【コラム/11月13日】金融界〝脱炭素教〟の教祖が変節 日本企業に迫る方針転換


杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

ビル・ゲイツが気候変動に関する主張を大きく転換したレポートを公開したことが話題になっている。

https://www.gatesnotes.com/home/home-page-topic/reader/three-tough-truths-about-climate

一応、気候変動は深刻な問題だとは言うものの、「破局が訪れて人類が滅亡するなどということは起きない。最も貧しい人たちが最も被害を受けるが、彼らにとっても、気候変動は最も深刻な問題ではないし、今後もそうではない」と言っている。

これだけで、いわゆる気候危機論者を怒らせるのには十分である。気温は過去はほぼ一定で、近年になって急激に上昇した、といういわくつきの「ホッケースティック曲線」を発表したことで有名なマイケル・マンも猛烈に批判をしているという。

https://tilakdoshi.substack.com/p/bill-gatess-climate-u-turn-real-epiphany

そして、ビル・ゲイツは、最も貧しい人のための人間開発、つまり衛生や医療の向上などを図ることに国際社会は投資すべきだとしている。

かつてはCO2削減のために、世界全体で炭素税が必要だなどと主張をしていたが、これは取り下げた。これに変えて、安価なグリーン技術、つまりは化石燃料よりも安くCO2を排出しない技術の開発に投資することが大事だ、という主張に転換した。(グリーン技術については楽観的すぎる印象を筆者は持つけれども)。

ビル・ゲイツも、気候危機説やネットゼロ目標といった行き過ぎに対して、現実を見据えた軌道修正を図ったということだろう。


注目されたカナダ首相の手腕 環境政策を大幅見直し

さて、このビル・ゲイツ以上に、日本の企業にとっては驚天動地の方針転換が実はあった。ウォールストリート・ジャーナルが報道しているが、日本ではほとんど報道されていないようだ。

https://www.wsj.com/world/americas/mark-carneys-shift-from-climate-change-warrior-to-fossil-fuel-cheerleader-97d17782

マーク・カーニーは、かつてイングランド銀行総裁を務め、金融機関のネットゼロのためのネットワーク「GFANZ」を率いてきた中心人物であった。

このカーニーがカナダの首相になって、環境政策はどうなるのかと、筆者は固唾を呑んで見守っていた。

ところが起きたことは劇的な方針転換である。カーニーは、炭素税とEV義務化を廃止し、石油とガスの増産と輸出を積極的に進めているのだ。トランプ関税によって大きな打撃を受けているカナダ経済を、米国依存から多角化させることが大きな目的である。

GFANZとは、グラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネットゼロの略で、あらゆる金融機関を傘下に収めた、ネットゼロ達成のためのネットワークである。参加機関は、2050年ネットゼロを達成するよう、投資や融資などのポートフォリオを変更していく、というアライアンスであった。例えば銀行についてはネットゼロ・バンク・アライアンス(NZBA)などが結成されていた。

日本のメガバンクもこのアライアンスに属することになり、その影響で、ネットゼロ目標を達成する計画を無理やり作成し公表することになった日本企業も多かった。

ところがそのGFANZは、特にトランプが大統領に選出されて以来、反トラスト法に抵触するという批判が高まったこともあり、離脱する金融機関が相次ぎ、ほぼ活動停止状態になってしまっていた。

https://agora-web.jp/archives/251018061308.html

のみならず、このGFANZを率いていた教祖であるマーク・カーニー自身が大きく変節してしまっているのである(将来はCCS=CO2回収・貯留などによりCO2を出さないようにする、とは言っているが)。このような人物に率いられてきた教団に大きく影響を受けた日本の金融機関と企業は、これから一体どうするのだろうか? もとより、多くの企業にとってネットゼロは実現不可能であり、それを目指すというだけで膨大なコストがかかる。どのように方針転換を図るか考えるべきではなかろうか。


【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)。最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。

立民は「原発ゼロ」を撤回できるか⁉ 政権担う意思あるなら党綱領修正を


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

本稿を書いているのは、自民党総裁選で高市早苗新総裁が選出され、公明党が政権離脱を表明し、高市総裁が公明党の抜けた与党少数の下で総理に指名されるか、立憲民主党・日本維新の会・国民民主党が玉木雄一郎氏で首班指名候補を統一して野党連合政権への交代が行われるか、五分五分の状況にある時だ。本号発売の頃には、新総理が誕生しているだろうが、それはさておき、ここまでの新総理選出を巡る駆け引きの中で感じたことを以下に述べる。

政治改革に対する高市氏の姿勢を理由として公明党が政権離脱したことで、衆院での自民党議席数は196議席、立憲民主党・日本維新の会・国民民主党の主要野党の議席を合わせれば210議席となり、野党連合政権誕生の可能性が現実のものとなった。二大政党制の理論によれば野党第一党党首の野田佳彦立民代表が総理候補となるはずだがなぜかそうした声は湧き起こらず、立民が「玉木国民代表も有力候補」と言うことで、玉木首班候補で野党がまとまれるかという状況になった。

首相に就任する千載一遇のチャンスを迎えやる気満々の気持ちを隠せない玉木氏は、それでも「基本政策の一致は不可欠だ。原発を含めたエネルギー政策や安全保障、憲法の考え方で立民とは開きがある」と第一に否定的な考えを示した。当然だと思う。エネルギー政策の面で見ても、立民の綱領には「原発ゼロ社会を一日も早く実現します」とある。綱領とは、それぞれの政党にとって絶対に曲げられない立場や理念を示したもの。今、国民のエネルギー価格負担が高騰し、洋上風力やメガソーラーなど再生可能エネルギーのさまざまな問題が噴出している中、物価高への対応と安定供給を実現する政策を、原発ゼロ社会を掲げる政党が実行するとは思えない。およそ、責任を持った政策はできまい。


政権に就ける立場だが… 有力な連立政党は現れず

かつて55年体制の一角を担った日本社会党は「自衛隊は憲法違反」「非武装中立」を党是としていたが、自社さ内閣の誕生で自党から村山首相を輩出するに至って、これを放棄した。今後しばらくは自民党が過半数を大きく割り込んだ状況が続く。立民は、いつでも政権に就ける立場にある。しかし、国家の基本であるエネルギー政策で綱領に「原発ゼロ」を掲げていては、有力政党は政権を共にしようとしないだろう。

立民の綱領には、「多様な価値観や生き方を認め」という文言もある。今後、政権を担う意思があるのであれば、党内に原発ゼロを目指す議員がいるのは構わないが、党の綱領からは「原発ゼロ」は外すべきである。

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ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。

【フラッシュニュース】注目の「政策・ビジネス」情報(2025年11月号)


NEWS 01:革新炉WGが1年ぶりに再開 ロードマップの具体化に着手

次世代革新炉の開発に向けた政府の動きが活発化してきた。10月3日、総合資源エネルギー調査会革新炉ワーキンググループ(WG)が約1年ぶりに開催され、技術ロードマップの具体化への議論に着手したのだ。

同WGは「わが国の炉型開発に係る道筋を示す」ことを目的に、関係者へのヒアリングを通じて、研究開発を進める上での目標時期を設定する技術ロードマップの策定作業を進めていたが、第7次エネルギー基本計画の策定を前に一時停止していた。エネ基の内容や海外での小型軽水炉開発の進展などを踏まえ具体化に向けて再始動した形だ。

