【新電力】毎年変わる電源原価 進まない需要家の理解醸成


【業界スクランブル/新電力】

2024年度がスタートし、小売電気事業者による、容量拠出金の負担が始まった。各社負担後の事業収支に則った形でのメニュー展開水準が決まり、需要家への説明は一巡したものと思われる。来年度以降、この料金改定が毎年の行事となるわけだが、需要家側の理解はほとんど追い付いていないものと見られる。

再エネ賦課金などと同様、電源原価として織り込まれ、毎年変わっていくものであること、その費用が日本全体の電力需要を供給する電源の固定費に賄われていることについて、理解醸成が求められる。

容量市場の価格形成のボラティリティを勘案して設計された長期脱炭素電源オークションも4月末、ついに初回の結果が公表された。落札者が長期的に安定した事業運営を行うことができるか、また積極的な新規リソースの導入につながるのか。第一回目の結果の検証は注目である。

需給調整市場も全面的に解禁となった。調整力の調達不足が課題として挙げられているところは、16年のJEPXの時間前市場の解禁時の動きに似ている。調整力を拠出するリソースを保有する事業者から見ても、このマーケットで投資回収をするには一定のトラックレコードが必要であり、新設の投資判断につながるマーケット形成について、動向が注目されるところだ。

電力システム改革の検証についても、3月からさまざまな事業者の意見、海外の事例などのヒアリングに入っている。この中では規制料金の在り方への論点提起が目立つ。システム改革から8年が経過し、ウクライナ情勢からの混乱を経て、どのような検証がなされるのか。(K)

1・5℃目標に呪縛されたG7 段階的フェーズアウトで前進


【ワールドワイド/環境】

G7気候・エネルギー・環境大臣会合が4月28~30日、イタリアのトリノで開催された。最近のG7会合は1・5℃目標を前提に現実から遊離した議論を展開する傾向が強い。トリノの大臣会合も同様だ。とりわけ昨年12月のCOP28で「1・5℃目標を射程内におさめる」ことを旨としたグローバルストックテイク(GST)決定文書が採択されたため、大臣会合コミュニケはこれを踏まえたG7の対応にスペースが割かれた。

今次会合で大きな争点になったのが排出削減対策を講じない石炭火力の取り扱いだ。GST決定文書ではインド、中国などの反発もあり、「フェーズダウン」のままだったが、今次共同声明では「削減対策を取らない石炭火力を2030年代前半もしくは気温上昇を1・5℃に抑える目標と整合的なタイムラインに沿ってフェーズアウトする」とされた。昨年6月の広島サミットでは具体的な年限を定めず、「国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力のフェーズアウトを加速する」としていたので一歩、踏み込んだ形となった。

日本にとって必要時に必要量を供給できる石炭火力を廃止することは低廉で安定的な電力供給に悪影響を与えるため、フェーズアウトのタイミングに選択肢を設けたことは評価できる。共同声明では1・5℃目標の達成には、35年に19年度比60%の排出削減が必要というIPCC第6次評価報告書の数字を引用し、それと整合的なNDCの提出の重要性を強調した。第7次エネルギー基本計画が35年60%との辻褄合わせのために非現実的なエネルギー需給構成を提示すれば、ただでさえ高い日本の電力コストがさらに上昇する可能性がある。中国、インドが60%目標のために経済成長を犠牲にすることは考えられず、1・5℃目標は既に死んでいるという事実を直視すべきだ。

今次会合で評価できるのはエネルギー安全保障、温暖化対策の両面での原子力の役割、特に原子力プロジェクトへの融資の重要性が書き込まれた点だ。国際金融機関、民間金融機関は再エネに対しては過剰な肩入れをする一方、原子力からは目を背けてきた。GST決定で再エネも原子力も導入拡大すべき脱炭素技術と位置付けられたことを踏まえ、レベルプレーイングフィールドの確保を急ぐべきだ。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【電力】多様化する事業 役員人事で見える成否


【業界スクランブル/電力】

新年度開始とともに多くの大手電力会社が経営計画を発表する。内容を見れば、本業の競争力向上に加え、再エネ開発、地域開発や国際事業など、一昔前には考えられないほど多様な計画が並ぶ。

電力会社の新規事業というと思い出すのが通信事業だ。1980年代当時、業務用の光通信網を持つ電力系は、NTTの対抗軸として期待された。だが、実際にその地位に就いたのはゼロから通信網を構築した第二電電だ。同社は、日本電電公社の社員であった千本倖生氏を専務として迎え、今日のKDDIに発展したのである。この分野に明確なビジョンを持つ人物の起用が、成功の鍵となったわけである。

勝手ながら当時の電力会社の様子を想像すれば、時流に遅れまいと通信事業を立ち上げ、いきなり配属された社員が苦心の末に作った資料に対し、優秀であっても業界に何のイメージも持たない役員達が延々と質問を浴びせ、挙句に結論は先送り、という光景が浮かぶがどうだろう。洋上風力事業などでも主導権を握り切れない姿を見るにつけ、過去の教訓は生かされているのだろうかと思ってしまう。

