【特集1】地域インフラの将来像を考える 事業承継に三者三様の課題


地方のエネルギー事業が承継難の渦中にある中、LPガスではM&Aの動きが目立ってきた。
その実態を探りつつ、都市ガスやSSを含めた地域インフラの将来像を、識者3人が語る。

【出席者】角田憲司(エネルギー事業コンサルタント中小企業診断士)、橘川武郎(国際大学学長)、中原駿男(スピカコンサルティング代表取締役)

左から中原氏、橘川氏、角田氏

―自由化や脱炭素、人口減少などを背景に、エネルギーの需給構造が大きく変わる中で、地方の生活基幹エネルギーと言えるLPガス業界ではM&A案件が増えている印象があります。その実態を教えてください。


中原 もともとLPガス業界では商圏の売買が一般的でしたが、最近では株式譲渡によるM&Aが増えてきました。売り手が株式譲渡を選択する理由の一つが、法人格が残ることです。創業家からすれば社名や屋号を残せることは大きな魅力ですし、従業員にとっても就業環境の変化が少なく安心感があります。需要家に契約変更の手間をかけないことからも、事業承継を円滑に進めることができます。

橘川 さらに言えば、業界特有の四つの要因がM&Aを後押ししていると考えられます。一つ目は、需要の減少や後継者の不在、人手不足などを解消する最良な選択肢であることです。二つ目は、エネルギー業界の中でも粗利が高い構造にあることです。シェールガス革命を契機に米国で副産物として生産されるシェールLPガスの輸出が拡大し、サウジアラムコが主導してきたCP(コンタクトプライス)による価格決定の構造が崩れました。それに伴い、輸入価格や卸売り価格は大幅に低下しましたが、日本国内の小売価格はそれに連動して下がらなかった。つまり、小売段階で粗利が生じる構造であり、M&Aの買い手にとっての魅力になっています。三つ目は、大手LPガス事業者による顧客獲得戦略の変化です。一部大手は取引適正化の流れを受けて、かつての「過大な営業行為」に代わってM&Aを重視する動きを見せています。経済産業省は、過大な営業行為に厳しい態度を示す半面、M&Aについては歓迎する姿勢を取っています。これが四つ目の要因です。

角田 昨今の情報開示に対する社会的な要請の高まりで、かつて水面下で行われていたM&Aが可視化された面もあるのでは。

中原 その通りです。件数自体も増えていますが、公開される案件が増えたことが実態だと思います。例えば、当社が仲介の依頼を受けたエネサンス北海道が和光商会に出資した案件では、買い手のエネサンス側が積極的に情報を公表しました。きっかけは和光商会から「エネサンスを候補に考えたいが、株式譲渡での買収事例を聞いたことがなく難しいのではないか」と相談を受けたことです。エネサンスに話すと「M&Aの経験は豊富にあり、もちろん対応可能だ」と即答でした。業界では株式譲渡が一般的ではなく事業者が慎重な傾向にあると伝えると「それなら積極的に開示していこう」と、非上場企業ではあるもののプレスリリースを出すことになりました。

時代が変えた事業承継の価値観 レモンガス買収で浮き彫りに

―SMBCキャピタル・パートナーズがアクアクララレモンガスホールディングスを買収したことは業界関係者にとって驚きでした。

橘川 独立志向が強い会社であるだけに、今回の買収はやや衝撃的でした。業界内では日本瓦斯と親しい企業として知られていますが、同社が主導するプロジェクト「夢の絆・川崎」(川崎市)には加わりませんでした。こうした過去の姿勢を振り返ると、単なる身売りというよりも、プライベートエクイティ(PE)ファンドを活用しながら再生や発展を目指している可能性もあると注目しています。

中原 PEファンドは2000年初期から増えはじめ多くの業界でM&Aを手掛けてきましたが、LPガス業界では全く事例がありませんでした。関心がないわけではなく、むしろ当社への業界についての問い合わせは多かったくらいです。ですが、営業権1件に対して評価額が付く上にその水準が高く、長期的に利益を出し続けるイメージが湧かなかったのでしょう。そうした中でSMBCCPによるレモンガス買収で、ようやくこの業界に風穴が開いたという印象です。ファンドによる買収は、事業承継や成長戦略の有力な選択肢になります。加えて、複数の卸売り事業者と取引している場合、特定の卸売りに売却してしまうと他との関係が悪化するリスクがあります。そうした懸念を払しょくするためにも、ファンドは有力な選択肢になります。

角田 創業家の赤津裕次郎前社長はなぜ、パートナーを求めたのでしょう。経営的に困窮しているわけではなく、むしろ優良企業です。

中原 理由の一つは後継者問題です。今は息子に継がせることが唯一の選択という時代ではなくなりました。また、市場が縮小傾向にあるため、単独での打開は難しいとの判断もあったのでしょう。代々続いた家業であるため、身内で引き継ぎたいという思いはあっても時代は変わりました。さまざまな選択肢を天秤にかけた上で選択したと見ています。

―LPガスとは状況が全く違うのがサービスステーション(SS)です。事業承継が難しく、SS過疎地問題が深刻化しています。


角田 政府は長年、SS過疎地対策を行っていますが歯止めはかかっていません。22年度末時点の国内SSは2万8000カ所弱で、この10年で7000カ所近く減少しました。過疎地SSの地上タンク設置を認めるなど大胆な規制緩和策も講じていますが設備を更新する余裕すらない事業者が多いのが現実です。

橘川 この問題に拍車をかけているのが大型量販店コストコの存在です。昨年、滋賀県に1店舗進出したことで県全体のSS需要の1割が流れたと言います。残念ながら業界と行政は現時点で反論できるロジックを持っていません。とはいえこの環境下で残っている事業者はそれなりに経営体力があるはずですが。

中原 SS事業で利益を出している会社は少なくありません。ただし、M&Aの視点で言うと、買い手を探すのが長期戦になる。瞬間的に儲かっているとはいっても将来「負ののれん」になってしまうとの懸念が強くあり、買収判断のハードルを高くしています。

角田 長野県が3月に立ち上げたガソリン価格の適正化に向けた検討会の中で、会合に参加した王滝村の村長が、「SSがなければ観光需要にも応えられない」と危機感を示していました。SS過疎地問題はもはや、地域住民だけのものではありません。

人手不足は配送業務に直結する

【特集1】地域課題克服し供給体制の再構築なるか エネルギー3事業のアライアンス事情


地域エネルギーは社会課題を克服すべく新たな供給体制への再構築が求められている。
LPガス、都市ガス、SSのエネルギー3事業を巡るアライアンスの行方はどうなっていくのだろうか。

商圏買収が有効なLPガス 都市ガス、SSに秘策は?

