【目安箱/6月24日】アンモニア混焼発電に未来はあるか?


アンモニア混焼発電は、脱炭素のための新たな発電技術として期待される。日本独自のもので、官民が一体となって開発を試みている。ところが欧米諸国の反応は今ひとつ。今回のサミットでも首脳宣言などで推進の文言は入らなかった。しかし「それでいい」との声が電力会社からは聞かれる。関係者は「石炭火力の延命策」のために、取り組んでいるからだ。

アンモニア混焼の実証を行っているJERA碧南火力

◆G7諸国は意図的に無関心

今年2023年の4月に札幌で行われたG7エネルギー環境大臣会合で、経産省とメーカーは、水素・アンモニア混焼の大規模な展示ブースを作った。ところがG7諸国の政府関係者、大臣に同行したいくつかの企業やメディアは、そこを訪問しなかった。招待国のいくつかの国の関係者と、日本企業の担当者が訪問しただけだ。「経産省の某高官が人の入りを確認するためか、何度も見にきていた。各国の関心の少なさにがっかりしたかもしれない」と、電力の技術系幹部が、気の毒そうに感想を述べていた。

各国の無視は意図的なもののようだ。「アンモニア利用の裏の目的は、石炭火力の延命にある。みんな知っている。だから私たち電力は協力するが、欧米諸国は国も企業も無視したのだろう。技術の覇権争いの面もあるだろう」(同幹部)。

ここ数年のサミット、そしてCOP(気候変動条約締約国会議)の主要議題は石炭火力発電の廃止の是非だ。石炭火力は、気候変動問題で悪者にされている。しかし日本は無資源国であり、原子力の運用が見通せない。そのため石炭火力の廃止に消極的だ。他国からの外交攻勢に対抗するために、日本政府は水素・アンモニアを石炭火力と混焼し、それによって発電での二酸化炭素削減を行う方針を掲げている。

その意図を、各国政府は当然承知している。そのために反応しないのだろう。米国のケリー変動問題担当大統領特使はG7の会合で「まず石炭火力の縮小、廃止だ」と、アンモニア混焼に関心を示さなかったという。この大臣会合でも、サミットの首脳宣言でも、水素は文言として盛り込まれたが、アンモニアは言及されなかった。

◆経産省は効果を強調、二酸化炭素排出は大幅削減

日本政府はアンモニア発電の効果を強く主張する。経産省は、日本の石炭火力発電を「アンモニア専焼」の火力発電に置き換えた場合、電力部門からの二酸化炭素排出量は現状の5割まで削減できるとする。「20%混焼」の場合でも、同排出量の1割削減が可能としている。これが事実とすれば、石炭火力の存続のための重要な論拠になろう。

ただし、欧州の環境シンクタンクは、アンモニアの発電利用を揃って批判する。その温室効果ガスの削減効果が限定的であること、またコストが高くなってしまうことを指摘している。経産省の主張は楽観的すぎるかもしれない。(海外の動きを紹介した第一生命経済研究所リポート「アンモニア混焼を巡る日本と欧米の温度差~「日本流脱炭素」はグローバルスタンダードとなりうるか」)

電力会社と経産省、産業界はここ数年、火力発電の未来像を審議会、研究会を使って探ってきた。そこでアンモニアを原料にする発電が注目された。「アンモニアの活用は、火力関係者全体で石炭存続策の知恵を絞った結果出てきたものだ。これを試そうという機運は高まっている」(同)。経産省は2021年に決めた第6時エネルギー基本計画で、2030年に発電の1%を水素・アンモニアにするとした。さらに岸田政権の中心の経済政策GX(グリーン・トランスフォーメーション)では水素と共に官民協力の重点政策の一つにした。

(図1)第6次エネルギー基本計画の電源構成(経産省資料より)

◆LNGへの応用、輸出も視野

国はアンモニア発電で、2021年度から4年間JERA碧南火力発電所での20%混焼を実証中だ。そこでは、大きな問題は起きていない。この技術は2030年頃の実用化が見込まれている。また経産省は、アンモニアの混焼を船舶燃料とLNG発電でも行う予定だ。

欧米には無視をされたが、石炭火力が主力である中進国は、アンモニアの活用に関心を示す。日本政府はアンモニア利用の国際シンポジウムを2021年10月に開催した。そこでマレーシアなどアジア各国のエネルギー大臣にウェブで参加してもらった。そして協力するとの意向を引き出した。将来は輸出ができる可能性がある。そのために、三菱重工、 IHIは、アンモニア発電の開発を、会社の新規ビジネスとする考えを打ち出している。

また水素より、アンモニアは活用が楽だ。運搬の際には、水素はマイナス235度、そして高圧にする必要がある。アンモニアは、マイナス33度で液化し、圧力も少し加えるだけで良い。実際に火力に気化して混焼する場合にも、「既存設備の改造はアンモニアの方が楽」(同)と言う。

ただし、現在のアンモニア合成技術であるハーバー・ボッシュ法では大量のエネルギーの消費が必要で、コストがかかる。「試算では石炭火力のランニングコストを大きく上回る可能性がある」(同)。そのために商業化には、アンモニア製造の技術改善が必要のようだ。

◆カードとして、可能性を探るべき技術

アンモニアの発電への活用は、「日本の独自技術」であることは確かだが、経産省の言うほど劇的に日本の発電を変え、大きなビジネスとなる技術ではなさそうだ。しかし、電力業界にとっては石炭火力発電の延命、メーカーにとっては石炭火力プラントの輸出につながるかもしれない。可能性がある技術カードとして、大切に育てる価値はある。

【記者通信/6月21日】都のエネ関連2委員会に燻る〝また裂き〟懸念


新築住宅への太陽光パネル設置義務付け条例を全国に先駆け成立させた東京都が、エネルギー政策で二の矢三の矢を放とうと、外部識者を招いた2組織を新たに発足させている。ただ、両組織の構成からは、また裂きとなる懸念がぬぐえない。

水素戦略への期待感を示す小池知事

小池百合子知事は6月6日の第2回都議会定例会の所信表明で、G7サミットの成果を引きつつ「『戦略』と『実装』を支える二つの有識者会議を梃子にして、環境に優しく安定したエネルギー基盤の構築を先導してまいります」とぶち上げた。

その後の質疑で、前者の「都エネルギー問題アドバイザリーボード(アドバイザリーB)」は「大局的観点から意見を受け、エネルギー政策の戦略性を一層高める」とし、後者の「再エネ実装専門家ボード(専門家B)」は「技術的、専門的な助言を得ながら、再エネの基幹エネルギー化を加速度的に進める」組織との認識を示した。

アドバイザリーBにはキヤノングローバル戦略研究所の今井尚哉研究主幹、東京大生産技術研究所の岩船由美子教授、国際大学の橘川武郎副学長、国際環境経済研究所の竹内純子主席研究員らが参加。一方、専門家Bには、自然エネルギー財団のエイモリー・B・ロビンス理事、京都大再生可能エネルギー経済学講座の諸富徹教授らが入る。この構成を比べるだけでおおよそ議論の行方は検討がつくだろう。

5月末のアドバイザリーBは、ゼロエミ実現の過程で、どのように都民の理解を得た上で火力発電を稼働させ安定供給体制を維持するか、といった議論が交わされた。一方で、6月19日の専門家Bでは、現状の日本で火力が果たす調整力としての役割を等閑に付すようないわゆる「再エネ万能論」的な言説がみられた。

両者の議論が今後かみ合うのかは、極めて疑問だ。そして、それらを踏まえた都のエネ政策の行方には懸念が尽きない。発信力には定評がある小池知事だけに、万が一「キメラ」が生まれれば、災厄を被るのは都民だけでは済むまい。

