【特別論考/1月28日】その男に騙されるな⁉ 第2次トランプ政権「エネ非常事態」の読み方


今から4年前、2021年1月、バイデン・米政権は米国及び世界が「深刻な気候危機」にあるとした。地球温暖化対策を米国の外交・安全保障の中心に位置付け、パリ協定への再加入など、第1次トランプ政権のエネルギー・環境政策を否定。脱炭素化という世界的課題を優先させ、石油・エネルギー政策をこれに従属させる方針を採った。そして25年1月20日、第2次トランプ政権の発足初日、今度は脱炭素化政策が撤廃された。50年までの炭素中立達成をはじめ、バイデン前政権が立てた脱炭素化目標は全て失効、パリ協定からも再び離脱する。「国家エネルギー非常事態」宣言の下、各省庁は国内エネルギー・資源供給の全面促進を目的に、緊急時権限の特定作業に入る。 

化石燃料重視の措置 大統領選挙中から事前想定

同時に、外縁大陸棚及びアラスカ資源開発に関する諸規制を撤廃。凍結されていた新規LNG輸出審査も即時再開する。さらに、インフレ削減法及びインフラ投資・雇用法が定める、EV充電設備支援等の「グリーン・ニューディール」向け融資・補助金を凍結。EV普及支援策は州レベルの排出量規制も含めて全廃を企図する。ちなみに新政権が供給最大化を図る「エネルギー」は化石燃料の他にウラン、バイオ燃料、水力さらに重要鉱物も含むが、風力、太陽光は除外。外縁大陸棚に於ける洋上風力向け新規リースには一時停止が命じられた。

この化石燃料重視の一連の措置は、既に大統領選挙中から広く予想されていた。今後、詳細な具体策が明らかとなるにつれて、民主党、環境派等からの政治的、法的抵抗も激しさを加え、紆余曲折を経るだろう。また、米国の石油・天然ガス生産は基本的に民間主導、市場本位なので、生産や探鉱・開発投資に及ぼす影響は限定的だ。むしろ政策効果は主にEV販売の鈍化等を通じた需要の底上げに現れ、それが順次供給を刺激する、という経路をたどるだろう。

加州の厳格な脱炭素化規制どうなるか?今後の行方に注目

その意味でも、今回の政策転換の規模と継続性を決める上で、特に重要なのは、目下カリフォルニア州(加州)に例外的に認められている、独自の厳格な脱炭素化規制の帰趨である。その裁量権が、最終的に司法判断によって否認されれば、これまで米国に特有だった、加州による脱炭素化の主導は終息し、トランプ新政権に大きな弾みとなる。

米国内政治の分断を反映して、民主・共和2大政党間で政権が交代する度にエネルギー政策が反転する。同盟諸国は、米国と何らか共同歩調を取らねばならず、これに振り回される。加えて希代のポピュリスト政治家であるトランプ氏の発言は往々にして衝動的で、論理性、一貫性を欠く。「米国第一」と彼が言う時、それは何を意味するのか。トランプ氏の一挙一動、片言隻語を巡り、日本でも憶測が飛び交う。

しかし、トランプ氏個人に過度に注目しては、事の本質を見誤ろう。政策の全面転換を政権発足初日で指令する手際良さは、事前に周到な準備が積み重ねられていたことを、改めて印象付ける。また一連の大統領令には、そこに通底するある種の時代認識が存在し、それは単なる、前政権の政策の否定といった次元を超えている。

【記者通信/1月21日】エネルギー非常事態宣言でパリ協定離脱へ 米トランプ大統領が署名


国家エネルギー非常事態を宣言し、地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から離脱する――。1月20日、米国第47代大統領に就任したドナルド・トランプ氏は、前バイデン政権時代のエネルギー政策を抜本的に転換する大統領令に署名した。物価高騰・インフレ危機に対応するため、自国での石油・天然ガスの開発・生産を最大化する包括的な計画を打ち出し、高水準エネルギーコストを引き下げる構えだ。カーボンニュートラル社会の実現を主軸に据え、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの導入拡大や、CO2削減に向けての国際制度づくりや温暖化対策ビジネス・技術支援などに力を注いできた世界主要国のエネルギー政策にどのような影響を与えるのか。第7次エネルギー基本計画の閣議決定を目指す日本のエネルギー政策の行方も含め、今後の展開から目が離せない

トランプ大統領の就任演説を日本メディアも一斉に報じた

就任演説の要旨 「グリーン・ニューディールを終了する」

「アメリカの黄金政策が今始まる」。そんな冒頭フレーズで口火を切った同日の就任演説は、まさにトランプ氏の持論が色濃く反映された内容となった。主な内容は次の通りだ。

就任演説で、当初の公約通り、地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」からの離脱自

「私は一連の歴史的な大統領令に署名する。これらの行動により、われわれはアメリカの完全な回復と常識の革命を開始する。まず、南部国境に国家非常事態を宣言する。あらゆる不法入国は直ちに停止される。そして、何百万もの犯罪外国人を元の場所に戻すプロセスを開始する。私は、わが国への悲惨な侵略を撃退するために南の国境に軍隊を派遣します。本日署名した命令に基づき、われわれはカルテルを外国テロ組織として指定する予定だ。1798年の外国人敵法を発動することで、私は政府に対し、連邦および州の法執行機関の強大な権限を最大限に活用して、米国本土に壊滅的な犯罪をもたらしている全ての外国のギャングや犯罪ネットワークの存在を排除するよう指示する」

「最高司令官として、私にはわが国を脅威と侵略から守る責任がある。これまで誰も見たことのないレベルでやる。私は閣僚全員に対し、記録的なインフレを打破し、コストと価格を急速に引き下げるために、巨大な権限を結集するよう指示する。インフレ危機は、大規模な過剰支出とエネルギー価格の高騰によって引き起こされた。今日、私は国家エネルギー非常事態を宣言する。掘って掘って掘りまくれ」

「アメリカは再び製造業国家となり、他の製造業国家が決して持たないもの、つまり地球上のどの国よりも多くの石油と天然ガスを手に入れることになる。そしてそれを使っていく。私たちは価格を引き下げ、戦略埋蔵量を再び引き上げ、米国のエネルギーを世界中に輸出する。私たちは再び豊かな国になる」

「われわれはグリーン・ニューディールを終了し、電気自動車の義務を取り消し、自動車産業を救い、偉大なアメリカの自動車労働者に対する神聖な誓いを守る。つまり、自分の好きな車を買うことができる。私たちは、誰も思わなかった速度で自動車を再び製造するだろう。そして、感動的な信任投票をしていただいたわが国の自動車労働者の皆さまに感謝する。彼らの投票が大いに勝利に貢献した」

演説の締めも、トランプ色が満載だった。「公私生活のあらゆる側面に人種とジェンダーを社会的に組み入れようとする政策も、今週終わらせる。われわれは、能力に基づいた社会を築く。今後、性別は男性と女性の二つだけであることが米国政府の公式方針となります。今週、私は新型コロナウイルスワクチン接種義務に反対したために不当に軍から追放された軍人を全額未払いで復帰させるつもりだ。そして、わが国の戦士たちが任務中に過激な政治理論や社会実験にさらされることを阻止する命令に署名する。われわれの軍隊は、アメリカの敵を倒すという唯一の使命に自由に集中できるようになる。2017年と同様に、世界がこれまでに見たことのない最強の軍隊を構築する

名実ともに、アメリカファースト復活なるのか。

【目安箱/1月21日】今も日本の原子力政策に影響を与える故カーター元大統領


米国のジミー・カーター大統領が12月29日に100歳で亡くなり、1月10日に国葬が行われた。同大統領の活動は、原子力問題を中心に今でも日本に影響を与えている。その足跡を振り返ってみよう。

ワシントンで行われた国葬では多くの市民が集まり、メディアも彼を好意的に哀悼した。カーター氏は米民主党の中道派だ。現在のリベラル色が強くなり評価が低迷するバイデン政権を批判するため、国民の哀悼が強まったのかもしれない。

1976年にウォーターゲート事件の余波が続くアメリカで、国民に決してうそはつかないと約束して当選。1977年に第39代大統領に就任した。

ジミー・カーター大統領(1924〜2024)(大統領公式肖像1978年、Wikipediaより)

◆原子力事故に2回深く関わる

彼は1946年に海軍兵学校を卒業した後で、ニューヨーク州のユニオン大学大学院で原子力物理と原子炉工学を専攻した。その後に、原子力潜水艦の開発に従事した。1952年にカナダのチョークリバー原子力研究所で放射能漏れの重大事故が発生した際に、修理・解体作業に参加し、その活動で評価を得たという。その際に彼は高レベルの放射線を浴びた。(アトランティック・ジャーナル2025年1月2日記事Jimmy Carter helped avert nuclear disaster as young naval officer」

カーター大統領は1979年3月のスリーマイル島原発事故にも直面した。福島原発事故の後に、この取材をした日本の記者の回顧を聞いたことがある。もちろん日本の記者ではアメリカでの取材に限界があり、当時の米国の報道の紹介だ。

カーター大統領は、原子力事故の経験があるにもかかわらず、専門家に全権と対応を委ねた。そして自ら口を出さず、1日30分の報告、そして政府がやるべきことを聞く、シンプルな管理を続けた。これが事故の拡大と速やかな収束をもたらしたと、この記者は評していた。アメリカの世論、専門家もそのような意見が大勢だったという。

