セメント業界の受難 環境急変にどう対峙するか


【業界紙の目】佐藤大蔵/セメント新聞社 編集部記者

需要減少が長引く中、ロシア有事に翻弄された2022年はセメント業界受難の年となった。

未曽有の経営環境の悪化に見舞われる中、業界はどのような手で立ち向かおうとしているのか。

 セメントは、原材料となる石灰石などをロータリーキルン(回転窯)で1450℃の高温で焼成し製造する。焼成の際の燃料として多くの石炭を使用しており、国内のセメント製造に当たってはロシア産の石炭が使われている割合が高い。また国際情勢に起因してフレート(海上運賃)が高騰しており、船舶による輸送が多くを占めるセメントに対する打撃は大きい。ロシア・ウクライナ情勢は、生産、輸送の両面で、セメント業界全体に大きな影響を及ぼしている。

政府は2022年4月にロシア炭の輸入禁止を表明。段階的に輸入を削減し、将来的に全廃を目指す方針を打ち出した。この方針を受け、特にロシア炭の使用比率が高い太平洋セメント、住友大阪セメントはロシア以外の産炭国からの代替調達を急いでいる。

太平洋セメントは、22年度予算ベースではロシア炭が6割を占めていた。この比率を下げるため、調達先の多様化を進めている。対象国として米国、カナダ、豪州、インドネシアをベースとし、一部で中国を選択肢に入れて検討。すでに安価なインドネシア炭でトライアルを始めており、今後、使用を本格化させていく。住友大阪セメントもロシア以外からの代替調達を進め、ロシア炭の比率は8割から6割に下がっている。

コスト増で大手は大幅赤字 二度の大幅価格改定を実施

コスト高の影響は各社の業績にも出ており、22年4~9月の決算において、セメント大手は軒並み大幅な赤字となった。太平洋セメントは、売上高は前期比362億円増の3760億円となったものの、各種損益はいずれも赤字に転落。国内セメント事業も足元のコスト事情が引き続き厳しい状況にあり、増収となったものの176億円と大幅な赤字となった。

住友大阪セメントも増収となったものの、営業損失などを計上しそれぞれ赤字となった。中核のセメント事業においてはエネルギー価格高騰を受け、販売価格の改定によりコスト上昇分の価格転嫁を進めてきたが、値上げの遅れやさらなる石炭価格の高騰、為替の円安進行などから大幅に損益が悪化した。

トクヤマは化学品やセメント、半導体関連製品などの販売価格修正を進めたことなどにより、売上高は増収となった。損益面ではそれぞれ減益。22年度に新会社として事業をスタートしたUBE三菱セメントは、親会社のUBE、三菱マテリアルの連結損益計算書によると売上高が2814億円で、損益面では営業損失200億円、計上損失186億円、親会社株主に帰属する純損失263億円となり、通期でも大幅赤字となる見通しだ。

都市開発は一部で進むが、国内の需要増大は見込めない

長引く需要の低減に加え、20年以降の新型コロナウイルス感染症拡大の影響に伴い、さらに需要の状況が急速に悪化。加えてロシア・ウクライナ情勢に起因するコスト高の影響により、セメント業界の経営環境はこれまでにない厳しいものになっている。

このため各社は、セメント価格の値上げを打ち出している。製造コストの大幅な上昇に伴うコストアップ分を価格に転嫁するため、21年12月から22年春にかけて各社は1t当たり2000~2400円の値上げを実施した。22年度上期末までにおおむね満額を獲得している。

ただ、ロシア・ウクライナ情勢の影響でさらにコストが上昇。22年春分の値上げを打ち出した時期から石炭価格がさらに高騰し、一時期は1t400ドルを超える水準で推移した。この状況を受け、22年10月から3000円程度の追加の値上げに乗り出している。

特に太平洋セメントは、22年6月にセメント製造用の石炭価格高騰を、セメントやセメント系固化材価格に反映する価格改定方式について、セメント業界で初となる石炭価格サーチャージ制度を導入することを表明した。なお、8月にはサーチャージ方式と、定額価格改定方式(1t当たり3000円)のいずれかを購入者が選択する方式を採用すると発表した。

セメント業界において、メーカー各社が過去に例のない短期間で二度にわたる大幅な価格改定に踏み切る背景には、将来に向けてセメントの安定供給をはじめサプライチェーンを継続できないとの強い危機感がある。

生産体制見直しへ 労働時間改善やCNも課題

需要の大幅減に加え、ロシア・ウクライナ情勢の影響で、各社は生産体制の見直しも余儀なくされている。UBE三菱セメントは、22年9月に、セメント生産体制の見直しを行うことを発表した。23年3月末をめどに、主要工場のひとつである青森工場の操業を停止。伊佐セメント工場(山口県)は生産縮小を図る。

これまでセメントなどを手掛けてきた総合化学メーカーのデンカは、22年10月にセメント事業からの完全撤退を表明した。同社のセメント販売事業などについて、23年3月末をめどに新たに設立する100%子会社へ吸収分割により承継させた上で、太平洋セメントに当該子会社の全株式を譲渡する。青海工場(新潟県)でのセメント生産や石灰石の自社採掘についても、25年上期をめどに停止する方向だ。

セメントの国内需要は、20年度に54年ぶりとなる4000万t割れと記録的な低水準に落ち込んだ。長期的には3800万~4000万tの水準で推移するとみられる。今後大幅な需要の増加が見込めない中、セメント業界は、将来の事業存続に向けた大きな転換期を迎えている。コスト高への対応に加え、時間外労働の上限規制が適用される「2024年問題」も間近に迫っている。早期の値上げ完遂により適正価格を確保し、国内セメント事業を立て直すことが直近の最重要テーマとなる。

また、他の製造業と比較してCO2排出量が多いセメント産業では、カーボンニュートラル(CN)への対応は避けて通ることができない最重要課題だ。CO2削減にとどまらず、いかに成果を事業に組み入れ将来の成長戦略につなげていくかが重要なポイントとなる。

〈セメント新聞〉〇1949年2月創刊〇発行部数:週刊2万部〇読者層:セメント業界、生コンクリート業界、コンクリート製品業界、建設業界など

コロナ特別措置が終了へ 電力ガス未収分回収に課題


新型コロナ禍で影響を受けた需要家に対する「電気・ガス料金の特別措置」が、ひっそりと幕を下ろしそうだ。電力・ガス事業者は経済産業省の要請を受け、2020年3月から対象者に対し電気・ガス料金の支払いを最大5カ月猶予してきた。経産省は今年2月、この特別措置を終了する場合は生活困窮者に留意するよう再び要請。各事業者は段階的な終了へと動くとみられる。

支払期限猶予の対象には、「電気・ガス料金の支払いに困難な事情がある方」とある。しかし、各事業者が申請者の家計状況を審査できるはずもなく、支払いが困難である旨を伝えられれば、半自動的に支払期限が延長されていた。

