【記者通信/12月14日】再エネTFが活動再開 地域共生策を議論も「期待外れ」の声


菅義偉・前政権下で再生可能エネルギーの大量導入に向けた規制のあり方を提言してきた、内閣府の再エネ総点検タスクフォース。去る10月4日の岸田政権への移行により、規制改革担当相が河野太郎氏から牧島かれん氏に交代した後、解散説がささやかれていたが、12月13日に会合を開き活動を再開した。これに伴い、構成員を一部変更。原英史・政策工房社長が退任し、経産省・電力ガス取引監視等委員会の前委員長だった八田達夫氏が後任に就いた。

この日の会合では、「水循環政策における再エネ導入目標・ロードマップのフォローアップ」「地域と共生した再エネ拡大に向けた規制の在り方のフォローアップ」「リチウムイオン蓄電池にかかわる消防法の見直しについて」の3テーマを議論。中でも注目は地域共生策で、担当大臣の交代が議論にどう影響するか、関係者の関心が集まった。

結論から言えば、議論の内容に代り映えはなく、「悪質事業者の排除し乱開発を防ぐための規制改革に政府主導で取り組む」という姿勢は微塵も感じられなかった格好だ。太陽光条例の制定で乱開発阻止に動く自治体からは「担当大臣や構成員の交代によって、再エネ開発正常化に向けた改革に乗り出すかと期待したが、肩透かしをくらった」との声が聞こえている。

会合で事務局が提示した資料「地域と共生した再生可能エネルギー導入拡大に向けた規制・制度の在り方」を見ると、委員および全国再エネ問題連絡会の意見に対する関係省庁(経産省・環境省・農水省林野庁)の回答が項目別に列挙されているが、基本的には現行法制の枠内で所管省庁ごとに【対応中】【検討中】のコメントが書かれているだけ。そこからは、乱開発がもたらす自然破壊・災害誘発のリスクや、悪質事業者による周辺住民の不利益を何としてでも改善しようという危機感はまるで伝わってこない。

「各省庁は、いかにも適正に対応しているといった内容だが、実際にそうであるなら、全国各地で反対運動が巻き起こるはずがない。深刻な地元の実情や悪質事業者の実態を、ことここに至ってもまだ理解されていないのではないか」。連絡会の山口雅之共同代表は、こう不満をぶちまける。

規制強化に消極的な事務局 問われる内閣府の本気度

再エネを巡っては、山間部における太陽光や風力の大型プロジェクトなどで乱開発が問題化しており、エネルギーフォーラムでも現地模様などをたびたび報じてきた。こうした事態に悩む地元住民などからは、国主導で再エネ開発規制の強化を求める声が日増しに高まっているのだ。

「悪質な再エネ事業者を市場から排除するには、国土利用計画法や建設業法、森林法、電気事業法、FIT法、環境アセス法など関係法令の欠陥を、省庁の枠を越えて体系的に調整し、改正する必要がある。それこそが、再エネTFの使命だろう。政府がいくら良い政策を進めようとしても、悪質事業者がはびこる現状を容認していては国民からの支持は得られない」

 11月中旬、山口氏は再エネTF事務局に対し、こう強く要望したという。ところが、これに対し事務局側は「悪質事業者ばかりではないため、性悪説を前提にした法体系にはできない」「行政法は、企業側の営業の自由や財産権の保障などがあるため、性善説の前提が多い」などとして、規制強化に消極的な姿勢を示したという。山口氏は重ねて、「事業者の財産権や営業権よりも、国民の生存権のほうが優先される」と主張したが、「再エネ最優先・最大限の導入」という政府の大方針の前では効力に欠けたようだ。

 再エネ乱開発に絡む災害や事故は現在も増え続けている。自然エネルギーのための自然破壊を阻止しない限り、熱海・伊豆山の土石流災害のような悲劇は今後も繰り返される可能性がある。その時、再エネTFは国民に対し、一体どんな説明をするのだろうか、「内閣府という立場を最大限発揮して、大局的見地から省庁の壁を越えて、国民のためにより良い仕組みを作っていただきたい」(山口氏)。構成員のさらなる刷新も含め、内閣府の本気度が問われている。

【記者通信/12月3日】原油先物を急落させた「オミクロン・ショック」の謎


新型コロナウイルスの変異による「オミクロン・ショック」が世界的に広まる中、国際原油市況が荒い値動きを続けている。OPECプラスが12月2日の閣僚級会合で、現行の原油増産計画(毎月、日量40万バレルずつ増産)を2022年1月以降も継続する方針を決めたことで、米ニューヨーク市場の原油先物は一時65ドル台半ばまで約5%下落。その後の揺り戻しにより、現在は68ドル台前半で推移している。

原油先物は、コロナ禍の収束による世界的な経済回復や脱炭素化による上流開発投資の停滞を背景に、8月後半から上昇を続け、10月下旬に約83ドルまで上昇した。11月中旬、米国がバイデン政権主導の下、日本や中国、インド、韓国、英国と共に国家備蓄の一部放出に動いたものの、原油相場はあまり反応せず77ドル前後の高値に張り付いていた。

そんな中、26日に突如としてアフリカでオミクロン株が確認されたニュースが世界を駆け巡った。すると即座に、米国が8カ国からの渡航制限を発表したり、英国が行動制限の復活を発表したりするなど、世界経済を揺るがしかねない動きが急加速。主要市場の株価が乱高下するとともに、原油先物も急落し30日には一時64ドル台と約3カ月ぶりの安値を記録した。

原油市況に冷水 「不自然なほど出来過ぎた流れ」

「世界の大国が連携しての国家備蓄放出という、かつてない極めて異例の手法をもってしても下げ渋った原油価格が、今回のオミクロン・ショックによってあっさりと下落した。それだけインパクトがあったわけだが、11月下旬から起きた一連の動きを冷静に振り返ってみると、油価下落を狙う人々にとっては不自然なほど出来過ぎた流れになっている気がしてならない。誤解を恐れずに言えば、過熱していた原油市況に冷水を浴びせる狙いでオミクロン・ショックを演出したと見ることもできる。この機に空売りを仕掛けて儲けたファンドも少なからずあるだろう」。エネルギー問題に詳しい市場関係者はこう話す。

確かに、26~27日ごろの段階ではオミクロン株の実態や影響がまだ不明な状況下にもかかわらず、主要国は申し合わせたように迅速な対策を講じてきた。それがマーケットからは世界経済の減速要因として受け止められたわけだ。12月に入ると、オミクロン株は感染力が強い半面、毒性は弱いという一部の調査結果が伝えられるなど、徐々に実態が判明。主要な株式・債権・商品市場は上昇に転じ始めている。それでも油価はピーク時と比べると、15%近い安値水準で推移している。

「原油価格の高騰に手を焼いてきたバイデン政権にとっては、実に都合の良い展開になった」(前出の市場関係者)格好だ。とはいえ、オミクロン株には重症度やワクチン効果などで不明な点も少なくなく、世界経済の先行きに対する不透明感はぬぐえない。OPECプラスの動向やラニーニャの影響といった波乱要因もあり、油価の乱高下は今後も続く展開となりそうだ。

【目安箱/12月3日】「失敗」に終わったCOP26を考察する


◆制約を強め失敗した歴史が繰り返された

英国で行われていた国連の主導による第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が現地時間11月13日に終了した。どの立場から見ても、議長国の英国政府にとっても、合意をまとめるという点では、「失敗した」という評価が妥当なようだ。

2016年に決まったパリ協定は各国ごとに目標を定め、それを実行するという緩やかな国際協定だった。それなのに、今回のCOP26では厳しい制約を課せという欧州を中心とした世論の盛り上がりがあり、石炭火力の停止や途上国援助、数値目標の上積みや強化が議論された。しかし、その点で大きな合意はなかった。

いつものように、日本でのCOP26への論評では、環境問題に詳しくない知識人とメディアが日本政府と産業界を叱ることが、繰り返された。それは間違いだと思う。筆者は15年ほど気候変動交渉を見ており、「各国政府は愚かな交渉を行い、そしてメディアはパターン化したピントのずれた論評をなんで繰り返すのか」と呆れてしまった。COP3(1997年)の京都議定書が、2009年に継続が断念され体制が壊れたように、各国に厳しい制約を気候変動交渉で加えようとすると必ず反発が起きて、合意ができなくなる。それが今回も繰り返されただけだ。

