脱炭素には資金調達が重要 「トランジション・ファイナンス」とは


【リレーコラム】石川知弘/三菱UFJ銀行経営企画部 部長

世界的に認知されている日本語といえば「EMOJI」「MANGA」などがあるが、そこにトランジション・ファイナンスも加えてもよいと私は考えている。もちろん、トランジション・ファイナンスは和製英語ではなくレッキとした英語だ。最近は、このコンセプトに疑問を呈する声をほぼ聞かないが、ほんの3年前は全く様相が異なっていた。

3年前と言えば、英国グラスゴーでCOPが開催される半年ほど前。英国政府は、民間資金を気候変動対策に動員できる仕組み作りをCOPの目玉として位置付け、前英国中央銀行総裁のマーク・カーニーをトップに据え、民間金融機関主導で世界をカーボンニュートラル(CN)に導くムーブメントを作った。その目玉こそがGFANZである。

GFANZが設立された当初から私も関与してきたが、当初は「トランジション」という言葉を聞くことはなく、「グリーン」「再エネ」に資金提供することが強調された。私も「グリーンに投資するだけではCNを達成することはできない」と何度も主張したが、欧州勢の「化石燃料を使い続ける言い訳に過ぎない」との反論に接し、議論は並行線をたどった。しかしロシアのウクライナ侵攻などもあり、CNの道筋は平たんなものではなく、「トランジション」の重要性が認識されるようになった。


日本発のファイナンスを拡大

なぜトランジションが大事か? その答えは「社会全体がサステナブルになる必要があるため」ということである。再エネを主要な電源とすべきことに疑いの余地はないが、あらゆる国や地域が再エネだけに依拠することが難しい上、エネルギー・システムを変えるのには10年単位の時間がかかるのも事実だ。気候変動対応が世界各国で必要なことを考えると、いかに社会的なコストを最小化しつつCNを早期に達成するか、そのかじ取りが各国政府には求められる。ただ資金がなければこの取り組みは進まず、民間のトランジション・ファイナンスに注目が集まっている。

GFANZでは昨年からトランジション・ファイナンスに関する作業部会が設立され、50社以上が参加している。これは、日本政府がG7でその重要性を主張し、これを受け民間でも議論を深化させてきた結果といえよう。しかし問題はここからだ。コンセプトは定着しつつあるが、十分な金額がトランジション・ファイナンスとして必要な地域や産業に提供されているわけではない。日本発のコンセプトの次は、日本発のファイナンスの拡大に私も微力ながら貢献したい。

いしかわ・ともひろ 1996年慶応大学卒業。外資系証券会社や金融庁を経て、三菱UFJ銀行に入行。現職と同時に、GFANZやNZBAなどのグローバル・ネットゼロ・イニシャティブでMUFG代表を務める。

※次回は、日建設計ベトナムの井上郁美さんです。

【石油】原油価格上昇の背後に 「脱炭素の影」


【業界スクランブル/石油】

4月に入っても原油価格は上昇傾向にあり、ブレントと中東原油は90ドル前後、WTI先物は80ドル台半ばで堅調に推移している。その要因として底堅い米国景気や中国景気回復への期待のほか、OPECプラス主要6カ国による追加減産の延長、ウクライナとパレスチナの戦況激化による供給不安などが指摘される。日本の場合、金融緩和終了に伴う不思議な円安が円建て輸入価格の上昇に輪をかけている。先行き不透明と言わざるを得ない。

コロナ禍からの経済回復局面以来、消費国の需要増加に産油国の供給が追い付かず、需給はひっ迫気味だ。原因は、拙速な脱炭素政策に伴う石油への投資不足と産油国の生産政策転換で、原油価格上昇への金融機関の責任は重い。

市場に混乱をきたしているのは、国際エネルギー機関(IEA)による長短の石油需要見通しだ。昨秋の長期見通しでは、現行の公表済み政策維持ケースでも途上国の経済成長を無視し、石油需要が2030年以前にピークアウトを迎えると予想。最近の月報でもEV・省エネ化や景気後退を理由に、今年の世界石油需要増加を前年比130万バレル増の低成長を予測する。

これに対してOPECは、長期で40年代にピークアウト、短期で24年に昨年並みの前年比225万増になると予想。昨年の世界石油需要は約1億バレルだから、今年の伸びが1%強か、2%強かは大きな違いである。

IEA需要見通しはこれまで、関係者が最も信頼を寄せるものだった。IEAもそろそろ脱炭素最優先をやめて、先進消費国のエネルギー安全保障の推進機関としての原点に立ち返るべきだ。(H)

【コラム/5月21日】新たな年度を迎えて 電気事業制度・政策動向を検証


加藤 真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

早いもので2024年もあっという間に4カ月が過ぎ、新年度も2カ月目に突入している。4月のエネルギー・環境関連の審議会は年度明けということもあり、少しおとなしめに始まったが、5月は連休明け以降、活発に審議会予定が組まれており、いよいよ本格的な政策の議論や個別の施策の実行・評価が行われると感じさせるものになっている。今回は、24年度を迎え、今後の制度や政策の流れについて考えていきたい。


