2012年初から5年半の間、サウジアラビア・ダーランにてサウジアラビア国営石油会社サウジアラムコに勤めたことがある。家族を米・マサチューセッツ州に残しての「出稼ぎ」で、一外国人スタッフとして本社・経営計画部門で働いた。
会社の短・長期経営計画の前提となる世界石油需給見通しを策定するチームに入り、もっぱら石油需要動向の分析・予測を担当。日本国籍保有者でサウジアラムコ本体の社員になったのは初めてだと言われ、調子に乗ってしばらくは「わが社で最優秀の日本人」を自称していた(その後、日本人社員が数人加わり、あっさり首位陥落となった)。総じて若いサウジ人エリート達を、各国から馳せ参じた外国人スタッフが補佐し、仕事は全て英語で行う(だからアラビア語を全く解さない私のような人間でも十分働ける)。小さなチームだったが、スタッフの国籍・出身地は米、英、伊、ノルウェー、エジプト、バングラデシュ、マレーシア、フィリピン、ベネズエラ、タジクスタンなど多彩だった。
視点は常に世界全体の石油需給動向に
アラムコは東京の他にも、北京、シンガポール、ロンドン、ワシントンDCなどに現地法人を置き、有能な人材を抱える。特に北京事務所の中国分析の能力の高さに、何度も舌を巻く思いがした。欧米の民間調査会社や金融機関からのレポートは随時入り、幹部級のアナリストやメジャー各社のエコノミスト達が次々にダーランを訪ねてきた。
サウジアラムコは、おそらく一般のイメージとは異なり、かなり広い視野を持つ会社だ。その視点は、常に世界全体の石油需給動向に置かれている。無論、生産調整を含め政策事項は政府決定に従い、そのため時として唐突な方針転換も行われるが、実務者レベルでの思考法はいたって常識的で、市場への順応を重視する。よく報道される「油価何ドルを死守」といった、力ずくで市場価格を操作する考えは、耳にしなかった。
サウジアラビアの原油生産行動は、市場志向の現実的な姿勢を基調とし、時としてこれが政府首脳部による突発的な方針転換によってかく乱される、この二相が交互に現れるものとして捉えるべきと思う。
これは大方の見方とは異なろう。ことサウジアラビアの原油生産調整となると、欧米および日本のメディアは、ともすれば、その意図を大袈裟に勘ぐり、身勝手な視点で批判する。増産すると「価格を下げて米・シェールオイルを潰す戦略」、減産すると「価格を吊り上げるカルテル行為」などとなって、いずれもサウジアラビア悪玉論となる。
OPECプラス減産の意味
さて、サウジアラビアが主導するOPECプラスは、昨年11月に生産目標量を引き下げ、続いて今年5月には同国をはじめとする有志8ヵ国が追加的な自主減産を行った。これは、ウクライナを侵略するロシアを利し、油価抑制に努めるバイデン米政権に反旗を翻す行為として、西側では至って評判が悪い。しかし、ここでまたサウジアラビア悪玉論に飛びつく前に、OPECプラスが何を決めてきたのか、その内容を振り返ろう。なお、以下、石油生産・需要量の実績・予想値は基本的にIEA(国際エネルギー機関)石油市場レポートに拠る。
公式に発表されるOPECプラスの生産目標量(あるいは生産枠)は産油20ヵ国を対象としている。即ち、OPEC(石油輸出国機構)加盟国のうち10ヵ国(サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、アルジェリア、ナイジェリア、アンゴラ、コンゴ、ガボン、赤道ギニア)および、OPEC非加盟の産油10ヵ国(ロシア、カザフスタン、オマーン、アゼルバイジャン、マレーシア、スーダン、南スーダン、バーレーン、ブルネイ、メキシコ)である。
本稿でも、これら20ヵ国をOPECプラスとしよう。実際には、メキシコは2020年7月以降、生産調整に参加していないのだが、目標量は与えられているので、ここでは便宜上OPECプラスに入れる。またOPEC加盟国には他にイラン、ベネズエラ、リビアがあるが、この3ヵ国は生産調整を免除されているので、ここでもOPECプラスから外しておこう。
昨年11月、OPECプラスは生産目標総量を8月時点の日量4400万バレル弱から4200万バレル弱へと日量計・200万バレル削減した。その意図を考える上で、OPECプラスを、次にようにロシアとさらに他の2つのグループに分けてみる。
グループA:サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、アルジェリア、ガボン、カザフスタン、オマーン、計8ヵ国
グループB:ナイジェリア、アンゴラ、コンゴ、赤道ギニア、アゼルバイジャン、マレーシア、スーダン、南スーダン、バーレーン、ブルネイ、メキシコ、計11ヵ国
このグループ毎に、原油生産目標量と実際の生産量を見ると、以下のようになる。
表1:原油生産目標量と生産量(単位:日量・百万バレル
(注)生産量の数値はIEA Monthly Oil Market Report June 2023 に依拠。以下の図も同じ。
確かにOPECプラスの生産目標量は昨年8月から11月に向けて、日量200万バレル削減されている。しかし昨年8月時点、実際の生産総量は目標量を日量350万バレル、下回っていた。したがって11月の目標を額面通り達成するには、8月に比して逆に日量150万バレルの増産が必要だった。一体目標は減産なのか、それとも増産なのか?