◆環境運動の過激化がもたらした混乱

ただ興味深い変化があった。ここ数年、国連の事務当局や、欧州の環境派と政治家(どちらかというと西欧の左派政党が多い印象)は、気候を巡る危機をあおり、過激な市民運動を利用していたように思える。今回の会議では、そうした過激な人たちを、利用した人が持て余していた。一方で、過激活動家たちも、そうした政治家や環境派の欺瞞を指摘しはじめた。最近の環境をめぐる欧州の奇妙な同床異夢の動きが、壊れ始めている。

学校を休んで気候変動防止のデモを続けたスウェーデンの少女、グレタ・トゥーンベリさんが、このところ欧米の環境活動家のヒロインだった。彼女は2019年のニューヨークの国連気候変動サミットや、同年のCOP25(マドリード)では、演説を会場内で行った。ところが、彼女は今回のCOP26では会場の外で演説をした。中に入れなかったようだ。過激すぎて国連や会議事務局でも相手ができなくなったのだろう。グレタさんは批判を強め、こんなことを言っていた。

「これはもはや気候会議ではない。北半球の先進国によるグリーンウォッシュの祭典だ。指導者は何もしていない。彼らは自分の利益のために抜け穴を作っている。拘束力のない約束はこれ以上必要ない。COP26が失敗であることは秘密ではない。」

利用した人達が、今になってグレタさんら過激派を懸念している理由もわかる。主張が暴走し、「大変だ」「危機だ」と恐怖を煽る声が、冷静な議論をできなくさせつつある。

一方で、グレタさんたちの怒りもわかる。各国政府は、かっこいいことを唱えながら、結局は何もしない。彼女の指摘通り、環境外交は「グリーンウォッシュ」(環境の名を唱えて実態を隠す行為)、「祭り」だと思う。主要国は、首脳らが出席し、演説をするパフォーマンスを見せたが、結局、強制力のある措置には踏み出せなかった。各国とも行動は偽善に満ちていた。

ここ数年、欧州は過激な環境派に社会が傾注し過ぎた印象があった。大きな流れは脱炭素であることは間違いないが、目先数年は、こうした過激化への揺り戻しがあり、環境を軸にした政治混乱や対立が激しくなっていくのかもしれない。

◆幸いなことに、混乱から遠い日本

幸いなことに、日本には、まだ気候変動を巡る政治的混乱は、広がっていない。グレタさんに同調して世界の先進国で、若い世代が「Friday for Future」という市民団体で活動している。ただし資金源は不明で、その活動と意図に不透明感がある。日本にも少数、この団体を名乗る若者がいて、活動している。そのデモなどを、メディアが好意的に伝えるが、世間の態度は冷たい。

あるテレビでこの団体のデモが報じられ、高校生が気候変動問題に関連して「もうこれ以上の豊かさ、成長は必要ない」とコメントしたところ、S N Sでは批判と嘲笑が広がった。善意を持つ青年が笑われるのは気の毒だが、対案を考えない提案は滑稽さを伴い、批判されるのは仕方がないだろう。日本の人々が気候変動問題で冷静な証拠だ。

日本は、石炭火力プラントの製造と運用を行い、原子力メーカーを持つ、世界では数少ない国だ。三菱重工グループなど、メーカーの作る石炭火力プラントは世界でトップレベルの高効率であり、環境負荷が低い。日本製の石炭火力プラントで、二酸化炭素は大きく減らないが、大気汚染物質の排出は少ない。また東電の福島原発事故の後で原子力産業は打撃を受けたが、まだ世界トップクラスの技術を持つ。そうした現実を前に、石炭火力を否定し、原発の活用を沈黙する環境運動は、明らかにおかしいし、説得力がないのも当然だ。

また京都議定書で、議長国として温室効果ガス削減のために日本は多くの負担を負ってしまった。その失敗があるためか、今回のCOP26では日本の行政も政治家も、背伸びをして負担を受け入れていない。世界の環境活動家が勝手に決める、気候変動交渉に後ろ向きである国を名指しする「化石賞」を、今回の会議で日本はもらったが、それは逆に適切な政策を行ったという証明だ。菅政権では菅義偉首長と、河野太郎、小泉進次郎両大臣は、環境シフトを掲げ、COP26で過激な政策を連発しそうになったが、政権交代で外れた幸運もあった。

◆日本企業の活躍が始まる期待

こうして考えると、気候変動を巡る国際情勢の中で、日本は今、偶然が重なったとはいえ、いいポジションについているように思える。「温室効果ガスの排出を2050年に実質ゼロにする」という菅前首相が2020年10月に掲げた目標は降ろされていないが、政権交代もあって、岸田文雄首相はそれほど固執していない。石炭火力をやめるという各国の動きにも、今回のCOP26で同調しなかった。変な責任を負わず、ビジネスチャンスの可能性が広がっている。

特に日本のエネルギー業界は、今でも技術面で世界に誇れる企業が揃っている。2年ほど前、2000年に作られた東京電力の東京某所にある地下変電所を、アフリカ諸国の技術者がJ I C Aの支援で視察していたところに、偶然出会った。口々に規模の大きさと緻密な構造を感嘆し、質問していた。20年前のプラントでも、世界の手本になっていた。

日本は企業を中心に気候変動問題で活躍できるはずだ。自らが利益を得ながら、温室効果ガスの排出を減らし、世界と日本で貢献できる立場にあるのだ。電力会社、大手都市ガス会社は東電の原発事故前には、そろって海外での施設運用、プラント建設事業を行う計画を立て、重電やプラントメーカーと協業体制を作っていた。原発事故とエネルギー自由化が進み、そうした動きは流れてしまった。ようやくエネルギー自由化も一段落した。再び海外などで、事業拡大に挑戦することができるかもしれない。

今回のCOP26の混乱と失敗は、気候変動問題が環境活動家や政治家の手を離れ、実務家や技術に注目が向き、主役が移るきっかけになればいいと思う。気候変動交渉をめぐるメディアや、活動家の騒動、政治家の嘘に巻き込まれる必要はない。グレタさんとその仲間たちが喜ぼうと、失望しようと、具体策が実行できないために、気候変動には何の影響も与えられないのだ。

COP26の失敗によって逆に、多くの国で既存の電力・エネルギー供給システムから急に離れられないことが、明らかになった。COP26と同時に、フランスなどが原子力の復権を強調している。これまでと違って、日本に有利な形でゲームチェンジが起きるかもしれない。

願いを込めた楽観的な意見かもしれないが、今回のCOP26が、気候変動問題において、偽善や口先の活動家の目立つ動きから、実務と企業が中心になって具体策が語られ、実際に物事が動く流れへの転換になればいいと思う。そして、その可能性は十分にある。

【特集1】世論の壁を打ち破れるか 原子力政策「失われた10年」への決別


脱炭素と安定供給を両立する有力電源「原子力」を再評価する向きが世界的に拡大し始めている。わが国も今こそ原子力政策の「失われた10年」から脱却し、政治主導で世論の壁を打ち破る時が来た。

「議長、日本は、アジアを中心に、再エネを最大限導入しながら、グリーン……、あっ、クリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会を創り上げます」

それは、ほんのささいなハプニングだった。11月2日、英グラスゴーで開かれた温暖化防止国際会議・COP26に出席した岸田文雄首相は、スピーチの際に「クリーン」を「グリーン」と言い間違え、即座に訂正したのだ。

大半の人は気にも留めないような出来事だが、エネルギー業界では意外なほど反響を呼んだ。「グリーンなら主に再生可能エネルギーを指すが、クリーンであれば原子力も含むことになる。たった一文字の違いに過ぎないが、われわれにとってその差は大きい」。大手電力会社の幹部はこう話す。

「クリーンエネルギー(CE)」は岸田首相が総裁選の最中から、たびたび口にしてきたキーワードだ。去る10月8日の国会所信表明演説でも、「CE戦略の策定を強力に推進する」と表明した。

第二次岸田内閣の発足で会見する岸田首相

これを受け、経済産業省・資源エネルギー庁では、第六次エネルギー基本計画の仕事が閣議決定でひと段落するのと前後して、CE戦略の議論に向けた準備に取り掛かった。「休む暇もない」と嘆く事務局が当初作成したアジェンダ案を見ると、「供給サイドの取り組み」として「原子力は、既存設備の徹底活用の方策(長期運転問題、再稼働の徹底推進)」の一文が盛り込まれている。

CE戦略にどう反映? 根強い原子力への抵抗感

「まずは既存原発の再稼働と運転期間延長、次にリプレース、そしてSMR(小型モジュール炉)や高温ガス炉など新型炉の開発・導入という順番を基軸に、これからの原子力政策を考えていく。そんな方針が、経産省の周辺から聞こえている。それがCE戦略にどう反映されるのか、大いに注目しているところだ」。10月中旬、大手エネルギー会社の幹部はCE戦略への期待をこう明かした。

