【特集2】研修プログラムで特約店の人材育成支える 個の力を高めてチーム力向上につなげる


【ENEOSグローブ】

独自の人材育成プログラムを実施するENEOSグローブ。国家資格の取得支援では合格率100%の実績を持つ。

「LPガス需要の減少や環境対応など、業界は大きな課題を抱えていますが、未来を担う人材の育成は大きな課題だと考えています。当社としては、特約店の人材育成をサポートすることで、少しでも業界の課題解決につなげられればと考えています」。そう話すのは、元売り大手・ENEOSグローブ販売総括部の兼健太郎・販売総括グループマネージャーだ。

ENEOSグローブでは、特約店に対して、人材育成を目的とした研修プログラム「ENEOSグローブカレッジ」を毎年開講しており、今年度は70を超える特約店の従業員が受講している。

このカレッジは「一人ひとりの成長をチームの力に結集すること」をテーマに、組織の持続的成長のため、組織の要であるマネージャーと自律的行動と協働で成果を上げるメンバー各々の個の能力向上に必要なプログラムを提供。今年度は受講者の役割や役職に応じて階層を細分化した講座を設けた。区分けされた階層は経営層に近い部長や部門長クラス、組織の運営を担う課長、現場に近いリーダーや営業担当、そして新入社員―といったように細かく分けた。

細分化した背景を、佐々木洋江・アシスタントマネージャーはこう説明する。

「取り組む内容や日々考えていることなど、おのずと階層ごとに異なります。各階層に求められるスタンスやスキルに応じた研修内容を構築しました」

各階層が、人としての信頼に影響を与える「人間力(ヒューマンスキル)」から学習し、実践的な「仕事力(業務遂行スキル)」や「専門性(LPガス関連スキル)」を関連して学ぶことで、個々の能力を高め自律的に行動する人材として成長するための体系を構築している。その内容は「事業推進マネジメント」「人と組織のマネジメント」「営業プランニング力強化」「営業マインド養成」など多岐にわたる。

ほとんどのコースが参加型で、グループディスカッションやペアワークの場を設けるなど、プレゼン能力やコミュニケーション能力の向上も支えていく仕組みだ。

ドラッガー氏の教え 国家資格「完全合格」を支援

カレッジでは複数の外部講師を招聘しているが、中には「現代経営学」や「組織マネジメント」の考え方を生み出したP・F・ドラッガー氏から実際に薫陶を受けた講師も名を連ねているなど、豪華な構成となっている。

従前は集合形式で開催していたが、新型コロナ禍で、今年度のカレッジは昨年度から引き続きオンライン形式で開催している。移動が不要で時間が効率的に使えると受講者からも好評だという。また、懸念していた受講者間の交流にも問題はなく、オンラインでできない研修は無いということを実感しているそうだ。「特にグループワークでは、他社の事例を吸収しようと、皆さん活発にディスカッションしていますね」(佐々木さん)。

加えて、研修後に実務に戻って一定の期間を経た後、再び講師との1対1面談などの機会を設定。研修内容と実務とのギャップを埋めるためのフォローを、研修の一環として行うなど、手厚い人材育成となっている。これも、オンラインだからこそ可能な施策だ。

さて、ENEOSグローブカレッジには階層別研修とは別に「LPガス専門分野」というもう一つの柱がある。なかでも国家資格となる液化石油ガス設備士の資格取得サポートは、同社の取り組みの中でも特筆すべきものだ。この資格はLPガスの供給・販売現場では重要な資格の一つで、特約店にとっては欠かすことのできないものだ。そんな資格取得を、ENEOSグローブでは「合格率100%」の実績を持っている。

「試験日程1週間以上にわたって座学から実技まで、試験に必要な内容を研修センターで箱詰めになって学びます。13年から毎年実施していますが、おかげさまでこれまで受講者全員が合格しています。コロナ禍で、実施回数や人数が制限されていますが、全員に必ず合格してもらいたいとの思いで行っています」(兼さん)

多くの特約店や資格取得の支援など、さまざまな側面から人材育成に取り組んでいるENEOSグローブ。こうした姿勢は結果的に、消費者に向けて「安全で安心なLPガス」や「LPガスそのものの魅力」を伝えることにもつながっていく。

【特集2】狙うはエネルギー界のBtoB版アマゾン 機器受発注業務をアプリで一括管理


【日本瓦斯】

ニチガスは受発注管理をペーパーレス化するアプリを開発した。事業者・メーカー業務の高効率化で、業界のDX化を図っていく。

ニチガスは、LPガス事業者およびガス機器メーカー向けの製品受発注システム「タノミマスター」をリリースしている。このアプリは、ガス機器を導入する際に発生する受発注など、これまでメールやFAX、電話で行われていた一連の業務を一元管理しペーパーレス化する。今後は決済、請求書送付機能の実装を予定しており、事業者・メーカー双方で発生する、無駄な販売管理コストを削減する。

アイデアを考えたのは、同社の和田眞治社長。営業時代に自身が体感した、非効率な業務を改善できないかということが発想の原点にあった。和田社長は「BtoB向けのアマゾンを目指しています」と説明する。

タノミマスターの画面例

事業者間のやり取りを削減 ペーパーレスで業務効率化

ガス事業者がガス機器を受注する際、事業者とメーカーの間には大まかに、①メーカーの営業担当に発注、仕切価格を電話で交渉、②発注書類を作成しFAXやメールで送信、③納品日時の連絡、④請求書を作成しFAXやメールで送信―という工程が生じる。

事業者とメーカーが直接取引をする場合は工程数が少なくなるものの、その中間に卸業者がいる場合、メーカー、事業者双方の間のやり取りが増えるため余計に時間がかかり、さらに中間マージンが生じてしまう。

ガス機器メーカーも、在庫管理や総務などバックオフィス部門で受発注管理の作業が常に行われるなど、ガス事業者・卸業者・メーカー間で行われる業務は何かと煩雑だ。和田社長は「どの企業も手作業で行われる非効率な業務が多い。これが会社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を図る上での阻害要因になっている」と指摘する。

アプリにはリンナイ、ノーリツ、パロマ、パーパスなどの大手メーカーが参加しており、各社の製品をアプリ上で注文できる。

さらに、発注に加え納期の連絡、請求書の受け渡しを行えるほか、価格もガス事業者と機器メーカーで取り決めた、仕切価格に沿って設定させることも可能。今後は決済機能も実装していく。口頭やFAXで行われていた従来の業務を、完全にペーパーレス化することで受発注業務を効率化する。

ガス事業者だけではなく、機器メーカーにもメリットがある。紙ベースだった発注書類がペーパーレス化、電話やFAXのやり取りが減り、バックオフィス業務も少人数で済む。またアプリに参加することで、自社製品をウェブで受注するための社内システムを一から構築する必要もないなど、販売管理コスト低減にもつながる。

ラインアップ拡充も検討 修理・工事向けアプリも

データは、ニチガスが構築するブロックチェーンとX―Roadと呼ばれるエストニアの技術で安全に管理されるため、個社間で取り決めた仕切り価格などの情報が、ニチガスをはじめとする第三者に漏れる心配はない。

現在、アプリには前述の主要ガス機器メーカーに加え、ガスメーターメーカー、バルブメーカーが参加しており、今後は容器、工事機器などガス関連資機材に加え、キッチン回りの商材やエアコンなど、LPガス以外の商材も扱っていく考えだ。

