【論考/7月13日】サウジアラビア「悪玉」論の的外れ


2012年初から5年半の間、サウジアラビア・ダーランにてサウジアラビア国営石油会社サウジアラムコに勤めたことがある。家族を米・マサチューセッツ州に残しての「出稼ぎ」で、一外国人スタッフとして本社・経営計画部門で働いた。

会社の短・長期経営計画の前提となる世界石油需給見通しを策定するチームに入り、もっぱら石油需要動向の分析・予測を担当。日本国籍保有者でサウジアラムコ本体の社員になったのは初めてだと言われ、調子に乗ってしばらくは「わが社で最優秀の日本人」を自称していた(その後、日本人社員が数人加わり、あっさり首位陥落となった)。総じて若いサウジ人エリート達を、各国から馳せ参じた外国人スタッフが補佐し、仕事は全て英語で行う(だからアラビア語を全く解さない私のような人間でも十分働ける)。小さなチームだったが、スタッフの国籍・出身地は米、英、伊、ノルウェー、エジプト、バングラデシュ、マレーシア、フィリピン、ベネズエラ、タジクスタンなど多彩だった。

視点は常に世界全体の石油需給動向に

アラムコは東京の他にも、北京、シンガポール、ロンドン、ワシントンDCなどに現地法人を置き、有能な人材を抱える。特に北京事務所の中国分析の能力の高さに、何度も舌を巻く思いがした。欧米の民間調査会社や金融機関からのレポートは随時入り、幹部級のアナリストやメジャー各社のエコノミスト達が次々にダーランを訪ねてきた。

サウジアラムコは、おそらく一般のイメージとは異なり、かなり広い視野を持つ会社だ。その視点は、常に世界全体の石油需給動向に置かれている。無論、生産調整を含め政策事項は政府決定に従い、そのため時として唐突な方針転換も行われるが、実務者レベルでの思考法はいたって常識的で、市場への順応を重視する。よく報道される「油価何ドルを死守」といった、力ずくで市場価格を操作する考えは、耳にしなかった。

サウジアラビアの原油生産行動は、市場志向の現実的な姿勢を基調とし、時としてこれが政府首脳部による突発的な方針転換によってかく乱される、この二相が交互に現れるものとして捉えるべきと思う。

これは大方の見方とは異なろう。ことサウジアラビアの原油生産調整となると、欧米および日本のメディアは、ともすれば、その意図を大袈裟に勘ぐり、身勝手な視点で批判する。増産すると「価格を下げて米・シェールオイルを潰す戦略」、減産すると「価格を吊り上げるカルテル行為」などとなって、いずれもサウジアラビア悪玉論となる。

OPECプラス減産の意味

さて、サウジアラビアが主導するOPECプラスは、昨年11月に生産目標量を引き下げ、続いて今年5月には同国をはじめとする有志8ヵ国が追加的な自主減産を行った。これは、ウクライナを侵略するロシアを利し、油価抑制に努めるバイデン米政権に反旗を翻す行為として、西側では至って評判が悪い。しかし、ここでまたサウジアラビア悪玉論に飛びつく前に、OPECプラスが何を決めてきたのか、その内容を振り返ろう。なお、以下、石油生産・需要量の実績・予想値は基本的にIEA(国際エネルギー機関)石油市場レポートに拠る。

公式に発表されるOPECプラスの生産目標量(あるいは生産枠)は産油20ヵ国を対象としている。即ち、OPEC(石油輸出国機構)加盟国のうち10ヵ国(サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、アルジェリア、ナイジェリア、アンゴラ、コンゴ、ガボン、赤道ギニア)および、OPEC非加盟の産油10ヵ国(ロシア、カザフスタン、オマーンアゼルバイジャン、マレーシア、スーダン、南スーダン、バーレーン、ブルネイ、メキシコ)である。

本稿でも、これら20ヵ国をOPECプラスとしよう。実際には、メキシコは2020年7月以降、生産調整に参加していないのだが、目標量は与えられているので、ここでは便宜上OPECプラスに入れる。またOPEC加盟国には他にイラン、ベネズエラ、リビアがあるが、この3ヵ国は生産調整を免除されているので、ここでもOPECプラスから外しておこう。

昨年11月、OPECプラスは生産目標総量を8月時点の日量4400万バレル弱から4200万バレル弱へと日量計・200万バレル削減した。その意図を考える上で、OPECプラスを、次にようにロシアとさらに他の2つのグループに分けてみる。

グループA:サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、アルジェリア、ガボン、カザフスタン、オマーン、計8ヵ国

グループB:ナイジェリア、アンゴラ、コンゴ、赤道ギニア、アゼルバイジャン、マレーシア、スーダン、南スーダン、バーレーン、ブルネイ、メキシコ、計11ヵ国

このグループ毎に、原油生産目標量と実際の生産量を見ると、以下のようになる。

表1:原油生産目標量と生産量(単位:日量・百万バレル

(注)生産量の数値はIEA Monthly Oil Market Report June 2023 に依拠。以下の図も同じ。

 確かにOPECプラスの生産目標量は昨年8月から11月に向けて、日量200万バレル削減されている。しかし昨年8月時点、実際の生産総量は目標量を日量350万バレル、下回っていた。したがって11月の目標を額面通り達成するには、8月に比して逆に日量150万バレルの増産が必要だった。一体目標は減産なのか、それとも増産なのか?

このような不可解さが生ずるのは、グループBおよびロシアに割り当てられている生産目標量が形骸化しているからだ。グループBに割り当てられた高い目標量は、実生産から著しく乖離していて意味をなさない。同グループの中では、アンゴラおよびナイジェリアが有力産油国だが、両国とも長引く投資不足などで原油生産量はここ数年低迷しており、増産余力は乏しい。一方、ロシア原油生産が目標に届かないのは、輸出も国内石油消費も概ね現状維持で推移しているからだが、そもそもウクライナ侵略開始後のロシアにとって、原油生産は第1級の戦略課題であり、他産油国との協調を優先させる余地は乏しい。

即ち、生産量を目標量に整合させる意思と能力を兼ね備えるという観点からすれば、実質的にOPECプラスとはグループAなのだ。したがって目標量の変化、実生産量の変動、そのいずれもこのグループAに絞って見るのがよい。すると表1から、昨年11月に生産目標量は8月対比・日量120万バレル削減されたが、実際の減産幅は日量50万バレルに止まっていたのが分かる(これは8月時点で不調だったカザフスタンの生産量が、11月に目標量相当まで増えたのが効いている)。注意すべきは、これはあくまで昨年8月対比の数字であり、2021年11月との対前年同月比ではグループAは日量140万バレル、OPECプラス全体でも日量100万バレル、それぞれ増産だった。

月刊エネルギーフォーラムの拙稿(2023年5月、6月号「危機の時代の国際石油情勢」)でも触れたが、明らかに、このような生産調整を「大幅減産」と称するのは誤りだ。

続いて今年5月、グループAは「有志8ヵ国」として追加的な自主減産を行った。

表2:原油生産目標量と生産量(単位:日量・百万バレル)

生産目標量は日量約120万バレル削減。これは昨年11月の削減とほぼ同量だ。即ちグループAは同規模の目標量削減を昨年11月、今年5月と二度繰り返した。何故だろうか?

今年1~4月のグループAの原油生産量は、平均すると対前年比・日量約60万バレルの増産だった。もし5月以降の追加減産が無く、4月並みの水準(日量2400万バレル強)で推移すれば2023年通年では対前年比・日量約20万バレルの減産になる計算だ。おそらくは、これが微温的と判断されたのだろう。

減産は昨年の超過供給解消を狙った動き

2022年の世界石油需給は、政府在庫の取り崩しによる市場外からの追加供給を加味すれば、日量約100万バレルの供給過剰と見る点でOPECとIEAの統計はほぼ一致する。グループBの原油生産量に変化が無く、かつ2023年の世界石油総需要の増分を米国他の非「OPECプラス」の原油増産、及び、原油由来以外の石油供給(NGL、バイオ燃料等)増によって大方賄われてしまえば、昨年積み上がった過剰供給の解消はもっぱらグループAおよびロシアの原油減産に任される。ロシアは本年3月以降、2月時点の生産量を基準とした日量50万バレルの減産を表明しているが、その2月の生産量は日量約1000万バレルと高水準に引き上げられていた。グループAによる対前年比・日量約20万バレルの減産では供給過剰解消に不足と考えたとしても不思議はない。

