【記者通信/8月9日】世界で過熱するグリーン水素の覇権争い 日本の対応策は?


再生可能エネルギーによる電力で水を電気分解してつくる「グリーン水素」を巡る覇権争いが、世界規模で過熱している。日本政府も水素のサプライチェーン(供給網)づくりに向けて本腰を入れ始めた。日本勢はそうした潮流に取り残されることなく、関連ビジネスを育てることができるか。野村総合研究所(NRI)の専門家らを取材し、日本に求められる対応策を探った。

利用時にCO2を排出しない次世代エネルギーとして注目を集める水素は、製造方法によって色分けできる。一つがグリーン水素だ。それ以外にも、石炭や天然ガスなどの化石燃料を改質して取り出す「グレー水素」、化石燃料を使いながらも製造工程でCO2を回収・貯留して排出を防ぐ「ブルー水素」がある。

水分解装置の需要が約6倍に

中でも、脱炭素化という追い風に乗って期待を集めているのが、全工程のCO2排出量をゼロにできるグリーン水素だ。NRIの推計によると、水素の世界需要は2020年以降拡大を続け、50年に20年比5倍超の約4億7000kW規模に成長。特に、グリーン水素の製造に必要な「水分解装置」の需要が右肩上がりで推移し、50年には約6割に達する見通しだ。

こうした中で日本政府は、カーボンニュートラルの実現に向けた「グリーン成長戦略」で、グリーン水素とブルー水素を合わせた「クリーン水素」の供給量を30年に年間42万t以上とする目標を明示。5月には、国内の水素利用を後押しする「水素社会推進法」が成立した。同法に基づいて政府は、水素を製造・輸入する企業の事業計画を認定し、既存燃料との価格差分を補助する計画だ。

さらに政府は、国内関連企業が関わる水電解装置の導入量を30年に1500万kW程度導入する目標も掲げた。これは、世界全体の約1割に相当する規模だ。経済産業省は今年度からGX(グリーントランスフォーメーション)分野の国内供給網づくりを後押しする計画で、支援対象の一つとして水電解装置を位置付けた。

山梨県の工場熱源に水素活用

山梨県に導入する水素製造施設「P2Gシステム」(提供=サントリーHD)

こうした動きに呼応するかのように、国内でグリーン水素を巡る供給網の構築に向けた取り組みが活発化。飲料大手のサントリーホールディングス(HD)と山梨県、東京電力ホールディングス、日立造船などは、同県北杜市白州町で国内最大規模のグリーン水素製造施設を2月に着工した。建設する施設は、太陽光などの再エネ由来の電力で水を電気分解して水素をつくる「やまなしモデルP2Gシステム」。そのシステムで取り出した水素をパイプライン経由で、サントリーの天然水工場とウイスキー蒸溜所へ供給する。当面は、天然水工場の殺菌工程で使う蒸気の熱源として水素を生かし、将来的にはウイスキー蒸溜所のボイラーに役立てることを検討しているという。総事業費は約170億円で、このうち110億円を新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が助成する。水素の年間製造能力は2200tで、25年度の稼働を目指している。

サントリー天然水 南アルプス白州工場・白州蒸溜所(提供=サントリーHD)

NRI事業共創コンサルティング部シニアコンサルタントの川相誓也氏は、こうした動きを概観した上で、「世界で急拡大する水素ビジネスの動きに乗り損ねないよう三つのアプローチを加速することが求められる」と強調。続けて「海外の化石燃料に頼る日本がグレー水素とブルー水素に依存してしまうと、日本が課題とするエネルギー安全保障の改善が進まなくなる」とも指摘した。さらにCO2貯留の適地が限られる国内の現状も踏まえ、「日本はグリーン水素の活用を模索する方が現実的だろう」と力説した。日本は、CO2を地中に圧入・貯留することで油田の生産性を高める技術「CO2-EOR(原油増進回収)」が広がる米国などと異なり、ブルー水素を進めにくいという。

【記者通信/8月9日】豪政府が原発計画を牽制 ウラン鉱床開発認めず


オーストラリア政府は国内で議論の俎上に挙がっている原子力発電所の開発計画をけん制する動きに出た。アルバニージー首相は7月下旬、北部準州にあるウラン鉱床「ジャビルカ鉱山」の開発を認めない判断を下した。政府は豪州の大手企業が保有する鉱山のリース権延長申請を却下し、期限となる8月11日までに法的手続きを完了させる見通しだ。ジャビルカ鉱山を巡っては、長らく住民らが開発反対を展開していた。反核・反原発の象徴ともいうべき同鉱山の開発を認めないことで、原発導入を推し進める野党や導入の機運が高まっている世論の気勢を削ぐ狙いがあるとみられる。

「永久に」眠るウラン

「この美しい地域には、世界最古の岩絵がある。ジャビルカで採掘が行われることは決してないことを意味する」。 7月下旬、アルバニージー首相は労働党州大会でこう宣言した。政府はウラン開発に長年反対してきたジャンビルカの先住民ミラー部族と協議しながら、鉱山の敷地をカカドゥ国立公園に編入する方針だ。豪州では国立公園に編入されれば事業開発が永久にできない。ジャビルカにあるウランは陽の目を見ないまま眠り続けることになった。

鉱山のリース権はエナジー・リソーシズ・オーストラリア(ERA)社が保有している。ちなみにERA社の大株主は英国の資源会社リオティントだ。今回ERA社はウラン未開発鉱区の10年間の延長を政府に申請していた。キング連邦資源相は「(ERAやリオティントが)リースの延長に強く反対してきたミラー部族の支持がないまま開発を進めることは合理的ではない。断念したのは正しかった」とコメントした。

ジャビルカのウラン鉱床は1970年代に発見された。これまで開発計画は幾度も持ち上がったが、80年代から先住民や反核・反原発陣営が激しく反対運動を繰り広げた。豪州の人気歌手で、後に労働党政権の環境相を務めたピーターギャレット氏も反対運動を主導した一人だ。反核・反原発運動の象徴的な地域としてジャビルカは豪州国内で認識されており、約40年にわたった反対運動が終止符を打つことになった。

今回の政府の決定について、豪州の主要メディアは「先住民と反核・反原発運動家の歴史的勝利」と報道した。ミラー部族の関係者は「国のために強く立ち向かう人々が勝利できることを証明した。私たちの文化遺産を共有するために、すべてのオーストラリア人が歓迎することを楽しみにしている」と語ったという。

原発導入で野党に勢い

ただ、今回の決定が資源国豪州の収益源を損なうことになるのではないかとの指摘も少なからず存在する。豪州は世界最大のウラン埋蔵量で、国内では現在、南オーストラリア州フォー・マイル、同州オリンピック・ダムの2つの鉱山でウランを生産している。生産量は世界4位で、国内に原発がないため全量を輸出している。豪州にとっては鉄鉱石や石油、液化天然ガス(LNG)などと同様貴重な収益源でもある。大手資源企業の関係者は、今回の政府の決定について「気候変動対策で原発の利用が世界で見直されている中、豪州の食い扶持を少なくするようなことをやるのは合理的ではない」と疑問をさしはさむ。

なぜアルバニージー首相をはじめ労働党は収益源を削る判断に傾いたのか。それは来年の総選挙をにらんで、野党の原発導入攻勢が勢いを増しているからだ。豪州では法律で原発の導入を禁じている。だが原発解禁をめぐる議論は日増しに高まっており、各種世論調査では国民の多くが原発導入を支持する結果が出ている。

次の選挙で政権奪還を目指す自由党を中心とする野党の保守連合は6月に、国内7カ所に原発を建設するとの公約を発表した。インフレが豪州でも国民生活に影響を与えており、原発導入で電気代が安くなることを国民が望んでいることも野党には追い風だ。

政権に焦りも

対する労働党はウランの生産や輸出は継続するものの、国内の原発導入には反対の立場だ。ジャビルカ鉱山のウラン埋蔵量は相当量といわれている。金脈を捨ててまで先住民の人権や文化、反核・反原発のポリシーを貫くところにアルバニージー政権の特徴が表れた格好だ。