本誌11月号特集『岸田新政権の審判』で報じたように、原発再稼働や新型炉によるリプレースの必要性を声高に訴える甘利明・幹事長を筆頭に、高市早苗・政調会長、萩生田光一・経産相、山際大志郎・経済再生相、嶋田隆・首相秘書官ら、原子力に造詣の深い顔ぶれが第一次政権の主要ポストに並び、業界からも政治主導への高い関心が寄せられていた。

ところが、10月30日に投開票が行われた衆院選で、思わぬ事態が起きる。原子力立て直しの旗振り役だった甘利氏が小選挙区で落選、責任を取って幹事長職を辞任したのだ。「司令塔が倒れて大丈夫か」。業界はざわついた。

脱原発派の河野太郎・前規制改革相、小泉進次郎・前環境相が内閣から外れたとはいえ、原子力推進には依然として高い壁が立ちはだかる。最大野党の立憲民主党はもとより、共産党、社民党、そして与党の公明党まで、短期的か、将来的かの違いはあるにせよ目指すは「原発ゼロ社会」の実現だ。また世論を代表する大手マスコミも、朝日、毎日、日経の3紙を中心に「脱原発」の論陣を張る。

自民党、経産省内を見渡すと、原子力推進色を表に出すことへの抵抗感は根強く残る。東京電力柏崎刈羽で発覚した数々の不正問題に加え、最近も東北電力女川での硫化水素漏れ事故や九州電力玄海での火災事故などが発生。世論の風当たりは相変わらず強い。「政府が下手に脱原発路線の転換を口にしようものなら、袋叩きに合うのは確実」(元経産省関係者)。来年夏には参院選も控え、政治的にも微妙な時期といえる。

しかし一方でCOP26での議論や合意文書が象徴するように、脱炭素化への取り組みは待ったなしの状況だ。太陽光や風力などの自然エネルギーは発電量が天候に左右されるため、大量導入によって電力安定供給に深刻な影響を及ぼすデメリットが世界的に顕在化しつつある。片や安定性に秀でる石炭火力は、CO2排出問題から「段階的に縮小」する方向だ。このままだと、主力電源はLNG火力の一本足打法となり、欧州や中国で起きているような需給ひっ迫、価格高騰のリスクが高まることになりかねない。

小手先だから失敗する!? 正面から堂々と戦略議論を

発電段階でCO2を排出せず、供給安定性に優れ、燃料費も安い原子力は、脱炭素社会の実現とライフラインの維持を両立させる上で欠かすことのできない電源なのだ。そうしたメリットがあるからこそ、欧米の主要国では原子力の価値が再評価され、お隣の中国でも数多くの新設計画が進んでいる。「わが国としても正面から堂々と原子力戦略を議論すべき時に来ている。政治や世論に配慮し、こそこそやろうとするから逆にうまくいかないんだよ」(電力関係者)

青森県知事らとの会談で核燃サイクル推進を明言した萩生田経産相(左)

地ならし的な動きは始まっている。政府の「新しい資本主義実現会議」は、11月8日に発表した緊急提言の中で「CE技術の開発・実装」に原子力を位置づけるとともに、CE戦略策定に当たって「原子力や水素などあらゆる選択肢を追求する」方針を掲げた。

エネ庁は11月下旬からCE戦略の検討に着手、年内に論点を整理する見通しだ。「エネ基で深堀りできなかった、熱エネルギーの脱炭素化やCE投資などが議論の中心となる。原子力については制度面の問題には触れず、新型炉の研究開発や今後のスケジュール感など中期的な課題が書き込まれるかも」(エネ庁幹部)

ただ、わが国政府に求められているのは、そんな小手先の話ではない。「2050年カーボンニュートラル実現」を掲げる日本が、その一翼を担う原子力の国家戦略を提示し、国民的議論を巻き起こすことなのだ。それによって初めて政策は前進する。「世論の壁を打ち破るには、国家感を持った骨太の政策理念と強力な政治主導体制が必要だ」。政界に影響力を持つ経産省OBの言葉が重く響く。

【目安箱/12月1日】エネルギー業界、退社する若者の声を聞く


◆「また若者が辞めた」の背景を考える

ある30歳手前の、理系の高学歴で優秀な青年が、電力会社を退社した。「もったいない」と私は思ったが、話を聞いた。

話を要約すると、以下の不満が勤務した電力会社にあったという。

▼滅私奉公の社風:会社の飲み会、地域社会との交流、企業組合の活動が、事実上強制される。新型コロナウイルス感染症の流行で、社外との交流、会社の飲み会が減って、ほっとした。

▼無駄だらけの業務:行政や地域社会に配慮し、仕事で安全確認と紙の書類が多すぎる。無駄を指摘して改善を提案すると、上司や周囲が不思議がり、「生意気」とレッテルを張られた。改善や業務を効率化しようという意欲が少ない職場で、やる気を出しても、何も現状を変えられない。

▼人事評価の不透明さ:年功序列で、上司の好き嫌いが人事に反映される傾向がある。自分は平均という、あまり良い人事評価は得られなかったが、再チャレンジしようとしてもそれが反映される兆しがない。

▼やりがいが見つからない:「電力を供給し、利用者を幸せにする」仕事と、社内で繰り返される。利用者を幸せにするといっても、研修や仕事で顧客対応の姿を見たが、へりくだりすぎていて、逆に嫌になった。自分は客の召使ではない。仕事の意味が書類や雑務の中で見えない。原子力事故の影響が続き収益が悪化。それに関係しない自分のいた部門も巻き込まれた。

電力会社を若くして退職した人のブログをみると、どれも同じような状況のようだ。

電力会社だけではなく、エネルギー産業はどこもよく似ているのかもしれない。

ただし、話を聞くと、筆者はこの退職した青年の考えから「甘え」のようなものも感じられた。どの会社でも、上記のような問題はあるだろう。

筆者は指摘した。「やり遂げたという達成感も成果もなく、また身についたと自分で思っている技量もないようだ。少し我慢することを考えた方がよかった。次を考えずに会社を辞めて、失敗したと悔やむ人はこの世の中にあふれている」。

すると、その青年は、「指摘はその通りだが、頭でわかっていても、実際に経験し、それによって嫌な思いをすると耐えられなくなった。特にほかの業界で働く大学院同期と比べると、ビジネスの経験での差が大きくなりすぎて悲しく、焦った」という。その気持ちは理解できる。次の仕事はまだ決めていないそうだが、この青年の未来に幸多かれと祈った。

◆波風を立てない組織のままでいいのか?

同じような指摘を、社内外の多くの人がする以上、電力産業に、何か問題があるのかもしれない。

電力・エネルギー産業は、「巨大装置産業」「行政の規制の影響が強い」「インフラであり安全な運営と安定供給が必須」「顧客は供給全地域の住民全員」という特徴がある。その特徴は、上記の退職した人の不満に思った会社の姿と密接にかかわる。

人に危険が及び、多くの人に影響を与えかねないエネルギー産業で、安全・安定供給に注力することは当然だ。安全の確保のためには、前例踏襲(ただし安全に運営されていた場合のみ)が、組織として最良の活動方法だ。そして「誰がやっても同じ結果」が求められるわけで、多少の改善はあっても、劇的な変化は組織として期待されないし、するべきではない。そうすると、波乱を起こさない社員の行動が望まれる。東電の原発事故のような大災害は別にして、大失敗はどの部署でもめったに起きないが、大成功も起きにくい。こうした組織では、年功序列で減点主義の人事評価に傾きがちだ。

前述の辞めた青年の不満は正しいようでもあるが、仕方のない面もある。しかし、ストレスがたまりやすい職場であることは確かなようだ。

◆変わらないままの業界、新しい問題を解決できない

ただしこのままでいいのだろうか。青年の叫びには、正しいことも含まれているように思える。

安定供給というこれまでの仕事の延長では、既存の電力産業、既存各社の対応は素晴らしい。今年の冬も含め、福島原発事故という危機を乗り越え、電力の供給を途切れさせず行ってきた。これは評価されるべきことだ。

ところが新しい動きがエネルギー産業を取り巻いている。自由化、東京電力福島事故の後の原子力への信頼の再構築、原子力発電所の再稼働、高レベル放射性廃棄物の地層処分などだ。そうした問題への対応は適切に行われているだろうか。これらへの対応でも、前述した「前例踏襲」とか「波風立てない」、「没個性」という態度で、電力会社は向き合おうとしているように思える。そして、筆者は、それらの対応に「すばらしい」という感想を抱けない。

