【識者の視点】奈須野 太/内閣府知的財産戦略推進事務局長
GX電源法が成立し原発運転期間に関する規制などが見直されたが、原子力を巡る課題は残存する。
同法成立に携わった内閣府幹部による、日本の原子力政策が取り組むべき課題への私見を紹介する。
今年の第211国会で「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」(GX電源法)が成立した。筆者が担当した原子力基本法部分では、原子力委員会が6年ぶりに改定した「基本的考え方」を踏まえ、①国および原子力事業者が安全神話に陥り、東電福島事故を防止できなかったことを真摯に反省した上で、原子力事故の発生を常に想定し、その防止に向けて最大限努力すること、②国は、電力の安定供給の確保、カーボンニュートラル(CN)の実現、エネルギー供給の自律性向上に資するよう必要な措置を講ずる―などとした。福島事故の反省や2050年CNを踏まえた上で、原子力利用に係る原則が法律上も明確化され、気候変動と原子力政策がつながったのである。
また、原子炉等規制法に規定されていた原子炉の運転期間の規定が電気事業法に移管され、経済産業大臣の認可を受けた場合に限り、原子力利用政策の観点から最長60年までの延長を認め、事業者が予見しがたい事由による停止期間に限りカウントから除外することとした。代わりに、高経年化した原子炉が30年超運転する場合、安全上の観点から10年ごとに原子力規制委員会の認可を受ける制度を、炉規法に設けた。これにより、立法趣旨につき議論のあった運転期間の規定の問題が解決をみて、安全確保を大前提に再稼働を進めていく環境が整備された。
タクソノミーの適格条件 最終処分のプロセス加速を
原子力政策の次なる課題の第一は、高レベル放射性廃棄物の最終処分のプロセス加速化である。
政府は、昨年末のGX実行会議および最終処分関係閣僚会議を踏まえ、最終処分の取り組み強化につき検討を重ねてきた。そして2月の最終処分関係閣僚会議で構成員の拡充を行い、一連の検討結果を取りまとめ、最終処分法の基本方針の改定案とした。その内容は、関係府省のメンバーを拡充した連携体制の構築、国から首長への直接的働きかけの強化、関心地域への国からの理解活動の実施や調査の検討の段階的申し入れからなる。
これに対し欧州では、持続可能な経済活動への投資をより確実なものにするため、何が持続可能な経済活動と呼べるのか、分類と基準・条件を法的文書として示す「タクソノミー」の取り組みを進めてきた。タクソノミーを参照して金融機関や投資家は投融資先を決定し、市場では財・サービスが選択される。市場はグローバルだから、わが国も無縁ではない。
原子力発電は、発電時における温室効果ガスの排出がほぼゼロであることから、一定の条件を満たすことで気候変動の緩和に貢献するとして、持続的な経済活動と認めることが22年に決定された。しかし持続的と認めるには、その活動が気候変動対策として有効であるだけでなく、汚染防止など他の環境目的を阻害しないものでなければならない。そこでタクソノミーでは原子力発電について、50年までの高レベル放射性廃棄物処分場の操業に向けた詳細かつ文書化された計画があることなどを適格条件とする。
日欧を比較すると、わが国では、政府側の取り組み強化に主眼が置かれている。欧州では、CNの目標年次から全体のロードマップを確定させるとともに、金融資本市場の後押しを受けつつ、資金の出し手であり、かつ財・サービスの購入者である国民を巻き込む工夫が凝らされている。
最終処分のプロセス加速化について、政府側の対応だけでは限界がある。気候変動と原子力政策、そしてグローバルな金融資本市場と財・サービス市場を俯瞰する欧州の例は参考とすべきだろう。
そして課題の第二は、事故耐性燃料の開発と実装である。
事故耐性燃料の開発・実装へ 金融・国民の理解不可欠
東電福島事故では、冷却機能を喪失した炉心内の高温の燃料被覆管と、ベントで炉心内圧が下がり急激に流入した水蒸気との反応で水素が大量発生し、爆発に至った。
原子炉の燃料集合体は、ジルコニウム合金の被覆管内に二酸化ウランの焼結体ペレットを装荷した多数の燃料棒により構成される。ジルコニウム合金は耐腐食性と併せ、熱中性子吸収が少ないため効率的な核分裂反応に寄与する特性を有するが、高温状態で水と反応し、熱と水素を発生させる。
福島事故の炉心溶融の主因は、核燃料の崩壊熱よりも、このジルコニウム・水反応とする見方もある。ジルコニウム合金表面にクロムコーティングした被覆管や炭化ケイ素複合材への置換など、事故時に水素が発生しにくい事故耐性燃料の開発と実装が急がれる。

しかし事業者に事故耐性燃料の導入意欲を喚起することは難しく、技術成熟度も考えると法令での義務付けは時期尚早である。まずは関係者でロードマップを共有しつつ、研究開発と実装を促すことが必要ではないか。
欧州ではここでもタクソノミーにおいて、既設および新設の発電用原子炉に対し、規制当局からの認可済み事故耐性燃料の25年までの導入を適格条件とする。期限に間に合わずとも直ちに運転を禁止されるものではないが、課題と期限が共有され、金融資本市場を通じて後押しされる。
研究開発を進めても、関係者にロードマップが共有され、これに金融資本市場、そして国民の理解と協力が得られなければ実装は困難だ。全ての者に原子力を「自分ごと」として捉えてもらう仕掛け作りが欠かせない。ここでも欧州を参考とすべきところがある。
なお、欧州における最終処分の取り組みおよび事故耐性燃料の記述は、今年7月下旬に原子力委員会から公表される「令和4年度版原子力白書」に依拠した。文中の意見は個人のものであり、政府または原子力委員会の見解ではない。