最近は、各電力会社とも即戦力としてのキャリア採用を増やしている。問題は、事業の全体像を描けるようなトップクラスの人材、端的に言えば、当時42歳の千本氏のような人物を幹部として迎えられるかどうか。常務以上のポストが依然として旧来の主要部門のボス達によって占められ、関係会社のトップは本社役員の天下り先になっているような会社には、新規ビジネスの匂いがしないのだ。同じことを同じように繰り返しながら、違う結果を期待するのは経営とは言えまい。(M)

欧州政府が送電会社に資本参加 系統整備推進やインフラ保護


【ワールドワイド/経営】

再エネ拡大を目指すドイツでは、風力発電の適地である北部と電力大消費地の南部を結ぶ送電線の建設が進まないことが長年の課題となっている。連邦政府は脱原子力の期限であった2022年末までに、南北を連系する超高圧直流送電線(3経路、総亘長約2400km)を建設する計画だったが、州政府や市民団体などの反対により計画は遅延し、完成は2027~28年ごろとなる見通しである。

再エネの系統への統合を実現するため、ドイツに4社存在する送電会社は巨額の投資を行い、系統拡張計画を迅速に実行することが求められる。こうした中、近年は送電会社の意思決定への関与や資金調達における支援の可能性を見据えて、ドイツ政府が送電会社に資本参加しようとする動きがみられる。

23年1月にはオランダの国有送電会社テネットが、ドイツ送電事業の売却に関して同国政府と交渉を行っていることを明らかにした。ドイツでも南北にわたる広範なエリアを制御するテネットは、24年以降毎年100億ユーロを超える設備投資を行う必要がある。同社株主のオランダ政府は、24~25年のドイツおよびオランダにおける投資を確実にするため、250億ユーロの融資枠を設定することを発表したが、オランダ政府のみでは今後増大する資金需要に対応しきれないとされる。

ドイツ政府はまた、23年11月に政策金融機関の復興金融公庫(KfW)を通して、同国南西部を制御するトランスネットBWの株式24・95%を取得している。トランスネットBWは長らく大手エネルギー事業者EnBWの100%子会社であったが、金融機関などから成るコンソーシアムにも株式を売却している。売却はEnBWの脱炭素化戦略実現に向けた資金確保のためと報じられている。

三つ目に紹介する50ヘルツトランスミッション(ドイツ北東部を制御)のケースは、前述の2社とは異なる。50ヘルツを傘下に収めるユーログリッドを巡っては、18年に中国の国家電網公司が株式20%の取得を目指す動きがあった。しかし、安全保障上の懸念から最終的にはKfWが株式20%を取得し、国家電網の資本参加を阻止した。

政権内では政府の資本参加により送電会社の独立性が損なわれると批判する向きもあるが、再エネ導入拡大のボトルネックである系統問題の解消が急がれる中、政府は今後も系統整備への関与を強めると予想される。

(佐藤 愛/海外電力調査会・調査第一部)

【マーケット情報/6月14日】原油上昇、米需要回復へ期待高まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。米国の経済が回復し、石油製品需要が強まるとの見方が広がった。

米国の連邦準備理事会(FRB)は12日、金利の据え置きを決定。しかし、その後に発表された経済指標が成長鈍化を示し、インフレ減速を示唆。FRBが市場の予想より早く利下げに踏み切るとの見通しが台頭した。米国の景気が回復し、それにともない石油製品の需要が増加するとの期待が高まった。

また、米エネルギー情報局(EIA)は、今年の世界における石油消費予測を上方修正。国際エネルギー機関も、今年および来年の石油需要が増加するとの見方を発表した。

一方、EIAは、今年の米国内における総産油量が、前年比で増加すると予測。加えて、米国の週間原油在庫は、市場の予想に反して増加。輸入が2018年以来の最高を記録したことと、製油所の稼働率が前週から減少したことが背景にあり、価格の上昇を幾分か抑制した。


【6月14日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=78.45ドル(前週比2.92ドル高)、ブレント先物(ICE)=82.62ドル(前週比3.00ドル高)、オマーン先物(DME)=81.97ドル(前週比1.89ドル高)、ドバイ現物(Argus)=82.17ドル(前週比2.18ドル高)

カタール新規LNG計画発表 CN再燃下で発表した狙いとは


【ワールドワイド/資源】

2月25日、カタールエナジーはノース・フィールド・イースト(NFE)、サウス(NFS)に続く新規プロジェクトウェスト(NFW)を発表した。生産能力は現時点の7700万tから2030年に1・42億tとほぼ倍増する。

ウクライナ侵攻から2年が経ち、カーボンニュートラル(CN)への意欲が再燃する中、NFE、NFSの販売は芳しくない。当該状況下でNFWを発表したのには表と裏の理由がある。

表の理由についてはまず信頼できる供給者としてのアピールが挙げられる。現在のLNG市場はロシア制裁やモザンビークの治安リスクに加え、米国がFTA非締結国向けLNG輸出認可を一時停止するなど、懸念事項が続出する。供給に対する不確実性が生じる中、カタールは量・供給安定性により信頼できるLNGサプライヤーであることを示す機会であり、安定供給・安価を指向するアジア地域にとって同国が優れた選択肢であることを再認識させるものとなる。カタールの思惑が結実した場合、固定的なLNG需要をカタールで賄い、変動分を米国などで賄うように誘導し、市場を支配する道が開かれる。

