。

高効率のヘキサゴンGX

基調講演には、経済産業省資源エネルギー庁戦略企画室の小高篤志室長が登壇し、GX2040ビジョン、第7次エネルギー基本計画の方向性を解説。徹底した省エネを前提に再エネ利用の拡大や原子力発電の再稼働を促す必要性を説くとともに、火力の脱炭素化を訴えている。その上で小高氏は、日本企業が強みを持つ加熱やヒートポンプなどの電化技術に触れ、「欧州やアジアの電化需要を取り込み、予算を付けて日本の経済成長につなげる」と述べる。

特別講演も見どころ。製造業関連の女性経営者らで構成する団体「ものづくりなでしこ」(東京都台東区)の渡邊弘子代表理事(富士電子工業社長)が、「熱処理技術におけるSDGs」や「ダイバーシティ経営の推進と具体的な取り組み」などについて語っている。また、三菱総合研究所の高木航平研究員よる、カーボンプライシング制度についての解説もある。

技術発表の視聴コーナーでは、多彩な電化技術や利用事例約10件を紹介。例えば業務用厨房機器メーカーのフクシマガリレイ(大阪市西淀川区)は、IoTで多様な機器データを一元的に管理するIoK(インターネット・オブ・キッチン)の活用事例を発表。厨房内の温度や電力消費量、衛生管理の状況を可視化し、現場の作業環境の改善につなげる。

ダイキン工業は、新型熱源機器「ヘキサゴンGX」を披露する。オールアルミ製の熱交換器を搭載し、業界トップクラスの省エネ性を実現するヒートポンプだ。加えて遠隔監視制御とシステム性能の診断サービスで効率的な運用をサポートする。


学生向けコーナーも目玉 次世代の担い手に期待

ウェブサイトには、エレクトロヒートの次世代を担う学生向けコンテンツ「エレクトロヒート業界大図鑑」も掲載。大学によるGX貢献技術の研究展示や企業の若手職員へのインタビューなどを視聴できる。JEHC担当者は「将来を担う学生にもぜひ見てもらいたい」と話している。

【シン・メディア放談】瞬く間に迎えた衆院選 石破カラーはいつ発揮されるか


<メディア人編> 大手A紙・大手B紙・フリーC氏

新政権発足から衆議院選まで矢のような速さで過ぎ去った。

一連の動きを記者はどう見たのか。

―本座談会は10月9日の衆院解散翌日に開催。中途半端な時期だが、まずは総裁選~組閣に関する感想を聞きたい。

A紙 石破茂首相は当初の「原発ゼロ」発言が尻すぼみになった。また、閣僚は年齢層高めで女性が少なく、特筆すべき点がない。これなら岸田文雄首相のまま、あるいは斎藤健経済産業相続投でも良かった。エネルギー政策に大きな変更はなさそうだが、次の第7次基本計画で「原発依存度低減」を削るのならば、もっと人選に力を入れるべきだった。

B紙 5回目の総裁選で時間はたっぷりあったはずなのに、石破首相肝いりの人事は村上誠一郎総務相のみだった。エネルギーに関する振り付けは平将明デジタル相が行っているようだ。平氏は党の「フュージョンエネルギー(核融合)プロジェクトチーム」座長を務めた。武藤容治経産相は今のレールに沿って無難にこなしていく感じだ。

C氏 それにしても、総裁選で多くのメディアが小泉進次郎フィーバーに加担したことは良くなかった。刷新感といってもバックは長老。出馬会見では、過去の失敗に突っ込まれないよう、党農林部会長や環境相などの経験にほぼ触れず仕舞いだ。本来なら石炭火力の話などを語るべきだったろう。さらに、実は参加する記者を恣意的に選んだとの話もあるが、この点も大手メディアは報じなかった。

B紙 今回の総裁選は一応派閥がなくなったことで、政治部の票読みも手探りだった。小泉氏の後ろには重鎮もいて、小泉優勢の見方はぬぐえなかった。また、会見を巡っては質問を事前に出すよう求められることもあったようだ。


野田氏今一つ、玉木氏覚醒? 選挙後は政局へ

―肝心の選挙については、自公で過半数となるかどうか―。

C氏 旧安倍派が多く落ちたほうが、石破カラーは出しやすいはず。他方、そこで頼りにするのが岸田前首相で、エネルギーについてはやはり現行路線踏襲だろう。ただ、石破首相で柏崎刈羽原発を動かせるかは疑問。嶋田隆氏のように突破力のある人は今の政権に見当たらない。