一方で野党の攻勢に政権が焦りを見せ始めたのではないかとの見方もある。現地メディアの世論調査でも野党連合の支持率が上昇している。つい半年前までは労働党が優位だったが、ここ最近は野党に逆転されるケースも出てきた。

豪州では今後も原発導入を巡って与野党の政策合戦が激しくなると予想される。政権が決断したウラン鉱山の開発中止の判断が国民世論に浸透していくのかは未知数だが、さまざまな手段を駆使して原発導入を否定するキャンペーンが続くとみられる。

【記者通信/8月8日】次世代燃料で航空を脱炭素化 利用拡大へ大きな一歩


航空業界の脱炭素化につながる次世代燃料「SAF(持続可能な航空燃料)」の利用拡大に向けた動きが活発化してきた。ENEOSや伊藤忠商事、日本航空(JAL)などの7社は8月に、SAFの利用に伴うCO2排出量の削減効果を「環境価値」として取引する実証試験を開始。一方で出光興産は、山口県周南市の徳山事業所でSAFの生産を2028年度に始めることを目指し、製造設備の基本設計に着手することを決めた。航空輸送を支えるサプライチェーン(供給網)全体で燃料転換を促す機運が一気に高まりそうだ。

SAF 製造設備の建設予定地となる徳山事業所(中央)提供=出光興産

ENEOSなど7社が環境価値の取引試験

成田空港(千葉県成田市)で動き出したのが、SAFの利用によって生じる間接的なCO2排出量の削減効果を表す「スコープ3」の環境価値を取引する実証試験。このプロジェクトには、ENEOSなどの3社のほか、日本通運の持ち株会社NIPPON EXPRESSホールディングス(NXHD)、空港管理の成田国際空港(NAA)、みずほ銀行、みずほリサーチ&テクノロジーズが参画した。航空輸送の関係者が一堂に会してこの種の環境価値を取引する試みは世界で初めてという。

具体的には、環境価値の販売情報と購入情報を、情報を集約するプラットフォーム(基盤)上でマッチングさせることが特徴。ENEOSや伊藤忠が成田空港にSAFを供給するとともに、CO2削減効果を証書にして基盤上で環境価値を提供。JALもSAFの使用に伴って発生する環境価値を届ける。環境価値を購入するのはフォワーダー(貨物利用運送事業者)のNXHDやNAAで、基盤を通じて自社の購入条件に合致した環境価値を受け取る。

SAFは従来の航空燃料と比べると高額なため、航空機のチケット代に跳ね返る可能性がある。ただ割高であっても、CO2排出量の低い輸送や出張に価値を見いだす荷主や企業などは潜在すると予想される。7社は、12月までの試験で取引スキームがスムーズに回るかを確認するとともに、SAFのコストを関係者間でシェアする仕組みも探索。その後は取引規模を拡大し、社会実装につなげたい考えだ。今回の試験で生み出される環境価値は、最大で約160t(CO2削減効果)を想定しているという。

SAFの利用に伴う環境価値の取引スキーム

出光は28年度に製造設備稼働

日本の政府や航空業界が30年までに国内航空会社による燃料使用量の10%をSAFに置き換えるという目標を掲げる中、燃料転換に向けた供給体制づくりも動き始めた。同年までに年間50万klの国内供給体制構築を狙うのが出光だ。出光は2日、徳山事業所で進めていたSAF製造のFS(実現可能性調査)で「実現性を有する」との結論が得られたことから、基本設計のフェーズに移行すると発表。SAF製造を巡る課題や費用などの詳細を精査して設備の基本仕様を決めた。設備は同事業所内の石油精製の跡地に建設し、28年度に年産25万klで稼働を始めるという。

徳山事業所に取り入れるのは、使用済み食用油などの油脂を水素化処理してSAF を製造する技術「HEFA(ヘファ)」。原料としては、廃食油や獣脂などの廃棄物や大豆油を生かす。将来的には非可食原料のポンガミアなど、温室効果ガス削減率の高い複数の油脂を役立てたい考えだ。さらに出光は、28年度には千葉事業所(千葉県市原市)で、サトウキビなどを原料としたバイオエタノールからSAFをつくる装置を年産10万klで稼働する計画。参画する豪州などの海外プロジェクトからのSAF供給も、同15万klで予定している。

世界で高まる航空燃料の転換機運

SAFは動植物油脂や廃食油などを原料とした航空燃料で、 既存の機体やインフラを生かしてCO2排出量を減らすことができる利点を持つ。国連専門機関の国際民間航空機関(ICAO)が「国際線の航空機によるCO2排出量を50年までに実質ゼロにする」という目標を明示する中、脱炭素化を促すSAFの需要が世界的に拡大する方向にある。石油元売り大手をはじめとする関係各社がSAFの市場形成に向けて躍起になる背景には、こうした動きがある。

ENEOSは27年以降に和歌山県でSAFの生産を始める計画で、今夏にはJAL向けに海外のSAFを輸入販売する契約を結んだ。出光もSAF原料を全国農業協同組合連合会(JA全農)の米子会社から調達すると発表するなど、原料確保に向けた取り組みを急いでいる。オンライン説明会で出光CNX戦略室バイオ・合成燃料事業課の担当者は、「(SAFを)いかに安定的に低コストで生産できるかが課題。原料調達先を含めてサプライチェーンをしっかりと構築したい」と意欲を示した。

【記者通信/8月6日】TGNWが工事5社と新人研修 現場監督の離職率低下に期待


「世間では入社から3年で約3割がやめると言われているが、導管工事会社の現場監督は平均すると3年で約5割がやめている。今回の合同研修を通して新入社員には成長を実感してもらうとともに、本音で話し合える仲間を作ってほしい。それが将来の離職率低下につながるだろう」――。

東京ガスネットワーク(TGNW)は5月27日~7月31日の約2カ月間、都市ガス業界初の試みとして、導管工事に関する新入社員研修を業務委託先の工事会社5社と合同で実施した。同社が7月16日に開いた合同研修についてのメディア説明会で、研修の立案・計画を担当した吉藤祐也・導管工事グループマネージャーは、こう期待をあらわにした。

研修はTGNWが昨年度、協力工事会社2社を対象に合同研修を試行実施したところ好評だったため、今年度から本格的に運用を開始した。これまで工事各社は、導管工事の本格的な実習を行える施設を有しておらず、研修に対応できる社員の数も限られていたため、職場内研修(OJT)に頼らざるを得ないという課題があった。こうした現状を変えるため、導管工事に関する専用の研修施設やさまざまなノウハウを持つTGNWが業務委託元となり、協力工事会社との合同研修を主催した。

第1回目となる合同研修には、あすか創建、カンドー、協和日成、ライクス、リックの5社から新入社員25人が参加。TGNWの新人21人と共に約2カ月間、導管工事に関する座学研修や実習などの研修を受けた。ガス工事の知識習得による安全意識の醸成や、人材交流を通じて同じ都市ガスインフラを支えていく「同期」としての絆を育んでもらうことが目的だ。

各社の作業服を着た新入社員が混成チームで実習に取り組んだ

TGNWは16日、横浜市鶴見区の導管研修センターで行われた実習をメディアに公開した。実習内容は水道のマンホール新設に伴う、ガス管の切り回し工事。各社の作業服を着た新入社員が6班に分かれ、混成チームで作業に取り組んだ。チームの編成は交流を促すため、毎日組み替えているという。研修に参加したTGNWの辻本陽菜さんは「誰も知り合いがいない中で、最初はみんなと仲の良い関係を築けるのか不安だったが、今ではほとんどの人と親しく会話できるまでになった」と笑顔を浮かべた。ライクスの守屋周悟さんは「現場監督の仕事は指示したり間違いを指摘したりすること。人に指示することは苦手だが、ここでの経験を活かして率先して動けるよう今後の接し方を変えていきたい」と意気込んだ。

若手社員の定着につなげようと団結した工事各社。この新たな取り組みが好循環を生むことが期待される。

【記者通信/7月31日】敦賀2号不許可へ進む規制委 政治力駆使した改革が必要


原子力規制委員会は7月31日の定例会で、敦賀原子力発電所2号機を巡り26日に審査チームが出した「新規制基準への適合性は認められない」との結論について議論した。事務方の説明に対して、委員からの異論は出なかった。規制委は8月2日に日本原電の村松衛社長との意見交換を行った上で今後の方針を決めるとしているが、追加審査や補正書の再申請が認められる可能性は低そうだ。