依然として同時並行で進む 政策づくりと制度設計

この数年、電気事業制度をはじめ、日本のエネルギー政策は様々な環境変化に伴い、同時並行的に多くの施策が行われている状況である。定期的に審議会や政府の動きを追っていると、どうしても短期的、かつ近視眼的な部分に着目しがちになるが、一方で、先々の方向性を見ることで時代の変化に対応していく準備も重要な視点となる。

事業者であれば事業リスクの回避や事業機会の創出は大切な観点なので足元の変化をチェックして対応していくことはもちろん必要だが、併せて中長期の視点で次の一手をどう打つべきかを考え、成長や発展に繋げていくことも必要となる。

資料1に、24年度以降の主な制度設計の時系列の流れを、縦軸に共通となるエネルギーやGX政策、発電・送配電・小売を、横軸に年度を取り、整理してみた。

この図は定期的に見直し、年度ごとにローリングさせているのだが、その都度、感じるのが、制度設計(新規・見直し・廃止)は止まることなく続くということである。それだけ環境変化が激しいこと、また一度動かした制度はそのままの形で継続するのでなく、フォローアップされ、適宜見直されるという証であろう。

今後、大きな動きでは、GX戦略の実行・更新、次期NDCや第7次エネルギー基本計画の策定、そして電力システム改革検証の整理などが進められる予定であり、その中で必要な施策は、個別具体的に落とし込まれてくることが想像されることから、この図もさらに変化していくであろう。


各分野の動きは活発

2024年度も各分野で新たな施策が実行されている。ここからは各分野の取組状況について、概略を説明していきたい。

1.発電分野

供給力の確保では、実需給25年度向けの容量市場で供給信頼度が低い北海道・東京・九州の3エリアで初の追加オークションの応札が5月に行われる。容量市場については、将来の電力需要を踏まえた必要調達量の在り方や脱炭素化を踏まえた確保の在り方、現在、新設のGTCCを基に算定されている指標価格の在り方などの見直しを検討することとなっている。

1月に初回入札が行われた長期脱炭素電源オークションについては、その結果が4月に公表された。募集量を超える応札があり、必要量は確保できた。電源種としては、脱炭素電源では蓄電池の応札・約定が多く、期間限定かつゼロエミ化の条件が付いているLNG専焼火力は3年間の募集枠をほぼ埋め尽くした形となっている。2回目以降の入札は初回の結果も踏まえて、募集量の設定やエリア偏在発生時の対応、LNG専焼火力の扱い、上限価格の設定、9割還付の考え方等の各種論点の検討を進めていくこととしている。

長期オークションを含む容量市場の実行により、一定程度、供給力の確保に安心感は出てくるが、一方、大規模災害時等で確保した電源が使えなくなるリスクは依然としてある。その対策として火力電源を対象に確保する予備電源制度については、詳細設計が完了し、今夏に初回募集が行われる予定となっている。

【シン・メディア放談】大炎上の再エネタスクフォース 表面的報道ばかりの現状に懸念


<メディア人編> 大手A紙・大手B紙・経済C誌

再エネタスクフォースの中国企業ロゴ問題が炎上。

他方、大半の記事は表面的な内容にとどまる。

―内閣府の再生可能エネルギータスクフォース(TF)問題では、渦中の自然エネルギー財団への誹謗中傷もあるようだ。

A紙 2020年末にTFができた当初、一部の一般紙の地域面で記事が出ていた。TFは容量市場やコネクト&マネージ、市場高騰問題などから入り、システム改革にも独自提言を突き付けたが、後追い記事はほとんどなかった。それが中国国有企業のロゴ一つでここまで盛り上がるとは。他方、大林ミカ氏がTF構成員を辞任した会見の報じ方は地味で、温度差があった。

B紙 東京新聞は掲載せず、毎日や日経はベタ記事だったかな。一方、読売は政治面で取り上げた。彼らは政局として、総選挙後のポスト岸田といった文脈で、河野太郎規制改革相の問題として見ている。

A紙 経済部の掘り下げた記事が欲しいところだが、見当たらない。一部では右の論客が、アジアスーパーグリッド構想が実現したら必然的に中国に依存すると警鐘を鳴らしているが、そんなわけはない。中国嫌い故の乱暴な議論はどうかと思う。


多方面で政策介入 明確な権限はなし

B紙 発足当初の議論は興味深かった。制度をがらっと変えるという河野氏の意思が見え、大林氏も頑張っていた。さらに途中で河野氏の私的勉強会から位置付けが変わり、TFの問題意識に対して他省庁が丁寧な資料を作っていたことが印象的だ。