特別措置で救われた人がいることは事実だが、申請者の多くはもともと支払いが遅れ気味だった顧客が多いという話も漏れ聞こえ、有効性には疑問が残る。

特別措置はあくまでも経産省からの要請であり、税金が投入され支払いが「免除」されるわけではない。猶予を重ねた需要家の未収分は増え続け、〝不良債権〟と化す可能性も。各事業者には未収分の回収という難題が待ち構えており、特別措置の段階的な終了に伴う〝副反応〟が懸念される。

教条的な電力自由化の見直し 絶好機を損なう不正閲覧問題


【論説室の窓】井伊重之/産経新聞 論説副委員長

大手電力による顧客情報の不正閲覧が電気事業を揺さぶっている。

ようやく高まった自由化見直しの機運が、この問題で損なわれかねない。

「ここまで電力自由化が骨抜きにされているとは正直驚いている。それだけに極めて深刻な事態だと受け止めている」

経済産業省・資源エネルギー庁の幹部はこのように語り、電力業界で新電力の顧客情報の不正閲覧が相次いだことにショックを隠さない。今回の不祥事は電力自由化の旗を振ってきた経産省も大きな衝撃を受けたようだ。

関西電力を発端に東北電力や九州電力、中部電力など電力大手6社の送配電子会社が管理する新電力の顧客情報を巡り、同じグループの小売会社に漏えいさせていたことが発覚した。特に関電の場合は「不正と知りながら営業活動に利用していた」と答えた社員も多く、不正閲覧が常態化していた実態が浮き彫りになっている。

残る5社は「停電など災害時のために顧客情報を知る必要があった」などと説明し、営業利用は否定している。だが、こうした報告はあくまで社内調査によるものだ。このため、経産省の電力・ガス取引監視等委員会(電取委)は2015年の発足以来、初めて関電に対して電気事業法に基づく立ち入り調査に入った。他電力にも徹底的な調査を改めて要請した。その後、東京電力グループでも経産省システムへの不正アクセスが発覚した。

記者会見で陳謝する関電の森望社長(右端)ら
提供:時事

制度改革議論への影響必至 法令順守体制の見直しを

エネ庁が今回の事態にショックを受けたのは、電力会社の送配電部門を本体から切り離す「発送電分離」が電力システム改革(電力自由化)の中核に位置付けられてきたからだ。その自由化の本丸を根底から揺さぶる顧客情報の不正閲覧は、今後の制度改革論議にも影響を与えるのは必至だ。

11年3月に発生した東京電力福島第一原発事故を受け、経産省は3段階で電力システム改革を進めた。15年4月に全国的な電力系統の司令塔として電力広域的運営推進機関(広域機関)が設立されたのに続き、翌年4月には家庭用を含めた電力小売りが全面的に自由化された。そして改革の仕上げとして20年4月、電力会社から送配電部門を切り離す発送電分離が実施された。

これによって送配電部門は電力会社から法的に分離されて子会社となり、ほかの新電力などとも中立的に付き合うことを義務付けられた。電力インフラの送配電を電力会社から独立した存在とし、自由化で新規参入した新電力がその送配電網を使って活発に営業活動を行えるようにするのが目的だった。送配電子会社には「行為規制」が導入され、グループ会社などとの情報交換だけでなく、役員人事などの交流も制限された。

しかし、送配電子会社を通じた情報漏えいが表面化したことで、電力自由化の基本設計が大きく揺さぶられている。電取委による業務改善命令などの行政処分は確実だが、西村康稔経産相は「中立性、公正性を揺るがす大変遺憾な事態だ」と批判し、送配電会社の中立性の確保に向けて必要な措置を検討する考えを示している。

今回の不正閲覧について、大手新電力は「電取委は、新電力に流れた顧客を大手電力が取り戻す営業手法などには規制を講じてきた。だが、肝心の顧客情報が送配電会社から流れていたのでは、新電力が大手電力に太刀打ちできるはずがない」とあきれた様子だ。そして経産省に実効性のある再発防止対策を講じるように求めている。

同省幹部は「送配電と小売りの情報遮断ができていなかったことで、送配電の中立性をより高めるために所有権分離(資本分離)を求める声も上がるだろう。だが、今回の不祥事は仕組み自体の問題ではなく、法令順守(コンプライアンス)体制の問題が大きい」とみている。同省も送配電の資本分離にまで踏み込むつもりはないようだが、法令順守体制の仕切り直しを迫られそうだ。

タイミングは「最悪」 自分の首を締めた電力業界

何よりも問題なのは、電力自由化が想定していなかった事態が頻発し、自由化の見直しが急務となる中で、今回の不正閲覧が起きたことである。これによって自由化をより徹底する形で送配電会社の中立性を確保することが検討され、現実に即した制度見直しができない恐れがあるからだ。

自由化が想定していなかった事態とは何か―。それは原発の再稼働が遅れる中で全国的に電力需給がひっ迫し、電力不足が深刻化していることだ。また、太陽光など再生可能エネルギーの大量導入で調整電源となった火力発電所の稼働率が低下し、採算が悪化して老朽発電所を中心に休廃止も急速に進んでいる。

さらに世界的なエネルギー価格の高騰で国内でも電力価格が値上がりし、取引所を通じて電力を調達してきた新電力の経営が急速に悪化。電力販売から相次いで撤退し、そうした新電力と契約していた企業や自治体は「電力難民」となり、送配電会社から最終保証供給を受けるようになった。これも自由化は想定していなかった。

経産省も「エネルギー政策は遅滞している」と指摘し、電力不足への対応や新電力の経営基盤の拡充を課題としていた。ようやく教条的な電力自由化を見直す好機だったにもかかわらず、今回の不祥事で再び理念先行で自由化の再設計が進みかねない状況だ。電力業界は自ら首を絞めてしまった。

電力業界の法令順守体制を巡っては、不正に競争を制限するカルテル疑惑も表面化した。電力自由化で廃止された「地域独占」を守るため、関電が主導して中部、中国、九州の各電力と相互の不可侵協定を結んでいたとされる。ただ、このカルテル疑惑は、関電側が作成した飲み会での議事録が有力証拠とされるが、その正確性を疑問視する声も根強く、電力側は反論する準備を進めている。

とはいえ、少なくともカルテル疑惑を招く行為があったのは事実で、不正閲覧も含めて法令順守体制の抜本的な見直しは不可欠だ。自らの信頼を損ねる行為が続けば、原発活用もさらに困難になり、電力会社の経営基盤は脆弱化するばかりだと厳しく認識してほしい。

電力市場価格が低水準に ヘッジ裏目の事業者も


今冬の日本卸電力取引所スポット価格が、予想外の低水準で推移し電力業界関係者を拍子抜けさせている。例年、燃料費の高騰や需給ひっ迫を背景に市場価格が高騰し新電力経営を圧迫し続けてきたが、すっかり落ち着きを見せているのはなぜなのか。