そこで今年5月の減産第2弾となる。グループAの5月生産量は概ね目標量の削減幅に合わせて落ちており、そのまま推移すれば2023年通年では、対前年比・日量約80万バレルの減産となる。ロシアの減産を対前年比・日量約20万バレルとすると、減産幅は計・日量100万バレルになる。一方、6月時点でのIEA見通しに基づけば、今年の世界石油需要増は対前年比・日量250万バレル弱に達するが、(イラン、ベネズエラおよびリビア原油生産量を前年並みとすれば)OPECプラス原油を除く供給増は日量約200万バレルに止まる。ここでの不足量日量約50万バレルを加えると、2023年通年の世界石油需給バランスは日量約150万バレルの需要超過となる。より慎重に需要増の減速を見込むとすれば、概ね昨年の超過供給解消を狙った動きと見なし得る。

以上、昨年11月および今年5月のOPECプラス原油減産は、基本的に市場志向的な動きというのが筆者の見方である。喧伝されるサウジアラビア悪玉論は、さまざまな意味で的外れだ。

ただし、6月初めのOPECプラス協議の際に表明されたサウジアラビアの単独追加減産(日量100万バレル)には、この市場志向的な基調から逸脱する衝動的な動きの出現を感じさせられる。この単独減産は7月に続いて8月も行われ、8月にはロシアも原油輸出を日量50万バレル削減する方針。これは一見すると協調行動に映るが、むしろ両国の利害対立の表面化の兆しと捉えるべきではないかと思う。これらの点に関しては、稿を改めて考えたい。

(なお本稿は私見を述べるもので、筆者の所属する組織とは無関係である)

小山正篤 石油市場アナリス

【記者通信/7月7日】「現実路線」の電力改革案 エネチェンジが発表


電力システム改革に対するエネチェンジの主張が「現実路線」に近づいてきた。同社は7月6日、「未来志向の電力システム改革の実現に向けた当社見解」を発表した。電力産業はGX(グリーントランスフォーメーション)において中心的な役割を担う重要産業であり、旧一般電気事業者による一連の不祥事に対する対応は未来志向で行うべきだとして、①送配電部門、②発電部門、③小売部門――の3点で、法的分離の厳格化や内外無差別の徹底、規制料金の撤廃などを求める改革案を提示。発表に先立つ5日には、同見解を資源エネルギー庁に提出しており、今後は国会議員にも説明を行っていく構えだ。

送配電部門は厳格な法的分離で

送配電部門の改革案では、所有権分離を「長期的には有効な選択肢」としたものの、憲法29条の財産権に抵触する恐れがあることや制度設計に時間を要することなどから、「厳格な法的分離(ITO)」を求めた。具体的には、各部門との人事交流時の監視強化、建物・ITシステムなどの物理的分離、罰則強化(直接罰への対象拡大)、監視強化(通報窓口設置、外部人材からのチェック機能新設、内部監査機能の強化)といった人・技術・物・資金面の独立性、自立性の強化と、インサイダー取引規制のように情報が流出することを前提とした違反者への罰則規定を整備すべきだとした。

電力業界の一連の不祥事を受けて、内閣府の「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」や立憲民主党と日本維新の会は、所有権分離を求める提言を西村康稔経済産業相に提出している。こうした中、ITOにとどめたエネチェンジの見解は早期に実現可能な改革案で、「さまざまな事業者の声を集めて代弁」(同社の城口洋平CEO)したものだという。同社はかねて所有権分離の必要性を強調していたことから、トーンダウンした格好といえよう。

内外部差別は指針・法制化で対応

発電部門では内外無差別について、旧一電の自主的コミットメントではなく、ガイドラインもしくは法制化を進めるべきだとした。内外無差別の徹底は利益最大化という経営原則と相反する場合があるため、自主的コミットメントでは実効性に懸念が残るが、「コンプライアンス違反」となれば発電事業者も対応せざるを得ないという理由からだ。

また来年開始の容量市場で、発電部門で優越的な地位にある旧一電の競争力が強化される懸念に対しては、旧一電の部門ごとの会計の透明性を担保し、電力ガス取引監視等委員会などが小売部門の競争条件に不当な影響がないか監査する必要性を記述した。

規制料金撤廃の早期検討を

小売部門では特に内外無差別の徹底を条件とした上で、規制料金撤廃の早期検討を求めた。撤廃時には需要家への周知徹底策として、固定価格買い取り制度(FIT)の買い取り期間満了時の通知方法と同様に、契約可能な小売事業者の提示など切り替え情報の提供が必須だとしている。

エネチェンジはこの見解をエネ庁だけでなく、GXや電力システム改革に関心を持つ政治家などにも提出する構え。城口氏は発表に先駆けて行われたメディア向け勉強会で「今後、小委員会などで参考資料として使われるようになればいい」と意図を語った。事業者側の意見として、今後の議論にどう生かされるのか注視したい。

【記者通信/7月4日】エネ庁主要人事の全容 「化石カラー」消した組織改編


今夏の経済産業省、環境省の主要人事が出揃った。注目は、資源エネルギー庁の組織改編だ。エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル(CN)実現の両立に向け、省エネルギー・新エネルギー部、そして資源・燃料部の課室体制を見直し、7月4日付けで施行した。特に資燃部は、CNに向けたエネルギー転換の必要性から大幅な変更となる。「石油も天然ガスも石炭も今回、資源エネルギー庁、経産省からは課の名前としてはなくなる。時代の大きな変化を感じている」(西村康稔経産相)。「エネルギー・金属鉱物資源機構」へ名称変更したJOGMECに続き、エネ庁の部署名からも「化石燃料カラー」がほぼ消えることとなった。

GX時代を見据えた新たな布陣

では、新生資燃部の布陣とは――。

まず政策課の下に、GX(グリーントランスフォーメーション)を見据えた資源外交戦略を担う「国際資源戦略室」を新設した。

石油・天然ガス課は「資源開発課」に改称し、非化石を含めた燃料の上流開発を推進する。また、石油精製備蓄課や石油流通課の名称からも「石油」を抜いた上で統合し、「燃料供給基盤整備課」として、合成燃料やSAF(持続可能な航空燃料)などを含めた燃料の供給体制を担当する。同課には、これら次世代の燃料の安定供給を図る「燃料流通政策室」も設置した。

そして石炭課は、鉱物資源課と統合して「鉱物資源課」に。課の中には、石炭関連政策を実施する主体として「石炭政策室」を置いた。

CCS(CO2回収・貯留)やカーボンリサイクルの推進は、新設の「燃料環境適合利用推進課」が担う。特にCCSに特化した事業化・法制化を行う部署として「CCS政策室」も新たに整備した。

他方、省新部には、水素・アンモニアに特化して需給両面の政策を担う「水素・アンモニア課」を新設した。

経産次官に飯田氏 エネ庁長官は村瀬氏

エネ庁を中心に、経産省の主要人事を見てみよう。※( )内のポストは前職

前経産事務次官の多田明弘氏(1986年入省)は退任し、その後任で、飯田祐二氏(88年、経済産業政策局長)が新たに次官に就任した。エネ庁長官として、政策の大きな節目となったGX関連法成立に尽力した保坂伸氏(87年)は、経済産業審議官のポストに移った。

南亮氏(92年、首席国際カーボンニュートラル政策統括調整官)が総括審議官に、山下隆一氏(89年、製造産業局長)が経済産業政策局長に就く。

そしてGX政策の中枢を担う「GX推進機構」の24年度設立に向け、龍崎孝嗣氏(94年、審議官・経済産業政策局担当)が首席GX機構設立準備政策統括調整官を担う。

保坂氏の後任としてエネ庁長官に就任したのは、村瀬佳史氏(90年、内閣府政策統括官)だ。なお、村瀬氏は2013年に電力・ガス事業部政策課長、電力小売り全面自由化後の2016年6月から4年間は電力・ガス事業部長を務めた。GXだけでなく、電力システム改革の在り方が改めて問われる局面で、どのように政策を主導していくのか、注目される。

エネ庁次長の小澤典明氏(89年)は退任し、後任は松山泰浩氏(92年、電力・ガス事業部長)が務める。松山氏は、首席最終処分政策統括調整官、首席エネルギー・地域政策統括調整官も兼任する。電ガ部長には、2019年に原子力立地・核燃料サイクル産業課長を務めた久米孝氏(94年、大臣官房総務課長)が就いた。

経産省・エネ庁はこうした新体制で、まずは5月末までに成立したGX関連法の実施のほか、国のエネルギー基本計画の改定に向けた議論、東京電力の第五次総合特別事業計画の策定などに取り組むことになる。

主要ポスト人事(入省年次含む) 女性幹部を積極登用

大幅な組織変更となったエネ庁の主要ポスト人事は次の通り(敬称略)。

<長官官房>

総務課長=河野太志(96年、電ガ部政策課長)

大臣官房参事官(総合エネルギー戦略担当)=遠藤量太(01年、電ガ部原子力政策課長)

総務課戦略企画室長=小髙篤志(05年、大臣官房総務課政策企画委員)

国際課長=白井俊行(99年、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官)

<資燃部>

政策課長=貴田仁郎(97年、電力・ガス事業部原子力立地・核燃料サイクル産業課長)

資源開発課長=長谷川裕也(00年、長官官房国際課長)

燃料供給基盤整備課長=永井岳彦(98年、資燃部石油流通課長)

燃料流通政策室長=日置純子(99年、商務情報政策局情報経済課デジタル取引環境整備室長)

燃料環境適合利用推進課長=羽田由美子(99年、資燃部石炭課長)

<省新部>

政策課長=稲邑拓馬(98年、省新部省エネルギー課長)

省エネルギー課長=木村拓也(00年、通商政策局通商機構部参事官)

水素・アンモニア課長=日野由香里(03年、省新部新エネルギーシステム課長)

<電ガ部>

政策課長=曳野潔(98年、前省新部政策課長)

電力産業・市場室長=筑紫正宏(04年、内閣官房新しい資本主義実現本部事務局企画官)

原子力政策課長=吉瀬周作(03年、電ガ部電力産業・市場室長)

原子力立地・核燃料サイクル産業課長=皆川重治(01年、電ガ部原子力政策課原子力基盤室長)

【目安箱/7月4日】経産省の開発計画でメタハイは実用化されるのか?