【目安箱/6月14日】原発再稼働容認に動く⁉世論調査の変化


日本原子力文化財団が2006年度から継続して調べている「原子力に関する世論調査」の2022年度版がこの5月に発表された。

東京電力の福島第一原発事故から、筆者はこの調査を見て、がっかりし続けてきた。原子力への不信感が非常に高い状況が続いたためだ。ところが21年度から状況に変化が生じ、今回の22年度には、原子力に対する見方は厳しさが残るものの、一時的な活用をすべきという考えが増えている。民の声は天の声―—。日本人の大半は賢明だ。この世論調査で、それが改めて確認できた。この好機を捉えて電力・原子力に関わる人々がその持ち場ごとに、行動を起こすべき時であると思う。

◆改善する原子力のイメージ

この調査では、18の質問を行なっている。その中から、「原子力発電の利用」に関係するテーマ3つを見てみよう。回答者は15~79歳の男女1200人で、全都道府県から無作為抽出された人々だ。昨年(21年)の10月に行った。

原子力発電に対するイメージへの回答(複数回答可)を示す(問1)。肯定的な意見をピックアップすると、「必要」が31.1%、「役立つ」が25.3%と、福島事故から最も高くなった。(図1)

図1

一方で、否定的なイメージへの回答だと、「危険」が61.5%、「不安」が48.8%、「複雑」が40.0%となっている。「危険」「不安」は前年とほぼ同じだが、複雑がここ数年増えている。人々の原子力への印象は、改善していることがうかがえる。

◆電力価格上昇が関心を高める

「エネルギーで関心があるテーマ」への設問への回答は次のとおりだ(問3)。

「地球温暖化」が52.8%と多かったものの、次の「電気料金」が48.3%、3位の「日本のエネルギー事情」が39.1%、4位の「電力不足」が38.9%、6位の「災害による大規模停電」が25.3%となった。「日本のエネルギー事情」は22年度から新しく聞いた項目で比較はできないが、その他の推移を見ると、「電気料金」「日本のエネルギー事情」「電力不足」「停電」は、いずれも関心が増えている(図2)。

図2

電気料金の高騰、電力不足、停電危機に直面し、人々の意識が変わったことを反映したものだろう。

◆原子力活用に対する厳しい見方は変わらず

原子力発電の利用に関する考えはどうだろうか(問8)。もっとも多い意見は「徐々に廃止」44.0%、次いで「わからない」28.8%。積極的な原発利用層である「維持」「増加」はそれぞれ 12.0%、5.4%となった。一方、「即時廃止」は 4.8%にとどまった。

原子力エネルギーをめぐる不信感は社会に根強く残る。それでも、即時廃止は東電事故以来最も少なく、肯定的意見はここ数年には漸増している。

目先の原子力再稼働についてはどうだろうか(問9、図3)。「原子力発電の再稼働を進めることについて、国民の理解は得られていない」という問いに「得られていない」が46.0%と、「得られている」の4.5%を大きく上回り、国民の視線は厳しい。

しかし「電力の安定供給」「地球温暖化対策」「日本経済への影響」などの理由を背景に、原子力発電所の再稼働を求める人が、ここ数年増えている。「電力の安定供給のために原子力発電の再稼働が必要」問という人は、35.4%に達した。

図3



このほかの調査でも、原子力の最終処分の必要性で認知は広がっていた。また信頼できる情報は少ないと感じる人が多かった。

この状況を見ると、ウクライナ戦争などエネルギーに影響を与える国際情勢の変化、日本国内の電力供給の混乱を前にして、人々はエネルギー問題を冷静に受け止め、原子力のあり方を考えようとしている。そして正確な情報を得ようとしている。日本人は賢明だ。

◆原子力の必要を主張するときか?

岸田文雄首相は昨年7月中旬、電力不足に備えて原発の再稼働を進める意向を表明。そして岸田政権は今年2月にグリーントランスフォーメーション(GX、脱炭素移行)戦略を決定し、そこで電力供給の安定化と原子力の活用を、政策課題の一つにした。東電事故以来、あいまいな状況であった原子力政策は「活用」に転換した。

しかし現時点では掛け声だけで、政府は具体的な対策に踏み出していない。原子力の発展に足枷になっているのは、原子力規制委員会による過剰規制による再稼働の遅れ、そして電力自由化による電力会社の経営先行き不安と原子力への投資の抑制の2つだ。それらの大問題には政府は手をつけていない。関係者からも「変えよ」という強い要求は出ていない。

世論の原子力への態度が、ここまで変わったのだから、政府、そして民間の担い手は、そうした原因の改善にもう一歩踏み出していいのではないか。また上記に示されたように「国民の理解が得られていない」としながら、再稼働を認める人が増えている。だとしたら政府と政治家、そして当事者の電力会社は、再稼働、また原子力問題について国民に語り、理解を深めるべきであろう。

状況は変わりつつある。それを動かしてほしい。

【記者通信/6月13日】福島原発ドラマ『THE DAYS』が問い掛けるもの


凄まじいまでの迫力と緊迫感に満ちたドキュメンタリードラマだ。3.11で発生した東京電力福島第一原発事故を描いたNetfrix(ネットフリックス)配信ドラマ『THE DAYS』を観た。全8話からなる本作の企画・脚本・プロデュースを担当したのは、『白い巨塔』をはじめとした骨太の社会派ドラマを手掛けてきた増本淳氏。門田隆将氏の『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫刊)を原案に、共同通信社・原発事故取材班の『全電源喪失の記憶: 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』(新潮文庫刊)、「事故調査報告書」、「吉田調書」を柱に脚本を書いたという。そんな増本氏と『コード・ブルー』シリーズで長年タッグを組んできた西浦正記氏、『リング』シリーズの中田秀夫氏がダブル監督を務め、この大作を作り上げた。

政府、本店、現場…極限状態で交錯する人間模様

福島原発が大地震直後の巨大津波に襲われる初回から、息詰まる緊迫したシーンの連続だ。原発施設内、電力会社本店、政府部内と異なる三つの視点で、ドラマは展開する。全電源喪失による致命的な大事故を回避すべく、所長(役所広司)、当直長(竹野内豊)、ベテラン運転員(小林薫)をはじめとする現場従業員がまさに命がけの作業に当たる中、放射線量上昇、冷却水の水位低下、消防車の不足、炉内温度の上昇、格納容器の圧力上昇、炉心融解など、想定外の重大問題が次から次へと発生する。

そんな極限状態の現場をよそに、強烈な政治圧力をかける官邸サイド、右往左往するばかりの原子力安全・保安院、紋切り型の対応に終始する原子力安全委員会、政府の顔色をうかがい現場に無理難題を押し付ける本店幹部――。それぞれの人間模様が交錯する中で、ついに1号機が水素爆発、続けて3号機の水素爆発、そして4号機の使用済み燃料プールの水位低下と、事態は最悪の展開に向かって刻々と進んでいく。もし、チェルノブイリ級の原発事故に発展すれば、東日本一帯は何十年も人が住めない地域となり、日本列島は北海道と西日本とに分断されてしまう。さあ、どうする!?

視聴者をベント現場に引きずり込む見事な演出

2020年3月に公開された『Fukushima50』もリアリティにあふれた映画だったが、本作の迫力は明らかにそれを上回る。全8話・約7時間という長尺をフルに生かし、政府や会社組織、原発内でのやり取りを事細かに再現。特に、停電して真っ暗な制御室から懐中電灯の明かりのみで建屋に入りベント作業に挑んでいくシーンは、作業員の荒い息遣いと暗闇に鳴り響く線量計の警報が聞こえるのみ。否応なしに、視聴者をその場に引きずり込む。観ているこちらまで息苦しくなる、見事な演出だ。津波襲来や水素爆発の場面では、あまり表に出ることのなかった凄惨な現場模様が克明に映し出される。そしてラストシーンに向かう7話から8話にかけては、最後まで原発施設内に残った吉田所長以下、現場関係者の思いや覚悟、やり場のない被災者の悲しみに触れ、多くの人が涙腺崩壊状態になるのは間違いない。

「俺たちは死ぬために(原発に)残っているわけじゃない。やることがあるから残っている。必ず原発事故の暴走を止める。それで、みんなで家族の元へ帰ろう」(吉田所長)

