【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表
少し前、映画監督の石井裕也さんがラジオで高校時代の体験を語っていた。担任教師がホームルームで突如怒ったという。理由は期末試験でクラスの平均点が下がったことだが、生徒個人に言って何になるのか。教師は挙げ句に「お前ら普段の生活から考えて行動しろよ」とも言い放った。石井さんの回想通り、訳が分からない。
政府は3月5日、新型コロナウイルス対策で首都圏に発令した緊急事態宣言の2週間延長を決めた。小池百合子東京都知事も同日夕、記者会見した。ネットで見始めて石井さんの回想を思い出した。小池氏が冒頭、「現在、緊急事態宣言中であるということ、都民の皆さんは今も続いていることを認識されているのか」と笑みを浮かべながら言い放ったからだ。悪いのは都民なのか。笑みも含めて、訳が分からない。
菅義偉首相が口にすれば大騒ぎだろう。実際は、「小池知事『2週間の延長、重く受け止める』」(3月5日NHK)など、当たり障りない報道がほとんどだった。
そもそも感染症対策は一義的に都道府県が担う。小池氏は自らの責任をどう認識しているのか。
本音をあぶり出したのは6日読売「『小池劇場』今回は不発」だ。小池氏は2日から「森田健作千葉県知事や黒岩祐治神奈川県知事らと連絡を取り、『ワンボイス』で政府に2週間延長を突きつけるために動いていた」
「政府が要請をのめば、小池氏は存在感をアピールできる。はねつけられても、宣言解除で感染が再拡大した場合の批判は政府に向かう」「1月の宣言発令前にも近隣3県の知事をまとめ、政府を突き上げた『成功体験』がある」
今回は「不発」だった。
「小池氏は事前調整の際、森田氏には黒岩氏らが延長要請に乗り気で、黒岩氏には森田氏らが乗り気だと、それぞれ説明していた」が、「森田、黒岩両氏が連絡を取り合うと、小池氏の説明が事実と食い違っていることが露見した」。その結果、3日の会議で「黒岩氏が小池氏に不満を爆発させ、森田氏も同調した」
小池氏には、6日朝日社説「宣言再延長、確実に抑え込む期間に」は心強いだろう。「7日での解除を何度も口にしながら、約束を果たせなかった菅首相の政治責任は重い」と政府をなじる。
コロナは一気になくせない。生活や経済への悪影響を最小限に感染を抑える。求められるのはそうした科学的、合理的な対応だ。2月成立の改正新型インフルエンザ等対策特別措置法は、この観点から「蔓延防止等重点措置」を設けた。都道府県単位の緊急事態宣言と異なり、感染リスクの高い特定地域に限定して、知事が検査拡充などの対策を講じる。前掲6日読売記事にはこれを「1都3県側が断った」とある。理解に苦しむ。
こうした感情が左右する世論におもねる政治が10年前の東日本大震災以降、常態になった。メディアもあおる。国内に限らない。
新刊『クララとお日さま』を著したノーベル賞作家カズオ・イシグロさんが3日読売のインタビュー記事「科学と感情、対立に懸念」で警鐘を鳴らす。コロナ禍の下、「科学的裏づけを無視し感情のままに信じたいものを信じる態度が広がり、強い懸念を覚えます」。「小説を書くことで感情を共有する、共感を得ることが本当に正しいのか」と苦悩も語る。
新刊は、人の感情と人工知能が織りなす慈愛の物語だ。その著者からの重い言葉である。
いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。