また、「今後50年間はガスの需要がある」とガスの将来性について楽観的であることもNFW発表を後押しした。他方でCNの潮流の中で同国に残る膨大な天然ガス埋蔵量を迅速にマネタイズする必要があると考えた、座礁資産化対策への現実的な動きでもある。先進国における化石燃料消費削減政策は、早急に化石燃料資源を収益化しないと天然ガス埋蔵量の価値が減少する可能性を暗示する。

裏の理由についてはLNG価格の下落を狙った可能性がある。カタールのLNGは安価かつ低CO2排出量であることで知られる。同国は生産コストが低く、ラストマンスタンディングとして最後まで収益を確保できる。他方でプロジェクトが停滞している国や生産コストの高い国に対しNFWの発表はFIDを躊躇させ、カタールが市場シェア・コントロールを拡大できる効果が見込まれる。さらに、LNGが手頃な価格であれば主要市場アジア、特に新興国におけるLNG需要喚起が見込まれ、新興国経済におけるガス・LNGの役割を定着するインセンティブが働く。アジアの一部地域では今なお石炭火力発電所が主力であり、ガスが代替するためには、安価で低ボラティリティであることが不可欠である。

(野口洋佑/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2024年6月号)


【サントリー・東京ガス・TGES/水素専焼による直火蒸留の実験に世界初成功】

サントリー、東京ガス、東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)は、サントリー山崎蒸留所内(京都)で、ウイスキー製造過程の直火蒸留を水素専焼で行う実証実験に世界で初めて成功した。都市ガスを使った従来の製法と変わらぬコクと力強い味わいを持つ品質であることを確認。今後、サントリー白洲蒸留所内(山梨)で実用化に向けた技術的検証に取り組む。その過程ではグリーン水素の使用を検討し、ウイスキー作りの脱炭素化を目指す。サントリーはスコットランドでも、英国政府の補助金を活用し、グリーン水素による脱炭素化を進めている。


【積水ハウス/ZEH基準を満たす戸建住宅販売が順調】

積水ハウスは4月、2013年の販売開始から10年間で、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー住宅)基準を満たす戸建住宅「グリーンファーストゼロ」の累計棟数が8万棟を超えたと発表した。23年度に着工した新築戸建住宅のZEH比率は前年度95%と、これまでで最も高い水準。賃貸住宅「シャーメゾン」や分譲マンション「グランドメゾン」を含めると、グループ全体で提供した新築住宅などの使用時のCO2排出量は13年度比38%削減となり、30年度目標に対し7割の進捗率を達成したという。今後も、50年度カーボンニュートラルの実現に向け着実に取り組みを進めていく方針だ。


【清水建設/建物間熱融通で省エネ実現へ】

清水建設は、複数の建物間で冷水や温水などの熱媒を融通し、街区全体でエネルギーを有効活用するシステム「ネツノワ」を開発したと発表した。AIを搭載したCEMS(地域エネルギー管理システム)により各棟の熱需要を予測し、省エネルギー・省CO2を図る。既に東京都江東区のイノベーション拠点「温故創新の森NOVARE(ノヴァ―レ)」に導入し、用途が異なる4棟間の熱融通モデルを構築した。各棟に分配配置した電気、ガス熱源、水蓄熱槽、ガス・水素コージェネレーションシステム、太陽熱利用システム、地中熱システムなどを統合制御することで省CO2の実現を目指す。


【岩谷産業/関東・首都圏のLPガス供給体制を強化】

岩谷産業は、輸入基地に隣接する「根岸液化ガスターミナル(横浜市磯子区)」内にLPガスシリンダー充てん所を建設した。年間の製造量は5万t。同社子会社のエネライフとともに、関東・首都圏エリアのLPガス供給体制を強化する。この拠点ではこれまでローリー出荷のみを担ってきたが、今後は、輸入からシリンダー充てんまでを一気通貫で行う。


【関電工/特定技能制度で電気工事の外国人実習生を業界初採用】

関電工は、業界で初めて、特定技能制度を活用し外国人実習生を受け入れた。制度改正により電気工事が特定技能項目に加わったことで、フィリピン国籍14人の技能労働者を屋内線技能職社員として採用。労働力確保とダイバーシティ推進で、建設業の魅力向上を目指す。今回の外国人実習生は、研修後の10月に各支店に配属され、照明器具取付作業などを担う。


【東海大学/ヒートポンプによるエネルギー再利用】

東海大学は4月、リサイクルエネルギーの活用に向けたセミナーを開催した。山川智教授が北海道の帯広厚生病院の事例を紹介。院内の医療機器やエネルギー設備からの廃熱をヒートポンプによって有効活用する仕組みを解説した。これにより、ガス設備を使った従来方式に比べてCO2を年間800t削減でき、廃熱の多いデータセンターなどでも効果的だと指摘した。