菅直人首相(当時)は、福島原発事故で、福島第一原発に直接ヘリで行ったり、東京電力に無意味な干渉をして、事故現場を混乱させた。この記者は、カーター大統領のシンプルな対応と菅首相の姿を比べ、「日米政治家の能力の差に悲しくなる。軍人出身だから、指揮が二重になって現場が混乱することをカーター氏は警戒したのだろう」と述べていた。筆者も同感だ。

◆日本が核燃料サイクル政策を放棄した可能性

またカーター政権は1953年にアイゼンハワー政権の打ち出した「平和のための原子力」(Atoms for Peace)という、西側諸国への民生向け原子力技術の解放という政策を見直した。そして核物質の厳格な管理を行ない、他国にも求めた。米国で、核兵器の材料になりやすいプルトニウムを使う高速増殖炉の開発と核燃料サイクル政策を1977年に取りやめた。これは米民主党政権の政策として、今も引き継がれている。

これは米国の政府と世論が、インドが核不拡散条約(NPT、1970年発効)の枠組み外で核実験(1974年)を行ったことに衝撃を受けたことが影響したとされる。また原子力への知識が深かったカーター大統領が、1970年代の技術で高速炉の商業化は難しいと判断したようだ。

そしてカーター大統領は同年から世界各国で核開発が進展しないように、IAEA(国際原子力機関)と共に国際核燃料サイクル評価を行なった。これは1977年から1980年にかけて行われた。

これに日本は影響を受けた。日本は当時から核燃料サイクル政策を採用しており。日本の高速増殖炉の実験炉常陽が1977年から運用されていた。また国内に核燃料の再処理施設の建設を予定していた。

米国は国として、日本の核燃料サイクル政策を転換させたがっていたようだ。しかし日本政府はそれを突っぱねた。無資源国であった日本の核燃料サイクルへの思い入れがあったためだろう。1970年代は二度のオイルショック、そして燃料禁輸を一因に戦争に突き進み、敗戦した第二次世界大戦の記憶が残っていたのだろう。そして交渉の結果、日本は米国に核燃料サイクルの実施と、協力を認めさせている。米国の中断した高速炉の研究が一部日本に提供されて、もんじゅにも活用された。

日本のように核燃料サイクルを、1970年代に認められた自由陣営の国は例外的だ。英仏がその政策を行っているが、両国は1960年代からそれに着手している。韓国がこの実現を目指した。同国は1970年代に隠密に核兵器開発を模索したことがあった。そのために米国は、それを認めなかった。またドイツにもあった核燃料サイクルの構想も消えてしまった。

◆カーター氏の足跡から見た、政治でのエネルギーの重要性

1970年代には世界は1973年、1978年の2回のオイルショックに直面し、経済成長の抑制、インフレの時代となった。カーター政権も再エネ振興を行ったが、米国の石油の大量消費社会を転換はできなかった。ただし、この際のカーター政権のテコ入れが、今の米民主党政権に続く、再エネ重視の政策に繋がっているのかもしれない。

その後、カーター大統領は大統領選挙(1980年)に敗れた。イラン革命(1979年)のさなか、テヘランの米国大使館員52名が人質となり、その解放工作が不首尾に終わったため、カーター氏は「弱腰の大統領」として米国民の信頼と支持を失った。彼の真面目さも、政策での柔軟性を欠くことに影響したとの批判がある。ただし退任後の人権外交などで評価が高まり、2002年には一連の活動が世界平和に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞している。

カーター大統領の政策が日本のエネルギーに与えた影響を振り返ってみた。米国のエネルギー、特に原子力での存在感の大きさがわかる。そして日本は米国に追随するだけではない選択をした。この交渉の結果、日本は得た核燃料サイクル政策の継続が可能になった。その国際的な地位も大切にしたい。

そしてカーター大統領の冥福を祈り、その業績を讃えながら、エネルギーと国の在り方も考えてみたい。米大統領にとってエネルギー政策は重要な職務だ。2025年から始まる共和党のトランプ新政権もそうだ。ところが日本では、少数与党で右往左往する石破茂首相から、エネルギー・気候変動政策をめぐる国民への提案が出てこない。大丈夫だろうか。

【記者通信/1月21日】ガソリン車のバイオエタノール拡大へ 経産省がプランづくり


経済産業省は、ガソリンへのバイオエタノールの導入を促そうと、2月にもアクションプランづくりに乗り出す。自動車メーカーが販売するガソリン車の全新車について経産省は、30年代早期にエタノールを20%混合したガソリン(E20)への対応を求める方針だ。その実現に向けた取り組みなどを網羅した工程表を策定する。運輸部門のCO2排出量削減の鍵を握る自家用乗用車の脱炭素化を促すことが狙いだ。

世界的にガソリン車の脱炭素化が急がれている

新車販売でE20対応車比率100%へ

プランのベースとなる方針は、資源エネルギー庁が昨年11月に提示した。具体的には、30年度までに一部地域における直接混合も含めた形でバイオエタノールの導入拡大を促し、エタノールを最大で10%混合したガソリンの供給開始を目指す。さらに、E20の認証制度に関する議論にも着手。車両開発などのリードタイムを確保した上で、「30年代のできるだけ早期に乗用車の新車販売におけるE20対応車の比率を100%とする」という目標を示した。40年度からは、対応車両の普及やサプライチェーン(供給網)の状況などを見極めて低炭素ガソリンの対象地域や規模を広げ、エタノールを最大で20%混合したガソリンを供給する体制を整えたい考えだ。

今後はこうした方針を具体化させるため、合成燃料(e‐フューエル)の商用化を視野に検討を重ねてきた官民協議会の名称を「次世代燃料の導入促進に向けた官民協議会」に変更する計画だ。同協議会商用化推進ワーキンググループの下にバイオエタノール関連のタスクフォースを設置し、来月にも始動。4月までの間にプラン策定に向けた議論や調整を集中的に行う。その成果を土台に、エタノールの導入拡大に向けた取り組みの内容や進め方を整理したプランを仕上げ、審議を経て公開する。

世界の主流「直接混合」も選択肢に

バイオエタノールは、トウモロコシやサトウキビといった植物資源に含まれるグルコース(ブドウ糖)などを発酵させて製造するエタノールで、世界各国でガソリンへの混合燃料として利用されている。混合方式の主流はバイオエタノールをガソリンに直接ブレンドして使用する「直接混合」で、インドが25年までに全土でE20の達成を目指すなど、混合比率を引き上げる方針を示す国が増える傾向にある。エタノールの自給率を見ると、自国で生産し使用できる米国やブラジルの高さが際立っている状況だ。

一方、ガソリンとの親和性が高く扱いやすいETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)を混合する方式を採用してきたのが日本だ。エネルギー供給構造高度化法の告示で原油換算で「年間50万kl」というバイオエタノールの利用目標を定め、石油精製事業者に対してETBE混合方式で目標達成を求めてきたが、ガソリン消費量に占める割合はわずか。こうした中でエネ庁は、運輸部門の脱炭素化という世界の潮流に乗り遅れることなくバイオエタノール導入量の拡大を目指していくためには、混合比率を引き上げやすい直接混合を取り扱うことも有効と判断。直接混合方式も選択肢に入れながら、カーボンニュートラル(CN)の実現につながる低炭素ガソリンを段階的に広げることにした。

原料調達や車両対応などが課題

液体燃料のCN化に本腰を入れる背景には、CO2総排出量の約2割を占める運輸部門を脱炭素化するという社会要請の強まりがある。特に同部門の約45%を占める自家用乗用車のCO2排出削減に向けては、電気自動車(EV)へのシフトやe‐フューエルの普及を進める機運が高まる方向にあるが、いずれも時間がかかってしまう。こうした移行期にはガソリンにバイオ燃料を混ぜてCO2排出量を減らす対応が重要というわけだ。

ただ、自動車分野にバイオエタノールを浸透させるためには、多くの課題に向き合う必要がある。一つが原料調達。世界的にエタノール需要が増加傾向にある中で日本は、増大する調達コストに留意しながら輸入主体で原料の確保策を練る対応が求められている。エネ庁としては関係国との資源外交を通じて安定的な供給網の構築を目指すとともに、ゼロに甘んじている日本のエタノール自給率を高める可能性を探りたい構え。また、混合比率を高めたバイオ燃料の品質確保や対応車両の市場導入に必要な基準づくりも課題として挙げた。

石油業界には、CN社会を見据えた多額の投資が求められる一方、石油製品の需要が縮小傾向にある中で難しい投資判断を迫られている。昨年12月下旬に開かれた官民協議会の会合では、業界から「事業者の予見可能性を高める環境を十分に整備してほしい」(石油連盟)といった要望などが浮上した。こうした声を踏まえてエネ庁は、「策定するプランを踏まえて支援措置を検討していきたい」(燃料供給基盤整備課)と強調。ガソリン需要や対応車両の見通しなどを考慮して設備投資の対象や規模を精査する課題にも目を向けている。

バイオエタノールの導入拡大に向けた方針は、次期エネルギー基本計画の原案にも反映された。これを契機に「世界と比べて周回遅れ」と言われてきたバイオ燃料の展開でどこまで巻き返すことができるか。日本勢の真価が問われるのはこれからだ。