A紙 自公過半数ぎりぎりならば、石破首相の独自路線は選挙後も出なそうかな。来年には参院選や東京都議会選などが控える中、先を見据えた運営をしないと苦しくなる。

B紙 また、公明としては、創価学会の池田大作氏の死去後初の選挙になる。しゃかりきになり、特に近畿では落とせない中、どれだけ議席を取れるのか注目している。いずれにせよ、選挙後は完全に政局になる。

【石油】燃料油補助金は軟着陸できるか 注目の政治決断


【業界スクランブル/石油】

石破茂内閣が誕生した。現時点では、燃料油補助金は「年内に限り継続」とされているが、最終的に終了時期は、総選挙後の「政治決断」になるのだろう。

石油業界にとって、右から左へ流れるだけの補助金は「お荷物」で、早期終了を期待している。巷では「選挙で勝っても負けても延長だ」「冬場の灯油需要期には止められない」といった声も聞こえてくる。一方で補助金は市場機能への政府の直接介入であり、3年間で8兆円にも及ぶ巨額の財政負担も問題だ。

ただ、補助金の政策目的である燃料油価格の抑制には成功している。ガソリンで見れば、高止まりとはいえ、昨秋以来、全国平均1ℓ当たり175円の目標価格で安定的に推移している。終了までは、横ばいが続く見通しだ。

しかも補助金は、灯油・軽油・重油やジェット燃料に充てられているほか、暖房で灯油を使う家庭やハウス農家、漁業者も受益。物流コストの低減にも貢献している。

「ガソリン補助金」との表現は誤解を招く。大都市でエアコンを使い車を持たない生活を送れば、石油はほとんど関係ない。地方へ行けば行くほど石油依存は大きい。その意味で、燃料油補助金は「地方振興補助金」と言える。

問題は、補助金終了時の原油価格と為替水準だ。その時点で補助金に相当する石油製品価格の値上がりが予想される。幸いにも最近、原油価格が低下し、為替も円高傾向で推移。補助金単価も7月第1週の33・4円から、9月最終週には11・6円まで圧縮された。イランやイスラエルの問題はあるが、補助金終了時の軟着陸の環境は整いつつあるかもしれない。(H)

【ガス】電化一択の危険性 GXには多様な道筋が有効


【業界スクランブル/ガス】

自民党総裁選では、エネルギーは大きなイシューを持つ議論にはならなかったが、中には気になる候補者のコメントもあった。最早で出馬表明した小林鷹之議員だ。「原子力の更新・新増設に取り組み、核燃料サイクル政策は堅持」との方針を掲げつつ、現行エネルギー基本計画について「再エネ最優先の原則は変えるべき」と苦言を呈し、バランスのとれた電源構成が安定供給を実現すると発言。さらに「国民の命をどんな時でも守り抜くためには石炭火力も維持すべき」と踏み込んだ。極めて現実的な考え方であり、経済界や産業界の多数も賛同しただろう。

現在、第7次エネ基の議論が進む。生成AIなどの普及に伴い20年振りの電力需要増が見込まれ、加えて脱炭素社会の実現、産業競争力の強化という難しい課題をバランス良く解決すべく、「GX2040ビジョン」などの議論では、原発の新増設を中心に「電化」が多く語られる。だが、再エネや原子力をフル活用しても電気は足りず、化石燃料を使った火力発電で賄うしかない。脱炭素電源が不足する中、過度な電化推進は危険だと言わざるを得ない。

難題を解決するには、電化一択ではなく「多様な道筋」でのアプローチが必要だ。ガス業界の取り組みとしては、工場などの石炭自家発電機を天然ガスに転換することが有力。天然ガスへの転換でCO2排出量は半分程度に抑えられ、発電コストの上昇も水素やアンモニア混焼などよりは限定的だろう。原発の議論も大切だが、GX実現にはあらゆる手段を総動員しなければならない。こうした現実的ストーリーはビジョンに記載されないものだろうか。(Y)

ドイツは水素貯蔵の適地 商用化に向け地下試験に注目


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツでは、グリーン水素が重要な役割を担うことになる。水素は技術面からの取り扱いの難しさ、生産コスト高などで批判があるが、理想主義国家のドイツは再生可能エネルギーの開発とともに水素を利用し、2045年カーボンニュートラルを目指している。今後、大量に水素が必要となるため、国内生産に限らず、海外からも積極的に輸入する必要がある。このため政府や民間企業は今年7月以降、水素の生産、輸送・輸入戦略、貯蔵に関する計画を相次いで発表している。

