【目安箱/11月6日】推進と抑制が同時進行 問われる再エネの再構築


日本のエネルギー政策の目標は、岸田文雄首相が機会あるごとに繰り返す「脱炭素社会の実現」「GX(グリーントランスフォーメーション)による成長」であるはずだ。ところが、再エネ拡大を止める制度や政策が増えて、投資意欲が減っているようだ。推進と抑制が同時に行われる異様な状況を、一度立ち止まって修正した方がよい。

自治体主導で規制条例の制定が続く

「災害の発生が危惧され、誇りである景観が損なわれるような産地への大規模太陽光発電施設の設置をこれ以上望まないことをここに宣言します」。今年8月に、福島市の木幡浩市長は、「ノーモアメガソーラー宣言」を行なった。

福島市の木幡市長の会見(8月、同市HPより)

福島市には建設中を含めると20を超えるメガソーラー事業がある。「生活の安全安心を守り、ふるさとの景観を地域の宝として次世代へ守り継いでいかなければならない」と、木幡市長は会見で語った。そして山の斜面や森林でのパネル設置などを行政として取りやめさせるという。しかし規制条例は作らずに「地域共生型の再エネは推進する」としている。(福島市の宣言ページ)

地方自治研究機構の10月19日付の調査「太陽光発電設備の規制に関する条例」(リポート)によると、太陽光規制を入れた地方自治体は258になる。県では8例だ。中でも山梨県の場合は、私有地でも、森林や土砂災害警戒区域などに太陽光発電施設の新設を原則禁止する厳しい内容になっている。

自治体による再エネ課税が始まる

再エネへの課税の動きも出ている。宮城県議会では7月、森林開発を伴う再エネ発電設備の所有者に課税する全国初の条例が成立した。宮城県の村井嘉浩知事は「税収を目的としない新税、乱開発の規制が目的で、一番うまくいったら税収がゼロになる」と会見で述べた。ただし、再エネの促進区域での建設は奨励する。

青森県も検討の意向だ。青森県の宮下宗一郎知事も9月に、再エネ事業者に対する新税の検討に言及した。宮下知事は「都会の電力のために青森県の自然が搾取されている」と、敵を作る彼の政治スタイルらしく、再エネを敵視するような発言をしている。

一連の規制策は、再エネ立地地域で不信が広がっている現れだ。不適切な再エネビジネスを、住民とその意向を反映した自治体が拒絶している。太陽光発電設備について、国レベルでの環境配慮ための法律は作られていない。自治体が民意を反映して規制に動くのも当然といえよう。

投資家に聞く「もう太陽光は儲からない」

個人で太陽光を西日本に5カ所持っている人に話を聞いた。持つ設備数と投資金額は公表しないが、2015年前後の価格(1kWあたり20円超)で、利回り(投資額に対する収益)12%前後の売電収入になっている。設備は当時値段がやや高かったが国産メーカーを買い、設備の大規模な破損は少ないが、パネルではなく、インバーターなどは修理の必要が出ている。

ただ、昨年から太陽光発電の出力調整が九州で増えて、昨年度は利回りで1%以上低下した。九州電力管内で原子力発電所が稼働しているためだ。今後、四国、中国電力管内でも出力調整が行われることを警戒している。19年前後の15円前後の買取価格で収益は利回り10%、入札枠に応じる22年からのFIPでは利回り6~7%しか見込めず、「別の投資をした方がいい。他の金融商品との比較で、投資を決める」と、追加投資をやめた。個人的には再エネを過剰優遇する政策には疑問だが、利益が出るので投資をした。「再エネを増やしたいのならば、太陽光で儲けた金を再投資させる仕組みを作ればいい。それなのに太陽光の投資家に、梯子を外そうとしているかのように冷たい」と不満を述べた。

メガソーラー事業から逃げるプロ投資家

再エネビジネスをやっている元商社マンに話を聞いた。この会社は、メガソーラーを持っていたが、それを売ってしまい、今は再エネの建設コンサルティングや仲介にシフトした。メディアなどで話題になっている中国系企業にも、物件を売った。

「日本は政策がコロコロ変わるので、設備を持つのは危険だ。15年ごろ再エネ設備建設に対して市民の反発が起きる事業が出始めた。そして『出力調整問題』がやがて起き、収益が不安定になると思った。そのために売り逃げた。予想通りのことが起きている。固定価格買い取り制度そのものも、民意に右往左往する日本政府だから、国民の批判が強まればなくしてしまうかもしれない」という。洋上風力に乗り出そうとしたら、秋本事件に遭遇した。そして憤慨している。

「日本の政策は、どこに進んでいるのか、方向が分からない。落ち着いて投資もできないし、リスクも取れない。さらに、まるで失敗国家のように、金目当ての政治家が再エネ周りをウロウロしている。これではビジネスはできない。まずい形で日本の再エネは動いている」と、この人は話した。

矛盾した政策を検証すべき時

政府は脱炭素を推進するため、再エネの主力電源化を目指している。21年に決まった第6次エネルギー基本計画では、現在は20%程度の再エネの発電の比率を、30年度に36~38%へ増やす目標を掲げる。

しかし、その目標を達成するのはこのままでは難しそうだ。地方自治体での規制、ビジネスの利益での有利さが低下している。問題を解決するために、経産省・資源エネルギー庁は、洋上風力に期待を寄せたようだ。ところが、期待した洋上の浮遊式風力の商業化は足踏み。固定式も秋本真利議員の汚職事件で足踏みだ。再エネにマイナスの方向への状況変化がある。つまり政府は再エネで、エンジンとブレーキを同時にかける、奇妙な行動をしている。

再エネを巡っては関係者全員が一度立ち止まり、拡大はどのような形で行うか、民間の投資をどのように呼び込むか、どのようにみんなが豊かになるかなどを考え直す必要があるのではないだろうか。

このままでは、再エネの拡大目標が達成できないばかりか、国民の不信感の中で再エネを巡るトラブルが広がる一方だ。

【記者通信/11月5日】電力10社が上期黒字に 厳しい財務状況は変わらず


大手電力10社の2023年度上半期決算が10月31日までに出そろった。純損益は北海道510億円、東北1553億円、東京3508億円、中部3115億円、北陸511億円、関西3710億円、中国1230億円、四国487億円、九州1498億円、沖縄32億円と10社全てが黒字を確保した。燃料費調整の期ずれ差損が差益に転じたことや電気料金の値上げなどを反映した格好だ。関西、九州は原子力発電所の稼働増による燃料費減も寄与した。一方、大手都市ガス3社も黒字となった。

前年同期の収支状況を見ると、大手電力はガス・石油などエネルギー関連事業者が軒並み好業績を上げた中で四国以外の9社が赤字という「総崩れ」状態だった。燃料費の高騰や円安の加速で調達コストが上昇し、燃料費調整条項に基づく燃調価格が全電力で上限(基準価格の1.5倍)に到達。事業者が上限超過分を負担し経営を圧迫する状況に、電気事業連合会の池辺和弘会長は「このまま赤字が継続すれば、私どもの使命である電力の安定供給に支障をきたしかねない」(昨年11月18日の記者会見)と警鐘を鳴らすほどの惨状だった。その後、昨年末から年明けにかけて、北海道、東北、北陸、東京、中国、四国、沖縄の7社が経済産業大臣に規制料金値上げの認可申請を行い、今年6月、一斉に値上げを実施した。

規制料金の値上げを行わなかった3社のうち、関西と九州は原発が稼働済みという共通点がある。例えば、関西は経常収支で前年同期比5267億円の増益を記録したが、1980億円が原発利用率の上昇によるものだ。

中部は浜岡原発が稼働していないが、昨年7月に自由料金メニューの値上げをいち早く発表するなど、独自の対応を進めてきた。製造業が集中していることなどで法人向けの販売割合が高いことも、価格転嫁の余地が大きかった要因とされる。同社は期ずれ分を除いた経常損益も約980億円の増益となり、林欣吾社長は10月27日の会見で電気料金や株主還元の検討を表明した。

北陸は決算発表と同時に、連結経常収支450億円以上、連結自己資本比率20%以上(27年度末)を掲げた新たな財務目標を公表。株主還元についても前向きな姿勢を示した。3月には規制委で志賀原発の「活断層論争」に終止符が打たれ、「一つひとつ前に進んでいる」(北陸電力関係者)という現状を反映した内容だった。

国際情勢混乱で先行き不透明 自己資本の積み増しが課題

東京以外の9社は23年度通期業績予想も公表した。いずれも黒字で、北海道と沖縄を除く7社は過去最高益となる見通しだ。とはいえ、緊迫する中東情勢など燃料費が再度上昇に転じる可能性があり、燃料費の見通しは「保守的に(高めに)見積もった」(大手電力担当者)との声も聞こえる。

こうした事業変化の振れ幅に対応し安定供給を維持するためには、自己資本の積み増しが欠かせない。だが、依然として各社の自己資本比率は低いままだ。現在、安全圏とされる30%を超えるのは中部のみで、北海道・東北・中国・九州は15%以下。31日の各社会見では「楽観視できる状況ではない」(中国電力の中川賢剛社長)、「実質上の収支は依然として厳しい」(四国電力の長井啓介社長)と厳しい発言が相次いだが、大手電力の財務状況を如実に表していると言えよう。

大手ガス3社は東京1039億円、大阪245億円、東邦893億円と、いずれも前年同期を上回る黒字に。東京・東邦はガス販売量減などの影響で売上高が減少し減収増益、前年同期に米フリーポート液化基地の火災の影響で減益だった大阪は、運転再開も増益要因の一つとなった。

【記者通信/10月30日】Jモビリティショー開幕 日本の「全方位戦略」の行方は


電気自動車(EV)シフトが加速している。日本は昨年のEV+プラグインハイブリッド車(PHEV)の新車販売台数が9.5倍と前年から2倍以上となった。日産自動車の軽EV「サクラ」の販売や中国BYDの日本参入などが大きな要因だ。10月26日に東京ビッグサイトで開幕したジャパンモビリティショーでも、国内外の自動車メーカーが新型EVを相次いで披露し、さながらEV博覧会の様相だ。今後、車両と充電インフラの整備拡充によりEV化は加速するとみられるが、日本におけるEV社会の実現にはさまざまなハードルが横たわっている。

コロナ禍を経て4年ぶりに衣替え開催となった「ジャパンモビリティショー」

ジャパンモビリティショーでは、トヨタ自動車が高性能スポーツバッテリーEV「FT-Se」を、日産自動車が全固体電池の搭載で圧倒的な加速力を目指す次世代電動スーパーカー「ハイパーフォース」を初公開。ホンダとソニーグループの合弁会社は大きな全面パネルで映画などが楽しめるEV「アフィーラ」を初公開するなど、異業種との連携も目立った。スバルが出展した「空飛ぶクルマ」の実証機「エアーモビリティコンセプト」も見た目のインパクトは絶大だった。

トヨタ「FT-Se」
日産「ハイパーフォース」
スバル「エアーモビリティコンセプト」

だが現実のEV販売で先行するのは、米テスラと中国BYDだ。BYDは日本発売第1弾のミドルサイズのスポーツ用多目的車(SUV)「ATTO 3」、9月に発売したコンパクトEV「ドルフィン」、そして第3弾として投入予定のスポーツセダン「シール」などを展示。EVの中では低価格だが実際に乗ると中国メーカーにありがちな「安っぽさ」がなく、全世界で販売数を伸ばしていることに合点がいった。