【メディア論評/12月27日】阪神・淡路大震災30年 元都市ガス業界在籍者として記憶を辿る


2日後の1月17日、1995年の阪神・淡路大震災発生から30年を迎える。この阪神・淡路大震災において、都市ガス事業者である大阪ガスは、最終的な供給停止戸数が85万7400戸という未曽有の復旧作業に全国のガス事業者の支援を得て取り組んだ。都市ガス業界は、この激甚災害における復旧作業などの経験も糧として、以降、保安の高度化、災害時の対応力の強化の取組をより加速させた。また大阪ガスはその後、被災地域の復興にインフラ事業者として参画した。1月17日が近づくにつれ、年末から、メディアでは社会面などで大震災後のこの30年を振り返る記事が増えてきた。大震災から30年ということは、他のインフラ事業者においてもそうだが、現在60歳の社員は当時30歳、復旧作業に従事した経験者は減ってきている。メディアにおいても現地での取材を経験した人は少なくなっているであろう。その中で、いま企業広報としては、記者クラブの人たちに、当時の復旧作業に携わった者の経験談、その後の都市ガス業界の保安の高度化、災害時の対応力強化への取組などを説明していることであろう。今回、筆者は、エネルギーフォーラム誌より大震災30年を受けて経験談を書くようにというご依頼を受けた。大震災時、筆者は36歳の大阪ガス社員。本社企画部門におり、現地での復旧業務に直接携わったわけではなく、本社で中央官庁対応などに関わっていた。現場での復旧対応の過酷さと比べることのできるものでは全くないが、大震災対応の一側面として記憶を辿ることをお許しいただきたい。

復旧作業中、被災者から激励を受けることも(写真提供:大阪ガス)

◆阪神・淡路大震災における都市ガスの復旧作業(振り返り)

まずは阪神・淡路大震災における都市ガスの復旧について振り返っておきたい。(当時のことを鮮明にご記憶の方は読み飛ばしていただけば結構です。)さて、内閣府の「防災情報のページ」にある「災害史・事例集」の中に、内閣府(当時の国土庁)が97~99年に実施した「阪神・淡路大震災の教訓情報分析・活用調査」の成果として、「阪神・淡路大震災教訓情報資料集」という項目がある。この資料集において、「ガス事業者の緊急対応」「ガスの復旧」についても取り上げられており、災害発生から復旧完了までの要点がまとめられている。

参考= なお大阪ガスにおいても、95年10月19日に創業90周年を迎えたのを機に社史「大阪ガスこの10年 1986-1995」(以下、大阪ガス社史とする)を編纂している。その第7章は「阪神大震災と復旧活動」にあてられており、当然ながら同様の内容が記載されている。 

内閣府 「阪神・淡路大震災教訓情報資料集」より

◎第1期・初動対応(初動72時間を中心として)

●ガス事業者の緊急対応( )内は筆者による補足

1.地震発生直後から、大阪ガスの本社および各地区に対策本部が設置され、被害状況の調査・情報収集が始められた。地震翌日には、日本ガス協会に対し応援要請が出された。

・地震発生直後、テレメータや被害通報などによる被害情報の収集が行われた。

・地震当日10時30分に社長が本社災害対策本部長に就任するまで、中央指令室チーフ、(その後早々に到着した)取締役、常務、副社長(代表取締役)の順でそれぞれ代行した。

メモ……当時の領木新一郎社長の自宅は西宮市。地震発生直後に運転手が自宅に赴き、被害が大きかった阪神高速ではなく、地道を通って本社に到着した。この間、西宮市、尼崎市などの被害状況を目視、これはその後の供給停止エリアの判断に生かされた。

・地震発生直後から本社と各地区対策本部を結ぶTV会議システムが設けられ、被災状況把握と対策の検討に貢献した。

・ポートアイランドの兵庫供給部は建物自体は機能していたが、交通アクセスなどの問題から地区対策本部を西宮市に移動した。 大阪地区では、交通渋滞を回避するために大阪供給部十三保安基地を前線基地とした。

・地震当日中には、復旧日数1カ月半、必要な復旧人員7500人との判断が下され、地震翌日の1月18日、日本ガス協会に対して応援要請が出された。

2.被害の状況と供給停止による影響を勘案しての検討が行われ、ミドルブロック単位での供給停止が順次決断された。最終的には85万7400戸の供給停止となった。

・当初は正確な状況把握は困難だったが、行政機関、テレビ・ラジオの情報、顧客の通報、さらにヘリコプターからの目視により、被害情報が収集された。

・午前11時現在の漏洩通報件数の増加傾向から判断して、神戸地区の2ブロックの遮断が決定された。以後、当日中に(神戸1、2、3、4および大阪北7の)5ブロック計83万4千戸のガス供給が停止された。

・18日以降には、神戸5ブロック内で二次災害防止のため三つの団地への供給を停止するとともに、ガス管内に水が流入したため14カ所で局部的に供給を停止、最終的に供給停止戸数は85万7400戸となった。

◎第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)

●ガスの復旧

1.都市ガスの復旧には、日本ガス協会を通じて全国のガス事業者からの応援体制がとられた。大阪ガスおよび関係会社を含めた作業者数は、最大時で約1万人体制となった。

・1月19日の第1次応援隊1704名を皮切りに、日本ガス協会を通じて全国のガス事業者の応援体制がとられた。

・震度7の被害甚大地区に着手する3月からは3712名の応援隊と大阪ガスの復旧作業員6000名を合わせた約1万人体制での復旧作業が行われた。

2.復旧作業は交通渋滞に悩まされたため、被災地域内に車両基地・前進基地を確保するなどの工夫もとられた。衛星通信やMCA無線が活用され、またコンピューターによるデータベース、復旧シミュレーションも行われた。

多くの応援隊が集結した大阪ガスの前線基地(写真提供:大阪ガス)

・復旧作業は交通渋滞に悩まされたため、被災地域内に車両基地・前進基地を確保したほか、早朝に移動するなどの工夫をこらして、復旧作業が進められた。

・前進基地の設置にあたっては、衛星通信用小型可搬局が有効だった。全国のガス会社は、同一のガス事業用無線を所有しているため、MCA無線も活用された。

・航空写真および実踏査による被害把握を行ってデータベースを作成し、投入班数、復旧完了時期のシミュレーションなどが行われた。

3.長期化が予想されたことから、停止による影響の大きい公共施設、病院などの調査、復旧手配、代替燃料の確保などが図られた。病院、ごみ焼却場、斎場などに直結する中圧導管は2月上旬にほぼ全面復旧した。

・長期化が予想されたことから「特需隊」を編成し、停止による影響の大きい公共施設、病院などの調査、復旧手配、代替燃料の確保が図られた。             

・ガス復旧の遅れに対処するため、病院など重要施設200カ所余りへの代替エネルギー供給、避難所などへのカセットコンロの配布、入浴支援なども行われた。行政からの情報が実際の状況と異なっていることなどの苦労もあった。

・大手病院やごみ焼却施設などに直結する中圧導管は、2月上旬にほぼ完全復旧した。

メモ……大阪ガス社史は次のように記載する。〈病院など、社会的に重要な施設に対しては、LPG、LNG(液化天然ガス)、CNG(圧縮天然ガス)などを利用して、代替エネルギーの提供を行った〉ガス事業者の場合、日頃から病院の設備担当などとのコミュニケーションが取られていることも多く、ニーズの把握にもその強みが発揮されるといえる。

4.低圧導管の復旧は、管内に侵入した水・土砂の排出に手間取った。大阪ガスの完全復旧は当初予定からは大きく遅れた4月11日となった。

・低圧導管の復旧は、管内に流入した水や土砂に妨げられたため、吸引式水抜き機が開発されたほか、下水管の洗浄に用いられる高圧洗浄機、バキュームカーなどが動員された。水道事業者との作業工程に関する打ち合わせも行われた。

・倒壊家屋により復旧活動が妨げられたため、復旧先行隊、復旧フォロー隊などが設けられ、効率的な復旧作業が行われた。

・2月末には65.2%、3月末には96.8%と復旧は進捗し、4月11日に一部地域をのぞき復旧作業は完了、4月20日までに不在顧客を除く全てのガス供給を再開した。管内に侵入した水・土砂の排出に手間取ったため、当初予定の1カ月半からは大きく遅れた。

※エネルギーフォーラム誌12月号の特集

エネルギーフォーラム誌は、2024年12月号で「阪神・淡路大震災の記憶つなぐ  ガス復旧に見る保安・防災の進化」と題する特集を組んだ。「今につながる30年前の経験 関係者が明かす当時の奮闘記」の項では、〈地震発生直後、都市ガス・LPガス業界は数々の工夫を凝らしながら復旧に向けて奮闘した。震災から30年の節目が近づく今、この経験から得られた教訓と、その後の取組を振り返る〉として、大阪ガスと伊丹産業の復旧作業を改めて紹介した。

◎エネルギーフォーラム24年12月号〈大阪ガス 都市ガス業界85日間の軌跡 大災害が残した教訓〉〈……(復旧に向けてのガス業界あげての活動を紹介した後、)~阪神以降の対策が効果発揮 一層の強靭化が進行中~大震災を機に、業界は地震対策を強化した。ガス導管事業を承継した大阪ガスネットワークでは、供給停止する範囲を抑えるために更なる供給ブロックの細分化を図り、当時の55ブロックから727ブロックに分割。被害のないブロックは供給を継続するとともに、供給停止ブロックを最小限に抑えることで早期復旧につなげる。加えて、低圧導管網にはPE管を積極的に導入し、新設低圧管には原則PE管を全数採用。PE管は震災時の約1200kmから約1万8300kmに延長し、耐震性が大幅に向上した。こうした取り組みが功を奏し、18年6月、大阪府高槻市などで最大震度6弱を記録した大阪府北部地震では、発災から1週間で完全復旧することができた。阪神・淡路大震災は都市ガス業界にとって未曽有の大災害であったが、多くの教訓を得ることとなった。30年を経た今、この経験を糧に業界は前進を続け、更なる強靭化を追求している。〉