さらに、同社はガス事業者と機器メーカーの受発注だけでなく、同アプリをベースにしたガス機器の工事依頼向けに「工事タノミマスター」、修理依頼向けに「修理タノミマスター」、機器の見積もりを行う「ミツモリマスター」などの関連アプリもリリースしている。業務全体のペーパーレス化に資するシステム開発を鋭意進めている。

「エネルギー業界の在り方が激変する中で、電力・ガスなど業界の境界がなくなりつつある。今後は事業者同士が共創することが大事で、タノミマスターをはじめとする当社の事業を、エネルギー業界のシェアリングエコノミーのツールとして、多くの事業者に活用してもらいたい」。和田社長はこう期待する。

DXプラットフォームの共創の輪を広げ、LPガス業界の業務改革を進めていく構えだ。

【特集2】地元静岡で築いた事業ノウハウ 他エリアへ進出し新規開拓に応用


【インタビュー:植松章司/東海ガス社長】

顧客に寄り添ったガス体エネルギーならではの「地域密着」事業ノウハウ。TOKAIグループの東海ガスでは、構築してきた手法を元に事業拡大を図る。

―貴社は静岡県志太エリア(焼津市、藤枝市、島田市)で事業展開しています。顧客や地理的な特徴についてお聞かせください。

植松 志太エリアは、志太平野に大井川が流れ、水資源が豊富な土地です。このため、昔から産業が集まりやすい土地であり、食品・飲料分野を中心に多くの工場が点在し、当社のガス販売量の8〜9割を工業用の大口需要家が占めます。残りの約1割強が家庭用です。

燃料転換を推進 事務手続きをサポート

―工業用の大口需要家にはどのような営業活動を行っていますか。

植松 現状ではやり尽くした感がありますが、新規の工場建設などはもちろんウオッチしています。さらに、大口需要家向けには石油やLPガスを利用している顧客に燃料転換を促す営業を行っています。燃料転換では設備購入費用が経済産業省の補助金の対象となります。ただ、そうした書類の申請手続きが煩雑なため、当社がお客さまをサポートしています。




ガス燃料転換の際に導入する蒸気ボイラー

―昨年10月の菅義偉首相の2050年カーボンニュートラル宣言以降、大手ガス会社はカーボンニュートラルLNGを調達し始めました。大口需要家が多い貴社に対しても、そうした問い合わせは増えていますか。

植松 上場企業の工場を中心に、CO2削減への取り組みを加速させなくてはならないとの声は聞きます。カーボンニュートラルLNGの導入についても、多くの問い合わせがあり、とても注目度が高いように感じます。しかし、各社が実際に導入するのは、まだ先になると見ています。

 当社では今年8月、森林吸収由来クレジットなど複数の事業者から創出されたJ―クレジットを買い受け、これを都市ガスに付加した「カーボンニュートラルガス」として、自治体・公共施設向けに販売を開始しました。ただ、このスキームで大口需要家への供給量を賄うことはできません。導入について話が進むようであれば別の方法を検討します。

―家庭用はいかがでしょうか。

植松 検針や機器の修理でお客さまを訪問するのはLPガスと同じですが、都市ガスはLPガス以上に顧客との密接なつながりがあります。都市ガスは供給できるエリアが決まっているため、お客さまの密度が高いです。

具体的な活動としては、定期的に東海ガスの機関誌「エプロン」を配布したり、LINEを使って地域の住民の方々に役立つ情報を発信したりしています。会社の機関誌ではありますが、商売のことよりも地域に密着した情報。例えば、最近オープンしたお店の情報などを掲載することで、お客さまに喜んで読んでいただいています。紹介されたお店も当社のお客さまの場合があり、掲載すると喜んでもらえます。

また、リフォーム事業にも注力しています。自治体が実施する補助金の情報をうまくキャッチアップして、テレワーク向けのリフォームを、コストを抑えながらできることを顧客に伝えて受注を獲得するなど、燃料転換と同じような手法も使っています。コロナ禍になる前は、当社の体験型ショールーム「くりっぴープラザ」において、リフォームやガス機器の販売イベントも月1回程度開催していました。

―ガス管の延伸は進んでいるのでしょうか。

植松 40年前は導管の総延長が約600㎞程度でしたが、1200㎞程度まで伸びています。現在も採算の合う新規のお客さまについては、工業用・業務用・家庭用問わず導管を延伸していく方針です。 ただ、志太エリアの顧客シェアを見ると、当社の都市ガスとLPガスのお客さまは合計で6割、販売店などを含むグループ全体では7割に達します。残りの3割のうち1割はオール電化のお客さまで、残りの営業先は2割です。その獲得に注力するより、他エリアに進出して顧客を獲得する方が成長できると判断し、事業拡大を図っています。

公営ガスを譲受 生活提案の営業

―18年に群馬県下仁田町、19年に秋田県にかほ市の公営ガス事業を譲り受けています。

植松 公営ガス事業は、その事業特性から、ガス管の延長や事業拡大に対しては、どちらかといえば、受け身の姿勢で事業運営が行われています。当社の場合は、お客さまの豊かな生活提案のため、しっかりと営業を推進しますのでビジネスチャンスはあるだろうと考え、譲り受けました。

―具体的な成功案件があったら教えてください。

植松 下仁田町では、工業用・業務用のお客さまが都市ガスに燃料転換していただけることになりました。これにより、これまでの年間販売量は80万㎥程度でしたが、22年初頭には3倍強の250万㎥になる見通しです。

にかほ市では、市が誘致した企業のコールセンターの空調をEHPからGHPに設計変更していただき、当社が22年3月からガス供給を行う予定です。

家庭用のお客さまには、志太エリアと同様、「TLC(トータルライフコンシェルジュ)」構想の下、電気やアクア(水宅配)、モバイルやインターネットなどのサービスを展開しています。TOKAIグループの中でも都市ガスのお客さまは、1軒で当社グループのサービスを複数契約していただいている複数取引率が59・7%と高いです。下仁田町は電気の契約を多く取り付けています。志太エリアと同じように新たな契約に結び付けていき、「第二の東海ガス」へと成長させたいと考えています。

―今後も他エリアに進出する可能性はありますか。

植松 TOKAIグループの方針として、M&Aを推進していますので、引き続き情報収集を行い、検討していくことになります。事業拡大に寄与するような案件があれば積極的に行っていきます。

―今後取り組んでいきたいことや目標は何かありますか。

植松 第一に都市ガスやLPガスの販売があります。さらに、TLCの新たな展開、多角化という命題が常にあり、新たな商材はないか探しています。例えば、防災器具のリース販売などを計画しています。TLCの役割は会員サービスによってポイント還元などで他社よりお得を提供、また、お客さまの暮らしを豊かにするサービスを提供し、複数取引率を高めることによって、お客さまから選択される会社となることです。




うえまつ・しょうじ  1978年4月東海ガス入社。2004年5月TOKAI東京本社高圧ガス事業部長、同社取締役、執行役員、常務執行役員、東海造船運輸社長などを経て、19年4月から現職、同年6月からTOKAIホールディングス取締役、21年6月からは同社専務執行役員を兼任

【特集2】ヒートポンプ「高温化」への期待 世界に誇る日本の技術力


ヒートポンプの課題とされていた「高温化技術」の実用化が迫っている。ヒートポンプを巡る期待と展望を、2人の識者が語り合った。

【左】齋藤 潔・早稲田大学理工学術院基幹理工学部教授(さいとう・きよし) 1992年早稲田大学理工学部卒、94年同大学院理工学研究科修士課程修了。イリノイ大客員研究員を経て2008年早大教授。NEDO技術委員、日本機械学会環境工学部門部門長、日本冷凍空調学会理事などを務める。
【右】杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(すぎやま・たいし)1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶応大学大学院特任教授も務める。