次世代資源のメタンハイドレート。ネット言論の期待は大きいが、なかなかビジネスとして形にならない。コストが高く、踏み出す企業がまだいないためだ。筆者は、これは他の新たなエネルギーに比べて特に優れたものではなく開発を急ぐ必要はないと、個人的に考えている。

(写真1)燃える氷「メタンハイドレート」

ネット言論で大人気、実際は?

「日本ついに資源国へ」。人気のツイッターやユーチューブが6月19日にざわついていた。「メタンハイドレート」が、日本海側で開発されることを一部の人が喜んでいた。調べてみると、小さな動きがあった。

西村康稔経済産業大臣が6月19日、メタンハイドレートの具体的な開発計画を2023年度内に策定する方針を表明し、そこで日本海側の開発を含めることを表明したからだ。海底資源開発の課題や目標を示した「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」の改定に反映させる。これまで試掘作業は、太平洋岸で行われていた。

日本海沿岸の12府県でつくる「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合」の花角英世会長(新潟県知事)がメタンハイドレートの開発促進を要望に大臣を来た時に答えたものだ。西村大臣は、花角新潟県知事と、メタンハイドレートの開発を訴えてきた青山繁晴参議院議員議員と一緒にツイッターに写真を掲載した。それでネット界に吹き上がったようだ。ここは保守派の個人の存在感が大きい。そして青山議員は言論人出身で、執筆や、ネットでの発信で知られて、保守派に人気のある政治家だ。

(写真2)西村経済産業大臣(中)、花角新潟県知事(左)、青山参議院議員(右)

しかし、ネット言論は既存メディア、実際の関係者の動きは、どの問題でもたいてい大きく離れてしまう。エネルギー関係者、またこの方面に少し知識のある人の大半は「まだメタハイ試掘しているのか」という驚きや「東電の柏崎刈羽原発を動かすためのお土産だろう」と反応するだろう。メディアの関心の乏しさも問題だが、ネット言論の期待もかなり現実からずれている。

メタハイとは何か?日本近海に多数存在も

「メタンハイドレート」(MH)は海底や永久凍土などに分布するメタンと水分子からなるシャーベット状の物質だ。深海や土中の圧力と冷却によって氷になった。日本近海に多数あるという。

現在、経産省は「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(21年3月)で、「2023~2027 年度の間に民間企業が主導する商業化に向けたプロジェクトが開始される」ことを目標とし、メタンハイドレートの開発を進めている。現在は「MH21-S」という研究開発コンソーシアムで、太平洋側の深海で砂の中にあるMHを採取している。

(写真3)「MH21-S」の熊野沖の試掘プラントと炎 (同コンソーシアムサイトより)

青山議員は、以前はシンクタンクの経営者で、東大などと組んで、日本海側のMHを調査していた。花角知事は、以前から日本海側のMHによる地域振興に関心を寄せていた。今回、経産省・資源エネルギー庁は、試掘をしようというものだ。

巨額の予算投入もいまだ採算ラインに乗らず

しかし、産業界は様子見だ。メタンハイドレート関係の予算は、2022年度に272億円。2015年から実に年100億円以上が投じられている。

しかしそこで明らかになったのは「日本の近くの深海にM Hがあることは確認されつつあるが、商業ラインに乗るかは疑問」(関係者)との状況だ。

エネルギーの世界には「井戸から軸へ」(Well to Wheel)という言葉がある。石油やガスの資源を採掘井戸(Well)から、取り出しただけでは使うことはできない。車や工場機械の駆動軸(Wheel)にまでつながる流通の道筋を考える必要があるという意味だ。

おそらくMHは、火力発電所の混焼で用いられることになるだろう。シャーベット状のM Hを運搬することになるが、海中から地上までの採掘、一定の圧力をかけた上気化しないようにする形での運搬、発電所での投入と活用に、それぞれエネルギーがかかる。エネルギー効率(投入量と活用量)は悪い。経産省は2000年ごろの研究会で、メタンの発電コストをkW当たり20円で行いたいとしていたが「おそらく無理」(同)との評価だ。

「メタンハイドレートを広報してもらった青山氏には感謝する。しかし彼は、一般人や政治家を煽りすぎた。それに釣られた政治主導で、これだけ投資してしまった。引くに引けなくなった」と、ある経産省OBから聞いたことがある。

確かに、エネルギー業界の片隅にいる筆者は、一般の人からMHをめぐる質問を頻繁に受ける。しかし、その人たちの大半が、「中国が日本海を狙っているのはメタンハイドレートのせいだ」など、青山氏の発言を根拠にした怪しい話をしながら聞いてくるのをみると、少し戸惑ってしまう。

石井吉徳東大名誉教授は、90年代にMHの開発可能性調査を国の委託を受けて行った。「メタンハイドレートは資源ではない。「質」が悪い」「利権を生みかねない」と、強い批判をしている。ある商社の幹部は「既存のエネルギーより量と値段で競争でき、利益が出れば、喜んで取り扱う」と述べていた。

調査と議論の深化がMHの未来に必要

ただしMHをダメと切り捨てる必要もないだろう。日本近海のさまざまな場所にMHの集積地はあるようだ。その資源量は不明だが、その調査を続けるべきだ。もしかしたら、一瞬で取り尽くしてしまうかもしれない。もしくは青山議員の言うように、日本が突如、資源大国になる量かもしれない。また花角新潟県知事が夢見るように、日本海側の各県がメタンの産出地として栄えるかもしれない。それはまだ分からないのだ。

ただし現時点で見る限りにおいては、すぐに商業化できるような量と質のMHはまだ見つかっていない。私の印象だが、今経産省が力を入れている、新しい電力のエネルギー源のアンモニア、水素よりも、「筋は悪い」発電エネルギー源と思っている。

MHへの研究投資、年270億円の金額が必要かは疑問に思う。しかし、可能性を捨てる必要なく、過度な期待は持たないで、冷静に事実を検証するべきであると思う。

【記者通信/6月30日】福井・青森双方で混迷する中間貯蔵問題 今後の落としどころは?


関西電力が福井県内の原発で保管中の使用済みMOX燃料と使用済み燃料の一部「フランス搬出」を表明する中、青森県では6月29日、前むつ市長の宮下宗一郎新知事が誕生した。就任会見で宮下知事は、むつ中間貯蔵施設の共同利用案について、むつ市長時代と変わらず「反対」の姿勢を示した。今年末に期限を迎える関電の中間貯蔵問題は混迷の様相を深めている。

YouTubeチャンネル「宮下宗一郎」より

福井県の反応厳しく 「同等の意義」巡り水掛け論

関電は今年末に中間貯蔵施設の候補地確定期限を迎えるが、フランス搬出について「福井県外に搬出されるという意味で、中間貯蔵と“同等の意義”がある」としている。6月19日に経済産業省で杉本知事と面会した西村康稔経産相も、同様の見解を示した。

「同等の意義」について、福井県側の見方は厳しい。同月23日、資源エネルギー庁の小澤典明次長が福井県庁で今回の方針を説明し、県議会の全員協議会での質疑に応じた。多くの県議が質問を行ったが、大方の理屈はこうだ。

関電が約束したのは、今年末までに「中間貯蔵施設の候補地を示す」ことであり、約束が果たされたとはいえない。また搬出するのは中間貯蔵施設で運用を目指す約2000tの使用済み燃料のうち、わずか10分の1の200tに過ぎず、問題の解決にはなっていない――。

28日の県議会一般質問で見解を問われた杉本知事も、「30年頃に2000t規模で操業を開始する計画が確実に実現できるのかという点で具体性に欠け、県民に分かりにくいと」との見方を示し、今後については「国からの回答、さらには立地の市や町の意見、そして県議会の考え、こういったものを聞かせていただきながら、総合的に判断をしてまいりたい」と語った。

一方、むつ中間貯蔵施設の共同利用について、電気事業連合会の池辺和弘会長は同月16日の記者会見で「今回の実証研究とは全然違う問題」と述べ、検討を続ける姿勢に変わりないことを示している。対して、注目の宮下知事は就任会見で「市長の時代に申し上げてきたことと何ら変わるところはないので、同じスタンスで臨んでいきたい」と従来の姿勢を固持し、両者の溝の深さが改めて浮き彫りとなった。ただ中間貯蔵施設そのものについては、「核燃料サイクル事業の中でも非常に重要な施設だと考えているし、当時そういった考え方のもとにむつ市が誘致したと理解をしている」との見解を示した。

共同利用か、県内貯蔵か 「もんじゅカード」再び?