世界ではHV・PHEV需要も拡大 EV製造の支援策拡充を

西村康稔経産相は20日の定例記者会見でEVの支援策について、「市場の立ち上げが重要で、EVの価格と充電インフラの整備が課題」との見方を示した。充電インフラについては18日、新たに「充電インフラ整備促進に向けた指針」を策定。30年の設置目標をこれまでの15万基から2倍に相当する30万口へと引き上げた。3月時点では約4万基の設置にとどまるが、今後急速に拡大する可能性がある。

また西村経産相は今後の政策について、「日本の自動車産業が引き続きグローバル市場をリードしていけるよう、官民一体で連携しながら取り組む」と意気込みを語った。産業競争力の面で鍵を握るとみられるのが、環境規制の厳しさだ。

欧州連合(EU)や英国が35年以降に完全電動化、CO2排出量100%削減を目指す一方で、日本の35年販売目標にはHVが含まれる。欧州勢に比べて「甘い」電動化目標に対して、モータージャーナリストからは「欧州並みの厳しい規制でメーカーが強力にEVシフトしなければ、世界市場で勝てなくなる」と手厳しい声が挙がる。一方で、「EVは価格や航続距離、充電インフラなどの問題を抱えるため、HV需要は必ず残る。メーカーに対してHV製造の選択肢を残しておくべきだ」「合成燃料やバイオ燃料などのCN燃料が実用化すれば、HVで脱炭素の可能性も残る。内燃機関技術を残すため、電動化目標にHVを盛り込んだのは正しい」と日本の全方位戦略を評価する向きも根強い。

実際に日本の戦略が功を奏す可能性もある。現在、世界的にEVの販売台数は増えているが、EV化の準備が整っていないことなどからHVやPHEVの需要も増加している。一例として、米フォードは今年のEV関連の損失が45億ドル(約6270億円)と当初に想定していた30億ドルから拡大すると予測。8月には、今後5年間でHV販売を4倍に増やす計画を公表した。米国はカリフォルニア州などが厳しい環境規制をかけるが、30年の販売目標ではEV・PHEV・燃料電池自動車(FCV)を50%とし、HV販売の余地を残す。また世界一の巨大市場である中国も、35年販売目標ではHVが50%を占める。

だが、EVの販売競争は世界で始まっており、日本勢が後れをとっていることは事実だ。「全方位戦略」をとりつつ、中国が圧倒するリチウムイオン電池のサプライチェーン多様化やモーターシステムの高効率化、小型・軽量化、全固体電池の開発など、日本メーカーが「EVでも」シェアを拡大できるような施策を急ピッチで進める必要がある。

【目安箱/10月27日】賠償を無限に払い続けるべきか 『東京電力の変節』に違和感


『東京電力の変節 最高裁・司法エリートの癒着と原発被災者攻撃』(旬報社、後藤秀典・著)という本を読んだ。普通の書評は本をほめるものだが、今回は批判的にこの本を取り上げながら、東京電力の福島第一原発事故の賠償問題を考えたい。

「賠償問題は今、どうなっているのか」。これに即答できる人は少ないだろう。原発事故から歳月が流れ、多くの人が忘れてしまっている。

福島原発事故では、個人と企業・団体の精神、財物価値、経済活動の損害に、東京電力の責任で賠償が支払われている。それは2023年10月までに10兆9188億円と巨額だ。個人には延べで約104万4000件、自主避難者などの個人には同148万3000件、法人・個人事業主には同48万件になった。

賠償金の支払いの構造は、まず国が支出し、将来に東電が返済する形だ。経産省の下に原子力損害賠償・廃炉等支援機構があり、そこから賠償金や廃炉の費用を国が東電に貸し付けている。一時的という名目で、同機構は国債で資金を調達している。東電は収入、つまり主に管内の電力利用者の支払う電力料金によって、その返済金をまかなうしかない。東電本体は国の出資を受け入れて事実上の国有になっており、国が見直さない限り、この仕組みから抜け出られない状況だ。

「東電宝くじ」、手厚い補償で被災者の生活は守られたが…

賠償の金額は人によって違うが、2014年に私が話を聞いた家族のことを記してみよう。福島県の原発近くの富岡町から、事故をきっかけにいわき市に事故直後に転居した5人家族だ。その当時、毎月一人当たり10万円、毎月50万円をもらえた。ほとんど自家消費していた、母のやっていた農業の補償、そして勤めていた工場の休業補償、避難の家の家賃、富岡町の家の修理代ももらえていた。総額は言わなかったが、数千万円の臨時収入があったそうだ。

「もらいすぎと思うが、国と東電がくれるというので、もらっている。誰も言わないが、『東電宝くじ』なんて言葉もいわき市にあり、周りの人から妬まれている。避難者はやることがなくてお金があるので、昼間からファミレスに集まっておしゃべりをしたり、パチンコをしたりしている。良いこととは思えない」と話していた。

このように、かなり手厚い補償が、この事故の被災者に出た。今では避難指示が大半の場所で解除され、補償額の支払いはゆっくりと減っている。しかし訴訟によって上乗せの賠償支払いを求める動きがある。それによって利益を得る弁護士、政治活動家が後押しする。

全てを「東電のせい」にしていいのか

この賠償金、そして上乗せの賠償を求める動きについては、立場によっていろいろな考えがあるだろう。ただし、闇雲に支出するのではなく、その必要性を精査する段階にきていると、私は思う。

賠償とは、損害を補填するために行われるものだ。原発事故直後から、この事故で漏洩した放射性物質によって、健康被害は起こらないと予想され、実際に起こったとは確認されていない。人々の恐怖や社会混乱という問題の根源は、被災者の健康被害の可能性であった。しかし健康被害がなかったのに、「損害があった」として賠償が払われるのは、おかしな話だ。社会混乱によって、多くの人が損害を被った。それは恐怖によって増幅し、デマなどで大きくなった風評によってもたらされたものだ。東電の責任だけによるものではない。

この巨額の補償は必要だったのか。放射能の影響がわかった2011年の夏の段階で帰還を促し、日常生活に戻るように生活をすれば、社会の損害はかなり少なかったはずだ。

また全てを東電の責任にするのは、正しいことなのか。福島事故前の安全審査や、その後の政策による混乱は国が原因ではなかったのか。また東電は「倒産」という選択肢もあった。それなのに、同社を延命させたのは国の判断だ。

そして、ここまで賠償金が膨らみ、国民負担が広がる前に、国が責任を持って、賠償を最小限にするように線引きをすれば良かった。それなのにしなかった。

今は賠償金の仕組みを見直す必要が出ているのだ。

「変節」批判は正しいのか

この本はその賠償について、東電の裁判戦略の変化、そしてその背後にある司法界の癒着という二つの変節を告発することを意図していると、前書きにある。

著者によると、賠償を巡る裁判で被告である東電側の弁護士が、原告側の主張を受け入れずに積極的に反論するようになっているという。

また裁判所、行政、企業の癒着を、大手法律事務所が媒介して深めているという。東電寄りの判決を下した最高裁の裁判官が、退官後に大手法律事務所に属した。またこうした法律事務所が、賠償問題に関わる政府の委員会に人を出しているという。それが、上乗せ賠償を巡る裁判で、国の責任を認めることや、増額に慎重な判決を生んでいる可能性があると、著者はいう。

巨額の賠償を抱える東電

前者は当然のことと私は思う。私がこれまで説明した、10兆円以上の東電の賠償の巨額さ、異常さを強調していない。この賠償を減らさないと、東電の経営も成り立たず、消費者が負担を受ける一方だ。

国が賠償の線引きをする行為から逃げている以上、東電がその裁判で支払いを減らす抵抗するのは仕方がないだろう。

また後者の司法界の癒着は、部外者からするとおかしさを感じることは同意する。司法の癒着への批判の視点を、部外者である私たち一般国民は当然持つべきだ。しかしそれは東電の裁判への対策のためだけではなく、他の企業や利権がらみでも、法曹の間の協力関係は起きている。

例えば一連の東電の賠償裁判にも、弁護士側がネットワークを作り、東電を攻めている構図がある。そして、一部の反原発勢力、政治勢力、メディアに応援を受けている。この種の裁判は、原告側の弁護士の利益になる。普通の裁判では裁判費用の他に、勝った場合には、賠償の2~3割を弁護士が得られる。これも一種の不透明な「癒着」であろうが、著者はその問題に触れていない。

もちろん、東電の賠償裁判では、実際に原告が困ったことがあったり、弁護士が正義感から参加したりする面があるかもしれない。しかし、どうもそうした「きれいごと」だけではなさそうだ。

賠償問題を見直すとき

東電の賠償裁判では、賠償を線引きし、司法が介入するような状況を作り出さなければよかったのだ。初動を間違え、全てを東電のせいにしたことで、今になって多くの問題が顕在化している。

この本は、岩波の月刊誌「世界」の連載を本にしたが、あまり話題になっていないようだ。東電の原発事故を巡る「東電悪い」の単純な視点に、多くの人が共感せず、またこの問題に関心がないのだろう。関心を持つ少数の人は、この解決策、賠償問題のおかしさを認識し始めているのかもしれない。

このまま賠償を減らし、東電の負担を減らす議論を始めるべきではないのか。著者の意図とは逆に、そんなことを読んで考える本だった。賠償を無限に東電が払い続ける状況を作ってはいけない。それは日本全体、そして電力事業者全員の損害になってしまう。

【目安箱/10月18日】エネ補助金延長の愚策 ばら撒きの出口見えず


政府が10月末に取りまとめる総合経済対策に、燃料油や電気、ガスといったエネルギー価格の高騰を抑制するための補助金(激変緩和措置)について来年3月までの延長が盛り込まれる見通しだ。4月以降については今後のエネルギー価格や為替の動向を見極めながら判断していくという。国民は喜んでいるが、本当に役立つ政策なのか。

トラック事業者の視察を行う、岸田文雄首相と斉藤鉄夫国交相

この政策は、メディアには評判が悪い。「やめられぬ「激変緩和」ガソリン補助延長、1週間で決着 支持率下落、与党から圧力」など、ばらまきを批判する論調だ。しかし一般人にはいたって評判が良い。私だって嬉しい。9月発表のNHKの世論調査では、この対応が適切だと思うかたずねたところ、「適切だ」が62%、「適切ではない」が22%だった。岸田内閣の支持率は各社調査で伸び悩むが、この政策だけは評価が目立つ。

終わりの見えない補助金政策の中身

ここで、エネルギー価格抑制のための補助金政策の中身を簡単に振り返ろう。昨年からエネルギー価格は上昇している。円安の進行や物価全般の上昇、昨年2月からのウクライナ戦争後の国際エネルギー市場の動揺など、さまざまな要因が重なっている。根本的な原因に手を入れないまま、日本政府は昨年1月からガソリン価格引き下げのために政府は補助金を出した。元売りに金を渡す形だ。さらに昨年度下半期から電力、ガス価格にも補助金を出した。これも大手の電力、ガス会社に補助金を出す形になった。

今年9月末までの暫定措置とされたが当面継続とし、その終わりは見えない。岸田首相は今年8月末にその意向を示し、9月25日経済対策をめぐる会見で、物価高対策の中心政策と位置付けた。

