先進国vs途上国の図式がすっかり定着した地球温暖化防止国際会議(COP)だが、今年のCOP29ほど先進国が途上国に譲歩した結果になったのは珍しい。途上国の資金支援要求に、先進国側が従来の3倍の額を支援することで合意した。パリ協定の目標を後退させたくない先進国の焦りを尻目に、中国、インドなどすでに途上国とは言えない経済規模を持つ国が先進国を弱体化させる楔を打ち込んだようにも見える。米国の条約脱退の憶測が出る中、国内政治ががたついて強気に出られない先進国は、中国、インドの台頭を眺めるしかない状況に陥っている。
「途上国大国」のインドに求心力
COP29は途上国支援のための新たな資金目標として、先進国側が2035年までに年3000億ドル(約45兆円)を出すことで合意した。官民あわせて1兆3000億ドル(約200兆円)の投資拡大を呼びかけることも合意文書に盛り込んだ。
しかしこの結果にいち早く不満を表明したのがインドだ。インドの交渉団は「われわれが直面している打撃を考えれば、COP29で合意した金額は少な過ぎて対処できない」と苦言を呈したという。
途上国側は気候変動対策や異常気象による被害に対応するための支援金の拡大を求めた。アフリカなどは年5000億ドルを要求。途上国全体では年1兆ドルを求めたことで会議は紛糾し、異例ともいえる会期を2日延長することになった。
インド交渉団の苦言はそのまま途上国の不満と捉えることができよう。集中豪雨や干ばつ、大型台風に海面上昇と近年は気候変動の影響と見られる被害が途上国を中心に頻発しているのも、先進国により多くの支援を求める背景だ。
先進国側の交渉団関係者は「合意が危ぶまれたが、なんとかまとまったのは気候変動による悪影響が露見していることに危機感を持っているからだ」との見解を示した。
だが見方を変えれば途上国側が先進国に貸しを作ったと考えることができる。COP29の瓦解を防いで、不満を飲み込んだと言えるからだ。そしてインドという「途上国大国」に、求心力が集まったとも言えよう。
インドは途上国をまとめ、来年以降もより資金支援の増額を求めてくると予想できる。先進国が増額しなければ石炭火力が温存して、パリ協定の形骸化することさえも辞さない強硬論で先進国を攻め立てることがあるだろう。
資金支援巡り身動き取れない先進国
「資金支援の配分や使い途の透明化などクリアしなければならない問題が山積している」。ある先進国の外交筋はこう本音を吐露する。先進国は資金支援の大幅な増額に頭を悩ませている。
これまで先進国側から拠出した支援は総計で1000億ドルを超えている。再生可能エネルギーの開発資金、橋や堤防の設置と言った気候変動の影響による「適応」対策など様々な形で支援してきた。途上国側は「足りていない」と主張するが、「一体どのぐらいの支援額が必要なのか途上国側が明確にでてきていない。ほぼ言い値に近い形で支援を求めてくる構図が問題だ」(交渉関係者)と指摘する。
実際、先進国から資金支援したものの、気候変動に関係のない使途だったり、本来届くべきところに資金が届いていないケースも散見されるという。日本のある外交筋は「国会で使徒を追及されることもあり、いたずらに増額することには賛成できない」と語る。
先進国側の財政悪化も資金支援を渋る理由の一つだ。新型コロナウイルスの感染拡大に加え、ロシアのウクライナ侵攻という事態が重なり、先進国はインフレが進んだ。そのインフレを抑制するために各国では財政出動を活発化した。そのためドイツのように財政赤字に陥るところも出てきている。欧州では極右政権が相次いで誕生しており、気候変動対策を後回しにする国も出てきている。
そして先進国最大の排出国である米国の出方が見えないのも先進国内の疑心暗鬼を生んでいる。気候変動に懐疑的なドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲き、パリ協定の離脱どころか、気候変動枠組み条約からの脱退が現実味を帯びてきた。米国が抜ければ少なくとも4年間は支援の実現が危ぶまれる事態になる。
仮に米国抜きで資金支援を継続したとしても拠出の配分を巡り、先進国側の内部対立に発展することも否めない。
今回、資金支援の主体を日米欧と言ったG7の負担から、中国、インドなどの新興国に振り分ける交渉もしたものの、中国、インドは「我々は途上国」との立場を崩さず、任意での支援という拘束力のない提言にとどまった。途上国大国を前に先進国側が譲歩せざるを得なかったのが実情なのだ。