C誌 私はTFに付き合う必要はないと思った。電力の構造を無視して素人が好き勝手話す会だったので。でもそれを分かる記者は少なかったし、取り上げるべきかどうかの判断自体、今のメディアにはできないのでは。

B紙 他方、私的な勉強会がいつの間にか格上げされていたことは、どうなのかとも思う。

A紙 その点は国民民主党が問題視している。TFは大臣告示で設立したが、河野氏は「私的諮問機関ではなく、規制改革会議の一段下」などとふわっと説明しているようだ。法的根拠がある審議会よりも動きやすいのだろうが、明確な権限がないのに政令や省令を変えさせ、頻繁に各省庁に宿題を出していた。

C誌 卸電力市場がスパイクした時にキャップをはめ、インバランス料金を分割払いできるようにしたことは特に異常だった。自由化でこうした局面はあり得るわけで、そこで大損した人を助けろと自由化推進側が主張するとは、一体何なのかと思った。

A紙 TFを象徴した出来事だったね。自民党の再エネ議連も乗っかった。いかに変なことを言っているのか、本来は経済部が見ておくべきだった。エネ庁電力・ガス事業部長との応酬も見ものだったのにな。

C誌 エネルギー基本計画の議論に首を突っ込むのもおかしい。政府のガバナンスがぐちゃぐちゃなことを示している。改革を推進するメンバーとして適切な人選かも非常に疑問だ。

B紙 冒頭の話題に戻すと、今、メディアはネットの声に乗っかろうという発想が強過ぎる。これは本質的な課題で、表面だけを追い掛け、エネルギー政策の現状に切り込まないことは残念だ。また、再エネの審議会があまりにも多くて、全体像が見えにくい。これを機に、俯瞰した記事が書けるよう各議論がどう関連するのか、整理が必要だ。

C誌 根本的にTFの成り立ちや目的、構成員のバックグラウンドを把握し、全体を俯瞰して相関図を作れるような記者がいない。だが、雑誌やオンラインメディアに比べて新聞の影響力は絶大だ。エネルギーの話題はもう少し深く取材してほしい。


再エネと原子力 対立構造から脱却を

―また、排他的経済水域(EEZ)まで洋上風力の設置を拡大する「再エネ海域利用法改正案」の閣議決定や、陸上風力を規制する「防衛・風力発電調整法案」といった話題もある。

C誌 EEZについては、そもそもそんな遠くに浮体式で設置しようという事業者はまずいない。予見可能性が低すぎるし、沖に出て共同漁業権が設定されていない地点は、着床式以上に同意を得るのが面倒なはずだ。

A紙 防衛省の件は、読売や産経が取り上げているね。防衛省は以前から各地のレーダーが風力で乱反射することを問題視し、防衛白書でも事前協議を求めるとアピールしてきたが、経産省などはあまり向き合わなかった。ただ、今回の法律案も結局調整だけでストップはかけられない。

B紙 いずれにせよ再エネの必要な規制が遅れた面はある。今は各紙能登地震などにリソースを割いているが、落ち着いたら再エネ問題をじっくり報じる局面もあるのではないか。

C誌 せめて日経はちゃんと書いてほしい。

A紙 再エネ開発問題の記事は増えてきたが、FIT切れで供給力が一気に落ちかねないという問題に関する記事はあまり目にしない。今電気が余り、半導体工場を誘致した九州は、原発新増設の必要も出てきそうだ。

―次のエネ基ではそうした現実的課題を取り上げてほしい。

A紙 再エネと原子力ほど互いに補完し合える電源はない。朝日は出力制御で再エネの電気が捨てられているといまだに書くが、原子力を絞るといった方法はある。対立構造ではない。

C誌 その通り。経団連元会長にインタビューした際、原発と再エネの対立はメディアの伝え方にも一因があると言われた。対立構造にないという前提で、記者には報じてほしい。

―再エネは原子力とも地域とも、共存共栄がキーワードだね。

【マーケット情報/5月17日】欧米原油が上昇、需要回復への期待強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油の指標となるWTI先物、および北海原油を代表するブレント先物が上昇。需要回復の見方が強材料となった。

米国の4月消費者物価指数、雇用指数、および給与指数が減速。インフレ圧力の緩和を示唆するデータとなり、米連邦準備理事会による金利の引き下げ、それにともなう景気と石油需要回復への期待感が高まった。加えて、中国の4月工業生産指数が、前年比で上昇。石油消費の増加見通しが広がった。

供給面では、米国の週間原油在庫が、前週および前年同期比で減少。石油製品需要の強まり、製油所の稼働率が1月初旬以来の最高を記録したことが背景にある。

一方、中東原油の指標となるドバイ現物は小幅下落。国際エネルギー機関が、今年の石油需要予測を下方修正したことが重荷となった。ガスオイル需要の後退や、中国需要の減少が要因となっている。


【5月17日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=80.06ドル(前週比1.80ドル高)、ブレント先物(ICE)=83.98ドル(前週比1.19ドル高)、オマーン先物(DME)=84.53ドル(前週比0.25ドル安)、ドバイ現物(Argus)=84.41ドル(前週比0.21ドル安)