―いま、ヒートポンプ(HP)がなぜこれほど世界中から注目されているかというと「燃焼技術からの転換」という流れが挙げられると思います。従来は、燃焼によってしか高温の温度を作れなかったわけですが、技術の進化がそれを一変させようとしています。日本のヒートポンプ業界の現在地をどのように捉えていますか。

齋藤 ヒートポンプといえば、最も利用されている分野は空調です。この分野では放っておいても今後、世界中に広まるでしょう。国際エネルギー機関(IEA)によると2050年までに、現状の10倍にまで広がると試算していますし、恐らくそうなるでしょう。

 一方、課題は産業分野です。ヒートポンプが作り出せる温度は、現状だと120℃くらいです。それが限界の温度です。しかし、産業分野で必要な温度となると、180℃は欲しい。ですので、その温度までヒートポンプで作り出せなければ、広まっていくことは厳しい。

 そうした中、私も関わっていますが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「高温ヒートポンプ開発」のプロジェクトが進んでおり、あと数年で、そうした温度帯を作り出せるヒートポンプの実用化が見えてきています。そうなると、ヒートポンプは冷凍用となるマイナス50~60℃から、上の温度では200℃弱までのラインアップがそろい、ヒートポンプが一層普及する土壌が整うと思います。

杉山 ヒートポンプ技術の最もシンプルな利用先がエアコンに代表される空調分野です。冷房用途ではヒートポンプがかなり活用されていますが、問題は家庭用の暖房分野です。せっかく設置されていても、エアコンによる暖房利用がされていないことも多く、ガスや灯油によるストーブで暖を取るケースが多い。しかし、エアコンの成績係数は高いのでエアコンによる暖房の方が経済的メリットもありCO2削減にもなる場合が多いのです。

 消費者は「エアコンは高価な家電製品」「暖房はガスや灯油ストーブだ」と思い込んでいる節がありますが、これは一昔前までのことです。費用対効果を考えても、最も効果的にCO2を削減できるのが家庭用エアコンによる暖房です。まずはヒートポンプ技術についての啓発を兼ねて、最も身近で簡単な一歩としてエアコンで暖房をするという意識改革から始めることが大切だと思います。

小型モーターに続く革命 HPの分散設置で省エネへ

杉山 ヒートポンプ技術の進展で思い起こされるのは、モーターができた時のこと。産業革命前夜、イギリスでは大型水車で工場内の機械を回していましたが、産業革命後、その水車は大型モーターに置き換えられました。

 当初、生産性は上がらなかったのですが、モーターの真価が発揮されたのは小型のモーターが工場内の生産プロセスの至るところで導入されてからです。必要な場所に必要な分の小型モーターを設置することで、設備による工場のレイアウトに縛りがなくなり、無駄のない生産体制が確立されたわけです。

 これは素晴らしい革命でした。時間はかかりましたが、今では当たり前のこととなっています。本来であれば、小型モーター同様、ヒートポンプもそうした使われ方をされるべきです。そうなると、温度制約から解放されます。

―あえて小型ヒートポンプを、生産プロセスの中に分散配置させて、ニーズに応じて昇温させていくというイメージですね。

杉山 熱が下がり終わるまで使い切るのではなく、下がり切る手前の温度をあえて利用する。この熱を回収して小型ヒートポンプで昇温すれば、プロセス全体でエネルギー利用の成績係数を高めることができます。そんな工夫も可能かなと思っています。蒸気発生設備を担う大型ボイラーを大型ヒートポンプ設備へ代替させることだけが解決策ではなく、小型ヒートポンプを分散設置させることで、省エネルギーが一気に進む可能性があります。実際、エレクトロヒートセンターがまとめているように、国内事例でも、そんな動きが始まっています。

―高温度帯の技術開発とともに、そうした工夫によるヒートポンプ活用もあるわけですね。さて、一連の技術は日本が主導していると思います。齋藤先生、日本の技術をどう受け止めていますか。

齋藤 例えばエアコンに目を向けると、単純な性能比較では中国の進歩が著しいですが、耐久性や、10年後にきちんと性能が出ているかどうか。あるいは日本のエアコンにはごみを取り除く機能まで付いています。トータルでみた場合、圧倒的に日本は強いです。

 加えて、私たちがよく言うところのアナログ的な技術というのがあります。熱技術や流体技術から成るヒートポンプはそうした技術の結晶でして、長年のノウハウの蓄積が必要な技術です。ここは、日本が非常に強い分野でして、だからこそヒートポンプの技術をもって、日本が世界と戦っていくべき技術だと考えています。

DACって何だ⁉ 新発想のHP利用の期待

杉山 話が少しそれますが、DACというユニークな技術があります。Direct Air Capture(直接空気回収)といって、直接空気回収によって大気からCO2を取り出して地中に埋める技術です。

―CCS(CO2回収・貯留)とは違うのですか。

杉山 CCSは火力発電所からCO2を取り、地中に埋めます。そうではなく、大気中から取るのです。大気中にはCO2が0・04%しかないので、それを集めて90%くらいまで濃縮します。普通のCCSでは、CO2濃度を桁一つ濃くすればよいのですが、大気中からとなると桁三つにまで濃縮しなければなりません。

―動力コストがかかります。

杉山 利点もあります。というのは、日本ではCO2を国内に埋める適地がなく、結局、船に積んで海外で埋める必要があります。

 一方、直接空気回収は、場所の制約がほとんどありません。埋めやすい場所、つまり地層の中に隙間の多い砂岩などが埋まっていて、電気も安く手に入る所に設備を造れば、そこでCO2を固定できます。この技術が確立されると、ほかの技術的に難しく高コストのCO2削減法が不要になります。その意味では非常に面白い技術です。

―CO2濃縮時にヒートポンプ技術を活用するのですか。

杉山 CO2が酸性なので、アルカリ溶液に吸わせます。吸ったままでは意味がないので、今度はそれをヒートポンプで温めてアルカリからCO2を放出して濃度を高めます。そのサイクルをヒートポンプが担うわけです。これが実用化されれば、ヒートポンプのマーケットはすごいことになります。

齋藤 世の中の一般的なヒートポンプ技術だけではなく、吸着剤を使ったヒートポンプ技術があります。例えば、除湿器などに吸着材のシリカゲルを使ったヒートポンプ。これは水分を吸い取って、再び吐き出して湿度調整する空調システムですが、これはまさに杉山さんがおっしゃったような技術です。CO2を吸い取れる物質に切り替えればよいので、確かに面白いアイデアですね。

―エネルギー基本計画が改定中ですが、計画通り進めていく中で、需要側の取り組みによる省エネが大切です。その際、ヒートポンプはどのような役割を果たすべきでしょうか。

エコキュートの新たな役割 再エネ主力化支える運転へ

杉山 技術サイドに目を向けると、ヒートポンプによる高温化の技術開発など、基本的な取り組みはもちろん進めるべきです。一方、ユーザー側へ目を向けると、設備導入を阻害するようなことはあってはなりませんが、そうは言っても、多くの補助金によって導入を進めるようなやり方はやめたほうがよいと思います。確かに産業用では、ヒートポンプ導入は難しい側面があることは理解しています。ですので、ファースト事例についてはそれなりにサポートが必要かもしれませんが、補助金に頼りすぎた強引な手法による導入だと、その後の国民のコスト負担も大変ですし、導入した側も上手く使いこなせないと思います。

