◇インフラ企業のリスク対応として見る 宝塚歌劇団問題◇
宝塚歌劇団問題に関する報道が続いている。報道のポイントは、後述の全国紙各紙の社説でも挙げられているように、大きく下記の3点について歌劇団の管理が適切であったかが問われている。
・過重労働はなかったか。
・上級生からのいじめやパワハラは確認できなかったのか、歌劇団側が言うように“社会通念上相当な範囲内”といえるのか。
・女性が結んでいた拘束性の強い業務委託契約は労働契約と取扱うべきではないか。
<参考1>
*本件の経緯 朝日新聞11月15日付から
・2023年2月
宙組の劇団員の間で「いじめがあった」と週刊文春が報道
歌劇団は「事実無根であることを当事者全員から確認」とウェブサイトで発表
・9月29日
宝塚大劇場で宙組公演が開幕
・9月30日
宙組の劇団員の女性が自宅マンションの敷地内で倒れて死亡しているのが見つかる。
・10月7日
歌劇団が外部の弁護士らでつくる調査チームの設置を発表
・10月20日
宝塚大劇場での宙組公演が全日程中止に
・11月10日
女性の遺族の代理人弁護士が記者会見。
長時間労働やパワハラを指摘し、歌劇団側に謝罪と補償を求める。
・11月14日
歌劇団が会見。 (←内容については後述「全国紙各紙の社説」参照)
遺族側も会見し反論 。
<参考2>
阪急阪神グループの組織形態 阪急電鉄ウェブサイトより
阪急阪神グループホールディングス
|
阪急電鉄
|――――――――――――
創遊事業本部 |
| |
歌劇事業部 宝塚歌劇団
*阪急電鉄の業務組織としては、これ以外に経営企画部、広報部、総務部等がある
当初メディアの報道は、内容は全く異なるが、ジャニーズ事務所問題に続く芸能事案として、宝塚歌劇団のガバナンスの問題として、主に社会面で扱われてきた。
本稿は、上記3点についての当否を論じるものではなく、関西を代表する地域密着のインフラ企業である阪急阪神ホールディングスグループが、リスク案件発生時にどのような対応をしたかの視点でこの問題を見るものである 。
阪急阪神グループでは、奇しくもちょうど10年前の秋、阪急阪神ホテルズで起こった食材偽装問題で、親会社出身の社長が拙い記者会見対応で辞任に至るなど、傷を負った 。
これをグループとしてのリスク対応での痛い経験と同グループが認識しているのかは不明であるが、それから10年、今回の宝塚歌劇団の問題は、組織としてのリスク案件対応の観点からみた場合、阪急阪神グループとしては「歴史は繰り返す」というべきものではなかったか。
歴史を振り返りながら考えてみたい。
◇阪急阪神ホテルズ 食材偽装問題◇
2013年の秋、ホテル等の食材偽装問題が社会問題となった 。
本題の阪急阪神ホテルズでは、
・バナメイエビを芝エビと表示。
・ビーフステーキと表示していたが実際は牛脂を注入した成形肉であった。
・一般のネギを九条ネギと称した。
・手作りとしながら既製品のチョコソースを使用
・信州産の蕎麦を使ってないのに“天ざるそば(信州)”と表示。
などが明らかになった。
食材偽装の問題は、それ以前に他でも起こっており、不当景品類および不当表示防止法違反として、排除命令が出された事例もあった。
13年には、この食材偽装問題が日本の著名なホテル等で続いて大きな社会問題となったが、それは阪急阪神ホテルズの発覚以降に注目度が高まったともいえる。この年には、それ以前に東京ディズニーリゾートやプリンスホテルで同様の問題が起きており、当時、阪急阪神ホテルズはプリンスホテルの問題を先例として参考にしたため、事態の拡大を予測できなかったとも指摘された。
関西では信頼されるブランドであった阪急グループ の阪急阪神ホテルズの食材偽装は、そのつたない記者会見も相まってメディアでも大きく取り上げられ、結果的にその後に著名なホテル等による同様の件での公表が続くこととなった。
阪急阪神ホテルズの問題となった記者会見は10月24日に行われた。
新聞報道で振り返る。
◎日経新聞10月24日付〈阪急阪神ホテルズ社長「偽装ではなく誤表示」〉
〈阪急阪神ホテルズがホテルのレストランなどでメニュー表示と異なる食材を使用していた問題で、同社の出崎弘社長 は24日、大阪市内で問題公表後初めて記者会見し「信頼を裏切ったお客様に心よりおわび申し上げます」と謝罪した。一方で、原因は従業員の認識・知識不足にあるとして「偽装ではなく誤表示」と強調した 。出崎社長は「信頼回復のめどが立つまで」20の報酬減額、他の役員9人は6カ月間10%減額の処分とした。親会社の阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も役員報酬の50パーセントを自主返上する。メニュー表示をチェックする専門部署の新設など再発防止策も公表した。出崎社長は“従業員が意図的に表示を偽って利益を得ようとした事実はない。誤表示と思っている”と説明 。……問題があったのは東京や京都、大阪、兵庫の8ホテルと1事業部の計23店舗。メニュー表記と異なる食材は47種類。提供期間は2006年3月~2013年9月で、利用客は延べ7万8775人。同社は総額約1億1千万円の返金を見込んでおり、24日午前9時までに3480人分、計1022万円の返金に応じたという。