次世代炉の開発に道筋を付けられるか

この日は、次世代革新炉のうち実用化が近いとされる革新軽水炉と小型軽水炉に焦点を当て、開発を進める各メーカーが技術開発の進ちょくや今後の見通しを説明。三菱重工業はSRZ―1200について、基本設計がおおむね完了しており、立地が決まれば詳細設計に移行可能な段階にあることなどを報告した。

委員からは期待の声が寄せられた一方、5種類の革新炉は開発段階が異なるため、技術ロードマップの精密化が必要といった課題も指摘された。

関西電力が美浜原発の適地設置に向けた自主的な現地調査を再開したことで、業界の期待感は高まっている。こうした新設の機運を後押しするためにも、政府が次世代炉の開発に道筋を付けることが重要だ。


NEWS 02:ガス保安を巡る議論が再燃 新規参入側が課題提起

「ガス小売り全面自由化前にけりが付いた論点ではないのか」

10月7日に開催された総合資源エネルギー調査会ガス事業環境整備ワーキンググループ(WG)の第2回会合後、大手都市ガス会社の関係者はこう漏らした。新規事業者から、ガス保安に関する業務負担が参入伸び悩みの一因との意見が出たことを受けての発言だ。

同WGは、ガスシステム改革の検証を目的に、ガス小売り自由化を含む9項目について、各事業者へのヒアリングを実施することになっている。その初回の同日は、小売り全面自由化がテーマだった。既存事業者として大阪ガスと広島ガス、新規事業者として東京電力エナジーパートナー(EP)とENEOSパワーが参加した。

既存事業者は、燃料転換を後押しするための需要家設備投資支援や、導管・供給設備の新増設につながる環境整備の必要性を主張。一方、新規参入者側からは、保安体制の確保に関する意見が相次いだ。東電EPは、開栓作業や大規模災害対応に必要な要員の確保に苦慮していると説明。ENEOSパワーも、都市ガス小売り事業の参入者が約40社と、電力の約700社と比べ少ない実態を挙げ、保安要員や災害対応要員の確保の難しさが、参入のハードルの一因になっているとの見方を示した。

全面自由化前、「保安は参入障壁ではなく覚悟」と語った審議会委員がいた。実際、これまでに保安に関わる重大な事故は発生していない。新規事業者が保安責任を着実に果たしてきたためであることは明らかであり、これを制度改革の成果と評価することもできる。保安業務の負担の大きさから、参入者側は緩和を要求した形だが、WGでガス保安のあり方がどんな着地を迎えるか、注目される。


NEWS 03:火力の廃止ラッシュ 需要家は電源確保に危機感

火力発電事業者が老朽火力の廃止を立て続けに発表している。JERAは9月30日、5基合計325・4万kWの廃止を公表した。同社は新設・リプレースの実施状況を踏まえて廃止しており、電力安定供給への影響はないとしている。

ただ、排出量取引制度の開始で一層のCO2削減圧力がかかる中、データセンター(DC)などの需要増を満たすべく必要なエリアで必要な規模の設備投資がタイムリーに行われるか、見通せる状況とは言えない。

同社が廃止するのは千葉県の姉崎5・6号機(LNG)、袖ケ浦1号機(LNG)、愛知県の知多5号機(LNG)、福島県の広野2号機(石油)で運転開始から45~51年の設備だ。廃止と並行して2020年以降、731万kWの新設・リプレースを実施している。さらに29年度運開予定で知多7・8号機(約132万kW)を新設し、32年度以降の運開に向け袖ケ浦新1~3号機(約260万kW)の新設を検討している。いずれもLNG火力だ。

他社からも火力廃止の発表が相次ぐ。関西電力は26日、和歌山県にある石油火力の御坊1号機を来年6月末、2号機を今年10月末までに廃止すると発表した。合計で120万kWの設備が役目を終える。

そして東北電力は10月1日、新潟5号系列(天然ガス、10・9万kW)を28年3月に廃止予定と発表した。これで新潟火力は全設備がなくなり、地点としても廃止する見込みだ。

こうした状況下、最近ではDCなどの新規大口需要家が電力調達への危機感を示し、脱炭素電源に限らず、ガスエンジンなど自家発の検討の可能性を口にし始めている。日本でも需要家が電源新設にコミットする時代が近づいている。


NEWS 04:再エネ対応で省庁連絡会議 乱開発の歯止めとなるか

北海道釧路市などのメガソーラーを巡る乱開発が大きく報じられる中、さらなる地域共生と規律強化に向け、政府が新たに関係省庁連絡会議を設立した。幾度のFIT法改正を経ても一向にトラブルは収まらないが、新たな会議体は有効な手立てを示せるのか。

法令違反やグレーな案件は各地に存在する

9月24日に初会合を開いた。文部科学省・文化庁、農林水産省・林野庁、経済産業省・資源エネルギー庁、国土交通省、環境省の担当課・室長らが参加。環境省とエネ庁が事務局を務める。初回は、釧路の問題に関する現状や課題、環境省や文化庁、林野庁所管の法令での対応状況の報告があった。事務局からは、全国の太陽光発電事業に関する地域共生上の課題や、自治体での規制条例の策定、地域共生の取り組み状況を共有した上で、各省庁に対し法令での規律強化などの対応の検討を求めた。

浅尾慶一郎前環境相は26日の会見で、「しっかりと地域と共生しながら、促進するところは促進し、抑制すべきところは抑制することが重要であると考えており、制度的な対応の要否も含めて関係者間で速やかに議論してまいりたい」と意気込んだ。

太陽光トラブルに悩む自治体関係者からは「自然環境の改変を伴う開発は国が責任を持って禁止するほどの意気込みを見せてほしい」といった意見が出ている。こうした切実な声に今度こそ政府は応える必要がある。(覆面ホンネ座談会に関連記事)

重要性増す「電力と通信の融合」 異業界間つなぐ共通認識の形成が鍵


【電力中央研究所】

インタビュー:馬橋 義美津/電力中央研究所 グリッドイノベーション研究本部 研究統括室 上席

東京電力で系統計画業務などに従事後、電力・通信間でのシナジー創出に奔走してきた馬橋義美津氏。

ワット・ビット連携の概要や関連する次世代技術を分かりやすくまとめた新著の読みどころを聞いた。

─新著では、電力・通信の双方の視点からワット・ビット連携の論点を整理されています。

馬橋 本の執筆には、私の経歴が関係しています。1992年に東京電力に入社し、系統や電源投資に関する計画策定業務などに従事してきました。その後、東京電力ホールディングスとNTTが共同出資で設立したTNクロスに参画し、電力と通信を融合して次世代のビジネスを創出する取り組みを進めました。アサインされた2020年当時は、「電力」と「情報通信」が一緒に考えられていたわけではなかったですが、その先駆的な試みを現場で経験していたわけです。23年に電力中央研究所に入所し、現在に至ります。

TNクロス時代、NTT出身の方と共同で事業を推進するにあたり、業界間の文化や考え方の違いに何度も直面しました。同じ言葉を使っていても、業界が異なれば、意味や前提にズレが生じるということを痛感させられました。簡単な例を挙げると、電力側からすれば「ケーブル」は送電設備を指しますが、通信側は光ファイバーを想起します。このようなすれ違いも多く、用語の定義や前提をすり合わせ、共通認識を築くことが不可欠でした。本書はそうした経験を基に、誰でもわかりやすい内容にすることを心掛けました。

馬橋氏の新著『ワット・ビット連携』(電気書院)