 例えば、家庭用エアコンはヒートポンプ技術導入の優良事例です。ユーザーが、エアコンのイニシャルコストやランニングコストを受け入れているわけです。まだまだ導入ポテンシャルは大きいわけですが、このような形で普及することが理想的です。

齋藤 メーカーの方と話をしていますと、機器単体で性能を上げることは非常に厳しい状況になっていることは確かです。ですので、使い方を工夫することが重要だと感じています。特にヒートポンプ給湯機のエコキュートは大変に普及しましたが、もともと原子力発電による割安な夜間電力を使うことで普及してきました。しかし、原子力の運転が見通しにくくなっている今、今後は、こうした従来の使い方を変えてみる。

 最近よく言われていますが、夜間運用ではなく、昼間運用に移行させる。つまり昼間に発電している再生可能エネルギーの電気を利用しながらヒートポンプによって熱を蓄え、そして夜間の給湯需要を支える。そんな新しい使い方を進めた方がよいでしょう。国策である再エネ主力電源化にも資する取り組みです。

火力燃料調達で指針 課題はコスト増への対応


資源エネルギー庁は、7月12日の総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)電力・ガス基本政策小委員会の会合で、9月の策定を目指す「燃料ガイドライン」の方向性を示した。2020年度冬の火力発電燃料不足に起因する全国的な電力需給ひっ迫を踏まえ、kW時不足を考慮したLNG確保の在り方が焦点となる。

ガイドラインの対象は、LNG発電を行う事業者のうち、特にその調達行動が安定供給や市場価格に影響を及ぼしやすい旧一般電気事業者系が中心となる見通し。対象事業者には、消費量の変動可能性を踏まえた適正な在庫水準の確保と調達の努力が求められる。

経済合理的な行動を過度に制約するのを避けるため、法的拘束力は伴わないが、「順守することが相場操縦的な行動を取っていないことを推認させる理由となり得る」とし、ガイドラインに沿った行動を促したい考え。

とはいえ、燃料調達は企業の競争力の源泉であり、ガイドラインを守ることによってそれが損なわれる可能性があることも事実。追加で生じるコストをどう扱うかが、今後の課題となりそうだ。

【特集3】災害対策で活用する独自モデル 公共インフラの保守・点検も


【君津市役所】

市による独自のドローン活用を展開しているのが千葉県君津市だ。6月上旬に開催された、全国自治体ドローン首長サミット(主催:経済産業省、NEDO)では、石井宏子・君津市長自らがドローンを活用した橋梁点検「君津モデル」をテーマに講演するなど、ドローンを使った地域の課題解決に向けた取り組みを、ユニークな仕組みで進めている。

君津市とドローン―。きっかけは2017年にさかのぼる。君津市は千葉県内で市域が市原市に次いで2番目となる約318㎢の面積を有する。そして、その3分の2の面積が山間部を含めた森林エリアだ。とりわけこの山間地域では、以前からビル建設や土木工事、コンクリート製品の材料として、良質な砂利が採取されていた。そしてこの山を切り崩した平場に、クラウドサービス事業を手掛けるアイネット社が、「ドローン飛行場『DDFF:DreamDroneFlyingField』」を17年に整備したのだ。東京ドーム3個分の広さを持つ関東最大級のこのフィールドは、ドローン飛行訓練場、ドローン実証実験(PoC)環境を実現する施設である。

「千葉県君津市では、地方創生に向けた先進技術の活用を模索、検討する中、ドローン飛行場が開設されたことを契機に、さまざまな分野でドローンを導入した街づくりを進めています」。市の企画政策部政策推進課の重田友之・係長は説明する。

君津市では、アイネット社のドローンフィールドの開設に伴い、災害対策にドローンを活用できないかと考え、「災害時等における無人航空機による協力に関する協定」を結んだ。災害時にアイネット社からドローンのパイロットを派遣してもらい、ドローンからの空撮によって、被害状況を正確に、そして広範囲に把握できるようにした。

また、地図情報を手掛けるNPO法人クライシスマッパーズ・ジャパン社とは「災害時における無人航空機による調査・協力に関する協定」を締結。災害時にドローンを飛ばし、高度100m以上の上空から市の被災地域を空撮し、撮影画像をフリーマップに投影した地図データを提供してもらうことで、情報収集体制の充実強化を図っている。

ドローン活用 橋梁点検『君津式』

さらに、君津市ではドローンを活用した、安全・安心なインフラを維持していく仕組みの構築に取り組んでいる。橋梁点検だ。橋梁は14年から5年に一度の定期点検が義務付けられており、多額の費用がかかっていた。効率的で効果的な点検が求められている中、その解がドローンというわけだ。そこで、君津市では、前述のアイネット社などと連携して、全国に先駆けたドローン活用による橋梁点検の実証実験を19年から開始し、20年から本格運用している。

従来、橋梁点検業務を外部委託していたが、現在では、ドローンパイロットの民間資格を持った市の職員がドローンを使って撮影し、管理している。ドローンで撮影した映像は何度も確認することが可能であり、今後、AIによるひび割れの検知を組み合わせることで見落としを防ぎ、点検精度の向上を目指している。

市内に開設されたドローン飛行場

【特集3】PVパネルを低コストで自動清掃 海底スキャンで洋上風力調査も


【WSP】

最先端技術を搭載したロボットやドローンの製品開発を担う産業用自動化機器メーカー、ワールドスキャンプロジェクト(WSP)。同社は、「SFの世界を現実のものにする」をミッションに掲げ、これまで先駆的な製品を開発してきた。そんなWSPが次の目標に据えるのは持続可能な社会を構築すること。そのために三つのサービスを展開する。

一つ目は昨年、メディア各社に紹介された「3次元バーチャル修学旅行」を含む、小中高生へのドローン教育だ。コロナ禍で修学旅行に行くことができなかった学生向けに、VRゴーグルを通して360度の視野で、エジプトのピラミッドなど、世界遺産を見ることができるサービスを提供した。

実はこの「3次元バーチャル修学旅行」、同社が実際にエジプトに足を運び、ドローンを飛ばしてピラミッド全体を撮影したものが素材になっている。その画像を3Dスキャン技術で映像化し、VRゴーグルを付ければ、まるで現地にいるかのようにピラミッドを見ることができる。ドローンによるピラミッドの3Dスキャン撮影に成功したのは、同社が世界で初めてだという。

3次元バーチャル修学旅行とともに、ドローンの操縦方法の授業、ドローンで環境問題などの社会課題を解決する方法を学ぶSDGs(持続可能な開発目標)講座も外部講師を呼んで手掛ける。

同社管理部の新井大和氏は、「わが社は『最先端技術を用いて地球をスキャンする』を大目標に掲げています。われわれの技術でデジタル空間上にアーカイブしたピラミッドなどの世界遺産を全国の小・中・高生にお見せすることで、歴史教育にも貢献することができると確信しています」と自信をのぞかせる。

同社がスキャンするのは、地上にあるものだけではない。なんと、海底の地形や沈没船までスキャンしてしまう。WSPが開発した水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、世界で初めてミリ精度の3Dモデルの作成を可能にし、水中の詳細な様子を数十㎞にわたる広範囲で可視化する。

天叢雲剣が活躍するのは、主に再生可能エネルギーの分野、特に洋上風力発電設備の施行前だ。天叢雲剣で海底の地形を測り、理想的な洋上風力設置地点を予想し、海底ケーブルを引っ張る経路を提案する。また、環境への配慮から生態系を保存する地帯も3Dモデルを基に決めることもできる。海底ケーブル敷設後は、定期点検も天叢雲剣で行うことができる。