世界の分断と統合〈上〉 BRICS拡大と交通回廊の再編


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

2022年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻により、世界秩序は根幹から揺さぶられた。世界の混乱は、さまざまな分断をもたらす一方、同時に再統合の契機をもたらす。23年における基本的な枠組みは、欧米諸国を中心とするG7陣営、中露を中心とする旧社会主義陣営、新興国や中立的な立場の国々という、三つのグループへの分化が進む一方、再統合も進行した。本稿では、分断促進の要素として上海協力機構(SCO)の拡大、BRICSの拡大、および交通回廊の再編を取り上げ、次回の国連改革につながる要素を取り上げる。

三地域への分断の萌芽は、22年3月2日開催の国連総会緊急特別総会でみられた。同会合では対露即時無条件撤退要求決議案への投票が行われ、141カ国の賛成多数で採択された。一方、ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5カ国は反対し、中印など35カ国が棄権した。

23年には中露が主導する地域機構やグループが拡大した。SCOは7月4日にイランの加盟を承認し、8月24日にはBRICS5カ国がサウジアラビア、アルゼンチンなど6カ国の加盟を決めた。こうした動向には、地域レベルあるいは各グループの統合と、より高次の世界レベルにおける分断という要素が見られ、背景には米主導の国際秩序への対抗軸を築こうとする中露の思惑が働く。

世界の分断と統合の同時進行の中で、BRICSは拡大・統合の要素を形成した。23年8月22日のヨハネスブルグ首脳会議にはウクライナ侵攻に中立的な立場をとるグローバルサウスを中心とした40カ国以上の首脳が参集した。とはいえ、拡大BRICSグループは米国との過度な対立は避けたいという立場の国が多い。主催国の南アフリカ・ラマポーザ大統領は8月20日、「拡大BRICSはよりバランスの取れた世界秩序を築くという思いを共有する国で構成されるべきだ」との考え方を表明、対米欧の対抗軸となるとの見方に反対した。

23年を通じてBRICSの再統合とは別に、西側陣営からは、中国の巨大経済圏構想である一帯一路戦略の切り崩しが図られた。米政府は9月8日、インドから中東を経由して欧州までを鉄道と海上輸送網で結ぶインフラ計画に関する覚書をインド、サウジアラビア、EUと結んだと発表した。同合意は9日、デリーで開会したG20サミット宣言に合わせて発表された。G7の中で唯一、一帯一路に参加していたイタリアは12月6日、離脱を中国側に正式に伝えた。同構想にはイスラエルの将来的な参加も見込まれていた。バイデン政権は22年、サウジとイスラエルの国交正常化に向けた仲介に乗り出し、インフラ投資を中東戦略に組み込むことで域内での影響力の回復を図ろうとしたが、10月7日のハマスによるイスラエル攻撃で戦闘が激化し、その意図は崩壊した。

ウクライナ戦争を除けば、米大統領選の帰趨とイスラエルとハマスの和平実現が24年の注目点の筆頭であるが、イスラエル情勢・国連関連動向は、次回取り上げる。

(須藤 繁/エネルギー・アナリスト)

中東情勢が袋小路に迷い込んだ不安伝える


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は3月5日、フーシ派の攻撃を受けて紅海・イエメン沖で沈没した貨物船「ルビマー」に関し、克明な記事を載せた。同船はサウジアラビアで積んだ化学肥料をブルガリアに向け輸送中だった。ベリーズ船籍で船員はエジプト、シリア、フィリピン人。イスラエルとは無縁のこの船が、深夜突如にフーシ派の対艦弾道ミサイルを被弾。さらに水中攻撃ドローンが至近をかすめる。船員は救命艇に乗り移り、1時間以上の漂流の後、商船に救出された。

2015年来のイエメン内戦を通じ、フーシ派はイラン革命防衛隊から軍事訓練や兵器製造技術の供与を受けた。各種ミサイル製造能力を身につけ、既に昨年9月の軍事パレードで射程450kmの新型・対艦弾道ミサイルを誇示していた。記事は同船の一等航海士とその家族に焦点を当て、巻き込まれた人々の等身大の姿を描きつつ、紅海における米軍の能力の限界にも言及する。空母打撃群があっても、海難救助用のタグボートがない。一発数百万ドルのトマホークミサイルに対し、フーシ派の水中ドローンは数千ドル。米軍は即時対応の機動性に欠き、フーシ派の許す一部の船舶にのみに開かれた海と化すのでは、と率直に懸念を表明した。フーシ派の海上テロ行為は、イスラエルのガザ侵攻への対抗だが、ガザ地区の死者は既に3万人を超える。さらにイスラエルは交戦中のハマス、ヒズボラおよびフーシ派の背後にいるイランに対し敵意を露わにしつつあり、4月初めには在シリア・イラン公館空爆の挙に及んだ。