通信で電力供給を最適化 岡本氏の構想が土台に

─改めて、ワット・ビット連携の概要とその考え方が急速に広まった背景を教えてください。

馬橋 AIの普及に伴い、それを支えるデータセンター(DC)の建設が世界的に拡大しています。その結果、今後は日本でも電力需要が大幅に増加すると想定され、供給力の確保が喫緊の課題となっています。

こうした状況下で、電力(ワット)を情報(ビット)の力で最適化するという発想が生まれました。地域ごとの需給や設備の稼働状況を通信技術で把握し、電力に余力のある場所へ消費を振り分ける。全体として供給力と需要のバランスをとるのが「ワット・ビット連携」の基本理念です。例えば、再生可能エネルギーの導入量が多い地域でDCを運用すれば、需要地系統への負荷軽減が期待できます。 岡本浩さん(東京電力パワーグリッド取締役副社長執行役員CTO)は以前から「Utility 3.0」という構想の中で、電化の進展と電力消費量の増大を主張してきました。AIの台頭により岡本さんの構想が一層現実味を帯びたことで、ワット・ビット連携のような考え方が求められるようになりました。

次世代エネ覇権を狙う中国 日欧は連携して巻き返しを


【論説室の窓】竹川正記/毎日新聞 論説委員

化石燃料に回帰する米国を尻目に、中国は再生可能エネルギーで優位を固める。

産業競争力上も脱炭素電源の重要性が増す中、日欧は巻き返しを図らなければならない。

「グリーンで低炭素のエネルギーへの移行は時代の潮流だ。一部の国は逆行する動きを見せているが、国際社会は正しい方向性を見失うべきではない」

国連が9月に開いた気候変動対策のイベント。中国の習近平国家主席はビデオ演説で、化石燃料の増産にまい進するトランプ米政権をこう皮肉った。

中国は今回、「パリ協定」に基づく新目標として、2035年までに温室効果ガス実質排出量をピーク時から7~10%削減する方針を公表。「世界最大の排出国として不十分」(環境団体)との厳しい見方も出たが、気候変動を「詐欺」と決めつけ、国際協調に背を向けるトランプ政権との姿勢の違いをアピールした形だ。

中国は戦略的に再エネを増やしている


用意周到な習近平政権 再エネ大国へ産業育成

一方、パリ協定離脱を表明したトランプ大統領は、過去の政権が講じてきた再生可能エネルギー産業育成策をことごとく覆している。米国が再エネ開発競争から脱落したことで、太陽光や風力設備の技術と供給網の構築で先行する中国は勢いづいている。習氏は米国の「敵失」に乗じて、次世代エネルギー覇権を握ろうと虎視眈々の体だ。

「エネルギーのご飯茶碗は自分の手で持たなければならない」。こう訴えてきた習氏は、再エネや原発など「自前の電源」を拡大してきた。根底には、石油や天然ガスの調達を中東などに依存する状況から脱し、エネルギー安全保障を確立したい思惑があった。有事になれば供給が途絶するリスクのある化石燃料に頼り続ければ、「強国路線」の足かせとなるからだ。シェール革命で米国が世界最大の産油・産ガス国になる中、習政権の脱・化石燃料政策は一層揺るぎないものとなった。

習政権は再エネ大国に向けて用意周到に準備してきた。
14年以降、巨額の補助金を投じて、太陽光や風力発電設備、蓄電池、電気自動車(EV)などの産業育成にまい進。中国メーカーは今では太陽光パネルや風車、風力タービン、蓄電池などあらゆる再エネ設備で世界の過半のシェアを握り、市場を席巻している。

注目すべきは、グローバルサウス各国で中国製の技術や設備を活用した再エネの導入が加速していることだ。米調査会社によると、アジアや中南米、アフリカ各国は、この5年間で再エネの発電量を年平均2割以上も伸ばし、1割にとどまった先進国を上回った。パキスタンは太陽光で電力需要の4分の1を賄い、ラオスは東南アジア最大の風力発電所を稼働させた。タイやフィリピンなど他の地域でも再エネ開発計画が目白押しで、日本製ガソリン車から中国製EVへの乗り換えも進む。

背景には、中国から供給される技術や安価な設備のおかげで、新興国における再エネ導入コストが劇的に下がったことがある。貴重な外貨を費やして石油・天然ガスを輸入し火力発電所を動かすよりも、太陽光や風力を導入した方が安上がりで済むようになった。中国は各国のエネルギー転換を支えることで、経済・外交の両面における影響力を強めている。

新興国向け輸出で潤った中国メーカーは近年、再エネ由来の電気で水を分解し水素を取り出すグリーン水素製造設備の開発・実用化にも注力するなど、存在感をさらに高めようとしている。

対照的に、欧州では資材・人件費高騰で洋上風力や水素発電の開発計画が相次ぎ頓挫。日本でも、洋上風力の公募第1弾で3海域を総取りした三菱商事が事業採算を見通せなくなり、全面撤退に追い込まれた。トランプ政権下の米国の再エネプロジェクトは、補助金や融資保証の打ち切りで死屍累々の状況だ。

深刻なのは、先進国の再エネ導入を支える供給網が弱体化していることである。デンマークの洋上風力世界最大手、オーステッドは2000人規模のリストラを発表。他の欧米メーカーも業績不振で最新鋭の大型風車の開発を断念するなど、中国勢との格差が開くばかりだ。

【覆面ホンネ座談会】いまだ続くFIT負の遺産 悪質事例の実態に迫る


テーマ:太陽光トラブルへの対処法

いまだに悪質な再生可能エネルギー開発の例が各地に存在する中、政府は新たに関係省庁の連絡会議を立ち上げた。地域や業界関係者はどのような問題意識を持っているのか。

〈出席者〉 A 地方自治体関係者 B 電力業界関係者 C 太陽光業界関係者

―FIT(固定価格買い取り)開始から13年。太陽光トラブルの現状をどう見ている?

A 乱開発は今も止まっていない。仙台市では東京ドーム130個分のメガソーラー建設計画があり、議会でも問題になっている。どうやら事業者は登記上沖縄にあるペーパーカンパニーのようで、まだ建設に着手できていないが動向を注視している。他にも北海道釧路市や福島市、千葉県鴨川市などのトラブルが最近報じられ、こうした流れはなかなか止まらないのではないかと危惧している。

地方自治体としては森林破壊を伴う大規模開発を止めようと規制や課税などの条例を制定しても、結局は手続き法でハードルを上げることしかできない。定めた手続きを踏んだ計画は問題があっても認めざるを得ない。

メガソーラー規制を巡るいたちごっこが続く

B 全国にはさまざまな違法案件があり、一例を紹介したい。まず先ほど出た釧路市の案件は非FITで、森林法違反かつ産廃法(産業廃棄物処理法)違反疑い。数度のFIT法改正で規制が強化された結果、皮肉にも採算が取れるならあえてFIT認定を取らないという事例が増えている。他方、FIT案件のトラブルもやはり多く、京都府八幡市では無届けで住宅近くの急斜面の森林を伐採。結局市が公費で業者から用地を購入した。最近話題の鴨川市は、林地開発許可制度に係る行政指導が58回にも及び、ようやく県知事が動き始めた。そして、岩手県遠野市の建設現場では泥水が大量流出し鮎養殖業が壊滅。市が広報誌で怒りを表明する異例の事態となった。

この他、異を唱えた住民へのスラップ訴訟、4法規に抵触する「違反のデパート」状態、他人の土地や町有地で勝手にFIT認定を取得、他人の土地に無断で道路を敷設、産廃業者が法令違反の土地を太陽光発電業者に転売―などなど枚挙に暇がない。こうした確信犯的な事業者との知恵比べに陥りつつある。地域に受け入れられる太陽光を増やすためには、国・業界を挙げて悪質な事業者に対応していくことが欠かせない。


法令違反は論外 法令順守のトラブルにどう対峙?