原子力規制委員会の定例会(7月31日)

敦賀2号機の審査は書類の不備などを受け、「例外的な進め方」(規制委の山中伸介委員長)となっている。23年4月には村松社長が規制委の会合に出席し、山中委員長から「これが最後のつもりで臨んでもらいたい」との厳しい指摘を受けた。事実上の「最後通牒」だ。その後、同年8月に補正書を再提出し、論点を原子炉建屋から約300mの距離にあるK断層の活動性と連続性に絞って8回の審査会合と2回の現地調査が行われた。

日本原電は26日の審査会合で追加調査や補正書の再申請などを検討していると表明し、こうした方針を規制委の会合の場で説明したいと求めていた。これを受け、31日の規制委では 委員から「昨年4月に社長を呼んで8月に補正書を提出した経緯がある。改めて社長と意見交換するのが妥当ではないか」などの意見が上がった。

だが、規制委はあくまでも昨年8月の補正書に基づいて判断する姿勢を崩していない。山中委員長は31日の記者会見で昨年4月の「最後通牒」について、「この考えを変えるつもりはない。基本的には補正書の再申請ではなく、昨年8月の補正書で判断をする」との従来の方針を繰り返した。また「再補正を行うなら、全く違う立論の方法を提案し、どれくらいの期間で実現するのか、という点について具体的に聞いてみたい」としたものの、「立論の方法や証拠の出し方を変更しなければ、審査チームの結論を覆すことはできない。それが短期間で出てくるとは思えない」との見方を示した。規制委は意見交換の後に事務方に審査書の作成を命じ、不許可処分を下すとみられる。

「悪魔の証明」求める規制を見つめ直す時

敦賀原発の敷地内は「地層が複雑で、変形などを調べようと思っても元の堆積構造がよくわからない」(規制委の石渡明委員)という。こうした中で、事業者がK断層の活動性を否定できなければ「活動性がある」とされ、原子炉建屋直下まで伸びていないと証明できなければ「連続性がある」とみなされる。そして原子炉建屋直下に活断層が存在すると判断され、新規制基準に適合できない。規制委の会合では、事務方がこうした理屈を淡々と説明する。

「悪魔の証明」を求められた事業者が不利益を被り、原発再稼働が進まない現状を放置してよいのだろうか。原発再稼働・新増設が国策である以上、新規制基準の在り方、審査の進め方、委員長を含めた委員人事、経済産業相への稼働命令権限の付与など、政治力を駆使した改革が求められている。

規制庁前で街宣する反原発団体

ちなみに31日の会合では、不適合という最終結論を「期待」していたとみられる傍聴者がちらほら。意見交換を行う方針が示されると「その必要なし」「往生際が悪い」などの声が漏れた。規制庁前では反原発団体が20人ほどで街宣を行っていたが、聴衆はいなかった。

【目安箱/7月31日】EVは日本のエネルギー需給構造を変えるのか


EVの発展を喜ぶ声が多い。そこで忘れがちなのが、EVが大量普及すると、エネルギー業界にさまざまな余波が来ることだ。電力需要を増やし、石油需要を減らす。その影響はまだ小さいが、そろそろ準備が必要になっている。エネルギー産業は設備が必要で、その設置にも廃止にも巨大な手間と費用がかかる。それがEVによってもたらされるかもしれない。

2022年ごろ、EV(電気自動車)が世界を席巻するという議論が世界に広がった。売れ行きが鈍化して、過剰な期待や評価はこのところ一服したが、それでもEVの先行きには楽観的な予想がある。

調査会社ブルームバーグNEFは「電気自動車の長期見通し」(要約版日本語訳)を6月に公表した。同リポートは毎年発表され、EVの将来について常に強気の見通しで知られる。

同リポートによれば、EVの拡大ペースは継続するという。40年には世界の自動車新車販売の73%に達する(23年には17.3%)と、同リポートは予想する。23年時点では世界のEVの販売台数は全車種で1500万台程度だが、27年に3000万台を超え、40年には同7300万台にまでの増加を見込む。(図)

◆E Vによる石油需要減、電力需要増が大きなものに

ところがエネルギーの観点から、同リポートを読むと、驚くことが書いてあった。

まずEVの普及による石油需要の減少の問題だ。25年には世界のEV乗用車、EVトラック、EVバスの普及台数が8300万台、電動二輪・三輪車が3億4000万台となる。今後3年間で、あらゆる種類のEVと燃料電池車によって置き換えられる石油需要は現在の2倍以上となり、27年までにはほぼ日量400万バレルに達すると予想する。これは22年の日本の石油消費量の日量をわずかに上回るほどの規模だ。

日本は世界の石油消費の1割弱前後を使う経済大国だ。石油の需要が10%減ったら、当然、価格の動向に影響を与えるだろう。

さらに全世界で自動車が完全に電動化した場合、米国の23年における電力消費量の2倍に相当する電気を消費することになる。50年までに自動車の完全電動化を達成した場合には約8兆3130億kW時の電力供給が必要となり、これは米国の23年における電力消費量の2倍、日本の5倍に相当する。

この予想の通りなら、日本を含めた全世界、特にEVの普及する先進国で、エネルギー産業の構造を作り直さなければならなくなる。

◆まだ小さい日本でのEVの影響

日本の新車販売は日本自動車連合会によると、23年に約472万台だ。そのうちEV台数4万4000台と1%弱だ。一方でHV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハイブリッド車)は約40%だ。いずれも電動モーターとガソリンエンジンの併用だ。トヨタ自動車をはじめ、日本の自動車メーカーはHVとPHVの技術を磨いてきた。

本格的なEVの時代は、日本に限って言うと、なかなか来なさそうだ。そしてこれまで育ててきた、EVとガソリン車の「いいとこ取り」を狙うHV車の技術を日本の自動車メーカーはすぐには捨てないだろう。

しかし、エネルギー業界としては新しい変数としてEVの存在を考え、未来に手を打つべき時かもしれない。電力会社はEVによる電力需要の増加を、石油会社はそれによる石油需要の減少を考えなければならない。

特に、電力も石油も、ビジネスのために設備が必要な産業だ。特に日本の発電施設の建設は、火力で数年、原子力で構想から数十年かかってきた。原子力は地元との調整の大変さで、日本ではもう新規の建設が難しい。現時点で発電能力をどうするか社会的に合意して準備をしても、それが形になるのはかなり先となる。EVによって電力不足が発生する可能性も否定できない。

日本でも、EVが手軽に購入できる環境になってきた

一方で、このリポートのような楽観論が外れて、EV需要がそれほど伸びない可能性も十分にある。準備が無駄になってしまうかもしれない。

◆エネルギー基本計画でEVは考えられなかった

2021年10月に決まった日本政府の「第6次エネルギー基本計画」では、EVの記述は約128ページの文書で、本文でわずか1カ所、注で1カ所、量にして文章1つにすぎなかった。EVの存在を政府は深く考えてこなかった。

この基本計画は今年7次として見直しの予定だ。その場合には、日本政府がどのようにEVに向き合うかの決断も必要になる。

日本の自動車メーカーでは、日産、そして三菱自動車が、EVへテコ入れをする姿勢を見せている。ただEVは中国勢が強い。その振興は、日本の自動車産業のライバルである中国勢を助けることになりかねない。

私の個人的意見を言うとEVの販売、走る数は増えると思うものの、ブルームバーグほどのスピードで増えるとは思えない。しかし未来像は完全には見通せない。これは多分、関係者誰もが同じと思う。難しい課題だが、柔軟性を持ったどのようにも動ける「決断」を、関係者は第7次エネルギー基本計画で行ってほしい。

そして日本政府がどのような計画を作ったとしても、電力業界、自動車業界、そしてその先にいる消費者が動かなければ、その計画は無駄になる。電力とEVの関係を巡る国民の合意づくりも、難しいが今度の計画作りで必要になろう。