この優れた水中3Dスキャンロボットは、島根県美保関沖で撮影した深海構造物が、1927年に沈没した旧日本海軍の駆逐艦「蕨」だったことも明らかにした。水中スキャン技術は、隠されていた歴史も明らかにした。

水中ドローン「MURAKUMO」から見た海底と、3Dモデル化した海底

太陽光パネルを自動清掃 運営コスト削減にも貢献

最後に、今後も設置の拡大が予想される太陽光パネルの、自動掃除ロボット「ソーラーサンバ」を展開する。

これまで太陽光パネルの清掃はほとんど人力で行われていた。しかし、特に面積の大きい太陽光パネルを清掃する際は、人力ではムラが発生し、時間経過とともに清掃員が疲れ始め、作業効率も低下する。ロボットであるソーラーサンバは疲れ知らずで、1MWのメガソーラーをわずか2、3日で清掃する。

太陽光パネルには鳥のふんや花粉、落ち葉などの汚れがこびり付きやすく、汚れが付いたままだと発電効率が悪化する。こまめに清掃が必要だが、人力ではコストもかさみ、消費水量も多くなってしまう。

ソーラーサンバは、非常に「エコ」な清掃用具だ。やわらかなナイロン製ブラシが付いており、毎秒20回転しながら時速3~5㎞で横移動する。非常にシームレスに動くため、消費水量は人力の約8分の1で済む。

ソーラーサンバを使用することで太陽光パネルが本来持っている機能を維持し、汚れをこまめに落とすことで、発電効率を向上させる。ソーラーサンバは資産としての太陽光パネルを保全するために、「マスト」なアイテムなのだ。

設立以来、最先端技術を用い、あっと驚く製品やサービスを展開してきたワールドスキャンプロジェクト。今後、脱炭素社会の到来に向け、持ち前の技術力で「SFの世界を現実のもの」にする。

太陽光パネルを清掃する「ソーラーサンバ」

【特集2】FIT制度で事業環境が急変 燃料の国内供給を裏で支える


【岩谷産業】

エネルギー業界では、LPガス事業や水素事業で認知されている岩谷産業。実は再生可能エネルギーとも密接に関わっている。国内のバイオマス発電事業者向けに、商社の機能を発揮して燃料調達・供給をしているのだ。

岩谷にはマテリアル本部という組織があり、商品ごとに四つの部門を設けている。機能性フィルムやPET樹脂を扱う機能樹脂部、ステンレス鋼などの金属部、電子セラミックス材料の電子マテリアル部、そしてバイオマス燃料の資源・新素材部だ。

もともと、資源・新素材部では、「バイオマス以前」から、ミネラルサンドやレアアースといった鉱産物資源を数十年にわたって扱ってきた。そうした中、2011年にシンガポールのバイオマス発電事業者との縁がきっかけとなり、バイオマス燃料の取り扱いが始まる。

「当社のシンガポールの現地法人を経由して、珪砂と呼ぶ鉱産物の引き合いをいただきました。交渉を重ねる中で、バイオマス燃料となるヤシ殻を使ったPKSが話題となり、当社でも扱えるのではないかと思ったわけです」。バイオマス課の担当者は経緯を説明する。

その後、事業環境は大きく変わる。もともとシンガポール向けにPKS供給の準備を進めていた中、FIT制度を受けて日本国内で再エネ事業が急増。バイオマス発電の計画も各地で立ち上がった。そこで岩谷では、国内向けの燃料供給を主軸にした取り組みを開始。徐々に取り扱い量が増え、バイオマス課が立ち上がったのが16年のことだ。19年には、「長期契約」も履行し、現在では国内10社以上に供給。日本市場における販売シェアは10%程度だという。

木質ペレット供給を開始 海外供給も視野に

いま、岩谷ではPKS以外に、新たに木質ペレットの取り扱いを始めている。国内事業者がPKSと木質ペレットを混焼するケースが多いためだ。岩谷によると、両燃料の取り扱いは今後も増えていく見通しだという。

調達先は、東南アジアを中心に、それ以外の国にも広げ偏らないように計画している。そして調達の際、最もケアするのがサプライヤーの選定だという。「燃料を安定供給することがわれわれの最大の使命。サプライヤーは厳しく選定しています」

同時に、岩谷ではPKSや木質ペレットの品質管理にも余念がない。兵庫県尼崎市の中央研究所で独自に品質を分析し、成分やカロリー、比重などをチェックしている。これはサプライヤー側と発電事業者であるユーザー側との間で品質管理に齟齬が生じていないか、岩谷が独自に検査しているためだ。バイオマス燃料は国際的な品質規格がない中、「安定品質」に気を配る同社ならではの取り組みである。

現状は国内中心の供給体制だが、今後は「海外供給」も考えていく必要があるそうだ。特に世界の潮流となっている脱炭素が、バイオマスをさらに後押しする可能性がある。「例えば日系企業の現地法人が脱炭素を進める際、バイオマスを使ったコージェネなどのニーズが生まれる可能性があります。そうした際にも、燃料供給をサポートできたらと考えています」

燃料の品質を分析する中央研究所

【特集2】「尼崎・久御山ライン」を新設 関西圏の供給安定性を強化


【大阪ガス】

大阪ガスは、兵庫県尼崎市と京都府久御山町を接続する高圧ガス導管の敷設工事を進めている。2028年9月にガスを開通する予定で、関西圏におけるガスの供給安定性の一層の向上を図る。

大阪ガスが整備を進めているのは、尼崎ガバナーステーション(兵庫県尼崎市)と久御山バルブステーション(京都府久御山町)を接続する全長47・4㎞の「尼崎・久御山ライン」。2020年4月に工事に着手し、28年9月のガス開通を予定している。

住宅や工場が増加傾向にある滋賀県の都市ガス需要の増大に対応するほか、摂津市など沿線エリアの中圧の供給安定性向上が期待できる重要なラインである。

最適な施工技術を選択 ガス工事で初のDRT採用も

パイプラインの管径は600㎜、設計圧力は7MPa。工事区間のうち、久御山町から交野市までの12・6㎞は、国土交通省が整備した通信、電力などライフラインをまとめて収容する共同溝を利用する。残りの34・8㎞は、交通量の多い道路や大規模河川を横断するために通常の開削工法によるガス管の敷設が難しく、シールド工法を採用することにした。

このうち共同溝区間では、既にガス管の敷設が始まっている。4月19日までに12・6㎞のうち9・4㎞の配管を完了している。共同溝への高圧ガス導管の敷設は同社にとって約20年ぶり。ネットワークカンパニー幹線部尼崎・久御山建設チームの村瀬賢マネジャーは、「経験が乏しい一方、この20年で新しい施工技術が開発されています。施工では、当時の資料を確認して現在の技術と比較して最適な方法を選択しました」と、工事着手に当たって入念な準備を進めてきたことを強調する。

共同溝の完成から5年ほどが経過していることが、施工により創意工夫が求められる要因の一つになっている。配管は、数百mごとに設けられている搬入口からガス管を搬入後、配管位置まで運搬し共同溝内で溶接するという作業を繰り返すが、共同溝が完成するまでの間に地上に道路ができるなどして利用できない搬入口もあるからだ。

共同溝の中でガス管を長距離運搬することになれば、作業員の負担増になりかねない。これを解決するため、モーター駆動の台車を製作し共同溝の中を早く、そして安全にガス管を運べるようにした。