このエネルギーフォーラム誌の特集の中には、当時、『ガス事業新聞(現ガスエネルギー新聞』の若手記者であったエネルギーフォーラムの井関晶編集主幹の現地での取材経験を記したものもある。長年メディアの人たちとお付き合いしていると、世代や担当分野で異なるが、特に若い頃のある出来事についての鮮烈な取材体験が語られることがある。阪神・淡路大震災も、そして東日本大震災での被災地取材もそうであったろう。東日本大震災では、当時、関西から応援に入った記者たちも大きなショックを受けて帰ってきた。また、ある世代の大阪社会部の記者にとっては、若手時代のグリコ森永事件の取材経験が共通体験になり、後年、各社の社会部長を務めた人たちが集う「同窓会」が開かれていた。井関氏の手記には、阪神・淡路大震災の取材で「エネルギーはとにかくライフラインなんだ」という強い思いの原点が形成されたことが語られている。

◎エネルギーフォーラム24年12月号エネルギーフォーラム井関晶編集主幹〈地震翌日から現地取材を敢行 ライフラインの重要性を痛感〉〈……当時、私は25歳で、都市ガス業界紙「ガス事業新聞(現ガスエネルギー新聞)」の編集部に所属する駆け出しの記者だった。……(1月17日、当時の専務と)東名高速を夜通し飛ばして、大阪ガス本社に到着。そこを拠点に21日までの4日間、ガス復旧隊に随行する形で兵庫支社、今津事務所の地震対策本部、西宮市などの被災現場を取材した。大阪市内の様子は平時とほぼ変わりなかったが、西に向かうにつれ、衝撃的な光景が広がる。……そこから85日間に及ぶ都市ガス業界挙げての復旧活動が始まったわけだが、取材の中で痛感したのは「エネルギーはとにかくライフラインなんだ」との思いだ。新潟中越沖、東日本、熊本、胆振東部、能登半島……。その後も大震災は相次いだ。南海トラフや首都直下に備えるための教訓はそこにある。〉

【記者通信/1月6日】「60%削減案」巡る対立先鋭化 霞が関批判の怪文書も


政府が昨年、原案を示した2035年度の温室効果ガス削減目標を巡り、路線対立が先鋭化した。13年度比60%削減を目標にした政府案を現実的と見るか、削減が不足とするかで賛否が割れた。特に目標が足りないと主張する派は、いわゆる「気候正義」論を振りかざし、SNSや各種メディアを通じて政府案の修正を繰り返し訴えた。その動きは徐々にエスカレートし、経済産業省などの前でデモ活動をするだけにとどまらず、霞が関の特定の官僚を名指しする怪文書を撒くなど異様な様相を呈した。政府案は果たして「気候正義」の枠からはみ出る目標なのか。世界の趨勢と今後の日本の状況を照らし合わせてみると、現実的な選択だと言う見方ができそうだ。

議員会館にまかれた怪文書

有識者会議が昨年末に支持した60%削減を目標とする政府案は50年のカーボンニュートラルに向けて、緩やかな削減を見込む道筋だ。経済への影響や今後の技術革新のスピードなどを勘案して示した「ギリギリの線」(環境省幹部)だ。

しかし有識者会議の委員の一部はより急激な削減プロセスを採用し、35年度の目標を75%まで引き上げることを望んだ。しかもこの委員は有識者会議が「既に存在するシナリオに都合の良いコメントを付け加えているようにしか見えない」と、会議自体のあり方を批判した。

この委員の批判に反応したのが、気候正義を振りかざす市民運動家らだ。政府案の公表とこの委員の発言を取り上げ、SNSやメディアを通じて「結論ありきの議論」「先進国として責任ある削減目標を示せ」「60%では足りず最低でも66%、70%以上の削減が必要」と主張したのだ。

ちなみに有識者会議は連日、終了時間を超える激しい議論がなされていた。

気候正義を追求する運動家にとっては自分たちの主張が反映できなければ、全てが黒に見えたのだろう。盛んにSNS上で署名を集めたり、経産省前で「炬燵会議」と称したデモをしてみたりと政府への批判を強めた。

そして運動家の中には「最終決定権を持つY氏にご照会頂き、なんとしても1.5度整合が実現可能な66%削減に引き上げるよう、ご要請頂きますと幸いです」という怪文書を議員会館で配ったのだ。

運動家にとっては削減目標が格好のエサになり、一種の祭りのような騒ぎに発展した。

だが運動家の思惑通りにはいかず、世論も盛り上がらず、国会でも怪文書を巡った質問や問ただしもなかった。極めて限定的な「お祭り騒ぎ」にしかならなかったのだ。

日本の削減目標は「不正義」か

では政府が示し、有識者会議が是認した35年度60%削減目標は不正義な目標なのか。確かにパリ協定が求める1.5度目標を達成するには、排出量が多い国が先導していく必要がある。

IEAのデータによると、22年の二酸化炭素(CO2)国別排出量は、中国が3割を超えてダントツで首位だ。次いで米国で約15%、インド、ロシアと続き日本は約3%で世界第5位だ。

 しかし排出量世界トップの中国は、30年までに排出量のピークアウト、60年までに実質的なカーボンニュートラルを実現することを目指すとしているだけだ。道筋も見込みもまったく公表していない。つまり透明性が確保できず、本当に削減しているかがわからない。

さらに米国は12月19日、35年までに05年比61~66%削減する目標を打ち立てたものの、トランプ次期大統領の判断次第では空手形になる可能性が大きい。

温室効果ガス排出量の二大国の動向が未知数の中、排出量わずか3%の日本が突出した削減目標を出しても、1.5度目標には届かない恐れがあるということだ。

国連環境計画(UNEP)の24年報告書は、来年2月までに提出する各国の削減目標(NDC)で、温室効果ガスの年間排出量を全体で30年までに42%、そして35年までに57%削減することを約束し、それを迅速な行動で支えない限り、1.5℃の目標は数年以内に達成不可能になるだろうと指摘している。

日本は達成できるかどうかはともかく、30年46%、35年60%という目標を示している。一国の貢献としては高い目標と言えるだろう。

むしろ排出量が多い中国、米国の姿勢が不正義であり、1.5度目標を達成するためにより高い排出削減を課したり、道筋を明確にするよう求めていくのが筋ではないだろうか。

気候変動から経済重視の流れ

だが、世界は気候変動対策よりも経済重視の方向に傾いているのが流れだ。新型コロナウィルスの大流行による経済縮小から抜け出すタイミングで、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機、中東不安が相次ぎ景気のいい話は聞かない。あれだけ好調を誇っていた中国も大手企業が経営破綻するなど減速している。

気候変動対策の旗手とも言える欧州は、長引くインフレと移民対策に手を焼いている。インフレは経済を直撃しており、国民は生活苦からの改善を求めて、極右政党を支持する傾向が顕著だ。

米国も経済格差と行きすぎたポリティカル・コレクトネスによる社会の分断が激しく、トランプ氏の返り咲きを認めた。トランプ氏は気候変動枠組み条約からの脱退も視野に入れているとされ、国民も気候変動よりも経済格差の解消を求めているという。

翻って日本はどうだ。足元は円安による物価高に賃金上昇が追いつかない状況が続いている。将来的な展望も開けず、出生率が下がり続け、高齢化に伴う現役世代の負担増が必至となり将来不安が増大している。

こうした状況で気候変動対策だ、気候正義だと声高に叫んでも国民の理解は得られない。今のところイノベーションが期待できない日本にとって10年先の経済的展望が開けない中で、経済成長と気候変動対策の両立を暗中模索しているというのが現状といえよう。35年度に60%削減するという目標は、低く抑えた目標というよりむしろ苦し紛れの数字だ。

経済状況の好転や、将来不安が解消しないところでやたら高い削減目標を設定する方が「悪夢」のシナリオであり、無責任極まりない選択度言えるだろう。

【目安箱/1月6日】気候変動問題を巡り世界はしたたかに動いている


国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が11月にアゼルバイジャンの首都バクーで開かれた。途上国への支援目標が主要な問題になり、2035年までに現状の3倍の年3千億ドル(約46兆円)にすると決まった。また日本が巨額の負担を押し付けられそうだ。

日本の新聞に、このCOPを批判する視点は少ない。「途上国」扱いになる中国など新興国の立場のおかしさを指摘する「COP29開幕 排出大国の責任問いたい」(産経主張、11月13日)は例外的だ。「危機感高め対策を急げ」(朝日社説、同26日)と過剰な規制や途上国支援を訴える記事があった。このCOP仕組みを批判するトランプ氏の米大統領再選を懸念して「合意後も分断回避へ努力続けよ」(日経社説、同25日)など枠組みの維持を訴えた報道もあった。