その要因について業界関係者は、「燃料不足を回避したい資源エネルギー庁の意向で、電力各社は今冬の電力需要を上回るLNG在庫を抱えている。暖冬で世界的にもだぶついているため転売もできず、発電して市場に投入するしかないのだろう」と分析する。

調達コストを抑制できる新電力にとっては朗報だが、「真面目に価格ヘッジをした新電力が経営上苦しい状況に追い込まれている」(新電力関係者)とも。先物市場や相対契約によるヘッジが裏目に出てしまったわけだ。

燃料余剰と電力需要低迷が結果として市場価格を押し下げたが、発電・小売り双方の事業者が安定的に事業運営できる仕組みが整備されているとは言えないのが実情。過去2年間の価格乱高下の再発のリスクや発電・小売り事業者の事業リスクは放置されたままだ。

製油所の遊休地などを活用 全国で蓄電池事業展開を検討


【ENEOSリソーシズ&パワーカンパニー】

仲摩正浩/電気事業部 電気需給室 VPP事業グループマネジャー

 ―電力事業も手掛ける貴社が蓄電池事業を開始しました。そのコンセプトをお聞かせください。

仲摩 カーボンニュートラル(CN)の実現と電力の安定供給に寄与することが前提にあります。CN実現には、さらなる再生可能エネルギーの導入拡大が不可欠です。天候に左右される再エネを拡大しながら安定供給を確保するには、蓄電池の活用が重要になります。

―蓄電池事業によって、どのように収益化を図っていきますか。

仲摩 電気の小売事業に関連して、電気の調達コスト削減やインバランスリスクの低減に寄与するとともに、容量市場や需給調整市場といった各種市場での活用を通じた収益化を図ります。

拠点を活用し全国に展開 資源高で調達コストが高騰

―室蘭事業所(北海道室蘭市)で2023年度内に稼働予定です。他エリアに蓄電池導入の計画は。

仲摩 当社は電気の小売事業を全国展開(沖縄県を除く)しています。また、全国各地に製油所や油槽所、SS(ガソリンスタンド)など豊富な導入候補地を保有しています。これらの拠点を活用し、全国エリアで検討しています。系統接続や導入コスト、市況(エリアプライス)などを総合的に勘案して、優位性がある地点から導入を進めていきたいと考えています。

―蓄電池事業のリスク要因は。

仲摩 蓄電池の調達コストの高騰や、複合約定ロジック、機器個別計測といった制度設計は、事業展開上のリスクとして認識しています。特に、現在主流となっているリチウムイオン電池に関しては、世界的なEV向け需要の増大や、炭酸リチウムなどの原料価格の高騰により、調達コストが上昇している点は課題と捉えています。

―制度面への要望がありますか。

仲摩 大型蓄電池を導入する上で、系統接続は大きな課題の一つと認識しています。系統接続に向けた一連の手続きを緩和されると非常にありがたいです。また、蓄電池は、充電時は需要バランシンググループ(BG)、放電時は発電BGの扱いとなるなど、従来の電源とは異なる振る舞いをするため、現在、制度上の扱いなどが議論・整理されている状況です。蓄電池の導入を加速させ、再エネのさらなる導入拡大と、電力の安定供給の両方を実現するためにも、現実的な制度設計を期待しています。

なかま・まさひろ 1992年日本石油入社。大阪国際石油精製、川崎天然ガス発電などを経て、2021年から同社電気事業部に所属。22年4月から現職。

23年度に排出量取引始動 企業は「削減貢献」を要望


2月10日に閣議決定された「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」のうち、CO2の排出量取引制度が他の施策に先駆けて2023年度に始動する。経済産業省が2月上旬に「GXリーグ」のルールを公表し、正式な参加企業の募集を始めた。

GXリーグシンポジウムで挨拶する西村康稔経産相

第一フェーズ(23~25年度)では企業自らが国内直接排出(スコープ1)と間接排出(スコープ2)削減について、30年度目標、25年度目標、23~25年度の総計目標を設定。スコープ1の実績で、政府が掲げる目標水準を超えて削減した企業は、他社にクレジットとして売却できる。

同省が14日に開いたシンポジウムには参加企業などが集い、日本製鉄やENEOS、ダイキン工業幹部が登壇した討論では、展望や課題を議論した。他国に先駆けて開発した技術を普及する上で、ルール作りを日本がけん引することが重要との認識で一致。「スコープ1、2、3を超えた『削減貢献』の視点でのルールメイクを検討してほしい」(宮田知秀・ENEOS副社長)などと求めた。これに対し同省の畠山陽二郎・産業技術環境局長は、今年のG7(先進7カ国)サミットでこの概念を広げたいとの考えを示した。

【覆面ホンネ座談会】「不正閲覧」の着地点 所有権分離か? 罰則強化か!


テーマ:大手電力不正閲覧問題

 一般送配電事業者が託送業務で知り得た新電力の顧客情報を、親会社である大手電力会社の営業担当者が不正に閲覧していたことが相次いで発覚した。問題の本質とは。再発防止に向け、どのような対策を講じるべきか。

〈出席者〉 A大手エネルギー関係者  B新電力関係者  C学識者

―関西電力が送配電事業者のシステムを通じて新電力の顧客情報を不正に閲覧し、取り戻し営業などに利用していたことが明らかになり、その後、北海道電力を除き他の大手電力会社でも次々に不正閲覧が発覚した。

A 2018年に電力・ガス取引監視等委員会の制度設計専門会合において、大手電力会社による取り戻し営業の手法の問題を議論した際に、同様の問題があるのではないかとの指摘があったようだ。当時、電取委による調査では、不正閲覧を行ったとの説明はなかったようだが、やはり事実だったのか。今回、システム的にも閲覧可能になっていたことが明るみに出たことに改めて驚いている。

B なぜ今なのかと、とても不思議だ。関電の法人分野の取り戻し営業が特に激しかったのは17~18年にかけてで、新電力関係者の間では顧客情報を見られているのではないかと、まことしやかにささやかれていたからね。

C 関電の送配電事業関係者に聞くと、営業と送配電部門は組織的には完全に遮断されていて、両部間の接点は親しい社員間でもほぼないとのことだった。だから、共謀して情報漏洩させたのではないと見ている。送配電事業者側は情報管理を徹底できなかったのだろう。どちらかと言うと閲覧できるからといって閲覧し、あろうことか営業に使ってしまった営業側のコンプライアンス意識の低さに問題があると感じる。関電に限らず、営業部門は組織が大きく社の方針を最優先に動く人が多い。末端までコンプライアンスや企業の社会的責任への意識を行き渡らせることの難しさが浮き彫りになったのではないか。