一方、シールド工法区間は、深さ10~30mの地中に直径約2mのトンネルを造り、そこにガス管を通す。3~5㎞の間隔で全体を11区間に分け、発進と到達のための立坑を掘り、シールドマシンで掘削。トンネル完成後は、立坑からガス管を搬入し、シールドトンネル内を運搬、溶接するという、共同溝と同様の手法で配管していく。配管後は、トンネル内をセメントベントナイトで埋め戻し土中と同じ状態に戻す。現在は造成工事の段階で、今年秋ごろから順次掘削作業を開始する予定だ。

今回の工事では、国内のガス工事現場として初めてデジタルX線検査(DRT)を導入したことも大きな特徴。溶接が健全に行われているかを確認するための非破壊検査(X線検査)では、これまで写真用フィルムに画像を投影する必要があった。

それがDRTを採用したことで、1リング当たりの検査時間を40分程度(検査時間の55%)短縮できるため効率が向上するほか、データ伝送することで現場に赴かなくても事務所で画像確認できるようになった。「新型コロナウイルス禍で接触機会を減らすことが求められている中、検査効率の向上や現場管理業務の効率化にも資する良い品質管理システムだと自負しています」(村瀬マネジャー)

6年ぶりの大規模建設計画 技術継承の貴重な機会に

工事は、統括管理者である関雅之・幹線部長の下、現場責任者の村瀬マネジャーのほか、現場の施工管理などに当たる13人と、シールド工法区間の用地取得などを担当する6人の計21人が尼崎・久御山ラインの建設に従事している。このほか、共同溝区間の配管工事、ステーションの配管工事を日鉄パイプライン&エンジニアリング、JFEエンジニアリングが、ステーション建屋の建築工事に大末建設が携わっている。

シールド工法区間は、大林組、鴻池組&ハンシン建設のJV、鹿島建設、戸田建設の四つの建設会社、グループが担う。

屋外作業が多いとはいえ、1現場で10人ほどが同時に作業する。このため、工事会社と連携して新型コロナウイルス感染予防の対策も徹底。消毒液の設置や手洗い、うがいの励行、体温測定、打ち合わせ時のマスク着用、休憩所などでの多人数の使用の回避などに心掛けている。 

心配されるのが、これから気温が上がるため、マスクの着用で体温の上昇による熱中症のリスクが高まること。ファン付きの作業着を推奨するなど、少しでも作業環境を良くしていく考えだ。 尼崎・久御山ラインは、大阪ガスにとって、14年に開通した姫路・岡山ライン以来の大規模プロジェクト。村瀬マネジャーは、「技術は工事を経験し研究しながら蓄積されるもの。パイプライン建設の技術継承という意味でも、今回のプロジェクトは重要です。人口が多い都市部を通るということもあり、周辺住民のご迷惑とならないよう配慮しながら無事故、無災害で工事を完了させたい」と気を引き締める。

【特集2】日本の電力支える直流幹線 東西間の融通能力が向上


【東京電力・中部電力】

東日本大震災の教訓を得た、東西間を結ぶ周波数変換所と直流幹線が完成した。短い工期、厳しい環境条件が重なる困難も、現場の創意工夫で乗り切った。

周波数の異なる東西地域間で融通できる電力量を拡大するため、東京電力パワーグリッド(PG)と中部電力PGが5年前から建設工事を進めてきた「飛騨信濃周波数変換設備(FC)」が完成、3月末に運用を開始した。

2011年3月11日の東日本大震災では、東北・東京エリアの発電所の多くが被災し電源脱落が発生。これにより供給力が著しく低下し、東京電力エリアでは計画停電の実施を余儀なくされた。この教訓を踏まえ、災害時の東西間の電力融通量を拡大し供給安定性を高めることを目的に、国家プロジェクトとして整備することが決まったのがこの飛騨信濃FCだ。

飛騨信濃FCの完成により、それまで新信濃(60万kW、東電PG)、東清水(30万kW、中部電力)、佐久間(30万kW、Jパワー)の3カ所計120万kWだった東西間の連系容量は210万kWに拡大した。

自然災害が頻発する中、設備損傷による需給ひっ迫時など全国の電力安定供給に資するのに加え、平常時には電力取引の活性化や再生可能エネルギーの導入拡大、需給調整のための調整力の広域的な調達・運用に貢献することが期待されている。

新型コロナで厳しい工期も 20年度内に運用開始

飛騨信濃FCは、50 Hz側の交直変換設備である「新信濃変電所(長野県朝日村)」と60 Hz側の「飛騨変換所(岐阜県高山市)」、そして両変換所を接続する「飛騨信濃直流幹線」で構成されている。新信濃変電所の増設と直流幹線の建設を東電PGが、飛騨変換所の建設を中電PGが担当した。

交直変換設備の要となるのが、半導体素子「サイリスタ」を多数個組み合わせた「サイリスタバルブ」と呼ばれる高さ8・5mの巨大な装置だ。東日本側から西日本側に電気を流す際には、50万Vから15万4000Vに変電した交流電気を直流20万Vに変換、直流幹線を通して中部電力が新設した飛騨変換所に送る。逆に中部電側から直流幹線で送られてきた電気は、この装置で交流に変換し安曇幹線を通じて新秩父開閉所に送られる。電気をどちら方向にどれだけ送るかといった指令は全て、東電PGの中央給電指令所から発出するという。

東電PGの設備である新信濃変電所には、1977年に運開した1号FC、92年に運開した2号FCがあり、これまで計60万kWの変換能力を有してきた。二つのFCの役割はそれぞれ異なっており、1号は緊急的な電力融通に備えて待機、2号は市場に開放されて平時に東西間の電力取引に活用されている。

交直変換設備の増強工事は、16年4月に着手。「サイリスタバルブ」に加え、直流に変換した電気を平滑化する「直流リアクトル」、直流から交流に変換された電気の高調波を取り除く「交流フィルター」や電圧を一定に保つための「調相設備」などを増設。20年6月に使用前実施検査を完了し、10月から今年3月25日までの間、飛騨変換所との一体運用に向けた系統連系試験を実施した。

新型コロナウイルス禍の影響もあり厳しい工期に追われたが、当初計画していた通り20年度内に運用開始にこぎつけることができた。工事を担当した工務部送変電建設センターの藤岡慎太郎・東西連系線新信濃グループマネージャーは、「地震が多い日本で、新FCの運用により電力の安定供給に寄与できる」と期待を寄せる。

【特集2】全国で進むネットワーク強靭化 実現の陰にある知恵と工夫


災害や事故から需要家を守るべく、電力・ガスインフラの整備が全国で進められている。工期、予算、コロナ対策など数多くの制約を乗り越えるため、事業者の知恵と工夫が試される。

地震、台風、集中豪雨―毎年のように各種災害に見舞われる日本は世界でも類を見ない災害大国だ。特に台風や集中豪雨の被害は、年を経るごとに深刻化している。

2018年に襲来した台風21号では西日本が、19年に襲来した台風15・19号では東日本が甚大な被害を受けた。強風が発生すれば送配電インフラはなぎ倒され、広範囲で停電が発生。集中豪雨では河川が氾濫し、都市ガス導管網が水没する事態も生じたのは記憶に新しい。

また数年おきに震度6を超える地震も頻発している。11年の東日本大震災では原発事故に加えて太平洋沿岸の火力発電所が相次いで停止。さらに16年の熊本地震では土砂崩れの影響で鉄塔や配電設備に被害が生じたほか、18年の北海道胆振東部地震では、北海道全域の電力が停止するブラックアウトも発生した。