10月末の総選挙では、気候変動問題は大きな争点にならなかった。政治家からも日本政府からもCOP体制への批判は出てこない。

COPが唯一の解決策ではない

こうしたCOP支持の態度や考えは甘すぎないだろうか。気候変動への対策は必要だ。しかし「地球を守れ」という大義を唱えながら、各国がしたたかに動いている現実を忘れていないか。

日本はCOP3(1997年)で決まった京都議定書を、この会議の議長国として取りまとめた。この京都議定書は、先進国に温室効果ガスの削減目標数値を義務付けた。しかし、この仕組みは米国の脱退、また途上国が削減を義務付けられないために崩壊してしまった。

その後のパリ協定は、ガスの削減目標が、各国が削減を約束したものになり、かなり制約は緩やかなものになった。しかし、今は途上国へのこれまで地球を「汚した」先進国からの支援が大きな問題になっている。各国は損害を負いたくない。

COPが正しく、効果的な、唯一の、気候変動を解決する仕組みではない。

途上国はCOPとロシア双方を利用する

米国で11月にトランプ前大統領が再び大統領に選出された。彼は、COPに批判的で、パリ協定から第一次政権で脱退した。バイデン政権がそれに復帰したが、トランプ氏は大統領就任後に再び脱退する意向だ。実はこれはトランプ氏だけの考えではなく、米共和党の大勢の考えだ。

同党は、途上国が利益を得るCOPの仕組みを以前から批判している。トランプ政権と共和党を支えるアメリカ・ファースト政策研究所は、実効性のある気候変動とエネルギーの二国間協定を重ねて、この問題に対応する構想を示している。

新興国のBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は10月22日から24日までロシアで首脳会議を開催した。そこにはグローバルサウスと呼ばれるアジア、アフリカの途上国も参加した。彼らはCOPの仕組みで利益を得ながら、自分たちに有利な制度を作ろうとするBRICSとも関係を深める。ウクライナを侵略したロシアも、アジアで侵略の姿勢を示す中国も、西側では批判されるが、世界では孤立していない。

首脳会議は「公正な世界の発展と安全保障のための多国間主義の強化」をテーマとした。全体会合で採択された共同宣言では、気候変動の負担は公平であるべきだとする。一方で、気候変動とエネルギー、経済の関係は「バランス」が必要だとする。脱炭素に走る西欧、日本とは全く違う態度だ。

日本のメディアのこの会議に対する扱いは小さかったが、米英のメディアは危機感から大量に報道した。米紙ニューヨーク・タイムズは「来るかもしれない世界を見た」(10月29日)との解説記事で気候変動やエネルギー、ドル以外の決済など、中露主導で世界新秩序ができかねないことを懸念した。西欧と日本は外交で「脱炭素」を唱えるが、天然ガスと石油でもうけるロシアはこの会議でそれを強調しなかった。

トランプ次期大統領は〈「関税100%で米市場から手を引いてもらうことになる」…BRICSの「脱ドル依存」けん制〉(読売オンライン、12月1日)と、BRICSの動きを警戒する。新興国の世界秩序への挑戦は、今後の大きなテーマになる。

◆世界のしたたかさを認識すべき時

日本人は米欧からの情報に引きずられがちで、日本のメディアもその傾向にある。しかし米欧以外の国の存在感や力は増えている。気候変動やエネルギー問題では特にそうだ。

率先して表面的なきれいごとだけを伝え、国益を考えないメディアが、その姿勢を変えることは難しそうだ。国際政治で、きれいごとの裏にある世界各国のしたたかさを、私たちは認識するべきだし、政治家、日本政府の人々には特にそれを認識してほしい。

【記者通信/12月31日】電力が足りなくなる! 公明党が原子力で“軟化”のワケ


1225日に大筋了承された第7次エネルギー基本計画では、原子力の活用姿勢が一段と鮮明になった。原発依存度を「可能な限り低減させる」という文言は削除し、「安全性の確保を⼤前提に、必要な規模を持続的に活⽤していく」とした。次世代炉への建て替えについては「廃炉を決定した事業者のサイト内」で具体化を進める方針を明記。原子力活用に向けた環境整備が進みつつある。

「建て替え」を認める範囲を緩和

「ほぼ満点と言っていい」──。電力業界に近い永田町関係者は、第7次エネ基の原子力分野の記述についてこう評価する。「可能な限り低減」の削除と並ぶポイントの一つが、次世代炉への建て替え方針だ。政府は2023年2月に閣議決定したGX基本方針でも建て替えを打ち出したが、廃炉を決めた原発の敷地内に限定する「足かせ」が付いていた。自民党と連立を組む公明党の意向が働いたとされる。

だが今回、公明党はその足かせを外すことを事実上認めた。「敷地内」から「廃炉を決定した事業者のサイト内」へと建て替えの可能範囲を広げたのだ。同党は12月13日にエネ基策定に向けた提言を政府に提出。総合エネルギー対策本部の赤羽一嘉本部長(党副代表)は記者団に対して、「将来的に原発に依存しない社会を目指す党の方針に全く変わりはない」と強調した。あくまで廃炉を前提にしているため、原発の総基数は増えないという理屈だ。

党内議論の前提にあったのは、生成AIの利活用などで急増する電力需要だ。同党の経済産業部会長を務める平木大作参議院議員は「供給力を確保できなければ、AIや半導体など成長をけん引していく部分への投資が回らないことになる。それは政治の責任として許されない」との認識を示す。その上で「GX基本方針では詰めるところを詰め切れておらず、原発建て替えの『定義』があいまいだった」と振り返る。廃炉したサイト内限定なのか、同じ事業者の別のサイトならいいのか、サイトや事業者の縛りなしに全国規模で建設できるのか──。結果的に公明党は赤羽氏が記者団に語ったように、基数を増やさないとことをくびきとして「同じ事業者ならOK」との結論に落ち着いた。平木氏は「電力会社の経営上の合理的判断にもつがなるのではないか」と期待を寄せる。

たがを外して現実路線に押し戻した

一方の自民党は公明党の方針転換をどう見るのか。党総合エネルギー戦略調査会の山際大志郎幹事長は「前回のエネ基策定時からファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は大きく変わった。将来的に電力が足りなくなり、経済成長のアキレスになったらまずいという認識から現実的な判断をしたのだろう」と推し量る。こうした公明党の“軟化”によって、第7次エネ基は「たがを外して現実路線に押し戻した」(山際氏)計画となった。

12月26日のGX実行会議で公表された「GX2040ビジョン」の素案では、原発や再エネの周辺に進出した企業に対して、電気料金や税負担の軽減措置を検討する方針を盛り込んだ。柏崎刈羽原発の再稼働を巡っては、新潟県が国に対して経済的なメリットを感じられる取り組みを求めており、県内での議論に影響を与える可能性がある。原子力の活用方針が絵に描いた餅で終わらぬよう、フロントエンドからバックエンドまで国が前面に立った環境整備が肝要だ。

【目安箱/12月30日】第7次エネ基原案を分析 現実的だが変化の動きは遅い


政府はエネルギー政策の第7次エネルギー基本計画の策定を進めている。2024年12月17日に経産大臣の諮問機関である総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会(分科会長=隅修三・東京海上日動火災保険相談役)は同計画の「原案」 を示した。経産省・資源エネルギー庁は、24年度内に同計画の閣議決定を行う見通しだ。

この基本計画はエネルギーの政策目標を定めるもので、原則3年ごとに見直される。第6次計画は21年10月に決まった。この計画は、11年の東京電力福島原子力発電所事故の後で、原子力発電の取り扱いが注目されるようになった。

◆原案のポイントとその評価

今回の原案のポイントは以下と私は考える。

1.第6次エネ基で示された「原子力を可能な限り逓減」の文言が削除された。

2.検討の裏付けとして、エネ基において初めて40年度時点でのエネルギー需給見通しが合わせて提示された。これまでは30年時点までの見通しだった。発電電力量は1.1~1.2兆kWh程度(23年度9854億kWh)とした。40年度時点の発電割合の見通しは再生可能エネルギーが4~5割程度、原子力が2割程度、火力が3~4割程度となっている。細かく数字を示した第6次計画と違って、漠然としたものになっている。

3.計画の前提になる発電コストが示された。1kWh当たりのコストは、現在発電量が最も多いLNG火力が、20.2円から22.2円。原子力が、16.4円から18.9円。事業用の太陽光が15.3円から36.9円。洋上風力が、18.9円から23.9円。再エネは導入状況に応じて幅を持たせた。ただし40年の市場価格などの予測などは織り込んでいない。

◆原子力について「逓減」削除は当然

原案に対して、一部のメディアや反原子力の活動家や政治勢力は、「原子力の逓減」の文言削除のみを取り上げて、批判している。しかし私はその「逓減」の削除を妥当と思うし、他の論点でも言及が足りない重要論点もあると思うが、おおむね原案を妥当と考える。

原案で原子力削減の文言がなくなることは事前に予想できた。岸田政権では20年末に「GX政策」(GX:グリーントランスフォーメーション、脱炭素型経済への転換)を打ち出し、それが国のエネルギー・経済政策の柱となっている。そこでは原子力の活用を行うことが示された。その考えが、この原案でも反映されることは当然の流れだった。

また審議会委員の人選も妥当と思われ、原案の方向は予想できた。発電コスト検証ワーキンググループの座長は秋元圭吾氏(地球環境産業技術研究機構主席研究員)だった。彼は実績があり尊敬される研究者だ。