C その通り。今日本には太陽光発電所が約70万カ所あり、法令順守や地域共生は当たり前という真面目な事業者が大半だが、一部にけしからん案件がある。法令を所管する省庁や、自治体が条例に基づく対応を徹底し排除していくしかない。一方、森林伐採を伴う開発の話が出たが、新規のFIT買い取り価格は1kW時当たり9円以下まで下がり、多額の伐採費や造成費がかかる案件では大規模であっても採算が取れない。PPA(電力販売契約)でも売電価格は10数円程度だし、需要家からすれば住民が反対している発電所からわざわざ買わないだろう。

問題は、法令違反ではないが予期せぬことで住民から反対される事案。例えば、所有者が売りたがっている荒廃農地を買い法令を守り開発しようとしても、住民から反対されると事業者も困ってしまう。環境への影響を1地点でなく地域全体で評価する、ネガティブ・ポジティブゾーニング両方を強化する、といった対策が考えられる。太陽光発電全体が性悪説で捉えられる状況を変えていきたい。

A 仙台市では、法令を守りゴルフ場に設置されたパネルが火災を起こし、感電するため日没まで放水できず、鎮火に22時間かかった。3・75万㎡の下草とパネルが燃え、森林に隣接しており下手をすれば山火事に至る可能性があった。他にも土砂災害や景観悪化、有害物質の流出などにつながれば、住民にとっては迷惑施設となる。こうしたケースでは地域外から来た事業者と地元とのコミュニケーション不足がよく見受けられる。さらに、途中で倒産した場合に撤去まで責任を持つのか、懸念される。撤去費用の積立制度での義務化は売電期間の10年目以降で、制度そのものへの不信感もある。自治体から国への問題提起をしているが、13年間課題を放置してきた国会議員や官僚、大手メディアの責任は重い。ただ、ようやく各地域の点の動きが線になってきたと感じる。

C その点の認識は異なる。制度的にも業界的にも既に地域共生モードに切り替わっている。国は事業者に対し制度改正で厳しく改善を求め、買い取り価格も引き下げてきた。今、FITの年間認定量は住宅用1GWに対し、それ以外は数百MW程度。むしろこんなに手間暇がかかるなら辞めたいという事業者が多いが、脱炭素は目指さなければならない。

B 資金がなければ開発はできず、悪質な事業者にも貸し付けが行われていることは事実だ。資金提供側からすれば回収が目的であり、発電は二の次なのだろう。

C 銀行も以前より貸し渋るようになり、保険料は高く、ケーブルは盗難され、そして住民からのバッシングがある。これ以上悪質なトラブルの乱発は考えにくい。また70万カ所のうち地域に歓迎されている発電所も多いのに、それがほとんど報道されないのはつらい。

B ではどうするか。政府は長期安定適格事業者制度で望ましい事業者に発電所を集約し、FIT・FIP(市場連動買い取り)によらない事業を促す狙いもある。ただ、認定基準の一つに「地域の信頼を得られる責任ある主体」とあるが、抽象的すぎる。

C 同制度で悪い事業者を退出させ、優良な事業者に引き継ぎ地域主体型に変えていくことが重要だ。そうすれば地方の荒廃などの課題解決に資する可能性が出てくる。安い太陽光は自家消費する方が合理的で、各々身の丈に合った規模で活用し、同時に電化も進めるべきだ。また、運転期間が長期化した設備のリパワリングも重要で、13年前の変換効率は12%程度だったが、今はその倍になった。

A 理想的なビジョンを全否定したくはない。ただ、現実的に今起きている問題に対しては大至急対応を強化すべきだ。

北陸の電力史をたどる新拠点が開設 明治期からの歩みを未来につなぐ


【北陸電力】

北陸電力は北陸の電力史を紹介するアーカイブギャラリーを本店ビル1階に開設した。

地域と共に歩んできた先人の姿と、その絆を次世代へ紡いでいく。

富山・石川・福井県敦賀以北を主な供給エリアとする北陸電力は、9電力体制が確立される前、他地域ブロックへの統合が検討され、独立が危ぶまれた時期があった。しかし、地域ぐるみで築いてきた独自の産業や暮らしを守るため、地元が一体となって奮闘し、北陸ブロックの独立性を保ち続けてきた歴史がある。

こうした電気事業の歩みを紹介するPR施設「地域への想い北陸電力アーカイブギャラリー」が10月9日、同社本店ビル(富山市)1階に開設された。同日には経済産業省中部経済産業局の向野陽一郎北陸支局長のほか工事関係者らを招き、オープニングセレモニーを開催。

テープカットを行う松田光司社長(中央)ら
提供:北陸電力

松田光司社長は「当社は戦中・戦後の電力再編の中で地元の後押しを受けて、幾多の危機を乗り越え、他の地域に属することなく北陸の独立性を守り、共に発展してきた経緯がある。この『地域とともに発展する』という理念をわれわれのDNAとして、しっかり紡いでいくこと。さらに、このギャラリーに込めた『地域への想い』を地域の皆さまと共有し、過去・現在・未来をつなげる架け橋になることを期待している」とあいさつした。


明治期からの歩みを紹介 ブロック確立の歴史に注目

同施設開設のきっかけとなったのは、有峰ダム(富山市)の近くに設置されていたPR施設「アーカイブス有峰」が昨年閉館したことだ。同館では有峰水力開発に関する展示を行っていた。その後継のPR施設を模索する中で、アクセスの良い本店ビルでの開設が決まった。

アーカイブギャラリーは本店ビル1階の延べ約300㎡の空間を活用し、有峰水力開発のみならず、明治期に始まる電気事業の変遷から現代のカーボンニュートラルの取り組み、さらには昨年の能登半島地震などの災害対応に至るまで、パネルや展示品などを用いて紹介している。パネルは時系列に並べられており、来訪者は歩みを進めながら、北陸の電気事業が地域と手を取り発展してきた過程を知ることができる。施設の開設を担当した地域共創部の野﨑拓朗地域・エネルギー広報チーム統括課長は「北陸の電気事業の歴史を紹介する施設はこれまでになかった。過去から未来へと続く取り組みを一望できる施設を開設できたことは感慨深い」と力を込める。

電気事業の歩みを時系列順にたどれる
提供:北陸電力

一連の展示の中でも目を引くのが、二度にわたって北陸ブロックの独立を守り抜いた地域の奮闘を伝えるコーナーだ。一度目の危機は、太平洋戦争下の1941年に政府が発表した「配電事業統合要綱」に端を発する。

これは全国を八つのブロックに分け、配電事業を統合する方針を示した計画で、北陸は中部地区に組み込まれる予定だった。当時、北陸の電気事業者は、近代化の進む重化学工業の誘致に取り組み、地域と共に発展してきた経緯があった。こうした北陸の独自性を失わせまいと、日本海電気(旧富山電気)の山田昌作社長(当時)が立ち上がり、北陸の電力圏の独立を政府に訴え続けた経緯を紹介している。