NEV政策で成功する中国 自国産業を利さない日本


【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

中国では2006~16年の10年間で、自動車製造台数が660万台から2600万台強へと約4倍に急増して、世界最大の乗用車市場となった。そして23年には3000万台を突破している。このような自動車の急増に伴い、中国ではエネルギー確保と環境問題対応が必須となって、新エネルギー車(NEV)に偏向した政策を進めている。

各国・地域の電動化などの目標

しかし、この中国の政策のウラには、日本の技術を取り入れて、自国の自動車産業を強力なものにしようという歴史がからんでいる。中国に日本の自動車メーカーが進出して生産拠点を構える時には、必ず中国企業との合弁会社をつくらせる制約があり、日本の自動車メーカーの技術を吸収する狙いがあった。

ところがトヨタをはじめ日本メーカーは、エンジンなどの重要部品は中国以外の工場で生産して、それをクルマとして組み立てる「ノックダウン方式」を取り入れた。合弁企業の中国側がその技術を吸収しようとしても、設計図や開発仕様書などはもちろん入手できず、エンジンを分解しても複雑な機構を解析することは困難であった。

そこで、中国政府は自国の自動車産業振興のために、複雑な技術で構成されているエンジンが不要となる電気自動車を優遇する政策をとることとなる。13年に中国政府は、新エネルギー車販売を促進する消費者向けの補助金政策を発表し、BEV(バッテリー式電気自動車)には最高6万元、PHEV(プラグインハイブリッド車)には最高3.5万元の補助金が出されたが、HEV(ハイブリッド車)は除外された。HEVでは日本の自動車メーカーを利することになるからである。15年には、中国政府は「中国製造2025」に関する通知を発表し、その10大重点分野の一つに「省エネルギー・新エネルギー自動車」を盛り込んである。さらに地方政府はガソリン自動車のナンバープレート取得を抽選かつ有償とし、新エネルギー車はナンバープレート取得を無償とした。この通知がきっかけとなって、中国は新エネルギー車の市場が大きく立ち上がることになる。

このように、自動車の電動化政策は地球環境を維持するためだけのものではなく、欧州も中国も自国の産業振興策が背景となっていて、日本の自動車メーカーが先導するハイブリッド技術を排除する意図が感じられる。そして、米国の電気自動車だけを生産する企業テスラの成功によって、国内のメディアは一斉にトヨタなどの日本の自動車メーカーが電気自動車の技術開発に注力しない状況を、日本の自動車産業のガラパゴス化と称する論評を掲載するようになった。

さらに、日本政府の対応が自国の産業の将来を全く考慮しないものであった。20年10月26日の総理所信演説では、パリ協定で定められた2050年のカーボンニュートラル化へ向けて、35年に新発売する自動車を100%電動車両にするというものであった。この電動車にはHEVも含まれているが、内燃機関だけの車両を禁じるというもので、このままでは国内の自動車産業が大打撃を受けるのでは、と危惧される。

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ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

映画『オッペンハイマー』に見る エネ問題への公衆参加の可能性


【オピニオン】戸谷洋志/立命館大学大学院准教授

 クリストファー・ノーラン監督の最新作「オッペンハイマー」が話題だ。気鋭の物理学者であったロバート・オッペンハイマーの悲劇を描いたこの作品は、日本では2024年に公開が開始され、大きな反響を呼び起こした。

原爆開発における政治と道徳の葛藤、そして科学者の社会的責任といった、今日においてもアクチュアルな問題設定を、正面から描き切っていることに加えて、本作において目を引くのは「原子力」そのものの美的な表象だ。連鎖核反応が起こる原子炉の中は、まるで一つの小宇宙であるかのように描かれる。実験のシーンでは、あまりにも非現実的なまばゆい光に、美しい音楽が添えられる。もちろん、そうした表現は不謹慎なのかも知れない。しかし、一方で原子力に備わる、そのように人間を惹き付ける崇高さが、多くの科学者を探究へと駆り立てていった―。ノーランはそのように解釈していたように思える。

日本ではこの作品に対する批判の声も多く耳にする。しかし、筆者はこの作品が、現代社会が置かれているエネルギーを巡る議論への公衆参加(パブリックエンゲージメント)を促す上で、大いに役に立つのではないか、と考えている。

例えば、対話型鑑賞法の技法を応用してはどうか。1980年代にニューヨーク近代美術館で開発された、芸術作品の鑑賞方法の一つであり、参加者が作品を観ながら、その作品から感じることを自由に議論する、というものだ。多くの参加者はつい作品に付されるキャプションを読み、批評家による作品への評価をそのまま受け取り、鑑賞体験は浅いものにとどまってしまう。一方、対話型鑑賞法を行うと、より深い作品の理解を促すだけでなく、作品において主題化された問題について、本質的な思考を喚起することができる。

ライフサイエンスの分野では、社会的な課題への市民参加を促すために、こうした対話型鑑賞法を応用する実践がしばしば試みられてきた。具体的には、ワークショップのような形で、生命をテーマにした芸術作品や、映画を題材に、市民同士が議論し、望ましい科学技術の社会的受容についてともに考えるのだ。それによって市民は高いモチベーションで議論に参加できるようになる、と言われている。しかし、エネルギーの分野では、まだまだそうした実践が本格的に行われていない。