政府も昨今の異常事態を踏まえて、各地域の電力グリッド同士を接続することで緊急時に電力を融通する「地域間連系線」の整備を進めている。これまで電力系統整備は各電力会社が自社の電源や需要に応じて整備を進めてきたが、現在は電力広域的運営推進機関が中心となり系統整備の計画を立案。それを国が承認し、各電力会社が工事を担うという「プッシュ型」と呼ばれる整備方法へと変化している。

柔軟な電力融通が可能になることで、需給ひっ迫の緩和だけではなく全国各地に設置された太陽光・風力発電などの再生可能エネルギーを需要地へ大量に送ることも可能となる。地域間連系線の整備により地方の再エネポテンシャルを引き出す効果も期待される。

電力・ガスで完成ラッシュ 進むインフラ網のループ化

災害が大型化・激甚化する緊急事態下に置かれても、エネルギー事業者には「安定供給」を続ける使命が課せられている。これを実現するために電力・ガス事業者は、ネットワークインフラの整備を進めてきた。そして、20年代に突入し、事業者が積み上げてきた努力が実を結ぼうとしている。

電力業界では、3月31日に東日本・西日本の電力グリッドをつなぐ新信濃周波数変換設備(FC)と、飛騨信濃直流幹線が完成した。

東日本大震災の影響で太平洋沿岸に位置する発電所が相次いで停止したことで、電力需給ひっ迫が発生。新信濃FCおよび飛騨信濃直流幹線は、その対策として東西間の電力融通量を増やすべく計画された電力系統だ。東京電力パワーグリッド(PG)および中部電力PGが主体となって本来10年かかるともいわれた難工事を、わずか5年で完成させた。

九州地域では、九州北部と南部をつなぐ新たな50万V幹線、日向幹線の整備が進んでおり、22年6月に完成予定だ。整備が終了した暁には九州一円の幹線網がループ化され、万が一災害などで送電を中止せざるを得ない事態に陥った場合にも、違うルートから電力供給を続けることができる。

【特集2】再エネ電気を有効活用 新時代の系統運用が可能に


【東京電力パワーグリッド】

設備容量90万kWの増強を果たした東西連系線。これにより多くの電力を他地域に融通することができるようになり、電力ひっ迫が発生するリスクが低減する。

加えて、昨今は太陽光を中心とした再生可能エネルギー電源が全国各地で急増しており、顕著に増加する地域では、事業者に出力制御をかけなければならないほどに再エネ電源が余っている。東西連系線を活用し、こうした地域の電気を大需要地に送ることで、再エネ電気を余らせずに有効活用することにもつながる。

東京電力パワーグリッド技術統括室広域系統計画グループの元木啓明マネージャーは「新設備により運用の柔軟性が高まり、今年4月からスタートしている需給調整市場にも活用されます」と期待を語った。

これまで再エネの出力変動は各社管内を中心に制御していた。しかし地域間の電力グリッドを増強し、再エネや電気需要ピーク時に各地方電力同士でこれまで以上に自由な融通が行えるようになれば、複数のグリッドを一つにまとめて需給バランスを制御する全体最適化にもつながっていく。

新信濃FCや飛騨信濃直流幹線の整備は、再エネ時代に対応した未来のグリッド網を築く上でも象徴的な工事といえるだろう。

元木啓明/東京電力パワーグリッド技術統括室広域系統計画グループマネージャー

【特集2】災害対策・省力化に注力 九州一円を守る日向幹線整備


【九州電力送配電】

九州の南北をつなぐ基幹送電網「日向幹線」の整備が、着々と進行している。50万V幹線がループ化することで、九州全域の電力系統レジリエンスは大きく向上する。

九州電力送配電管内では、九州全域の電力系統のレジリエンス(強靭性)を高める上で重要な鍵を握る「日向幹線」の整備が山場を迎えている。

日向幹線は、大分県臼杵市の東九州変電所と宮崎県木城町のひむか変電所を結ぶ、総延長124㎞の50万V基幹送電線。これまで管内の50万V幹線では、福岡県筑前町にある中央変電所と、鹿児島県伊佐市の南九州変電所を結ぶ「熊本幹線」(81㎞)、「中九州幹線」(40㎞)、「南九州幹線」(80㎞)が九州の南北の安定供給を担ってきた。既設幹線も経年が進み、22年下期から30年代初頭にかけて電線やその支持金具など各種設備を更新する工事が予定されている。

更新工事が行われる間、幹線の2回線のうち1回線は停止しなければならない。更新工事中に落雷などで残る1回線の送電がストップしてしまった場合、電力系統が分断され、大規模停電が起きる可能性がある。こうした背景もあり、九州のレジリエンスを向上させるべく日向幹線の建設計画が立ち上がった。

台風に悩まされた幹線整備 省力化へ各種方策を施行

計291基の鉄塔建設と鉄塔間に電線を張る架線工事を行うためには、当然ながら大量の資材を現場に運搬しなければならない。とはいえ建設予定地の大半は九州山地の険しい山岳地帯で、いずれも交通網が貧弱な地域。工事に当たり九電がまず行ったのは、資材を輸送する道づくりだった。

14年から道路整備に着手してきたが、自然災害が九電の行く手を阻んだ。

15年に発生した台風の影響で、整備した搬入路の多くで崩落が発生。長期間にわたって工事を中断しなければならない事態に直面した。当初は19年6月の運開を計画していたものの、16年2月に完成予定を22年6月に延期するという苦渋の決断を強いられた。

さらに昨今は少子高齢化で社会構造が変化したことにより、工事会社作業員の高齢化も深刻な問題となっている。将来の施工力が不足しないよう、省力化をどう図るかということも、幹線を整備する上で大きなテーマとなった。

その対策として、作業員の動作をアシストする専用の器具を導入した。そもそも鉄塔を建設する際は、まず基礎を施工するために穴を掘削する必要があり、作業員は穴の中で作業をしなければならない。この穴への昇り降りも結構な労力になることから、昇降動作を補助する器具を一部の工区で採用した。この施策は「労力軽減になる」と、作業員からも好評だったという。

昇降アシスト装置も導入した

架線工事では、先に鉄塔間にロープを通す工程がある。通常はヘリコプターを飛ばして作業するが、ヘリを飛ばせないような場所ではドローンで作業を代替する取り組みもあったという。ほかにも資材の搬入には道路以外にも索道やヘリを活用。作業員を確保するために、工事量が1年間で最も少ない夏場に集中させるなど、滞りなく工事を進めるためにさまざまな知恵を働かせた。

また工事を行った山間部には、クマタカなど特定猛きん類の営巣地や、希少植物の生息が確認されたエリアがあった。これら動植物の生育に影響が出ないよう自然環境に対しても、細心の注意を払いながら工事を進めている。

幹線整備で体制は盤石に 整備完遂に向け前進

現在は22年6月の運開に向けて最後の架線工事に取り掛かっている段階で、5月末時点の工事進捗率は95%。5月末までに鉄塔工事を全て終えた後には、11月までに架線工事を終える計画。その後は設備の使用前自主検査を半年かけて実施し、6月に幹線に電気を通す事前試験を行ったのちに運用する予定となっている。

工事を管理する九州電力送配電・延岡送変電工事所の小笠原博所長は「日向幹線が最後の50万V幹線。きちんと工事が行われれば基幹送電網は盤石のものになる」と語る。残されている工程を着実に進め、九州一円の50万Ⅴ幹線のループ化に向け、安全の確保を大前提に、努力を重ねていく構えだ。