本作を一気に見終わった後、改めて思った。これは民放では放映できないなと。そもそも投げかけているテーマが重すぎる。一般の人が本作を観たら、「やはり原発は危ないから止めたほうがいい」と率直に思うだろう。しかし、本質はそこではない。原発が想定を超えた重大事故の危機に直面したとき、他の誰よりも現場を熟知する従業員が自らの経験や判断を信じて、家族のため、地域のため、ひいては日本のために、命がけの行動を取ることができるのか。公益事業者の使命・在り方を鋭く問い掛ける。

人の力が果たす大きな役割

原発事故において最初に命の危険にさらされるのは、地域の住民ではない。施設内にいる従業員だ。そんな状況に置かれた彼らが身を挺して事故対応・復旧作業に挑めるかどうかが、原発の行方を左右する。3.11にしても、現場作業員の命がけの行動がなければ、事故の被害は一段と深刻化していた可能性は否定できない。新規制基準に基づくハード面の安全対策強化が重要なのは言うまでもないが、いざというときには、やはり人の力が大きな役割を果たすことになるのだ。

競争導入を柱とする電力システム改革が進み、電力会社が普通の民間会社と化していく中で、公のために身を粉にして働くという現場の意識、いわば公益事業者としての矜持は、どんどん薄れているように思える。首都直下、南海トラフ・・・。そう遠くない将来、巨大地震は必ず起きる。果たしてそのとき、直面する事態から逃げ出さず、職務を全うできる現場関係者が、今の電力会社にどれほどいるのだろうか。誤解を恐れずに言えば、現在の東京電力ではこのドラマは生まれないかもしれない。

教訓は規制運用体制の再構築

いずれにしても、そんな現場の安全を支えるのが、規制の運用体制である。本作では、その運用体制がぐだぐだなおかげで、現場の混乱に拍車が掛かり、結果として作業員の安全が脅かされる様子が克明に描かれる。ちなみにエネルギーフォーラム5月号では、福島伸享衆院議員が自身のコラム『永田町便り』で、こんな指摘を投げ掛けていた。〈これまで日本では、事故が起きるたびに「規制の強化」が行われてきた。しかし、それは形式的な規制の量が増えるだけで、規制の質の高度化はなされていない。規制の運用体制が注目されることもなかった。国会は、規制を定める法案の条文を審査する能力を持たず、ましてや規制の運用を顧みることはほとんどない。(中略)。規制そのものより、規制を作る統治機構そのものの問題を私たちは認識しなければならない〉。実に正鵠を得た問題提起といえよう。

今国会で脱炭素電源法案が成立し、わが国では3.11以降停滞を続けてきた原子力政策がようやく本格始動する下地が整った。日本経済・国民生活を支える電力の安定供給、およびカーボンニュートラル社会の実現を目指す上で、原発は欠かすことのできない重要電源だ。だからこそ、政府も、事業者も、われわれメディアも、福島事故の教訓を決して忘れるべきではない。教訓は、脱原発にあらず、規制運用体制の再構築である。その意味で、ネットフリックス会員限定ではあるが、脱炭素電源法が成立した今この時期に、あの福島事故を疑似体験できる本作を、一人でも多くの関係者にご覧いただきたいと思う。

【記者通信/6月12日】立憲・維新が電気料金対策を提言 需要家に直接補助


立憲民主党と日本維新の会の幹7人は6月8日、西村康稔経済産業相と会談し、電気料金高騰対策についての提言書を手渡した。それによると、両党は政府による電気料金の激変緩和措置について、①事業者への補助金制度では「中抜き」の懸念があること、②一律引き下げでは省エネ効果が薄いこと、③低所得者への支援が欠落していること、④持続可能性を欠くこと、⑤終了後の負担上昇による影響――などを問題だと主張。新たな措置として「エネルギー手当」と題した需要家への直接給付、既存住宅の断熱化への補助金給付など4点の施策を明記した。

西村経産相(中央)に提言書を手渡す立憲民主党の長妻昭政務調査会長ら4人(左側)と、日本維新の会の音喜多俊政調会長ら3人

特に、エネルギー手当については、電力会社への補助金投入ではなく、新たな激変緩和措置として今年10月から6カ月間、電力会社との契約形態に応じた一定額を需要家に直接支給することを盛り込んだ。具体的には、月額で低圧・電灯3000円、低圧・電力4000円、高圧5万円、特別高圧60億円に設定。今年度予算規模で計1.9兆円になると試算している。

提言書では電気料金対策のほか、カルテルや顧客情報の不正閲覧など大手電力会社で相次いだ不祥事に言及し、「電力市場の公正な競争を阻害する重大な違法行為であり、当該電力会社の責任は大きい」とした。その上で、「規制料金の値上げ申請に対して認可することは、到底、国民の納得が得られる状況ではない」と批判。公正な電力市場構築のためとして、①値上げの申請内容が適切か厳格に精査すること、②不正閲覧事案に対する罰則強化、③電力システム改革の継続――を政府に求めた。

【記者通信/6月1日】遅滞する原発の安全審査 官・民・報の責任を問う


原子力発電の「最大限活用」を掲げたGX(グリーントランスフォーメーション)関連法案が5月31日、参院本会議で与党や日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。原発の「60年超」運転の実現などを柱に、2011年の福島事故以来停滞を続けてきた原子力政策の前進が期待されるが、肝心の安全審査を巡っては書類の不備など事業者のミスが後を絶たない。「科学的に安全性を審査する」という本質から離れた部分で右往左往し審査が遅れている現状は、国の方針とも逆行する。遅滞なき原子力政策の推進に向け、原子力規制委員会、事業者双方の努力が求められるとともに、報道するメディアの責任も問われている。

書類を「車の上」に置き忘れ 「3km」を「3m」と入力

昨年末から安全審査を巡る事業者の不祥事報道が相次いでいる。

建設中の日本原燃・六ケ所再処理工場(青森県)の審査を巡り、昨年12月に申請書6万頁のうち3100頁に誤記や様式不備、記載漏れ、落丁などが見つかった。今年1月には同工場で使用済み核燃料の移動中に照明が消え、国際原子力機関(IAEA)の監視ができなくなるトラブルも発生。規制委は4月、原燃の増田尚宏社長を呼び出し、再発防止を図るよう厳しく指導した。

こちらも建設中のJパワー・大間原発(青森県)の審査を巡っては5月、耐震設計の計算で地表から断層上端までの深さを「3㎞」ではなく「3m」と入力していたことが判明した。地震動の計算において、本来よりも大きな揺れに見舞われる計算となっていたのだ。同社は現在、再発防止策の策定を進めている。

そして同月には、東京電力・柏崎刈羽原発(新潟県)で書類紛失事件があった。20代の社員が6号機の火災や浸水対策に関する書類38枚を無断で持ち出し、車の屋根に置き忘れて走行中に紛失したというのだ。安全上重要な情報や核物質防護に関する情報は含まれていないというが、国民のひんしゅくを買うお粗末な事件だった。

敦賀2号機に「最後通牒」 原電だけが悪いのか 

安全審査で最も厳しい状況に置かれているのが日本原電・敦賀2号機(福井県)だ。規制委は4月5日、審査の申請書に165件の誤りが見つかったとして、原電に8月末までの再提出を求める行政指導を行った。修正書類に誤りがあれば再申請はできない。事実上の「最後通牒」といえる。敦賀2号機の審査中断は2回目ということもあり、メディアでは批判的な報道が目立っているが、審査中断の真相はなぜか報じられていない。

1回目の審査中断は20年、原電が無断で資料を書き換えていたことに端を発する。「無断で書き換えた」というと、自らが有利になるように工作したと捉えられがちだが、実際には異なる。規制庁から「きちんとした形で更新して最新の形で審査資料として提出するよう」に指示を受け、「最新の形」にするための書き換えだったのだ。のちに原電への疑いは晴らされ、昨年10月に審査が再開された。ところが、その後、2号機建屋の真下を通る破砕帯と活断層の疑いがある断層との連続性を調べるボーリング調査で、取り出した薄片の資料の一部が最新の活動面を示していなかったことが判明。これに規制委は態度を硬化し、2回目の審査中断となった。