この補助金政策の目標は、ガソリン小売価格が1ℓ当たり175円程度に据え置くことだ。これは実勢価格より30円ほど安くなるとされる。ガソリン以外の灯油、重油、軽油も安くなる。また電気、ガスも補助金によって負担を抑える。モデル料金で1世帯月8200円(東京電力、260㎾時使用、3人程度、再エネ賦課金など含む)が、1000円ほど抑えられる見込みだ。

ところが、負担も応分に大きい。今年8月末までの累計の補助金総額は石油元売りへ6兆2000億円、電気・ガスで3兆円になるという。それがまた膨らむ。財源は予備費、また税収増分を当てている。これだけの巨額の税金投入は、適切なのだろうか。

インフレに補助金は悪手 経済学の常識だ

私は大学で経済学を学んだ。インフレ局面では経済は名目の上で膨らみがちだが、物価は上昇して実質的な収入が減り、一般人の生活は苦しくなることが多い。

そのために、国が行うべき定型の政策がある。成長を取るか、インフレを抑制するか、経済の状況を見て選択する。インフレを抑制する場合には、財政支出の抑制と中央銀行による金融の引き締めが必要になる。これは別に経済学を学ばなくても、常識で理解できる政策だ。

ところが、それと真逆の政策を岸田政権は行っている。つまりエネルギー価格の上昇が問題になっているのに、それに手をつけず、補助金による財政拡大をしている。状況次第では、価格上昇が一段と加速する可能性もある

またインフレ局面では中央銀行は、金利の引き上げという金融引き締め策、為替の通貨高(日本の場合円高)誘導をする。ところが日本の場合は、国の借金が国際残高約1200兆円まで膨らみすぎた。金利の引き上げは、国債市場の混乱を招きかねず、日銀は動けないようだ。そして、岸田首相は、さらに財政の負担を増やそうと、人気取りのばら撒き、ポピュリズム政策を行う。これも常識に反する。

そもそも今回のインフレは、さまざまな要因によって生じている。特に2020年ごろまでの、世界各国コロナ禍での財政出動の副作用などで、過剰流動性が各国の経済にあふれたこと、そしてエネルギー市場の動揺など複合要因で起こっている。その原因を変えることは即座には難しいが、そこを修正しなければエネルギー価格の上昇傾向は変わらないだろう。つまり、この政策はダラダラと続く可能性が高い。岸田政権は政策の目標を間違えている。

第2に、大量の補助金は、エネルギー市場の価格メカニズムを自ら壊す。価格は上昇すれば消費の抑制を生み、価格の低下を促し、また省エネルギーなどの技術革新を進めるはずだ。しかし昨年のガソリン販売量は7年ぶりに増加した。この補助金制度が販売促進効果をもたらしている。岸田政権の政策は脱炭素であったはずだ。そして日本は電力・エネルギー自由化を行なってきた。その流れにも逆行する。

第3に、エネルギー業界、特に石油業界への影響だ。価格上昇によって、昨年度の決算は石油会社、ガス会社は軒並み好調だ。この補助金はこうした企業に投じられており、税金を投じる必要性は薄い。そして業界の体質改善を遅らせてしまう。

そもそもガソリンに巨額の税金が課せられているのは、その備蓄や、道路整備に加え、税による使用抑制の意味もある。ところが大量の補助金は、ガソリンやエネルギーの使用をうながし、政策を支離滅裂にしている。

人気取りは失敗に 賢い中国にまた負けた

ちなみにこうした燃料費補助政策はどの国も採用するが、朝日新聞の前出記事では、今年7月時点ではG7諸国で継続しているのは日本と英国のみ。また中国政府は、コロナ禍の時からEVシフト政策を行い、そこに補助金を注ぎ込んだ。化石燃料への補助金は、中央政府レベルでは行わなかった。同国のEV産業はこの1~2年、急成長した。中国政府の賢明な政策が影響しているようだ。

日本の政策に問題があることは岸田首相も、政治家も、起案する経産省の人々も当然知っているだろう。経済政策の指針を出す経済財政諮問会議でも名前は非公表の民間有識者から「激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき」(7月30日議事録要旨)という正論も出ている。

ところがばら撒き政策は、野党も反対しない。政権の人気は高まる。今秋の衆院解散総選挙を探っているとされる岸田首相は、こうした人気取り政策に動いてしまった。

政府は、一時しのぎの補助金に頼るばかりでなく、電気自動車の普及や、輸送の効率化など、ガソリン消費を抑えるための取り組みを強化するべきであった。日本経済が転落し、各産業で中国や韓国に抜かれ続けた一員は、こうしたばら撒きを繰り返したためではなかったか。

エネルギー価格の補助金抑制政策で、また失敗を繰り返したことに暗い気持ちになる。

【目安箱/10月13日】上関町の反原発の実情 高齢化が消した「政治」の嵐


山口県上関町で、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設調査が始まる。中国電力と関西電力によるもので、西哲夫町長が8月18日に受け入れを表明し、町議会がそれを同日認めた。あまり伝えられない、この地域の原子力反対運動の状況を紹介してみよう。

私の見たところ、外部からの政治集団が入り込み、過激な反対運動をして、町の人が落ち着いて議論ができない状況になっていた。それが、その集団と町全体の高齢化で変わった。このまま地域の人々が、静かに対応を議論できるようになることを期待したい。

外部の政治勢力が入り込む

上関町では、中国電力が1982年から原子力発電所の建設計画を進めた。もともと上関町の住民の大半は原発の建設に賛成している。今年8月に11年ぶりに行われた町長選挙でも投票者の約8割が、原発誘致派の西・現町長に投票した。これまでの町長選挙では誘致派が勝ち、町議会も近年の定数10だが、誘致派が8議席以上を常に占めてきた。

上関原発を巡る報道で、在京のメディアは「分断」「反対派の声を聞かず」と、町内の意見が割れているかのような報道をし続ける。しかし現実は、原発誘致派が圧倒的多数を占めてきた。

そして反対運動が過激化して、状況は混乱した。この町出身であり1970年代の学生運動で、労働運動が活発になった時代に政治団体の幹部になった人がいた。この人が地元に帰ってきた後で反原発運動の中心になり、広島、東京から外部の政治団体、反核団体を引き入れた。こうした外部の政治団体は、地元から遊離し、対話をするという態度がなく、建設阻止以外の意見を認めなかった。

原子力発電所は町内の田ノ浦地区に建設が決まり、2009年から工事が始まった。ところが建設予定地の占拠をするなど、過激な活動があって工事はなかなか進まなかった。それを在京のメディアは擁護した。そして2010年ごろに上関は日本の反原発運動の象徴になってしまった。

対立は街の発展を産まなかった

もちろん原子力発電について、住民がどのような意見を持とうと自由だ。真面目に原子力発電の建設を反対する住民も一定数いて、私はその人々を批判する意図はない。私は、町外の政治勢力を批判する。

私はエネルギー業界の末席にいるが、上関町での対話活動に2010年ごろ少し関わった。中立の有識者の司会で、関係者で合意を進める会議を開こうとした。それでジャーナリストなどの人選をして提案した。ところが、ここでは反対派がそのような取り組みさえ拒否した。

そこで2011年3月に東京電力の福島第一原発事故が起きてしまった。そのまま上関の工事はほぼ止まって10年が経過した。振り上げた拳を下ろす場のなくなった外部の政治活動家は、沖縄や福島での反政府運動に行き、上関町は静かになった。

そして、この対立が町づくりにも影響してしまった。上関町の基幹産業は、漁業と観光だ。しかし原発で対立してしまい漁協、農協、町が一体となった運営ができなくなってしまったという。原子力誘致派も、それ以外の振興策のカードを示せなかった。町の人口は2427人(22年10月1日現在)だ。40年前の3分の1ほどに減り、高齢化率(65歳以上)は約58%と全国的にも高い。町はズルズルと衰退した。

高齢化という問題が混乱を収束させた

原子力を巡る状況は変わった。その一因は関係者の高齢化だ。この町で騒いでいた政治団体や、支援プロジェクトは、2014年を最後にホームページが止まってしまった。前述の地元リーダーをはじめ、高齢化前述の反対運動の中心人物は、80歳前後でほとんど政治活動に動かなくなってしまったという。支援していた過激な政治団体も、機関誌の発刊は2014年に止まり、ホームページを見てもほとんど活動していない。メンバーの高齢化が進み、活動できないのだろう。

ニュース映像に流れていたが、今年8月の上関町の町議会では「反対派」と称する高齢の人たちが、議員や町長が町議会に行こうとしているのを、暴力的に妨害しようとしていた。私のここまでの説明を読めば、この「反対派」がどのような人かは理解できるだろう。しかし、その数は減っている。

上関町の原子力問題で、反対運動が沈静化しつつあるのは良いことだが、その理由がおそらく「高齢化」なのは、日本の今の問題を表しているようで、暗い気持ちになる。

上関町のウェブサイトと地図

地元の人が静かに議論できる状況を

建設が可能となった場合には、地域住民が電力会社と協調して、地元にも、電力会社にも、日本全体にも利益を提供する施設を作ってほしいと思う。関電はこの中間貯蔵施設問題で原子力発電の活用が危ぶまれている。さらに中国電もこの施設がない。引き受ける上関町にも、経済的恩恵があるはずだ。

そのためには、地域住民と電力会社が、「反対のための反対」で困ることなく、静かに話し合いのできる場を作ってほしい。

日本の原子力問題は、このように関係ない部外者が介入して騒ぎになる事例が多数ある。どのような意見も自由だが、「暴力」による少数派の妨害、また政治イデオロギーによる妨害はやめてほしい。地元の人を中心にした利害関係者(ステークホルダー)が静かに、合理的に、合意をまとめる状況を作るべきだ。

【メディア論評/10月5日】「経産省執務室の施錠解除」を巡る報道の背景を読む〈下〉


執務室施錠措置導入の発端を紐解く

〈上〉で述べてきたような形で、経産省執務室の施錠措置がなされて6年、記者クラブの記者もエネルギー企業などの担当者も替わっていき、状況は変わらずにきた。ところで、そもそも他省庁が施錠していない中で、なぜ経産省で施錠が始まり、しかもなかなか解錠措置に至らなかったのか。

前出の毎日新聞8月17日付はこの点につき、次のように述べる。〈施錠ルールを巡っては、導入の2週間前にあった日米首脳会談に関連し、経産省が作成に関わった資料が政府内の調整を前に一部メディアで報道され問題となったため、こうした経緯がルール導入の背景にあったとの見方があり、国民の知る権利と情報管理の在り方を巡り問題になっていた。〉

これについて、筆者の見聞を述べたい。

2017年1月20日、トランプ米国大統領が誕生した。2月10日からの日米首脳会談を控えた2月初め、同会談で提案する経済協力の一つとして、米国のインフラ開発に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の投資資金を活用する方向で調整されている、との報道が出た。

◎日経新聞2月2日付〈公的年金、米インフラに投資、首脳会談で提案へ - 政府、雇用創出へ包括策」

政府が10日にワシントンで開く日米首脳会談で提案する経済協力の原案が明らかになった。 GPIFが米国のインフラ事業に投資することなどを通じ、米国で数十万人の雇用創出につなげる。……インフラ分野では、米国企業などがインフラ整備の資金調達のために発行する債券をGPIFが購入することが柱だ。 GPIFは130兆円規模の資金運用のうち5%まで海外インフラに投資可能。現時点で数百億円にとどまっており、拡大の余地が大きい。〉