もちろん「オッペンハイマー」から現実のエネルギー政策までの間には、大きな隔たりがある。その間を埋めるための工夫は必要だろう。しかし、この作品が映画として一流なのは間違いない。そこには、エネルギー分野の公衆参加を促す起爆剤として、大きな可能性が秘められているのではないか。

とや・ひろし 1988年東京都生まれ。専門は哲学・倫理学。法政大学文学部卒業、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。『ハンス・ヨナス 未来への責任 やがて来た子供たちのための倫理学』『原子力の哲学』など著書多数。

【コラム/6月14日】EUにおける天然ガスの供給多様化と存在感増すLNG


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻により、EUは、化石燃料のロシア依存からの脱却が求められた。とくに天然ガスについては、2021年初の時点で消費量の約9割を輸入しており、そのうちロシア産が、全体の約4割を占めていたことから、供給の多様化が重要な課題となった。このため、EUは同年3月8日に提案した欧州の共同アクションREPowerEUで、天然ガスのロシア以外の供給者からの輸入を増やし、ロシアへの依存度を1年以内に3分の2に減らすことになった。実際、EUにおけるパイプラインによる天然ガスのロシアからの輸入比率は2023年には8%にまで劇的に低下し、脱ロシアは着実に進展している。本コラムでは、天然ガスの脱ロシアを含む供給源・ルートの多様化についてのEUの取り組みを紹介する。

供給源・ルートの多様化についての具体的な取り組みは、まず、南回廊の拡張である。南回廊は、カスピ海海域から欧州に天然ガスを供給するパイプラインである。2020年末に運転を開始した南回廊は、2021年に81億立方メートル、2022年には114億立方メートルの天然ガスを欧州に供給し、それぞれEUの天然ガス輸入総量の2.4%と3.4%を占めた。また2023年には、120億立方メートルの天然ガスをEUに輸送したと推定される。

さらに、地中海にガスハブを創設することも、EUの天然ガス供給源・ルートの多様化につながると考えられている。この目的のために、EUは北アフリカおよび東地中海のパートナーとの活発なエネルギー対話を行っている。アルジェリアは、在来型および非在来型天然ガス資源の巨大なポテンシャルを有している。また、東地中海のイスラエル、エジプト、キプロスも膨大な海底ガス埋蔵量があるため、EUにとって東地中海地域も戦略的パートナーである。この地域からEUや世界市場へ天然ガスを供給するには、パイプライン、LNGいずれの選択肢も考えられる。

また、液化天然ガス(LNG)基地を通じてEUに輸入されるLNGは、天然ガスの安定供給に資する重要な輸送手段である。ロシアからのパイプラインによる天然ガス供給に代わって、大きく増大したのがLNG供給である。2021年において、EUの天然ガス輸入の内訳をみると、ロシアからのパイプラインによるもの41%、ロシア以外からのパプラインによるもの39%、またLNGによるもの 20%であったが、2023年においては、それぞれ、8%、50%、42%となっている。ロシア以外のパイプラインによる供給では、ノルウェーが大きな役割を果たしているが、LNGによる供給では米国の貢献が大きい。同国は、2023年におけるEUのLNG輸入量の46%を占めている。

今後も、EUの天然ガス輸入において、米国はますます重要な役割を果たすと考えられている。 2022年3月末、EUは米国とLNG取引の拡大に関する共通宣言を採択し、2022年に米国からのLNG輸入量を前年よりも150億立方メートル増加させるとしたが、この目標は計画より4か月早く2022年8月末に達成されている。また、共同宣言では、米国は2030年までに少なくとも年間500億立方メートルのLNGをEUに供給することで合意している。さらに、世界の LNG の供給量は、輸出国の生産量と液化能力の増加により、2024 年も引き続き増加すると見られている。これに伴い、EUのLNGによる輸入も引き続き増大すると予想される。

ただし、EUではLNGインフラの制約は依然として存在しており、いくつかの国は、LNG基地の拡大を急いでおり、LNGによる天然ガスの輸入能力は、2023年に400億立方メートル、2024年にはさらに300億立方メートル増大すると予測されている。LNGの場合、共同調達や浮体式貯蔵・再ガス化装置 (FSRU)の利用を通じて、低コストでフレキシブルな調達が可能となっている。このように、EUでは天然ガスの域外からの調達において、LNGの存在感が増すとともに、天然ガス調達におけるフレキシビリティを可能にするその重要性が再認識されている。わが国が、ロシアからの天然ガスの調達手段としてパイプラインではなく、LNGを選択したのは賢明な判断だったといえるだろう。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

舞洲工場にe―メタン設備が完成 大阪万博に向け実証開始


【大阪ガス】

大阪ガスは5月17日、舞洲工場(大阪市此花区)の敷地内で建設していたe―メタン(合成メタン)を製造するメタネーション設備が完成し、実証実験を開始したと発表した。生ごみを発酵して製造したバイオガスと水素から製造したe―メタンを都市ガス機器に使用できるか、検証する。7月ごろまで実証を行った後、設備を解体し、大阪・関西万博会場に設備を移動。2025年4月ごろから会場内の厨房やガスコージェネレーション設備などの都市ガス消費機器に利用する予定だ。