一例を示してみよう。高レベル放射性廃棄物の地層処分の用地選定で、NUMOは日本全国で市民との対話イベントを重ねてきた。一度これを見学したが、まじめにやっている担当者の方には申し訳ないが、あまり面白くなかった。事実を説明しているのみだった。広告代理店の動員というのをやめてしまったので、この会合には数人しか出席せず、その多数が反対派という滑稽な状況になっていた。なかなか言えないことはわかっているが、一般の人たちに話をするには、話し手の顔が見え、そしてこの処分は住人の経済的利益につながることを打ち出すことが、印象に残る手法であろう。それを全くせず、金の話を意図的にぼかしているようだった。

つまり、電力会社のこれまでの社風、「前例踏襲」「とりあえず実行する」「波乱を起こさない」という特徴の延長の上で、こういう放射性物質の処分という新しい問題にも対応しようとしていた。効果が出ないのは当然だろう。

電力会社の人々は、自分を取り巻く社会環境の変化の必要を理解していると思う。しかし、実際変化に振り回され、自分が変わる必要を感じないと、対応する真剣度は低下してしまう。電力会社の持つ現場が多様で広すぎるために、状況の深刻さに気付いていない社員が多いのかもしれない。

◆会社の進むべき道‐批判者の声の中にある正しさを見つける

ルールを作り、仕事をやりやすく、効果を継続することは必要だ。前例踏襲も、多くの場合に仕事をスムーズにする。しかし、既存のルールの前提になる社会状況そのものが変わる中で、ルールを守り続ける行動は危険だ。そのルールは中の人しかわからない。それを変えていかなければ、まじめに仕事をしても、社会からずれ続ける可能性があるのだ。

前述の退職した若者を会社の中の人も、私のような外の人も批判することはたやすいだろう。けれどもその批判の中には、ルールそのもののズレとか、会社のあるべき姿そのものへの本質的な問題が隠れているかもしれない。

そして働く人が幸せになる職場は、組織を永続させる。この若者の言うような疑問を、多くの人が電力・エネルギー業界で感じているようだ。その問題点を発見し、是正することは長い目で見ると、会社のためになるはずだ。もちろん、全部を聞いていたら組織が動かなくなるが、必要な批判に聞く耳を持つべきかもしれない。

ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」(1963年)に、19世紀半ばのシチリアの老貴族に、美男俳優のアラン・ドロン演じる若い甥がイタリア統一運動に身を投じて「変わらず生き残るために、変わらなければならない」と話す場面がある。老貴族は、変化の必要を知りながら、「シチリアは変化を望まない、眠りにつきたがっているのだ」と政治参加の要請を固辞し、時代に取り残される道を選ぶ。この2つのセリフはいろいろなところで今でも繰り返されるが、電力業界の未来はどちらだろうか。

新しい変化を促し、それを気づかせるのは次の世代だ。辞める若い人の苦悩の中から、電力会社・エネルギー産業の変わる方向のヒントが見つかるのではないか。

【記者通信/11月28日】合成メタン開発に温度差 大手ガス社長会見で浮き彫りに


CO2と水素を反応させてメタンガスを精製するメタネーション(合成メタン)技術は、都市ガス業界が「2050年カーボンニュートラル実現」への切り札として研究開発を推進している注目技術だ。業界団体の日本ガス協会では昨年6月に発表した行動計画の中で、「カーボンニュートラルメタンの都市ガス導管への注入1%以上」を2030年目標に掲げている。そうした中、東京、大阪の大手都市ガス2社がそれぞれ開いた社長会見(内田高史・東京ガス社長=11月26日、藤原正隆・大阪ガス社長=11月19日)で、メタネーションに対する両社のスタンスの違いが図らずも浮かび上がった。

まず藤原社長は、技術系出身で化学子会社の大阪ガスケミカル社長を務めた経験もあることから、メタネーション開発の推進には積極姿勢。19日の会見でも、メタネーションについて「水電解・サバティエ反応方式」と「共電解・革新的SOEC方式」の二種類の技術がある状況を解説しながら、「30年の段階で、大規模なSOECメタネーションから供給できるかは微妙だが、完成された技術のサバティエメタネーションを今後さらにスケールアップするとともに、新たな触媒を開発することで効率を上げ、日本ガス協会の30年目標1%に向けて取り組む。SOECメタネーションは非常に効率的なため、同時並行的に現在の基礎研究から開発応用研究に進んでいきたいと考えている」と述べた。

一方で、内田社長は26日の会見で「メタネーションはすでに実験室レベルでは出来ており、それをどこまでコストを下げて大規模化できるか。そのために、さまざまな実証試験に取り組んでいる」としながらも、30年の見通しについては「まだまだコストを下げ切れていない状況で、残念ながら社会実装という面ではほとんどないと思う。いろんな条件があえば可能性としてゼロとは言わないが、外に向かって、これだけ合成メタンを供給していますと言えるところまでは至っていないだろう。30年にはちょっと無理ではないかと考えている」と、慎重な姿勢を見せた。

その上で、ガス協会の30年1%目標について問われると、「合成メタンを持ってきて(導管に)入れるというのは、完全にゼロ、不可能とは言わないけれども、かなり難しい。どうしても、合成メタンが入れられなければ、カーボンニュートラルLNGで代替して入れていくことになるのかもしれない」との見方を示した。

メタネーションによるCN化のイメージ図(資源エネルギー庁資料より抜粋)

得意分野を生かすか、それとも一致団結か

両社の会見に出席した印象では、内田氏、藤原氏ともにメタネーションは50年に向けて都市ガスCN化の主力技術になるとの認識では一致しているものの、その開発に掛ける意気込みや「30年1%目標」の捉え方には少なからぬ温度差があるように感じた。「中期的な断面で見ると、東京ガスはメタネーションというよりも、カーボンニュートラルLNGの導入拡大に期待を掛けている。別々の会社なのだから違いがあるのは、むしろ当たり前。東京ガスがCNL、大阪ガスがメタネーションと、得意分野を生かした形で脱炭素化の取り組みを引っ張っていただきたい」。中堅都市ガス会社の幹部はこう話す。

とはいえ、かつての天然ガス導入・高カロリー化のための「IGF21」計画が業界一丸となっての一大プロジェクトだったことを知る世代からしてみれば、「リーディングカンパニーの大手には一致団結してメタネーションの研究開発に取り組み、少しでも早く商用化してもらえるとありがたい」(地方都市ガス会社トップ)との思いがあるのも事実だ。

藤原社長は会見で、「都市ガス事業者は200社ほどあるが、研究開発に要因や費用をそれなりに投下できるのは3~4社。今は同じメタネーションでもそれぞれが選択肢を広げて研究開発を行っているが、一定程度のタイミングで、どれが1番良いという判断になれば、業界全体でそれに集中することは十分にあり得る。ただ、これは私が考えているだけなので、ほかの会社の方がどう考えるかは分からない。ガス会社同士はライバルでもある。今はどれかに絞り込むところまで研究開発は進んでいない」と、心境を語った。

IGF21事業を根底で支えていた「地域独占・総括原価」時代は、すでに終わった。ガス業界全体が小売り全面自由化、導管部門分離、電力事業との相互乗り入れという新たな局面を迎えている中、メタネーション開発は当面の実証段階でどんな歩みを見せていくのか。今後の動きから目が離せない。

【記者通信/11月27日】「燃料制約発生の可能性低い」 JERA社長会見で強調


JERAの小野田聡社長は11月25日会見し、今冬について「燃料制約が発生する可能性は低い」との見通しを示した。LNG不足が懸念された昨冬の反省を生かし、既に200万tのLNGを追加調達したほか、自主的に在庫を厚めに確保する。さらに、電源の確保や、JEPX(日本卸電力取引所)への供給力拠出といった対応も進め、安定供給に万全を期す姿勢を強調した。他方で、電力の安定供給を確保するためには、自社努力だけでなく、政策面の支援も欠かせないと訴えた。

今春、東京エリアの2022年1月の供給予備率がマイナス0.2%、2月がマイナス0.3%との見通しが示され、電力需給ひっ迫が懸念されたが、10月末時点では1、2月ともに3%以上を確保できる見通しとなっている。

同社は今年12月~来年2月を冬季重負荷対策期間とし、kW、kW時の両面で対策を講じている。燃料確保策としては、エリアの電力需要を想定した上で、過去の実績や他社電源の稼働想定などを踏まえて自社の発電量見通しを独自に予測。これに基づいた安定的な燃料確保を進める。

JERA Global Markets(JERAGM)のネットワークを生かした柔軟な追加調達も図る。例えば需要が増えた際に、欧州向けの米国産LNGを日本に仕向け地変更するといった具合だ。さらに重負荷対策期間は、タンクの運用レベルが通常150万t程度のところを20万tほど引き上げ、在庫を厚くする。