【メディア論評/7月30日】霞が関人事に関する報道と解説~環境省編~


環境省の幹部人事(7月1日付)が経済産業省と同じく6月25日に発表された。

1.幹部人事の概要(抜粋)6月25日発表、7月1日付

事務次官 和田篤也(1988年技官):辞職 ← 鑓水洋(87年)総合環境政策統括官(財務省出身)

地球環境審議官 松澤裕(89年技官):留任

大臣官房長 上田康治(89年):留任

総合環境政策統括官 鑓水洋(87年):事務次官に ← 秦康之(90年技官)地球環境局長

地球環境局長 秦康之(90年技官):総合環境政策統括官に ← 土居健太郎(90年技官)水・大気環境局長

水・大気環境局長 土居健太郎(90年技官):地球環境局長に ← 松本啓朗(90年)関東地方環境事務所長(国交省出身)

環境再生・資源循環局長  前佛和秀(91年技官):国土交通省出向(国交省出身)← 白石隆夫(90年)自然環境局長(財務省出身)

自然環境局長 白石隆夫(90年):環境再生・資源循環局長に ← 植田明浩(89年技官)大臣官房地域脱炭素推進審議官

〈メディアの報道〉

◎日経新聞電子版6月25日付〈環境省事務次官に鑓水洋氏を発表〉〈環境省は25日、和田篤也事務次官が退任し、後任に財務省出身の鑓水洋総合環境政策統括官を充てるなどの幹部人事を発表した。事務次官級の松沢裕地球環境審議官は留任する。発令は7月1日付。……〉

◎電気新聞6月26日付〈環境事務次官に鑓水氏〉〈環境省は25日、和田篤也事務次官が退任し、後任に財務省出身の鑓水洋総合環境政策統括官を充てる人事を発表した。発令は7月1日付。和田氏は環境省の生え抜きで、事務次官に財務省出身者が就くのは2年ぶり。鑓水氏は、財務省理財局次長、国税庁次長を務めた。環境省では2021年7月、大臣官房長に就き、昨年から現職。後任の総合環境政策統括官には秦康之地球環境局長を起用する。地球環境局長には土居健太郎水・大気環境局長、水・大気環境局長には松本啓朗関東地方環境事務所長、自然環境局長には植田明浩大臣官房地域脱炭素推進審議官が就く。環境再生・資源循環局長には白石隆夫自然環境局長を充て、前佛和秀環境再生・資源循環局長は国土交通省大臣官房付となる。……〉

2.幹部人事の解説

(1)事務次官交替のポイント

今回の幹部人事では、和田篤也事務次官が勇退した過去、環境省の事務次官は、関荘一郎氏(1978年入省、2015年8月~16年7月)、小林正明氏(1979年入省、2016年7月~17年7月)、そして他省庁や永田町など幅広く知名度の高かった森本英香氏(1981年入省、2017年7月~19年7月)が2年、その後を鎌形浩史氏(1984年入省、2019年7月~20年7月)が1年と、近年は環境省プロパーが続いた。その後、中井徳太郎氏(1985年財務省入省、2020年7月~22年7月)が2年務めた。そして22年7月、環境省プロパーの和田篤也氏(1988年入省)が事務次官に就任した。同氏は88年入省だが、技官の修士卒であり、国家公務員ではそうした扱いにならないが、企業で言えば86年入社扱いと言えた。昨年、和田氏は1年で将来の事務次官含みで財務省より来ていた鑓水洋氏(87年入省)にバトンタッチすると思われていたが、鑓水氏はいくつかの理由により次官に就任せず、和田氏が結局留任することになった。環境省有力OBによれば、行政官トップの官房副長官が鑓水氏について、「官房長しか経験せずに次官に就任して、省内はついてくるのか」と疑問を呈したようだ。また、昨年5月頃に聞こえてきていた話では、財務省首脳経験者が親しいメディアのベテラン編集委員に、「昨年(2022年)12月に人事院事務総長、今年(23年)は復興庁事務次官、公正取引委員会事務総長のポストを取れそうだ。財務省が取りすぎと言われないように、環境省は1年先送り」と述べている。そうしたことで、和田氏は留任することとなり、鑓水氏は上田康治(1989年)氏とポジションを交替する形で、官房長から、かつて中井氏や和田氏も歴任した総合環境政策統括官に就任したそして今年は晴れて事務次官就任となった。地域脱炭素化とともに、環境省の重要なテーマであるネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーについて、財務省出身の新次官が予算税制の対応も含めて推進力を発揮できるか注目される。

(2)その先の事務次官、地球環境審議官は?

上述のように、和田氏が次官2年を務めたことから、鑓水氏の次の事務次官と言われる上田康治氏の就任はあるのかが来年以降の注目事項となる。昨年の6月のことになるが、環境省有力OBは、環境族議員の有力秘書から「上田の順番が飛ぶということはないのか」と質問を受けて、「それはないと思う」と答えているが、来年以降どうなるのだろうか。鑓水氏の後任の総合環境政策統括官には、秦康之(90年技官)地球環境局長が就任した。秦氏は、地球環境局総務課長、大臣官房総務課長時代、暴走気味の原田義昭大臣、小泉進次郎大臣の動きを、体を張って阻止した。幹部の配慮により1年間の福島環境事務所長への「疎開」(2021年7月~22年7月)を経たのち、水・大気環境局長、地球環境局長を歴任した。同氏は、和田次官から技官人事について後を託されており、和田次官の信頼が厚い。和田氏が退官するに当たり後事を託される形で、総合環境政策統括官に就任したといえよう。1990年入省組には、事務官に財務省出身の白石隆夫環境再生・資源循環局長、技官に上記の秦氏と土居健太郎地球環境局長がいる。この年次は財務省出身の白石氏はいずれ事務次官になると思われるが、さらに白石氏と連続する形で秦氏が事務次官になることはおかしくない。その場合、土居氏は地球環境審議官の候補になろう。近年は、鎌形氏→中井氏→和田氏→鑓水氏と、環境省プロパーと財務省出身者が交互に次官に就任している。そういう意味では、上田氏の次官就任がなくなると、上田氏→白石氏→秦氏という順番に影響を与えるかもしれない。なお、白石氏は今回、自然環境局長から環境再生・資源循環局長に就任した。環境省の現在の大きなテーマであるネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーを所管するポジションを歴任しているといえる。

(3)その他の留意すべき人事

※経産省出身の大臣官房審議官

経産省出身の飯田博文氏(93年)は、大臣官房会計課長を経て、環境再生・資源循環局等担当の大臣官房審議官から今年は総合環境政策統括官グループ・自然環境局等担当の大臣官房審議官に就任した。同氏は、経産省時代には個性の強い上司にも安定感をもって仕えてきた。以前に経産省出身で環境省に転籍して地球環境審議官まで歴任した近藤智洋氏のいわば後任として、こちらも幅広く業務経験をしているといえよう。

※原子力規制庁出向

福島健彦(93年技官)大臣官房総務課長が原子力規制委員会原子力規制庁長官官房審議官に就任した。環境省出身の原子力規制庁長官は、清水康弘氏(2015年7月~17年1月)以来、その後期待された出向者が帰任するなどで実現せず、警察庁や経産省出身者が長官を務めてきた。技官であり、他省庁や海外出向経験も豊富で安定感もある福島氏に清水氏以来の長官就任が期待される。

※環境保健部

鮎川智一(1995年)水・大気環境局総務課長が大臣官房環境保健部企画課長に就任した。水俣病患者との大臣懇談会でのスイッチオフ問題が批判を浴びたが、その後の対応につき、環境再生・資源循環局、水・大気環境局の総務課長などを経験し、実務交渉力に定評のある鮎川氏が対応することになる。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【論考/7月30日】石油供給過剰は問題なのか? IEA2030年見通しの誤導


本年6月、国際エネルギー機関(IEA)は2030年までの中期・世界石油需給見通しを発表した。世界石油需要が29年にピークを迎える一方で生産能力の増勢は強く、生産余力が顕著に積み上がって価格に下方圧力を加えていくとしている。主要メディアも、〈世界が余剰な石油で溢れかえる〉(ウォールストリートジャーナル紙)といった見出しで、これを報じた。しかし当レポートの指し示す含意を、そのように解釈するのは、誤っている。