出てきたコストの数値、また電力需要の増加も、エネルギー需要の実情から考えて違和感のないものだ。これまでのエネ基では、エネ庁内部で作成された数値が根拠になっていた。少し政治的に細工をしたかのように見える、再エネに有利な数字が出されていた。 

また原子力のコストが、他電源に比べて高くないことも、常識的に納得できる試算だ。また、これまで日本の産業空洞化や少子高齢化で、長期的には電力の需給は減る見通しが示されていたが、増加の可能性が示された。この1~2年、AI(人工知能)の発達や電化の広がりで近未来に大量に電力が必要になるとの見通しが日本と世界の研究機関で発表されており、その知見を取り入れたものだろう。

◆原子力の再評価など少し進展

ただし、今回のエネ基本は、物足りない部分もある。

再エネについては前回第6次計画計画で「野心的な目標」として、電源構成において30年に36〜38%とした。第7次計画ではその割合は4〜5割と大きい。再エネについての認識は、過剰な評価のままであると、筆者は思う。

またエネルギー自由化のプラスとマイナスの検証を記したが、もっとそれは真剣に取り組むべき問題だろう。

原子力に関しては原案では、「優れた安定供給性、技術自給率を有し、他電源とそん色ないコスト水準で変動も少なく、一定の出力で安定的に発電可能」とのメリットを強調。立地地域との共生、国民各層とのコミュニケーションの深化・充実、バックエンドプロセスの加速化、再稼働の加速に官民挙げて取り組むとしている。また原子力発電所の新増設・リプレースについては、「廃炉を決定した原子力を有する事業者の原子力発電所サイト内での、次世代革新炉への建て替えを対象として、(中略)具体化を進めていく」と記載された。これは現時点では適切な見解だ。

与党自民党も電源の多様化、現実的な再エネ政策を訴えてきた。原子力の活用とバランスのあるエネルギー源構成を訴えている。そのために、この原案は与党側も了承するだろう。(「第 7 次エネルギー基本計画の策定に向けた提言」12月10日、自民党政務調査会)

◆政策の肉付けが課題に

しかし、エネ基が変わっても、それに伴う現実的な政策転換ができるかは怪しい。

岸田政権は、エネルギー政策を動かした。東日本大震災以降、自民党政権が原発政策を放置し、結果的に「脱原発」に向かってしまっていた。それをGXと絡めることで、重要電源として原子力を再評価する政策転換を行った。この政権が、この調子でエネルギー政策の正常化をしてくれると私は期待した。ただしその後がおかしかった。エネルギー政策での政治判断の必要な問題に、岸田政権は積極的に対応しなかった。政策転換は「口だけ」と言われても仕方がない結果だった。

24年10月の衆議院選挙で、自民党・公明党の連立与党は過半数割れとなった。エネルギー基本計画は閣議決定の文書なので国会情勢の影響はあまり受けない。しかし、それを実行するために必要な法案の成立は国会情勢に大きく影響を受ける。政治状況では「絵に描いた餅」のように、無意味なものになる可能性がある。そして石破政権は、政策課題としてエネルギーをそれほど重視している気配がない。

今回の選挙で勢力を伸ばして、現実的なエネルギー政策を掲げる国民民主党に期待する声もエネルギー関係者の間にはある。しかし今年(25年)7月の参議院選挙への影響を考えると、簡単に与党入り、もしくは与党と妥協するわけにはいかないだろう。また簡単に自公政権と妥協し得る問題は、交渉での材料にはならなさそうだ。

◆重要な政治判断が見送られる懸念

原案に記載された政策を見ても、原子力新型炉の国際技術協力と開発の加速、不透明明な国際情勢に対応する危機管理体制の再構築など、大きな政治判断が必要な問題ばかりだ。

そのために参議院選挙の前までには、与野党の賛否が割れるような法案を政権は出すことができないだろうし、エネルギー問題でもそうなりそうだ。ようやく現実的なエネルギー基本計画が策定されそうだ。しかし、その影響は小さなものになる。

その間に、エネルギーをめぐる大きな国際情勢の変化、そして国内での問題の放置による悪化が起こってしまうことを筆者は心配している。

【記者通信/12月27日】トウモロコシで空の脱炭素化 米国が航空燃料を狙うワケ


再生可能な植物資源を原料としたバイオエタノールが運輸分野で脚光を浴びている。きっかけは、エタノールを航空業界の脱炭素化を促すSAF(持続可能な航空燃料)の原料として活用する機運の高まり。こうした追い風に乗って自国産トウモロコシ由来のエタノールを売り込もうと息巻いているのが米国だ。現地で関係者を取材すると、「空の脱炭素化」で勝負をかける理由が浮かび上がってきた。

新規用途の開拓へチャレンジ

「SAFにチャレンジしていきたい」。首都ワシントンに本部を構えるアメリカ穀物協会の事務所で、エタノール業界団体「グロース・エナジー」のクリス・ブライリー副会長は、現地に集まった日本の報道陣を前に、米国産エタノールの用途をSAF原料に広げる決意を表明。約50社のエタノール生産者などが加盟する再生可能燃料協会(RFA)で法務担当最高責任者を務めるエド・ハバード氏もSAF市場に挑戦することに意欲を示した。

SAF需要の開拓に意欲を示すグロース・エナジーのクリス・ブライリー副会長

関係者がSAF市場の開拓を狙う背景には、豊富なエタノール供給力がある。これまで米国は、世界最大のトウモロコシ生産国としての強みを生かし、その作物に含まれるでんぷんの糖化後に発酵プロセスを経て得られるエタノールの生産実績を積み上げてきた。アメリカ穀物協会によると、2023年に世界のエタノール生産量の約55%(約6000万kl)を米国で生産し、2位のブラジルを大きく引き離してリード。トウモロコシの単位面積当たりの収量(単収)も農業技術などの進展によって年々増加してきた。供給力を支える研究にも余念がない。イリノイ州にある国立トウモロコシ・エタノール研究センターを訪ねると、所狭しと設備やタンクが並ぶエタノール生産の試験プラントが設置されていた。研究センターで取り上げるテーマは、エタノール生産の効率化から新たな原料の利用までと多彩だ。

国立トウモロコシ・エタノール研究センターの発酵タンク

そもそも米国では、2005年成立の政策指針「エネルギー政策法」に再生可能燃料の使用量を定めた「再生可能燃料基準」が盛り込まれたことを機に、とうもろこし由来エタノールの生産が本格化。さらに、輸送用燃料に占めるバイオ燃料の比率向上を促す07年制定の「エネルギー自立・安全保障法」を追い風にエタノール産業が急速に成長し、こうした動きがとうもろこし価格を下支えして農家の所得を安定化させる好循環につながった。

エタノール生産をコントロールする研究センターの制御室

全土に広がるエタノール混合ガソリン

農業と一体となったエネルギー政策の波に乗って広く浸透したのが、エタノールを10%混合したガソリン「E10」だ。RFAによると、ガソリン総量に占めるエタノールの使用割合は14年に9.83%を記録。それ以降も年々上昇し、23年には10.42%へ達した。ガソリンスタンドが約12万5000カ所ある全米で、よりエタノール混合比率を高めた「E85」が約5900カ所に達するなどエタノール混合ガソリンの取り扱い店舗が拡大していることも使用割合を押し上げる要因となっている。

E10が市場に受け入れられる要因についてハバード氏は「消費者の節約に貢献したことが挙げられる」と分析する。RFAによると、19年から22年までのエタノール混合ガソリンの価格は、レギュラーガソリンとの比較で1ガロン(3.785ℓ)当たり平均0.77ドル安かった。米国の消費者全体で、年間951億ドルの節約になっているという。

エタノール混合ガソリンの導入状況を説明する再生可能燃料協会のエド・ハバード氏

節約志向の消費者は「好意的」

実際、消費者はどのような意識を持っているのか。RFAがエタノールに対する好感度を把握しようと約1800人を対象に24年9月に調査を行ったところ、58%が「肯定的」と答え、18%の「否定的」を大幅に上回った。こうした傾向はここ数年変わらず、肯定的の比率は21年以降60%前後で推移している状況だ。回答者を民主党と共和党に分けて好感度を探ると、いずれの支持者も約6割が「おおむねエタノールに好感」と回答。好感を持つ理由を見ると、両支持者の回答が「燃料効率」「安価」「米国産」に集中していた。

「地球と国を守る」――。シカゴ近郊にあるパワーエナジーグループのガソリンスタンドを訪れると、クリーン燃料を売り込む看板が目に飛び込んできた。全米で広く流通するE10以外にも4種類のエタノール混合ガソリンを販売するスタンドで、給油設備には混合比率が一目で分かるよう「E30」「E50」「E70」「E85」と表示されていた。

エタノール混合ガソリンを販売するシカゴ近郊のガソリンスタンド

さらに取材を進めると、温室効果ガス排出量の削減に貢献するという価値以外にも消費者は関心を示している実態も見えてきた。異常燃焼の起こりにくさを示す指標「オクタン価」を高める効果やガソリンより割安な販売価格に加えて、「エネルギー安全保障」という観点からもエタノールに魅力を感じているようだ。ガソリンスタンドオーナーのサム・オーデ氏は、売上高に占めるエタノール混合ガソリンの割合が高まる手応えを強調しながらも、環境にも財布にもやさしい同燃料の多様な価値を認知させる取り組みが途上にあると指摘。「米国の大半がエタノールの価値を知らない。教育や啓蒙に取り組まなければいけない」と述べた。まさにエタノールの混合比率を一段と引き上げる可能性を秘めた米国市場だが、過去10年間のエタノール需要を振り返ると「頭打ち」となっている。