二度目の危機はその直後に訪れる。戦後の49年、電気事業は連合国軍総司令部(GHQ)の主導で再編成されることになり、民営の電力会社を七つのブロックに分割し、北陸を関西に組み込む案が提出されたのだ。これに対し、北陸配電を中心に、政財界を挙げた「七ブロック反対運動」が繰り広げられた。ここでは、北陸ブロックの独立を求めた地元経済界からの陳情書などの実物が並んでいる。地域が一体となって電力圏を守ろうとした熱気が、展示品を通して感じられる。

電源開発の取り組みも見逃せない。北陸電力は電力編成による51年の発足直後から、大規模な水力発電の開発を次々と進めた。戦後に急増した電力需要に対応するためだ。発足から約10年間で新設した水力発電所は20カ所にのぼる。総出力は着実に積み上がり、供給力は発足時の3倍に増強された。

一連の開発の中核を成したのが、60年に完成した「常願寺川有峰発電計画」だ。有峰盆地を利用して重力式コンクリートダムを築き、七つの発電所を整備。計26万7600kWの出力を確保した。総工事資金は約372億円と、当時の同社資本金の7倍を超える規模。展示ブースでは、わずか3カ年でコンクリートの打設を完了した有峰ダムの工事風景の写真が並び、社運を賭けた開発の実態を具体的にたどることができる。地域共創部の佐藤安紗希地域・エネルギー広報チーム副課長は「当時の会社規模では到底考えられない挑戦。今の若手社員にとっても刺激となるだろう」と語る。


終盤には災害復旧の様子も 被災した実物設備を設置

ギャラリーの終盤では、能登半島地震における復旧・復興の様子が伝えられている。被災した碍子や電柱などの実物設備に加え、停電復旧に奔走する社員の姿を収めた写真も並ぶ。アーカイブギャラリーについて野﨑氏は「このギャラリーには、電力マンの使命感と責任感が凝縮されている。地域と共に歩み、安定供給を支え続けてきた北陸電力のDNAを感じてもらえるはずだ」と続ける。

アーカイブギャラリーは本店ビルの営業時間内(平日午前8時40分~午後5時20分)に自由に見学できる。パネルのほか、北陸電力初の石炭専用船「北陸丸」の模型や、時代ごとの作業服なども並び、見どころ満載だ。

地域と共に歩んできた北陸の電気事業。その想いを今に継承する場として、ギャラリーは重要な役割を担う。北陸電力は北陸地域と共に発展してきた先人の姿を伝えるとともに、地域との絆を次世代へつなぐ考えだ。

【イニシャルニュース】ENEOSお家騒動? 関係会社人事巡る憶測


ENEOSお家騒動? 関係会社人事巡る憶測

ENEOSホールディングスが9月下旬に発表した、関係会社で電気・ガスの販売を行うENEOSパワーと、再生可能エネルギー事業を展開するENEOSリニューアブル・エナジー(ERE)の運営一体化に伴うトップ人事を巡り、業界にさまざまな憶測が広がっている。

発表によると、小野田泰・ENEOS保険サービス社長が10月1日付でERE社長に就き、来年4月1日付でEパワー社長に就任する。ERE前社長の竹内一弘氏は特別理事に。またEパワー社長の香月有佐氏は、来年4月1日付で両社の副社長に就く。「(両社の)経営の実質的な一体運営体制への移行」が目的だ。

この人事については、旧日本石油系の勢力がENEOS内で弱まっているのを機に、旧東燃ゼネラル出身でENEOSHD社長の宮田知秀氏が東燃ゼネ勢力の復権を狙い巻き返しを図ってきたと見る向きがある。

「小野田氏は東燃ゼネ出身で、2016年には宮田氏と共に同社の専務を務めていた間柄。優秀な人物でコーポレート・経営企画部門に携わってきたが、19年にJXTGエネルギーの常務執行役米州総代表となり、23年に現在の保険サービス社長と本流から外されていた。それを今回、宮田氏が電力・再エネ事業のトップに据えたわけだ。自分の後継含みとの意味合いもあるかもしれない」(東燃ゼネOBのA氏)

一方で、別の東燃ゼネOBのB氏によると、小野田氏は日石と東燃ゼネが17年に合併しJXTGとなった際の橋渡し役を務めた経緯があり、日石側からも一定の評価を受けているという。「電力・ガス小売りや再エネを取り巻く環境が厳しさを増す中、小野田氏には東燃・JXTG時代の経験を生かし、日石出身の香月氏と二人三脚で事業の立て直しを図ってほしいということではないか」

果たして今回の人事は、ENEOSを巡るお家騒動の現れなのか、それとも事業再構築の一環なのか。今後の動向が注目される。


高市氏のエネ人脈 旧安倍派復権なるか

高市早苗氏が10月に自民党総裁に就任し、新首相に選出されるか、政局を絡めた攻防が繰り広げられている(10月中旬現在)。保守寄り、そして故・安倍晋三元首相の路線継承がその政治姿勢の特徴だ。そのために岸田、石破両政権下で冷遇された旧安倍派の政治家の復権の可能性が高まった。これが高市氏のエネルギー・原子力、安全保障の関心とともに、プラスの方向に働くかもしれない。

憲政史上初の女性首相が誕生

旧安倍派、つまり解散した清和政策研究会は、福田赳夫元首相の派閥に岸信介元首相の支持グループが合流してできた。メンバーには自民党内のタカ派が多かった。また福田氏が原子力を支援した影響が残り、原子力立地地域の議員もかなりいた。高市氏は2000年ごろに清和会に一時属し、派閥を離脱。しかし同会の森喜朗、安倍の各首相に評価され要職を歴任した。

こうした経緯から、人脈では原子力に詳しい議員が多い。落選中だが、新潟のH、T、茨城のI(無派閥)の元各議員だ。旧安倍派の大物では東京のH議員、埼玉のS議員が安倍内閣や党執行部で高市氏と関係が深く、エネルギー問題にも精通している。彼らは原発の再稼働と規制見直しにも積極的だった。旧安倍派議員らが復権すれば、原子力政策の推進に一段と弾みが付く可能性がある。

電力にとらわれない価値提供を 新規事業を生み出す〝ベンチャー集団〟


【中部電力】

情報ネットワークと最新技術を駆使して、地域の社会課題を解決する─。

電力会社の枠を越えた中部電力・事業創造本部の取り組みに注目だ。

一般的に電力会社は、安定供給を使命とすることから、保守的な社風であることが多い。しかし、中部電力には〝ベンチャー集団〟のような組織がある。それが「事業創造本部」だ。電気事業に加えて、会社の柱となるビジネスを生み出すために新たな価値創出に挑んでいる。

同部の歴史は浅い。2018年4月に「コーポレート本部事業戦略室」という名称で立ち上げられ、翌年に現在の名称で正式発足した。ところが、新型コロナウイルス禍やウクライナ危機などで中電を取り巻く経営環境は悪化。本来、中長期的な成果が求められる中で「足元の収支を気にしなければならず、迷走した時期だった」(事業創造本部の沖本匡司・事業戦略ユニット長)という。

事業創造本部の社内向け展示会を初開催

しかし、24年ごろから部署に課せられた役割を見つめ直し、中電のインキュベート機能(新規事業の起点)と再定義した。「スクラップ&ビルド」をキーワードに、これまでに立ち上げた事業の取捨選択を行い、リソースを投入する領域の明確化に取り組んでいる。ミッションは、事業が自律的に運営できる段階まで育て上げ、他事業部への移管、子会社としての独立といった出口につなげることだ。