同日には竣工式が開かれた。大ガスの後藤暢茂常務執行役員は冒頭あいさつで「本実証事業を通じ、万博のカーボンニュートラル(CN)化に寄与するとともに、CN社会の早期実現を目指す」と意気込んだ。来賓で出席した環境省の吉野議章地球温暖化対策課長は「ネットゼロの実現に向けた大きな推進力になる」と期待を寄せた。式では、メタネーション設備の点火式が行われたほか、大阪・関西万博のキャラクター「ミャクミャク」が登場し、舞洲工場の敷地内で記念撮影が行われた。閉会後、e―メタンで沸かしたコーヒーが参加者に振る舞われ、都市ガス機器への活用を披露した。

竣工式の様子
提供:大阪ガス

設備は昨年8月に着工し、今年4月に舞洲工場で実証実験を開始した。スーパー大手のライフコーポレーションとの連携で大阪市内にあるスーパーから1日当たり約1tの生ごみを回収し、メタン6割、CO24割のバイオガスを製造する。バイオガスに含まれるCO2と再生可能エネルギー由来の水素を微生物によって反応させることでe―メタンが作られ、毎時5N㎥の製造量を見込む。製造したe―メタンはガス料理機器で燃焼試験を行い、安定的な都市ガス利用が可能かを確認する。


万博会場の生ごみ活用 DACで製造量拡大

25年4月の万博開催中は、会場から出た生ごみをバイオマスの原料として使用する。DAC(直接空気回収技術)設備で会場の大気から直接回収するCO2もメタネーションに使い、e―メタンの製造量を毎時7N㎥まで拡大する。

この実証実験は、環境省の「既存のインフラを活用した水素供給低コスト化に向けたモデル構築実証事業」に採択されている。実証後はメタネーション設備をスケールアップしつつ、30年までに生ごみ由来のバイオガスと再エネ由来の水素からe―メタンを製造するシステムを、近畿圏を中心としたごみ焼却工場や食品加工工場向けに導入していく方針だ。

エネルギー環境分野の技術革新 早期に成果を刈り取り再投資へ


【脱炭素時代の経済評論 Vol.03】関口博之 /経済ジャーナリスト

最近は新入社員が会社に「見切り」をつけるのが早い。厚生労働省の調査によれば就職後3年以内の離職率は大卒で32%、高卒で37%。そもそも「3年以内」を早期退職とみなしたわけだが、今や4、5月の時点で辞めてしまう例も少なくないという。わずか1~2カ月で「思っていたのとは違う」というのはいささか短慮な気もするが、10年はとにかく下積み、という時代でもない。モチベーションも続かないだろう。

これとは対照的な時間軸になるのがイノベーションの世界だ。革新的な技術開発には長い年月を要する。先日あるシンポジウムで新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術戦略研究センターの中村勉氏が示したデータによれば、エネルギー環境分野でより顕著だという。 1980年から87年にNEDOが新規採択した太陽光や風力、ヒートポンプなどの研究開発案件11件を分析したところ、プロジェクト開始から成果が売り上げとして立つまで平均20年かかっていたという。同じNEDOの投資案件でも工業技術分野ではこれが平均7年だったということで、卵がかえるまで抱き続ける「抱卵期」はエネルギー環境分野の方が明らかに長い。

技術革新には時間がかかる

中村氏は「だからこそ開発は早く始め、それを加速していくことが重要」と指摘する。

エネルギー分野の新技術はシステムを伴い、純粋な商用ベースでは技術が普及、浸透しづらい面もある(なので再生可能エネルギーの拡大にもFITやFIPが使われている)。また工業製品のように量産化によるコストダウンもすぐには実現しない。社会が受け入れるのにも段階を踏む必要がある。このため必然的に政策的支援や環境整備が求められることになる。これらはイノベーションを加速するためでもあり、「抱卵期」を息長く支えるためでもある。

こうした「技術を育む期間」にもう一つ大事だと思われるのは開発成果の〝早期の刈り取り〟を常に意識することだ。技術が全面完成する前でも、できるところから早くマネタイズしていくという発想だ。例えばA社がある要素技術で先行した場合、それを抱え込むのも一つの戦略だが、むしろ外販することによってスケール化し、早期に利益貢献を目指すという戦略も成り立つ。これをさらに次の段階の開発原資に回していけばよい。こうしたサイクルを作れれば「開発部門はお荷物」などとも言われないだろう。社会的にみても協調領域と競争領域のすみ分けが進むことになる。

NEDOの分析でもう一つ目を引いた点がある。毎年のNEDO投資が平均20年の「抱卵期」を経て、トータルではざっとその100倍規模の売り上げに結実したという事実だ。これこそがイノベーションの意義であり、醍醐味だろう。

技術開発と人材育成、同列には扱えないが通じるところはあるのではないか。企業は新入社員に投資を続け、成長の機会を与え続けてほしい。新入社員も給料のためだけに漫然と働くのでなく、自らに再投資もして能力や可能性を拡大していってほしい。未来のイノベーションは、まさにこれからの人材から生まれてくるのだから。

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.01】ブルーカーボンとバイオ炭 熱海市の生きた教材から学ぶ

