オーストラリア政府は、2035年までの温室効果ガス排出量を05年比62~70%削減すると発表した。豪州気候変動庁は従来、51%削減できるとしていたが、今回発表した削減目標はこれを大幅に引き上げた形だ。特徴的なのは脱炭素化と経済成長を両立させるために、巨額の財政出動を図ることだ。加えて自動車に対する新たな環境規制を課すことを掲げ、消費者の電気自動車(EV)購入を促すことを目的に、輸入車へ炭素税を課すことが検討されているという。アルバニージー首相は23日から始まる国連総会で、新たな削減目標を表明し、26年の気候変動枠組み条約締約国会議(COP31)の誘致を確実なものにしたい目論見だ。

秩序立った移行へ 7000億円の財政投入
「(新たな削減目標は)環境を守り、経済と雇用を守り発展させ、国益と現在そして未来の世代の利益のために行動するための正しい目標だ」。アルバニージー首相は18日に新たな削減目標を発表した際、自信に満ちた表情でこう語った。
今回の削減目標を設定する際、政府が細心の注意を払ったのが脱炭素化と経済成長の両立だ。これまで世界各国で野心的な気候変動対策が出るたびに「経済を縮小させる」との批判に常にさらされていた。そして具体的な両立策を示せなかったことも批判を助長させていた。
豪州政府はこの批判に応えるべく、財務省が主導して35年に65%削減との前提で経済効果をモデル化した。気候変動対策を施した「秩序立った移行」により、50年までに実質国内総生産(GDP)は2兆豪ドル増えるとし、1人当たりのGDPも2100豪ドル上がるとの結果を示した。この場合、実質賃金は現在より2.5%上昇すると試算した。チャーマーズ財務相は「気候変動対策をしない『無秩序な移行』の場合、賃金低下や電力価格の上昇を招き経済規模も縮小する」と警鐘を鳴らした。
両立策を実現するため、政府は総額70億豪ドル(約7000億円)の財政出動をする方針を示した。内訳はクリーンエネルギー金融公庫に20億豪ドル、新たに「ネットゼロ基金」を創設して脱炭素化と再生可能エネルギーの導入拡大を図るとした。新基金への財政投入は50億豪ドルになる。ちなみに目標の下限の62%削減の場合、風力発電を現在の4倍、メガソーラーを同3倍、屋根上の太陽光を同2倍にする必要があるという。
輸入車に炭素税? EVの普及拡大が狙い
削減目標を達成するために最も刺激的な施策は、自動車に対するものだ。政府は35年までに豪州内で販売される自動車の半数をEVにすることが必要だと述べている。国際エネルギー機関(IEA)によると、24年時点での豪州内のEV普及率(新車販売台数における比率)は13%だとしており、これを大幅に引き上げる計算だ。
政府はこれに対応するため、まず自動車の燃費基準を改変するという。燃費効率が悪いガソリン車やディーゼル車を排除するというわけだ。そして輸入車への国境炭素調整つまりは炭素税を課すことも視野に入れているという。もし導入されれば豪州内の化石燃料車は軒並み高くなることが予想される。価格に敏感な消費者はEVへの買い替えを加速させると思われる。
これは日本車メーカーには大きな痛手になる。豪州内ではトヨタやマツダが人気で、販売台数でも常にベスト3に入っている。その一方でテスラやBYDといったEVメーカーも伸長してきており、インセンティブがつけばEVメーカーが豪州市場を席巻するということが現実になることが予想される。EVの開発が遅れている日本車メーカーにとって豪州の販売戦略の練り直しが迫られそうだ。
とはいえ、豪州は国内に自動車メーカーがなく全量輸入に頼っている。個人消費者をはじめ、事業者からの反発は必至だろう。購入補助など政府はさらに巨額の財政出動が求められることになり、これには野党勢力も黙っていない。導入には紆余曲折が予想され、実現できるかは全く見通せない。
野党から批判相次ぐ 暗雲漂う目標達成
野心的な削減目標を掲げた現政権に対し、保守系の野党は当然のごとく反発を強めているが、緑の党など気候変動対策に積極的な勢力からも批判が出ている。
野党自由党のスーザン・レイ党首は「目標には国民にとってどれだけの費用や負担がかかるのか示されていない。到底受け入れられるものではない」と話した。経済成長との両立性についても「コストと信頼性の両面で不十分だ」とバッサリ切り捨てた。つまりは現政権のお手盛りのモデルは信頼できないというわけだ。
緑の党のラリッサ・ウォーターズ党首は「これは気候変動対策に期待して投票した国民に対する裏切りだ」と厳しく批判。「石炭やガスなど化石燃料の制限がないことは野心的とは言えない」と不十分さを指摘した。
一方の財界は「野心的だが達成はできるのではないか」と比較的好印象だ。ただ「巨額の資本投資と制度改変が必要で、官民の協力なしではできるものではない」と注文をつけた。強力な影響力がある労働組合側は労働者の追加が必要になると主張した。
アルバニージー首相は「民間の積極的関与が不可欠」と協力を呼びかけているが、今後起きるであろうさまざまな軋轢で民間側の支持が得られない可能性も否定できない。
豪州ではそもそもネットゼロという目標が「夢物語」と揶揄されている側面もある。地元紙はグリーン水素の開発案件が99%停滞していると報じ、洋上風力の開発も暗雲が漂い、政府が事業者の調査費用を軽減する策に乗り出すとの憶測も流れている。
現政権は今回の目標をかてにCOP31の誘致で政治的なアピール材料を増やしたい思惑もあるが、脱炭素が世界的な退潮傾向にある中、「看板倒れ」から3年後の総選挙での政権倒れにつながらないか心配する向きも与党内には少なからずある。