B 確かに、他の新電力関係者とこの話をすると、システム的に閲覧できるようになっていたことよりも、営業で情報が使われたことにあまりフォーカスが当たっていないことに不満を持つ人が多い。初めから電取委が徹底して対応するべきだったが過去は変えられないので、この機会に徹底的に調査した上で、まずは社会一般的にどのような対処が妥当なのかという視点で対応を考えてもらいたい。

―関電は昨年から不祥事が続いていて、なぜ、このタイミングでの発覚なのかが憶測を呼んでいる。

A 報道ベースでは、内部告発ということだから、高浜原発を巡る金品受領問題による内部執行体制の改善、その後のカルテル問題も含めて、不正を許してはいけないという自発的な動きなのかもしれない。特に関西は競合が激しいしね。関電のライバルの大阪ガスも、かつてコージェネシステムの補助金不正受給問題があったことで、コンプライアンス意識が高まったと聞いたことがある。身近な人が処分を受けたりするのを目の当たりにすることで、問題となる行動を取らないようにしようという意識が働くわけで、関電の営業も今がそうした体質を改善するタイミングなのかもしれない。

―不正閲覧は関電の取り戻し営業が苛烈だった時から起きていた。背景に何があったか。

B 実を言うと、当時は新電力側も、大手電力の不正閲覧を疑ったとしてもそれを見過ごさざるを得ない状況にあった。電取委に徹底した調査を求めたくても、今に至るまでリソース不足は否めず限界があった。確たる情報を揃えて訴えるには需要家の協力が欠かせないが、需要家も面倒に巻き込まれないよう情報提供を渋っていた。それに新電力としても、大手電力会社とはけんかをしたくないというのが本音。電取委に言い付けたことが明るみに出てしまうと、それが自社のリスクとして返ってきかねない。そうした空気感を含め、業界全体に問題があったのかも。

―大手電力会社の市場支配力がそれだけ大きいということか。

B 今はだいぶ弱まっているが、18年当時はそうだった。電力市場だけではない。需要家の協力が得られなかったのは、いろいろな形で大手電力会社と関わりを持っていて敵対するような行為を取りにくいからだ。それだけ、この業界のみならず社会が大手電力会社に頼ってしまっていたということだ。

A 18年から今に至るまでの間、送配電部門の法的分離が実施され行為規制が定められたにもかかわらず、その体質が何も変わっていなかったということは重い。顧客のために手続きのスピードを上げる目的で閲覧してしまったと言い訳をしているが、コンプライアンス意識の欠如としか言いようがないよ。

C 当時は、新電力が急速に契約件数を伸ばす一方、大手電力会社はシェア回復に非常に苦慮していた。特に離脱が多かった東電や関電の営業は、社内的なプレッシャーに堪えかねてなりふり構っていられるような状況ではなかったのではないか。営業のトップが死に物狂いで取り戻せと言えば、そうしなければならない空気があったのだろう。だからと言って、顧客情報を不正に閲覧するようなことを擁護できるわけではないが。

不正に得た情報をどう使用していたのか。全容の解明が求められる

【イニシャルニュース 】 旧業者に設備所有権 LPガス訴訟で認諾


 旧業者に設備所有権 LPガス訴訟で認諾

関東のI県で小規模にLPガス販売を営むZ社が、とある民事訴訟を起こし、このほど決着した。

この訴訟は10年以上前に、同社が供給していた350世帯以上の集合住宅向けに対して、元売りE社とD社の計2社がガス供給を切り替えるという「集合顧客のスイッチング」に端を発する事案だ。

電気や都市ガスであれば、さほど問題にはならないが、LPガスはさにあらず。販売業者がガス製造装置などの設備一式を自ら投資して需要家へ供給するという「貸付配管」のビジネスモデルだからだ。Z社が問題としたのは、2社が無断で切り替え、Z社所有の設備を「(2社の)自己所有」としていたことだ。

「清算を受けられずに切り替えられた」。Z社の幹部は自社へのダメージをこう話す。これまで何度も資源エネルギー庁に対して行政処分を求めて訴えていたそうだが、2社の違法性を否定され続けたため、3年ほど前に所有権確認を求める訴訟を起こした。

貸付配管の商慣行は是か非か

結果は「認諾」という解決となった。通常、認諾では請求債務の承認までにとどめるところ、裁判所は今回2社の違法性や無断切り替えに言及し、Z社の所有権まで調書に記載した。「2社にとっては青天の霹靂だったか」(同)

いずれにしても、行政とは異なる見解を司法が示したことで、今後の展開が注目される。ちなみに、エネ庁では「設備の所有権は業者ではなく、原則として建物の所有者に帰属させる」方向。今回は認諾であるため、いわゆる判例には残らないが、このような事案は今後も発生する可能性がある。貸付配管問題の是非に一石を投じそうだ。

きな臭いT社の周辺事情 再エネ巡り地検が捜査

東京都内に拠点を構えるシンクタンクT社の周囲がきな臭い。今年1月に東京地検特捜部はT社と関係があるとされる国際政治学者Mの親族が経営する投資会社を捜査した。昨年2月に特捜部はT社関係先を家宅捜査している。特捜部の狙いはやぶの中だが、エネルギー業界に関係する事件が摘発されかねないと、関心と警戒を集めている。

T社はフィクサーと呼ばれるY代表が運営。二階俊博自民党元幹事長ら与野党の有力政治家や、官僚などとの太いパイプを生かし、存在感を増した。会員企業に政治家や官僚を紹介したり、落選議員に仕事を斡旋したり……。ここ数年は、太陽光の開発案件の仲介やEVのインフラ作りなどに関与。著名エネルギー学者も顧問格に迎え入れた。

T社は怪しいエネルギー事件に頻繁に名前が出る。2017年の「希望の党」立ち上げの際にH議員が再エネ企業から約5000万円の資金提供を受けた。これが発覚したときに仲介者として名前が挙がったのがT社だ。

また小泉純一郎・進次郎父子と近いH社の経営陣が21年に、太陽光発電の詐欺で捕まった。経営者らはT社の支援を受けていたという。前述のM氏の親族会社による太陽光詐欺疑惑でも、T社が案件を紹介したと経済誌などで報じられている。

電力・ガス大手の大半はT社との関係を「儀礼上にとどめた」(大手電力関係者)。特捜部の捜査の方向は再エネ事業者とある大物政治家の関係らしいと、エネルギー業界内ではささやかれている。近々、何らかの動きがあるか。

再エネで利益誘導? 秋本議員に癒着疑惑

河野太郎・消費者相の一番弟子を自称する自民党の秋本真利・外務大臣政務官。党内きっての脱原発派として知られ、20年には『自民党発!「原発のない国へ」宣言』なる著書を東京新聞から出版。「俺より凄い、自民党一の『脱原発』男だ」という河野氏からのエールを載せた本の帯が、秋本氏の立ち位置を明確に物語る。