ドイツでは岩塩空洞(Kavernenspeicher)と多孔質岩石(Porenspeicher)に天然ガスを地下貯蔵しているが、化学的に活性な水素に関して後者は、化学反応を起こし岩石をボロボロにする可能性がある。このためバイエルン州では貯蔵試験が進行中だ。ケルン・エネルギー研究所(EWI)は多孔質岩石の研究は引き続き必要となる一方、岩塩空洞での水素貯蔵は適していると報告している。

大手エネルギー企業ユニパーは9月末にニーダーザクセン州で水素の地下貯蔵試験を開始する。約2年間実施し、資機材が堅固なものか、水素ガスがどのように折り合っていけるのかを調査し、水素の貯蔵も各種の条件下で試験する。試験後の結果から水素貯蔵が経済的、技術的に評価されると、ユニパーは空洞を商業的に拡大する意向だ。

このプロジェクトは水素貯蔵からのエネルギー転換においても重要なものとなる。というのも、ドゥンケルフラウテ(暗天の凪)の時間帯に水素貯蔵が電力用に利用できるからだ。EWIは水素貯蔵のメリットとして①電力需給の調整、②パイプラインや輸入ターミナルといったエネルギーシステムの効率化、③産業・発電用への水素供給の確保―を挙げている。ただし貯蔵された水素の品質、熱力学と岩石のメカニズムを巡る課題が未解決で、これらは2年間の試験期間に解明されることになる。

水素貯蔵容量がどれほど必要になるのかは明らかではない。ドイツ経済省は、欧州における貯蔵容量は30年に70億~130億kW時、45年には2430億~4120億kW時と発表していて大きく幅がある。北ドイツと中部ドイツには岩塩空洞が存在しており、欧州における潜在的な貯蔵サイトの40%強がドイツに存在するといわれているため貯蔵に適している。しかし、岩塩空洞の開発には塩分処理の問題がある。さらには岩塩空洞内には水が存在するため水素を湿らせる可能性がある。産業利用前にはこれらの問題を解決する必要があるが、ユーリッヒ研究所によると、発電用のみに利用する場合には問題ないとしている。

ドイツにおける水素戦略は電気分解、輸入水素用の揚陸ターミナルの整備、水素用パイプラインの整備などから構成される。経済省は水素貯蔵戦略を作成中で、今年末までに発表するはずだ。執筆時の8月現在、国としての貯蔵戦略がない中、試験運用への貯蔵施設計画が動き出している。これからの水素貯蔵の動向が注目される。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

スリーマイル原発1号機の復活


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

去る9月20日、欧米各紙は、廃止済みであった米国ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所(TMI)1号機の復活計画について一斉に報道した。所有者のコンステレーション・エナジーは、マイクロソフト(MS)に対し、同機で発電される電力を20年間にわたり販売する契約を締結。これに向け、主変圧器、タービン、冷却システムの取替・修復などを16億ドルかけて実施し、原子力規制委員会や州政府の承認を前提に2028年の発電所運転再開を計画とのことだ。19年までは順調稼働していた同機は、シェール革命で安価となった天然ガス火力や再生可能エネルギーの台頭に押され、経済的な理由で廃止されていた。MSやアマゾンは、AI普及でデータセンターの電力需要が急増しており、脱炭素で24時間安定して電力を供給可能な原子力の利用に関心を高めているようだ。

さて、同発電所は、米国史上最悪の事故を起こしたTMI2号機に隣接するだけに、政治・社会的な反響が気になるところである。リベラルで知られるニューヨーク・タイムズ紙は、10名余りの人々が発電所の入口付近で抗議活動を行ったものの、州民の57%は運転再開に賛成しているという世論調査を紹介。また、地元選出のメハフィー下院議員(共和)の賛成の弁も掲載している。ワシントン・ポスト紙は、本件に関連して、やはり廃止済だったミシガン州パリセード原子力発電所の復活計画が、州の気候変動対策を推進したいウィットマー州知事(民主)の働きかけで、ひと足先に動き出していることを報じている。連邦政府もインフレ削減法で原子力発電所の運転延長や復活を支援しており、米国の原子力「推し」は民主・共和、州・連邦を問わず、本気モードのようだ。

(水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表)