そもそも審査の遅滞の原因となっている「活断層論争」は、規制委が14年に設置した有識者会合が、科学的根拠なく「活断層だ」と疑い続けたのが発端だ。ないことを明らかにする“悪魔の証明”を求められた原電は、国内外の専門家に調査を嘱託し、「活断層ではない」という判断を示した。だが、規制委は聞く耳を持たなかった。規制委の組織理念に「内外の多様な意見に耳を傾け、孤立と独善を戒める」とあるにもかかわらず――。

本質問題を置き去りの報道 国民の不信感を増幅

規制委は、いわゆる三条委員会として行政処分の権限など省庁に準ずる機能があり、独立性を持っている。とはいえ、国の行政機関の一つであることも事実だ。行政手続法では原発の再稼動はおおむね2年間で審査することになっているが、10年近くたってもまだ審査を続けているサイトが少なくない。

「世間一般の常識に照らして、また欧米の例を見ても、3.11以降の原子力停滞はあり得ないことだ。一つや二つの原発ならまだしも、BWR(沸騰水型原子炉)をはじめとする国内の多くの原発で審査の遅延が発生し、巨額の安全対策工事費を投じながら長期停止を余儀なくされている。国は、行政ルールが守られず国益を大きく損なっていることに対して、規制委の責任が何ら問われない現状を放置するべきではない」(環境NPO関係者)

メディアでこうした規制側の本質的な問題が語られることは少なく、大なり小なり事業者のミスばかりが取り上げられる。こうして国民に「資料すらまともにつくれない事業者」を取り締まる「正義の規制委」というイメージが植え付けられ、事業者への不信感は増すばかりだ。

こうした規制行政については、「規制庁が今のマインドを続けて審査を行うと考えると絶望感に陥る。それくらい電力会社の社員は日々、不条理な規制行政に対応せざるを得ない状況にある。とても正常とはいえない」と語る電力関係者もいるほど、安全審査の非効率性には疑問の声が挙がっている。

本質から離れた部分で混乱し審査が遅れている現状は、事業者だけでなく規制委にとっても不本意だろう。原子力政策を遅滞なく進めるためにも、事業者・規制委の努力とメディアの公平な報道を求めたい。

【記者通信/5月31日】都がエネ政策で有識者会議 電力対策と水素利活用を議論


東京都は5月29日、電力の需給ひっ迫問題や電気料金高騰、脱炭素社会構築などのエネルギー問題について有識者から意見を聞く会議「東京都エネルギー問題アドバイザリーボード」を発足させた。同日に都庁内で第1回会合を行い、冒頭のあいさつで小池百合子都知事は「1400万人の東京都民の経済規模などを考えれば、エネルギー問題の解決に都は大きな役割を果たさなければいけない」と述べ、足元の電力需給対策と水素エネルギー利活用の両面から、都のエネルギー政策の方向性を検討していく考えを示した。

都が直面するエネルギー問題の解決に意欲を見せる小池知事

アドバイザリーボードの委員には、キヤノングローバル戦略研究所の今井尚哉研究主幹のほか、東京大生産技術研究所の岩船由美子教授、東京大学の大橋弘副学長、国際大学の橘川武郎副学長、国際環境経済研究所の竹内純子主席研究員、早稲田大法学部の森本英香教授の6氏が就任。会合では、①これからの電力需要と供給の考え方、②水素のエネルギーとしての利用について――の2点を中心に議論を行った。この中で、今井氏は「化石燃料からの転換について答えは水素しかない。移行スピードを上げていくには、技術開発とインフラ整備計画が噛み合わないとできない」と話し、水素エネルギーの積極的な利活用の推進を訴えた。

この会合に今井氏が委員参加したことで業界から大きな関心を集めている

都は、東京五輪後の晴海五丁目選手村地区で水素ステーション、水素パイプライン、純水素型燃料電池などを整備しており、水素を使った環境先進都市モデルの実現を目指している。小池都知事は会合で、「再エネの普及拡大と電力の安定確保。どちらもしっかり実行しながら、同時に国や民間企業を巻き込んでいきたい」と話すなど、第7次エネルギー基本計画への提言も視野に入れおり、有識者会議設立の背景には、日本のエネルギー政策に影響力を持たせたい小池都知事の狙いがあるとみられる。また都の担当者は「今回の有識者会議で水素活用の道筋を開くことができれば」とも話しており、今後は他の自治体との施策連携も進めたい考えだ。

【記者通信/5月31日】航空燃料の1割をSAFに 経産省が義務付け案


経済産業省・資源エネルギー庁は5月26日、航空業界の脱炭素化を図る「持続可能な航空燃料(SAF)」の導入促進に向けた官民協議会を開き、施策の方向性についての中間取りまとめ案を示した。2030年に国内の空港で航空機に供給する燃料の1割をSAFにするよう、石油元売り会社に義務付けることなどが柱。事業者側の意見も踏まえ、23年度中にもエネルギー供給構造高度化法の告示を改正する方針だ。

SAFを巡っては、航空分野のCO2排出量を大幅に減らせるとして世界各国で争奪戦が勃発している。今回の中間取りまとめ案では、「規制案」と「支援策」の両軸によるSAFの生産供給の環境整備を明記。規制案では国内航空燃料1割のSAF導入を石油元売りに義務付け、罰則も定めているのが特徴だ。これまでエネルギー供給構造高度化法の中で勧告、改善命令などの罰則を行った例はなく、エネ庁によれば「国としての意志を示すことに主眼を置いた」(石油精製備蓄課)。支援策では、設備投資や原料調達サプライチェーンの構築などを盛り込んだ。特に東南アジアやオーストラリアでの原料開発、輸送インフラ整備に関しては、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による出資・債務保証も将来的に検討するとしている。

官民協議会には石油元売りや航空会社が参加。参加企業からは「SAFはまだこれからの技術。継続的な取り扱いを望む」など、SAFの必要生産量確保に向けた支援継続や、製造コスト適正化への積極的な政策投資を望む声が出た。国内でのSAF製造を見ると、コスモ石油などが大阪・堺製油所内に生産設備を構築。「堺製油所内の施設が予定通り稼働すれば、SAF製造能力は年間3万klほど」(コスモ石油担当者)とする中で、経産省は30年における国内SAFの需要見通しについて、ジェット燃料使用量の10%にあたる約171万klと試算する。目下の課題は供給量の積み上げだ。

取りまとめ案では、SAF供給量を30年までに約192万klとする予測を立てており、石油精製備蓄課の細川成己課長は本誌の取材に「今後若干のずれはあるかもしれないが、一定の(SAF供給)見込みは立ってきた」と自信を見せた。現在、SAFの基となる廃食油(調理で使用後の油)の約3割は海外に輸出されており、それを原料として作られた割高なSAFを輸入している現状がある。供給量の目標達成には、廃食油の国内調達比率の向上などが必須だ。取りまとめ案では各省庁で連携し、原料確保に向けたアクションプランの年内策定も盛り込まれた。

【目安箱/5月29日】G7サミットの成功と評価 余計な約束せぬ日本


先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が5月21日に閉幕した。ウクライナ戦争と核兵器廃棄の誓いが焦点となり、エネルギー問題はそれほど関心を集めなかった。そして気候変動やエネルギー問題の宣言では、EUの主張に日本が抵抗し、過激さのない穏当な内容になった。筆者の個人的な見解だが、これは悪いことではないと思う。

共同で原爆慰霊碑に献花する、岸田文雄首相らG7の首脳(首相官邸ウェブサイトより)

◆主役はゼレンスキー・ウクライナ大統領

サミットは、ウクライナのゼレンスキー大統領が訪問したこと、核保有3カ国を含むG7首脳が原爆慰霊碑に献花したこと。この映像が印象に残るサミットだった。そして中国、ロシアと自由陣営の分断を印象付けた。