これまで経験のない事業への挑戦であるため、約160人のメンバーのうち、4割近くをキャリア採用者が占める。近年は全社的にキャリア採用を増やしている中電だが、その中でも突出して多様性のある組織だ。


テレメータリング事業を独立 利用件数は35万件突破

事業創造本部が「本命」として期待するのが、テレメータリングサービスだ。テレメータとは、テレ(遠方)とメータ(測定機)を組み合わせた造語で、ある地点のリアルタイムの様子をオンラインで監視できる遠隔自動データ収集装置。導入した事業者は、検針や警報情報の取得、メータの制御を遠隔で実施できる。中電はメータのデータ取得と遠隔制御の双方向通信を提供し、通信回線サービスと通信端末、メータデータクラウドサービス(中電MDMS)をセットで展開してきた。

最大の特徴は、データ活用が電力だけでなく、水道やガスといったほかのインフラにも拡大している点だ。競合他社が水道やガスで個別のサービスを提供しているのに対し、中電MDMSは共通のクラウドサービスで一元的に扱える。事業者にとっては検針票の紙費や現場出向の燃料費削減というメリットのほか、浸水・断水エリアの推定や高齢者のフレイル(心身状態)検知など、災害に強く暮らしやすい街づくりに寄与する。

18年に実証を開始し、21年に中部エリアのガス・水道事業者向けにサービスの提供をスタート。23年には中電テレメータリング合同会社として独立させ、通信回線サービスの利用件数は35万件を突破した。「新規事業として分離したことで柔軟性を持った運営が可能となり、全国規模で使えるフォーマットを確立する段階にきている」(沖本氏)。収益力も高く、今後はメータのデータから得られる情報に基づいた水道管の更新口径などの最適化や、DX(デジタルトランスフォーメーション)による水道広域化の推進といった新たなサービスへの展開も見込まれる。


稲作由来のメタンを減らせ 水を張らないコメづくり

新規事業を推進する上での課題は、社会課題の解決(ロマン)と経済的利益(そろばん)を両立させることだ。

そこに挑戦する一例として「水を張らないコメづくり」(節水型乾田直播栽培)がある。あまり知られていないが、田んぼからはCO2の25~28倍の温室効果があるメタンガスが放出される。国内では牛のげっぷよりも田んぼからのメタン排出量の方が多く、農業分野の温室効果ガス排出量では稲作が3割近くを占めるほどだ。

節水型乾田直播栽培の実証(愛知県新城市)

こうした課題を解決するのが節水型乾田直播栽培だ。通常の稲作では、育苗箱で苗を育てた後に、水を張った田んぼに田植えを行う。しかし、節水型乾田直播では乾いた田んぼに種もみ(もみ付きのコメ)を直接まき、水管理に手間をかけない。菌根菌やビール酵母資材といったバイオスティミュラント(生物刺激)資材を活用することなどで可能になった。従来の栽培法に比べて、メタンの排出を7割以上削減でき、作業時間も短縮される。

中電は昨年、この栽培方法で稲作も行う農業ベンチャーNEWGREENへ出資。今年度は愛知県、三重県、長野県で実証を進めた。9月に行われた事業創造本部の社内展示会では、実証で栽培されたコメが振る舞われ、参加者からは評判だった。

そろばんの面ではどうか。NEWGREENとドイツの化学大手BASFは、節水型乾田直播栽培におけるメタン削減に対して、国際的に信頼性の高い認証を取得する仕組みを構築し、この取り組みで栽培されたコメの環境価値の創出を目指している。環境価値を付加したコメの流通が中電のコメづくり事業の最終目標だ。

事業創造本部の強みは、スタートアップのような素早い決断や決裁ができることだ。実際にNEWGREENへの出資は、担当者が同社主催のイベントに参加してから約3カ月後に実現したという。同部はほかにも、電力供給や電気工事の知見を基にEV導入をワンストップでサポートするエネマネシステム「OPCAT」、学校や園向けのモバイル連絡網「きずなネット」など電力会社の枠を越えたサービスを提供している。電力の安定供給に加え、社会課題の解決という新たな使命を担う─。事業創造本部は、中電の未来を形づくる原動力となっている。

再エネ予測精度評価法を再考 気象の精緻さより経済性指標


【気象データ活用術 Vol.8】加藤芳樹・史葉/WeatherDataScience合同会社共同代表

先日X(旧Twitter)で「FIP勉強会及びマッチングプラットフォーム」という資源エネルギー庁のサイトを紹介する投稿に目が留まった。そのサイトには、気象予測サービスなどの紹介やマッチングを予定していると書かれていた。気象業界で働く者としては歓迎する流れではあるものの、ちょっと厄介な話に向き合わなければならないことを覚悟する次第である。

厄介な話とは、ズバリ予測精度の議論である。結論から述べると「再エネ発電量の予測精度の評価方法は標準化されていないので、直ちに画一した精度評価指標を定めよう」と提案したい。その必要を実感していただきたく、最も厄介な太陽光発電量の予測精度について論じることとする。

予測の精緻さよりビジネス視点の評価指標

一般的に、予測精度をたずねた際に期待する返答は「90%以上の的中率です」など直感的に分かりやすい指標だろう。しかし、予測開発側の立場としては、そのように単純化して語るのが難しい。特に太陽光の予測精度評価には多くのトラップがあり、数値だけが一人歩きすることを避けるため評価条件を十分に共有しなければならない。太陽光の精度評価トラップとは、①夜間は発電量ゼロであること、②地球の自転公転により発電出力の上限が一定でないこと、③予測リードタイムによって精度が変わること、④均し効果で誤差が小さくなることである。③④は風力発電の予測精度評価にも共通する。

①夜間の出力は常にゼロで予測的中率100%となるため、これも評価に含めると高精度に見せることができる。日の出から日没の間で評価するのが誠実な方法だが、その時間帯は季節や地域によって異なる。これは②のトラップへつながる。地球の公転により季節ごとに太陽高度と日射量が変化し、夏至付近は冬至の約2倍の発電ポテンシャルがある。加えて自転の影響により、日の出・正午・日没で出力上限値が大きく変動する。緯度や経度の違いも加わるため、発電量の“理論上の上限値”は季節・時刻・場所で変わり続ける。これが意味することは、予測精度をパーセントで示す場合に、比較基準をそろえるための計算式分母が一定しない=太陽光の予測精度はパーセントで評価することができないという構造的な問題がある。

そもそも評価目的の本質は、発電量予測の精緻さそのものではなく、インバランスコストをどれだけ抑えられるか、すなわちビジネスとしての有効性ではないだろうか。これを見る一つの指標として【単位容量当たりのインバランスコスト】という切り口はどうだろうか。これは“インバランスコスト積算値 ÷ AC容量”で算出され、値が小さいほど望ましい。インバランスコストをAC容量で正規化することで、発電所やBGの規模に寄らず、ビジネス視点で予測性能を公平に比較できる。気象要因だけでなく、インバランス価格の不確実性も考慮した総合的な予測性能を評価できる点で、実務的な指標である。ただし、インバランス単価や評価期間をそろえるなど、比較条件の統一が前提となる。

かとう・よしき/ふみよ 気象データアナリスト。ウェザーニューズで気象予報業務や予測技術開発に従事。エナリスでの太陽光発電予測開発などの経験を生かし、2018年から「Weather Data Science」として活動。