この報道については、衆議院予算委員会の質疑で取り上げられた。安倍晋三首相(当時)は、政府から独立して純粋に投資効果を追求するのが原則のGPIFの資金活用について、「考えていない。GPIFは独立して運用している。私がこれをやるな、これをやれ、と言うことはできない」と否定した。この「GPIFの活用」という話が、後述のように趣旨と異なる形でリークされたことについて、政権中枢幹部が激怒したと伝わり、誰がメディアにリークしたのかというのが霞が関界隈では話題となった。上記の政権中枢幹部に近く、当時、自民党内でトランプ政権対策を担っていたある議員は、下記のように述懐する。

「トランプ大統領誕生を受けて、日米の首脳会談等に備えて、自分は政権中枢幹部に次のようなアイデアを提案した。日米両国は公共インフラの老朽化などにより、インフラ投資が必要な時代 となっているが、双方ともそれを公共投資で賄うことは困難であり、民間資金を活用する必要がある。幸い日本でも生保等に長期で運用できる資金が余っている。日米相互に、日本側のマネーが米国のインフラ投資に、米国側のマネーが日本のインフラ投資に活用できるような制度的なプラットフォームを作ってはどうか。   このスキームが成り立つようにすれば、日本では、生保等も、また結果としてGPIFなどもこの枠組みを使って米国へのインフラ投資ができる、という案であった。これに対してその政権中枢幹部も『いいではないか。検討を進めるべし』と言ってくれた。本来は筋のいいテーマとして、今後の日米の経済対話の折、ネタがなくなった時のカードとして使おうとしていた」

「ところが構想をよく理解できない人たちが、GPIFの活用という形に矮小化し、一方でその活用ボリューム感を膨らませてリークした。日経にリークした内容は独り歩きし、国会の質疑にまで取り上げられた。その政権中枢幹部は、“最悪の出方をしたな”とかなり怒っていた。その後、このリークの主として、当時のある経産省幹部に罪がなすりつけられた。(発言ママ)また、経産省では世耕大臣が、記者会見ではGPIF問題との関係性は否定したが、情報管理の徹底のため”執務室の施錠を実施した」

このリークの主とされた経産省幹部は、今も現役の別の幹部によれば、 「あの人は、“守秘義務の権化”のような人」と言われた人物であった。筆者は当時、上記の政権中枢幹部に近い議員が、リークの主とされた経産省幹部と同席した場で、「自分は経緯を理解している」旨の態度を示したことを覚えている。

このようにして実施に至ったとされる施錠問題について、記者クラブは「情報管理への留意の必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求める」という経緯から考えると、ある意味空しい要請を幾度もすることとなった。

毎日新聞の報道後に解錠は進んだのか

それでは、毎日新聞の報道のように解錠は進んだか。毎日新聞の報道後、全国紙はベタ記事あるいは掲載せずという状況であったが、経産省内にも記者が常駐する業界紙の電気新聞が記事を掲載、その後の状況にも触れている。

◎電気新聞8月18日付〈経産省、執務室解錠へ〉〈ただし現実は「閉」多く〉

〈……施錠の有無は各部局、各課に委ねており、電力・ガス取引監視等委員会事務局の場合は個別の企業情報を扱うため施錠を続けている。資源エネルギー庁も8月17日時点ではほとんどのドアが施錠されている。……執務室の施錠は、17年2月に当時の世耕弘成経産相が企業情報や通商交渉に関する機微な情報を扱っていることを理由に始めた。当時、産業界から「官民の関係が希薄化する」などの意見が出ていたが、ルールは変わらずにいた。ルール変更により、中小企業庁や商務・サービスグループなど、一部の部局では施錠は解除された。一方で、経産省別館のエネ庁が入るフロアを歩くと、ドアが施錠された状態はいまだ続いている。今後の施錠についても各部局、各課の判断となるが、経産省広報室は、「ドアの開け閉めに関わらず、外部とのコミュニケーションは引き続き取っていく」としている〉

なお、電気新聞では、同日の紙面で、上記記事が掲載されているその下に「デスク手帳」という常設のコーナーを配置し、その中で〈国会待機の時間にはよく相手をしてもらえた。霞が関随一、オープンな官庁の復活を切に望む〉と懐古している。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【メディア論評/10月4日】「経産省執務室の施錠解除」を巡る報道の背景を読む〈上〉


毎日新聞8月17日付は、〈経産省、執務室施錠解除〉〈5年ぶり 機密扱う一部除き〉との見出しで、経産省が機密を扱う一部を除き執務室の施錠を5年ぶりに解除したと報じた。この件の概要を見るため、少し長くなるが引用する。

◎毎日新聞8月17日付

〈情報管理を理由に、2017年から、庁舎内のすべての執務室を施錠する措置を取ってきた経済産業省が8月10日から、機密性の高い情報をやり取りする一部の部署を除き、施錠の解除を認めていたことが明らかになった。同省は「常時施錠しなくても従来通りの情報セキュリティーが維持できる部署については施錠しなくてもよいルールに改めた」と説明している。他省庁は機密情報を扱う部署のみ施錠しているが、経産省は全執務室を施錠していた。〉

〈経産省の施錠ルールは、自民党の世耕弘成参院幹事長が経産相だった2017年2月に導入された。原則として庁舎内の全執務室が電子施錠され、来訪者や記者は廊下やエレベーターホールにある内線電話で職員に連絡し、解錠を依頼する。取材も事前連絡したうえで、執務室ではない別室で行うことが基本となっていた。〉

〈施錠ルールの見直しについて同省は、資料のペーパーレス化が進んだり、執務室の改装などで職員の固定席がないフリーアドレス化が導入されたりして情報管理の仕方が変わったことから、全執務室を常時施錠する必要性があるのかを省内で検討。その結果、常時施錠しなくても従来通りのセキュリティーが維持できる部署については、施錠しなくてもよいルールに改めたという。……新聞社や通信社、テレビ局でつくる経済産業記者会は“情報公開の  流れに逆行する懸念がある”などとし、同省に全室施錠の撤回を求めた申し入れを複数回行ったものの、対応は変わらなかった。〉

記事中では、経産省を取材する際、日頃どのように動くかも説明されている。施錠措置に対するのは、〈来訪者や記者〉とあるように、メディアだけでなく、訪問する民間の企業も同様である。余談だが、地方の大手エネルギー各社は、許認可事項の説明などの関係もあって、東京事務所を置いている。かつては、そこの勤務者はいわゆる“廊下トンビ”をして経産省の関係部署とコミュニケーションを取ろうとしていた。施錠措置がなされて以来、東京事務所の幹部は、秘書が付いていて入り口が解放されている幹部の所を回り、若手はアポを取って事務説明を行うといった行動パターンにシフトしているようだ。

施錠措置に関する記者クラブと経産省のやり取り

もちろん、官庁においても、防衛や経済安保など、近年の社会経済環境の中で情報管理が厳しく求められるようになっているという事情はある。企業においても、情報管理の度合いは進んでおり、執務場所への外部の人間のアクセスはかなり厳重に管理されている。メディアにおいても編集局などの状況は同様といえよう。

そういう中で、記者クラブは、〈通商・安全保障や企業機密など多岐にわたる機微な情報が漏れることによって国民や企業の利益が損なわれる可能性に留意する必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求めてきた。〉 (下記の「記者クラブの施錠撤回の申し入れ書」参照)

しかし、毎日新聞の上記記事が書くように、〈経済産業記者会は、……同省に全室施錠の撤回を求めた申し入れを複数回行ったものの、対応は変わらなかった〉という経緯がある。

例えば19年12月、(世耕大臣から菅原一秀大臣を経て)梶山弘志大臣就任の際に、記者クラブは施錠措置の撤回を求める申し入れ書を提出した。その表題にあるように、申し入れた内容には、「施錠措置の撤回」だけでなく、「取材対応改善」も含まれていた。

◎経済産業記者会「庁舎管理強化に伴う施錠措置の撤回 及び 取材対応改善の申し入れ」(19年12月13日)

〈世耕弘成元経済産業大臣在任時の17年2月27日に始まった庁舎管理の強化について、経済産業記者会からはこれまでに4回、執務室の施錠措置の撤回を求める申し入れを行い、現在まで聞き入れていただいておりません。所属各社記者による取材への支障は大変大きいと実感しており、大臣交代に合わせ、改めて下記の通り申し入れをいたします〉

〈2017年に始まった執務室のセキュリティー強化について、世耕元経済産業大臣はその目的について繰り返し、“適切な情報管理が行政の信頼性を高める”との見解を示されてきました。経済産業省は通商・安全保障や企業機密など多岐にわたる機微な情報を持ち、情報漏れによって国民や企業の利益が損なわれる可能性はあります。経済産業記者会はこれまで、こうした点への留意の必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求めてきました。……現状の施錠措置について、記者会所属各社からは「施錠措置によって取材に支障が生じている」「施錠措置導入後、経産省側が示した『コミュニケーションが後退することがないようにする』という方針は十分に実施されていない」との意見が出ています。記者会としては、①執務室の施錠措置を撤回すること、②施錠措置が部分的にでも続くのであれば、電話・メールを含む取材対応を早急に改善することを求めます。〉

記者クラブは、この申し入れの際、会員各社にアンケートを行い、どういう「支障」が出ているかを列記したものを別紙として添付している。そこに出てくる記者が感じる“支障”とは、経産省側が示した「コミュニケーションが後退することがないようにする」という方針とは相いれないものであった。

◎「ヒアリングで出た記者会メンバーの意見(抜粋)」 ←申し入れ書に添付

〈※施錠により担当者に円滑に取材ができなくなっている。居留守と思われる事案が頻発している。また、担当者が不在と言われたまま、その後、折り返し電話を得られないことが多々ある。経産省は「コミュニケーションが後退することがないようにする」としていたが、それが十分に行われていないと感じている。施錠を続けるならば、取材機会を確実にする努力をしていただきたい〉

〈※担当課長に取材のアポを入れようとしても、「不在」「いつ戻るかわか  らない」という回答しか帰ってこない。こちらの意向を伝えて折り返しの連絡を依頼しても、その後一切連絡が無い。この調子で、挨拶すらできていない担当課長、補佐がたくさんいる。特に電力・ガス事業部で顕著で、なかでも原子力関連部署はほとんどがこうした対応である〉

〈※急ぎの確認が必要な案件でも、「取材への回答は課長に集約している」としか答えず、事実関係の確認すらとれない。その課長がいつ帰ってくるかも答えず、結局確認がとれないことがある〉

〈※経産省にとって都合の良い時だけ話をするという、取材内容による選別が行われている気がする日々の雑談など、現場の職員と相互に信頼関係を作るためのやり取りが不可能になる。〉

ちなみみにこの頃、経産省の今も現役のある幹部は、筆者に「若い課長補佐クラスの中には、施錠されていると仕事がはかどっていい、と言う連中も出てきている」と述べていた。なお、上記の申し入れ書を提出した後日、大臣記者会見でのやり取りは下記のようなものであった。

◎梶山経産相(当時)の閣議後記者会見(19年12月17日)