サプライチェーン武器に輸出拡大へ

その要因の一つが、全米でのガソリン消費の減少だ。中長期的に自動車の電動化でガソリン消費の増加が見込みづらい中、エタノール生産拠点やとうもろこし農家から懸念の声が聞こえてくる。そうした中で急浮上してきたのが、新規用途のSAF原料だ。すでに米国は穀物の栽培からバイオ燃料の生産・流通に至るサプライチェーン(供給網)を構築しているだけに、生かさない手はない。ハバード氏はエタノールと穀物の生産効率が高まっている現状に触れ、「米国はグローバルに向けてエタノールを供給できる信頼できるサプライヤーとしてあり続けることができる」とアピールした。

ただ、SAF市場の攻略は一筋縄ではいかないようだ。50年までに航空分野の二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするという長期目標を掲げる国際民間航空機関(ICAO)による脱炭素化の枠組み「CORSIA」で、持続可能性があるSAFと認められる必要があるからだ。トウモロコシ由来エタノールの炭素強度(CI)が着々と下がっているにもかかわらず、ICAOは古いデータでエタノールのCI評価を実施。SAF原料として正当に評価されていない。加えて、エタノール生産工程で発生するCO2を地下に閉じ込める「CCS」の算入も認めておらず、CORSIAでの再評価が焦点となっている。

第2次トランプ政権の行方はいかに

とはいえ、輸出に振り向ける供給力は十分にある。全米に約200カ所あるエタノール製造拠点の供給能力は約7000万klあり、1割強の余力があるという。それだけに新たな成長市場の開拓は喫緊の課題で、エタノール業界は輸出拡大に向けて粘り強く働きかけていきたい構えだ。

岸田文雄前首相は22年5月にバイデン大統領と会談した際、SAFを含めた日本国内のバイオエタノール需要を30 年までに倍増させる方向で合意。日本政府が24年12月25日に公表した新しいエネルギー基本計画案には、「次世代バイオ原料の資源国との連携を深め、サプライチェーンの構築・強化を進める」と明記された。長期的な規制・制度的措置により国際競争力のある価格で安定的にSAFを供給できる体制を築く方針も盛り込んでおり、米国が原料面で日本に協力する可能性は大いにある。アメリカ穀物協会バイスプレジデントのケアリー・シフェラス氏はこうした動きに呼応するかのように、トウモロコシ由来エタノールの対日輸出拡大に向けて「日本の政府や産業界に働きかけていきたい」と力を込めた。

今後の焦点は、第2次トランプ政権が発足後のバイオ燃料戦略の行方だ。SAF生産を促進するための税額控除などバイデン政権が立ち上げた支援措置を継続するかは不透明で、取材に応じた連邦議会の議員スタッフたちは「現時点で次期政権は読めない」と口をそろえた。とはいえ、自国の供給網を生かせるエタノール政策はトランプ次期大統領が主張してきた「エネルギー・ドミナンス(優勢)」に合致する上、トランプ支持者が多い農業の強化にもつながる。米国のエタノール外交は展開次第で、各国のエネ・環境政策を揺るがす可能性が高く、次期政権の一手から目が離せない。            

【記者通信/12月27日】カナダが使用済み燃料で最終処分地決定の経緯


カナダの核燃料廃棄物管理機関(NWMO)は11月28日、同国の使用済み燃料を処分する深地層処分場の建設地をオンタリオ州北西部のワビグーン・レイク・オジブウェイ・ネーション(WLON)のイグナス地域に決定したと公表した。

NWMOの決定発表文。スワミCEO(左)とボイル副理事長兼主任技師

原子力発電の使用済み核燃料の処分については、どの国でも地中深くに埋める地層処分の方法が採用されている。現時点(24年時点)で、フィンランドで処分施設が稼働、スウェーデン、フランスで地域選定の後で、安全審査中となっている。場所の決定した国にカナダが加わる。

カナダでは、2002年に官民の共同出資によって設立された NWMOが、放射性廃棄物の安全かつ長期的管理を担当し、2010年から使用済み燃料の深地層処分場のサイト選定プロセスを開始した。

当初、22自治体が処分場の受け入れに関心を表明した。そのうち、先住民族が受け入れを認め、地域議会が誘致意思を示したWLONに決まった。

NWMOのスワミCEOは、「本プロジェクトはカナダの環境問題を解決し、気候目標を支援するもの。カナダ人と先住民が主導し、同意に基づく立地プロセスで推進された。これが歴史を作るということだ」と、発表文で述べた。同国のウィルキンソン・エネルギー・天然資源相は、「各コミュニティとサイト選定プロセスに関わった、多くのコミュニティのリーダーシップと積極的な関与に深く感謝し、NWMOの長年にわたる努力を称賛する」と述べた。サイトの地域の決定を受け、今後は規制評価段階に入る。

カナダは、原子力を活発に活用しており、地方自治体、先住民族なども、その利用への理解がある。日本でも北海道2カ所、九州で1カ所の自治体による文献調査が行われている。海外での新しい動きが、日本での処分地選定の議論が進むことに、前向きの影響を与えることを期待したい。

【記者通信/12月25日】建設現場に次世代バイオ燃料 出光興産が1月販売へ


カーボンニュートラル(CN)の実現という潮流が建設業界に広がる中、出光興産は建設現場向け次世代バイオ燃料を市場投入する。それに先立ち11月中旬から大手ゼネコンの大林組が施工する現場で、同燃料で建設機械を稼働させる実証実験を推進中だ。その結果を踏まえて出光は、早ければ2025年1月に販売を始めることを目指す。

バイオ燃料を使用した建設機械

大林組などとプロセス検証

出光が建設現場で使う建機や発電機向けに商品化するのは、植物由来の廃食油などを原料として製造するバイオ燃料「リニューアブルディーゼル(RD)」。具体的には、出光がバイオ燃料に関する「欧州EN規格」に適合したRDを海外から調達し、独自の品質管理で保証した「出光リニューアブルディーゼル(IRD)」として提供する。

実験は来年1月まで実施する予定。IRDを石油製品販売の松林(京都府宮津市)の配送ネットワークを通じて、大林組の建設現場にある油圧ショベルへ給油する。IRDの使用が建機に与える影響を調べるとともに、燃料の調達から供給・運用やメンテナンスまでのプロセスを総合的に検証するという。

将来的には自社製造も視野

出光は28年度から徳山事業所(山口県周南市)で、航空業界の脱炭素化手段として注目を集めるSAF(持続可能な航空燃料)の生産を始める予定。その製造過程で副産物として産出されるのがRDだ。今回の実験では海外からRDを取り寄せるが、RD需要の動向や取り扱い上の課題を把握した上で、「将来的にはRDを活用した自社製造品の流通を検討したい」(販売部企画課の担当者)としている。

建設段階のCO2排出量削減に向けて大林組は、低炭素型燃料を建機などに導入する取り組みに注力している。すでに来年4月開幕の大阪・関西万博の建設工事で、稼働する建機の燃料に100%バイオディーゼル燃料「B100」やRD燃料を用いる実験を行ってきた。同社環境経営統括室の担当者は、低炭素型燃料を巡る展開で出光とスクラムを組む意義を強調。「(低炭素型燃料の利用で)今後一歩、二歩踏み出していくことが非常に重要だ」と意欲を示した。

IRDは燃焼時にCO2が発生するものの、原料となる植物が成長過程でCO2を吸収するため、実質的な排出量をゼロとみなすことができる。RDは既存の流通インフラや内燃機関で使用できるため、運輸業界だけでなく建設業界 への採用も期待されていた。

【論考/12月19日】石油・天然ガス回帰に向かうメジャーの思惑


11月9日、JERAと英石油大手BPは洋上風力発電事業を統合し、折半出資の合弁会社Jera Nex bpを設立すると発表した。BPのオーキンクロスCEOはこれが同社の資本負担抑制の方針(capital-light model)に適うとし、全社的な資本効率向上策の一環であることを示した。

現在BPは事業構成を見直し、高付加価値事業に投資を集中しようとしている。「シンプル、集中、高付加価値」の旗印の下、事業の再構築が行われており、本年9月には米国の陸上風力発電事業からの撤退を発表している。今回の洋上風力発電事業合弁化も、その延長線上にある。

BPは10月にブラジルに於けるバイオ燃料合弁事業で、対等出資者だった穀物メジャー・ブンゲの持分を買い取って単独所有者となっている。したがって、風力発電部門の整理のみをもって、同社が脱炭素化事業全般に対し消極的とは言えない。しかし脱炭素化事業により厳しく資本規律を求め、採算性によって選別する姿勢は鮮明となっている。

石油・天然ガスに投資配分を傾斜へ

一方、7月末にBPはメキシコ湾深海・カスキダ油田開発の最終投資決定を下し、同社の石油事業で中核を為すメキシコ湾での大型投資に積極的な姿勢を示している。全社的な採算性重視が、同社の投資配分を自ずと石油・天然ガスに傾斜させつつある、と見ることができよう。