一体、落としどころはどうなるのか。共同利用が受け入れられなった場合、サイト内での中間貯蔵という可能性もある。実際に2月17日の県議会一般質問では、大飯原発を抱えるおおい町選出の田中宏典議員が「仮に年末までに県外での中間貯蔵施設の立地点が確定しても、施設の整備に入っての期間が必要となる。原子力発電所の運転を継続し、地域住民の安全・安心を確保するため、サイト内でのより安全な方法での一時的な保管(乾式保存)が必要になると考えている」と発言している。かつて高速増殖炉もんじゅを巡り、新幹線の延伸など地域振興策を求めたいわゆる「もんじゅカード」のように、条件闘争をした上での県内貯蔵という決着もあり得るかもしれない。

むつ中間貯蔵問題では、「関電がむつ市に筋を通さず、三村伸吾前知事に頼っていた」(原子力関係者)、「私に一切根回し、相談がない。電事連は一体何をやっているのか」(地元選出のあるベテラン国会議員)など、電力業界の調整力不足も指摘されている。また使用済み燃料の海外搬出を巡っても、「杉本知事への事前説明不足などで、福井県側には関電の姿勢に対する不信感が募っている」(地元紙記者)という。一連のGX(グリーントランスフォーメーション)法案で原子力政策が前進する兆しがある中、中間貯蔵問題が大きな足かせにならぬよう国と電力業界には一層の努力を求めたい。

【目安箱/6月24日】アンモニア混焼発電に未来はあるか?


アンモニア混焼発電は、脱炭素のための新たな発電技術として期待される。日本独自のもので、官民が一体となって開発を試みている。ところが欧米諸国の反応は今ひとつ。今回のサミットでも首脳宣言などで推進の文言は入らなかった。しかし「それでいい」との声が電力会社からは聞かれる。関係者は「石炭火力の延命策」のために、取り組んでいるからだ。

アンモニア混焼の実証を行っているJERA碧南火力

◆G7諸国は意図的に無関心

今年2023年の4月に札幌で行われたG7エネルギー環境大臣会合で、経産省とメーカーは、水素・アンモニア混焼の大規模な展示ブースを作った。ところがG7諸国の政府関係者、大臣に同行したいくつかの企業やメディアは、そこを訪問しなかった。招待国のいくつかの国の関係者と、日本企業の担当者が訪問しただけだ。「経産省の某高官が人の入りを確認するためか、何度も見にきていた。各国の関心の少なさにがっかりしたかもしれない」と、電力の技術系幹部が、気の毒そうに感想を述べていた。

各国の無視は意図的なもののようだ。「アンモニア利用の裏の目的は、石炭火力の延命にある。みんな知っている。だから私たち電力は協力するが、欧米諸国は国も企業も無視したのだろう。技術の覇権争いの面もあるだろう」(同幹部)。

ここ数年のサミット、そしてCOP(気候変動条約締約国会議)の主要議題は石炭火力発電の廃止の是非だ。石炭火力は、気候変動問題で悪者にされている。しかし日本は無資源国であり、原子力の運用が見通せない。そのため石炭火力の廃止に消極的だ。他国からの外交攻勢に対抗するために、日本政府は水素・アンモニアを石炭火力と混焼し、それによって発電での二酸化炭素削減を行う方針を掲げている。

その意図を、各国政府は当然承知している。そのために反応しないのだろう。米国のケリー変動問題担当大統領特使はG7の会合で「まず石炭火力の縮小、廃止だ」と、アンモニア混焼に関心を示さなかったという。この大臣会合でも、サミットの首脳宣言でも、水素は文言として盛り込まれたが、アンモニアは言及されなかった。

◆経産省は効果を強調、二酸化炭素排出は大幅削減

日本政府はアンモニア発電の効果を強く主張する。経産省は、日本の石炭火力発電を「アンモニア専焼」の火力発電に置き換えた場合、電力部門からの二酸化炭素排出量は現状の5割まで削減できるとする。「20%混焼」の場合でも、同排出量の1割削減が可能としている。これが事実とすれば、石炭火力の存続のための重要な論拠になろう。

ただし、欧州の環境シンクタンクは、アンモニアの発電利用を揃って批判する。その温室効果ガスの削減効果が限定的であること、またコストが高くなってしまうことを指摘している。経産省の主張は楽観的すぎるかもしれない。(海外の動きを紹介した第一生命経済研究所リポート「アンモニア混焼を巡る日本と欧米の温度差~「日本流脱炭素」はグローバルスタンダードとなりうるか」)

電力会社と経産省、産業界はここ数年、火力発電の未来像を審議会、研究会を使って探ってきた。そこでアンモニアを原料にする発電が注目された。「アンモニアの活用は、火力関係者全体で石炭存続策の知恵を絞った結果出てきたものだ。これを試そうという機運は高まっている」(同)。経産省は2021年に決めた第6時エネルギー基本計画で、2030年に発電の1%を水素・アンモニアにするとした。さらに岸田政権の中心の経済政策GX(グリーン・トランスフォーメーション)では水素と共に官民協力の重点政策の一つにした。

(図1)第6次エネルギー基本計画の電源構成(経産省資料より)

◆LNGへの応用、輸出も視野

国はアンモニア発電で、2021年度から4年間JERA碧南火力発電所での20%混焼を実証中だ。そこでは、大きな問題は起きていない。この技術は2030年頃の実用化が見込まれている。また経産省は、アンモニアの混焼を船舶燃料とLNG発電でも行う予定だ。

欧米には無視をされたが、石炭火力が主力である中進国は、アンモニアの活用に関心を示す。日本政府はアンモニア利用の国際シンポジウムを2021年10月に開催した。そこでマレーシアなどアジア各国のエネルギー大臣にウェブで参加してもらった。そして協力するとの意向を引き出した。将来は輸出ができる可能性がある。そのために、三菱重工、 IHIは、アンモニア発電の開発を、会社の新規ビジネスとする考えを打ち出している。

また水素より、アンモニアは活用が楽だ。運搬の際には、水素はマイナス235度、そして高圧にする必要がある。アンモニアは、マイナス33度で液化し、圧力も少し加えるだけで良い。実際に火力に気化して混焼する場合にも、「既存設備の改造はアンモニアの方が楽」(同)と言う。

ただし、現在のアンモニア合成技術であるハーバー・ボッシュ法では大量のエネルギーの消費が必要で、コストがかかる。「試算では石炭火力のランニングコストを大きく上回る可能性がある」(同)。そのために商業化には、アンモニア製造の技術改善が必要のようだ。

◆カードとして、可能性を探るべき技術

アンモニアの発電への活用は、「日本の独自技術」であることは確かだが、経産省の言うほど劇的に日本の発電を変え、大きなビジネスとなる技術ではなさそうだ。しかし、電力業界にとっては石炭火力発電の延命、メーカーにとっては石炭火力プラントの輸出につながるかもしれない。可能性がある技術カードとして、大切に育てる価値はある。

【記者通信/6月21日】都のエネ関連2委員会に燻る〝また裂き〟懸念


新築住宅への太陽光パネル設置義務付け条例を全国に先駆け成立させた東京都が、エネルギー政策で二の矢三の矢を放とうと、外部識者を招いた2組織を新たに発足させている。ただ、両組織の構成からは、また裂きとなる懸念がぬぐえない。

水素戦略への期待感を示す小池知事

小池百合子知事は6月6日の第2回都議会定例会の所信表明で、G7サミットの成果を引きつつ「『戦略』と『実装』を支える二つの有識者会議を梃子にして、環境に優しく安定したエネルギー基盤の構築を先導してまいります」とぶち上げた。

その後の質疑で、前者の「都エネルギー問題アドバイザリーボード(アドバイザリーB)」は「大局的観点から意見を受け、エネルギー政策の戦略性を一層高める」とし、後者の「再エネ実装専門家ボード(専門家B)」は「技術的、専門的な助言を得ながら、再エネの基幹エネルギー化を加速度的に進める」組織との認識を示した。