今日の中東を見るとき、事態が米国の制御能力を超えて暴走し、そこに米国が否応なく巻き込まれていく、という構図が浮かぶ。出口の見えぬ袋小路に迷い込んだ不安を、この記事は伝えている。

(小山正篤/石油市場アナリスト)

IRAの先行きに不安感 「もしトラ」の影響は


【業界スクランブル/ガス】

米国大統領選に向けた共和党指名争いはトランプ氏の圧勝に終わった。日本では「もしトラ」という言葉が散見されるようになり、現政権の政策転換を予想する経済学者などの分析結果を報道で見る機会も増えてきた。

バイデン政策の気候変動対策についても「パリ協定を離脱することもあり得るのではないか」などの声が聞こえる。もう一つ注目なのがインフレ抑制法(IRA)だ。気候変動対策推進のため、IRAで米国内の企業に巨額の補助金を与え、税優遇を行っている。その結果もあり、再生可能エネルギーの大幅な増加や蓄電池の普及が進んでいる。当然、投資を行う事業者も潤うWIN―WINの関係にあり、IRAはバイデン政権最大の功績とも言われる。しかし、もしトラなら「IRAも撤回に動くだろう」との指摘も多い。

シェールガス(化石燃料)を輸入するガス事業者には「影響はないのでは」との感覚もあるかもしれないが、それは大きな間違いだ。日本の大手都市ガスの中には、米国で再エネ事業や蓄電池事業を展開する企業がある。既に、ある大手ガス会社は某紙の取材に対して、「(IRAの)支援がなければ事業は成り立たない。投資を見送るだろう」と述べている。米国での投資額は150億~300億円を見込んでいるが、現行の手厚い税優遇措置を受ける前提で事業計画を行っており、政権が代われば優遇策が減る可能性があるためだ。

また、大手事業者が2030年に向けて米国で計画するe―メタンの製造・輸入プロジェクトにも影響が出る可能性も否定できないため、米国大統領選を注視するガス事業者も多いはずだ。(Y)

右派ポピュリストが躍進 欧州グリーン政策の行方


【ワールドワイド/環境】

11月の米大統領選でトランプ前大統領が復帰した場合、米国のエネルギー温暖化対策は大きく変わる。欧州でも6月の欧州議会選挙の結果によって2050年までのカーボンニュートラル(CN)目標を目指した「欧州グリーンディール」の推進に影響が出る可能性がある。

直近の世論調査では右派ポピュリスト政党のECR(欧州保守改革)やID(アイデンティティと民主主義)が大幅に議席を増やす一方、中道右派のEPP(欧州人民党)、中道左派のS&D(社会民主進歩同盟)、中道リベラル派の「欧州刷新」は低迷が見込まれ、環境重視の 「緑の党・欧州自由連盟」は大幅に議席を減らすと予想された。

欧州では難民急増による財政負担増加、ウクライナ戦争以降のエネルギー価格、食料価格上昇による生活苦、エネルギーコスト上昇の一因である野心的な温暖化政策への不満の高まりが顕著になってきた。これを受け極右政党は、移民受け入れの厳格化、積極的財政政策、高コストの温暖化対策の見直しを掲げ、一般庶民の支持を拡大してきた。 オランダにおいて極右政党PVVが第一党になり、フランスではRN(国民連合)が第二党に、ドイツではAfD(ドイツのための選択肢)が第三党となっているのはその表れだ。欧州議会最大会派のEPPも右派政党の台頭を懸念し、35年以降にZEV以外の新車販売を禁止とする法案の見直しなど、温暖化政策にブレーキをかける動きを見せている。これに対して中道左派や左派は警戒感を強めているが、EPPのスポークスマンは「われわれは極右政党のようなポピュリズム的な主張はしていない。50年CNにもコミットしているが、ティマーマンス前副委員長が推進する管理主義的な温暖化政策は一般庶民のコスト負担を高めるだけであり、見直しが必要」と述べた。EPPは極右政党のように温暖化政策そのものを否定するものではないが、極右政党の伸長と相まって、グリーン政策にブレーキがかかることは間違いない。

欧州ではベースとしての環境意識は高く、欧州議会選挙の結果、米国でトランプ政権が復活した場合に予想されるエネルギー温暖化政策の180度転換は考えられないが、温暖化政策を先導してきた欧州における風向きの変化には注視が必要だ。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

独自戦略を促す 柔軟な制度変更を期待


【業界スクランブル/新電力】

新年度がスタートした。昨年度は、電力卸市場の高騰がほぼなく、市場からの調達に依存する多くの新電力には、極めて安定した経営環境であったと言える。今年度も、東京エリアに限れば、夏に五井火力リプレース電源の並列や柏崎刈羽原発の再稼働に向けた取り組み本格化など、市場高騰リスクは低いと言えよう。新電力「冬の時代」はようやく過ぎ去ったのかもしれない。安定した経営環境の下、新電力各社には、顧客サービス向上のための差別化戦略を、腰を据え検討すべき時期が到来したと言える。