・【気象データ活用術 Vol.1】気象予測を応用 電力消費や購買行動を先読み

【気象データ活用術 Vol.2】時をかける再エネ予測開発⁉ 三つの時間軸を俯瞰する

【気象データ活用術 Vol.3】エネルギー産業を支える 気象庁の数値予報モデル

【気象データ活用術 Vol.4】天気予報の信頼度のもと アンサンブル予報とは

【気象データ活用術 Vol.5】外れることもある気象予報 恩恵を最大限に引き出す方法

・【気象データ活用術 Vol.6】気象×ビジネスフレームワーク 空間・時間スケールの一致とは

・【気象データ活用術 Vol.7】エネルギー分野でも活躍中 新たな専門人材が開く未来

大阪・関西万博が閉幕 次世代エネ技術を感じる場に


大阪・関西万博が10月13日、閉幕した。「いのち輝く未来社会のデザイン」を掲げ、国内開催では過去最多となる158の国と地域が参加。184日の会期を通じ、2005年の愛知万博を上回る2500万人超の来場者があった。最先端技術がめじろ押しとなった中で、エネルギー分野のパビリオンも注目を集めた。

電力館には約82万人もの来場者が足を運んだ
提供:電気事業連合会

電気事業連合会が出展した「電力館 可能性のタマゴたち」では、来場者がタマゴ型デバイスを使って、最先端のエネルギー技術を体験できる仕掛けを用意。核融合などの壮大なテーマから、廃棄されるうどんを原料に発電する「フード・エネルギー・サイクル」まで、多彩な展示が並び、約82万人が来場するなど好評を博した。岡田康伸館長は、「全身を使って楽しみながら学べる展示体験が好評で、次世代を担う子どもたちに、エネルギー問題を自分ごととしてとらえ、考える機会を提供することができた」と振り返った。

日本ガス協会が運営した「ガスパビリオン おばけワンダーランド」では、最新のXR技術を駆使したアトラクションが人気を博した。69万人を超える来場者が案内役のキャラクター「ミッチー」と共に都市ガス業界の取り組みや「eメタン」について学んだ。大阪ガスの担当者は、「ガスパビリオンでの体験が、子どもたちにとってエネルギーの未来を考えるきっかけや原体験になればうれしい」と語った。      エネルギーを身近に感じる機会を提供した両パビリオンの試みは、次世代の可能性を開いたと言えよう。

脱炭素&デジタルが世界の潮流 ZEHはGX住宅に進化


【業界紙の目】荒川 源/月刊スマートハウス 発行人

GXの大胆な予算措置で、暮らしや住宅・建築物の省エネ深掘りが加速し始めた。

ZEH水準を超えたGX志向型住宅も登場し、新築市場を中心にさらなる拡大が予想される。

今年の世界経済には、地政学的緊張、技術革新、環境問題、そして金融政策の変化が絡み合い、複雑な影響を及ぼした。何といっても米大統領選で再選したドナルド・トランプ大統領の政策断行は世界中の人々が注目している。同氏が掲げるMAGA(Make America Great Again)をスローガンに挙げた大胆な貿易政策決定は、貿易摩擦を引き起こし一時は未曾有の米景気減退の事態となった。米国一強で世界経済が回っていないことが露呈し、同時に米経済の及ぼす相応の影響力も知らしめた。世界貿易は断片化し、企業はサプライチェーンの再構築や地域の再選定など事業継続するための選択を余儀なくされている。

片や、脱炭素は相変わらず各国で叫ばれつつ、再生可能エネルギーやクリーンテクノロジーへの投資が増加している。加えて、経済のトレンドとしては、どこもかしこもデジタル化と技術革新をAI元年のようにうたうようになった。バイオテクノロジーや持続可能な技術への投資も加速している。地政学的リスクや金融市場の不安定性が経済に影響を与える中で、技術革新と持続可能性への移行は進み、AIや再エネ分野への投資が新たな経済成長の可能性として期待される。

GX予算で住宅業界のCN対応が加速する

この脱炭素化とデジタル化、二つの世界的テーマを組み合わせた取り組みがわが国でも取り沙汰されている。それがGXである。

未来のための合言葉として国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、世界各国が「2050年までのカーボンニュートラル(CN)の実現」を表明しているが、この目的達成にGXは大きな役割を持つ戦略として国際的な潮流ともなっている。また、投資家が環境、社会、ガバナンスに配慮した企業に投資するいわゆるESG投資の機運も高まっており、GXへの取り組みも企業の価値を高める上で重要視される。


住宅業界の対応加速へ 制度・支援を充実

そもそもGXとはグリーントランスフォーメーションの略称であり、一般的には化石燃料中心の産業・社会構造から、クリーンエネルギー中心へと転換するための経済改革などあらゆる取り組みを指す。わが国は10年間で官民合わせて150兆円を超える投資を実現し、脱炭素と経済成長を両立させるという。GXを加速させるためのエネルギーをはじめとする個別分野の取り組みとして「蓄電池」や「次世代自動車」など19もの分野でカテゴライズされている。再エネ拡大のための電力系統の整備やCO2排出を抑制する製鉄技術、太陽光発電や蓄電池産業の拡大の他、日本が技術力を保有する分野がある。再エネは単にそれを増やすのではなく、それを抑制して市場システムに組み込む政策を加速させる。

その19のカテゴリーの中には、住宅業界として「くらし」と「住宅・建築物」が主な対象となっている。「くらし」では、日本の温室効果ガス排出量は消費ベースで約6割を家計が占めるとされていることから、GX製品をはじめとする脱炭素型の製品・サービスの価値が評価・選択され、国民の暮らしに浸透することで、光熱費の削減や快適性、生産性の向上を目指す。エネルギーの自立化によるレジリエンス向上も目指しつつ、需要側から国全体の脱炭素をけん引することを目的とする。

北川進氏らがノーベル化学賞 気体貯蔵など幅広い応用に期待


今年のノーベル化学賞を京都大学特別教授の北川進氏ら3人が受賞することが決まった。気体の貯蔵などに役立つ新素材「金属有機構造体(MOF)」を開発した功績が評価された。日本人の化学賞受賞は、19年に旭化成名誉フェローの吉野彰氏が受賞して以来9人目だ。

日本人9人目となる化学賞を受賞した北川進氏
提供:時事

MOFは金属イオンと有機分子を組み合わせたもので、内部には無数の微細な穴が並ぶ。素材の組み合わせを変えることで、特定の物質を狙って取り込むことができ、CO2の回収や水素、天然ガスの貯蔵など、幅広い応用が期待されている。

北川氏は1980年代から、近畿大や東京都立大、京都大と拠点を移しながら、MOFの先駆けとなるPCP(多孔性配位高分子)の研究に注力してきた。95年から2003年にかけては、大阪ガスと共同研究を行っていたという経緯がある。

1995年当時、同社はガスの吸着・貯蔵を目的に、PCPの研究に取り組んでいた。その中で、学会に参加した担当研究員が北川氏と意気投合したことをきっかけに共同研究が始まった。北川氏が97年に発表した論文では、同社研究員も共著者として名を連ねている。

藤原正隆社長は、研究員の上司として同分野に携わっていたこともあり、今回の受賞にひときわ強い思いを寄せる。「当社は約10年間、共同研究などでご一緒させていただいた。その成果が少しでも、今回の栄誉あるご受賞に結びついていたたなら、大変喜ばしく思う。長年にわたるご尽力と情熱を結実されたことに、心から敬意を表します」と祝いのコメントを寄せた。