アドバイザリーBにはキヤノングローバル戦略研究所の今井尚哉研究主幹、東京大生産技術研究所の岩船由美子教授、国際大学の橘川武郎副学長、国際環境経済研究所の竹内純子主席研究員らが参加。一方、専門家Bには、自然エネルギー財団のエイモリー・B・ロビンス理事、京都大再生可能エネルギー経済学講座の諸富徹教授らが入る。この構成を比べるだけでおおよそ議論の行方は検討がつくだろう。

5月末のアドバイザリーBは、ゼロエミ実現の過程で、どのように都民の理解を得た上で火力発電を稼働させ安定供給体制を維持するか、といった議論が交わされた。一方で、6月19日の専門家Bでは、現状の日本で火力が果たす調整力としての役割を等閑に付すようないわゆる「再エネ万能論」的な言説がみられた。

両者の議論が今後かみ合うのかは、極めて疑問だ。そして、それらを踏まえた都のエネ政策の行方には懸念が尽きない。発信力には定評がある小池知事だけに、万が一「キメラ」が生まれれば、災厄を被るのは都民だけでは済むまい。

【目安箱/6月14日】原発再稼働容認に動く⁉世論調査の変化


日本原子力文化財団が2006年度から継続して調べている「原子力に関する世論調査」の2022年度版がこの5月に発表された。

東京電力の福島第一原発事故から、筆者はこの調査を見て、がっかりし続けてきた。原子力への不信感が非常に高い状況が続いたためだ。ところが21年度から状況に変化が生じ、今回の22年度には、原子力に対する見方は厳しさが残るものの、一時的な活用をすべきという考えが増えている。民の声は天の声―—。日本人の大半は賢明だ。この世論調査で、それが改めて確認できた。この好機を捉えて電力・原子力に関わる人々がその持ち場ごとに、行動を起こすべき時であると思う。

◆改善する原子力のイメージ

この調査では、18の質問を行なっている。その中から、「原子力発電の利用」に関係するテーマ3つを見てみよう。回答者は15~79歳の男女1200人で、全都道府県から無作為抽出された人々だ。昨年(21年)の10月に行った。

原子力発電に対するイメージへの回答(複数回答可)を示す(問1)。肯定的な意見をピックアップすると、「必要」が31.1%、「役立つ」が25.3%と、福島事故から最も高くなった。(図1)

図1

一方で、否定的なイメージへの回答だと、「危険」が61.5%、「不安」が48.8%、「複雑」が40.0%となっている。「危険」「不安」は前年とほぼ同じだが、複雑がここ数年増えている。人々の原子力への印象は、改善していることがうかがえる。

◆電力価格上昇が関心を高める

「エネルギーで関心があるテーマ」への設問への回答は次のとおりだ(問3)。

「地球温暖化」が52.8%と多かったものの、次の「電気料金」が48.3%、3位の「日本のエネルギー事情」が39.1%、4位の「電力不足」が38.9%、6位の「災害による大規模停電」が25.3%となった。「日本のエネルギー事情」は22年度から新しく聞いた項目で比較はできないが、その他の推移を見ると、「電気料金」「日本のエネルギー事情」「電力不足」「停電」は、いずれも関心が増えている(図2)。

図2

電気料金の高騰、電力不足、停電危機に直面し、人々の意識が変わったことを反映したものだろう。

◆原子力活用に対する厳しい見方は変わらず

原子力発電の利用に関する考えはどうだろうか(問8)。もっとも多い意見は「徐々に廃止」44.0%、次いで「わからない」28.8%。積極的な原発利用層である「維持」「増加」はそれぞれ 12.0%、5.4%となった。一方、「即時廃止」は 4.8%にとどまった。

原子力エネルギーをめぐる不信感は社会に根強く残る。それでも、即時廃止は東電事故以来最も少なく、肯定的意見はここ数年には漸増している。

目先の原子力再稼働についてはどうだろうか(問9、図3)。「原子力発電の再稼働を進めることについて、国民の理解は得られていない」という問いに「得られていない」が46.0%と、「得られている」の4.5%を大きく上回り、国民の視線は厳しい。

しかし「電力の安定供給」「地球温暖化対策」「日本経済への影響」などの理由を背景に、原子力発電所の再稼働を求める人が、ここ数年増えている。「電力の安定供給のために原子力発電の再稼働が必要」問という人は、35.4%に達した。

図3



このほかの調査でも、原子力の最終処分の必要性で認知は広がっていた。また信頼できる情報は少ないと感じる人が多かった。

この状況を見ると、ウクライナ戦争などエネルギーに影響を与える国際情勢の変化、日本国内の電力供給の混乱を前にして、人々はエネルギー問題を冷静に受け止め、原子力のあり方を考えようとしている。そして正確な情報を得ようとしている。日本人は賢明だ。

◆原子力の必要を主張するときか?

岸田文雄首相は昨年7月中旬、電力不足に備えて原発の再稼働を進める意向を表明。そして岸田政権は今年2月にグリーントランスフォーメーション(GX、脱炭素移行)戦略を決定し、そこで電力供給の安定化と原子力の活用を、政策課題の一つにした。東電事故以来、あいまいな状況であった原子力政策は「活用」に転換した。

しかし現時点では掛け声だけで、政府は具体的な対策に踏み出していない。原子力の発展に足枷になっているのは、原子力規制委員会による過剰規制による再稼働の遅れ、そして電力自由化による電力会社の経営先行き不安と原子力への投資の抑制の2つだ。それらの大問題には政府は手をつけていない。関係者からも「変えよ」という強い要求は出ていない。

世論の原子力への態度が、ここまで変わったのだから、政府、そして民間の担い手は、そうした原因の改善にもう一歩踏み出していいのではないか。また上記に示されたように「国民の理解が得られていない」としながら、再稼働を認める人が増えている。だとしたら政府と政治家、そして当事者の電力会社は、再稼働、また原子力問題について国民に語り、理解を深めるべきであろう。

状況は変わりつつある。それを動かしてほしい。

【記者通信/6月13日】福島原発ドラマ『THE DAYS』が問い掛けるもの


凄まじいまでの迫力と緊迫感に満ちたドキュメンタリードラマだ。3.11で発生した東京電力福島第一原発事故を描いたNetfrix(ネットフリックス)配信ドラマ『THE DAYS』を観た。全8話からなる本作の企画・脚本・プロデュースを担当したのは、『白い巨塔』をはじめとした骨太の社会派ドラマを手掛けてきた増本淳氏。門田隆将氏の『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫刊)を原案に、共同通信社・原発事故取材班の『全電源喪失の記憶: 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』(新潮文庫刊)、「事故調査報告書」、「吉田調書」を柱に脚本を書いたという。そんな増本氏と『コード・ブルー』シリーズで長年タッグを組んできた西浦正記氏、『リング』シリーズの中田秀夫氏がダブル監督を務め、この大作を作り上げた。

政府、本店、現場…極限状態で交錯する人間模様

福島原発が大地震直後の巨大津波に襲われる初回から、息詰まる緊迫したシーンの連続だ。原発施設内、電力会社本店、政府部内と異なる三つの視点で、ドラマは展開する。全電源喪失による致命的な大事故を回避すべく、所長(役所広司)、当直長(竹野内豊)、ベテラン運転員(小林薫)をはじめとする現場従業員がまさに命がけの作業に当たる中、放射線量上昇、冷却水の水位低下、消防車の不足、炉内温度の上昇、格納容器の圧力上昇、炉心融解など、想定外の重大問題が次から次へと発生する。

そんな極限状態の現場をよそに、強烈な政治圧力をかける官邸サイド、右往左往するばかりの原子力安全・保安院、紋切り型の対応に終始する原子力安全委員会、政府の顔色をうかがい現場に無理難題を押し付ける本店幹部――。それぞれの人間模様が交錯する中で、ついに1号機が水素爆発、続けて3号機の水素爆発、そして4号機の使用済み燃料プールの水位低下と、事態は最悪の展開に向かって刻々と進んでいく。もし、チェルノブイリ級の原発事故に発展すれば、東日本一帯は何十年も人が住めない地域となり、日本列島は北海道と西日本とに分断されてしまう。さあ、どうする!?

