9月に任期が切れる原子力規制委員会の更田豊志委員長の後任に、同規制委員の山中伸介氏(元大阪大副学長)が就任する人事案が3月1日政府案として国会に示された。この人事の背景には、原子力の再稼動や活用を求める一部自民党議員の動きが影響している。厳しい規制導入に積極的だった更田氏が退任することで、原子力政策の姿に変化があるかもしれない。

当初の安井氏案に自民党中堅議員が反発
昨年末から委員長人事をめぐって関係者の間に、元原子力規制庁長官の安井正也氏の委員長への就任の噂が流れていた。環境省、そして規制庁側は、規制行政の継続のためにこの案を流し、更田路線の継続を求めたようだ。
更田委員長、そして田中俊一前委員長は、規制の厳格化を推進し、原子力の安全性を高めた。その政策のプラス面は評価されるべきだ。しかし民主党政権で選ばれた田中氏は、高速増殖炉「もんじゅ」潰しという強権的な行動を行い、原子力事業者、立地地域などとの対話も乏しかった。規制当局の「孤立化」を進め、更田氏もその路線を大筋で継承した。そんな二人の姿勢は、エネルギー政策を混乱させ、原子炉の再稼動を遅らせ、電力会社の経営を悪化させた。安井氏は両氏を事務方トップとして支えきた経緯があり、関係者は誰もが警戒した。
しかし、この人事案が流れたと同時に、自民党の「電力安定供給推進議員連盟」に属する当選3−4回の議員らが反発。原子力の活用が持論の高市早苗政調会長ら自民党首脳部を動かし、この人事案を潰したようだ。岸田文雄首相はこの問題について、あまり関心がなかったようで、官邸は人事に積極的に介入しなかった。これまでエネルギー政策に影響を与えていた重鎮衆院議員の甘利明氏、細田博之氏から、次の世代の政治家に力が移りつつあることも影響している。
エネルギー危機に配慮した規制政策に転換か
原子力規制行政は、規制委員会のトップ交代で変わる可能性がある。同委員会は独立行政委員会で、政府から自立して活動ができる。しかし与党・自民党と無関係ではいられない。また前述の安定供給議連は規制行政の円滑な推進のために、規制庁の予算獲得や体制整備にも協力している。
公開された規制委員会議事録を見ると、山中氏は規制委員として、更田氏と同じように、規制強化に熱心だ。しかし、この人事での圧力が奏功したことで、「自民党の大勢である原子力の活用という考えをある程度受け入れざるを得ないだろう。エネルギー不足の懸念の中で、政治も世論も原子力の活用を求めている」(学会関係者)という。
エネルギー資源大国のロシアが、2月末からウクライナに侵攻し、経済制裁を受けている。この影響で世界的にエネルギー価格が高止まりし、先行きが見えない。国民民主党や日本維新の会が停止中の原子炉の再稼動を主張し、エネルギー不足への懸念が国内に広がるなど、明らかに原子力をめぐる状況も、世論も変化している。
この人事をきっかけに、経済的合理性、エネルギー安全保障にも配慮しながら原子力の安全性を高める、常識的な規制政策に転換することが期待される。