9月末に期限を迎える燃料油価格、電気・都市ガス料金の価格抑制策(激変緩和措置)が、年末まで延長の方向となった。メディアが報じるように、〈岸田文雄首相が自民党に価格抑制策の検討を指示して1週間あまり、・・・・・・政府はスピード決断した。〉(毎日新聞8月31日付)というわけだ。1年前の激変緩和措置の導入時と比べて、今回の延長を巡る政治判断はどうだったのか。メディア報道をベースに検証する。
〈岸田首相は8月22日、ガソリン価格が翌23日にも史上最高値を更新する可能性が生じたことを受け、自民党の萩生田光一政調会長を首相官邸に呼び、与党内で月内に対策案を講じるよう指示した。その後、記者団に「燃料油価格対策に緊急に取り組む必要があると判断した」と述べた。・・・・・・首相周辺は“首相の意向が大きかった”と指摘する。30日の延長表明も、自民、公明両党から補助の継続を求める提言を手渡された直後だった。提言を受けた当日に政府方針を打ち出すのは異例だ。〉(毎日新聞8月31日付)
上記にあるように、8月30日、自民党、公明党の政務調査会がそれぞれ燃料油、電気・都市ガス料金の価格対策に向けた緊急提言を提出した。
◎自民党政務調査会「燃料油価格対策の策定に向けた緊急提言」。
〈・・・・・長期化するウクライナ情勢に加え、本年夏からの産油国の自主減産、為替動向等も相まって、足元のガソリンの全国平均小売価格は過去最高の185円を超える見込みとなり、国民生活・経済活動へのより一層の悪影響が懸念される。このような状況を踏まえ、政府に対し、激変緩和のための更なる対策を講じるよう、以下の通り緊急提言する。・・・・・・〉
〈本年9月までとなっている激変緩和措置を年末まで延長するとともに、補助率等の見直しにより、ガソリン価格が現在の水準から国民が負担減の効果を実感できる水準となるよう必要な措置を講じる。また、その後も、原油価格の動向等も踏まえ、機動的な対応を行う。〉
〈軽油、灯油、重油、航空機燃料について、これまで同様、ガソリンと同等の支援対象として措置を講ずる。〉
〈なお、岸田総理が表明された物価高に対応する経済対策においては、エネルギーを巡る情勢を踏まえつつ、家計や価格転嫁の困難な企業等の負担が過重なものとならないよう、必要な措置をとること。また、経済対策が実施されるまでの間、電気・都市ガス料金の激変緩和措置についても、9月末まで行うこととしている支援を継続すること。〉
◎公明党政務調査会「燃料油及び電気・ガス負担軽減策の緊急提言」。
〈・・・・・・食料品など生活必需品の値上げも相次いでいる中、エネルギー関連の支出は相変わらず家計に重い負担感を与え続けている。 とりわけ、中小企業においては、10月の最低賃金引上げや、来春の賃上げに向けた原資確保等にも頭を悩ませているのが実状である。公明党は、国民生活の現場から寄せられた悲痛な声を受けて、燃料油価格や電気・ガス代を中心に、下記の通り緊急措置すべき追加対策をとりまとめた。・・・・・・〉
〈高騰が続いている足元の原油価格の動向を踏まえ、9月末までとなっている燃料油価格激変緩和対策事業について、年末まで延長するとともに、消費者や事業者が負担減の効果を実感できる水準となるよう、補助額等を見直すなど、必要な措置を講じること。なお、軽油、灯油、重油、航空機燃料、タクシー事業者用のLPガスについてもこれまで同様、支援の対象とすること。また、今後とも、エネルギー価格の動向等を見極めながら、必要に応じて機動的な対策を実行すること。〉
〈今後のエネルギー価格の動向を見極めた上で、9月使用分までとなっている電気・都市ガス料金の負担軽減策の延長も含め、機動的速やかに追加の対策を講じること。その際、電気・都市ガス料金の負担軽減策が必ずしも行き届いていない地域や中小企業などの事情を踏まえ、LPガスを利用されている方の負担を軽減するためLPガスの小売価格の調査公表を続け、小売価格低減に資する支援策の継続を検討すること。〉
■延長を巡る全国各紙の記事見出しはこうなった
8月30、31両日の全国各紙の記事もこうした流れを受けた内容となっている。内容が想起できるので、見出しを紹介する。
朝日新聞8月30日付 〈やめられぬ「激変緩和」〉〈ガソリン補助延長1週間で決着〉〈支持率下落 与党から圧力〉〈1リットル170円台まで抑制案〉〈「この数年は打撃」 消費者歓迎〉〈「市場原理ゆがめる」識者警鐘〉〈電気・ガス補助延長へ 政府・与党調整、年末まで〉
産経新聞8月30日付〈ガソリン補助「緊急的に」〉〈首相表明 自民、年内延長を了承〉〈解散布石 視線は補正〉〈支持率続落警戒 家計へ支援策〉。8月31日付〈ガソリン最高値 185円60銭 15年ぶり更新〉〈来月7日から新支援策」〉〈遠のく「出口」 脱炭素に逆行〉
読売新聞8月31日付〈首相、補助延長表明〉〈ガソリン175円に抑制 185.6円最高値」 。8月30日付〈電気・ガス負担減 継続へ 政府・与党調整 9月分までを延長へ〉
毎日新聞8月31日付〈ガソリン補助継続・拡充 増す負担感 スピード決断〉〈「脱炭素に逆行」批判も」〈政権浮揚「劇薬」頼み〉。8月30日付〈電気・ガス代 緩和延長 10月以降も 政府調整〉
こうした動きは、当然、政権支持率低下と結び付けられて語られる。それは、もちろんだが、筆者はかつて岸田首相を長く見てきた岸田派のベテラン秘書が、「岸田さんは“こ”」の人。“個の人”であり“孤の人”でもある。最後は自分で決める人。」と述べていたのを思い出す