視聴者をベント現場に引きずり込む見事な演出

2020年3月に公開された『Fukushima50』もリアリティにあふれた映画だったが、本作の迫力は明らかにそれを上回る。全8話・約7時間という長尺をフルに生かし、政府や会社組織、原発内でのやり取りを事細かに再現。特に、停電して真っ暗な制御室から懐中電灯の明かりのみで建屋に入りベント作業に挑んでいくシーンは、作業員の荒い息遣いと暗闇に鳴り響く線量計の警報が聞こえるのみ。否応なしに、視聴者をその場に引きずり込む。観ているこちらまで息苦しくなる、見事な演出だ。津波襲来や水素爆発の場面では、あまり表に出ることのなかった凄惨な現場模様が克明に映し出される。そしてラストシーンに向かう7話から8話にかけては、最後まで原発施設内に残った吉田所長以下、現場関係者の思いや覚悟、やり場のない被災者の悲しみに触れ、多くの人が涙腺崩壊状態になるのは間違いない。

「俺たちは死ぬために(原発に)残っているわけじゃない。やることがあるから残っている。必ず原発事故の暴走を止める。それで、みんなで家族の元へ帰ろう」(吉田所長)

本作を一気に見終わった後、改めて思った。これは民放では放映できないなと。そもそも投げかけているテーマが重すぎる。一般の人が本作を観たら、「やはり原発は危ないから止めたほうがいい」と率直に思うだろう。しかし、本質はそこではない。原発が想定を超えた重大事故の危機に直面したとき、他の誰よりも現場を熟知する従業員が自らの経験や判断を信じて、家族のため、地域のため、ひいては日本のために、命がけの行動を取ることができるのか。公益事業者の使命・在り方を鋭く問い掛ける。

人の力が果たす大きな役割

原発事故において最初に命の危険にさらされるのは、地域の住民ではない。施設内にいる従業員だ。そんな状況に置かれた彼らが身を挺して事故対応・復旧作業に挑めるかどうかが、原発の行方を左右する。3.11にしても、現場作業員の命がけの行動がなければ、事故の被害は一段と深刻化していた可能性は否定できない。新規制基準に基づくハード面の安全対策強化が重要なのは言うまでもないが、いざというときには、やはり人の力が大きな役割を果たすことになるのだ。

競争導入を柱とする電力システム改革が進み、電力会社が普通の民間会社と化していく中で、公のために身を粉にして働くという現場の意識、いわば公益事業者としての矜持は、どんどん薄れているように思える。首都直下、南海トラフ・・・。そう遠くない将来、巨大地震は必ず起きる。果たしてそのとき、直面する事態から逃げ出さず、職務を全うできる現場関係者が、今の電力会社にどれほどいるのだろうか。誤解を恐れずに言えば、現在の東京電力ではこのドラマは生まれないかもしれない。

教訓は規制運用体制の再構築

いずれにしても、そんな現場の安全を支えるのが、規制の運用体制である。本作では、その運用体制がぐだぐだなおかげで、現場の混乱に拍車が掛かり、結果として作業員の安全が脅かされる様子が克明に描かれる。ちなみにエネルギーフォーラム5月号では、福島伸享衆院議員が自身のコラム『永田町便り』で、こんな指摘を投げ掛けていた。〈これまで日本では、事故が起きるたびに「規制の強化」が行われてきた。しかし、それは形式的な規制の量が増えるだけで、規制の質の高度化はなされていない。規制の運用体制が注目されることもなかった。国会は、規制を定める法案の条文を審査する能力を持たず、ましてや規制の運用を顧みることはほとんどない。(中略)。規制そのものより、規制を作る統治機構そのものの問題を私たちは認識しなければならない〉。実に正鵠を得た問題提起といえよう。

今国会で脱炭素電源法案が成立し、わが国では3.11以降停滞を続けてきた原子力政策がようやく本格始動する下地が整った。日本経済・国民生活を支える電力の安定供給、およびカーボンニュートラル社会の実現を目指す上で、原発は欠かすことのできない重要電源だ。だからこそ、政府も、事業者も、われわれメディアも、福島事故の教訓を決して忘れるべきではない。教訓は、脱原発にあらず、規制運用体制の再構築である。その意味で、ネットフリックス会員限定ではあるが、脱炭素電源法が成立した今この時期に、あの福島事故を疑似体験できる本作を、一人でも多くの関係者にご覧いただきたいと思う。

【記者通信/6月12日】立憲・維新が電気料金対策を提言 需要家に直接補助


立憲民主党と日本維新の会の幹7人は6月8日、西村康稔経済産業相と会談し、電気料金高騰対策についての提言書を手渡した。それによると、両党は政府による電気料金の激変緩和措置について、①事業者への補助金制度では「中抜き」の懸念があること、②一律引き下げでは省エネ効果が薄いこと、③低所得者への支援が欠落していること、④持続可能性を欠くこと、⑤終了後の負担上昇による影響――などを問題だと主張。新たな措置として「エネルギー手当」と題した需要家への直接給付、既存住宅の断熱化への補助金給付など4点の施策を明記した。

西村経産相(中央)に提言書を手渡す立憲民主党の長妻昭政務調査会長ら4人(左側)と、日本維新の会の音喜多俊政調会長ら3人

特に、エネルギー手当については、電力会社への補助金投入ではなく、新たな激変緩和措置として今年10月から6カ月間、電力会社との契約形態に応じた一定額を需要家に直接支給することを盛り込んだ。具体的には、月額で低圧・電灯3000円、低圧・電力4000円、高圧5万円、特別高圧60億円に設定。今年度予算規模で計1.9兆円になると試算している。

提言書では電気料金対策のほか、カルテルや顧客情報の不正閲覧など大手電力会社で相次いだ不祥事に言及し、「電力市場の公正な競争を阻害する重大な違法行為であり、当該電力会社の責任は大きい」とした。その上で、「規制料金の値上げ申請に対して認可することは、到底、国民の納得が得られる状況ではない」と批判。公正な電力市場構築のためとして、①値上げの申請内容が適切か厳格に精査すること、②不正閲覧事案に対する罰則強化、③電力システム改革の継続――を政府に求めた。

【記者通信/6月1日】遅滞する原発の安全審査 官・民・報の責任を問う


原子力発電の「最大限活用」を掲げたGX(グリーントランスフォーメーション)関連法案が5月31日、参院本会議で与党や日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。原発の「60年超」運転の実現などを柱に、2011年の福島事故以来停滞を続けてきた原子力政策の前進が期待されるが、肝心の安全審査を巡っては書類の不備など事業者のミスが後を絶たない。「科学的に安全性を審査する」という本質から離れた部分で右往左往し審査が遅れている現状は、国の方針とも逆行する。遅滞なき原子力政策の推進に向け、原子力規制委員会、事業者双方の努力が求められるとともに、報道するメディアの責任も問われている。

書類を「車の上」に置き忘れ 「3km」を「3m」と入力

昨年末から安全審査を巡る事業者の不祥事報道が相次いでいる。

建設中の日本原燃・六ケ所再処理工場(青森県)の審査を巡り、昨年12月に申請書6万頁のうち3100頁に誤記や様式不備、記載漏れ、落丁などが見つかった。今年1月には同工場で使用済み核燃料の移動中に照明が消え、国際原子力機関(IAEA)の監視ができなくなるトラブルも発生。規制委は4月、原燃の増田尚宏社長を呼び出し、再発防止を図るよう厳しく指導した。

こちらも建設中のJパワー・大間原発(青森県)の審査を巡っては5月、耐震設計の計算で地表から断層上端までの深さを「3㎞」ではなく「3m」と入力していたことが判明した。地震動の計算において、本来よりも大きな揺れに見舞われる計算となっていたのだ。同社は現在、再発防止策の策定を進めている。

そして同月には、東京電力・柏崎刈羽原発(新潟県)で書類紛失事件があった。20代の社員が6号機の火災や浸水対策に関する書類38枚を無断で持ち出し、車の屋根に置き忘れて走行中に紛失したというのだ。安全上重要な情報や核物質防護に関する情報は含まれていないというが、国民のひんしゅくを買うお粗末な事件だった。

敦賀2号機に「最後通牒」 原電だけが悪いのか 

安全審査で最も厳しい状況に置かれているのが日本原電・敦賀2号機(福井県)だ。規制委は4月5日、審査の申請書に165件の誤りが見つかったとして、原電に8月末までの再提出を求める行政指導を行った。修正書類に誤りがあれば再申請はできない。事実上の「最後通牒」といえる。敦賀2号機の審査中断は2回目ということもあり、メディアでは批判的な報道が目立っているが、審査中断の真相はなぜか報じられていない。

1回目の審査中断は20年、原電が無断で資料を書き換えていたことに端を発する。「無断で書き換えた」というと、自らが有利になるように工作したと捉えられがちだが、実際には異なる。規制庁から「きちんとした形で更新して最新の形で審査資料として提出するよう」に指示を受け、「最新の形」にするための書き換えだったのだ。のちに原電への疑いは晴らされ、昨年10月に審査が再開された。ところが、その後、2号機建屋の真下を通る破砕帯と活断層の疑いがある断層との連続性を調べるボーリング調査で、取り出した薄片の資料の一部が最新の活動面を示していなかったことが判明。これに規制委は態度を硬化し、2回目の審査中断となった。

そもそも審査の遅滞の原因となっている「活断層論争」は、規制委が14年に設置した有識者会合が、科学的根拠なく「活断層だ」と疑い続けたのが発端だ。ないことを明らかにする“悪魔の証明”を求められた原電は、国内外の専門家に調査を嘱託し、「活断層ではない」という判断を示した。だが、規制委は聞く耳を持たなかった。規制委の組織理念に「内外の多様な意見に耳を傾け、孤立と独善を戒める」とあるにもかかわらず――。