片や、党の再生可能エネルギー普及拡大議員連盟の事務局長としても活躍。21年12月に経産省が行った洋上風力入札を巡っては、落札できなかった中小再エネ事業者からの要望を受け、入札ルールの変更を経産省に働きかけるなど、再エネ拡大政策の展開に力を注いできた。が、ここにきて週刊B誌やS誌などが再エネ事業者との癒着疑惑を報道。国会でも立憲民主党の源馬謙太郎議員らによる追及の手が挙がっている。

それによると、秋本氏は風力事業者などから多額の政治献金を受けていたほか、R社の株式も保有していた。S誌の記事中、秋本氏は入札ルールの問題について「脱原発派で再エネ推進を語る自民党議員はほんの一握り。だからこそ私は、再エネ業者さんから応援をされている。特定の業者に有利なルールにしようとしていると言われるのは不本意」と語っているが、源馬氏は「利害関係者による利益誘導」だと批判している。

風力への利益誘導はあったのか

いずれにしても、洋上風力入札のルールが再エネ議連の関与などを背景に、奇妙な形で変更されたのは事実。秋本氏のさらなる説明と、今後の全容解明が待たれる。

明暗分かれる新電力 営業再開の機運も

電力市場価格の高騰と需給ひっ迫を乗り越え、新電力の明暗が鮮明になってきた。大手エネルギー企業系のT社やS社が親会社の意向もあり撤退を余儀なくされた一方、「22年度の決算が史上最高益の見通し」(新電力Xの関係者)となるなど、業界全体が苦境に陥る中で業績好調な新電力も出てきた。

一部の新電力の好業績の背景には、大手電力会社の低圧・規制料金値上げに先んじて、市場価格連動メニューの導入や燃料費調整額の上限廃止を決断したことがあるもようだ。

そんな勝ち組新電力の間では、これまで停止していた低圧分野の新規契約獲得に向けた営業を再開する機運が高まりつつある。中部、関西、九州を除く大手電力7社が、燃料費高騰を受け3~4割の値上げ改定を申請。競合相手の値上げが認可されれば、相対的に競争力のある料金メニューを提案できるようになるからだ。

その上、大手電力と新電力の電源アクセスの内外無差別が問題化する中、「日本列島が10年に1度という強烈な大寒波に見舞われた1月下旬でさえ、JEPX(日本卸電力取引所)スポット価格は落ち着いていた。23年度は前年度よりも市場調達が割安になるだろう」(新電力幹部Y氏)と見る向きも。

コンサルタントのZ氏は、「今年度は電力需給がタイト化し、JEPXとJKM(北東アジアのスポット価格指標)の価格の相関が高まり、燃料価格の高騰が電力市場価格に大きく影響していた。来年度は西日本の電力市場の供給予備力が上がり、再生可能エネルギー余剰の時間帯が増えればこの相関が崩れることになる」と予想。これは、燃料調達側にとってはスポットLNGの購入にリスクが生じる半面、JEPXで電力を調達する事業者にとっては朗報といえよう。

電力市場価格の動向をいかに見極め、調達戦略を講じるか。次年度の電力ビジネスは「頭脳戦」の様相を呈することになりそうだ。

波紋広がる太陽光義務化 住宅メーカーの反応は

新築住宅などへの太陽光パネル設置義務化に向けた自治体の動きが相次いでいる。先陣を切った東京都に続き、川崎市も類似の条例改正を検討中だ。温暖化対策に加え、目下のエネルギー価格高騰対策の面からも、住宅へのパネル設置拡大は急務であり、規制強化は避けられないと訴える専門家は多い。

ただ、特に義務化の対象となる大手住宅メーカーにとっては、販売戦略を左右しかねない重大事項だ。例えば、北向き屋根で安い価格帯の住宅を販売するI社のトップは、都条例に大反対したという。当然ながら北向き屋根では日射量が少ない。

多くの太陽光発電設備メーカーが、パネルを北向きに設置した際は保証対象外にしており、中には北側設置を原則禁止することもあるという。

また、環境団体のGが都条例について対象メーカー50社にアンケートを実施したところ、太陽光義務化について「賛成」はD社1社、「条件付き賛成」はS社など5社、「反対」は4社という結果だった。いずれにせよ、パネル設置を標準モデルにしていく上では多くの課題をクリアする必要があり、この問題は当面尾を引きそうだ。

大手銀が東電HDに緊急融資へ 揺らぐ大手電力の資金繰り


三井住友やみずほといった大手銀行が、東京電力ホールディングス(HD)に対し、総額4000億円もの緊急融資を実行するとのニュースが飛び込んできた。同社は2022年度第3四半期連結決算で6509億円の最終赤字を計上。通期でも3170億円の赤字となる見通しだ。特に燃料費高騰と円安の影響で、小売り子会社の東電エナジーパートナーの業績悪化は著しく、1月には昨年実施した2000億円に続き3000億円の追加増資をHDが引き受けることを発表している。

東電は22年度、3000億円超の最終赤字を見込む

厳しい状況にあるのは東電だけではない。大手電力各社のうち、中部を除く9社が通期の連結業績予想で最終赤字に陥る見通しで、収支改善に向け、全社が自由料金の値上げに踏み切るとともに、7社が低圧・規制料金の値上げ改定を申請中。合わせて、悪化する資金繰り対策も急務だ。

小売り全面自由化後、激しい競争環境にさらされながら、燃料費を適切に料金に転嫁するための値上げに慎重姿勢を貫いてきたことが大手電力の財務基盤の弱体化を加速させた。各社の資金調達力の低下は、安定供給維持のための電力インフラの健全運営に悪影響を及ぼしかねず、改めてシステム改革の在り方が問われる。

【マーケット情報/3月3日】原油上昇、経済回復、供給懸念が背景


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。中国経済の回復期待と、ロシア産原油の供給懸念から、買いが優勢となった。

中国では、2月の購買担当者景気指数(PMI)の伸びが市場予測を大幅に上回り、2012年4月以来の成長率を記録した。また、5日の全国人民代表大会の開幕を前に、経済刺激策の発表が意識され、石油需要の回復期待が高まった。

他方、ロシアは、3月からの輸出削減計画に加え、ポーランド向けドルジバ・パイプライン輸出を停止。ポーランドの石油会社PKNオーレンが影響は限定的との見方を示したものの、供給懸念が一段と強まり、価格に対する上方圧力となった。ロシアは3月、日量50万バレルの生産削減を計画。さらに、バルト海、黒海からの輸出を25%低減させると公表している。

米国の原油在庫は増加傾向が続くも、記録的な輸出量に相殺され、油価の下方圧力には至らなかった。

【3月3日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=79.68ドル(前週比ドル3.36高)、ブレント先物(ICE)=85.83ドル(前週比ドル2.67高)、オマーン先物(DME)=83.32ドル(前週ドル0.69高)、ドバイ現物(Argus)=83.29ドル(前週比ドル0.72高)