このような不可解さが生ずるのは、グループBおよびロシアに割り当てられている生産目標量が形骸化しているからだ。グループBに割り当てられた高い目標量は、実生産から著しく乖離していて意味をなさない。同グループの中では、アンゴラおよびナイジェリアが有力産油国だが、両国とも長引く投資不足などで原油生産量はここ数年低迷しており、増産余力は乏しい。一方、ロシア原油生産が目標に届かないのは、輸出も国内石油消費も概ね現状維持で推移しているからだが、そもそもウクライナ侵略開始後のロシアにとって、原油生産は第1級の戦略課題であり、他産油国との協調を優先させる余地は乏しい。
即ち、生産量を目標量に整合させる意思と能力を兼ね備えるという観点からすれば、実質的にOPECプラスとはグループAなのだ。したがって目標量の変化、実生産量の変動、そのいずれもこのグループAに絞って見るのがよい。すると表1から、昨年11月に生産目標量は8月対比・日量120万バレル削減されたが、実際の減産幅は日量50万バレルに止まっていたのが分かる(これは8月時点で不調だったカザフスタンの生産量が、11月に目標量相当まで増えたのが効いている)。注意すべきは、これはあくまで昨年8月対比の数字であり、2021年11月との対前年同月比ではグループAは日量140万バレル、OPECプラス全体でも日量100万バレル、それぞれ増産だった。
月刊エネルギーフォーラムの拙稿(2023年5月、6月号「危機の時代の国際石油情勢」)でも触れたが、明らかに、このような生産調整を「大幅減産」と称するのは誤りだ。
続いて今年5月、グループAは「有志8ヵ国」として追加的な自主減産を行った。
表2:原油生産目標量と生産量(単位:日量・百万バレル)
生産目標量は日量約120万バレル削減。これは昨年11月の削減とほぼ同量だ。即ちグループAは同規模の目標量削減を昨年11月、今年5月と二度繰り返した。何故だろうか?
今年1~4月のグループAの原油生産量は、平均すると対前年比・日量約60万バレルの増産だった。もし5月以降の追加減産が無く、4月並みの水準(日量2400万バレル強)で推移すれば2023年通年では対前年比・日量約20万バレルの減産になる計算だ。おそらくは、これが微温的と判断されたのだろう。
減産は昨年の超過供給解消を狙った動き
2022年の世界石油需給は、政府在庫の取り崩しによる市場外からの追加供給を加味すれば、日量約100万バレルの供給過剰と見る点でOPECとIEAの統計はほぼ一致する。グループBの原油生産量に変化が無く、かつ2023年の世界石油総需要の増分を米国他の非「OPECプラス」の原油増産、及び、原油由来以外の石油供給(NGL、バイオ燃料等)増によって大方賄われてしまえば、昨年積み上がった過剰供給の解消はもっぱらグループAおよびロシアの原油減産に任される。ロシアは本年3月以降、2月時点の生産量を基準とした日量50万バレルの減産を表明しているが、その2月の生産量は日量約1000万バレルと高水準に引き上げられていた。グループAによる対前年比・日量約20万バレルの減産では供給過剰解消に不足と考えたとしても不思議はない。
そこで今年5月の減産第2弾となる。グループAの5月生産量は概ね目標量の削減幅に合わせて落ちており、そのまま推移すれば2023年通年では、対前年比・日量約80万バレルの減産となる。ロシアの減産を対前年比・日量約20万バレルとすると、減産幅は計・日量100万バレルになる。一方、6月時点でのIEA見通しに基づけば、今年の世界石油需要増は対前年比・日量250万バレル弱に達するが、(イラン、ベネズエラおよびリビア原油生産量を前年並みとすれば)OPECプラス原油を除く供給増は日量約200万バレルに止まる。ここでの不足量日量約50万バレルを加えると、2023年通年の世界石油需給バランスは日量約150万バレルの需要超過となる。より慎重に需要増の減速を見込むとすれば、概ね昨年の超過供給解消を狙った動きと見なし得る。
以上、昨年11月および今年5月のOPECプラス原油減産は、基本的に市場志向的な動きというのが筆者の見方である。喧伝されるサウジアラビア悪玉論は、さまざまな意味で的外れだ。
ただし、6月初めのOPECプラス協議の際に表明されたサウジアラビアの単独追加減産(日量100万バレル)には、この市場志向的な基調から逸脱する衝動的な動きの出現を感じさせられる。この単独減産は7月に続いて8月も行われ、8月にはロシアも原油輸出を日量50万バレル削減する方針。これは一見すると協調行動に映るが、むしろ両国の利害対立の表面化の兆しと捉えるべきではないかと思う。これらの点に関しては、稿を改めて考えたい。
(なお本稿は私見を述べるもので、筆者の所属する組織とは無関係である)
小山正篤 石油市場アナリスト