需要は脱石油、生産力は増強:「すべて順調」の世界モデル

見通しの骨子は概ね次の通りである。

石油需要:バイオ燃料および天然ガス液(NGL)由来の燃料を含む広義の石油需要は、23年から29年までの6年間で日量320万バレル増え、年間平均・日量1億560万バレルに達したところで天井を打ち、30年には趨勢的減少へと反転し始める。表1に見るように、この需要の飽和・下方屈曲を主導するのはOECD諸国、なかんずく米国である。

電気自動車:米国を中心とする需要減退は、電気自動車(EV)の普及がけん引する。当レポートにEV普及見通しの付表はないが、本文の内容から、今年4月にIEAが発表したGlobal EV Outlook 2024で用いられた「公表政策(Stated Policies)シナリオ」に基づく、と考えられる。このシナリオでは、バイデン政権下に厳格化された排出規制に沿って、30年米国乗用車のEV比率を、新車販売で55%、保有台数で2割近くと想定する。当レポートでは30年までに北米のガソリン需要を2割弱・日量約200万バレルの減少(表2)と予測しており、当該EVシナリオに符合するだろう。

石油供給:石油生産に関しては、米国、中南米が増産を主導する。30年までの増産量は北米・中南米合わせて日量400万バレル弱(表3)。このうち米国のNGLが日量100万バレル弱を占め、中南米はブラジル、ガイアナ、およびアルゼンチンがけん引。ロシアは微減に止まる。OPECではサウジアラビア主導でNGLが日量100万バレル強の増産。これら非OPEC総生産量およびOPEC・NGLを世界総需要から差し引くと、その差分がOPEC原油生産量に相当し、日量150万バレル強の減少となる。

生産余力:OPEC原油生産量が減少に向かう中で、その生産能力は逆に日量150万バレル弱、増強される。主導するのはUAE(+日量80万バレル)、イラク(+日量60万バレル)、およびクウェート(+日量20万バレル)。サウジアラビアは原油では現有能力維持だが、コンデンセートを含むNGLは日量100万バレル弱の増強。結果、30年時点の世界原油生産余力は日量700万バレル弱。コロナ禍の20~21年を除けば最大規模となり、価格に下方圧力を掛ける。

【メディア論評/7月29日】霞が関人事に関する報道と解説~経産省編~


経済産業省および環境省の幹部人事(7月1日付)が6月25日に発表された。

1.経産省幹部人事の概要(抜粋)6月25日発表、7月1日付

事務次官 飯田祐二(1988年):留任                 

経済産業審議官 保坂伸(87年):辞職 ← 松尾剛彦(88年)通商政策局長

大臣官房長 藤木俊光(88年):経済産業政策局長に ← 片岡宏一郎(92年)福島復興推進グループ長 

総括審議官  南亮(90年):商務・サービス審議官に ←  成田達治(92年)内閣官房内閣審議官※成田氏は経済安全保障政策統括調整官を兼務

政策立案総括審議官 龍崎孝嗣(93年):脱炭素成長型経済構造移行推進審議官に ← 茂木正(92年技官)商務・サービス審議官※茂木氏は「首席国際博覧会統括調整官」を兼務

地域経済産業審議官(兼首席スタートアップ創出推進政策統括調整官) 吾郷進平(89年):辞職  同役職は廃止

技術総括・保安審議官 辻本圭介(92年技官):福島復興推進グループ長に ← 湯本啓市(93年技官)大臣官房原子力事故災害対処審議官※湯本氏は産業保安・安全グループ長」を兼務

福島原子力事故処理調整総括官 新居泰人(91年):留任※新たに「首席能登復興担当政策統括調整官」を兼務

福島復興推進グループ長 片岡宏一郎(92年):官房長に ← 辻本圭介(92年技官)技術総括・保安審議官

経済産業政策局長 山下隆一(89年):中小企業庁長官 ← 藤木俊光(88年)大臣官房長

通商政策局長 兼 首席ビジネス・人権政策統括調整官 松尾剛彦(88年):経済産業審議官に ← 荒井勝喜(91年)大臣官房審議官

貿易経済協力局長 兼 首席経済安全保障政策統括調整官 福永哲郎(91年):留任※貿易経済協力局は貿易経済安全保障局に改称

産業技術環境局長 畠山陽二郎(92年)資源エネルギー庁次長に ← 菊川人吾(94年):大臣官房審議官※イノベーション・環境局長として着任

脱炭素成長型経済構造移行推進審議官 兼 GXグループ長(新設) 龍崎孝嗣(93年)

製造産業局長 伊吹英明(91年):留任

商務情報政策局長   野原諭(91年):留任

商務・サービス審議官 兼 商務・サービスグループ長 茂木正(92年技官):政策立案総括審議官に ← 南亮(90年)総括審議官

特許庁長官 濱野幸一(89年):内閣府科学技術・イノベーション推進事務局長に ← 小野洋太(89年)日本政策金融公庫専務取締役

中小企業庁長官 須藤治(89年):辞職 ← 山下隆一(89年)経済産業政策局長

中小企業庁次長 飯田健太(92年):留任      

資源エネルギー庁長官 村瀬佳史(90年):留任

資源エネルギー庁次長 松山泰浩(92年):2025年日本国際博覧会協会事務局運営基盤調整統括室長に ← 畠山陽二郎(92年)産業技術環境局長 ※畠山氏は「首席最終処分政策統括調整官」、「首席エネルギー・地域政策統括調整官」に加えて「首席GX推進戦略統括調整官」を兼務

同庁省エネルギー・新エネルギー部長 井上博雄(94年):留任

同庁資源・燃料部長 定光裕樹(92年):日本政策金融公庫専務取締役に(6月24日付) ← 和久田肇(92年技官)エネ庁長官官房国際資源エネルギー戦略統括調整官

同庁電力・ガス事業部長 久米孝(94年):留任 

2.組織再編と幹部人事

◆組織再編

6月25日の閣議後記者会見で齋藤健経産相は組織見直しと人事に関してコメントした。昨年の組織見直しは、「エネルギーの安定供給とカーポンニュートラル実現の両立に向けて資源エネルギー庁の課室体制を見直し」するものだった。

※水素およびアンモニア政策の一体的な推進に向けた体制を整備…省エネルギー部・新エネルギー部に「水素・アンモニア課」を新設

※資源・燃料部を、カーボンニュートラル時代を見据えた体制に転換…GXを見据えた資源外交戦略を担う「国際資源戦略室」の新設。石油・天然ガス課を非化石燃料を含めた燃料の上流開発を推進する「資源開発課」に。石油精製備蓄課と石油流通課を統合、合成燃料やSAFなどのカーボンニュートラル燃料を含む燃料の供給体制を担う「燃料供給基盤整備課」に。鉱物資源課と石炭課を統合して「鉱物資源課」に。二酸化炭素の貯蔵やカーボンリサイクルの推進に取り組む「燃料環境適合利用推進課」の新設。また、その下にCCS(二酸化炭素の回収・貯留)の事業化や法制化に向けた政策を担う「CCS政策室」を新設。

これに対して今年の組織見直しは、経済安全保障、イノベーション、GXなどの重点施策の推進体制を強化」するものであった。昨年・今年と内外の激動する情勢への対応を図ったものといえよう。

◎組織再編に関する経産大臣のコメント(6月25日)

〈本日、経済産業省組織令などの一部を改正する政令を閣議決定しました。経済安全保障、イノベーション、GXなどの重点施策の推進体制を強化します。具体的には、貿易経済協力局を貿易経済安全保障局に産業技術環境局をイノベーション・環境局にそれぞれ改組するとともに、GXグループを新たに設置することとします。

(質問に答えて)諸外国がかつてない大胆な産業政策に舵を切っている状況の中で、それぞれの国の産業政策自体が国際競争の時代に入っているという認識を持っています。こうした中で、今回の機構改革は、まずGXや経済安全保障、それからイノベーションなど、近年重要性が増してきている新たな政策課題に組織のリソースを集中し、より腰を据えて取り組む体制を構築するものです。このため、先ほど申し上げた新たな3つの局を立ち上げるとともに、通商戦略課や宇宙産業課、文化創造産業課など8つの課を新設することとしています。…今回の組織改編は、局名を変更したことを含め、かなり大規模な改正になっており、おそらく省庁再編があった2001年1月以来のものだと考えています。〉