【記者】世耕元大臣在任時の17年2月に始まった庁内管理の強化について、経済産業記者会は12月13日、執務室の施錠措置の撤回を求める通算5回目の申し入れを行いました。経産省は17年の施錠措置の導入後、コミュニケーションが後退することはないようにすると説明をしていました。しかし、今回の申し入れ書にも明記されておりますが、報道各社からは、頻繁に居留守が使われる、経産省にとって都合のよいときだけ話をする、取材内容により取材を受けるかどうかの選別が行われているなど、コミュニケーションが後退していることを指摘する意見が出ています。 経産省の報道対応が悪化しているという指摘が多くあることについて、ご所見をお伺いします。

【経産相】経済産業省では、企業などからの訪問者も非常に多いんですね。ですから、機微な情報を扱うことから、17年2月に庁舎のセキュリティーを強化したと承知しております。施錠の結果、取材対応を含む外部とのコミュニケーションは後退することがあってはならないと考えております。これまでも取材対応については、取材申し込みに丁寧に対応し、政策の背景や狙いなど、適切な説明を心がけているところであります。ただ今回、この申し入れをいただきました。申し入れに書いてあることもよく読ませていただきましたけれども、皆様からの、その対応は不十分ではないかという内容もあります。

改めて私から事務次官に取材対応を含め、丁寧に外部とのコミュニケーションを行うように指示をして、次官からそれぞれの部局にしっかりともう一度促すようにという対応をさせていただいたということであります。できる限り皆さんの申し入れに応えられるような取材体制をとるということをもう一度心がけてまいりますので、ぜひそれを見ていただければと思います。

以下、〈下〉に続く。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【論考/9月28日】サウジ石油戦略の深層(下)「単独主義」が招く危険性


国際石油貿易ルートに歪み 西側は合理的な石油政策欠く

第3に、国際石油貿易ルートに歪みが生じ、それがアジア新興圏で集中的に現れている。

ロシアのウクライナ侵略が国際エネルギー供給上にもたらした最大の変化は、それまで一体的な地域市場を形成していたロシアと欧州の分離である。21年にはロシア石油輸出の45%がEUに向かっていたのが、今年第2四半期はわずか6%に止まる。日量300万バレル弱の激減だが、その代替として、インドおよび中国向け輸出量がほぼ同量増加し、特にインド向けの伸びが際立つ。インドのロシア原油輸入は2021年に日量10万バレル弱であったのが、今年第2四半期には日量約200万バレルと激増している。

確かに、ロシアから欧州への石油供給が双方から遮断されるのは、両者の深刻な敵対関係からして不可避。その結果として欧州・西側が非ロシア世界からの石油輸入を増し、これによって押し出されたインド、中国他の需要が、供給側で同様に押し出されたロシア石油に向かうことも、当然の帰結。またロシア石油供給には、ウクライナ侵略戦争に伴う広範な不確実性が伴うから、インド、中国ほかの買手が、そのリスクに見合う割引価格を求めるのも、理に叶う。

むしろ問題は、西側が一方的に課す上限価格(原油はバレル当たり60ドル)によって、その割引幅が極端に大きくなり、ロシア産石油を他の追随を許さぬ安値とし得ることだ。ロシア産ウラル原油は、21年には北海ブレント原油価格に対してバレル当たり約2ドルの割引で販売されていた。しかし上限が課せられた後は、ブレント原油が80ドルになれば、この割引幅はその10倍の20ドルに広がる。

実際、今年第2四半期にロシア産はインド原油輸入総量の4割を占め、その単価はサウジ産に比してバレル当たり20ドル弱も安かった。一方、サウジ産の数量は前年並みにとどまり、占有率が昨年4月の19%から今年6月には13%へと低落した。

以上、要約すれば、サウジは自国が国際石油市場に与える影響力に関し、自信を強めている。一方で、西側が合理的な石油政策を欠き、国際石油秩序維持の責任を負うとしない身勝手さに、おそらくは不満を募らせている。さらには、アラビア海を隔てた隣国であり、最重要市場の一つであるインドにロシア産原油が異常な廉価で流入し、サウジ産を締め出す現状は長く座視できない。インド市場ではイラク、アラブ首長国連邦等、他の中東湾岸産油国とも競合関係にある。

サウジが単独追加減産を行いつつ、ロシアに石油輸出抑制を求めるのは、この自信と苛立ちの表明と捉えてよかろう。ロシアとは「連携」しているのでなく、むしろロシアを牽制して、中東産油国の「縄張り」であるインド、中国等アジア成長市場へのこれ以上の浸透を許さぬ構え、と見るべきだろう。そして次回11月のOPECプラス閣僚級会議に向けて、実効的な生産抑制の負担が自国のみに掛からず、特に「グループA」内で均等化するよう、サウジは強い姿勢で臨んでくるだろう。

サウジ「単独主義」の陥穽 供給途絶の危険性高まる

国際原油価格は、サウジアラビアの単独追加原産と期を一にして今年7月以降上昇局面に転じ、9月にはブレント原油もバレル当たり90ドル台に乗った。また、同国の追加減産の年内継続はそれ自体で世界的な石油供給逼迫を招くほどの規模ではない。サウジの単独行動は功を奏したかに見える。

しかしサウジが単独主義への傾斜を強めるほどに、産油国集団としてのOPECプラスは凝集力を弱めるだろう。既に「グループB」各国の生産枠は形骸化し、「グループA」内でもサウジに対する比率としての生産枠の割当基準が不明瞭となる。ロシアに至っては追加削減対象を生産量から輸出量へと変え、かつその基準も対象(原油のみか、石油製品も含むのか)も曖昧である。OPECプラスを忍耐強く束ねる指導力を、サウジは保ち続けるだろうか。

サウジは、通常は市場志向の現実的な姿勢を保つが、これが時に政府首脳部による衝動的・硬直的な方針に置き換わることがある。14年11月のOPEC総会を減産見送りに追い込み、これを引き金とした原油価格の暴落・低迷にかかわらず、以後2年にわたり自国原油生産量を日量1000万バレル超の記録的高水準に据え置いたのは、その一例である。また20年4月、移動制限の広がりで世界石油需要が激減する中で、減産に応じぬロシアを不満として、日量1200万バレルの原油生産能力を全稼働させてしまい、結果として米国WTI原油価格をマイナス38ドルという異常値にまで下落させたのも、類似の事例だ。

ウクライナ危機の続く現在、サウジが市場と対話する本来の姿勢を忘れることがあれば、国際石油秩序は大きな支柱を失う。事実、ロシアは9月21日以降、軽油・ガソリン輸出を一時停止しているが、数量の大きさから見て、これは既定の石油輸出削減の一環ではなく、長引く戦争の影響で、ロシア国内向け供給が制約されている兆候と解すべきだろう。またリビアは国家分裂状態の中で甚大な洪水被害に見舞われ、同国の石油生産・輸出能力に対する懸念も再燃している。

本格的な石油供給途絶の危険性は、高まっている。従って、西側とサウジが、国際石油秩序維持を共通目的として協働する必要性も高まっている。日本を含む西側が石油政策を現実的に立て直しつつ、サウジの生産行動が機動性を保つよう働きかけることが重要である。サウジが過度に単独減産に拘泥し、これがロシアと共謀して石油価格を吊り上げる行為と誤認され、西側諸国とサウジとの協働が困難になるような事態は、避けねばならない。

小山正篤 石油市場アナリスト

【論考/9月27日】サウジ石油戦略の深層 (上)ウクライナ危機で強まった主導権


前稿(7月13日・論考「サウジアラビア悪玉論の的外れ」)で論じたとおり、昨年11月および今年5月のOPECプラス原油減産は、基本的に市場志向的な動きであり、昨年の供給過剰を解消して世界需給の均衡回復を図るものと理解できる。いわば動くストライクゾーン目掛けて球を投げ込むようなもので、昨年11月に「ど真ん中」と思って投げ込んでみたら、(世界需要増の減速で)ストライクゾーンが下がりそうなので、今年5月には低めの球でストライクを取りに来た。

ところが予想を裏切って、原油先物・スポット市場の反応は鈍かった。5、6月と続けてブレント原油価格はバレル当たり約75ドルと、昨年来で最低水準を記録。低めのストライクのはずが、高めのボールと判定されたようなものだ。

これに反発するように、サウジラビアは7月以降、単独で追加減産(日量約100万バレル)を始めた。他のOPECプラス参加国(特に前稿で「グループA」とした中核集団)が同調しなかったのは、やがて生産調整が価格に反映されると見たからだろう。サウジアラビア石油相による「投機家」に対する攻撃的な発言も伝えられ、この単独減産に関しては短兵急に自力を頼む衝動性が感じられる。

なぜサウジの主導権が強まったのか

ところで、サウジにとって、ロシアの対ウクライナ侵略戦争開始後の国際石油情勢は、何を意味しているだろうか。

まず第1に、産油国・サウジの主導権が強まった。

日量1000万バレル以上の原油生産能力を有するのは、世界にサウジ、米国、ロシアしかない。この「ビッグ3」のうち、(IEAによる9月時点の見通しによれば)米国の原油増産量は22~23年平均で日量70万バレル弱と決して小さくないが、来年はこの半分程度に減速と目されており、もはや生産量を倍増以上させた10年代当時の勢いはない。そして今、有事のロシアに生産能力増強の見通しは立たない。

OPECがロシアを筆頭とする非OPEC・10ヵ国を巻き込み、OPECプラスとして原油生産調整を開始したのは2017年初頭だが、これは油価低迷期の当時、OPEC・非OPEC参加国双方に、互いの生産量を縛る誘因が強く働いたためだ。平たく言えば、OPECプラスは競合する産油諸国が互いの生産抑制を図る「足の引っ張り合い」の集団である。ロシアがウクライナ侵略の暴挙に出て自ら招いた生産制約は、サウジの立場を強めた。

産油国間競争から脱落したのはロシアばかりではない。前稿で、OPECプラスのうち生産量が目標量に及ばない11ヵ国をまとめて「グループB」としたが、これも脱落組である。

OPECプラスは20年5月に、コロナ禍による未曽有の需要収縮に対応して日量約1000万バレルの大減産を行ったが、その際に基準としたのが18年10月時点の生産実績(日量4400万バレル弱)だった。21年7月までに日量3800万バレルへと回復させた後、OPECプラスは生産枠を毎月、日量約40万バレルずつ引き上げていき、遂に22年8月の目標量を当初の基準量にまで戻した。しかし投資不足に苦しむグループBの実生産量は基準量(すなわち約4年前の実績)に遠く届かず、これら産油諸国の落伍は明白となった。

さらに、イランの石油輸出は米国の課す経済制裁下に長く低迷し、「失敗国家」化したベネズエラにも顕著な増産の見通しは立たない。一国また一国と、他の有力産油国が生産停滞に陥る中、サウジアラビアの影響力が強まる。ちなみみに「グループA」の原油生産量の4割以上を同国が占めている。

混乱する西側の対応 結果的にサウジを利する

第2に、協調すべき西側の石油政策が、独善的で混乱している。

サウジにとっては、原油価格の暴落も暴騰も、共に望ましくない。石油危機の事態は各消費国を脱石油に走らせ、不可逆的な需要の喪失を招くからである。ロシアをOPECプラスにとどめ、意思疎通を図る意義は、そこにもある。実際、サウジは昨年を通じて常に日量100万バレルを超える原油生産余力を堅持したが、これは国際石油市場の暴走を防ぐ上で適切な措置だった。しかし国際石油秩序の維持はサウジ単独で担い得るものではなく、特にこれまで共同の担い手であった米国をはじめ西側の同調が必要である。