昨年2月にウクライナ戦争が火ぶたを切り、そして新型コロナウイルスの世界的流行が一服する中で、初めて対面で大規模に行われるサミットになった。この会議でウクライナ戦争と政治に関心が傾くのは当然だ。ただウクライナ戦争ではエネルギー輸出国のロシアが当事国であるために、その資源を今後使わないことも重要な論点になった。

また日本は議長国で独自色を出そうとした。「各国・地域ごとに条件が一様でないと認識した上で、実効的な対策をうつことが重要だ」。20日の気候変動問題の討議で、岸田文雄首相はこう強調した。石炭や、水素利用で、それを熱心に進める日本と、欧州、米加の間に差があるために、それを指摘した発言だ。

そして首脳宣言ではアンモニア、水素の利用など日本の主張が盛り込まれた。化石燃料、特に石炭火力の全廃の期日を指定するなどの過激な主張は盛り込まれなかった。ただし世界の環境派の人からは物足りない内容になった。

◆気候変動・エネルギー関係で、G7広島サミットで決まったこと

首脳宣言では、以下のことが取り上げられた。全66の項目のうち、気候・エネルギーへの言及は18項から27項までを占める。

▼石炭などの化石燃料については、長期的に減らすことが確認された。電力部門で2035年までに大宗を脱化石にすると言うことにとどめた。昨年のサミットからほとんど進展がなかった。(宣言25項)

▼日本が他国に比べて活用が進んでいる水素に加え、アンモニアも利用が書き込まれた。(同)

▼「35年まで、または35年以降に」というあやふやな期日目標だが、小型車の新車販売の大半、35年までに乗用車の100%を排出ゼロ車両にすることで、運輸部門の二酸化炭素排出量を半減することが盛り込まれた。(19項)

▼気候変動のため気温上昇を産業革命以来の1.5度上昇に抑制する。そのために50年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする。こうしたCOP(気候変動枠組み条約締約国会議)で掲げられている目標の達成が誓われた。(18項)

▼エネルギーでの脱ロシアのための取り組みが強調された。(25項)

▼洋上風力、太陽光を引き続き拡大する。(同)

▼一方で、天然ガスの開発は支援する。(26項)

▼原子力の平和利用は拡大し、協力国のサプライチェーンを再強化する。(同)

▼G7では今、COPで揉め始めた、先進国による途上国への資金援助の話は出なかった。

このような内容だった。

◆京都議定書の苦い経験が生きる

このサミットの結果について、朝日新聞社説はサミットへの批判的論評はあったが、気候変動をめぐる論評はなかった。この問題への関心のなさを反映している。「日本は押しとどめられた」「先進国の責任放棄」(共同通信)などの批判が出た。ただ私はこの「変な言質を取られなかった」という点で、日本にとって良かったと思う

ウクライナ戦争以降のエネルギーを巡る混乱は一服し、価格の乱高下も今年5月には1バレル=70ドル台で推移している。しかし、戦争の結末は見通せない。つまりロシアとエネルギーの関わりが将来どうなるかわからない。表面的に西側各国はロシアとの関係を絶っている。しかしロシアからインドなど第三国を通じた輸出が増え、原油貿易が見えなくなっている。つまり表面的に安定しているものの、エネルギー情勢は不透明さを増しているのだ。

気候変動問題で、欧州を中心に過激な脱炭素の取り組みが10年代に進んだ。化石燃料と石炭火力批判、そして再エネの開発だ。しかし、その脱炭素は、ドイツなどのように、ロシアからの天然ガス、原油に支えられたものだった。その状況が大きく転換した。欧州各国で、この1年、気候変動を過度に問題視することに疑問の声が強まっている。

日本は特に今回や石炭火力や化石燃料の廃絶に関して否定的な姿勢を取り続け、議長国だが無理にその問題で合意を取りまとめなかった。これは仕方がないと思う。

「京都議定書の失敗」。官から民まで、日本のエネルギー関係者には、こうした認識がある。気候変動をめぐる1997年の京都議定書を、日本は議長国として取りまとめた。削減数値目標などの義務を負った。そしてアメリカが抜けるなど、その体制が崩壊する状況の変化をしたのに、最後まで残らざるを得なくなった。日本だけが削減義務を履行し、排出権購入などの負担を負ってしまった。

今回のサミットでは、日本政府は同じ失敗を繰り返さなかった。不透明感が強まっている今において変な約束を結んだら、国際エネルギー情勢が日本に不幸になる状況に陥っても、逃げられなくなってしまう。

◆民間には脱炭素の動きは追い風に

エネルギー問題は政府の合意だけでは解決しない。民間企業による財やサービスの提供が必要だ。サミットで非現実的な合意文書を作っても、電力、ガス、石油や、設備メーカーといった日本の産業界がついていけなければ意味がない。もしくはそれらの企業に迷惑になる約束を、日本政府が外国にしても困る。今回の首脳宣言は、脱炭素に強い日本の産業を応援する文言が散りばめられた。

特に、エネルギーのサプライチェーンの強化がG7の共同の課題となった。日本の経済界はこの分野で「ものづくり」の強さがまだあり、財やサービスが提供できる。将来の需要が期待でき、ビジネスの後押しになるだろう。

日本は今、エネルギーでは国際情勢では「様子見」、国内では「建て直し」の時だ。東日本大震災の余波としてまだ続くエネルギーシステムの混乱を修正する時だ。

今回のサミットは、大きなプラスにはならないまでも、日本にとってある程度は成功したと筆者は思う。サミットに関係して打ち出される政策に乗って、ビジネスを進め、気候変動の抑制と地球環境の改善にも貢献できる可能性がある。「地球を守れ」と、理想を掲げる人たちには、お叱りを受けそうな感想だが。

【記者通信/5月26日】消費者庁が一部業務停止命令 ニチガスは法的措置を示唆


電気やガスの訪問営業の際、強引な勧誘や事実に反する説明など特定商取引法に違反する行為があったとして、消費者庁は5月25日、LPガス卸・販売大手の日本瓦斯(ニチガス)に対し一部業務停止命令を出した。具体的には、同日から8月24日までの3カ月間、電気やガスの訪問販売における契約の勧誘、申し込み、締結に関する業務を停止するよう命じている。

消費者庁によると、今回の処分の対象となったのは、ニチガスが業務委託する訪問販売業者が行った次の6件の営業行為だ。

【事例①(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】2021年3月、委託先の営業員Zが消費者A宅を訪問し、「今回ニチガスから、お客さまにお知らせがあり、お伺いしました」「今まで通り、検針票はハガキで送らさせていただきます」などと、電気契約の勧誘が目的であることを明らかにしないまま、「設備サービスは今まで通りで、料金だけニチガス電気に切り替えて、お安く使えるようになった」などと営業を行った。

【事例②(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】21年4月、委託先の営業員Yが消費者B宅を訪問し、「ガス料金の件でこちらの地域を担当している、ニチガス代理店●●のYと申します。ご自宅の方にお伝えがありまして…」などと告げ、都市ガス・電気契約を勧誘する目的であることを明らかにしないまま、「ガスの仕組みが変わってまして、料金がお安くできるようになった」「電気もまとめてもらうとさらにお安くなる」などと営業を行った。

【事例③(勧誘目的等の明示義務に違反する行為)】21年11月、委託先の営業員Xが消費者C宅を訪問し、「年間で3カ月分ぐらいガス料金を下げて使うことができたんですが、まだご存じない方とか、そのままになっている方がいて、その確認でお伺いさせてもらっている」「お知らせが遅れてしまって申し訳ないですが、最短で来月からガス料金を下げて使うことができます」などと、契約を勧誘する目的であることを明らかにしないまま、営業を行った。

【事例④(契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する勧誘)】21年4月、委託先の営業員Wが消費者D宅を訪問し、都市ガス契約を勧誘したところ、Dが「なんだかややこしいからいいや」などと契約締結をしない旨の意思表示をしたにもかかわらず、「簡単に済みます」「特にややこしくはないです」などと勧誘を続けた。