◎日経新聞10月29日付〈後手の対応 結局「偽装」 阪急阪神ホテルズ〉
〈ホームページなどでの公表だけで始まった阪急阪神ホテルズのメニュー虚偽表示問題は、発覚から一週間となる28日、トップが辞任を表明する事態に発展した 。批判に押される形で断続的に開いた会見では幹部が説明に窮する場面も目立ち、後手後手の対応は“阪急阪神ブランド”の傷口を広げる結果となった 。同社が問題を公表したのは22日午前、ホームページ上だった。7日に消費者庁に事実関係を報告しながら、2週間問題を公表していなかった 。22日午後に急きょ会見を開いたが、出席したのは部長クラス。出崎弘社長が初めて会見したのは2日後の24日午後で、謝罪はしたものの“意図を持って表示し、利益を得ようとした事実はない。偽装ではなく誤表示”と繰り返し強調した 。……同社には消費者からの怒りの電話などが殺到 。事態の深刻さに気付いたのか「お騒がせした」ことを理由に、29日午前に予定していた出崎会長の会見を28日夜に前倒しした。社長は「今回の件は阪急阪神ブランド全体の失墜を招いた」と陳謝。「偽装と受け止められても仕方がない」と認めるしかなかった 。〉
当時、上記の出崎社長と以前から面識のある全国紙の幹部(大阪社会部出身)は、筆者に「あの記者会見を見て、『これはダメ。なんで自分に相談してくれなかったのか、アドバイスしたのに』と唸りました」と述べていた。
そして、この阪急阪神ホテルズの食材偽装問題により、阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も財界活動を当面自粛すると表明した。
◎産経新聞10月31日付〈阪急阪神ホールディングスの角社長、財界活動を当面自粛〉
〈阪急阪神ホテルズの食材偽装問題を受け、親会社の阪急阪神ホールディングス社長で関西経済連合会副会長を務める角和夫氏は、財界活動を当面自粛することを決め30日、関係者に伝えた。角氏はこの日、関経連を訪れ、森詳介会長(関西電力会長)らに経緯を説明し、陳謝。“今後、信頼回復に向けた仕事に全力をあげる。関経連の会議や会合には出席しにくくなり、ご迷惑をかけることになる”などと説明し、活動を控える考えを伝えた。森会長らからは、特に意見は出なかったといい、角氏の判断は了承された。角氏は引き続き関経連の役職にとどまる。〉
◇関西電力金品受領問題での第三者委員会の調査◇
ここで、同じ関西のインフラ企業である関西電力で、2019年9月に判明した金品受領問題の展開について、リスク案件が発生した際の調査委員会のあり方の視点に限定して見ておく 。
この問題では、前年に問題発覚した後の社内調査委員会の調査報告書について、当時の相談役、会長、社長が非公表という対応を決定し、取締役会には報告されていなかった。
それから約1年後、国税筋への取材に基づく本件に関する報道を受けての複数回の記者会見の後、結局、会長、社長(下記の第三者委員会の調査結果報告日付)とも辞任に至った。
その後、元検事総長を委員長とする第三者委員会でフォレンジックの活用も含めた詳細な調査がなされ、今まで知られていなかったことも含め、多くの事実認定がなされた 。
●14年3月14日、第三者委員会報告書公表
本文で200ページ、委員長の但木敬一元検事総長による4時間に及ぶ記者会見
⇒第5章で「本件問題(金品受領及び事前発注約束)に関する総括的分析」 を行い、第6章で「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」 について論じた。そして第7章で一連の事態を惹起した「原因分析」を行っている。
第6章「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」 では、まず「第1 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応に関する事実関係 」を明らかにし、次に「第2 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応についての問題点 」を指摘した。(←料金値上げ申請時に社会に約束した役員報酬の減額に対して補填していた事実も、この第三者委員会の報告で判明した)
本件は、原子力発電という電気事業の本丸に関連する案件であり、電気事業法に基づく経産省の権限行使の影響も大きかったといえるが、少なくとも事実の解明という面では、この第三者委員会の詳細な調査により疑念は拭えたといえる。