これまでも活発に営業権の売買が行われてきたLPガス業界。利益率が高いLPは、営業権の価格が他の商材よりも際立って高水準だ。これまでは事業を手放す際には、卸売りなど取引関係のある事業者に譲渡するのが主流だった。ところが最近では、仲介会社が間に入り、全国規模で展開する大手が株式取得を伴うM&Aを足掛かりに、新たな地域に進出する動きが出てきた。

M&Aを進める上で資本力のある大手が有利であることは間違いなく、進出を許せばそこを拠点に次々と顧客を奪われかねない。地域の中堅・小規模事業者は警戒感を強める。

「LPは引き受け先があるが、こちらは全く受け皿がない」と関係者が危ぶむのは、都市ガス業界だ。供給設備が独立し、M&Aを進めたところで規模の経済を生かして事業効率を飛躍的に高められるわけではない。

実際、これまで公営のガス事業者が民間に事業譲渡するケースばかりで、民間同士のM&A事例がないのはそのためだ。業界の事情通は、「立地制約を受ける都市ガスの小規模事業者をM&Aで救済することはできない。複数の地域で一斉に事業が立ちいかなくなる可能性もある」と、危局を訴える。

最も危機的状況にあるのがSSだ。足元では燃料油補助金に支えられ高い収益を出している事業者は多いが、それでも事業を譲渡する先が見つからない。過疎化やEVシフトに伴う需要減以上に、地下タンクの更新や土壌汚染など将来のリスクが懸念され、投資対象として敬遠されがち。課題を乗り越え事業承継できなければ、やがて地域からSSが消滅してしまうだろう。
それぞれ固有の問題を抱える中で、各事業者のM&A事情ははどうなっているのか。最新動向を追った。

LPガスはエネルギー供給の“最後のとりで”

【特集1】インフラ間の親和性に着目 あらゆる方策の検討が不可欠


需要減が避けられない中、エネルギーインフラを維持する上で重視されるのが規模の経済だ。
山内弘隆・武蔵野大学特任教授は、インフラ間の親和性に着目して打開策を提示する。

【インタビュー:山内弘隆/武蔵野大学経営学部特任教授】

―都市ガスやLPガスなど、地域のエネルギーインフラが危機的状況にあります。


山内 エネルギーのみならず、交通や水道といった他のインフラサービスも含めて、人口減少や過疎化の影響で採算が取れる需要水準を満たさなくなっています。特に都市ガスやLPガスといった化石燃料系は、カーボンニュートラル(CN)の実現に向け電化が一層進展すると需要密度が低下し、インフラを維持することがますます難しくなる可能性があります。単位あたりのコストを下げるためにも規模の経済が重要であり、ある程度集約化を進める必要があるでしょう。


―地域や業種を超え連携することは有効でしょうか。


山内 地域を超えたM&Aを進めるべきかというと、地元企業が地域の資本によって事業を運営し、その地域で雇用と利益を生むことが大事であるという考え方もあり、非常に難しい問題ですね。異業種連携については、すでにドイツの「シュタットベルケ」(自治体出資による公共サービス事業者)のような仕組みを構築しようという提案がいくつかありますが、そう簡単なことではありません。とはいえ、同じ導管供給である水道と都市ガス事業は親和性が高く、一体的に運営することで工事の効率を高められる可能性があります。また電力事業では、鉄道線路沿いの空き地の利用によって用地取得の負担が軽減できるかもしれません。いずれにしろ、エネルギーインフラの維持に向けあらゆる方策を検討していくべきです。

地域目線のインフラ再構築 鍵はエネ庁と自治体の連携

―参考になる取り組み事例はありますか。


山内 
交通の分野ではさまざまな試行錯誤がなされています。例えば国土交通省が立ち上げた、「地域公共交通のリ・デザイン(再構築)」構想は、自治体、交通事業者、学校、病院など地域全体が連携・協力して利便性高く、持続可能な公共交通を作ろうという試みです。路線バスやスクールバス、病院の送迎バスなどをまとめて運行することでより効率化できますし、労働者不足にも対応できます。このほか地域協議会を立ち上げ、独占禁止法の適用除外を受けた上で、路線バスや自治体が運営するコミュニティバスの路線が競合しないように調整するといった取り組みもあります。


―地域目線でエネルギーインフラをリ・デザインするには。


山内 脱炭素など自治体のエネルギー政策を所管してきたのは環境省で、資源エネルギー庁はあまり関わっていません。再生可能エネルギーの普及拡大も含め、両者が連携して地域エネルギーの在り方を模索する段階にきています。

やまうち・ひろたか 慶応大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。1988年から2019年まで一橋大学大学院商学研究科教授。現在、一橋大学名誉教授、武蔵野大学経営学部特任教授。ガス事業制度検討ワーキンググループ座長を務める。

【特集2】運輸CN移行期の主役なるか 国を挙げて導入拡大に本腰


第7次エネ基で具体的な導入目標が示されたバイオエタノール。
導入拡大に向けた制度や行動計画の検討が始まっている。

カーボンニュートラル(CN)の実現には、国内のCO2排出量の2割弱を占める運輸部門での取り組みが不可欠だ。液体燃料(ガソリン)の脱炭素化に向けては合成燃料(eフューエル)に期待がかかる。だが、製造技術の開発や原料となる水素の調達などに課題を残しており、商用化までには相当の時間を要する。こうした状況下で、燃料に入れた分だけCO2を削減できる「即効性」を持つバイオエタノールの導入拡大を官民で後押しする機運が高まっている。

直接混合が世界の主力 供給インフラ整備が課題

昨年6月に資源エネルギー庁や関係企業、シンクタンクなどで構成される「合成燃料の導入促進に向けた官民協議会」による合同WGで合成燃料の導入拡大について検討されたことを皮切りに、議論が本格化した。11月に実施された審議会ではガソリンへのバイオエタノール導入拡大に向けた方針を策定。これを基に作成された第7次エネルギー基本計画では、2030年度までに最大濃度10%、40年度から同20%の低炭素ガソリンの供給を開始するとの目標が明記された。並行して30年代の早期にE20対応車の新車販売比率を100%にすることで「E20レディ」を進める方針が示されるなど、バイオエタノールを巡る状況はこの半年で大きな動きを見せている。 