こうした対策を講じた上で、政府に対しては「電力自由化と資源確保の両立、合理的な市場設計、供給責任とその費用負担などに関する制度面の早急な検討を要請している」(小野田氏)。LNG調達に関する官民連絡会議でも訴えた内容の必要性を、改めて強調した。

このほか、JERAはJEPXへの供給力拠出にも取り組む。市場で、燃料の需給状況を反映した価格シグナルが発せられるよう、供給力拠出の仕方を変更。東電エナジーパートナーとの契約を見直してJERAがスポット市場への入札主体となった上で、東京エリアの入札価格に反映する限界費用について、LNGのスポット調達など追加的な調達コストを考慮した価格に見直した。さらに、送配電事業者によるkW時公募の募集要綱を踏まえ、約13億kW時の市場への追加拠出についても検討する。

kW確保については、東京電力パワーグリッドの追加供給力公募で落札された、長期計画停止中の姉崎火力5号機の運転準備を進めている。さらに、需給ひっ迫に備えた発電所の増出力運転の検討や、発電設備のトラブル回避に向けた重点点検などを実施する方針だ。

ガソリン高騰対策は提示も LNG供給の課題解決策は不透明

政府は、ガソリン価格高騰に対しては矢継ぎ早に対策を講じている。小売り価格が1ℓ当たり170円を超えないよう、石油元売り会社に対して補助金を出す方針で、経済産業省は21年度補正予算案に800億円を計上。さらに、価格抑制効果には疑問符が付くものの、米国の要請を受け、石油の国家備蓄の一部を放出するという初の試みも繰り出している。

しかし今のところ、石油価格高騰以外の燃料の安定供給対策について、迅速に対応しているとは言い難い。

JERAは会見内で、カタールとのLNG長期契約のうち、今年で契約が終了する分については延長しないことを明らかにした。世界的な市場の変化や、自由化に伴うLNGの位置づけの変化などを背景にした、従来型の長契を継続することの難しさからだ。

政府には、こうしたエネルギーの安定供給を巡る構造的な課題にも本腰を入れることが求められている。

【記者通信/11月24日】電力危機を回避できるか⁉ 燃料調達とJEPXの価格乖離を解消へ


11月に入ってからも暖かい日が続いていたが、24日は西日本の広い範囲で雨や雪の荒れ模様、晴天だった太平洋側でも寒気が流れ込んで12月初旬並みの寒い一日となった。予報によれば、これを境に今後は寒さが増していくという。本格的な暖房シーズン到来を前に気がかりなのが、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場価格の動向だ。

今秋、JEPXのスポット価格は高値推移を続けている。10月以降、時間帯によっては1kW時当たり50円を超え、11月17日に一時65円の高値を付けると、22日には東日本エリアの多くの時間帯で80円に達し、西日本エリアでも78.8円を付ける時間帯があった。80円は、予備率3%が確保されている場合のインバランス料金の上限であり、卸電力価格の実質上の上限となる。

今秋は低負荷期にもかかわらずスポット価格が高値を続けてきた要因の一つが、アジアのLNGスポット指標「JKM」の高騰だ。100万BTU(英国熱量単位)当たり40ドル近くで高止まりし、発電単価約30円/kW時に相当する。一方で卸電力価格は、高騰する時間帯があるとはいえ24時間平均では20円を下回る。「市場への売り札を増やすということは、100億円の収入しか見込めないのにLNG船1隻分の燃料を150億円で買い発電するということ」(市場関係者)にほかならず、損失を最小限にしようと、大手電力会社は稼働ユニットを絞ったり逆に卸価格の安い時間帯には買い札を入れたりしながら、燃料の消費抑制に努めていると見られる。特に22日に多くの時間帯で高値に張り付いたのは、これに悪天候による太陽光発電の出力減が重なったからだ。

このまま燃料調達価格と卸電力価格が乖離した状態で厳冬を迎えれば、機動的に燃料を調達できずに昨年度冬と同様、燃料不足による需給ひっ迫危機に陥りかねない。そうなれば、卸電力価格は80円どころか200円に張り付くことになる。

JEPXへの供出価格を国際燃料市場と連動へ

大手電力会社は昨冬のような燃料政策・需給ひっ迫を回避する施策の一つとして、JEPXスポット市場への入札(卸電力の供出)に当たり、従来の燃料長期契約とスポット調達の加重平均価格から、追加的な燃料調達を考慮した価格(国際燃料市場ベースの価格)への変更に乗り出している。これにより、電力各社では「卸電力市場に対し適切な価格シグナルが発せられるため、燃料制約や需給ひっ迫の回避・低減に効果がある」とみている。

西日本から順次変更が始まり、22日には東北電力、24日にはJERAが対応を発表した。ただ時期について、東北は「24日以降、準備ができ次第」、東京は「電力・ガス取引監視等委員会の確認が取れ次第」としている。国際燃料市場ベースへの変更によって卸電力価格に燃料指標が反映されると、現状では多くの時間帯で価格が底上げされる可能性が高い。業界関係者の一人は、「22日の卸電力価格が思いのほか上昇し、電力・ガス取引監視等委員会から待ったが掛かったのか」と勘ぐるが、真相は果たして。

環境と経済のトレードオフを超えて クリーンテックがビジネス機会を創出


【羅針盤】巽 直樹(KPMGコンサルティングプリンシパル)

デジタルならぬ「グリーントランスフォーメーション」という言葉が業界に聞こえ始めた。グリーン技術がもたらす社会変革とはどのようなものか。大手コンサル会社の専門家が解説する。

 政府が宣言した2050年カーボンニュートラルの実現に向け、各企業でも既にさまざまな取り組みが始まっている。一方、本稿執筆時点では、波乱含みのCOP26の行方はまだ見えていない。

しかし、この旅の最終目的地が変わる可能性は現時点では低いため、脱炭素化(グリーン化)に向けた対策が求められている状況も、本質的には変わっていない。

人々の生活を豊かにする「GX」とは何か

デジタルトランスフォーメーション(DX)がビジネスのバズワードとなって久しい。この言葉と同様に、トランスフォーメーション(変革)との掛け合わせで、グリーン化に向けた企業の取り組みやコンセプトを「グリーントランスフォーメーション(GX)」と呼ぶ場面に遭遇することが増えてきた。DXと同様に、社会や組織におけるグリーン変革を一言で表している点で分かりやすい。

DXという言葉を最初に用いたのは、スウェーデン・ウメオ大学の研究者たちであるといわれている。その論考によると、「デジタル技術が人々の生活を豊かにする」との意味でDXが用いられている。無批判にデジタル技術を受け入れるのではなく、それらの発達が社会に及ぼす影響を踏まえた上で、人類の進歩にいかに役立てるのかを考えることに一定の示唆を与えている。よってDX推進ができなければ、社会や組織の存亡が危ぶまれるといった類いの脅し文句が書かれているわけではない。

それにもかかわらず、この論考を引用し、DX推進が絶対に必要という「手段の目的化」が甚だしい意見を耳にすることがある。おそらく原典を自分自身で読まないまま、思い込みで意見されているのではないかと考えられる。

一方、GXはカーボンニュートラルへの対応が一義的な目的となる。しかし、DXの文脈でGXを考えた場合、「クリーンテックにより人々の生活を豊かにする」ことができなければ、GXの取り組み意義も薄れそうだ。そして、GXという言葉の記載はないが、この場合の「読まれない」原典に当たるものにIPCCの報告書を筆者は頭に思い浮かべてしまう。

一部には黙示録でも出現するかのように伝えていた第6次報告書のドラフトが8月に公表された。これに対する報道において、報告書における強いトーンの言葉だけを切り取ることや、国連事務総長が「人類への赤信号」だと発言したことなどが、ことさらに強調された論調が目についた。

しかし実際には予測の精度が上がったため、より「油断は禁物」になったが、最悪シナリオの可能性低下も同時に報告されている。DXの場合と同様、原典を正確に読まずに、あるいは自身のストーリーに都合のいい情報の選択というバイアスをもとに、いろいろな喧伝がなされている印象を受ける。 脱炭素化にかかる膨大なコストが問題視され、世界中でさまざまな議論がなされている。わずかな気温を下げるためのコストと捉えると、直接民主主義スイスのように、費用対効果が合わないことを理由に国民投票で対策案が否決される。人類滅亡の回避コストと捉えると、無限にコストをかけても構わないとの考え方も出てくる。このように効果についての意見の一致が見られない問題を抱えたまま、中途半端な地球温暖化対策が世界全体で進むことが懸念される。