「止まる」「冷やす」「閉じ込める」 対策工事終えた7号機の最新事情


【東京電力 柏崎刈羽原子力発電所】

2011年3月の東日本大震災以降、長期稼働停止が続く東京電力柏崎刈羽原子力発電所。

このうち7号機について安全対策工事が一通り完了。再稼働へ大きく前進する最新事情を取材した。

柏崎刈羽は七つの原子炉を備え総出力約821万kWを誇る、世界最大級の原子力発電所だ。うち、ABWR(改良型沸騰水型原子炉)を採用する6号機(約135万kW)と7号機(同)が2017年12月に、原子力規制委員会による新規制基準の安全審査に合格。これに基づき、最新の技術・知見を投入した安全対策工事が行われてきた。今回の取材では、立ち入り制限区域、周辺防護区域、防護区域という三重の厳しいセキュリティチェックを経て、7号機の原子炉建屋の内部を取材することができた。

再稼働への準備が着々と進む7号機

詳細に触れる前に、11年3月の福島第一原発事故で何が起きたかを簡単に振り返ってみたい。東日本大震災では地震直後に稼働中の1号機、2号機、3号機の三つの炉が緊急停止した。しかし、その直後の巨大津波で予備の発電機が壊れ、電源が完全に喪失。結果、冷却できなくなった核燃料が過熱、溶融した。1~3号機では原子炉が破損し、放射性物質が漏えい。その過程で水素が発生し、1号機と3号機、また停止中だった4号機でも水素が充満し爆発を引き起こした。これにより建屋が破損。大気中に放射性物質が拡散する事態となったのだ。


随所に福島の教訓 電源喪失でも遠隔手動

この事故の反省を踏まえ、柏崎刈羽7号機の安全対策工事では、さまざまな技術・知見が投入されている。地震・津波などの災害に備えて原子炉を「止める」、次に「冷やす」、そして放射性物質を「閉じ込める」という三つの機能について、その方法の多重化に加え、多様化と位置分散を図っている。さらに国の新規制基準で定められた以上の取り組みも随所に見られる。

まずは「機器の浸水を防止する」対策を見てみよう。施設の水密性を大きく向上させ、津波に襲われても、内部が水没する可能性はほぼなくなった。津波対策については、想定される津波の高さ7~8mを上回る海抜15mの高さの防潮堤を設置することで安全性を高めた。敷地内へ海水が入ってきた場合でも原子炉建屋の中に海水が入らないように、建屋の給気口の前にも防潮壁を設置しているほか、万が一建屋の中に浸水しても、重要エリアへの水密扉設置、配管貫通部の止水工事などの対策を講じている。

蒸気で駆動する高圧代替注水系「HPAC」

「止める」機能で鍵を握るのは、原子炉建屋にある制御棒駆動用の水圧制御ユニット。原子炉が稼働中でも緊急時には数秒で制御棒が燃料の間に差し込まれ原子炉の核分裂反応を止める。07年7月の新潟県中越沖地震や11年3月の東日本大震災では地震の揺れを検知し、柏崎刈羽や福島第一で稼働中だった号機は確実に制御棒が差し込まれ、核分裂反応は止まったのだ。

次は「冷やす」ための仕組みだ。冷却が全くできなければ、停止した原子炉は核燃料の過熱によって溶融し、さらに原子炉格納容器の圧力が高まり危険な状態になる。しかしさまざまな手段で、停止直後から冷却が開始できるようになっている。①原子炉圧力容器内の圧力を上回る高圧ポンプで注水する、②次に安全弁を開き、原子炉圧力容器内の水蒸気を原子炉格納容器下部の圧力制御プールに逃がし減圧する、③次に低圧ポンプで注水し、最終的には熱交換器を介して熱を海に逃がす循環冷却運転を行う―。

電源確保・冷却継続のための対策にもぬかりはない。津波の影響を受けない高台に複数分散して、特殊車両を集めた場所がある。取材班が車両置き場に行くと、何台もの特殊車両が分散し並んでいた。

大容量の送水車。電力を供給できる発電設備を備えた空冷式のガスタービン車。格納容器などを冷却する水を、海水を冷やして送り出す装置を備えた代替熱交換器車などだ。熱交換器車などは点検時対応なども踏まえ5台用意し、常に待機状態にしてある。電源車、多数の消防車も控える。万が一、全電源が停止した事態に備え、原子炉建屋の中には電源を必要としない高圧ポンプも設置されていた。

その他にも福島を教訓にした対策がある。その一つが遠隔手動操作だ。万が一に全電源喪失状態に陥ったとしても、現場で手動操作する必要があるバルブについては、事故によって高線量のためバルブに近づくことができない場合を想定し、安全な場所から手動遠隔操作が行えるよう改造を施した。

常時待機するガスタービン発電機車