エネ庁資源・燃料部燃料供給基盤整備課の永井岳彦課長は「バイオエタノールはガソリンのCN化に向けた『移行期燃料』として重要。以前からその重要性を発信していたが、エネ基に明記されたことで導入拡大の機運が高まっている」と説明。続けて「エタノールの製造技術は既に確立しており、E10までであれば燃料規格なども定まっていることから、比較的早期の導入が可能。CO2削減に即効性があることに加え、合成燃料とも併用できるため、長期間にわたってベース燃料として機能する」とそのポテンシャルを強調した。

調達先は依然としてアメリカやブラジルが有力だ。日本の自給率は0%であるため、安定的なサプライチェーンの構築にはこれら関係国との資源外交を円滑に進めることが欠かせない。昨年5月には、ブラジルの首都ブラジリアで岸田文雄前首相とルラ・ダシルバ大統領による首脳会談が行われ、主に自動車分野の脱炭素化に向けて両国が包括的に協力し合うことなどが確認された。また、2月に行われた日米首脳会談後の合同記者会見で、石破茂首相は「LNGのみならず、バイオエタノールやアンモニアといった資源を、(アメリカから)安定的にリーズナブルな価格で提供されることは日本にとっての利益になる」と述べ、安定供給先の確保に向けた連携強化を着々と進めている。

焦点となるのはガソリンへの混合方式だ。これまでは石油由来のイソブテンをバイオエタノールに混ぜたETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)を利用してきた。水と混和しにくいことや揮発しにくい特徴を持つなど、扱いやすさで優れていたためだ。ただ、エタノールを二次加工する必要があり、原料のイソブテンはガソリン製造時などに生じる副産物であることから増産に向いていない。こうした状況下で、政府は「直接混合」を導入する方針を打ち出している。安価での量産が可能なバイオエタノールをそのまま混ぜることで、ガソリンの脱炭素化を効率的に進めていく狙いだ。  

直接混合は近年、フランスをはじめとするEU諸国でもETBEからシフトする動きが活発になるなど、世界的にも主流になりつつある。だが、国内での導入拡大には課題が残る。
中でも懸念事項となっているのが供給インフラの整備だ。水層と油層への層分離を起こさないための水分混入対策に加え、アルミやゴムなどの部材腐食防止策が必須となる。ほかにも、ブレンディングタンクの新設やSS(サービスステーション)内の計量器の改良など、大規模な設備投資が求められる。

ガソリンのCN化イメージ
提供:資源エネルギー庁

【特集2】新たな調達先としてタイを開拓 国産SAF拡大へ航空会社などと協業


海外の調達先を広げながら、SAFへの国産木材の活用を進める住友商事。
研究機関や企業とタッグを組み、本格導入への動きを加速させている。

【住友商事】

住友商事はバイオエタノール事業として、米国とブラジルに続く調達先の確保や日本国内で木質バイオマスを原料とするSAF(持続可能な航空燃料)の開発などを進めている。
同社が新たな調達先として注力するのがタイだ。タイは糖蜜やキャッサバを原料としたバイオエタノールを自国向けに製造する。しかし近年、政策の転換や中国製EVの台頭などの影響で消費量が減少している。グリーンケミカルSBUバイオケミカルチームの巽彩乃マネージャーは「タイの生産者は国内需要の減少分を輸出で補いたい。日本への輸入を目指す当社と考えが一致する」と経緯を話す。

タイ産バイオエタノールの価格や品質は基準をクリアしている。ただ、日本の需要家が留意するのは、本当に環境負荷の低い製品かという点だ。そこで同社はLCA(ライフサイクルアセスメント)の調査を開始した。LCAは製品の原材料の採取から廃棄までの全過程で環境負荷を評価する手法。米国やブラジルでは同データを需要家に提供している。昨年8月、東京大学未来ビジョン研究センターの菊池康紀教授と共同研究契約を締結。タイで取得したカーボンインテンシティ(炭素強度)に基づきLCAの算出を進めている。同部署の津村真生マネージャーは「タイは小規模農家が多く、データ取得に苦労することもある。この成果を論文として発表し信頼性のあるデータであることをアピールしたい」と意気込む。

JALとエアバスが参画 需給に関わる事業者が連携

国産木材によるSAFでは、同社と日本製紙、Green Earth Institute(GEI)が2023年2月に「森空プロジェクト」を立ち上げ、今年2月には3社で製造販売の合同会社(JV)設立に関する合意書を締結した。3月には日本航空とエアバスが同プロジェクトに参画し需給に関わる事業者同士が連携した。バイオマスエネルギー事業ユニット第二チームの阿部亨マネージャーは「同JVで日本製紙岩沼工場(宮城県)にパイロットラインを建設し年間1000㎘規模で生産する計画だ。上流から下流まで一堂に介すことで国産SAFの活用が本格化するアピールにしたい」と語る。

全世界で進む自動車と航空燃料のカーボンニュートラル化。住友商事は新規事業にいち早く挑み、先行することを目指す。

パイロットラインを建設する日本製紙岩沼工場
提供:日本製紙

【特集2】穀物生産大国が存在感を発揮 陸と空の脱炭素化で攻勢かける


トウモロコシ生産量が世界最大の米国がエタノール外交に意欲的だ。
運輸部門で勝負をかける狙いは何なのか、現地を取材した。

世界最大のトウモロコシ生産量を誇る米国が、穀物由来のバイオエタノールを運輸部門でさらに広げようと躍起になっている。全米でエタノール混合の自動車燃料の拡大に取り組むとともに、自国産のエタノールを航空業界の脱炭素化を促すSAF(持続可能な航空燃料)の原料として輸出することにも意欲を示す。陸と空で市場開拓を狙うエタノール生産大国を取材した。

日米首脳会談で焦点に 穀物農家の所得安定化へ

「われわれの農業州が非常に喜ぶことになるだろう」
トランプ米大統領は2月に行われた石破茂首相との共同記者会見でバイオエタノール原料を生産する農家に触れながら、エタノールを適正価格で安定的に提供する考えを示した。日米でエネルギー安全保障の強化に向けて協力していくことを確認した首脳会談後の一幕だ。