震災事故から12年の現場を取材 処理水放出を巡る「風評」問題の実情


【東京電力福島第一原子力発電所】

今年春から夏ごろにALPS処理水の海洋放出開始が見込まれる福島第一原発(1F)。

1F作業員と福島の海で生きる人々の思いは、どちらも「風評被害を最小限に」だった―。

2月初旬、東日本大震災から12年を迎えるのを前に福島第一原発(1F)を訪ねた。そこには、廃炉の完遂に向け汗を流す人々の姿があった。

作業員の多くは、防護服を着ていない。それもそのはず、がれきの撤去や敷地舗装が進んだことで放射線量が低減し、現在は敷地内の95%以上の場所で防護服を着用せずに作業が行われている。

防護服を着た作業員を見ないからか、敷地が奇麗に舗装されているからか、1F構内に足を踏み入れてから、過酷な作業が行われている雰囲気は感じられなかった。しかし原子炉建屋を目の前にしてその気持ちは一変した。ほぼ〝あの日〟のままの原子炉建屋が、廃炉作業の困難さを物語っていた。

震災事故当時の姿が残る1号機

デブリ取り出しに踏み出す 処理水で魚介類の生育実験

廃炉作業の最大の山場は、格納容器の底部に溶け落ちた燃料デブリの取り出しだ。格納容器内は放射線量率が高く、人が立ち入ることはできない。まさしく〝国内外の英知を結集〟しなければ、この峠を乗り越えられないのだ。

昨年2月、ようやく燃料デブリの取り出しに向け、第一歩を踏み出した。遠隔操作ロボットで1号機の原子炉格納容器内にある堆積物を確認。今後は今年度後半を目途に、2号機で試験的に燃料デブリの取り出しを開始する予定となっている。とはいえ、取り出す量は〝耳かき一杯〟程度というから、道のりは長い。

1F構内でひと際目立つのが、大量に並ぶ水色のタンクだ。約1000基を超えるタンク内には、ALPS(多核種除去設備)処理水が貯蔵されている。タンクの使用率は90%を超えているが、廃炉作業に必要なスペースを圧迫する恐れがあり、これ以上増やすことはできない。

ALPS処理水の貯蔵タンクは1000基を超える

こうした状況もあり、政府は21年4月、処理水を海水希釈した上で海洋放出する方針を決定した。開始は今年の春から夏ごろが見込まれ、1Fから約1㎞先の海上までの放水トンネルが建設中だ。

政府方針は、処理水の海水希釈後のトリチウム濃度を1ℓ当たり1500ベクレル未満と定める。これは世界保健機関(WHO)が定める飲料水のトリチウム濃度の5分の1以下で、ここだけ見れば〝飲料水より安全〟となる。しかし、「安全」を「安心」と捉えられないのが人間のさが。それに付け込み、不安をあおるメディアや政治家も少なくない。

そうした風評の影響を最小限に抑えるべく、1F構内では昨年9月からある実験が行われている。「海水」と「海水で希釈した処理水」、双方の環境下でヒラメとアワビを飼育し、生育状況に有意な差がないことを確認する実験だ。現在のところ、異常は見られておらず、今後は海藻類として、アオサ、ホンダワラを飼育する予定だ。

福島の漁業再興ほど遠く 漁協は「反対」の姿勢崩さず

福島の海で生きる人々は、処理水の海洋放出をどう考えているのか。1Fを視察した翌日、いわき市の小名浜漁港を訪ねた。

小名浜漁港では、魚類の放射性セシウムについての独自検査を行っている。小名浜漁港で水揚げされなかった魚種についても、ほかの市場から届けてもらい、検査対象はいわき市内で水揚げされた全魚種に及ぶ。

日本の一般食品の基準は1kg当たり100ベクレル、福島県が行う検査の基準は50ベクレルで、この基準でさえ米国の1200以下、欧州連合(EU)の1250と比べて極端に厳しい。しかし、小名浜漁港の検査基準は25以下で、「そこまでする必要があるのか」と思うほどの徹底ぶりだ。これ以上に魚介類の安全性を示すデータが存在するだろうか。

いわき市内で水揚げされた全魚種の検査を行っている

ところが、どんなに安全でも、売れるかどうかは別問題だ。福島県沖で魚介類は獲れるが、県の水揚げ量は震災前の20%ほどにしか回復していない。なぜか─。

理由は、やはり風評だ。福島県沖で獲られた魚介類が、「福島県産」になることを嫌い、あえて茨城や千葉、宮城県で水揚げされるのだという。仲買人の中には「もっと福島に水揚げを」と言う人もいるが意見は分かれ、漁業関係者の思いはかみ合っていない。

魚介類は漁師が水揚げしても、仲買人が買わなければ消費者のもとには届かない。仲買人の購買行動は、消費者のニーズに比例しており、漁師がより確実に売れる漁港に水揚げしたいと思うのは当然だろう。結局のところ、福島県の漁業が復活するかは、消費者次第なのだ。今回話を聞いた漁業関係者は、とある人が別居している家族に福島県産の魚を送った時、食べられずに捨てられてしまった話をトラウマのように語っていた。

このような状況で処理水が海洋放出されれば、震災直後のような状況に後戻りするのではないか―。漁業関係者がそんな不安を抱くのは想像に難くない。実際に漁業協同組合の全国組織や福島県の漁協は、海洋放出に反対の姿勢を崩していない。

15年には政府と東電が福島県の漁協に対して、「関係者の理解なしに海洋放出などの処分はしない」との見解を示しており、漁業関係者との溝をどのように埋めていくのか、注目が集まる。

廃炉の〝前進〟である処理水の海洋放出が、復興の〝後退〟にならないことを強く願い、福島県を後にした。

急務のエネ政策立て直し GX実行会議の舞台裏〈後編〉


【識者の視点】竹内純子/国際環境経済研究所理事・主席研究員

GX実行会議では、長年議論が硬直していたカーボンプライシング(CP)でも一定の方向性を示した。

エネルギー危機下でのCP導入を真の成長につなげるための視点を、委員を務めた竹内純子氏が解説する。

 昨年12月22日の第5回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議では「GX実現に向けた基本方針(案)」が示され、おおむね構成員の賛同を得た。メディアでは原子力政策の転換ばかり注目されるが、長年先送りされてきたカーボンプライシング(CP)の具体的な方針が示されたことは、もう一つの成果であろう。

EUは炭素国境調整措置導入 日本も明示的CPは不可避

しかしエネルギーの使用にコスト負担を求めるCPと経済成長が両立し得るのか、疑問に思う方も多いだろう。本稿では、GX実行会議で打ち出されたわが国のCP構想を整理し、制度をより良いものとするための私案を提示する。

これまで導入が具体化されなかった炭素税や排出量取引(ETS)といった明示的CPが同基本方針に盛り込まれた理由としては、複数の国・地域においてCPの導入が進んでいること、そして、欧州が炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入検討を進めていることの影響が大きい。欧州はETSを改革し、多排出産業に与えている無償枠を段階的に廃止するとしている。域内の産業界に対してより大きな負担を求めることになるため、国際公平性の観点から域外での製造品の輸入に対して炭素コストを賦課する方針だ。