■今回の措置延長に見る政策・議論の変容ぶり
朝日新聞8月30日付は、ほんの1カ月前、経済財政諮問会議での議論からの変わりぶりを指摘した。〈・・・・・・政府が7月に開いた経済財政諮問会議では、経団連の十倉雅和会長・・・・・・ら民間議員4人が補助金を段階的に縮小・廃止するよう提案。賃上げや輸入物価が下落傾向にあることを理由に、低所得者らに対象を絞るべきだとした。〉
◎経済財政諮問会議(7月20日)<有識者提出資料>
〈・・・・・・今後、春季労使交渉の結果が各企業の賃上げに反映されるとともに、輸入物価の下落等を背景に物価上昇はプラス幅が縮小し、実質賃金はプラスとなることが期待される。今後は、経済・物価動向を見極めつつ、激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき。・・・・・・〉
昨年秋、ガソリン価格に続き、電気・都市ガス料金の激変緩和が議論の俎上にあがった。この時、官邸は当初電気のみのイメージであり、電気・ガスのセットを主張する公明党とうまく擦り合わなかった。公明党幹部は後日、筆者に、「公明党は当初から電気・ガスとセットで言ってきた。生活者からみれば電気・ガスはセットのものだ」と振り返っていた。今回の「スピード決定」では、既にあるものとしてセットで議論された。昨年の電気・ガス料金激変緩和に関する議論の経緯を振り返る。
9月28日 公明党が総合経済対策に盛り込むべき柱に関する提言。電気・ガス料金高騰対策求める。
10月3日 岸田首相の所信表明演説。「これから来年春にかけての大きな課題は、急激な値上がりのリスクがある電力料金です。家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じます」
10月4日 政府与党連絡会で公明党の山口那津男代表が発言。「総合経済対策については、更なる高騰が懸念される電気・ガス料金への対応や円安のメリットを活かした取り組みを急ぐなど、国民負担の軽減を図る切れ目のない対策を迅速に講ずることが重要」
10月5日 自民党経産部会。複数議員からガス料金の対策を行うよう発言。
10月6日 臨時国会で世耕弘成参議院幹事長が代表質問。「経済対策は、大胆な対策が必要。家庭用・中小事業者のエネルギー負担の軽減については、電気・ガスの高騰に対する措置を講ずるべき」→岸田首相の回答ではガスについての言及なし。
10月7日 臨時国会代表質問で山口公明党代表。電力・ガス料金・食料品の高騰対策について質問。→岸田総理の回答抜粋。「電気・ガス料金・食料品価格については家計の負担軽減のため、先月には追加策をとりまとめ、電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金の創設や、特に家計への影響が大きい低所得世帯向け給付金の創設など、緊急の支援策を講じた。これに加え、電力料金の急激な値上がりリスクに対応すべく、家計・企業の電力料金の負担増加を直接的に緩和する前例のない思い切った策を講じ、まずは全ての家計・企業が直面する電力高騰対策に全力を挙げる。ガスについては、ほとんどが長期契約で調達され、比較的調達価格の安定性が高いこと、ガスには電気におけるFIT制度などの賦課金制度がないこと、諸般の事情を総合的に勘案し、今後の家計・企業の負担状況を見ながら、対応してまいる」
10月14日 自民党経産部会「総合経済対策における重点事項(案)」。〈・・・・・・燃料油の高騰対策に加え、社会全体が影響を受ける電力料金負担の増加を直接的に緩和する思い切った対策を行う。電気と同様に社会経済活動の基盤となるガスについても、ガスの特性も踏まえつつ、ガス料金の高騰に対する対策を講じるなど、電気とのバランスを踏まえた対応を進める。・・・・・・〉
10月15日 公明党の山口代表が、ある会合で言及。「私は(岸田文雄首相の所信表明演説に対する)代表質問のなかで、電気代のみならず、ガス代についても負担軽減策をとるべきだと質問した。返ってきた答弁のなかでは、電気代については決意が述べられていたが、ガス代については触れられていなかった。そこで10月11日、党首懇談の機会があったので、『電気代は焦眉の急であるが、ガス代も併せてやらないと公平性が保たれない。ぜひこれも含めて対策をとってください』と訴えた。岸田首相に『そうですね』と受けてもらい、昨日、党首会談が行われ、電気代に加えてガス代についても対策をとることで合意した」(←与党合意)。
10月21日 電気事業連合会の池辺和弘会長が定例会見でコメント。「ガスだけで生活している人は少ない。電気だけ(支援する)というのは筋が通る」(電気新聞10月24日付)
10月26日 自民党政調全体会議「新たな総合経済対策(案)」。〈・・・・・・都市ガスについては、値上がりの動向、事業構造などを踏まえ、電気とのバランスを勘案した適切な措置を講ずる。具体的には、家庭及び企業に対して、都市ガス料金の上昇による負担の増加に対応する額を支援する。LPガスについては、価格上昇抑制に資する配送合理化等の措置を講ずる。・・・・・・〉
こうして経緯を振り返ると、激変緩和措置延長を巡って公明党が果たした役割の大きさが改めて垣間見えてくる。
<下>に続く。
ジャーナリスト 阿々渡細門