世界で地政学リスクが高まる中、エネルギー安保の生命線が岐路に立たされている。
国が難局打開に向けて直視すべき課題や施策を識者3人が語り合った。
【出席者】
大場紀章(ポスト石油戦略研究所代表)
平野 創(成城大学経済学部教授)
久谷一朗(日本エネルギー経済研究所研究理事)
左から順に、大場氏、平野氏、久谷氏
――中長期的な視点で今後の石油情勢をどのように見ていますか。
久谷 各国が掲げる温室効果ガス排出量の削減目標「NDC」や脱炭素政策を織り込んで世界のエネルギー情勢を予測すると、石油の需要は残り続けるでしょう。そうした見通しを、2050年を視野に日本エネルギー経済研究所(IEEJ)がまとめた年次報告「 IEEJアウトルック 」で示しました。国際エネルギー機関(IEA)のシナリオも、同じような予測結果です。50年のカーボンニュートラル(CN)実現に向けて中国のEV市場が大きく伸びているとはいえ、それ以外の各国のCN化の足どりは遅い状況です。その歩みを劇的に変えるためのハードルが高いことを踏まえると、引き続き石油は一定の役割を担い続けるのではないでしょうか。
大場 私も基本的に同じ見方です。ただ、従来の石油情勢とは異なり、需要に影響をもたらす変動要因が増えています。例えば、中国の自動車市場では、電動化が進む一方でLNGを燃料とするトラックの販売も伸びていて、輸送用ディーゼルの需要を脅かすほどになっています。EVが広がる東南アジアの動きも変動要因の一つで、従来よりも石油情勢が読みづらくなっています。
平野 石油製品の用途をみると、約半分が自動車などの「動力源」です。さらに4分の1がプラスチックなどの「石油化学製品の原料」として、残りの4分の1は家庭や工場の「熱源」などとして使われています。特に原料の需要は底堅く、将来的に残り続けるでしょう。ライフサイクル全体のCO2排出量でEVと内燃機関車を比べると、走行距離が11 kmを超えない限り、内燃機関車の方が排出量は少ない状況です。動力用途をみても、石油が優位性を発揮し続けると推測しています。
新潟県の岩船沖油ガス田。国産資源も供給を支える
提供:石油資源開発
命運を握る備蓄体制の維持 災害時の機動力も再認識
―ロシアによるウクライナ侵攻などの地政学リスクが高まる中、エネルギー確保を含めた経済安全保障の重要性が増しています。こうした視点からも認識をお聞かせください。
久谷 地政学リスクの高まりや災害に備えてエネルギーをいかに安定確保するかについて考えると、石油の備蓄機能を維持することが重要となってきます。石油は軍事的にも必要な資源で、戦闘機や軍艦などの動力源として欠かせません。まさに国家の安保を強化するためにも石油を残す必要があるでしょう。
大場 原油輸入の中東依存度は95%前後に達しています。これだけみると日本のエネルギー安保は脆弱なようにみえますが、昔と違い石油は最も堅牢なエネルギー源の一つです。緊迫したウクライナ情勢や中東紛争でエネルギー調達の不確実性が高まっているといわれますが、現実はむしろ石油の安定供給能力を示しています。例えば、ウクライナへの侵攻を続けるロシアへの経済制裁としてEU(欧州連合)がロシア産石油の輸入を禁止しましたが、市場は大きな混乱もなく流通が切り替わりました。また、仮に原油供給の大動脈「ホルムズ海峡」が完全封鎖され、他地域での増産がないとしても、代替の輸送ルートと世界の石油備蓄で約200日間はしのげます。
平野 超越した動乱が起きない限り、石油備蓄体制で経済安保上の役目は十分に果たせると思います。ただ、備蓄だけでは万全ではありません。製油所とのつながりに問題があり、備蓄する石油の払い出しが機動的に行えない備蓄基地もあるようです。軍事的な動乱や災害も想定し、有事に素早く動けるような手当てを考える必要があると思います。
―石油の国内需要減少が避けられない中、サービスステーション(SS)を含むサプライチェーン(供給網)全体の劣化が懸念されています。
平野 SSの維持は、国策として考えないといけないと思います。1月に発生した能登半島地震では、SSが防災拠点として機能し保管する製品在庫が役に立ちました。全国にくまなくあるSSは固定電話のように「ユニバーサルサービス」と位置付け、宅配や郵便などのサービスと一体化してワンストップで提供するという構想も考えられます。会員制スーパーの米コストコ・ホールセールが周辺SSの経営を圧迫する問題のほか、中東産原油を処理するよう設計された製油所を柔軟に切り替える課題にも目を向ける必要があります。多様な問題に細かく向き合うべきです。
大場 SSが過疎化して地域生活の利便性が落ちる問題に対しては、SSの維持や充電インフラ設置などの政策的な措置が必要になるでしょう。また、インバウンド(訪日外国人)需要が拡大する中で今夏、ジェット燃料の供給不足が顕在化し、これを機に燃料の流通経路を支える人材や設備を巡る問題が浮き彫りになりました。国際線の増便に伴う燃料需要増に対応するため、空港側が燃料輸入港を整備するのか、石油会社側が供給を強化するのか、方針はまだ定まっていません。
久谷 皆さんの問題提起を踏まえると、石油元売りには、ガソリンが減りジェット燃料が増えるという需要の変化に応じて適切に生産調整する対応が求められることになるでしょう。縮小する石油需要を見据え、どこまで製油所を維持するのかといった課題も無視できません。これまで消費地に近い場所に生産拠点を構えてきたわけですが、経営的に国内維持が難しいという元売りが出てくることを危惧しています。国は、そうした供給網をどこまで維持するのかという政策的な判断が迫られるでしょう。