しかし西側の対応は一貫性を欠き、混乱していた。実体的な石油供給途絶がないにもかかわらず、昨年に西側は米国主導下に国家石油備蓄を大量(日量約100万バレル)放出し、石油価格抑制をその目的として公然と掲げた。いわば防火水槽に貯めた水を、火事も起こらぬうちに勝手に転用して放出したようなもので、明らかに規範に反していた。さらに非ロシア世界全体が致命的にロシア産石油輸入に依存する中で、西側は自らの輸入源をロシア外(北・中南米、中東、アフリカなど)に振り替えておきながら、ロシア石油の海上輸送保険には制裁を課して他国の石油確保を脅かした。妥協策としてロシア石油海上輸出価格に上限を設定したが、制裁回避のための「影の船団」がぞく生して石油輸送を不必要な危険にさらした。

西側には「脱石油」政策はあっても有効な石油政策がない。5月のG7広島サミット首脳コミュニケに「石油」という単語が一度も使われなかったことは、これを象徴している。この石油政策の不在の中で、西側が次々に打ち出す方策(目的外の大量備蓄放出、対ロシア海上石油輸送制裁と上限価格、および日本の巨額の国内石油価格補助)は、いずれも石油供給逼迫時における対応能力を削ぐものばかりだ。

この西側の思考の混乱振りは、国際石油秩序維持を図る上で、事実上サウジへの依存を深めたことを意味する。ここでも同国の主導権が増した。

小山正篤 石油市場アナリスト

【目安箱/9月26日】米国が狙うか?水素の対日輸出 実用化の難しさを考える


やや旧聞になるが、NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)が8月末に講演会を行なった。その中で、所長の山本隆三氏が水素とエネルギー問題の分析をした。日本では水素への期待が先行しているが、講演聞きながら、実用化までの難しさを改めて考えた。

講演する山本隆三・国際環境経済研究所所長

EUは温暖化と脱化石燃料を探る中で、ロシアの天然ガスに依存しながら再エネの拡大を進めた。全EUで見ると2020️年に、天然ガスの46.8%はロシアからのものだ。

そうした状況で2022年2月にウクライナ戦争が始まった。化石燃料のロシアへの依存度を高めた欧州では、今は逆にロシアから離れるために、大変な苦悩をしている。

そして世界のエネルギー供給を見ると、エネルギー多角化を進めても、21年に世界の8割は今でも化石燃料で、その完全な転換は難しい。一方で、気候変動対策で50年にCO2の排出を、実質ゼロにする目標を主要国は掲げている。おそらく不可能だが、その実行性も課題になっている。

◆化石燃料後を考える米国の産業界

脱炭素のためのエネルギー源で、世界が注目するのは水素だ。「ただし現時点ではエネルギー効率、価格の面で水素の利用は課題があり、その採用が合理的な選択とは思えない」というのが、山本氏の考えだ。水素はその製造段階で膨大なエネルギーを使う。山本氏は、今年4月に米国を訪問し、研究者、業界団体、当局者と意見交換をした。2023年6月に米国は、「国家クリーン水素戦略」を発表している(JETRO記事)。

米国が水素の利用拡大に注力する背景には、米中の経済覇権争いがあると、山本氏は指摘した。再エネでは太陽光、風力の製造設備で、中国がトップシェアを占める。水素の利用はこれからインフラが世界各国で作られる状況だ。米国政府、そしてエネルギー産業は、水素によって中国に対して世界のエネルギーシステムづくりで巻き返しを図ること、そして化石燃料の後のエネルギーシステムのことを考え、水素に注目しているという。

水素1tを化石燃料から製造する場合には、石炭では約20tのCO2、天然ガスでは8~9tが出る。出たものをCCS(地下駐留)と組み合わせる構想がある。また水の電気分解による製造には大量の電力が必要で、その点で原子力発電が期待されそうだ。化石燃料から出る燃料を含めて「クリーン水素」と米国は前述のリポートで名付けた。このネーミングには現実をごまかす作為があるが、国の重要な目標と米国政府と産業界が位置付けているのは間違いない。

米政府は、水素の生産量を2050年に5000万tと想定しているが、米国の石油ガス業界は、もう少し大きな数量を想定し、そのうち9割を天然ガスから作りたいとする。ただし、山本氏は効率性の観点からそれが実現するかは難しいとの考えだ。「米国のエネルギー関係者たちは、官民共に、化石燃料の少ない東アジア、特に日本と韓国に天然ガスの代替物として水素を売り込むことを考え、その需要を広げたがっているようだ」という。

水素が足りない日本、先が見えず

それでは、日本の水素の利用は今後どうなるのか。日本政府は23年6月に「水素基本戦略」を定め、水素を次世代の重要なエネルギー源としている。そして、50年に2000万tの需要を産むことを目指し、それに応じた供給体制も作ることを予定している。しかし現在の生産量は年間数十万tで、かなり非現実的な目標だ。

例えば、製鉄業は今、CO2を少量しか出さない水素を使った製鉄法を検討している。日本のJFEがその採用をめぐる試算を出したが、日本の高炉製鉄が必要とする全エネルギーを水素とすると、年間2000万tの水素が必要になるそうだ。水の電気分解で製造すると必要な電力量は、日本の今の発電量と同じだ。山本氏はそれを紹介し、「水素に期待はあるが、現時点でそれがエネルギーの中心になるか見極めは難しい面がある」と指摘した。

欧州発のエネルギー危機を受け、同盟国内でのエネルギーと資源の確保が重要になっている環境下、米国からの水素輸入は、考えられる選択肢ではある。しかし、これまで述べたコストの問題があり現時点では採算性は非常に難しい。さらにその輸入は専用船が必要で、さらにコストがかかるだろう。

日本は稼げる産業を「失われた30年」といわれる直近に作り出すことができず、また産業構造の転換もできなかった。新しい産業の創出を模索し続けなければいけないが、それをしやすくするためには製造などのコストを下げることを常に考えるべきだと、山本氏は指摘する。そして「水素の採用もそれに基づいて判断するべきだ」とまとめた。

◆米国に引きずられず、日本のためになる水素の活用を

岸田政権は経産省主導でGX(グリーントランスフォーメーション)を国の重要な政策にしている。ただし、人の意見を聞きすぎる岸田首相の政権らしく、注力する24業種を掲げて総花的だ。そして水素はその中に埋没しまった。そして水素に関しては、山本氏の指摘した製造、需要面の課題も未決定のままだ。日本も本腰を入れるべきであろう。

コストと効果を見極めた、日本での水素の適切な活用が期待される。まだ水素は世界的にエネルギーへの利用が始まったばかり。経済が衰えたとは言っても、日本の産業界、エネルギー業界は、その水素利用のシステム作りに関わる技術力をまだ持っている。しかし、米国からの外圧によって水素の利用を拡大する、もしくは先行しても中国に主導権を取られるという、この30年、産業政策で繰り返した展開は見たくない。

【目安箱/9月22日】処理水放出で関係者の動きを考察 残念な日本学術会議の沈黙


福島第1原発の処理水は8月24日から海洋放出された。この問題で、それぞれの関係者の行動を「よく働き、自らの責任を果たしているか」という観点から、査定してみた。その中で分かったのは、日本の学会、科学者の動きが鈍いことだ。

TBS NEWS DIG Powered by JNN より

◆予想外に頑張る経産省と西村大臣

今回の汚染水の放出で、当事者の東電は、長い期間、処理水をめぐる広報を丁寧に行ってきた。専門サイトを立ち上げ、大変詳細で、わかりやすい内容だった。この努力は評価されるべきであろう。

予想外の頑張りが目立ったのは日本の政治と行政だ。西村康稔経済産業大臣は、自らSNSでの発信、メディアへの露出を繰り返した。経産省、外務省、環境省は積極的に各種のSNSに情報を提供し「#STOP風評被害」と言う言葉を広めた。問題に直結する水産業を所管する農水省は目立たなかったように思える。

SNSのXで熱心に広報を続けた西村経産相

日本のメディアは、産経が「処理水問題は情報戦」と主張し、国内外の異様な報道や意見を強く批判した。その他のメディアは、処理水放出の意義について積極的に語らなかった。そそして懸念などマイナス面ばかりを述べ、消極的に批判していた。政府を批判する漁師が少ないために、どのメディアも、福島の同じ漁師を取材していたのは滑稽だった。特に東京新聞は、反対派の主張を詳しく報じた。同紙を一般の人々が「風評加害」と強く批判している。

◆海外からの批判は一服

処理水放出を批判する人は国益、そして福島、さらには自分の利益を考えてほしい。その放出は福島事故の処理を先に進め、それは福島の早期復興と国民負担の軽減につながる。

日本人の大勢はそのことをよくわかっていた。処理水放出に大きな批判はなかった。各種世論調査でも放出を認める意見は6割を超えた。ネット上では、放出を騒ぐ人々を強く批判する意見が目立った。しかし、それでも日本共産党、れいわ新選組などの政治勢力は処理水を「汚染水」と言い続け、政府批判に使った。日本の大半の人々から批判される一方なのに、理解に苦しむ行為だ。

韓国では野党や左派勢力が「汚染水」と騒いだ。しかし韓国政府は、原子力学会、企業が一体になって、科学的事実を伝え、「デマは韓国の水産業、飲食業に悪影響を与える」と批判した。

中国政府の攻撃は「日本の水産物の輸入禁止」など放出直後は強いものだった。また一般民衆が怒って日本に電話することが広がるなど、異様な行為も行われた。しかし9月になると中国政府の批判、嫌がらせは一服している。中国政府はいつものように、共産党の一党独裁政権での庶民の日常生活での不満を解消するため、日本を批判するように仕向けたように思える。

◆沈黙をした日本の科学者

処理水問題の関係者の中で残念なのは、日本の原子力に関わる科学者の動きが鈍かったことだ。メディアは処理水放出を認める科学者の意見を積極的に出さなかったが、それでも科学者の発信は少なかった。

日本学術会議は、日本の科学者を代表する機関で、政府に科学的知見を提供し、また政府からの諮問に答える役割がある。年間約10億円の国の税金が投入されて運営されている。しかし、政治的な動きが強いと世論から批判を受け、今、その運営の在り方が議論されている。

そんな状況にある日本学術会議は、今回の処理水問題で、声明や科学的分析を全く出さなかった。同会議のウェブサイトにある提言と広報一覧で確認できる。処理水問題は、その安全性の科学的評価が論点になっている。福島事故で出た放射性物質の危険性が外国や国内の一部勢力から批判されている。しかし、同会議はそれに沈黙している。

残念ながら日本原子力学会も問題に積極的にコメントしていない。

◆福島問題で日本学術会議は動かず

日本学術会議では、年間20−30の社会問題に対する提言を出すが、これまで福島事故と、放射能問題について、積極的に議論をしなかった。事故直後に同団体は2011年6月に政府の諮問に応じて、会長談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」を公表した。そこで健康被害はないことを断言しなかった。そして2016年ごろに社会が落ち着いてから、健康被害の可能性は少ないと、いくつかの報告書を出した。