BPは、ルーニー前CEOの下、2020年に極めて野心的な脱炭素化目標を掲げた。2050年を目途に供給網全体の炭素中立(ネットゼロ)、いわゆるスコープ3の達成を目指し、そのため30年までに自社の石油・天然ガス生産量を19年対比40%削減するとした。23年2月の見直しで、この30年生産量削減目標は25%に緩和されたが、50年炭素中立化の目標は据え置かれている。

この見直しの際、供給安全保障(security)、経済性(affordability)、脱炭素化(low carbon) をエネルギーの三位一体の課題(トリレンマ)としつつ、脱炭素化の加速化と秩序あるエネルギー転換は両立させねばならない、とされている。主力の石油・天然ガスの縮小を伴う「統合エネルギー企業」への転換、という予定調和的なアプローチが現実に合わず、これが25年後の目標を100%炭素中立という建前で縛る一方で、向こう約10年の脱炭素化目標を後追いで下方修正する、ちぐはぐな姿勢となって現れたのではないか。

株価急上昇の米エクソンモービル

目下BPが進めている事業再編成は、資本規律によって事業投資を再優先化し、企業として進むべき方向性を明確化する努力の一環と捉えられよう。同社の株主からも収益性改善の要求が強まっており、事実、BPの株価は23年前半に20年初の水準にまで回復したが、そこで増勢が止まり、今年春以降は下落傾向にある。

同じ石油大手でも、例えばエクソンモービルの株価は本年11月末時点で20年初対比約7割上昇している。ちなみに同社は12月11日発表の経営計画の中で、30年の石油・天然ガス生産量(原油換算)を19年対比35%増とし、企業収益も年間平均10%の上昇を見込む。シェールオイルで優位に立つ米系メジャーとの競合の上でも、BPは高収益事業に集中する必要があろう。

BPが早晩、脱炭素化目標を再修正し、30年生産削減目標を撤廃するのではないか、という観測も報道されている。そうなれば、BPはBeyond Petroleum 「石油を超えて」からBack to Petroleum 「石油への回帰」に変わった、と評されるかもしれない。

標識の見えない道程の脱炭素化

米国では来年以降、第2次トランプ政権の下で、脱炭素化政策の全般的な撤廃が進められる。欧州諸国で反EUの右派勢力が台頭する中、脱原発・脱炭素化を推進してきたドイツは、国内エネルギー価格の高騰及び基幹産業である自動車他の製造業の不振に陥っている。再生可能エネルギー産業の雄である中国は、同時に世界最大の温暖化ガス排出国であり、また国際海洋秩序を軍事的に圧迫する脅威でもある。欧・露間の対立は長期化し、中東情勢はドミノ倒しのように混迷を深める。

この分断の現実にあって、脱炭素化の全世界的な加速化は、理念としては広く受け入れられても、実現のための基盤が無い。西側先進国が自らの脱炭素化を加速しつつ、新興国を援助するという建前も、現実の基盤を欠く。分断の世界の中では、エネルギー供給秩序の維持を最優先とする多国間協調体制の再構築が不可欠であり、脱炭素化も各国の供給安全保障に寄与する範囲で追求されるべきだが、そのような構想の枠組みすら、いずれの国からも提出されていない。

脱炭素化は、一般原則として支持されるが実体を欠く理念と、それに対する、より現実的だが構想力に乏しい反発との間で揺れている。標識の見えない道程の中で、国際石油企業は資本規律を手掛かりに、少なくとも中期的な方向を探りつつある、と言えるのではなかろうか。脱炭素化に最も積極的なメジャーとして知られるBPの今後の変容は、我が国の企業・政府にも貴重な手掛かりを与えるものとなるだろう。

国際石油アナリスト 小山正篤

【表層深層/12月19日】見えてきたCOPの限界 資金支援などで対立が先鋭化


先進国vs途上国の図式がすっかり定着した地球温暖化防止国際会議(COP)だが、今年のCOP29ほど先進国が途上国に譲歩した結果になったのは珍しい。途上国の資金支援要求に、先進国側が従来の3倍の額を支援することで合意した。パリ協定の目標を後退させたくない先進国の焦りを尻目に、中国、インドなどすでに途上国とは言えない経済規模を持つ国が先進国を弱体化させる楔を打ち込んだようにも見える。米国の条約脱退の憶測が出る中、国内政治ががたついて強気に出られない先進国は、中国、インドの台頭を眺めるしかない状況に陥っている。

「途上国大国」のインドに求心力

COP29は途上国支援のための新たな資金目標として、先進国側が2035年までに年3000億ドル(約45兆円)を出すことで合意した。官民あわせて1兆3000億ドル(約200兆円)の投資拡大を呼びかけることも合意文書に盛り込んだ。

しかしこの結果にいち早く不満を表明したのがインドだ。インドの交渉団は「われわれが直面している打撃を考えれば、COP29で合意した金額は少な過ぎて対処できない」と苦言を呈したという。

途上国側は気候変動対策や異常気象による被害に対応するための支援金の拡大を求めた。アフリカなどは年5000億ドルを要求。途上国全体では年1兆ドルを求めたことで会議は紛糾し、異例ともいえる会期を2日延長することになった。

インド交渉団の苦言はそのまま途上国の不満と捉えることができよう。集中豪雨や干ばつ、大型台風に海面上昇と近年は気候変動の影響と見られる被害が途上国を中心に頻発しているのも、先進国により多くの支援を求める背景だ。

先進国側の交渉団関係者は「合意が危ぶまれたが、なんとかまとまったのは気候変動による悪影響が露見していることに危機感を持っているからだ」との見解を示した。

だが見方を変えれば途上国側が先進国に貸しを作ったと考えることができる。COP29の瓦解を防いで、不満を飲み込んだと言えるからだ。そしてインドという「途上国大国」に、求心力が集まったとも言えよう。

インドは途上国をまとめ、来年以降もより資金支援の増額を求めてくると予想できる。先進国が増額しなければ石炭火力が温存して、パリ協定の形骸化することさえも辞さない強硬論で先進国を攻め立てることがあるだろう。

 資金支援巡り身動き取れない先進国

「資金支援の配分や使い途の透明化などクリアしなければならない問題が山積している」。ある先進国の外交筋はこう本音を吐露する。先進国は資金支援の大幅な増額に頭を悩ませている。

これまで先進国側から拠出した支援は総計で1000億ドルを超えている。再生可能エネルギーの開発資金、橋や堤防の設置と言った気候変動の影響による「適応」対策など様々な形で支援してきた。途上国側は「足りていない」と主張するが、「一体どのぐらいの支援額が必要なのか途上国側が明確にでてきていない。ほぼ言い値に近い形で支援を求めてくる構図が問題だ」(交渉関係者)と指摘する。

実際、先進国から資金支援したものの、気候変動に関係のない使途だったり、本来届くべきところに資金が届いていないケースも散見されるという。日本のある外交筋は「国会で使徒を追及されることもあり、いたずらに増額することには賛成できない」と語る。

先進国側の財政悪化も資金支援を渋る理由の一つだ。新型コロナウイルスの感染拡大に加え、ロシアのウクライナ侵攻という事態が重なり、先進国はインフレが進んだ。そのインフレを抑制するために各国では財政出動を活発化した。そのためドイツのように財政赤字に陥るところも出てきている。欧州では極右政権が相次いで誕生しており、気候変動対策を後回しにする国も出てきている。

そして先進国最大の排出国である米国の出方が見えないのも先進国内の疑心暗鬼を生んでいる。気候変動に懐疑的なドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲き、パリ協定の離脱どころか、気候変動枠組み条約からの脱退が現実味を帯びてきた。米国が抜ければ少なくとも4年間は支援の実現が危ぶまれる事態になる。

仮に米国抜きで資金支援を継続したとしても拠出の配分を巡り、先進国側の内部対立に発展することも否めない。

今回、資金支援の主体を日米欧と言ったG7の負担から、中国、インドなどの新興国に振り分ける交渉もしたものの、中国、インドは「我々は途上国」との立場を崩さず、任意での支援という拘束力のない提言にとどまった。途上国大国を前に先進国側が譲歩せざるを得なかったのが実情なのだ。

【記者通信/12月18日】食用油活用の「イルミ」 目黒川で今年も開催中


今年で14年目を迎えた「目黒川みんなのイルミネーション」が、2025年1月13日まで行われている。100%自家発電でイルミネーションを点灯する日本初の取り組みとして、国内外で注目を集めている。イルミネーションの電力エネルギーには、開催地域周辺の飲食店などで回収した使用済みの食用油を活用。地域の人々が使用済み食用油を持ち込むことができる回収拠点も用意されるなど、取り組みの輪は年々広がりを見せている。

精製したバイオディーゼル燃料を注ぐ

「目黒川みんなのイルミネーション」は2010年から始まり、今年で14年目。去る11月15日、五反田ふれあい水辺広場で点灯イベントが開催された。「目黒川みんなのイルミネーション」実行委員会の川端晴幸委員長と、森澤恭子品川区長によるあいさつがあり、しながわ観光大使´見習い´「ハタチの龍馬」と「大崎一番太郎」も登場。点灯式終了後には、しながわ学院エンタ部によるダンスパフォーマンスも行われた。

左から、ハタチの龍馬、大崎一番太郎、森澤恭子区長、川端晴幸委員長

使用済み食用油を回収する「みんなのアップサイクルスポット」

目黒川の両岸を彩るイルミネーションは、絶好の「映えスポット」。この時期ならではの素敵な光景に、寒さを忘れて撮影に夢中になる人々の姿が目立つ。