新電力各社が独自の戦略を構築する上で、制度面の変化を無視するわけにはいかない。最近の制度変更の議論の中で、内外無差別の徹底ならびに、常時バックアップや部分供給廃止という流れは、新電力各社の独自戦略構築に、水を差す局面もあるものと懸念している。これらの議論は、いずれも、みなし小売事業者と新電力との間の、不公平をなくし、両者が同じ環境下で競争することを促す趣旨であろう。全面自由化から一定の年月がたち、一時乱立した「にわか」新電力が淘汰されつつある今日、この趣旨を否定するつもりはない。

一方で、個別事象を考慮しない一律全面適用は、弊害も多いのではないかと考える。そもそも電力卸契約は、相対の私人間契約であり、契約ごとに卸価格をはじめ諸条件が異なるのは当然のことである。常時バックアップや部分供給にしても、供給する側・される側にそれぞれメリットがあり双方が納得した契約であれば一律禁止する必要はない。規制当局には、新電力各社の独自戦略を促す、柔軟な制度変更を期待したい。(S)

現実路線に転換した英国政策 ガス火力発電新設を推進


【ワールドワイド/経営】

2021年にグラスゴーで開催されたCOP26で英国は世界の気候変動対策を先導していた。しかしエネルギー価格や物価の高騰を経て、スナク首相は昨年9月、国民の負担軽減を目的に内燃車販売禁止時期の延期などを発表した。英国の温室効果ガスの排出削減が目標を上回るペースで進み、他の主要経済圏が経済対策を優先していることも挙げ、これまでの脱炭素化一辺倒の政策から総選挙を見据えた現実路線に転換した。

電力部門に関しては、クティーニョ・エネルギー大臣が今年3月、ガス火力発電の新設を推進する方針を示した。政府は北海ガスの生産強化を表明してきたが、今般の方針は電力部門の脱炭素化に向けた従来のスタンスからは一転した形となった。

英国は系統の柔軟性確保と脱炭素化に向け、水素発電、CO2回収・貯留技術を利用するCCS付きガス火力、揚水発電やフロー電池などの長期電力貯蔵設備、さらには国際連系線の活用を推進し、投資や建設の促進に向け各種支援制度を準備している。しかし、これら技術の導入時期には不確実性が残り、今後休廃止を予定する既存ガス火力もあることから、水素転換やCCSの付帯など脱炭素化対応が可能なガス火力に限定した短期的な新設推進が示された。

ガス火力の必要性は、英国で進められる電力市場改革で示された。日本でも同様の議論が開始されたが、英国ではエネルギー価格の高騰をきっかけに22年7月に始まった。再エネを中心とした電力システム移行に向け、ガス価格に影響を受けやすい卸電力市場制度の見直しや、再エネ変動に対応する調整電源の導入促進に向けた価格シグナルの強化などが主な論点である。

3月に公開された資料では、改革の方向性が多少収縮されていた。これまで検討材料であった、低炭素電源対象のプール市場、ローカル市場、ノーダル制の導入案などが除外された。現行のFIT―CfD制度を改良しながら拡大し、ガス価格の影響や需要家負担の抑制を狙う。ゾーン制市場の導入検討や現行の容量市場制度の改良により価格シグナルを強化する方針だ。

最後にエネルギー大臣が3月、チャタムハウスで行った演説の一節を紹介する。「企業が海外に移転し、国民が高いエネルギーコストに苦しんでいるのであれば、排出削減で世界をリードする意味はない。誰も後に続かないのであれば、ネットゼロで世界をリードする意味はない」

(宮岡秀知/海外電力調査会・調査第一部)

世界的な改革の失敗 日本は「無謬」なのか


【業界スクランブル/電力】

政府が東日本大震災後、推進してきた電力システム改革に行き詰まりが見える中で、電気事業法の規定に基づくシステム改革の検証が始まった。そんなタイミングで、竹内純子氏の著書「電力崩壊」がエネルギーフォーラム賞に選出された。煽り気味の書名は出版社の都合もあるだろうが、選出した審査員の思いはいかがだったか。

行き詰まりの背景には、脱炭素政策などの事情の変化もあるが、だから仕方がないわけではない。竹内氏が指摘するように「メリットばかり強調していなかったか」「事前のリスクの洗い出し、対策の検討が足りていたか」を真摯に反省する必要があるだろう。

思うに、電力システム改革は世界的に失敗している。設備が余り、需要の伸びが減速し、必要な投資が縮小する前提で始めたところが、脱炭素化で大規模投資が必要な時代が再来してしまい、「市場の価格シグナルで投資が進む」という理屈が机上の空論であることはもはや明白だ。

