梶山弘志経済産業相の〝鶴の一声〟に端を発した、経産省による非効率な石炭火力発電所のフェードアウト議論。脱炭素化への大きな一歩と評価する声が上がる一方、その実現性を疑問視する見方も広まり始めた。
3.11を契機とする原子力発電所の停止後、日本の電力安定供給を支えてきた石炭火力発電だが、地球温暖化進展への懸念から世論の風当たりは強まる一方だ。そうした中、非効率な石炭火力フェードアウトに向けた議論が政府の有識者会議でスタートし、エネルギー業界に大きな波紋を呼んでいる。
経済産業省は7月13日、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)電力・ガス基本政策小委員会(委員長=山内弘隆・一橋大学大学院特任教授)で、超臨界圧(SC)以下の石炭火力発電所の市場退出を誘導するための新たな規制的措置の導入検討に着手した。対象となるのは、国内140基のうち114基。年内にも、具体的な仕組みについての大枠を取りまとめる方針だ。
現行の第5次エネルギー基本計画では、2030年度のエネルギーミックス(電源構成比率)における石炭火力のシェアを26%としている。計画には、「非効率石炭のフェードアウトに取り組む」ことが明記されてはいるものの、これまで具体的な手法までは検討されてこなかった。
電力会社にとって低コストで安定的に供給できる減価償却済みの石炭火力は供給力と利益の源泉。18年度には石炭比率は32%に達し、電力広域的運営推進機関が取りまとめた供給計画によれば、ミックス前年の29年度には37%と、目標を大幅に超過してしまう見通しだ。足元では天然ガス価格が大暴落し、石炭とガスの発電コストは逆転しているとはいえ、未来永劫これが続く保証はない。
経産省としては、このまま非効率な石炭火力が居座れば、計画中の高効率石炭の建設・稼働が困難になり、電源の新陳代謝が進まないことを問題視。その上、先の通常国会において、与野党議員から「容量市場は石炭火力への補助」「再生可能エネルギーFIT法改正は再エネいじめだ」といった指摘が相次いだことも、新たな規制に踏み切る判断への引き金になったと見られる。
規制とインセンティブ 避けられない国民負担増
今後の議論の焦点は、省エネ法に基づく規制強化の一方で、いかに経済的インセンティブを設計するか―だ。
実は、大手電力各社の総発電電力量に占める非効率石炭火力の割合は、北海道38.8%、東北26.1%、JERA(東京・中部)7.4%、北陸24.6%、関西0%、中国27.4%、四国12.8%、九州15.4%、沖縄55.1%、Jパワー36.8%ーとまちまち。
このため、大手電力関係者の一人は「JERAと関西はもともと非効率石炭の依存度が低い。北海道、沖縄は安定供給を名目に例外となる可能性があるし、一見依存度が高い中国は、22年に三隅火力の稼働が控えている。低コストの安定供給電源を失い、経営に大打撃を受けるのは東北、北陸、Jパワーだ」と分析する。
大手電力だけではない。自由化以降、新電力をはじめとする事業者が相次いで建設した中小規模の石炭火力は、すべて亜臨界(SUB-C)でフェードアウト検討の対象。バランシンググループ(BG)制度の下、自ら発電所を持つことで競争力の高い電力ビジネスを展開するという、これら事業者の戦略は覆りかねない。
さらに、共同火力やIPP(独立系発電事業者)、自家発電なども含めればあまりにも利害関係者は多く、いずれの事業者にも公正で納得感のある制度にしようとすれば、より緻密な議論と調整が求められることになる。
これについて、「発電事業は既に規制下になく、自由市場に移行した中で非効率石炭を休廃止させる法的根拠を作ることは、非常に難しい議論になる」と語るのは、エネルギー経済研究所の小笠原潤一研究理事。「炭素税や未回収の固定費の補償など、新たな国民負担につながる追加的措置を実施しない限り、発電コストが安い石炭火力を市場から退出させることは現実的ではない」と、その実現性を懐疑的に見る。
固定費が回収できていない休止火力への手当て、災害時の供給力確保のため、ドイツで採用されている「戦略的予備力」のような制度が検討の俎上に上がる可能性がある。再エネ導入増に伴う既設火力の退出防止を図る仕組みではあるが、その場合、「広域電源入札」「容量市場」「戦略的予備力」という、本来並立しないはずの仕組みが三つも重複して作られることになってしまう。「電力制度設計はますます複雑化していく」(前出の大手電力関係者)のは避けられないだろう。
石炭火力のフェードアウトと再エネ導入拡大に向け、送電線利用の先着優先ルールの見直しも進められる。限界コストが安い順に供給する「メリットオーダー」を徹底することにより、送電線混雑時に再エネが出力制御を受けないようにするのが狙いだ。
代わりに、送配電事業者の指令で既設火力が出力抑制を受けることになる。学識者の一人は、「メリットオーダーで先着優先の権利がない仕組みは、パワープール制そのもの」と語り、当面、対象となるのはほぼ千葉エリアのみとはいえ、再エネがさらに拡大した暁には、本格的にBG制という日本の電力システムの前提を変えてしまう可能性があることを示唆する。そして、「ますます火力発電所建設の不確実性が高まり、新規投資は望めなくなるだろう」という。
原発再稼働への布石か 求められる節度ある議論
ある新電力の幹部は、「減価償却が終わった石炭火力を手放すようなことになれば、電力コストは上がり産業力の衰退にもつながる。いよいよ、原発再稼働へ背水の陣を敷いたのではないか」と、梶山経産相の真意を推し量る。
いずれにしても、再エネとガス火力だけで電力安定供給を維持できるはずがない。前のめりに事を進めるのではなく、全体を俯瞰し地に足の着いたロードマップを描いた上で、節度を持って非効率石炭フェードアウトと関連施策を進めていくことが求められる。