参考=組織見直しの経産省プレス(6月25日)

(1)対外経済政策と経済安全保障政策の推進体制の強化

通商戦略と経済協力施策の一体的な立案・実施経済安全保障の確保に関する取組強化のための体制を整備するため、・経済協力関係課を通商政策局に移設するとともに、通商機構部 を国際経済部に再編。また、通商戦略の企画立案に関する司令塔として通商戦略課を新設。・貿易経済協力局を貿易経済安全保障局に改称し、省内の経済安全保障施策の総合調整を担う経済安全保障政策課を新設――。

(2)イノベーション、GXの推進に向けた体制整備

イノベーション推進およびスタートアップ創出・育成の支援GX推進に係る政策的支援等の企画立案のための体制を整備するため、・産業技術環境局をイノベーション・環境局に改称するとともに、新たにイノベーション、スタートアップ支援を担う課を新設。・グループとして一体的に運用できるようGX関係課の所掌事務を再編――。                 

◎電気新聞6月26日付〈産業技術環境局 GX強化へ再編〉〈政府は25日、経済産業省の組織改正を閣議で決めた。産業技術環境局を再編し、GX関連の政策、企画立案を一手に担う。脱炭素成長型経済構造移行推進審議官を新たに配置する。同審議官は環境政策課などが入る新設のGXグループを率いて、GX投資の促進、脱炭素移行を推し進める。加えて、同局を「イノベーション・環境局」に改称してイノベーションとスタートアップ支援を担う課を新設する。いずれも7月1日付。新設の脱炭素成長型経済構造移行推進審議官には、龍崎孝嗣政策立案総括審議官が就く。龍崎氏はこれまで首席GX機構設立準備政策統括調整官も併任し、産業技術環境局とともにGX政策を立案してきた。イノベーション・環境局長には菊川人吾大臣官房審議官(経済産業政策局担当)が就く。……〉

◆幹部人事、いくつかのコメント

昨年の人事に関する報道では、〈経産次官は入省年次がナンバー2の経産審より1年若く「年次逆転」となる異例の人事〉(日経新聞 2023年6月28日)が話題としてとりあげられていた。この点について、省内では「今の時代に年次逆転はありうる話」と述べる人もいたことを、筆者は昨年の「メディア論評(1)霞が関人事に関する報道」で紹介した。今年については、事務次官人事がなかったこともあって、メディアも業界紙を除くと淡々と人事の結果を紹介する形が多かった。一方で、話題があまりなく原稿が短い中、不適切発言で首相補佐官を更迭された荒井勝喜氏の通商政策局長就任が取り上げられることとなった。

◎日経新聞電子版6月25日付〈経済産業審議官に松尾剛彦氏〉〈経済産業省は25日、保坂伸経済産業審議官の後任に松尾剛彦通商政策局長を充てるなどの幹部人事を発表した。飯田祐二事務次官、村瀬佳史資源エネルギー長官は留任する。7月1日付で発令する。通商政策局長に荒井勝喜官房審議官をあてる。荒井氏は首相秘書官を務めていた 23年2月、同性婚を巡る差別発言で更迭されていた。〉                                                    

齊藤経産相は6月25日の記者会見で、局長クラスの人事について次のように述べた。昨年の西村経産相(当時)もそうであったが、局長世代の顔が見えている。齊藤大臣(1983年入省)らしさも出ていたといえよう。なお、今年の霞が関人事は、基本的に事務方の案が通っていると言われる。

◎幹部人事に関する経産大臣のコメント(6月25日)

〈本日、経済産業省幹部の人事異動について、閣議で承認されました。発令は7月1日となります。日本の経済社会構造の転換が求められる中、経済産業政策の新機軸の推進エネルギー基本計画の改定半導体戦略を始めとする経済安全保障の確立大阪・関西万博の開催準備などに万全を期す、そして継続性を確保しつつ、重点施策を着実に推進していくことが必要です。このため、飯田事務次官、村瀬資源エネルギー庁長官など、多くの幹部を留任させます。また、松尾通商政策局長を経済産業審議官に、中小企業の成長支援などがマクロ経済政策、産業政策として極めて重要となる局面であることを踏まえ、山下経済産業政策局長を中小企業庁長官に登用します。新設する貿易経済安全保障局長には福永貿易経済協力局長を、イノベーション・環境局長には菊川大臣官房審議官を、大臣官房脱炭素成長型経済構造移行推進審議官には龍崎政策立案総括審議官を、それぞれ登用します。省外で活躍してきた日本政策金融公庫の小野専務取締役を特許庁長官に、佐合取締役を関東経済産業局長に、成田内閣官房内閣審議官を大臣官房総括審議官に それぞれ登用するとともに、博覧会協会の体制を強化するために、松山資源エネルギー庁次長を同協会に派遣します。…これからも年次や職種にとらわれない適材適所の人事を行ってまいります。最後になりますが、今回勇退することになる保坂経済産業審議官、須藤中小企業庁長官、吾郷首席スタートアップ創出推進政策統括調整官には、長年にわたる公務への多大な貢献に感謝申し上げます。保坂氏も須藤氏も吾郷氏も、かつて私が若い頃、通産省勤務時代に一緒に仕事をした人たちであります。私は23年勤務して、46歳の時に退職しましたが、おそらくこの3人には万感の思いがあると思います。…〉

【目安箱/7月28日】日本原電は行政訴訟を! 原子力規制政策はこれでいいのか?


原子力規制委員会の審査チームは7月26日の会合で、日本原子力発電の敦賀2号機(福井県)の直下の断層が活断層であることを「否定しきれない」との判断を示した。この曖昧な表現で、原発に対する新規制基準に適合していないとされた。31日の規制委定例会に報告される。この判断が規制委の審議で追認されると、日本の原発で、事後的に運転が停止される、初めての不合格例となってしまう。日本原電は詳細な地質調査を通じて活断層ではないことの立証に努めており、追加調査の継続や審査の再申請を強く希望している。規制委は議論の継続を認めるべきだ。

日本原電敦賀2号機の活断層をめぐる審査は12年という異様な長期になっている(2014年の地質調査)

「悪魔の証明」の強要

これまで、エネルギーフォーラムなどの報道で指摘されたように、この審査は長期化、しかも議論の組み立てが異様だった。敷地内の断層を「活動性を否定することは困難である」として、そこから派生する断層が「連続する可能性が否定できない」との判定を下した。この論法は一種の「悪魔の証明」で日本原電側は、完璧な立証が難しい。

一行政機関が、民間企業の財産である、原子力発電所の活動を止めてしまう。これは財産権、経済活動の自由の侵害である。

こればかりではない。東日本大震災後に再稼働できた原発は12基に過ぎない。14基の原子力発電所が止まり、建設中の原発、大間と東通の原発の建設も進まない。行政手続法での審査期間は2年間であるのに、規制委は2012年の新規制基準の施工から12年も審査をしているプラントだらけだ。これはおかしい。

ここで日本原電は、政府を訴えること、そして政治判断を求めることをしてほしい。

行政訴訟しか、救済の方法が他にない

規制委員会による判断で、「廃炉」となる道筋は法律上決まっていない。規制委員会は、独立性を保つと言っても、好き勝手ができるわけがない。私は法律の素人だが、規制委員会・規制庁の行動には、さまざまな問題があると考えている。

その審査による日本原電、電力業界、経済損失、一般消費者への損失は計り知れない。仮に116万k Wの敦賀2号機が80%の稼働率で換算すれば、発電単価を10円=1k Whとして、年間860億円の価値を生み出せる。代替のLNG火力の燃料費削減効果は、100万k Wの原発1基で年間1000億円程度になる。

1800億円以上のコスト負担を、敦賀2号機をめぐる審査で、原子力規制委員会は国民に課している。他の長期停止した原発もそうだ。そして規制委の行動はかなり法的な不備がある。裁判では、そのおかしさとその是正を、かなり主張できるだろう。