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.02】国内初の水素商用供給 「晴海フラッグ」で開始

せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

GX関連施策で先行 炭素クレジット市場の現在地


【マーケットの潮流】松尾琢己/東京証券取引所カーボン・クレジット市場整備室長

テーマ:電力先物市場

自主的な排出量取引の場として、カーボン・クレジット市場が開設されて半年強。

同市場での取引の現在地と展望について、東証の担当者が解説する。

東京証券取引所(東証)では2022年9月22日から23年1月31日まで、経済産業省からの委託事業として、カーボン・クレジット市場の試行取引を実施した。その後、23年2月に閣議決定された「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を受けて、試行取引で得られた知見を踏まえて準備を進め、同年10月11日に金融庁の認可を受けて、正式にカーボン・クレジット市場を開設した。

本稿では、カーボン・クレジット市場の制度の紹介、市場参加者と売買の動向、最近の制度改正と今後の動向について紹介する。なお、以下、文中における意見などは個人的見解である。

まず、カーボン・クレジット市場の制度概要は、表の通りである(5月17日時点)。J―クレジットの現状の流通状況を踏まえ、売買は午前・午後の各1回のみ、売買単位も細かく1t―CO2としている。

また、個々のプロジェクト(の認証回数)ごとの売買を行うのではなく、需給を統合し、炭素の値段を公示することを意識して、標準化した取引を行うための「売買の区分」を設定している。例えば、省エネルギーであれば、省エネルギーに属する方法論によるプロジェクトを、売り方が事前に指定して売り注文を行い、売買を成立させることとしている。

決済では、登録簿システムの機能や現状の決済実務を踏まえて、約定日から起算して6営業日後(T+5)とし、決済の安全性確保のため、まずT+4に売り方からクレジットを東証口座に移転し、その後、T+5に買い方から代金を東証口座に振り込むこととしている。

カーボン・クレジット市場の制度概要


参加者は約280者に拡大 省エネと再エネ電力中心に

カーボン・クレジット市場で売買を行うためには、市場参加者として東証に登録を行う必要がある。登録要件としては、法人や地方公共団体など個人以外であれば参加可能とし、そのほかには、決済実施に必要なクレジット口座の開設や適格請求書発行登録事業者であること、などを求めることとしている。

市場参加者数は、5月17日時点で278者となっている。実証事業の最終の参加者数183者、市場開設時の188者から順次増加しており、引き続き登録申込を受け付けている。なお、当面の間、各種手数料は無料である。

市場開設以来、今年5月14日までで合計29万7022t―CO2の売買が成立し、一日平均の売買高で2092t―CO2となり、実証事業時の1752t―CO2を上回っている。売買の内訳を示すと、中心となる「省エネルギー」と「再生可能エネルギー(電力)」の状況は次のとおりだ。

省エネルギーは、加重平均の約定値段が1641円、累計売買高が9万2853t―CO2、一日平均売買高が654t―CO2となっている。そして再生可能エネルギー(電力)は、省エネと同様の順に、3158円、20万3728t―CO2、1435t―CO2という状況だ。

また、そのほかの売買の区分として、「森林」「再生可能エネルギー(熱)」「その他」においても、それぞれ約定が成立している。


マーケットメイカーを導入 24年度にも超過削減枠登場

さらに、政府保有クレジットの市場内における流通をはじめ、市場において継続的に売買を成立させるべく、経産省からの23年度の委託事業として、同年11月27日から24年2月29日まで、試行的なマーケットメイカー(金融市場がスムーズに機能することを目的に、特定の資産を大量に売買する市場参加者)制度を実施した。

東証では、申請を受けて、要件を満たした5社をマーケットメイカーとして指定した。実施前後で、一日平均売買高が省エネルギーで345t―CO2から842t―CO2と2・4倍に、再生可能エネルギー(電力)では340t―CO2から2058t―CO2と約6・1倍に増加するなど、取引の活性化がみられた。

そして、前年度の試行的実施の実績を踏まえて、24年度の同省からのGXリーグ関連の委託事業の一部として、マーケットメイカー制度を本格的に導入することとなった。5月15日に利用規約の一部改正を行い、マーケットメイカーの指定募集を開始した。制度内容として、所定の数量と値幅で売り買い両方の注文を午後立会の注文受付時間中に行うこととし、一定の条件を満たした場合には、試行的実施同様、表彰することしている。

現在、GXリーグにおける排出量取引の制度検討や実施状況を踏まえて、取り扱うクレジットの追加などについて準備している。具体的には、GXリーグの排出量取引(GX―ETS)における、個社が掲げるCO2削減目標達成に使える「超過削減枠」が、早ければ24年度にも創出される可能性がある。このことを踏まえ、同省の24年度におけるGXリーグ運営に関する委託事業の一部として、同年中に超過削減枠の取引の場を提供予定であり、制度要綱についての検討を進めているところだ。

今後、26年度以降に予定されているGX―ETSの本格稼働など、政府の政策動向を注視しつつ、クレジットの需給状況や利用者ニーズを適宜調査・把握し、必要に応じた取引制度の見直しと、さらなる流動性の向上や市場の厚みをもたらす方策について、継続的に検討を進めていく。