トランプ氏の発言の背景には、トウモロコシに含まれるでんぷんを糖化後に発酵を経て得られるエタノールの生産で世界をリードしてきた実績がある。2023年の生産量は約6000万㎘で、世界全体の5割超を占めた。トウモロコシの単収も年々増えている状況だ。

そもそもトウモロコシ由来エタノールの生産は、05年成立のエネルギー政策法に再生可能燃料の使用量を定めた「再生可能燃料基準」に盛り込まれたことを機に本格化。その後も政策を追い風にエタノール産業が成長を続け、穀物農家の所得の安定化につながった。トランプ氏の姿勢からは、支持者が多い農業に配慮したいという政治的な意図も透けて見える。

エタノール生産の効率化に向けた研究にも余念がない。イリノイ州にある国立トウモロコシ・エタノール研究センターを訪ねると、生産に必要な設備やタンクが所狭しに並んでいた。
農業と一体となったエネルギー政策を追い風に全米に浸透したのが、エタノールを10%混合したガソリン「E10」だ。再生可能燃料協会(RFA) によると、ガソリン総量に占めるエタノールの使用割合は14年に9・83%を記録。その後も上昇を続け、23年には10・42%に到達した。「E85」を扱うスタンドが約5900カ所になるなど、エタノール混合比率を高めた店舗も拡大している。

RFA がエタノールに対する好感度を把握しようと約1800人を対象に24年9月に調査した結果、58%が「肯定的」と答え、18%の「否定的」を大きく上回った。消費者を魅了したのは、異常燃焼の起こりにくさを示す指標「オクタン価」が高く低炭素という利点だけではない。RFAで法務担当最高責任者を務めるエドワード・ハバード氏は、価格がレギュラーガソリンを下回るというエタノール混合ガソリンの優位性にも着目し、「消費者の節約への貢献が、混合ガソリンが広がる原動力になった」と分析する。

「地球と国を守る」―。シカゴ近郊にあるパワーエナジーグループのガソリンスタンドを訪れると、クリーン燃料を売り込む看板が目に飛び込んできた。E10以外にも4種類のエタノール混合ガソリンを販売するスタンドだ。一方で車の電動化などに伴いガソリン消費の減少が続く中、トウモロコシ農家などから懸念の声も聞こえている。そうした中で急浮上してきたのが、新規用途のSAFだ。

エタノール混合ガソリンを販売するシカゴ近郊のスタンド

【特集2/座談会】CO2削減に即効性ある選択肢 実用化に向けた官民連携を強化


米国、ブラジルをはじめ、海外ではバイオエタノールの生産・販売が活況だ。
海外事情に詳しい3人が集まり、日本での普及に向けた課題や今後の展望を語った。

【出席者】  

小島正美(ジャーナリスト「司会」)

森山 亮(エネルギー総合工学研究所「IAE」カーボンニュートラル技術センター 新エネルギーグループ部長)

福田 桂(三菱総合研究所 エネルギーサステナビリティ事業本部 GXグループ主席研究員)

左から順に、小島氏、森山氏、福田氏

小島 まずは、低炭素燃料としてバイオエタノールを導入する意義についてお聞かせください。

森山 大きな特徴は、ガソリン車の燃料に入れた量に応じて、CO2削減に寄与できる即効性です。EVの導入だけでは達成できない既販車のCO2削減に寄与できることが挙げられます。

福田 第7次エネルギー基本計画に盛り込まれたことで、政府が予算をつけ、民間企業が投資する機運が高まったと思います。脱炭素燃料政策小委員会では、2030年度までに最大濃度10%、40年度から最大濃度20%の低炭素ガソリンの供給を開始し、30年代のできるだけ早期に乗用車の新車販売に占めるE20対応車の比率を100%とする方針が示されています。目標達成に向け、サプライチェーン全体の構築を含めて石油業界、自動車業界などの産業界による相当な努力や、それを後押しするための政府の支援も必要となります。

小島 あと10年ほどで、E20対応車の販売は実現しますか。

福田 既にアメリカやブラジルといった海外向けには対応車を輸出しており、技術的には可能ですが、日本にまだ試験燃料の規格がないことが課題です。規格を作るためには、通常のスケジュールで3、4年ほどかかります。そのため、30年代前半に間に合わせるには、この数年以内に試験燃料が決まらなければいけません。

小島 石破茂首相とトランプ大統領の会談でもエタノールが話題になりました。

森山 以前の岸田・バイデン会談で出ていたバイオエタノール購入倍増の話を踏襲して、国外に売っていこうというアメリカの戦略が残っていますね。日本にとっても、エネルギーの安定調達、安全保障の面から、液体燃料を選択肢に残しておく上で、安く大量に安定的に手に入るところから購入するというのは大きく変わらないと思います。

福田 アメリカは、トウモロコシから作ったバイオエタノールの輸出に高い関心を持ち、販売先として、日本に大きく期待しています。

米国でトウモロコシの生産効率は向上している

【特集2】供給量と輸出量の拡大に注力 日本のリーダーシップに期待


バイオエタノール大国である米国は輸出拡大を推進中だ。
日本での本格導入による展望や期待について話を聞いた。

インタビュー:セス・マイヤー(米国農務省 首席エコノミスト)

―米国でのバイオエタノールの現状と取り組みについて教えてください。

マイヤー 米国はバイオエタノールの世界最大の生産国であり消費国です。ガソリンへのエタノール混合が義務化されていることで、農村地域のビジネスチャンスになっています。エタノール混合率は2024年に10.4%に達し、エタノールが15%含まれるE15ガソリンの通年販売も許可されました。CO2排出量の低減、生産効率のさらなる向上、供給量や輸出の拡大などを推進するため、米国の関係者は日々努力しています。

―世界のエネルギーを取り巻く環境において、バイオエタノールの果たす役割は。

マイヤー 温室効果ガス(GHG)排出の削減、化石燃料依存度の低減、エネルギー安全保障の促進、世界中の農村経済活性化などをもたらす重要な再生可能エネルギー源です。世界の輸送部門の脱炭素化において、農業が重要な役割を果たします。生産国また消費国にとってエネルギーの持続可能性を高め、エネルギーミックスの多様化に貢献できるウィンウィンの関係を構築し維持することができます。

―日本でバイオエタノールが普及すると、どのような効果がありますか。

マイヤー 低炭素社会実現への移行につながり、バイオ燃料インフラの需要創出が期待されます。その結果、アジアでバイオエタノール導入がさらに進む可能性もあります。GHG排出の削減において日本の環境目標達成にも貢献するでしょう。

