【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表
漫画『鬼滅の刃』(集英社)の人気がすさまじい。菅義偉首相も国会で、「全集中の呼吸で答弁させていただく」と登場人物のセリフを口にしたほどだ。
読売12月5日「『鬼滅』最終巻、無限の感動」は、前日に発売された最終23巻について「全国各地の書店で多くのファンが列を作った」と伝えている。漫画にあやかって、4日の新聞も売れたらしい。記事に「集英社は読売、朝日、毎日、産経、日経の全国紙5紙の4日朝刊にそれぞれ違う主要人物の全面広告を掲載。東京都内のコンビニでは、5紙をまとめ買いする客や売り切れる店も目立った」とある。
広告は各紙とも計4ページ。夕刊がない産経を除く4紙は3日夕刊にも全面広告1ページが載った。大盤振る舞いである。部数と広告の減少で新聞の経営は厳しい。臨時広告収入は「干天の慈雨」といえよう。
新聞の苦境を伝えるのが、同1日朝日「朝日新聞社中間決算、9年ぶり赤字」である。「売上高が前年同期比22.5%減の1390億9000万円」だったという。翌2日共同「朝日新聞社300人希望退職検討」も残念な事態だ。
そうした社内の混乱が影響しているのかどうか、新型コロナウイルスを巡る同3日朝日「ワクチン無料、改正法成立、接種は『努力義務』」は、いただけない。「努力義務」に重要な前提条件があることが書かれていない。
同日毎日「改正予防接種法成立、ワクチン費用、国が負担」は対照的だ。「(ワクチンの)有効性や安全性が十分に明らかでなければ接種義務を適用しない」と改正法にある条件を明記している。「開発が先行するワクチンは人工遺伝子を使うなど新技術を活用しており、予期せぬ安全性の問題が生じる懸念」があるからだという。
同日読売「ワクチン接種、国が全額負担、関連法成立」も、「ワクチンの有効性や安全性が十分確認できる場合には、国民には原則として、接種する努力義務が生じる」と丁寧に説明している。
同日朝日は、関連記事「英、ワクチン承認、ファイザー製、来週から接種」で、「(英政府は)接種は義務化しない方針」と強調する。両方を読むと、日本政府は強権的と誤認されかねない。
同じ朝日の子宮頸がんワクチンを巡る報道を思い出す。
子宮頸がんは30歳代後半の女性に多い。日本では毎年、約1万人が罹患し、約3000人が亡くなる。ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が主要因とされ、欧米先進国を中心に、HPV感染を防ぐワクチンの接種が男性にまで拡大した。日本では接種率が極度に低い状態にとどまっている。
深刻な副作用があるワクチンとの印象が広がったためだ。
帝京大の研究グループが一連の新聞報道を検証して原因を探り、2016年、米感染症学会の専門誌に論文を発表した。
契機は13年3月8日の朝日記事だったという。「ワクチンを接種した少女に歩行障害や計算障害が生じている」と報じ、その後も類似する報道が続いた。政府は約3カ月後、このワクチンの積極的勧奨の中止に追い込まれた。
脳には多様な機能がある。計算機能に特異的な副作用は起き得るのか。ほかのワクチンで例はなく、接種との因果関係は疑問視されている。そのほかの副作用報道も医学的には裏付けられていない。
この間も、ウイルスは跋扈し命が失われている。新型コロナで同じ轍を踏む事態は避けたい。
いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。