【コラム】「高レベル放射性廃棄物処分を考える~不安と疑問解消は努力以外に解なし」
4、批判と不安は収束の方向に向かうか
以上の見方に対し疑念も強い。抑も放射性廃棄物を発生する原発建設反対があるが、高レベル廃棄物の地層処分には、多くの批判が存する。再処理事業や地層処分の困難性を問題視する。例えば、超長期の安全性と危険性の問題に対する入手可能な科学的知見に限界があるという指摘である。つまり想定外要因の発生の可能性に対し明確な解を見いだしにくい。処分地に係わることでは、地質学的安定性、火山活動の可能性、処分地の地層状況把握の難しさが指摘される。
また人工バリアである処分施設における地下閉鎖の完全性も疑問視される。これは閉鎖後の環境モニタリングの必要性とそのあり方の問題となる。実際の立地となれば、合意形成の困難さも語られる。地域事情(政治的分断、地場産業への風評被害)の存在である。いずれも具体的地点における知見の積み重ねや研究・技術開発等で検討を進めていくことで、解決策を見いだす以外に方法はなさそうである。
勿論批判者も、高レベル廃棄物の処分の必要性を概ね認めている。ただ方法論が異なる。この意味で、この数年来の文献調査対象の具体的な立地選定は大きな前進である。地点ごとに問題点が明確になり、夫々の問題に対する具体的な考え方や対策が明らかになる。かつ今後の地層処分の課題もより明確になる。そしてその対応も可能となる。故に疑問点が整理され、収束の方向に向かうことを期待できる。
5、困難を乗り越えるほのかな拠り所~時間経過による放射能減衰期待は無理筋
世の中には、必要性を理解出来るが、当事者として事柄(判断材料)を検証できず、判断に苦しむ課題が存する。世にいう迷惑施設の類が思い浮かぶ。事柄必要且つやむなしと思えども、専門的知識不足となれば四苦八苦せざるをえない。まして自らが関係者を説得することは困難であろう。その典型として高レベル放射性廃棄物の地層処分がある。
その施設を巡る問題の駆け引きは、立地地域に集中する。この意味で小笠原村長の判断は、良識ある一つの解である。地域的解決には、国の積極的関与(専門的知見の提供等)が必要である。国の仕事ながら地方の協力を前提とする場合、気になるのは首長次第の地公体の存在である。地方分権ながら国家運営に機関委任事務の概念が必要なものもある。
高レベル放射性廃棄物の地層処分は、国民に必要な迷惑施設の開発問題である。事業主体は、国主導で、必要な費用は、受益者負担(電気料金の一部)である。重要な事業ながら、それを受け入れる地域や住民への経済的波及効果は、建設段階はあろうが、処分後は管理程度である。その意味で古墳的である。故に地域の理解を求めながら、住民の生活向上となる地域開発も考慮しながら、国主導で進めざるをえない。
高レベル放射性廃棄物は、放射性核種の放射性崩壊により放射能の減衰が進む。超長期を要する核種もあるが、ガラス固化体の場合、50年で80%低減、1000年で99.9%低減(オーバーパック表面線量0.15mSv/h)である。これは1m離れた位置なら0.02mSv/h)のレベルである(当然自然レベル2.1mSv/年に及ばず)。さらに1万年超でウラン鉱石レベルとなる。これが重要である。
高レベル放射性廃棄物の立地決着には、相当時間が必要となろうが、現在の管理状況でも問題が拡散するわけでない。故に時間的裕度を考える向きもあるが、今後100年間で事業達成という悠長なことでは困惑する。再処理事業との絡みもあるが、目標達成時期(2050年くらい)を明言し、政府が、技術的疑問に答え事業遂行で地域の理解を得る努力を更に強化することを期待したい。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。
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