以前から中国などはCBAMを「環境の皮をかぶった保護主義」と公然と批判。COP27では、中国・インドが、WTOのGATT(国際貿易機関の税および貿易に関する一般協定)20条の例外適用規定に違反するのみならず、「対応措置の影響により最も経済的な影響を受ける締約国、特に途上国の懸念に配慮する」ことを義務付けたパリ協定第4条15項に違反するとの声を挙げたと聞く。

CBAM導入の前途も多難ではあるが、欧州がETSの無償枠を廃止すれば、わが国の産業界に対して同程度の負担を求める動きは強まる。その際、暗示的CPではわが国の産業界の負担を検証可能な形で国際比較することは難しい。これまでわが国は暗示的CPのつぎはぎを重ねてきたが、今回、明示的CPを基本方針に盛り込んだことは時宜を得たものといえよう。

GXに向けて重要なのは、規制と支援のバランスである。米国は昨年8月に成立させたインフレ抑制法(IRA)により3690億ドルを気候変動対策に投じる方針である。既存法に基づく排出規制と州政府のCPによって補完される、支援中心型の仕組みだ。対して欧州は、規制措置であるEU―ETSが中心となり、各種支援策で補完する規制中心型をとる。

日本はその中庸として、CPを含む規制と支援の一体型を目指しており、CPについてはETSと炭素に対する賦課金制度との「ハイブリッド型」となる見込みだ。基本的には技術間およびエネルギー間の中立性を確保し、費用対効果の高いものが市場で選択されるよう、炭素の価格は単一であることが望ましい。しかしETSの設計に時間を要することや、小規模排出源は取引には適さないといった理由により、二つの手法を併用する方針を政府は示している。

二つの手法のハイブリッド 成長に資する制度とするには

ハイブリッド方式を前提として、わが国における環境と経済の両立に資する制度となるよう、次の2点を提案したい。

表 日本の化石燃料諸税等の負担水準
出所:経済産業省、財務省資料等より筆者作成

1点目は、税(賦課金)とETSでの炭素価格を乖離させない措置だ。CPとしての整合性を確保するためには、ETSにおける上限・下限価格の幅をできる限り狭くして、それを炭素賦課金の水準にそろえることが望ましい。これが難しい場合には、取引制度の下限価格と炭素賦課金をそろえる。

2点目は、 暗示的CPの調整措置だ。日本の暗示的CPによる負担は年間6兆円を上回る(表参照)。2021年度のエネルギー起源CO2排出量9・8億t(速報値)で割り戻せば、1t―CO2当たり約6830円にもなる。特に金額が大きいのはFIT(固定価格買い取り制度) 賦課金と自動車用燃料税(揮発油税、軽油引取税)であり、これを生かすため、次の調整措置を行う。まずETSについて、有償分のオークション価格が炭素賦課金(または下限価格)の水準を上回った分はFIT賦課金の相殺にあて、電気料金の高騰を抑制する。なお、電力以外の産業にも有償オークションを導入する場合、炭素賦課金(または下限価格)の水準を上回った分を当該産業への脱炭素化支援に充当する。

炭素賦課金については、代替技術が存在しない、貿易集約度が高いなどの財を当面の間対象外にし、加えて、揮発油税・軽油引取税の負担が既に大きい自動車用燃料についても、減免措置を講じる。

こうした調整措置によって、既存制度のスクラップ&ビルドという政治的・行政的ハードルを気にすることなく、既存制度と新設する明示的CPをなじませられるのではないか。制度の細部に、神も悪魔も宿る。CPの導入により、費用対効果良くGXを進めるために、慎重な議論が必要だ。

〈表注釈〉

*‌21年度のエネルギー起源CO2排出量9・8億t(速報値)で割った場合の炭素価格

**軽油引取税は22年度予算額。20年度決算額は9101億円

たけうち・すみこ 東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)。慶応大学法学部卒業後、東京電力入社。独立後、複数のシンクタンク研究員や東北大学特任教授を務める。2022年12月末『電力崩壊―戦略なき国家のエネルギー敗戦』上梓。

東北・上越火力がギネス認定 世界最高効率も脱炭素の暗雲


50Hz地域の電力需給緩和に向け、東北電力上越火力(1号機、57・2万kW)が運開した。天然ガスを燃料とする最新鋭機の発電効率は63・62%。それまで世界記録だったJERA・西名古屋火力の63・08%を抜き、ギネス記録を塗り替えた。

世界最高の発電効率でギネス認定を受けた東北電力・上越火力1号機

火力の発電効率を劇的に変えたのは、1980年代から導入が進んだ、ガスタービンと蒸気タービンによるコンバインドサイクル(CC、複合発電)化だ。世界で初めてCCを導入したのは、東北電力の東新潟火力。その時、現場で奔走していたのが現在の社長である樋口康二郎氏である。

当時、東京電力富津火力との間で、どちらが「世界初のLNG複合発電」の栄誉を勝ち取るか、競い合っていた。それはすなわち、富津の米GE対東新潟の三菱重工業という重電メーカー間の競争でもあった。軍配は東北に挙がった。

「両社とも現場では初号機ゆえの苦労があった。設備トラブルの度に経営層から怒られていた。そんな労苦を乗り越え、開発競争で切磋琢磨しながら、今日の電力供給を支える屋台骨になった」(当時を知る電力関係者)。ちなみに西名古屋はGE、上越は三菱重工だ。たとえ1%の効率向上であったとしても、燃料費やCO2を「億円・万t」単位で削減するだけに技術開発の効果は大きい。

ただ一連の開発は総括原価・低炭素の時代に進められてきたもの。事業の予見性が高く、新規電源投資の価値も高かった。このため「メーカーが本気で技術開発に取り組めた」側面があったことは確かだ。しかし現在は脱総括原価で脱炭素の時代。最先端の火力でさえ、CO2を排出するという理由で、その行方に暗雲も垂れ込めている。

電事連会長人事が先送りに サプライズはあるのか


電気事業連合会の会長人事がまさかの先送りだ。

池辺和弘会長(九州電力社長)は2月17日、電事連社長会後の記者会見で、会長人事について問われると、「非常に答えにくい。情報漏洩問題などでバタバタしていて、社長間でもまだ議論が行われていない」「3年前に就任して任期はまだ残り1カ月ある。この1カ月で、これからどうするかを話し合う」などと説明した。

池辺会長に重責がのしかかる(2月17日の電事連会見で)

過去の例を見ると、次期会長人事は1月の社長会あたりで決まっていたが、今回は中部、関西、中国、九州の大手電力4社による電力カルテルが巨額の課徴金を背景に世間を騒がせているほか、送配電会社が持つ顧客情報の不正閲覧問題が北海道以外の電力9社で発覚。これにより、当初有力視されていた関西電力の森望社長や中部電力の林欣吾社長が候補から脱落し、「会長職経験のない東北電力の樋口康二郎社長に白羽の矢が立つのか、それとも池辺氏が異例の4年目へ続投するのか」(電力関係者)が焦点になっていた。