【事例⑤(契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する勧誘)】22年3月、委託先の営業員Vが消費者E宅を訪問し、LPガス契約を勧誘したところ、「ガス会社を替えることは考えていない」などと契約締結をしない旨の意思表示をしたにもかかわらず、「ニチガスに切り替えた方が安くなるかもしれないので、ガス料金を調べさせてください」「検針票を見せてください」などと勧誘を続けた。

【事例⑥(役務の対価につき不実のことを告げる行為)】22年2月、委託先の営業員Uが消費者F宅を訪問し、電気契約を勧誘した際、Fが契約していた特定の事業者と比較して、年間を通して安くなる事実はないにもかかわらず、「大丈夫です。これだけ使っているなら安くなります」「1年を平均すると、ニチガスに切り替えた方がメリットがります」などと、あたかも切り替えた方が年間の電気料金が安くなるかのように不実のことを告げた。

業界からは「厳し過ぎる」「やむを得ない」などの声

今回の一部業務停止命令に対し、ニチガスは「本処分で指摘された違反事例6件は、いずれもお客さまからお申込みを頂いた後、お客さまからのご連絡により当社の供給前に速やかにキャンセルとなったものであり、当社との関係でお客さまに金銭的なご負担を生じさせてしまったものはございません」「本処分を真摯に受け止め、今後の営業活動におきましては、コンプライアンスの遵守に一層の注意を払ってまいります。一方で、本処分が前提とする事実関係・本処分の内容に見解の相違がある点については引き続き然るべき法的措置をとることを含め、当社の見解の主張してまいります」などとコメント。コンプライアンスの徹底に力を入れる方針を示しながらも、事実関係と処分内容については消費者庁と争う構えをちらつかせた。

確かに、6件の事例を見てみると、「訪問販売あるあるというか、誰しもが経験したことのあるような勧誘の方法もみられる。これで3カ月間の業務停止命令とは、処分が厳し過ぎるのではないか」(エネルギー業界関係者)。一方で、LPガス業界からは「現場を知っている立場からすると、6件は氷山の一角。業務停止命令はやむを得ないだろう」(販売店関係者)との指摘も。今回の消費者庁の処分は、電力・ガス全面自由化による小売り事業者の訪問販売合戦に歯止めをかけることになるのか。今後の展開に関心が集まる。

【目安箱/5月22日】今こそ「ドイツに学べ」 原発ゼロの失敗を教訓に


◆ドイツは原発ゼロを達成したけれど

2023年4月15日、ドイツで稼働していた3の原子炉が停止した。これによってドイツの電力供給で原子力発電の割合がゼロになった。ドイツが目指した脱原発が実現した。

11年3月の福島第1原発事故を受けて当時のメルケル政権は2022年末までに廃止することを法制化した。しかし、ウクライナ戦争で、延期されていた。

ドイツ社会を外観してみると、この達成の喜びよりも、エネルギー不足や価格の高騰への不安感が目立つ。筆者はドイツ語を読めず、翻訳ソフトや英文ニュースを使い断片的に情報を知るだけだが、そんなニュースばかりだ。そして海外の報道は揃って、「ドイツ経済は大丈夫か」という、懐疑的な分析だった。

日本では、脱原発を唱えていたメディアやエネルギーの専門家が、このニュースを積極的に報道していない。改めて整理して、ここに提供してみたい。

ソーラーぺネルが並ぶドイツの街並み

◆イデオロギーで突き進むドイツらしさ

原発ゼロを巡っては、各種世論調査でドイツの人々が不安を示している。公共報道ARDが今年4月11日に行ったアンケートでは、「原発ゼロが正しい」との回答が34%に対して、「間違っている」との回答が59%だった。

このように不安があるのに、原発ゼロに踏み出したのは、現在は左派連合政権であることの影響が大きいだろう。気候変動政策と経済・産業政策を同時に担当する経済・気候保護大臣は、緑の党のロベルト・ハーベック共同代表だ。この党は1980年代の反原発運動を起源とする政党なので、原発ゼロの危うい政策に固執するのだろう。

22年2月に始まったウクライナ戦争の後で、ドイツの原発ゼロ政策は迷走した。ドイツの原子力発電の縮小は、ロシアからの安い天然ガスによる発電が支えていた。戦争勃発後に、西側諸国は侵略戦争を支援しかねないことからロシア産のガス、石油の輸入を縮小し、ドイツも追随した。しかもドイツへ天然ガスの2割を供給していたロシアからのパイプラインであるノルドストリームが昨年10月に破壊され、ロシアからのガス供給は大幅に減少した。

ドイツは自国資源の石炭の使用や、他国から天然ガスを購入して急場を凌いでいる。しかし、それは解決策にはならず、エネルギー価格は軒並み上昇した。ドイツの冬は寒い。ベルリンの北緯は52度で、日本の近くだとサハリンと同程度だ。昨年、ドイツは家庭向け電力で小売価格の上限を設定、ガスに補助金を出した。それでも今年の冬は北部地域で、4人家族一戸建てで、燃料費が月800ユーロ(約12万円)を超えた家庭も多かったと報道されている。政府からの補助金で2~3割程度価格が抑制され、エネルギー企業は経営を続けているが、それは巨額の補助金によるもので長続きしない。

◆ドイツ製造業の海外移転の一因

外部環境が変わっても非合理的な政策を突き進めてしまう、ドイツの政治を不思議に思う。脱原発はドイツの環境運動がほぼ半世紀にわたって追求してきた。これは、冷戦終結後の左翼運動のシンボルになってしまったことや、従来からの環境保護への強い関心などさまざまな要素によって支えられている。その結果、もはや抜けられなくなってしまい、イデオロギーが政策を支配してしまった。

また、これまでの脱原発政策の結果、原発から関連企業が撤退し、復活したくても、機材や燃料が作れないために事業を手掛けられなくなってしまった状況もあるようだ。

エネルギー政策の混乱、電力料金の上昇に産業界は悲鳴を上げている。ドイツの産業向け電力料金は、現在E U平均の4割高になっている。

孫引きだが、「ドイツ企業の海外移転が加速か」というIEEI(国際環境経済研究所)の記事によると、22年2月にドイツ産業連盟(BDI)の行った中小企業対象のアンケート調査で、回答した418社のうち、65%がエネルギー高騰への対応を迫られている。23%で経営存続が難しくなっているとし、さらに約20%が一部生産拠点の海外移転を考えていると答えている。

また昨年11月29日に行われた経済・気候保護省などが主催する会議で、ドイツ商工会議所連合会のマルティン・ヴァンスレーベン会長は、「非常に高いエネルギーコストのために、ドイツ企業が海外移転する現実の危険がある」と語った。ドイツ企業は、米国と中国への生産拠点の移転を考えているようだ。連邦統計局の調査によると、エネルギーコストの高騰を理由に、すでに60企業に1つが海外に拠点を移したという。

逆に、欧州諸国では気候変動、大気汚染をもたらす石炭火力からの転換、発電料金が安いとの理由から、原子力発電の増設気運が広がっていた。そしてウクライナ戦争後にそれが加速した。遠い将来にはドイツはフランス、ポーランドなど周辺国から原子力で作られた電力を購入できるため、原発ゼロが可能というおかしな状況になっている。

◆今こそ、ドイツに学ぶ時

日本のエネルギーを巡る議論では、「ドイツに学べ」と、反原発の人や有識者と言われる人たちが繰り返してきた。この人たちは、「ドイツの真似をして遅れた日本が変われ」という意味で述べていた。そして、今や騒いでいた人たちやメディアは静かになってしまった。その沈黙はずるい。

今こそ「ドイツに学べ」の時だ。

今後、世界最高水準の高額さであるドイツのエネルギーコストは高止まりし、発電に褐炭を使うためにドイツの一人当たりの温室効果ガス排出量も上昇し続けるだろう。不思議なことに、昨年のドイツの名目GDP成長率は前年比1.9%増で、大幅な落ち込みは避けられたが、今年の予想はゼロ成長にとどまっている。EU圏で工業製品を輸出し、この20年好景気の続いたドイツ経済は確実に足踏みを始めた。エネルギーがその一因だ。