―2月の日米首脳会談後の合同記者会見で石破茂首相からバイオエタノールについて言及したことをどう受けて止めていますか。

マイヤー 良い意味でのサプライズでした。両国政府のトップから米国産トウモロコシ由来のエタノールに対する支持表明がなされたことを大変喜ばしく思っています。米国のバイオ燃料を安定的に輸出することで、日本の消費者の皆さんにとって信頼に値するエネルギー源となることを期待しています。

―バイオエタノールの将来をどのように展望していますか。

マイヤー 将来の展望は非常に明るいです。バイオエタノールは、食糧と競合しないセルロース系エタノールやCCS(CO2の回収・貯留)技術などの発達で、さらにサステナブルに進化しています。低炭素燃料を求める世界のエネルギー転換戦略に重要な役割を果たし、日本の動向を注視するアジア諸国に、日本は強いリーダーシップを発揮できると思います。

せす・まいやー アイオワ州立大学で学士号と修士号、ミズーリ大学で農業経済学の博士号を取得。ミズーリ大学食糧農業政策研究所(FAPRI)の研究教授、副所長を歴任。

【特集2】日米首脳会談での言及を評価 価格上昇を見極めた政策を


CN実現に向けてバイオエタノールが果たす役割は大きい。
必要となる施策などについて、山際大志郎衆議院議員に聞いた。

インタビュー:山際 大志郎(自民党 総合エネルギー戦略調査会 幹事長)

―第7次エネルギー基本計画には、バイオエタノールの導入拡大を通じて一部地域で最大濃度10%の低炭素ガソリンの供給を開始すると明記されました。

山際 日本のCO2排出量の2割弱を占める運輸部門での取り組み抜きにして、カーボンニュートラル(CN)は実現できません。自動車分野で内燃機関を使用する際のCO2排出量を抑えるには、燃料をCN化するか、エンジンの性能を上げるしかありません。前者については最終的に合成燃料(eフューエル)の導入が期待されますが、スケールメリットを得るまでには時間がかかります。この点、バイオエタノールには相当なポテンシャルがあると思っています。比較的早期に導入できますし、実際に海外では日本車がガソリンにバイオエタノールを混合したE10を燃料として走っています。ブラジルではE30を義務化する話も出ているほどです。

―航空燃料はいかがですか。

山際 ICAO(国際民間航空機関)は、2020年以降に総排出量を増加させないという目標を立てています。ベースラインを超えると航空会社は炭素クレジットで相殺する必要があり、日本は30年までに10%をSAF(持続可能な航空燃料)に置き換える目標を設定しています。バイオエタノールはSAFの原料の主役となるでしょう。

―日本は輸入に頼ることになります。

山際 輸入先は基本的に、アメリカとブラジルの2カ国です。必要な量を安定的に輸出してもらうには、政府間での意思疎通が欠かせません。2月の日米首脳会談の共同記者会見で石破茂首相が「バイオエタノールは日本にとっての利益になる」と言及したことは評価できます。輸出側から見れば、日本市場は低炭素ガソリンやSAFの導入目標を提示したことで需要の予見性が高まっています。アメリカには輸出のポテンシャルがあり、安定供給先として大いに期待しています。

―活用に向けて政府に望むことは。

山際 日本でE10を導入するには、フレックス燃料対応車の普及やSS(サービスステーション)の設備改修などが必要になります。切り替えの促進には、補助金や減税、規制強化などを柔軟に遅滞なく実施することが重要です。また、われわれ政治家は政府よりも消費者の近くにいるので、しっかりとアンテナを張り、必要な施策を政府に要望します。価格上昇がどの程度許容されるかを見極めながら政策を実行すれば、バイオエタノールのポテンシャルを生かせるでしょう。

やまぎわ・だいしろう 1968年東京都生まれ。99年東大大学院農学生命科学研究科博士課程修了。2003年衆院選で初当選。経済産業副大臣などを歴任。当選7回。

【特集2まとめ】バイオエタノールの新潮流 燃料の低炭素化で30年目標達成へ


今年2月に閣議決定した第7次エネ基に「バイオエタノール」が盛り込まれた。バイオエタノールの導入で、2030年度までに最大濃度10%、
40年度から同20%の低炭素ガソリンの供給を開始する目標が記されている。一方、日米首脳会談後の会見においても両首脳がバイオエタノールに言及した。
本格普及に向けた企業の投資や取り組みが活発化するのではないか―。
このような期待を寄せる声が関係各所から聞こえてきている。
実用化に向けて急進する次世代燃料の最新動向を探った。

【アウトライン】運輸CN移行期の主役なるか 国を挙げて導入拡大に本腰

【インタビュー】供給量と輸出量の拡大に注力 日本のリーダーシップに期待

【インタビュー】日米首脳会談での言及を評価 価格上昇を見極めた政策を

【座談会】CO2削減に即効性ある選択肢 実用化に向けた官民連携を強化

【レポート】穀物生産大国が存在感を発揮 陸と空の脱炭素化で攻勢かける

【トピックス】新たな調達先としてタイを開拓 国産SAF拡大へ航空会社などと協業

【特集1】「競争メカニズム」機能せず!供給不安を招いた市場依存の危うさ


電力システム改革後、価格高騰など紆余曲折を経ながらも700を超える新電力が参入し活況を呈す小売り市場。
その裏では新規電源投資の停滞が続く。短期の卸電力市場のテコ入れとともに、中長期の市場形成が不可欠だ。

資源エネルギー庁は1月、電力・ガス基本政策小委員会(委員長=山内弘隆・武蔵野大学経営学部特任教授)において、約1年をかけて進めてきた電力システム改革の検証結果と、それを踏まえた「今後の方向性」の案を示した。

その評価は、「広域融通の仕組みの構築や小売全面自由化によるメニューの多様化、事業機会の創出といった点については一定の進捗があり目指していた方向性に沿った成果が確認できるものの、供給力の維持・確保や国際燃料価格の急騰への対応等については課題が残った」というものだ。

成果とともに、顕在化した問題にも触れ是正の必要性に言及している。とはいえ、電力業界の実務者の中には「エネ庁が主導した電力システム改革という壮大な〝社会実験〟は失敗した」―と言ってはばからない人も多く、その間にかなりの温度差があることは否めない。
社会実験とは、大手電力会社中心の地域独占と総括原価方式に基づく安定供給体制にメスを入れ、競争の促進や安定供給の確保、料金の抑制を達成するために市場機能を活用する方向へと大きく舵を切ったことを指す。その結果どうなったか。