環境と経済はトレードオフか コストではなくビジネス機会

企業の場合、コストを上回る売り上げ、投資を上回るリターンがなければ、そもそもゴーイングコンサーン(継続企業の前提)がおぼつかない。温暖化対策がコストでしかない状態が続くと持続可能性が脅かされることになる。

GXの要諦があるとするならば、一般には「環境保全と経済成長にはトレードオフがある」とされる問題を超えなければならないということだ。地球温暖化や脱炭素化などへの対策をコストと考えるのではなく、新たなビジネスチャンスと捉えるべきだとする意見も最近は増えているが、多くは精神論に近い。普通に考えれば対策コスト競争になり、供給者が適正数になるまで生存競争が続き、そのプロセスが終われば最終的に消費者にコストが転嫁されるだけだ。

かつて経営学者のマイケル・ポーター氏は「ポーター仮説」で、厳しい環境規制を先んじて導入した国の企業は、他国の企業よりも競争優位を獲得するとした。この仮説には多くの経済学者から反証がなされてきたが、例えばクリーンテックにおける技術革新を誘発させれば、新たな付加価値を生み出し、環境保全と経済成長の両立が可能となる場合もある。

図にGX戦略の基本的なコンセプトを示した。規制やルールなどを考慮しつつ、新たな技術や製品を開発し、資本市場も適切に利用する。そしてレッドオーシャンの領域を抑えつつ、ブルーオーシャンを発見し、これからの30年をどこで泳ぎ、どのように成長していくのかをイメージしたものだ。

もちろん、これだけでは「絵に描いた餅」だが、頭の整理の第一歩と考えていただきたい。これまでは中期経営計画などで、せいぜい5年ほど先までの将来を描けば十分だった。しかし50年を視野に入れると、いわゆるシナリオ分析が必要となろう。あらゆるシナリオと自社が取り得るオプションを想定し、30年までの短中期戦略と50年までの長期戦略を、地球温暖化対策をベースに組み立てるべき時ではないか。

言うまでもないが、それは自社を破滅させてまで取り組むことではなく、どこまで付き合えるのかの見極めにも必要であるからだ。

たつみ・なおき 博士(経営学)、国際公共経済学会理事。近著に『まるわかり電力デジタル革命EvolutionPro』(日本電気協会新聞部)、『カーボンニュートラル もうひとつの″新しい日常〟への挑戦』(日本経済新聞出版)。

【記者通信/11月12日】どうする!?熱分野のCN化 「定義付け」に高い壁


政府が掲げる2050年カーボンニュートラル(CN)社会の実現は、ある意味不可逆的な流れとして社会全体に大きな転換を促そうとしている。

日本の最終エネルギー消費のうち直接的な電力として利用されるのは約3割で、残りは化石燃料を用いた熱利用が占めている。目標を達成できるかは、電源の非化石化に加え、この熱利用分野のカーボンニュートラル化をいかに進めるかにかかっていると言っていいだろう。ところが、注目されるのは再生可能エネルギー比率や原子力の最大限活用の是非といった電力部門の脱炭素化ばかり。非電力分野に言及される機会はほとんどなく、電力のように長期的な政策や展望もないのが実情だ。

こうした中、日本学術会議が「カーボンニュートラルに向けた熱エネルギー利用の可能性と課題」をテーマに11月6日開催したシンポジウムを聴講する機会があった。行政や研究機関、民間企業で熱エネルギーに係る専門家らが登壇し、それぞれの立場から熱エネルギー利用の進展に向けた課題認識や提案がなされた。一致していたのは、日本は産業用の熱需要が多く、電化以外を認めないとなれば製造業が衰退し雇用が維持できなくなるという危機感だ。水素やメタネーション、CCUSといった熱源の脱炭素化に資する技術を確立すると同時に、社会実装に向けた具体的な政策が示されることが求められる。

ただ、問題はこうした技術が確立したとしても、今のところこれらをCNとして定義付ける制度が国内にも国際的にも存在していないことだ。特に欧州では、再エネのヒエラルキーが高く、化石燃料を活用し続ける仕組みには否定的。いかに世界に協力国を作り、熱分野のカーボンニュートラルの国際基準づくりを主導していくのか。つまり政府がCOPやG20といったハイレベルな交渉の中でいかに発信力を高めることができるか――。高い壁が立ちふさがっている。

【記者通信/11月5日】日本のLNG調達価格がアジア最安に 長期契約主体が奏功


日本の大手エネルギー会社が産ガス国と結んでいる長期契約がLNG調達価格の低廉化に大きく寄与している実態が、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の月次レポートから浮かび上がった。

それによると、今年9月の日本平均LNG輸入価格は100万BTU当たり10.75ドルと、北東アジア地域で最も安くなった。調達先(地域)の内訳を安い順に見てみると、中東産10.45ドル、ASEAN産10.81ドル、米国産11.19ドル、ロシア産11.38ドル。これら輸入量の大部分を、原油価格リンクの長期契約が占めているのだ。

LNGのスポット価格は9月から10月にかけ、世界的な乱高下に直面した。米国のスポットガス価格(HH)は、9月下旬に5.8ドルに達し、10月下旬に6.3ドル台まで上昇した後、月末にかけて5ドル前後で推移。昨年同時期の2倍近い水準だ。欧州のガススポット価格(TTF)は、10月上旬に一時38ドル(瞬間値で54ドル)まで上昇し、月末は30ドル前後で推移している。

日本平均価格は10.75ドル JKMは35ドル前後

こうした中、北東アジアのスポットLNG価格(JKM)の値動きを見ると、9月末に30ドル台で推移していたのが、TTFが高騰した10月上旬に一時56ドルまで急騰。その後は一転35ドル台に急落し、月末にかけては35ドルを下回る水準で推移している。レポートは、「冬季に向けて北東アジア地域や欧州地域など世界的に天然ガス・LNG需要が高まっていることに加えて、欧州の再生可能エネルギー由来の電力不足やロシアガスパイプライン懸念なども重なり、欧州ガス価格が押し上げられたことがJKM高騰の要因」と分析している。

スポット比率が比較的高い中国の9月平均輸入価格は11.61ドル。ちなみに台湾は11.38ドルで、韓国は11.00ドルだ。日本の10.75ドルの安さが際立っていることが分かる。しかも欧州各国がLNG調達を長期契約からスポット中心に移行したことで、現在の価格高騰にあえいでいる状況と比べれば、雲泥の差だ。

「長期契約が主流の日本では、価格、量ともに安定しているため、スポット市場の動向に一喜一憂しないで済むことは大きなメリットだ。昨年は大手電力会社がLNGの在庫を絞っていたところに、突然の大寒波が到来したことで需給がひっ迫したが、今年はその反省に加えて、経産省による在庫監視もあることから、よほどのことがない限り、国内でLNGの需給がひっ迫するような事態にはならないだろう」(大手都市ガス関係者)

そんな日本でも、過去を振り返れば、スポットが割安な時期に長期契約の弊害が指摘され、一部の学識者を中心に「スポット比率を増やして、調達の柔軟性を高めるべきだ」との議論が巻き起こったこともある。いずれスポット市場が沈静化し長期契約分と価格が逆転すれば、そうした論調が再燃しないとも限らない。電源構成同様、LNG調達においても「ベストミックス」が大切なのだ。

【記者通信/11月5日】COP26で醸成される「脱石炭」機運 移行期の議論抜け落ちに懸念


1年越しの開催となった温暖化防止国際会議・COP26。序盤から、議長国の英国が求めていた「石炭火力の廃止」について、46カ国・地域が合意するといった動きがあった。ただ、日本、米国、中国などはこれに加わらず、一線を画している。世界的な化石燃料価格高騰に伴う欧州や中国でのエネルギー危機に直面しながらも、COPでは引き続き「気候危機」回避に向けた崇高な目標を掲げるだけの議論に終始してしまうのか。

COP26は英国グラスゴーで10月31日に開幕し、11月12日まで開催される予定。今回は、会議全体の機運を醸成する狙いで開幕直後の1~2日に首脳級会合を開き、就任後初の外遊となった岸田文雄首相も出席した。ただ、最大排出国である中国の習近平国家主席は参加しなかった。

岸田首相はスピーチで、アジア地域のクリーンエネルギー転換を支援する方針を強調。再生可能エネルギーは最大限導入しながらも、「アジアにおける再エネ導入は、太陽光が主体となることが多く、周波数の安定管理のため、既存の火力発電をゼロエミッション化し、活用することも必要だ」と主張。日ASEANビジネスウィークで設立を発表した「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」を通じ、アンモニアや水素などを活用したゼロエミッション火力に転換するための先導的な事業を展開することや、アジアの脱炭素化支援のために、新たに5年間で最大100億ドルの追加支援を行うと表明した。