【特集2】建設から点検まで大活躍 電力で活用が進むドローン


【九州電力】

電力業界でドローンの活躍が著しい。とりわけ注目されるのが保安・点検分野だ。

ドローンを活用するメリットは大きい。作業員が送電鉄塔に昇らないため感電リスクや墜落のリスクがない、ボイラー点検では点検用に足場を組まずに済むためコストを削減できる、自然災害などで立ち入りが難しい場所でも簡易に点検可能―など、業務の効率化に貢献する。

特に九州電力は、積極的にドローンを導入している企業の一つだ。九電・情報通信本部は、空撮、産業用ドローンなど各種ドローンを100機以上、操縦士も100人以上備えており、火力・水力発電所の点検、土木測量、発電所ボイラーの点検、イベントの空撮に利用している。グループ会社の九電送配電でも、子会社の九電ハイテックが中心となってドローンを使った保守・点検を行う。すでに同社の大分、佐賀、鹿児島支社では、ドローンが飛行可能な区域にある鉄塔の点検業務をドローンに切り替えている。

代替を進めた結果、これまで6人程度必要だった鉄塔点検は、ドローンを用いた現場では3人に半減。1日に点検できる鉄塔の基数も、従来の1基(50万Vの場合)から2基に倍増した。22万V、11万V以下の鉄塔でも作業効率が向上した。ドローンによる鉄塔の点検基数は、2020年度だけで400基に上る。 工事から保安に至るまで、今後もドローンは電力の現場に欠かせない機器になりそうだ。

【特集2】ガスネットワークの集大成 着実に歩んだ究極への道


【東京ガス】

今年3月、安定供給の鍵を握る茨城幹線と日立LNG基地の2号タンクが運開した。ループ化と分散化による1000㎞超のネットワークは、まさに「究極」と言っても過言ではない。

東京ガスは今年3月11日、「日立LNG基地2号タンク」と、茨城県神栖市と同県日立市をつなぐ「茨城幹線」の運開を発表した。

同社は10年以上の歳月をかけ、北関東エリアで高圧幹線の整備を進めてきた。2012年には千葉県内にある導管網を鹿島臨海工業地帯まで延伸する千葉~鹿島ライン(約80㎞)、15年には埼玉県から茨城県に延びる埼東幹線(約40㎞)、16年には茨城~栃木幹線(約80㎞)、17年には古河~真岡幹線(約50㎞)が完成。都市ガスのもととなるLNGの受け入れ基地についても、茨城県日立市に日立LNG基地を16年に運開するなど、供給安定性の向上や供給ネットワーク全体の輸送能力を向上させるべく、ネットワーク網を構築してきた。

これら取り組みの集大成ともいえるのが、日立LNG基地と鹿島臨海工業地帯をつなぐ茨城幹線であり、日立LNG基地の2号タンク増設だ。92・6㎞にわたる茨城幹線と日立LNG基地の2号タンクが完成したことで、北関東の導管網がループ化され、四つのLNG基地の相互バックアップによる供給安定性の向上、ガス輸送能力の増強を実現した。

日立基地のタンク増設 省力化工法を初採用

日立LNG基地2号タンクの容量は、1号タンクと同じ23万㎘。国内でも屈指の大容量を誇る。工事は18年4月に着工したが、工事に当たっては、供給安定性の向上、ガス輸送能力の増強をより効果的にするためにも、茨城幹線と同じ21年3月の完成を目指した。

LNGタンクは、マイナス162℃のLNGを貯留する内槽部と、それを囲むコンクリート製の防液堤の2層で構成される。このためタンクを建設する際は、まずコンクリート製の防液堤を構築、次に内槽部の工事に取り掛かる。内槽部も積み木のように下部から上部へ側壁を構築し、最後にふたをして内槽部が完成するという手順を踏む。従来工法では内槽部と防液堤の工事は同時並行で進めることができず、時間がかかるという課題があった。

この課題をクリアするべく、IHIの「JCM(ジャッキ・クライミング・メソッド)工法」と、鹿島建設の「P3wall工法」という二つの新工法を初採用した。

「JCM工法」は、屋根と内槽部の側壁をジャッキで持ち上げて1層ずつ積み上げていく工法で、防液堤工事と並行して工事を行える特長がある。

さらに「P3wall工法」は、防液堤建設のために現場でコンクリートを打設するのではなく、高層ビルなどの施工で用いられるプレキャストコンクリート(PC)を用いて構築する工法。工場で製造したPCを積み上げて防液堤を構築することから、省力化や天候に左右されず作業を進められるなどのメリットがある。

これら工法を積極的に採用したことで、2号タンクの建設は従来工法と比べて約7カ月も短縮することに成功した。東京ガス・エネルギー生産部生産企画グループの小菅惇担当課長は「当社としても初めて採用した工法だったが、事故もなく円滑に工事を進められた。23万㎘のタンクとしては国内最速の28カ月で完工した」と語る。

さらに工事のピークを迎えた20年にはコロナ禍が世界中を襲った。当初、現場では工事を中断するのか否か大きな議論にもなったというが、消毒やソーシャルディスタンスの徹底、密集状態の回避などの対策を取りつつ工事を継続。工期に影響もなく、感染者数ゼロで工事を終えられたという。

丁寧な地元対応を継続 困難乗り越え究極の導管網

茨城幹線の建設でも、工期短縮やコスト削減に向けて創意工夫を重ねた。

都市ガス導管は多くの場合、道路に埋められて敷設される。そのため導管を埋設する道路が国道、県道、市道なのかによって、管理者が異なる。特に敷設する道路が国が管理する直轄国道の場合、道路上に作業帯を設置する開削工事は交通機能を低下させてしまう恐れがあるため、占用許可の取得が難しい。

その場合、代替ルートを選択するか、または道路に沿う形でのシールド工法による敷設となるが、いずれもコスト増や工期の延長につながる課題が生じる。東京ガス担当者は道路上での作業帯設置について、片側2車線道路は、1車線にとどめること、また片側1車線の道路は、交通機能を低下させないように作業帯設置方法を工夫し、代替ルートがない一部区間のみを幹線のルートにすることで、国道の占用許可を取得した。

道路占用許可にも力を割いた

また、沿線地域の鹿嶋市や鉾田市、ひたちなか市などはLPガスが供給されているエリアだ。それだけに道路を開削して行う都市ガス工事に対する認知度があまり高くないという問題もあった。そのため、建設事務所の所員が中心となって沿線ルートの自治会や、数千戸にも及ぶ一般民家に対して戸別訪問しながら工事の説明に回った。さらに一部自治体からは工事手法や安全性などについて説明を求められると、議会に赴き計画内容について説明をしたという。

こうした多くの工夫を重ね、今回の工事は従来の同規模の幹線と比べ、約1・3倍の進捗率で推移した。防災・供給部幹線グループの小金丸健一課長は「行政や沿線にお住まいの方々へのご説明などに真摯に対応し続けることが大切であり、予定工期内での完了にもつながった」と話した。

さまざまな困難を乗り越えて系統が連結したことで、東京ガス管内ではこれまでの千葉、東京、埼玉、神奈川を結ぶ東京圏のループに加え、茨城、栃木、群馬、埼玉を結ぶ北関東の大きなループが構成されるようになった。1000㎞を超える究極のガスネットワーク網は、飽くなき挑戦と、地道な努力の積み重ねによって成り立っている。