ドイツの壮大な、そしてほぼ確実に失敗をもたらしそうな脱原発の行動に、多くの学ぶべきことが日本にはある。日本でも、原子力の再稼働が遅れ、エネルギーコストの増加、エネルギーシステムの混乱が起きている。同じ過ちをしないように、私たちは政策、ビジネスを組み立てなければならない。

【記者通信/5月19日】NTTアノードとJERAがGPI買収 国内風力開発加速へ


NTTアノードエナジーとJERAが、グリーンパワーインベストメント(GPI)などの国内再生可能エネルギー事業を共同で取得すると発表した。両社が5月18日、GPIなどの株式を所有する米企業との間で売買契約を締結。年内に株式の取得を完了する見込みだ。一部報道によると、買収額は3000億円規模で、「概ねこの程度」(NTTアノードの伊藤浩司袱紗社長)。出資比率はNTTアノードが8割、JERAが2割となる。昨年話題となったENEOSホールディングスによるジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)の買収額は約1900億円だったが、今回はそれを大幅に上回る買収劇となった。

北海道・石狩湾新港の沖合で進むGPIの洋上風力開発

2004年創業のGPIは風力開発に力を入れ、特に洋上風力については他社に先駆けて事業化に着手し、北海道石狩湾新港の事業は年内完成を目指している。陸上についても、日本最大級(完成当時)の「ウィンドファームつがる(12.1万kW)」などを運用する。

今後、陸上風力事業はNTTアノード、洋上風力はJERAの経営資源をそれぞれ活用し、GPIの企業価値向上を目指すという。NTTアノードの伊藤副社長は、自社の風力開発実績はまだ不十分だとしつつ、GPIについて「風力の開発、建設、運用を自前でできるリソースがあり、NTTグループに入ってもらい、再エネ開発をスピードアップさせたい」と強調。JERAも3社の強みを生かしつつ、さらにNTTとの関係強化も図りたいとした。

3000億円は妥当か 今後の洋上風力スキームに注目

両社が今回取得する事業資産(他社持ち分含む)は、操業中の事業が太陽光5.6万kW、陸上風力28.1万kW。建設中の案件は、陸上風力が8万kW、洋上風力が11.2万kW。また、今後の開発予定として陸上風力約150万kW、さらに洋上風力公募にも取り組む意向を示している。つまり、その資産価値はこれからの開発動向に左右される部分が大きい。

約3000億円という買収規模について、NTTアノードは「GPIが既に抱えるアセットが将来どんな利益を生むか、第三者の意見も入れ価値をはじいた。適正な価格で案件を取得できたと考えている」(伊藤副社長)と、その妥当性を強調した。

とはいえ、ENEOSが1900億円を投じてJREを買収した際も、エネルギー業界内では「JREの売上高を踏まえれば、ここまでの巨額を投じる価値があるのか」と疑問視する関係者は多かった。国内風力開発競争が今後さらに激化し、かつ地域との共生が強く求められるようになる中、GPIの開発計画は想定通り進むのか。

なお、21年末の政府による洋上風力公募第一ラウンドでは三菱商事グループが3地点を総取りしたが、NTTアノードは「地域共生策の共同実施」という名目で協力企業に名を連ねていた。これら協力企業とのPPA(電力購入契約)で入札価格を低く抑えるスキームが、三菱商事圧勝の勝因だとされている。今回の買収を経て、NTTアノードとJERAが今後の洋上風力公募でどのような戦略を立てるのか、要注目だ。

【記者通信/5月16日】電力7社の補正値上げ認可 6月使用分から反映へ


経済産業省は5月19日、北海道電力、東北電力、東京電力エナジーパートナー(EP)、北陸電力、中国電力、四国電力、沖縄電力の7社による規制料金の値上げ補正申請を認可したと発表した。各社の標準モデル家庭で見た上げ幅は12.9~41.1%。大手7社は昨年11月から今年1月にかけて、27~43.5%の値上げを申請していたが、今年に入り石炭やLNGなどの燃料価格が大きく下落。電力・ガス取引監視等委員会の審査や経産省と消費者庁の協議、政府の物価関係閣僚会議による査定方針の決定などを経て、7社は5月16日に補正申請を行っていた。値上げは6月の使用分から実施し、7月の請求分から反映される。

北海道と東京を除く5社は当初、4月1日からの料金見直しを想定していたが、実施時期が6月にずれ込んだことだ、事業者によっては収益面で数十億円規模の影響が出ているとみられる。一方、対象エリアの利用者にとっては、例え2カ月のずれ込みとはいえ、相応の負担軽減にはなっているもようだ。これとは別に、電気料金に上乗せされている「再エネ賦課金」が今年4月から標準家庭で月額800円強ほど引き下げられたほか、政府の負担軽減策によって家庭向けで1㎾時当たり7円が補助されている。このため、実際の負担はさらに軽くなる見通しだ。

電力7社のトップは16日に相次いで会見。東電EPの長﨑桃子社長は「電気がお客様の暮らしやビジネスの基盤であると認識し、徹底した経営効率化に取り組み、事業運営を推進する」と述べた。また、東北電力の樋口康二郎社長は「大幅な値上げとなり、大変なご負担をおかけすること、誠に心苦しい限りだが、ご理解くださるようよろしくお願いしたい」と料金値上げに理解を求めた。

中でも沖縄電力、北陸電力の2社は値上げ幅が大きく、標準家庭の場合、沖縄電力が2771円、北陸電力が2548円の値上げとなった。沖縄電力の本永浩之社長は「燃料がこれまでにないぐらい高騰した。それを料金で回収できない状況が去年の4月からずっと続いていた」と苦渋の決断であることを明かし、北陸電力の長高英常務執行役員は「石炭を中心とする化石燃料価格の高騰の影響が大きく響き、結果として料金の値上げ幅が大きくなってしまった」と説明した。

電力大手7社の規制料金(標準家庭)の値上げ状況は、次の通り。

【北海道電力(従量電灯B、契約電流30A、使⽤電⼒量230kWh/⽉の場合)】現行料金:8391円、値上げ後の料金:1万287円、当初申請時の料金:1万1229円、値上げ額:1896円(22.6%)、当初申請時の値上げ額:2838円(33.8%)

【東北電力(従量電灯B、契約電流30A、使⽤電⼒量260kWh/⽉の場合)】現行料金:8032円、値上げ後の料金:1万142円、当初申請時の料金:1万1282円、値上げ額:2110円(26.3%)、当初申請時の値上げ額:3250円(40.4%)

【東京電力EP(従量電灯B、契約電流30A、使⽤電⼒量260kWh/⽉の場合)】現行料金:6809円、値上げ後の料金7690円、当初申請時の料金:1万1737円、値上げ額:881円(12.9%)、当初申請時の値上げ額:2611円(28.6%)

【北陸電力(従量電灯B、契約電流30A、使⽤電⼒量230kWh/⽉の場合)】現行料金:6200円、値上げ後の料金:8748円、当初申請時の料金:9098円、値上げ額:2548円(41.1%)、当初申請時の値上げ額:2696円(43.5%)

【中国電力(従量電灯B、契約電流30A、使⽤電⼒量260kWh/⽉の場合)】現行料金:6053円、値上げ後の料金:7720円、当初申請時の料金:1万428円、値上げ額:1667円(27.54%)、当初申請時の値上げ額:2399円(29.88%)

【四国電力(従量電灯A、契約電流30A、使⽤電⼒量260kWh/⽉の場合)】現行料金:7382円、値上げ後の料金:9537円、当初申請時の料金:1万120円、値上げ額:2155円(29.2%)、当初申請時の値上げ額:2818円(27.85%)

【沖縄電力(従量電灯、契約電流30A、使⽤電⼒量260kWh/⽉の場合)】現行料金:8314円、値上げ後の料金:1万1085円、当初申請時の料金:1万2320円、値上げ額:2771円(33.3%)、当初申請時の値上げ額:3473円(39.3%)