私はアメリカの行政問題をいくつか調べたことがある。米原子力委員会(NRC)は、下部機関の原子力規制庁と各電力会社の規制が問題になっている場合に、裁定を下す機関だ。そのために原子力問題では、それほど行政訴訟は起きていない。しかし、税、通信、航空などでは、事業者と行政機関が頻繁に裁判を行っている。これは訴訟を当たり前とするアメリカの国情も反映している。しかし行政の行為を止めるのは、当然ながら司法なのだ。

日本では、企業が国を訴えることは稀だ。しかし他に手段がなければ、日本原電が敦賀2号機の問題で裁判をすることは一つの手であろう。

政治の介入をなぜしないのか

またこのおかしな判定で、政治の救済を日本原電は行うべきだし、政治もそれに応じるべきだ。岸田文雄首相が「首相案件」として介入しても良いほど、重要な問題だ。

政治家は原子力規制の問題から逃げている。批判が怖いのだろう。原子力規制制度は民主党政権の時につくられ、多くの問題があるのに、なかなか自民党政権、そして経産省は見直さない。この活断層騒動も、断層の規定を作り変えるだけで終わる話だ。今の12〜13万年前の活断層を、1万年程度にしたとしても、地震の予測はできないために、リスクは大きく変わらないという専門家もいた。

このようなおかしな規制政策を続けさせてはいけない。電力業界、日本原子力発電は、原子力の未来のために、過剰でおかしな規制を是正させてほしい。その背景には一連の原子力規制によって、安く、豊富な電気を使えなくなって、損を被った消費者がいる。政治家は、この現実を前に、原子力規制に対して、介入をして是正を図るべきだ。

そして、この敦賀2号機の異様な議論を前に、原子力規制のあり方そのものも議論し、改革をするべきであろう。

【記者通信/7月28日】五井火力新1号機が8月運開 予定早め需要増に対応


JERAは7月26日、リプレース工事を進めていた五井火力発電所新1号機(千葉県市原市、LNG燃料、出力約78万kW)が8月1日に営業運転を開始すると発表した。猛暑に伴う電力需要の高まりを受けて、当初の予定から1カ月前倒しして運用を始める。2025年3月までに残りの新2、3号機(LNG、各約78万kW)も稼働させ、計3基体制で電力の安定供給に貢献していく。

新設された五井火力発電所1~3号機(手前が1号機)

同社はこの日、五井火力新1号機を報道陣に公開した。五井火力の建て替えや運転などを担う五井ユナイテッドジェネレーション(GIUG)の佐藤正高社長は「8月も電力需給がひっ迫しそうだ。前倒しで運転を始め、電力需要が拡大する夏に対応していく」と運開時期を早めた理由について説明した。

報道陣の取材に応じる五井ユナイテッドジェネレーションの佐藤正高社長

新しく導入した設備には、燃焼温度1650℃の高効率ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた最新鋭のGTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)方式を採用。発電効率は世界最高水準の約64%と建て替え前に比べ20%ほど向上した。水素混焼については、3基とも対応可能な設備を備えているものの、現時点で実施する予定はないという。

同発電所は計6基の旧LNG火力が運転開始から40年以上経過し、設備の老朽化が進んだことから18年にリプレース工事が行われた。JERAとENEOS、九州電力から出資を受けたGIUGを主体に工事は進んだ。

2号機は今年11月、3号機は25年3月に営業運転を開始する予定だ。3基全て稼働すると合計出力は約234万kWとなり、建て替え前の合計出力約189万kWから大幅に増加する。年間のCO2排出量は建て替え前の合計排出量約16%に当たる110万tほどを抑えることが可能だ。

【記者通信/7月26日】サーキットが「走る実験室」 次世代燃料を磨く熱い舞台に


憧れのレーシングカーが順位や技術を競うモータースポーツ。その舞台が、カーボンニュートラル(CN)の実現に向けた次世代燃料を試す「走る実験室」として注目を集めている。自動車業界が有望視するCN燃料の一つが、二酸化炭素(CO2)を回収して製造する人工燃料「合成燃料」で、合成燃料を自動車レースで検証する実験が進んでいる。脱炭素化の潮流が押し寄せる中、CN燃料を巡る「もう一つの戦い」のボルテージも高まりそうだ。

合成燃料を充填するレース車両(提供=マツダ)

合成燃料は、CO2と水素を合成してつくる燃料。原料の一つは発電所や工場などから排出されるCO2で、将来的には大気中からCO2を直接回収する技術「DAC」の活用が見込まれている。もう一つの原料として想定されているのが、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」だ。ガソリンの成分に近い液体の合成燃料はエネルギー密度が高いことも特徴で、ガソリンスタンドなどの既存インフラを生かすことができる。

「スーパー耐久」に合成燃料で参戦

こうしたCN燃料を車両に導入する動きは、すでにモータースポーツの分野で活発化。世界各国の公道が戦いの舞台となる「世界ラリー選手権(WRC)」では、22年シーズンから合成燃料とバイオ燃料を混合した再生可能燃料の使用を始めた。国内に目を向けると、市販車に近い車両で競う「スーパー耐久シリーズ」もCN燃料の有効性を実証する場となっている。

CN社会に役立つ技術の可能性を追求する一社がマツダ。その一環で同社は2023年7月にオートポリスサーキット(大分県日田市)で行われたスーパー耐久の第4戦に合成燃料で参戦し、完走を果たした。その後も同社は、合成燃料の検証などを重ねている。また、世界最高峰のレースで知られるF1でも、CN燃料の導入を視野に入れた開発が進んでいる。こうした取り組みが広がれば、市販車の開発に役立つ技術の進化への期待感も高まりそうだ。

サーキット運営企業も環境対応に意欲

一方、市販車を改造したレーシングカーで争う「スーパーGT」を運営するGTアソシエイション(東京都品川区)は、参戦メーカーなどと歩調を合わせて「環境対応ロードマップ」を策定し、30年までにシリーズ全体のCO2排出量を半減することを目指すプロジェクトを始動させた。将来的には、国産の合成燃料をレースに採用することを目指す。レース観戦の醍醐味は、何と言っても場内に響き渡るエンジン音を全身で感じとれることだ。同社には、ファンを魅了する「音の出るエンジン」を残したいという思いもある。

合成燃料を巡っては、政府が官民一体で導入促進に向けた協議を重ね、30年代前半までに商用化を目指す方針を打ち出した。自動車用途はその一つで、モータースポーツはCN燃料の存在を社会に認知させる入り口となる。社会実装に向けては石油元売り大手などの関係事業者が連携し、サプライチェーン(供給網)の構築に向けた検討にも乗り出している。

【論考/7月22日】「もしトラ」でどうなる!? 変貌する米国のエネ政策


6月26日のテレビ討論会でバイデン大統領の高齢に伴う能力低下が露呈して以来、11月5日に実施予定の米国大統領選は共和党・トランプ前大統領側の優勢で進んでいる。7月13日のトランプ暗殺未遂事件は共和党をさらに団結させ、迷走する民主党の気勢を削いでいる。そして21日にはバイデン大統領が大統領選挙から撤退する意向を表明し、ハリス副大統領を民主党の大統領選候補として支持すると述べた。

トランプ氏銃撃後の7月16日に行われた世論調査結果を伝えるメディア

もしトランプ氏再選となった場合、米国の石油・エネルギー政策は大きく変わるだろう。

15日の共和党全国大会で採択された政策綱領では、国内資源の最大限の活用をうたい、石油・天然ガスをはじめ世界のエネルギー生産で「支配的優位」を目指す。これはインフレ対策の筆頭にも挙げられており、豊富・廉価のエネルギー安定供給を優先し、民主党政権の進めた脱炭素化政策を中止。中国車の浸透から米・自動車産業を守る点からも、電気自動車普及策を取り消す、としている。