原子力発電所の再稼働が想定通りに進まず、供給の主力を担ってきた火力は、再生可能エネルギーの導入拡大による稼働率低下や老朽化に伴い休廃止が加速。これが2020年以降、災害や厳気象による需給ひっ迫が断続的に起きるなど供給の不安定化につながった。さらに、国際情勢や紛争などによって燃料価格が高騰すると、それが電力価格にダイレクトに影響するように。需要家が低廉、かつ安定的に電力の供給を受けられる保証は、もはやなくなったのだ。

自由化と規制のはざまで 短期市場偏重の罠

こうした事態に陥った要因は、電力取引が短期市場である卸電力市場に極度に集中してしまったことにある。大手電力会社による市場支配力の行使を懸念するあまりに、「競争的であるならば限界費用で入れるはずだ」との理屈で限界費用による市場への供出を実質的に強制。FIT(固定価格買い取り)制度に支援された再エネが入ってきたことで価格が一層低迷し、大型電源は市場での固定費回収が困難になった。

自社電源を持たずとも安く電気を調達できる「官製市場」の存在は、「調達先未定」―つまり、本来電源投資を支えるはずの長期の相対契約を結ばずに小売事業を営む新電力を大量に生み出した。短期市場がいくら流動化したところで、電源投資の予見性は下がるのみ。それが、新規投資の停滞と休廃止に拍車をかけた。

学識者の一人は、「市場価格は生き物。価格が上がることが問題なのではなく、その要因が何であるかを知る能力を高めることで、業界内の変調が見えてくる。その機能を失わせてしまった」と、限界費用を強いることの不合理を指摘する。
その上、自由化の名の下に、本来の趣旨とは逆行するようなさまざまな非対称規制が措置された。その最たるものが20年度以降も継続している料金の経過措置規制であり、卸取引の内外無差別の徹底だ。

電源アクセスへの公平性の担保は新電力側からの強い要請であったことは事実。しかし、それにより誰が買っても同じ標準商品化したことは、デマンド・レスポンス(DR)や分散型機器の導入を阻害し、新電力の創意工夫の余地すら奪うことになった。

「マーケットで長期の電源が建つ、という理論がそもそも幻想だった」「重要なのは電源そのものよりも、自由自在に調達できる燃料が手元にあること。それがなければ自由化も価格シグナルもない。そもそも燃料の全てを輸入に依存する日本でうまくいくわけがなかった」エネルギー業界関係者はこう口をそろえるが、覆水盆に返らずだ。

全ては3.11から始まった(被災直後の広野火力)

【特集1】浮かび上がる理想と現実の乖離 発・送・販の課題と改善策は?


競争促進を掲げた電力システム改革は発電・送配電・小売りの現場に何をもたらしたのか。
再エネ導入拡大と需要増が重なる中、安定供給と市場活性化の両立が急務だ。

大型火力を保有・運用する発電事業者は、再生可能エネルギーの大量導入に伴う稼働率の低下と、脱炭素化の社会的な要請により、収益性を確保するための厳しい選択を迫られてきた。

加速する火力撤退 試行錯誤続く需給調整市場

発電事業者は卸電力市場と小売り事業者との相対契約を組み合わせることで、収益を確保しなければならない。だが、限界費用ベースで余剰電力をスポット市場に供出することが求められ、限界費用が安い再エネの押し下げ効果もあり市場での収益化は難しいのが実情だ。一方、相対契約も、市場価格を基準とした価格交渉が一般的になっている。2〜3年程度の契約を結ぶ場合、固定費の回収を織り込んだ価格を提示するため、市場価格を上回る。当然、より安価に調達したい小売り事業者との契約交渉は難航しがちだ。その結果として、起動費や運用コスト、設備の維持に必要な固定費を十分に回収できていないのが実状だ。

エネ庁は「スポット価格が高騰すれば収益は確保できる」との立場を取るが、市場価格がもし一時的に吹いたとしても、取り漏れた費用を全て回収できるわけでもない。事業者としては、安定供給上、必要な電源だとしても、収益性が悪化してしまえば長期計画停止や廃止に踏み切らざるを得ないのだ。

容量市場や需給調整市場など、収益確保の機会が増えたことは間違いない。だが、4年後の供給力(kW)を確保する容量市場は、単年の収入を得る仕組みで、高値が付いたかと思えば翌年度には大幅下落するなど不確実性が高い。

発電事業者のある幹部は、「本当にkW確保の手段として機能しているのか、議論の余地がある」と見る。昨年度に始まった長期脱炭素電源オークションにしても、新規投資に不可欠であるとはいえ、当初からさまざまな懸念点が指摘されている。
火力の撤退は加速している。2024年度にはJパワーやJERAが石炭火力の休廃止を発表。政府が収益性確保に手を打たなければ、今後伸長する需要に対応どころか、安定供給を損ないかねない。

一方、送配電分野では既存設備の更新や系統の増強が求められている。避けて通れないのが、巨額投資に対する資金調達環境の整備だ。工事費用は運用開始以降、長期間をかけて託送料金で減価償却するが、一時的に送配電事業者のキャッシュフローが悪化する可能性がある。「工事開始前後のキャッシュフローの増強が必要だ」(送配電網協議会の担当者)。また広域連系系統のマスタープランの費用便益評価を適切に行うことや、需要地の立地誘導などで増強費用を抑える施策も重要だ。「地方公共団体が産業を誘致しやすくなるように、自治体への系統情報の提供なども考えていく必要がある」

調整力の確保も課題だ。20年度以前はエリアの調整力を公募調達していたが、21年度にエリアの枠を超えた需給調整市場での調達が一部商品で始まり、24年度には全商品が市場取引に移行した。市場原理によるコストの低減を図る目的があったが、果たされたとは言い難い。
調整力の多くは前週の火曜日に土曜日~翌週金曜日分を取引(週間取引)するが、当初想定していたほど市場への応札がなく、調達未達を招いた。

発電事業者は、顧客への供給力の確保が最優先だ。再エネなどの変動電源が多く導入された中で、1週間後に必要な供給力を予測するのは容易ではない。余力を持って供給力を確保するのは当然だ。この結果、調整力が需給調整市場に回りにくくなってしまった。ただ市場で確保できなかった調整力は容量市場の余力活用契約などで対応しており、安定供給に支障が生じているわけではない。26年度には週間取引が前日取引へと移行するほか、「全てを市場で賄おうとするのではなく、市場、余力活用契約など最適な組み合わせを模索していく」

                 中長期的な視点での制度設計を

【特集1/覆面座談会】安定供給より競争を選んだ10年間 努力報われる「普通の市場」へ まずは「改革」から脱却せよ!