石炭廃止に新たに23カ国がコミット 日米中豪印は加わらず 

英国は、首脳級会合以降、「エネルギーデー」や「運輸デー」など分野ごとの日程を設定し、それぞれで高いビジョンにコミットする「有志国連合」を作り、さらに機運を高めていきたい考え。また、こうした動きを最終的にCOP全体の決定に反映させ、気候変動対策の前進を図る意向だ。

そして4日の「エネルギーデー」に発表されたのが、46カ国・地域の「石炭火力廃止宣言」だった。先進国は30年代、途上国は40年代までに、石炭火力の建設や新規投資を停止するという内容。これに、既に石炭火力全廃を宣言している英国やフランスなどに加え、ポーランドやベトナム、チリ、スペイン、韓国など23カ国が新たにコミットした。COP26のシャルマ議長は「この会議は石炭を過去の遺物とするものだ。石炭火力の終わりは目前に迫っている」などと強調した。

ただ、欧州で脱石炭が進んでいるのは、気候変動対策ではなく、あくまで経済性に起因した現象。採炭条件の悪化で発電用燃料を国内炭から輸入炭に切り替えたものの、内陸部にある発電所への輸送費がかさんだり、発電所が老朽化したり、といった事情を抱えた結果の判断だった。

一方、日本や米国、中国、オーストラリア、インドなどは、この宣言に加わらなかった。中国、インド、豪州の不参加は当然としても、バイデン政権下で気候変動問題のリーダーシップを取り戻そうとし、国内では天然ガスの競争力に押されて石炭産業が衰退している米国が参加しなかったことは、注目すべきだろう。

欧州や中国が直面する 現実的な移行の難しさ

日本としても、岸田首相が主張した通り、アジア全体のエネルギー転換には調整力としての火力の活用が不可欠で、石炭火力というオプションの放棄も決断できない。国内においても、昨冬のLNG不足に伴う電力需給ひっ迫危機を経験した以上、やはりエネルギーのベストミックスなしに万全な安定供給体制の確立は難しい現実が改めて突き付けられた。

欧州や中国などもエネルギー危機を経験し、現実的なトランジションの難しさに直面している。ガス価格の歴史的な高騰を記録した欧州では、COP直前に開かれたEU首脳会議で、急進的な脱炭素政策に対して「ユートピア的幻想がわれわれを死に至らしめる」(ハンガリーのオルバン首相)などの批判が噴出していた。

日本は今回のCOPで、イノベーションやトランジションの重要性を引き続き発信する方針だが、「気候危機」を声高に主張する国々に、こうした現実論がどこまで受け入れられるのだろうか。

【記者通信/11月2日】原子力立て直しなるか!? 「クリーンエネ戦略」議論開始へ


「2050年カーボンニュートラル(CN)の実現に向け、温暖化対策を成長につなげる『クリーンエネルギー戦略』を策定し、強力に推進します」

岸田文雄首相が10月8日の国会所信表明で言及した「クリーンエネルギー戦略」の策定に向けた議論が、いよいよ動き出す。関係者によれば、「第六次エネルギー基本計画」を踏まえ、現実的なCN社会の実現に向けた政策の展開、とりわけ再生可能エネルギーの大量導入などによって上昇するエネルギーコストへの対応策が検討の柱になるとみられる。

本誌が独自に入手した論点の資料を見ると、第六次エネ基の「再エネ最優先・最大限の導入」とは一線を画す検討課題が列挙されている。中でも注目は、供給サイドの取り組みとして、「ユーザーサイドのニーズに対応するためのエネルギーを安定的かつ安価に供給するための具体的な対応策を示す必要」を課題提起している点だ。

既存原発の徹底活用策を検討

その上で、処方箋として、①安定供給の確保、②次世代エネルギーの現実的な導入策、③移行期における化石燃料確保――を挙げた。興味深いのは①で、具体的な対策として「電力自由化と脱炭素化が進む中で、安定的な電力を確保するために必要な措置」「原子力は既存設備の徹底活用の方策(長期運転問題、再稼働の徹底推進)」「再エネはPPAの導入拡大を推進。一方で、安い再エネの量拡大の限界を示し、今後の量的拡大に向けての方策(蓄電池の国産化など)」を例示している。

「グリーンエネルギーではなく、クリーンエネルギーとしているのが隠れたポイントだ。政府はこの戦略の中で、東日本大震災から10年近く停滞してきた原子力政策を抜本的に立て直すことを狙っている。年内に論点を洗い出した上で、議論を深掘りし、来年夏までに報告書を取りまとめる方向だ。おそらく政府は、今次エネ基見直しで出来なかったことを、このクリーン戦略でやるつもりだろう」(エネルギー政策事情通)

衆院選が終わり、自公連立による安定的な政権運営が約束された中で、脱炭素化と安定供給確保の要請に応える原子力政策を再構築することができるのか。第二次岸田政権の手腕が試される。

【目安箱/11月2日】「おいしい北海道のコメ」だけではない、温暖化のプラス面


◆麻生氏の失言、正しい面もある

自民党の麻生太郎副総裁が、また失言をした。麻生氏は10月25日の衆議院議員選挙の北海道小樽市での応援演説で、「北海道のコメは温暖化でおいしくなった」と発言。さっそく野党が批判し、岸田文雄首相・自民党総裁が、それを謝罪する騒ぎになった。

ところが調べてみると、この発言は、すべてを説明するわけではないが、間違ってはいない。北海道産米の評判は以前より向上し、人気が出ている。1980年代後半から北海度の販売奨励品種「きらら397」の栽培が増え、近年は「ななつぼし」「ゆめぴりか」等の、味の面で評価の高い新品種のコメが流通している。味の改善は品種改良の影響が大きい。

ただし、こうした新品種は、北海道の気温の上昇に適合したものだ。そして温暖化によってコメの味が向上することが見込まれると解説する専門家もいる。(北海道立総合研究機構「地球温暖化は北海道の農作物にどう影響するか」)

麻生氏は、温暖化・気候変動のマイナス面も言うべきだし、北海道の農家の努力にも言及してほしかった。さらに選挙中に批判を受ける行為をするのは、愚かな行為だろう。しかし実際には、気候変動は、麻生氏の指摘通り人間社会にプラス面を含めたさまざまな影響を与えている。この失言騒動をきっかけにして、農業や生活、生態系をめぐる気候変動・温暖化の影響を確認してみよう。

その1・温暖化は植物の活動を促進させる

温暖化は植物の生育を促進する。気温の上昇、植物の光合成をもたらす二酸化炭素の増加によるものだ。欧米の気候変動をめぐる議論では、「Global Greening」(世界の緑化)という言葉がある。

2017年の米カリフォルニア大の研究では、産業革命前より今の方が、世界の植物の合計で、光合成により31%も二酸化炭素を吸収して有機物に変換した量が増えているという推計が出ている。これは植林による森林の増加に加えて、前述の理由によるものだ。

ただし、この研究チームのエリオット・キャンベル同大教授は、温暖化懐疑論者・批判論者に自分の研究が使われていることを懸念している。光合成の量が増えたからと言って、温暖化が生態系の維持や食物増産に役立つわけではないと強調している。(ニューヨークタイムス2018年7月30日記事「Global Greening’ Sounds Good. In the Long Run, It’s Terrible」「素晴らしく聞こえる世界の緑化」「長い目で見ると怖い話」)

その2・農業生産では悪影響だけではない地域もある

世界の農業生産は気候変動によって総じて悪影響を受ける。特に熱帯地域は、過剰な気温上昇、水資源の減少によって悪影響が多い地域が目立つ。一方で、温帯地域では気温上昇で、農作物は増産し、影響は限定的とみられる地域もある。

以下はOECDの2016年発表のリポートの図だ。赤い部分が2050年までに温暖化で農業生産の減る地域、青い部分が増える地域だ。日本は農業生産が0~15%増える地域である。

この日本が穀物・食物を輸入する、北米、南米、アジアの多くで食料生産に悪影響を与えるところは多い。それによる悪影響は警戒しなければならない。しかし温暖化の影響は、マイナスばかりではなく、さまざまな形で進むことを示す地図であろう。

その3・寒さによる健康への悪影響は減る

健康では温暖化がプラスになる場合もある。英医学誌ランセットは、気候変動と健康をめぐる国際共同研究を2021年に公開した。(記事)