【記者通信/5月12日】関電が「発販分離」検討を表明 小売り競争の健全化対応で


顧客情報の不正閲覧など相次ぐ不祥事に揺れる関西電力は5月12日、電力小売事業の競争健全化に向け、発電事業との分離を検討していることを明らかにした。JERAを設立した東京電力、中部電力の両社に続いて、発電、小売り両事業の分社化が実現することになるのか。将来的に他の大手電力会社に波及する可能性も否定できないことから、関係者は関電の動向に大きな関心を寄せている

役員による多額の金品受領、顧客情報の不正閲覧、そして中部・中国・九州の大手電力3社とのカルテルと不祥事が相次ぐ関電に対し、経済産業省は4月28日、①関電が保有する電源の内外無差別な卸取引を強化し、これを通じた、短期から長期まで多様な期間・相手方との安定的な電力取引関係の構築、②魅力的で安定的な料金、サービスのさらなる選択肢の拡大、③これらの実現するための発電事業・小売電気事業の在り方――について、具体的な検討を行うよう指示していた。

これを受け、関電は5月12日、保坂伸・資源エネルギー庁長官宛てに「小売電気事業の健全な競争を実現するための対応について」と題する文書を提出。この中で、「今後、営業活動における透明性を確保し、多様化するお客さまニーズにスピーディかつ的確にお応えするために、発販分離も含めた、最適な小売電気事業体制の検討を引き続き進めます」と明記したのだ。

森社長「発販分離は選択肢の一つ」

この日会見した森望社長は、記者からの質問に答える形で、「(発販分離は)発電事業、小売事業の機能を明確に分けて仕事をするということ。いわゆる分社化も選択肢の一つだと思うが、現時点で決めているわけではない。公正な競争のために、顧客のために(発電、小売りが)どうあるべきか、ふさわしい体制はどうあるべきか、並行して考えていく」と述べた。

ただ、発販分離が一連の不祥事の再発防止策になるかどうかを巡っては、業界内外に懐疑的な見方も少なくない。「現実問題として、発販分離した中部電力でも、顧客情報の不正閲覧は起きているし、公正取引委員会から電力カルテル問題で課徴金処分も受けている。再発防止に当たっては、形よりも実効性をどう確保するかが重要だ」(エネルギーアナリスト)。果たして、関電は発販分離に踏み切るのか。今後の行方が注目される。

【論考/5月10日】電力ビジネスは脱kWh・価値創造化を急げ


データの不正閲覧、カルテルという電力小売事業をめぐる一部旧一般電気事業者の愚行は、エネルギー危機後進んでいた電力制度・市場の再構築にすっかり水を差す形になってしまった。そして、競争の趣旨に反する行為という一般的観察から、もう少し電力制度・市場の深い知の場所からこの問題を見た場合、実は2011年以降の制度設計時、あるいはその実行時にあった政策側・助言者である学識者・当の事業者の不見識が見てとれる。

「販売電力量をあげる」という不見識が生んだ厄災

まず家庭用市場の場合、世界の電力小売り自由化地域の中で、例えば北米のパワープール地域では家庭用の半分以上のシェアを旧電気事業者のユーティリティが契約する規制約款(タリフ)が持っているが、その各社は決してそのシェアを経営目標にも活動目標にもしていない。タリフはすべて市場調達または大手発電会社間の入札であり、そのシェア拡大は経営的に何のメリットもないからだ。15~16年に北東部を襲った極渦(ポーラー・ボルテックス)の際には新規参入者の大量破綻が起こり、タリフへの回帰が急速に進んだ(バック・トゥー・デフォルト)が、各ユーティリティは州当局と協調して「新規参入者にも切り替え可能ですよ」というスイッチPRにも力を入れている。

また日本が12年に小売り自由化設計のモデルにしたテキサスは、規制約款価格を一度引き上げ、「プライス・トゥー・ビート」(倒すべき価格)として徹底したスイッチ推奨をし、2年あたりで契約数をゼロまで持って行った。このやり方では貧困者保護が著しく困難になる(現在大手小売各社で貧困者用ファンドを持っているが、最終保障約款は標準料金の3~4倍である)し、停電時大手小売会社は一切対応しないが、逆にここまで割り切ればクリアな制度は設計可能といえる。

次にカルテルで問題になった大口・業務用の場合、市場が完全流動化している米国・欧州では自社発電の固定費回収年数を引き延ばして(自社メニューの大幅値下げ)kWh販売を増やせばそれだけ電源の収益が悪化し、経営が傷つくだけなので自由化ごく初期のドイツを除けばそうした判断をした経営者は世界にいなかった。またこうしたことが起こったのは発電の収益力が世界的に類を見ない実質的な可変費での一日前市場投入規制によって歪み、「この市場ルールなら投げ売りした方がましだ」という判断を呼んだとすればその責任は市場当局、あるいは市場調達依存の新電力を放置したルールメーカーにも帰するものだ。

まさかこの程度の電力市場・制度の常識を当時の政策当局・学者者・事業者(経営者)が知らなかったとは思いたくないが、彼らが「kWh販売競争」という23年の電気事業では世界中どこにもないコンセプトに一種の夢をみていたことは否定できない。今や日本中の電力小売り事業者が「顧客を捨てる」ことに必死だ。もし今冬が今年の裏返しの厳冬で、中国のLNG需要が回復すれば、日本の小売り電気事業で余計なkWh販売を持つことは経営破綻に直結するからであり、しかもその状況は予備力が豊潤になるまで当面続く。

価値化の鍵は分散型電力システムへの参画

では、「販売電力量をあげる」ビジネスから脱した電力ビジネスはどこにいくのだろうか。今後は日本の電力市場は「完全流動化+堅牢な容量市場」という北米のパワープールに極めて不完全な形ながら近づいていく。電源の共有化、各種の容量確保市場、それらの小売り負担がその内容であり、旧来型の電気事業(電気を作り、送り、売買する)はそちらに収れんしていく。そこでは旧一電は実質的なデフォルトプレーヤーとして役割を果たし、生き残った新規参入者は得意顧客を集めて対抗していことになる。

その上で、重要なのは顧客にとっての電力ビジネスの価値化であり、鍵がエネマネ、再エネ、蓄電池、EV、機器制御、それらを使ったDR(デマンドレスポンス)といったDER(分散型エネルギー資源)であることは論を待たない。22年11月から始まった資源エネルギー庁の分散型電力システム検討会はDER活用の課題となっていた機器点計量による需給調整市場参入、省エネ法改正に伴うDRのルール、本格普及期に入るEVと電力グリッドの課題整理、活用のために必要なDERプラットホームの送配電事業者・アグリゲータ双方にとっての必要条件について議論し、各課題を電力・ガス小委などに順次送り出している。

英国をはじめ需要側フレキシビリティ活用の先進地に比べて制度は整備途上だが、自動車各社と送配電・EVビジネス関係者が具体検討を始めるEVグリッドWGが立ち上がるなどの取り組み内容は画期的である。一方、国内DERビジネスも、エネルギー危機の進行とともに屋根乗せ太陽光、PPA(電力供給契約)、エネマネツールの開発・普及、蓄電池活用、あるいは系統蓄電池、EV導入など多くの事業者・ベンチャーが参入して活況を呈している。

問題は多くのユーザーを持ち、kWh販売というエネマネや再エネ導入のベースであるビジネスのプラットホームを持つ大手小売り電気事業者が、本当にこのビジネスをkWh販売に変わる主軸として自分の「価値」と考え、行動できるかという点ある。kWh販売に比べるとこのビジネスは安易にマネタイズしにくく、システムやアライアンスの工夫やイノベーションが必要だ。「知恵」なくしては発展しないのである。

多くの電力ユーザーがDERを使った新しい電力システムへの参画を果たせれば、再エネ大量導入時代の大きな課題である再エネバランシングはより容易になり、予備力が乏しい中でも日本の電力システムはより強固になる。今回の不祥事がこうしたより良い電気事業の姿に結びつけば、それだけ犠牲を払った甲斐があったと言えるのかもしれない。 

西村 陽  大阪大学招聘教授