福島の放射能問題は、実際に健康被害は起きるものではなかったのに、「危険だ」という感情論で状況が混乱してしまった。その是正に学術会議は関わらなかった。

日本学術会議の会員は210人いて、任期6年で入れ替わる。福島事故前後に会員だった原子力関係者に、「なぜ福島の問題に取り組まなかったのか」と聞いた。同会議内部では、積極的に関与すべきという声はあったという。しかし2014年ごろまで反原発の動きは感情的で過激だった。学者の多くは、そうした罵倒や攻撃的な批判に慣れておらず、騒動に巻き込まれることを恐れた。そして事務局の役人も面倒を嫌がり、動かなかったという。「その一方で、文系の学者主導で反原発を主張する動きが常にある」と、その関係者は苦々しげに語った。

処理水問題での学術会議での沈黙の理由を筆者は調べていないが、同じ事情があるのかもしれない。

韓国では原子力の学会、関係者が処理水は安全だと政府と学会、科学者が一体になって、おかしな国内のデマに反論していた。当事者の日本の科学者が動かなかったのとは対照的だ。

◆不作為が、原子力・エネルギーの発展を妨げる

福島原発事故は、事故を起こしたことも問題だが、一方で事故後の混乱にも多くの問題があった。その混乱の理由の一つは、科学的知見が政策に反映されず、社会に広がらなかったことだ。そして科学的事実を活用せず、感情で物事が動いてしまった。

科学が感情に負けた。理由の一つは、原子力関係の科学者たちが、問題に積極的に向き合わず、積極的に社会とコミュニケーションを取らなかったことにあるだろう。前述のように、福島問題から逃げ出したように見える日本学術会議がその典型だ。

原発事故から12年経過しても、日本の科学者の多くが厄介な問題から逃げ出す傾向は変わらないようだ。そのことが一因になって、原子力やエネルギー問題の正確な情報が今も広がらない。その結果、社会からそれらへの支持が福島事故以来少ないままだ。原子力・エネルギーの学者、関係者の大半の不作為によって、発展が阻害されている。自分で自分の首を絞めているように見える。

今回の処理水問題でも同じ状況が繰り返される。科学者とエネルギーなど社会問題の関係は、このままでいいのだろうか。

【メディア論評/9月21日】エネルギー価格抑制策延長を巡る政策・報道の変遷〈下〉


ところで、今般のガソリン価格高騰とはどういうものだったか。日経新聞はその点について触れている。

日経新聞8月31日付〈出口なき政策 偏る効果〉〈補助、主要国は日英のみ〉

〈ガソリン価格を抑える補助金政策の出口が見えない。根強い物価上昇やインフレ懸念に応じた政府の支援策は欠かせないが、今回の高騰の主な要因とされるのは為替の円安だ。補助金頼みで価格を抑え込む手法は根本的な原因からずれている。米欧の主要国でなお延長しているのは日本と英国だけだ。一時的なものであるべき緊急策が長期化することに伴う副作用の懸念も増す。2022年当初からのガソリン価格上昇分に占める影響度合いを見ると円安要因が8割を占め、原油高要因を上回る。(←日本エネルギー経済研究所試算)〉

〈日銀が金融緩和を続ける限り、円安基調が続く可能性は高く、政府が価格統制しても効果は限定的になる恐れがある。・・・・・・SMBC日興証券シニアエコノミストは、・・・・・・米欧は賃金と物価の相関性が高いと指摘した上で「日本も補助金頼みを脱し、金融政策を正常化していく中で賃金上昇のサイクルを強めていくのが本筋だ」と強調する。日本は一度決めた支援策の出口をなかなか描けない緊急策が長期化するほど次の戦略分野への資源配分は遅れる〉

「出口のない延長」全国各紙の社説は厳しめの論調に

こうした状況下、全国紙各紙の社説は、下記の見出しのとおり、「出口のない延長」について厳しめの論調となった。

産経新聞8月27日付〈ガソリン補助継続 明確な「出口戦略」を示せ〉

日経新聞8月31日付〈ガソリン補助金の出口なき延長はやめよ〉

朝日新聞8月31日付〈ガソリン補助 その場しのぎいつまで〉

読売新聞9月3日付〈一時的措置をいつまで続ける〉

その中で、日経社説では、激変緩和策を維持することの問題点、課題について挙げているので内容を紹介しておく。

〈政府は2022年1月から石油元売り会社に補助金を配り、卸値に反映させて店頭価格を抑えてきた。当初は3カ月間の予定だったが、ロシアによるウクライナ侵攻で原油高が加速すると補助額を積み増し、期限も4度延長した。ピーク時の補助額は1リットル40円に達した。その後、原油価格がいったん下落に転じたため、今年6月から補助額を段階的に縮小し、直近は10円程度に減っていた。ところが産油国の減産や足元の急激な円安の影響で、原油輸入価格は再び騰勢が強まっている。燃料高が家計や企業活動に与える影響は大きい。だが国が補助金で市場の価格決定に介入するのは、本来は禁じ手だ。財政支出は今後の延長でいまの4兆円から6兆円超へ膨らむ可能性がある〉

〈補助の長期化が燃料消費の増加を招いているのも見過ごせない。政府は2050年に温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げるが、2022年のガソリンの国内販売量は7年ぶりに増加に転じ、脱炭素に逆行する状況する状況を生んでいる〉

〈当初の狙いが激変緩和にある以上、単純延長はおかしい。消費抑制や移動手段の見直しで対処する余地があるはずだ。低所得世帯や零細企業、農漁業従事者や物流事業者、バスやタクシーなどの公共交通機関など、とりわけ燃料高の打撃が大きい対象もある。支援策はそうした層に的を絞るべきだ。次の期限とする年末に原油高や円安が落ち着く保証はない。出口戦略のないまま補助を引き延ばせば、歯止めが利かなくなる。終了への道筋を明示することが必須だ。持続的な賃上げなどを通じ、日本経済の体質を強くする取り込みにもっと力を入れるべきだ〉

持続的な賃上げが重要なポイント 価格転嫁で原資を稼ぐ

ところで、上記の社説の最後にある〈持続的な賃上げなどを通じ、日本経済の体質を強くする〉という点は、今後の経済対策、税制改正等でも重要なポイントとなる。

日経新聞8月30日付は、経産省が29日に下請け振興法に基づき、取引先の中小企業との価格交渉と価格転嫁に後ろ向きな企業を公表したとして、一部の企業名を掲載した。

経産省のある幹部によると、「価格転嫁で賃上げの原資を稼ぐというのは、政権の重視している部分。しかし一方で、調査はあくまで下請けへのアンケート評価を集計したものであることもあって、公表された大企業に行っているOBからお𠮟りを受けることもある」ようだ。

激変緩和策の延長という中で、経産省がこうした情報を公開し、日経新聞もまたそれを報じたことは意味のあることといえよう。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【ニュースの深層/9月19日】なぜ大手電力ばかり悪者に? 「東北値上げへの公開質問」に大きな疑問


宮城県内の学生らでつくる気候変動問題や食糧支援などに取り組む2団体が9月14日、電気料金を値上げした東北電力に対し公開質問状を提出したというニュースが報じられた。それによると、質問状では、電気料金の値上げによって生活困窮者が増えていると指摘。その上で、今年度に過去最高となる2000億円程度の経常利益が見込まれる中で、電気料金の値下げを検討しない理由や、女川2号機の再稼働に向け巨額の費用を投じている理由など7項目で回答を求めている。質問状を受け取った東北電力は「内容を精査して回答する」方針だ。

利用者に豊富な選択肢 全面自由化の理解進まず!?

この報道を見て、正直あ然とすると同時に、何だか悲しい気持ちになった。日々の生活費に困る苦学生がかわいそうだからではない。2016年の電力小売りの全面自由化から7年以上もたつのに、その現実が全く理解されていないように思えたからだ。

「電気料金をねん出するために食事を削ったり家賃を払えなくなったりという相談がすごく増えてきている。貧困が広がっている深刻な状況について(東北電は)分かっていないのではないか」。質問状を提出した学生は、ニュースの中でこう話していた。

だが、今や全面自由化によって規制料金以外の選択肢は豊富にある。まず東北電の中でも多様な料金メニューが用意されているし、もし東北電が気に入らなければ、比較サイトなどで他の新電力の料金を調べてみて現時点で最も安そうなメニューにスイッチングすればいい。そのメニューが自分の希望に沿わなければ、また別のものを選べばいいのだ。切り替える機会は、常に提供されている(平均的な料金水準は概ね市場動向に左右されるので、その点は仕方ない)。そうした自由化の現実を、逆にこの学生は分かっていないのではないか。

だいたい、電気、ガス、水道、電話、インターネット、交通、家賃、食料品といった必需品の支払い中で、値上がっているのは電気代だけではないのだ。むしろ、生活困窮者として公開質問状を突き付けるべきは、物価高の主因である円安の加速に有効な手立てを打てない政府といえよう。

大胆に値下げすれば困るのは新電力 大手電力独占に戻る可能性も

いずれにしても、規制料金の値上げで過去最高の利益を上げている東北電はけしからん、と思わせるような、メディアの報じ方だった。メディア自身、大手電力が自由市場ではなく、いまだに地域独占・総括原価制度の下に置かれていると考えているのではないか。そして、燃料費の変動が料金に反映されるまでのタイムラグや燃調上限など料金制度の仕組みが収益に大きく影響し、21、22両年度の連続大幅赤字から今年度の大幅黒字予想への転換が起きているという実情も理解していないのではないか。

何よりも、生活困窮者を救えるレベルにまで規制料金を大胆に引き下げる(月額数百円どころではない値下げになる)と、電源の内外無差別に抵触しかねないうえ、大半の新電力が太刀打ちできない水準となり、結果として大手電力回帰の現象を引き起こしてしまう可能性があることを、分かっているのだろうか。必然的に、競合する新電力から「規制料金は不当廉売ではないか」との批判が高まるのは、想像に難くない。

もしそこまでやるなら、いっそ自由化前の完全地域独占時代に戻した方が、利用者的にもすっきりしよう。そんなのできるわけがない、というのであれば、「再エネ賦課金の停止」という禁じ手を解禁する裏技も考えられる。ともあれ、現在の局面下での規制料金の大幅値下げというのは、さほどに『無理が通れば道理引っ込む』ような話なのだ。

自由化に合わない経過措置の撤廃を 都市ガスは大半がすでに廃止

「大手電力の収益改善を巡ってこうしたミスリードの報道が後を絶たない。利益が期ズレ差益によるものであること、そもそも規制料金の比率が減少していること、大手電力が嫌なら電力会社を切り替えられることなど。全面自由化したことが、すっかり忘れ去られているようだ」「学生の気持ちはわかるが、一連の値上げが、燃料費高騰という外部要因であることや電力システム改革の影響であることを、大手メディアはしっかりと利用者が理解できるように報道する必要がある。そもそも新聞代だって値上げしているわけだから」――。

X(旧ツイッター)にこうポストしたら、いつになく「いいね」がたくさん付いた。世間の誤解に対しては、電力業界も遠慮せずもっと積極的に物申したほうがいい。政府にしても、全面自由化してから相当な時間がたっているわけだから、制度の主旨に合わない「経過措置規制料金」を早急に廃止すべきだ(解除基準は設定されているが、その基準自体が実態に即していないことに大きな問題がある)。一方、生活困窮者対策については、税制措置など電力事業とは別の領域で行うのが筋。政治的配慮からか、規制料金を無理やり存続させていることで、世間のいらぬ誤解を招くことになるのだ。

そもそも、都市ガス料金については、大手の東京ガスや大阪ガスをはじめ、今や大半の旧一般ガス事業者で規制料金が撤廃されている。制度上の解除基準を満たしたためだが、新規参入者が事実上存在しないエリアの事業者であっても撤廃されていることから、基準そのものがおかしいことは明らかだ。