本質問題を置き去りの報道 国民の不信感を増幅

規制委は、いわゆる三条委員会として行政処分の権限など省庁に準ずる機能があり、独立性を持っている。とはいえ、国の行政機関の一つであることも事実だ。行政手続法では原発の再稼動はおおむね2年間で審査することになっているが、10年近くたってもまだ審査を続けているサイトが少なくない。

「世間一般の常識に照らして、また欧米の例を見ても、3.11以降の原子力停滞はあり得ないことだ。一つや二つの原発ならまだしも、BWR(沸騰水型原子炉)をはじめとする国内の多くの原発で審査の遅延が発生し、巨額の安全対策工事費を投じながら長期停止を余儀なくされている。国は、行政ルールが守られず国益を大きく損なっていることに対して、規制委の責任が何ら問われない現状を放置するべきではない」(環境NPO関係者)

メディアでこうした規制側の本質的な問題が語られることは少なく、大なり小なり事業者のミスばかりが取り上げられる。こうして国民に「資料すらまともにつくれない事業者」を取り締まる「正義の規制委」というイメージが植え付けられ、事業者への不信感は増すばかりだ。

こうした規制行政については、「規制庁が今のマインドを続けて審査を行うと考えると絶望感に陥る。それくらい電力会社の社員は日々、不条理な規制行政に対応せざるを得ない状況にある。とても正常とはいえない」と語る電力関係者もいるほど、安全審査の非効率性には疑問の声が挙がっている。

本質から離れた部分で混乱し審査が遅れている現状は、事業者だけでなく規制委にとっても不本意だろう。原子力政策を遅滞なく進めるためにも、事業者・規制委の努力とメディアの公平な報道を求めたい。

【記者通信/5月31日】都がエネ政策で有識者会議 電力対策と水素利活用を議論


東京都は5月29日、電力の需給ひっ迫問題や電気料金高騰、脱炭素社会構築などのエネルギー問題について有識者から意見を聞く会議「東京都エネルギー問題アドバイザリーボード」を発足させた。同日に都庁内で第1回会合を行い、冒頭のあいさつで小池百合子都知事は「1400万人の東京都民の経済規模などを考えれば、エネルギー問題の解決に都は大きな役割を果たさなければいけない」と述べ、足元の電力需給対策と水素エネルギー利活用の両面から、都のエネルギー政策の方向性を検討していく考えを示した。

都が直面するエネルギー問題の解決に意欲を見せる小池知事

アドバイザリーボードの委員には、キヤノングローバル戦略研究所の今井尚哉研究主幹のほか、東京大生産技術研究所の岩船由美子教授、東京大学の大橋弘副学長、国際大学の橘川武郎副学長、国際環境経済研究所の竹内純子主席研究員、早稲田大法学部の森本英香教授の6氏が就任。会合では、①これからの電力需要と供給の考え方、②水素のエネルギーとしての利用について――の2点を中心に議論を行った。この中で、今井氏は「化石燃料からの転換について答えは水素しかない。移行スピードを上げていくには、技術開発とインフラ整備計画が噛み合わないとできない」と話し、水素エネルギーの積極的な利活用の推進を訴えた。

この会合に今井氏が委員参加したことで業界から大きな関心を集めている

都は、東京五輪後の晴海五丁目選手村地区で水素ステーション、水素パイプライン、純水素型燃料電池などを整備しており、水素を使った環境先進都市モデルの実現を目指している。小池都知事は会合で、「再エネの普及拡大と電力の安定確保。どちらもしっかり実行しながら、同時に国や民間企業を巻き込んでいきたい」と話すなど、第7次エネルギー基本計画への提言も視野に入れおり、有識者会議設立の背景には、日本のエネルギー政策に影響力を持たせたい小池都知事の狙いがあるとみられる。また都の担当者は「今回の有識者会議で水素活用の道筋を開くことができれば」とも話しており、今後は他の自治体との施策連携も進めたい考えだ。

【記者通信/5月31日】航空燃料の1割をSAFに 経産省が義務付け案


経済産業省・資源エネルギー庁は5月26日、航空業界の脱炭素化を図る「持続可能な航空燃料(SAF)」の導入促進に向けた官民協議会を開き、施策の方向性についての中間取りまとめ案を示した。2030年に国内の空港で航空機に供給する燃料の1割をSAFにするよう、石油元売り会社に義務付けることなどが柱。事業者側の意見も踏まえ、23年度中にもエネルギー供給構造高度化法の告示を改正する方針だ。

SAFを巡っては、航空分野のCO2排出量を大幅に減らせるとして世界各国で争奪戦が勃発している。今回の中間取りまとめ案では、「規制案」と「支援策」の両軸によるSAFの生産供給の環境整備を明記。規制案では国内航空燃料1割のSAF導入を石油元売りに義務付け、罰則も定めているのが特徴だ。これまでエネルギー供給構造高度化法の中で勧告、改善命令などの罰則を行った例はなく、エネ庁によれば「国としての意志を示すことに主眼を置いた」(石油精製備蓄課)。支援策では、設備投資や原料調達サプライチェーンの構築などを盛り込んだ。特に東南アジアやオーストラリアでの原料開発、輸送インフラ整備に関しては、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による出資・債務保証も将来的に検討するとしている。

官民協議会には石油元売りや航空会社が参加。参加企業からは「SAFはまだこれからの技術。継続的な取り扱いを望む」など、SAFの必要生産量確保に向けた支援継続や、製造コスト適正化への積極的な政策投資を望む声が出た。国内でのSAF製造を見ると、コスモ石油などが大阪・堺製油所内に生産設備を構築。「堺製油所内の施設が予定通り稼働すれば、SAF製造能力は年間3万klほど」(コスモ石油担当者)とする中で、経産省は30年における国内SAFの需要見通しについて、ジェット燃料使用量の10%にあたる約171万klと試算する。目下の課題は供給量の積み上げだ。

取りまとめ案では、SAF供給量を30年までに約192万klとする予測を立てており、石油精製備蓄課の細川成己課長は本誌の取材に「今後若干のずれはあるかもしれないが、一定の(SAF供給)見込みは立ってきた」と自信を見せた。現在、SAFの基となる廃食油(調理で使用後の油)の約3割は海外に輸出されており、それを原料として作られた割高なSAFを輸入している現状がある。供給量の目標達成には、廃食油の国内調達比率の向上などが必須だ。取りまとめ案では各省庁で連携し、原料確保に向けたアクションプランの年内策定も盛り込まれた。

【目安箱/5月29日】G7サミットの成功と評価 余計な約束せぬ日本


先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が5月21日に閉幕した。ウクライナ戦争と核兵器廃棄の誓いが焦点となり、エネルギー問題はそれほど関心を集めなかった。そして気候変動やエネルギー問題の宣言では、EUの主張に日本が抵抗し、過激さのない穏当な内容になった。筆者の個人的な見解だが、これは悪いことではないと思う。

共同で原爆慰霊碑に献花する、岸田文雄首相らG7の首脳(首相官邸ウェブサイトより)

◆主役はゼレンスキー・ウクライナ大統領

サミットは、ウクライナのゼレンスキー大統領が訪問したこと、核保有3カ国を含むG7首脳が原爆慰霊碑に献花したこと。この映像が印象に残るサミットだった。そして中国、ロシアと自由陣営の分断を印象付けた。

昨年2月にウクライナ戦争が火ぶたを切り、そして新型コロナウイルスの世界的流行が一服する中で、初めて対面で大規模に行われるサミットになった。この会議でウクライナ戦争と政治に関心が傾くのは当然だ。ただウクライナ戦争ではエネルギー輸出国のロシアが当事国であるために、その資源を今後使わないことも重要な論点になった。

また日本は議長国で独自色を出そうとした。「各国・地域ごとに条件が一様でないと認識した上で、実効的な対策をうつことが重要だ」。20日の気候変動問題の討議で、岸田文雄首相はこう強調した。石炭や、水素利用で、それを熱心に進める日本と、欧州、米加の間に差があるために、それを指摘した発言だ。

そして首脳宣言ではアンモニア、水素の利用など日本の主張が盛り込まれた。化石燃料、特に石炭火力の全廃の期日を指定するなどの過激な主張は盛り込まれなかった。ただし世界の環境派の人からは物足りない内容になった。

◆気候変動・エネルギー関係で、G7広島サミットで決まったこと

首脳宣言では、以下のことが取り上げられた。全66の項目のうち、気候・エネルギーへの言及は18項から27項までを占める。

▼石炭などの化石燃料については、長期的に減らすことが確認された。電力部門で2035年までに大宗を脱化石にすると言うことにとどめた。昨年のサミットからほとんど進展がなかった。(宣言25項)