この研究では、世界で2000~2019年の地球の平均気温と超過死亡の関連を調査した。このうち寒さによる超過の死者は459万人、暑さによる死者は49万人で、調査地点での平均気温は10年ごとに0.26度上昇した。「地球温暖化が、気温に関係する死者をわずかに、減少させる可能性がある」としている。

4・地域によって温暖化の被害は違う

P C C(気候変動に関する政府間パネル)は、毎回の報告で気候変動の被害は温帯、亜寒帯にある国よりも、熱帯付近の国に集中し、温帯の影響は限られると、第3次評価報告書(2001年)の政策決定者向け報告で指摘していた。第4次(2007年)、第5次報告(2014年)では消えている。これは国際世論に配慮して、政治的な論争を避けるために外した可能性がある。

報道ベースだが、確かに温暖化をめぐる日本の影響は、他国に比べて小さいように感じる。筆者の気候をめぐる印象だが、体感温度は上がり、周囲の生態系は10年前、20年前などと比べ、夏が暑くなったり、冬の訪れが遅れたりするなど、微妙に変化しているように見えるが、それで人生が大きく変わったほどでもない。これは多くの日本に住む人に共通する感想だろう。

◆「ガラパゴス」日本ゆえのメリットを活かす

こうした情報を整理すると、植物の育成や人間の健康などの面で、気候変動は総じて悪影響が多いものの、「地球が滅びる」かのような過激な未来は起こらなさそうだ。気温上昇は生活にプラスになることもあり、気候変動はさまざまな影響を与えながら進行している。

しかし恐怖をあおる情報ばかりが、気候変動問題は拡散している。特に、西欧、北欧のメディア、政治家・政治活動家、有識者の発信する情報が過激になっている印象だ。例えば、スウェーデンの環境活動家の少女グレタ・トゥーンベリさんの過激なパフォーマンスと、地球が滅びるかのような主張が、これら地域の一部の人々にもてはやされている。

日本は、良くも悪くも、欧米の政治・社会議論のトピックから遅れている、もしくは隔離され流行しないという「ガラパゴス」の面がある。気候変動をめぐる欧州の奇妙な熱狂は日本にはない。有識者とメディアの勉強不足と世論の関心の低さから伝わっていない。グレタさんの姿も、違和感を述べる意見が目立つ。これは今の状況では逆にメリットではないだろうか。

筆者は気候変動で、いわゆる陰謀論、懐疑論を唱えるつもりはない。人為的な温室効果ガスの排出増大の影響で、世界の気温は上昇すると思う。しかし、そこから発生するデメリット、メリットを考え、その対策のお金や手間のコストを同時に考え、それぞれを比較して、社会と個人の利益を最大限にするべきと思う。

麻生氏は深く考えて、失言をしたのではないだろう。しかし、その議論をきっかけに、気候変動・温暖化問題、いやそれ以外の社会問題でも、「世界は滅びる」式の過激な議論を信じるのではなく、本当のところはどうなのかと確認する習慣が広がればいいと考えている。今は過激な議論に引っ張られる可能性が出ているためだ。

物理学者のマリー・キューリー(1867—1934)の言葉を思い出す。

「人生において怖れることは何もない。ただ理解すべきことがあるだけだ」。

恐怖や感情の影響で、物事の真実をゆがんで受け止めることは危険ということを、キューリーは言いたかったのかもしれない。それは気候変動問題でもあてはまる。

【特集1】エネルギー政策通がそろった岸田政権 原子力の長期低迷を打破できるか


10月4日に発足した岸田政権では、甘利明幹事長を筆頭に党内きってのエネルギー政策通が顔をそろえた。
「経産内閣復活」の呼び声も高い中、震災以来の長期低迷が続く原子力政策を立て直すことができるのか。

「今こそわが国も、新しい資本主義を発動し、実現していこうではありませんか」

岸田文雄首相は10月8日に開かれた国会の所信表明演説で、9月の総裁選から訴え続けてきた「新資本主義」を目指す経済政策を声高らかにぶち上げた。この「キシダノミクス」の中核をなすのが「成長と分配の好循環」だ。

実はこの目玉政策、経済産業省の産業構造審議会でいち早く議論されていたものだ。経産省事務局が6月4日会合で提示した二つの資料がある。一つは『経済産業政策の新機軸』。コロナ禍の欧米や中国で大規模な財政支出を伴う新産業政策が台頭している状況を紹介しながら、日本での「産業政策の新機軸」を提唱。8月23日公表のアップデート版には「コロナを経た新たな資本主義の追求の動き」という文言が盛り込まれた。また『今後に向けた大きな方向性(案)』では、①経済×環境の好循環、②経済×安保の同時実現、③経済×分配=包摂的成長、④デジタル前提の経済・社会運営―を明記。これは、経産省の来年度予算要求の土台になっている。

「菅政権時代、河野太郎(前規制改革相)、小泉進次郎(環境相)の両氏に煮え湯を飲まされてきた経産省の幹部は、先の総裁選で一致団結して岸田氏を応援した。その甲斐あってか、岸田政権下では経産官僚が再び台頭する格好になった。新たな資本主義、成長と分配といったキシダノミクスのキーワードはその象徴といえる」(大手エネルギー会社幹部)

新政権で注目の官邸人事 幹部議員は原子力政策通

注目は官邸サイドの人事だ。安倍政権時代の首相秘書官だった今井尚哉氏が前政権に引き続き内閣官房参与で留任したほか、首相秘書官には今井氏と同期で元経産事務次官の嶋田隆氏と、菅前首相の信頼が厚い前商務情報政策局長の荒井勝喜氏の二人が就いた。

その上で岸田政権の陣容に目を向けると、経産官僚と太いパイプを持つ有力議員が顔をそろえる。筆頭格は経産相や経済再生相を歴任した甘利明幹事長だ。また高市早苗政調会長、山際大志郎経済財政相は経産副大臣を経験。この3氏はエネルギー、とりわけ原子力政策に造詣が深いことで知られる。

「(2030年度温暖化ガス削減目標は)安全が確認された原発30基の再稼働が前提。今は9基しか動いていないのでこれをどうするかだ」「全電源が途絶えても自分で冷却できる仕組みのSMR(小型モジュール原子炉)に入れ替えていく必要がある」――。

10月17日、NHK「日曜討論」に出演した甘利氏は、脱炭素化の観点から原子力政策の重要性を訴えた。エネルギー基本計画のベースとなっている「エネルギー政策基本法」制定に携わるなど、党を代表するエネ政策通だけに、業界からの期待も高い。

高市氏のスタンスも同様だ。先の総裁選では、討論会や記者会見でエネルギー政策が話題に上るたび、「SMRの地下立地」や「国産技術による核融合炉開発」の必要性を強調。原子力推進の旗幟を鮮明にしている。

麻生派で甘利氏に近い山際氏も原子力推進派だ。党の総合エネルギー戦略調査会事務局長として、今般のエネ基見直しに尽力。当初は「原発の新増設・リプレース」を計画に盛り込むべく奔走したものの、公明党や河野―小泉ラインの反発により断念。代わりに「必要な規模の持続的活用」を入れ込んだ立役者である。

次はクリーンエネ戦略 原子力低迷の打破なるか

所管省庁の萩生田光一経産相は、どうか。通商政策の手腕は未知数な半面、文部科学相を務めた経験から、使用済み核燃料問題や高速炉など原子力技術開発に知見を持つ。就任後初の会見では原発再稼働に加え、核燃料サイクル・再処理路線の必要性に言及した。

COP26(温暖化防止国際会議)開催を控えた10月22日、第六次エネ基が閣議決定された。書きぶりを巡って紆余曲折があったものの、おおむね原案通りの内容だ。これにより次なる政策課題は、岸田首相が所信表明で言及した「クリーンエネルギー戦略」に移る。関係者によれば、原子力政策の長期低迷を打破し脱炭素電源として前進させることが大きな狙いの一つ。その意味で、日曜討論での甘利発言は実に示唆的といえる。

しかし依然として原子力の前途は多難だ。立法府では多くの政党が相変わらずの脱原発路線。衆院選公約を見ても、最大野党の立憲民主党が「50年自然エネ100%」を打ち出したほか、共産党や社民党、れいわ新選組が「即時」か「速やかな」原発ゼロを掲げた。与党の公明党でさえ「原発ゼロ社会を目指す」構えだ。一方で国民民主党が「既存原発の活用」、日本維新の会が「次世代炉の研究」を挙げている点は要注目だ。

果たして有権者の審判を経た岸田政権は、原子力政策の立て直しに向け、どんな一手を打ってくるのか。司令塔の甘利氏が過去の金銭授受問題を巡る逆風にさらされる中で、今後の政策動向にエネルギー業界の視線が集まる。