まつお・たくみ 1992年東京証券取引所入所。派生商品部、総合企画部などを経て、2022年から現職。

気候変動対策をテーマに講演会開催 費用便益分析の重要性など議論


【東京大学公共政策大学院】

気候変動に対する現実的なアプローチを考えようと、「気候変動をスマートに解決するには」と題したセミナーが、4月25日に都内であった。主催は東京大学公共政策大学院。気候変動対策などの費用便益分析の重要性について、シンクタンク「コペンハーゲン・コンセンサス」のビョルン・ロンボルグ・センター会長が講演した。

質疑応答するロンボルグ氏(左から1番目)

同氏は数百人の世界トップの経済学者らとともに世界課題に対する「最も効果的な対応策」を研究。米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出されたことでも知られる。

講演では、メディアなどで地球温暖化による悪影響が過大評価されるあまりに、他の社会課題が過小評価され、地球温暖化対策に費用を使い過ぎていると問題提起した。実際に世界で起きる山火事などの自然災害は気候変動対策を講じなくとも下降傾向にあることを指摘した。IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の調査結果によると山火事などの自然火災が要因で焼失した全世界の国土は、1900年代は毎年4%以上であったのに対し、2000年代に入ってからは3%ほどに減少している。このほか、ハリケーンや洪水など災害の発生データを持ち出し、同様に被害が誇張されている現状を示した。


最善策はグリーン革命 投資回収の予見性は必須

現行の気候変動対策について「非効率的な費用を支払っている」と指摘、ネットゼロ政策は典型例だという。ネットゼロで得られる利益は年間4兆5000億ドルと見込まれているが、目標を達成するのには27兆ドルの費用がかかる。つまり利益の約6倍のコストを要する。

では、気候変動対策の最善策とは何か。それは「グリーンエネルギーイノベーション」であり、具体例として米国のシェール革命を挙げた。

シェールガスは石炭に比べ、低価格で調達できる上に、単位エネルギー当たりのCO2排出量が約半分となるため、結果として排出量削減に大きく貢献した。技術者は気候変動の改善が目的ではなく、エネルギー資源の拡大を目的に開発したが、技術革新は利益の見込めない政策より優れているといえる。

気候変動問題は社会に山積する社会課題の一つに過ぎない。世界人口の約3分の1が貧困で死亡しており、本質的な解決には貧困脱却がベターとした。

同氏は「気候変動だけが唯一の問題ではないことも忘れてはならない」とその解決には広い視野が必要だと訴えた。

講演後には、参加者との意見交換でさらに望ましい気候変動対策の在り方を掘り下げた。

立憲民主党に「政権交代」の可能性 具体的なエネルギー政策の明示を


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

4月28日に行われた衆議院補欠選挙は、自民党が2不戦敗、1惨敗の全敗に終わった。通常の政治感覚なら、6月の国会会期末の解散などあり得ないが、突然派閥を解消するような岸田首相の行動を見る限り、今後の政局で何が起こるか分からない。衆議院の任期が後1年半に迫る中で、極度の自民党への政治不信の政局の中では、2009年以来の政権交代が実現する可能性も否定できない。

「マニュフェスト選挙」と言われたように、当時の民主党は政権を担った時に実行する政策を具体的に羅列していた。例えばエネルギー政策では、「全量買い取りの方式の固定価格買取制度を導入する」「一次エネルギーの総供給量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに10%程度の水準まで引き上げる」「安全を第一として、原子力利用について着実に取り組む」とある。現実的なもので、意外にもこれらは全て実現されている。

一方、現在政権を担う可能性がある立憲民主党は、党の綱領に「原子力エネルギーに依存しない原発ゼロ社会を一日も早く実現します」とあるが、仮に政権を担った場合に具体的にこの綱領を実現するためにどのような政策を実行するのか、何も明確にされていない。今夏にはエネルギー基本計画改定の議論が山場を迎え、来年度予算案も編成しなければならない。こうした中、綱領の「原発ゼロ社会」と目の前のエネルギーの安定供給をどう折り合いを付けていくのか、今の段階でもその策がなければ仮に政権交代となれば混乱の極みとなろう。

エネ政策巡り政界再編 現実的な政策の提示必要

立憲民主党が単独で過半数を獲得することは、現時点の候補者擁立状況ではほぼ無理だろうから、仮に政権を担う場合は他の野党との連立内閣となるだろう。しかし、立憲民主党の綱領と日本維新の会や国民民主党、有志の会のエネルギー政策の乖離は大きい。立憲民主党の泉代表は、目先の共通する政策課題を実現するための野党連合の「ミッション型内閣」を提唱しているが、エネルギー政策のミッションがなければ、組閣すらできないだろう。私たち有志の会は、エネルギー政策などを巡って政界再編を起こすべきであると考えている。

これまでは政権交代の可能性がなく、政権を取る本気さもなかったから、一部の支援者を喜ばせるための絵空事を掲げていればよかった。しかし、政権交代の可能性があるからこそ、今政権を預かった時に具体的にどのようなエネルギー政策を実行するのか、少なくとも09年の民主党のマニュフェスト並みの具体的で現実的な政策を野党勢力は提示する必要がある。

ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。