失敗の典型は欧州であり、米国もテキサスなど改革に意欲的な州で停電などの問題が伝えられる一方、50州の半分はいまだ地域独占のままだ。

無謬性を標榜する日本の官僚には「供給力不足に備えた事業環境整備、原子力発電所の再稼働の遅れ」を需給ひっ迫の背景とするGX実行会議の総括が精一杯かもしれないが、弊害が容易に想像できる「容量市場なき限界費用玉出し」を漫然と続けた不作為は指摘せざるをえない。世界的に失敗しているのに、日本だけ無謬性を守らんとするのは無理があるし、守らんがために同様に弊害が予想される卸内外無差別が止められないならば、有害でしかない。(V)

【コラム/5月17日】ドイツの陸上風力法の効果


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

国内外で、カーボンニュートラルが重要な政策課題となっている。その達成に向けて、再生可能エネルギー電源の大幅な増大が必要になっているが、同電源とりわけ陸上風力発電に関しては、景観への影響や騒音問題から地域住民の抵抗に会う場合が多い。このため、2030年に再生可能エネルギー電力の総電力消費量に占めるシェアを80%以上とする目標を掲げるドイツでは、2022年に、陸上風力法を成立させ、2030年における陸上風力の導入目標(115GW)の達成のために、ドイツ全土の2%を陸上風力発電の設置が可能な区画として指定することになった。また、これに伴い、州ごとに2027年末と2032年末において達成すべき「区画の貢献値」が定められた。

ドイツでは、風力発電設備と住宅地の最低離隔距離を1,000メートルとするルール(1000-Meter-Regelung)が存在しているが、この規定により、風力発電の設置可能な土地が半減するとの批判が、緑の党や環境保護団体からあった。このため、陸上風力法で定められている面積目標を達成できないときは、最低離隔距離を定めるルールは適用されないことになった。ドイツでは、この数年、陸上風力発電の認可基数は低迷していたが、この法的措置の効果もあり、南西ドイツ放送(SWR)の調べによると、2023年における認可基数は、1,466と2016年以降最多となった(前年は977)。新たに認可されたタービンの出力は、合計約8GWで、前年の認可出力と比べ約80%増となった。

大部分の州で認可基数の増大が見られるが、他州を大きくリードしているのが、ノルトライン・ヴェストファーレン州で364基の風力発電設備が新たに認可された(前年比80%増)。シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州(123基)、ラインラント・プファルツ州(89基)やヘッセン州(82基)も、前年と比べて認可された基数が約2倍となった。このような中で、大きく立ち遅れているのが、バイエルン州である。SWR によれば、同州で2023年に認可されたのは、わずか17基である。ドイツ最大の面積を有し、「区画の貢献値」も大きいバイエルン州で、認可が停滞している。同州では、2030年までに風力発電設備を1,000基建設する計画であるが、そのためには、今後毎年150基を建設する必要がある。しかし、これまでに、同州でそのように多くの風力発電設備が設置されたことはない。

バイエルン州で、風力発電設備の認可件数が少ないのは、同州独自のルールと関連している。同州では、2014年から10-Hルールという独自のルールが存在している。これは、風力発電設備と最も近い住宅地との最低離隔距離が、風力発電設備の高さの10倍でなくてはならないというものであり、それは、通常2,000メートルとなる。このルールが、バイエルン州における風力発電設備の建設を困難にしてきた。陸上風力法成立の動きを受け、バイエルン州の建築規制は変更され、10-Hルールは、2022年11月に部分的に緩和されるとともに、例外が設けられた。例えば、森林の中、工業地域の近く、高速道路や鉄道路線沿い、風力優先地域などにおいて、風力発電設備と住宅地との間の最低離隔距離が1,000メートルに縮小された(連邦イミッション防止法により、風力優先地域では、2023 年 6月から、最低離隔距離は約800メートルに)。さらに、連邦建設法典で、2023年5月31日以降、陸上風力法により指定された風力発電立地地域には、いかなる距離ルールも適用されないことになった。上記の例外対象は、陸上風力法で定義される風力発電立地地域とほぼ一致しているため、すべての距離ルールの適用を免れることになった。

10-Hルールは、長い間、バイエルン州で風力発電設備の建設から住民と景観を守る「防御メカニズム」として機能してきた。住民もそれに安住してきたという経緯もある。このため、バイエルン州の規制当局としては、直ちに風力発電設備の認可のテンポを速めることは難しいのであろう。しかし、陸上風力法の成立により、バイエルン州も認可に積極的な姿勢に転じざるを得ない。風光明媚な同州の8年後の景観を想像し、多くのバイエルン人は複雑な心情を抱いているだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

新興産油国ガイアナ巡り対立 原油生産増は続く見通し


【ワールドワイド/資源】

エクソンモービルが2015年にリザ油田を発見したのを皮切りに、ガイアナ沖合のスタブローク鉱区では、これまでに30以上の油田が発見され、可採埋蔵量の合計は石油換算で110億バレルを超える。油田発見から生産開始まで5年以内と比較的短期間のうちに開発が進められ、19年12月にはリザ油田に設置された浮体式生産貯蔵積出設備(FPSO)が稼働した。その後、2基のFPSOが生産を開始し、同鉱区の原油生産量は間もなく日量約65万バレルとなる見通しである。