一時は樋口氏が有力と見る向きが多かったものの、複数の関係筋によれば、「日本電気協会の会長を元東北電力社長の高橋弘明氏が務めている」「電事連会長という重責を引き受けられるほどの力に欠ける」といった理由から、東北電側が固辞。2月に入ってからは「池辺氏続投」の見方が支配的になっていた。

「カルテルや不正閲覧など大手電力全体に及ぶ問題で、電事連も組織の在り方が問われる重大局面を迎えている。ここを乗り切れるのは池辺氏をおいてほかにないと思うのだが……」(大手電力幹部)

3月の電事連社長会でサプライズはあるのか、ないのか。

日本に「EV時代」は到来するのか 鍵握る充電インフラ整備の現在地


日本政府は2035年までに乗用車新車販売で電動車100%の実現を目指す。

取材で浮かび上がったのは、一筋縄ではいかない充電器設置の障壁とEV社会の課題だ。

「マンションに充電器がないことが不安で……」

知人に電気自動車(EV)の購入について尋ねると、こんな答えが返ってきた。EVには乗ってもいいが、充電に対する不安が消えない─。同じ思いを抱える人は少なくないはずだ。

まずは日本の充電インフラ整備の現状を見てみよう。政府は30年までにガソリン車並みの利便性を実現するため、公共用の急速充電器3万基、普通充電器12万基の設置を目指している。

ところが、日本に設置されている充電器は、昨年3月時点で急速充電器が1万台弱、普通充電器が2万台強と目標には遠く及ばない。日本のEV事情を語る際、この数字が独り歩きして「充電器不足」という単語が枕詞になっているが、実は不正確だ。

国際エネルギー機関(IEA)が昨年発表したレポートによると21年、日本の充電スポット当たりのEV台数は11・9台となっている。これはノルウェーの33・6台には及ばないが、世界平均の9・6台やオランダの4・6台を上回り、データ上は充電器不足とは言えない。

では、なぜ日本が〝EV後進国〟と言われるのか。それはEV普及台数と充電器設置基数がともに少ない、つまり「全体のパイが小さい」からにほかならない。

充電インフラの拡充にはさまざまな障壁が

加速する集合住宅への設置 設置の障壁なくす規制緩和

充電インフラを拡充させるためには、充電器をやみくもに増やせばいいのだろうか。イーモビリティパワーの四ツ柳尚子社長は、過度な設備投資は最終的に利用料金の増額などユーザーの負担増につながるとして、国情に合った充電インフラの整備を訴える。

日本では、短距離移動に適した軽自動車が多く普及している。近くのスーパーやデパートに買い物へ、そんな使われ方が多い軽自動車社会では、特に住宅の充電設備が不可欠だ。

住宅向け充電器は、戸建てでは所有者一人の判断で設置できるが、マンションなどの集合住宅は設置のハードルが高い。管理組合の同意が必要で、理事会では全会一致、その後の総会で半数以上の賛同が求められるケースがほとんどだ。数年前まで、理事会では「本当にEV時代が来るのだろうか」という不安が充電器導入の障壁となっていた。

しかし、住宅向け充電器の設置を手掛けるユアスタンドのデニス・チア社長室長は「この3年で〝三段跳び〟のように不安が払しょくされつつある」と語る。デニス氏の言う三段跳びとは、①50年脱炭素宣言(20年)、②トヨタによるEV販売台数目標の大幅引き上げ(21年)、③日産・軽EVサクラの発売(昨年)―の三つだ。昨年、ユアスタンドの住宅向け充電器の設置件数は、前年比で2~3倍に膨れ上がった。

ただ細かな規制が、充電器の設置を阻む例が少なくない。例えば、日本の集合住宅の駐車場は、区分所有法によって駐車マスの「所有者」が決められている。このため充電器は共有部に設置する必要があるが、共用部は点在し、配線などが複雑になり費用がかさむ。充電器を1カ所にまとめて設置するには、利用者が敷地内の駐車マスを自由に使えるようにするなど、区分所有の規制緩和が必要だ。

スーパーやデパートへの充電器の設置も、似たような問題を抱えている。大規模小売店舗立地法(大店立地法)の規制がその一つだ。大規模小売り店では、充電器を設置した場合の駐車マスが、駐車場の収容台数から除外される。このため、収容台数を確保したい店舗からは、設置を断られてしまう事例があるというのだ。

充電の安定供給は可能か 環境面以外では多くの懸念

冒頭で「データ上は充電器不足とは言えない」と書いたが、実際にはサービスエリアなどで〝充電のための渋滞〟が発生するケースはある。今後、EV時代が到来したとして充電の〝安定供給〟は可能なのだろうか。ここには短期的・中長期的それぞれ二つの課題が横たわっている。

短期的な課題は、マンションやビルなどの変電・配線システムへの影響だ。建物ごとに変圧器の容量や配線の太さなどは異なり、一度に複数のEVを充電すると負荷に耐えられないことがある。充電器の使い方に工夫が必要だ。

例えば、東京電力パワーグリッドは車両のデータを収集し、効率的に充電を制御・管理するシステムを開発した。またユアスタンドでは、充電する時間が集中しないように、充電料金に差をつける「ダイナミック・プライシング」も検討しているという。

中長期的な課題は、配電系統への負荷だ。日本では充電インフラの増設が配電系統に与える影響評価が不十分だが、大手電力の関係者は、市中の自動車が全てEVに入れ替わり、普通・急速充電器に接続された場合、「ざっくり言うと、管内の電力需要の20~40%に相当するのでは」と推測する。急速充電器に蓄電池を併設するといった対応策が考えられるが、安定供給の観点からは諸刃の剣と言わざるを得ない。

経済安全保障上の問題では昨年4月、BMWのオリバー・ツィプセCEOがロイター通信のインタビューで、「(EV推進は)ごく少数の国々への依存度を高めることにつながる懸念も認識する必要がある」と語った。車載電池で高いシェアを持つ中国を念頭に置いた発言だ。ウクライナ戦争でロシアが制裁への対抗手段としてエネルギーを持ち出したように、台湾有事が発生すれば、中国は同じような動きに出るだろう。これは自動車産業の首の根を抑えられることを意味する。

日本の自動車産業はこれまで、ハイブリッド車の展開に力を入れてきた。しかし国際競争力の観点から、欧米の加速度的なEVシフトに追随せざるを得ない現実がある。そんな中、国内EV市場のパイを拡大させるには、車両と充電インフラが「鶏と卵」の関係ではなく、まさに「車の両輪」で推進されることが必要だ。車の全電化時代はすぐそこまで来ている。