【論説室の窓】竹川正記/毎日新聞 論説副委員長
ウクライナ危機以降、各国は脱炭素とエネルギー安全保障の両立を迫られている。
年内に改定される国のエネルギー基本計画には、重層的な戦略志向が求められる。
「どんなシナリオが描けるのか。検討すべき課題が多過ぎて、今は五里霧中だ」―。政府の「エネルギー基本計画」の改定に向け、経済産業省幹部から悩ましい声が漏れている。前回の第6次計画(2021年10月閣議決定)以降、エネルギーを巡る環境や国際情勢は激変し、新たな計画策定のハードルは格段に上がった。
ウクライナ危機で環境激変 計画策定は難作業に
前回は、気候変動問題に対応した脱炭素の取り組みをいかに進めるかにテーマがほぼ絞られていた。当時の菅義偉政権が「30年に温室効果ガス排出量を13年度比で46%削減する」とぶち上げ、これに平仄を合わせる形で30年度の電源構成をはじめとする計画が仕立てられた。
再生可能エネルギーや原発の比率を高く見積もる一方、電力需要見通しを過小評価した計画は「現実味に乏しい」(識者)と批判を浴びたが、問題の所在が火力発電への過度の依存や脱炭素の取り組みの遅れにあることは明白だった。この延長線上なら新計画も比較的立てやすかったはずだ。
だが、今や脱炭素を強調するだけでは済まされず、エネルギー安全保障の確保が至上命題となっている。22年2月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻が世界的なエネルギー供給不安を顕在化させ、国民や企業が電力・ガス不足や価格高騰のリスクを目の当たりにしたからだ。欧米各国が対露経済制裁を強化する中、日本はロシア産天然ガス輸入を続けるが、これが止まれば、供給不安が一気に再燃しかねないのが実態だ。

さらに、米中対立を背景にした民主主義国と権威主義国との分断や、それに伴う国際的なサプライチェーン再構築の要請も重くのしかかる。脱炭素を進める上でカギとなる再エネや蓄電池、電気自動車(EV)の中核技術や生産能力を中国が寡占的に握っているためだ。再エネ拡大では地政学的リスクを考慮しなければならない。企業や国民がエネルギー価格上昇に敏感になったことも逆風だ。原油や天然ガスの輸入コスト上昇を受け、岸田文雄政権が多額の血税を投じてガソリン購入や電気・ガス代の補助策を打ち出したのは象徴的。「脱炭素に逆行するバラマキ」と批判されたが、官邸筋は「補助しなければ、昨春闘の賃上げ効果が吹き飛び、個人消費が冷え込んで、日本経済は再びデフレに逆戻りする恐れがあった」と訴える。
海外でも燃料高は大きな政治問題だ。スナク英首相は昨冬の第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)で「環境保護に動かなければ、将来のコストが膨大になると分かっているが、働く世代への負担を抑えられる現実的な方法を取らなければならない」と強調した。実際、英政府は温室効果ガスを排出するガソリン車の販売禁止期限を先延ばししたり、家計への燃料補助策を講じたりしている。これらの対応から浮き彫りになったのは、各国がエネルギー源をなお化石燃料に依存する中、危機が起きれば、いくら立派な脱炭素の理想を掲げても国民や企業に受け入れてもらえないという事実だ。生活や経営が疲弊すれば、気候変動に目を向ける余裕さえなくなりかねない。
現実を直視すれば、第7次エネ基の策定作業は複雑な連立方程式を解く難作業となりそうだ。