【マーケットの潮流】松尾琢己/東京証券取引所カーボン・クレジット市場整備室長
テーマ:電力先物市場
自主的な排出量取引の場として、カーボン・クレジット市場が開設されて半年強。
同市場での取引の現在地と展望について、東証の担当者が解説する。
東京証券取引所(東証)では2022年9月22日から23年1月31日まで、経済産業省からの委託事業として、カーボン・クレジット市場の試行取引を実施した。その後、23年2月に閣議決定された「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を受けて、試行取引で得られた知見を踏まえて準備を進め、同年10月11日に金融庁の認可を受けて、正式にカーボン・クレジット市場を開設した。
本稿では、カーボン・クレジット市場の制度の紹介、市場参加者と売買の動向、最近の制度改正と今後の動向について紹介する。なお、以下、文中における意見などは個人的見解である。
まず、カーボン・クレジット市場の制度概要は、表の通りである(5月17日時点)。J―クレジットの現状の流通状況を踏まえ、売買は午前・午後の各1回のみ、売買単位も細かく1t―CO2としている。
また、個々のプロジェクト(の認証回数)ごとの売買を行うのではなく、需給を統合し、炭素の値段を公示することを意識して、標準化した取引を行うための「売買の区分」を設定している。例えば、省エネルギーであれば、省エネルギーに属する方法論によるプロジェクトを、売り方が事前に指定して売り注文を行い、売買を成立させることとしている。
決済では、登録簿システムの機能や現状の決済実務を踏まえて、約定日から起算して6営業日後(T+5)とし、決済の安全性確保のため、まずT+4に売り方からクレジットを東証口座に移転し、その後、T+5に買い方から代金を東証口座に振り込むこととしている。
カーボン・クレジット市場の制度概要
参加者は約280者に拡大 省エネと再エネ電力中心に
カーボン・クレジット市場で売買を行うためには、市場参加者として東証に登録を行う必要がある。登録要件としては、法人や地方公共団体など個人以外であれば参加可能とし、そのほかには、決済実施に必要なクレジット口座の開設や適格請求書発行登録事業者であること、などを求めることとしている。
市場参加者数は、5月17日時点で278者となっている。実証事業の最終の参加者数183者、市場開設時の188者から順次増加しており、引き続き登録申込を受け付けている。なお、当面の間、各種手数料は無料である。
市場開設以来、今年5月14日までで合計29万7022t―CO2の売買が成立し、一日平均の売買高で2092t―CO2となり、実証事業時の1752t―CO2を上回っている。売買の内訳を示すと、中心となる「省エネルギー」と「再生可能エネルギー(電力)」の状況は次のとおりだ。
省エネルギーは、加重平均の約定値段が1641円、累計売買高が9万2853t―CO2、一日平均売買高が654t―CO2となっている。そして再生可能エネルギー(電力)は、省エネと同様の順に、3158円、20万3728t―CO2、1435t―CO2という状況だ。
また、そのほかの売買の区分として、「森林」「再生可能エネルギー(熱)」「その他」においても、それぞれ約定が成立している。
マーケットメイカーを導入 24年度にも超過削減枠登場
さらに、政府保有クレジットの市場内における流通をはじめ、市場において継続的に売買を成立させるべく、経産省からの23年度の委託事業として、同年11月27日から24年2月29日まで、試行的なマーケットメイカー(金融市場がスムーズに機能することを目的に、特定の資産を大量に売買する市場参加者)制度を実施した。
東証では、申請を受けて、要件を満たした5社をマーケットメイカーとして指定した。実施前後で、一日平均売買高が省エネルギーで345t―CO2から842t―CO2と2・4倍に、再生可能エネルギー(電力)では340t―CO2から2058t―CO2と約6・1倍に増加するなど、取引の活性化がみられた。
そして、前年度の試行的実施の実績を踏まえて、24年度の同省からのGXリーグ関連の委託事業の一部として、マーケットメイカー制度を本格的に導入することとなった。5月15日に利用規約の一部改正を行い、マーケットメイカーの指定募集を開始した。制度内容として、所定の数量と値幅で売り買い両方の注文を午後立会の注文受付時間中に行うこととし、一定の条件を満たした場合には、試行的実施同様、表彰することしている。
現在、GXリーグにおける排出量取引の制度検討や実施状況を踏まえて、取り扱うクレジットの追加などについて準備している。具体的には、GXリーグの排出量取引(GX―ETS)における、個社が掲げるCO2削減目標達成に使える「超過削減枠」が、早ければ24年度にも創出される可能性がある。このことを踏まえ、同省の24年度におけるGXリーグ運営に関する委託事業の一部として、同年中に超過削減枠の取引の場を提供予定であり、制度要綱についての検討を進めているところだ。
今後、26年度以降に予定されているGX―ETSの本格稼働など、政府の政策動向を注視しつつ、クレジットの需給状況や利用者ニーズを適宜調査・把握し、必要に応じた取引制度の見直しと、さらなる流動性の向上や市場の厚みをもたらす方策について、継続的に検討を進めていく。
まつお・たくみ 1992年東京証券取引所入所。派生商品部、総合企画部などを経て、2022年から現職。