「大手電力会社は全国の利用者への影響が大きいなど、政治的理由で規制料金を外せない」「規制料金を撤廃してしまうと、大手電力へのグリップが効かなくなる」――。そんな時代錯誤の理屈から、経産省は一日も早く脱却することが求められる。

【メディア論評/9月12日】エネルギー価格抑制策延長を巡る政策・報道の変遷〈上〉


9月末に期限を迎える燃料油価格、電気・都市ガス料金の価格抑制策(激変緩和措置)が、年末まで延長の方向となった。メディアが報じるように、〈岸田文雄首相が自民党に価格抑制策の検討を指示して1週間あまり、・・・・・・政府はスピード決断した。〉(毎日新聞8月31日付)というわけだ。1年前の激変緩和措置の導入時と比べて、今回の延長を巡る政治判断はどうだったのか。メディア報道をベースに検証する。

〈岸田首相は8月22日、ガソリン価格が翌23日にも史上最高値を更新する可能性が生じたことを受け、自民党の萩生田光一政調会長を首相官邸に呼び、与党内で月内に対策案を講じるよう指示した。その後、記者団に「燃料油価格対策に緊急に取り組む必要があると判断した」と述べた。・・・・・・首相周辺は“首相の意向が大きかった”と指摘する。30日の延長表明も、自民、公明両党から補助の継続を求める提言を手渡された直後だった。提言を受けた当日に政府方針を打ち出すのは異例だ。〉(毎日新聞8月31日付)

上記にあるように、8月30日、自民党、公明党の政務調査会がそれぞれ燃料油、電気・都市ガス料金の価格対策に向けた緊急提言を提出した。

◎自民党政務調査会「燃料油価格対策の策定に向けた緊急提言」。

〈・・・・・長期化するウクライナ情勢に加え、本年夏からの産油国の自主減産、為替動向等も相まって、足元のガソリンの全国平均小売価格は過去最高の185円を超える見込みとなり、国民生活・経済活動へのより一層の悪影響が懸念される。このような状況を踏まえ、政府に対し、激変緩和のための更なる対策を講じるよう、以下の通り緊急提言する。・・・・・・〉

〈本年9月までとなっている激変緩和措置を年末まで延長するとともに、補助率等の見直しにより、ガソリン価格が現在の水準から国民が負担減の効果を実感できる水準となるよう必要な措置を講じる。また、その後も、原油価格の動向等も踏まえ、機動的な対応を行う。〉

〈軽油、灯油、重油、航空機燃料について、これまで同様、ガソリンと同等の支援対象として措置を講ずる。〉

〈なお、岸田総理が表明された物価高に対応する経済対策においては、エネルギーを巡る情勢を踏まえつつ、家計や価格転嫁の困難な企業等の負担が過重なものとならないよう、必要な措置をとること。また、経済対策が実施されるまでの間、電気・都市ガス料金の激変緩和措置についても、9月末まで行うこととしている支援を継続すること。〉

◎公明党政務調査会「燃料油及び電気・ガス負担軽減策の緊急提言」。

〈・・・・・・食料品など生活必需品の値上げも相次いでいる中、エネルギー関連の支出は相変わらず家計に重い負担感を与え続けている。 とりわけ、中小企業においては、10月の最低賃金引上げや、来春の賃上げに向けた原資確保等にも頭を悩ませているのが実状である。公明党は、国民生活の現場から寄せられた悲痛な声を受けて、燃料油価格や電気・ガス代を中心に、下記の通り緊急措置すべき追加対策をとりまとめた。・・・・・・〉

〈高騰が続いている足元の原油価格の動向を踏まえ、9月末までとなっている燃料油価格激変緩和対策事業について、年末まで延長するとともに、消費者や事業者が負担減の効果を実感できる水準となるよう、補助額等を見直すなど、必要な措置を講じること。なお、軽油、灯油、重油、航空機燃料、タクシー事業者用のLPガスについてもこれまで同様、支援の対象とすること。また、今後とも、エネルギー価格の動向等を見極めながら、必要に応じて機動的な対策を実行すること。〉

〈今後のエネルギー価格の動向を見極めた上で、9月使用分までとなっている電気・都市ガス料金の負担軽減策の延長も含め、機動的速やかに追加の対策を講じること。その際、電気・都市ガス料金の負担軽減策が必ずしも行き届いていない地域や中小企業などの事情を踏まえ、LPガスを利用されている方の負担を軽減するためLPガスの小売価格の調査公表を続け、小売価格低減に資する支援策の継続を検討すること。〉

■延長を巡る全国各紙の記事見出しはこうなった

8月30、31両日の全国各紙の記事もこうした流れを受けた内容となっている。内容が想起できるので、見出しを紹介する。

朝日新聞8月30日付 〈やめられぬ「激変緩和」〉〈ガソリン補助延長1週間で決着〉〈支持率下落 与党から圧力〉〈1リットル170円台まで抑制案〉〈「この数年は打撃」 消費者歓迎〉〈「市場原理ゆがめる」識者警鐘〉〈電気・ガス補助延長へ  政府・与党調整、年末まで〉

産経新聞8月30日付〈ガソリン補助「緊急的に」〉〈首相表明 自民、年内延長を了承〉〈解散布石 視線は補正〉〈支持率続落警戒 家計へ支援策〉。8月31日付〈ガソリン最高値 185円60銭 15年ぶり更新〉〈来月7日から新支援策」〉〈遠のく「出口」 脱炭素に逆行〉

読売新聞8月31日付〈首相、補助延長表明〉〈ガソリン175円に抑制 185.6円最高値」 。8月30日付〈電気・ガス負担減 継続へ 政府・与党調整 9月分までを延長へ〉

毎日新聞8月31日付〈ガソリン補助継続・拡充 増す負担感 スピード決断〉〈「脱炭素に逆行」批判も」〈政権浮揚「劇薬」頼み〉。8月30日付〈電気・ガス代 緩和延長 10月以降も 政府調整〉

こうした動きは、当然、政権支持率低下と結び付けられて語られる。それは、もちろんだが、筆者はかつて岸田首相を長く見てきた岸田派のベテラン秘書が、「岸田さんは“こ”」の人。“個の人”であり“孤の人”でもある。最後は自分で決める人。」と述べていたのを思い出す

■今回の措置延長に見る政策・議論の変容ぶり

朝日新聞8月30日付は、ほんの1カ月前、経済財政諮問会議での議論からの変わりぶりを指摘した。〈・・・・・・政府が7月に開いた経済財政諮問会議では、経団連の十倉雅和会長・・・・・・ら民間議員4人が補助金を段階的に縮小・廃止するよう提案。賃上げや輸入物価が下落傾向にあることを理由に、低所得者らに対象を絞るべきだとした。〉

◎経済財政諮問会議(7月20日)<有識者提出資料>

〈・・・・・・今後、春季労使交渉の結果が各企業の賃上げに反映されるとともに、輸入物価の下落等を背景に物価上昇はプラス幅が縮小し、実質賃金はプラスとなることが期待される。今後は、経済・物価動向を見極めつつ、激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき。・・・・・・〉

昨年秋、ガソリン価格に続き、電気・都市ガス料金の激変緩和が議論の俎上にあがった。この時、官邸は当初電気のみのイメージであり、電気・ガスのセットを主張する公明党とうまく擦り合わなかった。公明党幹部は後日、筆者に、「公明党は当初から電気・ガスとセットで言ってきた。生活者からみれば電気・ガスはセットのものだ」と振り返っていた。今回の「スピード決定」では、既にあるものとしてセットで議論された。昨年の電気・ガス料金激変緩和に関する議論の経緯を振り返る。

9月28 公明党が総合経済対策に盛り込むべき柱に関する提言。電気・ガス料金高騰対策求める。

10月3 岸田首相の所信表明演説。「これから来年春にかけての大きな課題は、急激な値上がりのリスクがある電力料金です。家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じます」

10月4 政府与党連絡会で公明党の山口那津男代表が発言。「総合経済対策については、更なる高騰が懸念される電気・ガス料金への対応や円安のメリットを活かした取り組みを急ぐなど、国民負担の軽減を図る切れ目のない対策を迅速に講ずることが重要」

10月5 自民党経産部会。複数議員からガス料金の対策を行うよう発言。

10月6 臨時国会で世耕弘成参議院幹事長が代表質問。「経済対策は、大胆な対策が必要。家庭用・中小事業者のエネルギー負担の軽減については、電気・ガスの高騰に対する措置を講ずるべき」→岸田首相の回答ではガスについての言及なし。

10月7 臨時国会代表質問で山口公明党代表。電力・ガス料金・食料品の高騰対策について質問。→岸田総理の回答抜粋。「電気・ガス料金・食料品価格については家計の負担軽減のため、先月には追加策をとりまとめ、電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金の創設や、特に家計への影響が大きい低所得世帯向け給付金の創設など、緊急の支援策を講じた。これに加え、電力料金の急激な値上がりリスクに対応すべく、家計・企業の電力料金の負担増加を直接的に緩和する前例のない思い切った策を講じ、まずは全ての家計・企業が直面する電力高騰対策に全力を挙げる。ガスについては、ほとんどが長期契約で調達され、比較的調達価格の安定性が高いこと、ガスには電気におけるFIT制度などの賦課金制度がないこと、諸般の事情を総合的に勘案し、今後の家計・企業の負担状況を見ながら、対応してまいる」

10月14日 自民党経産部会「総合経済対策における重点事項(案)」。〈・・・・・・燃料油の高騰対策に加え、社会全体が影響を受ける電力料金負担の増加を直接的に緩和する思い切った対策を行う。電気と同様に社会経済活動の基盤となるガスについても、ガスの特性も踏まえつつ、ガス料金の高騰に対する対策を講じるなど、電気とのバランスを踏まえた対応を進める。・・・・・・〉

10月15日 公明党の山口代表が、ある会合で言及。「私は(岸田文雄首相の所信表明演説に対する)代表質問のなかで、電気代のみならず、ガス代についても負担軽減策をとるべきだと質問した。返ってきた答弁のなかでは、電気代については決意が述べられていたが、ガス代については触れられていなかった。そこで10月11日、党首懇談の機会があったので、『電気代は焦眉の急であるが、ガス代も併せてやらないと公平性が保たれない。ぜひこれも含めて対策をとってください』と訴えた。岸田首相に『そうですね』と受けてもらい、昨日、党首会談が行われ、電気代に加えてガス代についても対策をとることで合意した」(←与党合意)。

10月21日 電気事業連合会の池辺和弘会長が定例会見でコメント。「ガスだけで生活している人は少ない。電気だけ(支援する)というのは筋が通る」(電気新聞10月24日付)

10月26日 自民党政調全体会議「新たな総合経済対策(案)」。〈・・・・・・都市ガスについては、値上がりの動向、事業構造などを踏まえ、電気とのバランスを勘案した適切な措置を講ずる。具体的には、家庭及び企業に対して、都市ガス料金の上昇による負担の増加に対応する額を支援する。LPガスについては、価格上昇抑制に資する配送合理化等の措置を講ずる。・・・・・・〉

こうして経緯を振り返ると、激変緩和措置延長を巡って公明党が果たした役割の大きさが改めて垣間見えてくる。

<下>に続く。

ジャーナリスト 阿々渡細門