産油国は増産継続 引き続き不透明な価格動向


【マーケットの潮流】橋爪吉博/石油情報センター事務局長

テーマ:原油価格

量こそ縮小傾向にあるものの、OPECプラスは増産を続けている。

国際情勢の変化や産油国の思惑が複雑に絡み合い、価格動向は不透明だ。

OPECプラスの有志8カ国は、10月5日のウェブ会議で、石油市場の健全なファンダメンタルズと堅調な世界経済成長見通しを踏まえ、10月に続いて11月も日量13・7万バレルの減産緩和(増産)を確認した。市場観測に沿った10月の増産を継続する合意だが、今年5~9月の増産幅(日量41・1万バレル)を圧縮する内容であり、翌6日のアジア市場では想定内として、わずかながら反発した。

産油国はシェア確保を狙っているのか


毎月の生産協定見直し カルテルの新形態

減産緩和・増産を開始する今年3月以前、OPECプラスには3段階の減産合意があった。ベースとなる生産量(22年10月)に対して、①経済制裁あるいは内戦中のイラン・リビア・アルジェリアの3カ国を除く参加国20カ国による協調減産(日量200万バレル、2026年末終了予定)、②サウジアラビア・ロシアなど主要有志8カ国による自主減産(日量165万バレル、今年4月から縮小中、26年末終了予定だった)、③有志8カ国による追加自主減産(日量220万バレル、終了)─の三つである。今回の決定は10月に続いて、②の緩和・増産を延長するものだ。

3段階の減産合意は、ウクライナ戦争に伴う対露経済制裁によるロシア減産の回避(ロシア原油輸出先の中国・インドなどへのシフト)、米欧の利上げ(22年下期)による世界経済の減速を主な要因とする原油価格軟化に対応したものだった。ただ、②③は23カ国の全参加国による合意が難しかったため、減産を必要と考える、あるいは減産の余裕がある主要8カ国の合意による「自主減産」という形式にしたのであろう。

本来、カルテル組織における増減産・生産調整は、あくまで全メンバーによる基本生産量に対するプロラタ(均等割当)が基本である。自主減産はカルテル組織としては異例の考え方で、OPECプラスのカルテル構造は二重化したものと考えるべきだ。したがって、有志8カ国の自主減産の解消が優先され、8カ国会合で決めることになる。

OPEC時代には、増減産時は常に総会(臨時総会を含む)を開催して生産協定を決めていた。組織として、生産協定の対象期間の世界の石油需要量の想定を行い、そこから非OPEC産油国の供給量を控除したものをOPEC需要量(Call on OPEC)として、OPEC生産量を決定していた。考え方はOPECプラスも変わらないが、意思決定については、全加盟国で合意できないことが多く、機動的な対応とは言えない状態だった。その意味で、毎月ウェブで主要8カ国が会合し、生産協定を見直す体制は、カルテル組織として一種の「進化」と言えるかも知れない。

OPECプラスは、米国のシェール増産・最大産油国化に対抗するため、16年秋、サウジアラビアとロシアを中心に設立された。OPEC加盟国13カ国とロシア・カザフスタンなど非加盟産油10カ国の協力組織である。世界第2位の産油国であるロシアと第3位のサウジによる2位・3位連合、あるいは「石油同盟」とも言える。世界の石油生産シェアも、OPECだけで32%だったものが、OPECプラスで54%となった。17年初めに生産調整を開始、20年には新型コロナウイルス禍の減産方針を巡って一時決裂したが、その直後、日量970万バレルという史上最大の減産合意を実施し、パンデミックによる需要激減を乗り切った。世界的な脱炭素化に対応するため、またロシアの戦費調達のために価格維持の方針を優先した時期もあった。

しかし、ウクライナ戦争の副産物である「世界の分断」やグローバルサウスの勢力伸長による気候変動政策の世界的退潮で、最近は産油国がかつての自信を取り戻し、長期を見据えた「シェア回復」方針に回帰したように見える。すなわち、途上国の経済成長に伴う「オイルピーク」(石油需要が最大になる時期)の先送りを前提に、当面はシェア確保によって需要量増加に伴う石油増収を図ることが有利との考え方に変化したのではないか。特に、サウジやアラブ首長国連邦(UAE)といった生産余力を有する産油国ではその傾向が強い。


需要予測に大きな差 中国の不気味な動き

ただ、この点については、参加国には米国を中心とする経済制裁に直面し、生産量拡大は難しく高価格を望むロシア・イラン・ベネズエラも含まれている。今回の減産緩和も規模を巡り、サウジとロシアが対立したと言われており、留意が必要だ。

増産姿勢を示すサウジは慎重に対応している。今回の合意では、増産幅は前月(日量13・7万バレル)据え置きで、前々月(日量41・1万バレル)の約3分の1だった。しかも、過去に違反増産を行ったイラクやアゼルバイジャンなどに対しては、24年以降の合意違反の超過生産分を生産量から相殺することを約束させている。

今後の石油需要の伸びについて、国際エネルギー機関(IEA)は25年を前年比日量70万バレル増、26年を同60万バレル増との予想に対し、OPECは25年同130万バレル増、26年同140万バレル増と予想しており、倍近い差がある。OPECの強気見通しに従えば、OPECプラスの増産方針も理解できる。そもそも、双方の短期見通しのズレも、オイルピークの時期やピーク数量といった長期見通しの想定のズレに起因している気がしてならない。

一方、中国は現在、石油の戦略備蓄を積み増していると言われている。多くの関係者が需給緩和・価格下落を予想する中で積み増ししているのは、理由が分からず気味が悪いが、サウジの増産姿勢の要因となっていることは間違いないだろう。今後の原油価格動向は「不透明」としか言いようがない。

はしづめ・よしひろ 1982年中央大学法学部卒、石油連盟事務局入局。在サウジアラビア大使館二等書記官、石連流通課長・企画課長・広報室長などを歴任。2019年から現職。

ETSの制度設計進む 11月以降機微な論点に着手


来年度に始まる排出量取引制度(ETS)の議論が進んでいる。年末の取りまとめを目指し、経済産業省の事務局はこれまでに排出枠割り当ての勘案事項や水準などを提示。ただ、カーボンリーケージ(多排出産業の移転)などの個別論点は11月ごろ、制度の根幹となる取引価格の上下限価格の具体的水準は12月以降となる予定。制度設計の本番はこれからだ。

成長志向型CPとするためにリーケージ対策は必須だ

排出枠の割り当ては、エネルギー多消費産業が業種別ベンチマーク(BM)、それ以外は毎年一定比率で引き下げるグランドファザリング(GF)方式だ。発電部門の場合、発電BM水準を基準活動量にかけて算定。BMは2028年度までは100%燃種別とし、以降は全火力平均の比率を徐々に高め、30年時点で全火力40%、燃種別60%とする。ややこしい仕組みだが、電力需要増が見込まれる中、さらなる過度な火力退出を防ごうとする配慮の跡が見える。

制度全般で特に事務局が気をもむのがリーケージ対策だ。収益に対する排出枠調達コスト比率が一定水準を超える場合、不足分の一部を翌年度の割当量に追加する案が出ている。多数の委員が理解を示す一方、NDC(国別目標)との整合を求める一部委員が懸念を示している。

多消費産業関係者は「今の方針なら30年ごろまでは大きな負担にならなそう」とみる。ただ、「化学業界などは各社作っているものが全く異なり意見集約が難しい。また、GFとなる中規模企業はこの仕組みで本当にいけるのか。さまざまな論点があり12月までに全ての議論が終わるのか疑問」とも続ける。