▼日本が他国に比べて活用が進んでいる水素に加え、アンモニアも利用が書き込まれた。(同)

▼「35年まで、または35年以降に」というあやふやな期日目標だが、小型車の新車販売の大半、35年までに乗用車の100%を排出ゼロ車両にすることで、運輸部門の二酸化炭素排出量を半減することが盛り込まれた。(19項)

▼気候変動のため気温上昇を産業革命以来の1.5度上昇に抑制する。そのために50年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする。こうしたCOP(気候変動枠組み条約締約国会議)で掲げられている目標の達成が誓われた。(18項)

▼エネルギーでの脱ロシアのための取り組みが強調された。(25項)

▼洋上風力、太陽光を引き続き拡大する。(同)

▼一方で、天然ガスの開発は支援する。(26項)

▼原子力の平和利用は拡大し、協力国のサプライチェーンを再強化する。(同)

▼G7では今、COPで揉め始めた、先進国による途上国への資金援助の話は出なかった。

このような内容だった。

◆京都議定書の苦い経験が生きる

このサミットの結果について、朝日新聞社説はサミットへの批判的論評はあったが、気候変動をめぐる論評はなかった。この問題への関心のなさを反映している。「日本は押しとどめられた」「先進国の責任放棄」(共同通信)などの批判が出た。ただ私はこの「変な言質を取られなかった」という点で、日本にとって良かったと思う

ウクライナ戦争以降のエネルギーを巡る混乱は一服し、価格の乱高下も今年5月には1バレル=70ドル台で推移している。しかし、戦争の結末は見通せない。つまりロシアとエネルギーの関わりが将来どうなるかわからない。表面的に西側各国はロシアとの関係を絶っている。しかしロシアからインドなど第三国を通じた輸出が増え、原油貿易が見えなくなっている。つまり表面的に安定しているものの、エネルギー情勢は不透明さを増しているのだ。

気候変動問題で、欧州を中心に過激な脱炭素の取り組みが10年代に進んだ。化石燃料と石炭火力批判、そして再エネの開発だ。しかし、その脱炭素は、ドイツなどのように、ロシアからの天然ガス、原油に支えられたものだった。その状況が大きく転換した。欧州各国で、この1年、気候変動を過度に問題視することに疑問の声が強まっている。

日本は特に今回や石炭火力や化石燃料の廃絶に関して否定的な姿勢を取り続け、議長国だが無理にその問題で合意を取りまとめなかった。これは仕方がないと思う。

「京都議定書の失敗」。官から民まで、日本のエネルギー関係者には、こうした認識がある。気候変動をめぐる1997年の京都議定書を、日本は議長国として取りまとめた。削減数値目標などの義務を負った。そしてアメリカが抜けるなど、その体制が崩壊する状況の変化をしたのに、最後まで残らざるを得なくなった。日本だけが削減義務を履行し、排出権購入などの負担を負ってしまった。

今回のサミットでは、日本政府は同じ失敗を繰り返さなかった。不透明感が強まっている今において変な約束を結んだら、国際エネルギー情勢が日本に不幸になる状況に陥っても、逃げられなくなってしまう。

◆民間には脱炭素の動きは追い風に

エネルギー問題は政府の合意だけでは解決しない。民間企業による財やサービスの提供が必要だ。サミットで非現実的な合意文書を作っても、電力、ガス、石油や、設備メーカーといった日本の産業界がついていけなければ意味がない。もしくはそれらの企業に迷惑になる約束を、日本政府が外国にしても困る。今回の首脳宣言は、脱炭素に強い日本の産業を応援する文言が散りばめられた。

特に、エネルギーのサプライチェーンの強化がG7の共同の課題となった。日本の経済界はこの分野で「ものづくり」の強さがまだあり、財やサービスが提供できる。将来の需要が期待でき、ビジネスの後押しになるだろう。

日本は今、エネルギーでは国際情勢では「様子見」、国内では「建て直し」の時だ。東日本大震災の余波としてまだ続くエネルギーシステムの混乱を修正する時だ。

今回のサミットは、大きなプラスにはならないまでも、日本にとってある程度は成功したと筆者は思う。サミットに関係して打ち出される政策に乗って、ビジネスを進め、気候変動の抑制と地球環境の改善にも貢献できる可能性がある。「地球を守れ」と、理想を掲げる人たちには、お叱りを受けそうな感想だが。

【記者通信/5月26日】消費者庁が一部業務停止命令 ニチガスは法的措置を示唆


電気やガスの訪問営業の際、強引な勧誘や事実に反する説明など特定商取引法に違反する行為があったとして、消費者庁は5月25日、LPガス卸・販売大手の日本瓦斯(ニチガス)に対し一部業務停止命令を出した。具体的には、同日から8月24日までの3カ月間、電気やガスの訪問販売における契約の勧誘、申し込み、締結に関する業務を停止するよう命じている。

消費者庁によると、今回の処分の対象となったのは、ニチガスが業務委託する訪問販売業者が行った次の6件の営業行為だ。

【事例①(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】2021年3月、委託先の営業員Zが消費者A宅を訪問し、「今回ニチガスから、お客さまにお知らせがあり、お伺いしました」「今まで通り、検針票はハガキで送らさせていただきます」などと、電気契約の勧誘が目的であることを明らかにしないまま、「設備サービスは今まで通りで、料金だけニチガス電気に切り替えて、お安く使えるようになった」などと営業を行った。

【事例②(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】21年4月、委託先の営業員Yが消費者B宅を訪問し、「ガス料金の件でこちらの地域を担当している、ニチガス代理店●●のYと申します。ご自宅の方にお伝えがありまして…」などと告げ、都市ガス・電気契約を勧誘する目的であることを明らかにしないまま、「ガスの仕組みが変わってまして、料金がお安くできるようになった」「電気もまとめてもらうとさらにお安くなる」などと営業を行った。

【事例③(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】21年11月、委託先の営業員Xが消費者C宅を訪問し、「年間で3カ月分ぐらいガス料金を下げて使うことができたんですが、まだご存じない方とか、そのままになっている方がいて、その確認でお伺いさせてもらっている」「お知らせが遅れてしまって申し訳ないですが、最短で来月からガス料金を下げて使うことができます」などと、契約を勧誘する目的であることを明らかにしないまま、営業を行った。

【事例④(契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する勧誘)】21年4月、委託先の営業員Wが消費者D宅を訪問し、都市ガス契約を勧誘したところ、Dが「なんだかややこしいからいいや」などと契約締結をしない旨の意思表示をしたにもかかわらず、「簡単に済みます」「特にややこしくはないです」などと勧誘を続けた。

【事例⑤(契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する勧誘)】22年3月、委託先の営業員Vが消費者E宅を訪問し、LPガス契約を勧誘したところ、「ガス会社を替えることは考えていない」などと契約締結をしない旨の意思表示をしたにもかかわらず、「ニチガスに切り替えた方が安くなるかもしれないので、ガス料金を調べさせてください」「検針票を見せてください」などと勧誘を続けた。

【事例⑥(役務の対価につき不実のことを告げる行為)】22年2月、委託先の営業員Uが消費者F宅を訪問し、電気契約を勧誘した際、Fが契約していた特定の事業者と比較して、年間を通して安くなる事実はないにもかかわらず、「大丈夫です。これだけ使っているなら安くなります」「1年を平均すると、ニチガスに切り替えた方がメリットがります」などと、あたかも切り替えた方が年間の電気料金が安くなるかのように不実のことを告げた。

業界からは「厳し過ぎる」「やむを得ない」などの声

今回の一部業務停止命令に対し、ニチガスは「本処分で指摘された違反事例6件は、いずれもお客さまからお申込みを頂いた後、お客さまからのご連絡により当社の供給前に速やかにキャンセルとなったものであり、当社との関係でお客さまに金銭的なご負担を生じさせてしまったものはございません」「本処分を真摯に受け止め、今後の営業活動におきましては、コンプライアンスの遵守に一層の注意を払ってまいります。一方で、本処分が前提とする事実関係・本処分の内容に見解の相違がある点については引き続き然るべき法的措置をとることを含め、当社の見解の主張してまいります」などとコメント。コンプライアンスの徹底に力を入れる方針を示しながらも、事実関係と処分内容については消費者庁と争う構えをちらつかせた。

確かに、6件の事例を見てみると、「訪問販売あるあるというか、誰しもが経験したことのあるような勧誘の方法もみられる。これで3カ月間の業務停止命令とは、処分が厳し過ぎるのではないか」(エネルギー業界関係者)。一方で、LPガス業界からは「現場を知っている立場からすると、6件は氷山の一角。業務停止命令はやむを得ないだろう」(販売店関係者)との指摘も。今回の消費者庁の処分は、電力・ガス全面自由化による小売り事業者の訪問販売合戦に歯止めをかけることになるのか。今後の展開に関心が集まる。