東日本大震災を契機としたシステム改革に伴い実にさまざまな弊害が各部門で噴出している。
複雑怪奇な制度をどう再構築すればよいのか―。関係者がざっくばらんに議論した。

〈出席者〉 A新電力関係者 B大手電力関係者 Cコンサル

―10年前に始まった電力システム改革では、安定供給、価格の最大限抑制、事業機会の拡大を目的にさまざまな施策を導入した。電気事業を取り巻く現状をどう評価しているか。

A 資源エネルギー庁の検証取りまとめ案では改革の三つの目的に照らしてそれぞれ良い面も悪い面もあったとしており、これはその通りだ。例えば安定供給に関しては目標が達成されている面もあれば、火力の稼働率低下などの大きな課題もあり、一長一短の評価となっている。ただ、これを受けて具体的に政策をどうしていくかという段階においては、やや心配な気持ちもある。


B 検証の期間中に首相交代があり、エネルギー基本計画の議論と同時並行で具体論に踏み込みづらい状況であったにせよ、1年もかけて検証したのだから、目をつぶりたくなる部分も深掘りしてほしかった。特に小売価格の低減に関してはお茶を濁すようなまとめ方になっていた。明確に「下がっていない」とは言えない政府の事情も分かるが、なぜ下がらなかったのかを分析し、これから下げるためにどうするかを議論すべきところで、非常に残念だった。現状は、総括原価と地域独占をやめた中でなるべくしてなった形。安定供給より競争を優先し、それに伴うリスクが顕在化しただけということだ。

C 東日本大震災が起き、広域融通ができないといった問題意識からシステム改革が始まったが、これは2020年の発送電の法的分離で一区切りついたはず。その後、さまざまな市場が創設されたが、こちらはシステム改革とは違うフェーズに入ったものと理解している。今回の取りまとめは、20年から5年間の振り返りが中心という印象だ。市場が乱立し、それぞれの市場で価格のボラティリティが増加、野放図に参入した新電力の相次ぐ撤退―といった状況をいかに整理し、どう再構築するかが今後のメインテーマだろう。特に安定供給確保の観点で、市場原理を活用するという方針を堅持しつつ、課題を解消できる制度設計に今後入ることになる。

B 検証の中でロシア・ウクライナ戦争が大きなパートを占めているのも、そうした背景があったからか。つまり市場をリスクにさらしていた中で戦争が重なり、電力価格の高騰や新電力の撤退、そして最終保障供給への駆け込みなどが起きた。確かにとてつもない有事だったが、小売りが自由化されていなければあれほどの事態にはならなかったのではないか。そうした検証もなされるべきだった。

A そもそもシステム改革は三つの目的のためというより、東日本大震災が起き、東京電力を中心とした電気事業連合会の牙城が崩れたことで、エネ庁主導で電力システムの社会実験を行ったという側面が強い。本来はそれが奏功したのか否かを検証するべきだ。いずれにせよ、社会実験をするには環境が悪すぎた。そもそも最悪の事態も想定して始めるべきだったとは思うが……。

乱立する市場・制度 発電・小売りにさまざまな弊害

―短期市場への偏り、限界費用玉出しの要請、供給力確保義務の有名無実化などさまざまな問題点が指摘されているが、発電、小売りにそれぞれ何をもたらしたのか。

C 大手電力目線で考えると、非対称規制の問題は大きい。新規参入者は大きな責任を負わず、問題が起これば大手電力の負担で吸収する。他国のケースを見ても自由化当初にこのような制度になることはある程度仕方がないにせよ、どう出口に向かうのかが難しい。例えば経過措置料金解除の条件はなかなか実現しない。新電力の責任もあいまいなままで細切れの改革に終始し、皆が不幸な状況だ。
 

何より問題なのは、発電所の廃止が最適解になってしまったこと。発電事業者が前向きなアクションを起こせないのは、何を見て投資を判断したらよいのか分からないからだ。結果として、以前は各社それなりにあった予備力が徐々に減少し、たびたび需給ひっ迫を起こすようになった。さらに今後は需要が伸び、より厳しい状況となる。

B 短期市場への偏りなどは、需要が下がる前提の世界ならば大きな不具合は起きなかったかもしれないが、需要増が前提となると、ここ数年電源投資されなかったことが大きなマイナスとなってくる。だから電力関係者は安定供給と口酸っぱく言っている。
 

小売り施策としては、役所の思惑通り、競争の活性化にはつながった。ただ、燃料高騰時にさまざまな問題が噴出した中で、大手電力のお行儀の良さで耐えたことは、施策としてうまくいったとは言えない。
 

供給力確保義務の有名無実化もまさにその通り。容量市場の創設で一歩前進とは思うが、電源が足りないと認識されても4年で電源はできない。長期脱炭素電源オークションの電源が運開するまでの数年間は耐えるしかない。

A そもそも、日本で競争を起こすために根本的に何をすべきかという議論が欠けていたのではないか。PJM(米国北東部の地域送電機関)はもともと市場支配力のある事業者が存在しない中で機能しているし、英国では自由化の際に国有電力会社を分割・民営化するなど、競争が働く仕組みを入れている。しかし日本は大手電力を残したままどころか、逆にJERAのような支配力を強める会社を生み出した。これはシステム改革の目的に照らせば逆行している。初期からもっと深く議論しておけば、パッチワークにならずに済んだのではないか。
 

もう一点、安定供給を大上段に構えながら、脱炭素という軸も出てきたことで、何を重視するのかが分かりにくくなった。代表例が長期脱炭素オークションだ。もともとは容量市場の補完が目的だったのに、結局脱炭素の視点を入れざるを得なくなった。だが、システム改革と脱炭素政策は切り分けるべきだ。

GXなどで電気料金のさらなる値上げは不可避だ

【特集1】短期市場の限界が露呈 電源投資復活の条件とは


電力システム改革が目指す方向性は示されたが、その実現に向けた制度議論はこれからだ。
今後の「電力市場」はどうあるべきなのか。東京大学の大橋弘副学長に話を聞いた。

インタビュー大橋 弘(東京大学副学長)