同鉱区での油田開発は今後も続けられ、27~28年には6基のFPSOが設置され、原油生産能力は日量120万バレルを上回る計画となる。ガイアナで生産される原油の損益分岐点はバレル当たり25~35ドルと低く、CO2排出量も1バレル当たり9kgと産油国の中で比較的低水準である。原油の性状も中南米で多く産出される重質や超重質の原油ではなく、中質から軽質の原油だ。このような事情から、油・ガス田が発見されたことがなく、原油、ガスともに生産した経験がなかったガイアナが、一躍、新興産油国として注目を浴びた。

ところが、隣国ベネズエラが昨年12月に、ガイアナ国土の約70%を占めるエセキボエリアを併合することへの賛否を問う国民投票を実施し、賛成が多数だったことから、同地域を併合するとした。この併合が現実となれば、スタブローク鉱区はベネズエラが主張する領海に含まれる。両国大統領が会談を行い、相互に脅迫や武力を行使しないことで合意したものの、両国のにらみ合いは続いている。

また、昨年10月にシェブロンが530億ドルでスタブローク鉱区の権益30%を保有するヘスの買収が明らかとなったが、エクソンモービルがこの権益取得について優先権を主張し、国際商業会議所に訴状を提出し、仲裁が行われることとなる。

いずれのケースも、ガイアナ沖合で油田が発見され、開発が順調に進み、原油生産量の急増が争いの火種となったと考えられる。現時点ではベネズエラのガイアナ併合に向けた動きによるガイアナ沖合での探鉱・開発に影響はなく、探鉱・開発中の石油会社はガイアナへの投資意欲を減退させたり、ガイアナから撤退する動きはない。しかし、今年7月に予定するベネズエラの大統領選挙を前に急激に情勢が動く可能性もあり、状況を注視する必要がある。

(舩木 弥和子/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【コラム/5月17日】福島事故の真相探索 第6話


石川迪夫

第6話 水素爆発までのカウントダウン

吹き荒れた「水素ガス台風」

ペデスタルの床に溜まっていた水は、ジルカロイ・水反応によって水素を発生させた途端に水ではなくなって、水素ガスに変わる。このチェックの計算の過程で面白い事に気付いた。

ペデスタルの内側に溜まった水は、深さ25cm、約5トンであった。反応で使われたジルカロイは16トンであったから、反応で消費された水は6.3トンとなる。ペデスタルの床上に溜まった水は約5トンであったから、差し引き1.3トンの水が不足した事になる。この不足分は、格納容器の床に溜まっている水が流入して補ってくれると最初は気楽に考えていたのだが、反応が起きている時は、ペデスタルの中は水素ガスの大嵐が吹き荒れることが分かって、少し考えが変わった。大嵐については後述するが、狭いペデスタルの中、大嵐の下で水の補充がスムースに行くものか、それとも途切れるのか、これが難題だ。

なお、もし燃料の6割、19トンのジルカロイが反応したとすると、ペデスタルに流入する水は7.5トンに増える。1号機への炉心注水量約20トンの見積もりは、以外に厳しかったのだ。

では、大嵐を起こした水素ガス量はどれ程あったのか。

反応に使われた水量の6.3トンから、発生水素は約700kgと計算される。その体積は、常温常圧状態(NTP状態)で約8000m³となる。このガス体積は、ペデスタルの容積400m³の20倍、格納容器容積6000m³の1.3倍に相当する。

ところが、上記計算はNTP状態であるから、水素ガス温度を発生時の約3000℃と仮定すると体積は約10倍増となる。ペデスタル体積の200倍もの気体が、反応によって床上で発生して、狭い二つの出口から激しく流出して、格納容器内部を駆け巡る嵐となる。反応の時間を15分とし、二つの出口の合計面積を2m³とすると、吹き抜ける水素ガスの風速は毎秒45mほどになる。まさに大型台風である。

高温の水素ガスは周辺の物体により冷却されるであろうし、反応には多少の強弱があるから、台風の激しさは幾分緩和されようが、ペデスタル内で吹き荒れる水素ガス台風が相当強力であることに、相違はない。

1号機でただ一つ働いていてくれた圧力計は、この嵐で狂ったと思われる。1号機の圧力計データは、12日午後3時ごろに、短時間の急上昇を示した後、翌日まで指示が途絶えた。この途絶えは、急速な水素ガスの大量発生によるものか、水素ガス3000℃の熱で計測器が壊れたのかは分からない。翌13日の昼ごろになってデータ指示は回復しているが、図で見られるように、6気圧付近から緩やかに低下しているだけで、何を意味しているのか判読は不可能である。

図:1号機の格納容器圧力変化