「脱炭素化規制からの解放」 国際供給秩序のかく乱要因も

当綱領は短い骨子の列挙に止まるが、これと概ね一対を為すと目されているのが、ヘリテージ財団「プロジェクト2025」がまとめた総合的な政策集である。

その中では、例えば、運輸省による自動車燃費規制は内燃機関で対応可能な範囲に大幅緩和。環境保護局による二酸化炭素排出規制も、これに適合させる。さらにカリフォルニア州(加州)に認められる独自の排出規制強化に関しては、温暖化対策への拡大適用を不可とし、同州での内燃機関自動車の販売禁止に向けた脱炭素化規制を、無効化する。そのほか、資源・エネルギーの国内供給及び輸出、さらには対外援助政策に於いても、脱炭素化に伴う各種制約の全面撤廃が示されている。

即ち「脱炭素化規制からの解放」を目指す一連の施策が、迅速且つ広範に実施される、と見るべきだろう。政権党が交替する度にエネルギー政策が反転する今日の米国だが、特に最高裁で加州の権限剥奪が確定する場合には、加州主導による脱炭素化という従来の展開はそこで行き詰まる。ちなみに、副大統領候補バンス上院議員の選出州・オハイオを含むアパラチア地域は、全米最大級の産ガス・産炭地帯でもある。

外交・安全保障面では、中国を第一の脅威とする構えが鮮明化しよう。一方、ウクライナ支援では欧州に大幅な負担増を要求。中東では全面的にイスラエル側に立ち、サウジアラビアほかの湾岸諸国を含めた反イラン勢力の結集を図る。この実利本位、自国中心主義、イデオロギーの混在した取り組みは、おそらくは随所で一貫性と現実性を欠き、各地域の秩序を攪乱するだろう。

要言すれば、米国資源の活用は分断の時代への一つの応答だが、国際供給秩序への視点を欠けば、むしろかく乱要因と化し得る。この不安定性が、トランプ氏再選の場合のエネルギー政策を特徴付けるだろう。

石油アナリスト 小山正篤

【記者通信/7月9日】安定供給の頼みの綱 火力現場が直面する課題とは


再生可能エネルギーの導入拡大や原子力再稼働が進む中、調整力として火力発電所に求められる役割はミドル電源へと変化している。また、7月に入ると連日の猛暑に見舞われ、8日には東京電力パワーグリッド管内の予備率が低い見通しとなり、火力の焚き増しなどで対応した。調整力の面でも供給力の面でも、火力はやはり安定供給の頼みの綱ではあるが、その現場ではさまざまな課題に直面している。

LNG火力はもとより、本来の設計思想はベースロードの石炭火力も、ミドル電源的な運用はもはや当たり前となっている。そのために以前から現場では石炭ミルの稼働数を減らすなどの部分負荷に応じた運用上の対応を取ってきたが、さらに最近ではプラントごとに設計時に定められた最低負荷を更に引き下げたり、1週間単位で停止したりといった試みも行われている。
国内で数多くの石炭火力発電所を有する電源開発(Jパワー)の場合、最近は低需要期に昼間の発電量が低下傾向にあり、特に西日本側でその傾向が目立つ。このため、運用面でさまざまな工夫を取り入れている。

具体的にはどのような対応かというと、まずは最低負荷の引き下げだ。発電コストが卸電力市場の市況を上回る際、例えば設計上の最低負荷から昼間はさらに1~2万kWほど出力を下げる。そして夕方~夜間の需要増に合わせ負荷を上げている。最低負荷の引き下げに当たっては、機器や環境(SOxやNOxなど)への影響を試験によって確認した上で行うようにしている。

ただ、石炭火力は短時間での頻繁な出力の上げ下げは困難だ。そこで、定期点検などとは別に、収益性を確保するべく、需要や市況予測を基に1週間単位で停止する対応も行っている。現在の運用方針について、川端泰治・火力戦略室長は「頻繁に増減負荷を行う運用が常態化しており、こうした運用の変化に伴い、これまでにない機器への影響が出てくる可能性もあるため、定期点検などで注意深くみていく」と説明する。

運用方針の変化に伴い、設備改修のために大規模投資できれば話は早い。しかし、2050年カーボンニュートラルで石炭火力の活用について不透明感がぬぐえない中、現状はそうした地合いではなく、運用面で対応している状況だ。最低負荷の引き下げなどの運用性向上に向けた対応で、運転員の操作・監視に関する負担は増える方向にある。地道な取り組みだが、今後も引き続き実施していくという。

さらに川端氏は、「効率的かつ経済的に負荷追従の機能を持たせないといけない。その点、大崎クールジェンなどのIGCC(石炭ガス化複合発電)ではLNG火力並みの追従性を確認しており、その後の水素専焼発電にもつながる。こうした機能が今後求められるのではないかと考えているところだ」とも強調する。

進む非効率石炭フェードアウト 供給力への影響は否めず

また同社は、5月上旬に発表した新たな中期経営計画(24~26年度)で、国内火力のトランジションに向けて地点ごとの方針を示している。USC(超々臨界圧)の設備(磯子新1、2号機、竹原新1号、橘湾1、2号、松浦2号、松島2号、石川石炭火力1、2号)などは地点の特性を踏まえそれぞれトランジションを図り、このほか新規地点も検討する構えだ。、その一方で政府方針に沿い、運開が1990年の松浦1号以前のプラントはフェードアウトし、高砂1、2号は廃止。竹原3号と松浦1号は休廃止もしくは予備電源化を予定する。

地点ごとに意思決定したわけではないが、新中計を踏まえれば電力販売量はおのずと縮小傾向となる。さらに火力の調整力の役割が重みを増す中、設備の規模よりも機動性を重視するようになる可能性がある。設備の高機能化は進むとはいえ、供給力への影響も気になるところだ。

大谷明徳・経営企画室長は「調整力としては、個別相対取引に加え、需給調整市場が発展・成熟し、その価値が適正に評価されることを期待する。また供給力としても、日本全体で脱炭素技術が普及するまでの間、LNG火力だけでなく石炭火力の両方を持っておく必要がある中で、予備電源制度が有効に機能してほしい」と求める。さらに、トランジションに関する投資回収の予見性を高め、インセンティブになり得るとして、「相応の価格のカーボンプライシングが必要」とも続ける。

DXやGXに伴い今後電力需要が爆増する可能性が示唆される中、火力はますます重要な役割を担うようになる。政府は非効率石炭火力のフェードアウトで規制的措置を打ち出した際、「過度な退出につながらないよう」としていたが、具体策はないまま。その課題への対応は、もう先延ばしにはできない。

【記者通信/7月8日】猛暑で早くも電力ひっ迫 東京・関西が中部から融通


梅雨明けを思わせるような猛暑が続く中、夏本番を前に早くも電力需給がひっ迫している。7月5日、関西電力送配電が午後4時半~7時に最大138万㎾の電力融通を全国の送配電5事業者から受けたのに続き、8日午前には東京電力パワーグリッドが中部電力パワーグリッドから最大20万kW、午後6時半~7時には関電送配電が同じく中電PGから最大36万kW、それぞれ電力融通を受けた。

灼熱の夏を和らげる屋外ミストで涼む人々(東京・銀座)

東電PGのケースを見ると、午前6時頃の時点で、広域ブロックの需要ピーク時を午後2時台と予測し、予備率で安定供給に必要とされる3%を下回る2%を見込んでいた。このため、電力広域的運営推進機関(広域機関)を経由して、午前9時に中電PGへ最大20万kwの電力融通を依頼した。東電が他社から電力融通を受けるのは、東北電力と中部電力から最大72.38万kWを受電した2022年8月以来で約2年ぶり。

また東電PGでは、相対契約を通じ小売事業者から供給力を提供してもらう「発動指令電源」や、火力発電所の増出力運転などを要請。これを受け、JERAでは広野火力6号機や常陸那珂火力1、2号機など8基の火力発電所で計37.58万kwの増出力運転のほか、停止中の袖ケ浦火力2、3号機の稼働なども行った。これらの措置により、需要ピークの午後3~4時に計5923万kwの供給力を確保。予想最大電力に対する予備率を10%まで引き上げ、需給ひっ迫状況を乗り切った。

こうした中、電力価格にも異変が。8日のインバランス料金単価は午前9時台で194.11円と上限単価の200円に迫った。電力小売事業者の想定を大きく上回る供給量が発生した結果とみられ、今回の猛暑は新電力の収支にも影響を及ぼしそうだ。