―電力システム改革における「市場」の功罪についてどう考えますか。

大橋 卸取引市場での取引割合が需要の3割を超えるまでになり、700社もの小売事業者が参入して需要家の選択肢が拡大した点は一定の評価ができるでしょう。また、市場を通じて全国大で電気を流通させることで、メリットオーダーが達成され、電源の効率的な利用が促されました。他方で、制度が議論されていた当時から懸念されていながら、顕在化することで初めてその深刻さが明らかになった問題もあります。

―具体的には。

大橋 脱炭素化の要請が強まり、火力電源の撤退が想定以上に早く進んでしまったことや、長期の相対契約が減ったことにより供給が不安定化しました。足元では、kWのみならずkW時にも不安が生じ始めています。自ら投資をせずに参入する事業者が多く、異業種から投資を呼び込めなかったばかりか、原子力規制の問題から大手電力会社の投資はkWやkW時に寄与しない安全対策投資が太宗です。つまり当初、自由化に期待されていた競争促進的な投資が起きていないのです。卸電力市場など短期市場の流動化は、発電投資を促進しませんでした。他者から買うと高いから自ら電源に投資するという判断があるので、市場価格が安ければ投資せず、市場で調達するのは当然です。
 

システム改革は、価格シグナルで電源投資を促すことを前提としてきました。ですが結局、電源投資を決めるのは価格というよりは「量」ということではないでしょうか。中長期で売り先がしっかりと決まっていてこそ、発電事業者は燃料を調達し発電することができます。卸電力市場の在り方が当面変わらないのであれば、今後検討していく中長期の市場については、短期市場の影響を受けないよう明確に切り離すべきかもしれません。一方で、政府による電源投資のファイナンス支援が検討されていますが、自由化した以上は、何から何まで支援というわけにはいかないでしょう。

創意工夫を奪う事前規制 問われる自由化の姿

―制度議論に何を求めますか。

大橋 自由化の世界は需要家がけん引するもので、事前規制によってその創意工夫を奪うようなことは望ましくありません。容量市場では、支配的な事業者への懸念から非対称規制を入れた結果、投資につながらない制度になっていないでしょうか。「電力事業における自由化とは何か」という本質的な議論がまだ煮詰まっていないように思います。全ての事業者が安定供給の担い手となるべく一定の規律を設けながら、投資する事業者が一様にはしごを外されることのないような制度を目指すための議論が求められます。

おおはし・ひろし 米国ノースウェスタン大学博士(経済学)。ブリティッシュ・コロンビア大学経営・商学部助教授、東大大学院経済学研究科教授(現職)、同大公共政策大学院院長などを経て2022年4月から現職。

【特集1】制度是正を阻む既得権益保護 全体利益の観点で是非の議論を


電力システム改革で先行してきた諸国でも、見直しに向けた試行錯誤が続く。
小笠原潤一氏が英国における卸電力市場改革を例に、その問題点と課題を解説する。

小笠原 潤一(日本エネルギー 経済研究所研究理事)

英国では、卸電力市場の枠組みについて、日本と同様にLMP(地点別限界価格)導入を含めた抜本的な見直しが提案されていた。だが、事業者の反対が強く、現行制度からの大幅な見直しが難しくなっている。本稿ではそうした議論の背景について解説する。

英国の卸電力市場は単一価格制度(イングランド、ウェールズ、スコットランドを一つのゾーンとして卸価格を形成)を採用しているが、系統制約の解消はバランシング・メカニズムに参加している供給力を用いた再給電などで行っている。スコットランドに風力発電の適地が多い

一方で、電力需要はロンドンなど南部が多いため、恒常的にスコットランドからイングランドへ向かう潮流が発生し、送電混雑が多発。この系統制約解消費用の増加が課題となっている(図参照)

なお、昨年4~12月においてその費用の87%が熱容量制約、10%が電圧制約、3%が慣性対策であった。最近は系統制約解消に占める電源種別の費用を公表しなくなったが、風力発電が多いことに間違いはない。

系統制約のある箇所でゾーンを形成したり、LMP方式を導入したりすることで、系統制約費用を節約することができる。LMP方式を導入する場合、自己給電方式から中央給電方式へ移行する必要があり、送電系統運用者(TSO)であるNESO(National Energy System Operator)は、2022年3月に中央給電方式を含むLMP制度への移行を電力業界に提案し、対話を進めてきた。そして同年7月の政府の電力システム改革の提案「REMA(Review of Electricity Market Arrangements)」でも、これが選択肢として採用され、正式に議論を進めることになった。

発電事業者の反発強く LMP移行を断念

しかし、この提案は発電事業者にとって受け入れられないものであった。LMP方式を採用すると、発電事業者が受け取る金額が減少するからだ。通常、単一価格制度の下で送電混雑に対して再給電を行う場合には、余剰側で「出力減」、不足側で「出力増」の指示を出す。出力を抑制する電源は変動費の減少分をTSOに支払い、卸電力取引で得た収入を加味するとその差額が利益となる。

出力を増やす電源は入札価格に応じて収入を得ることができる。スコットランド=イングランドの送電混雑の場合、スコットランド側は火力が少ないため送電混雑の解消に風力発電の抑制を行い、イングランド側はガス火力の出力を増やす。風力発電の変動費は安価であるため、出力抑制を受け入れても相当な金額が手元に残る。

ところが、系統制約を考慮して給電が行われた場合、風力発電事業者は再給電に伴う利益をもらうことができなくなる。一方でガス火力発電にとっては単一価格であろうとLMPであろうと発電量や利益が変わらないため、積極的にLMPを支持する理由がないというわけだ。

こうした発電事業者の反対により、昨年12月に政府はLMP制度・中央給電指令方式を選択肢から外すことを表明した。ゾーン制度については事業者からの反対の多さに言及したものの、この採用にはメリットも大きいため、選択肢として残すことにした。

単一価格制度を維持する場合には引き続き系統制約の解消が課題となるため、現在も発電の余剰地と需要地で託送料金に格差を設けて発電所の立地誘導を促す送電料金制度を採用している。系統制約のある地域の発電設備の接続料を高くするなど、より系統制約を緩和する方向で電源立地を促す仕組みや、再給電を容易にするようバランシング・メカニズムに強制参加させる選択肢などが検討されることになっている。

英国におけるバランシング費用の内訳