燃料費高騰を受け、新電力各社が燃料費調整制度の見直しに踏み切り、家庭の電気代負担増は避けられない様相だ。
料金を巡る情報格差が、需要家の間に混乱を生じさせかねないとの懸念も指摘されている。
「これでは暗に、ほかの電力会社に移れと言っているようなもの。少し探してみたが、どこも値上げラッシュで状況は似たり寄ったりだ。一体どこを選べばいいのか」
10月上旬、東京都内で妻と2人で暮らす50代の男性会社員は、契約している新電力からの通知を前に途方に暮れていた。
男性が契約しているのは、楽天エナジーが供給する「楽天でんき」。11月以降、燃料調整(燃調)制度の調整単価を現行の燃料価格連動から日本卸電力取引所(JEPX)連動に変更するのに伴い、今よりも電気代の負担が増大する可能性があるというのだ。
ためしに市場価格を反映した8月の電気代をシミュレーションしてみたところ、実際に支払った料金よりも4000円以上高くなったという。電気の使用量が増える冬場にJEPXスポット価格が高騰すれば、それを上回る負担増は避けられない。
逆ザヤ解消へ 燃調見直し相次ぐ
燃調制度は、燃料価格の変動を迅速に料金に反映させるために設けられている。新電力の燃調の設定に制約はないが、楽天に限らずこれまで多くの新電力が、大手電力会社の規制料金メニューに準じる形で急激な燃料価格上昇による家計負担増を防ぐための上限を設けてきた。
ところが、昨今の燃料費の高騰により大手各社の調整単価が軒並み上限に到達。これに伴い新電力各社は、今の料金体系で供給し続けていては赤字の拡大が避けられない状況に陥ってしまった。さらなる燃料費とスポット価格高騰が予想される冬を前に、顧客離れを許容してでも逆ザヤ解消を急がなければ、会社の存続さえ危ぶまれる。このため一斉に、燃調制度の変更に踏み切ったのだ。
その手法は主に、①引き続き大手電力会社の燃調制度に準じつつ上限を撤廃、②JEPX連動に変更、③自社の電源構成に合わせた独自燃調を採用―の三つのパターンに分かれ、今後の家庭の電気料金負担は、契約先の電力会社がどのような燃調を導入しているかで大きく変わることになりそうだ。
例えば東京エリアでは、東京電力エナジーパートナー(東電EP)の規制料金メニュー「従量電灯B」の11月の調整単価は上限の1kW時当たり5・13円、上限撤廃後の調整単価は9・72円で、その差は4・59円。電気代にすると、標準的な使用量(月300KW時)の世帯で約1400円と大きな差が付く。
契約を見直さなければ、冬の電気代が大変なことになる―。冒頭の男性のように、新電力からの通知を見て新たな契約先を探す動きが一部で始まっている。
燃調が電気代を左右 賢い選択肢は
中でも人気なのが燃調上限を維持している新電力で、東電EP系の新電力PinTが供給する「PinTでんき」や、コスモ石油が供給する「コスモでんき」などに申し込みが殺到しているという。とはいえ、上限を設けたまま供給量が増えれば、新電力側の逆ザヤは拡大する一方。そのため今後は、こうした新電力も新規申し込みの受付け停止や燃調の見直しに着手せざるを得なくなる可能性は高い。

新電力から新電力への切り替えに加え、一度は離れた大手電力会社の規制料金に戻ることも一つの選択肢だ。実際、大手電力会社の自由料金メニューや他社から、規制料金に切り替える家庭も徐々に増えていて、現在の燃調上限が維持される限りは最良の選択肢だとも言える。
東電EPでは、電話でのみ規制料金メニューへのスイッチングを受け付けしており、「規制料金メニューには燃料調整単価に上限があること、一方で自由料金には上限はないがさまざまな付帯サービスがあることを説明し選んでいただいている」(広報企画グループ)。需要家保護の観点から選択肢として提示はするものの、逆ザヤの供給になることは間違いなく、規制料金には戻ってほしくはないというのが本音のところだろう。
前出の男性は、東電EPの規制料金メニューに戻ることも考えたが、結局、同社の「アクアエナジー100」への切り替えを決めた。基本料金は高いが、燃調がない分、今回の電気料金高騰の原因となっている燃料価格上昇の影響はないはず」との判断だが、「東電がこれから予定している料金改定で値上げされる可能性も否定できない」と、一抹の不安をぬぐい切れない様子だ。
電力会社の比較サイトを運営するエネチェンジの曽我野達也取締役は、「電気代高騰に備えようと見直しに動いているのは、あくまでも一部の需要家と見ている。多くの人が、新電力の料金体系の変更が、自分が支払う電気代にどう影響するのか、まだ気が付いていないのではないか」と危惧する。
というのも、新電力の燃調の変更は10月、11月分から。このため、電気代に反映されるのは12月以降なのだ。そのタイミングで高額の請求に驚き、新電力に問い合わせが相次ぐことは想像に難くない。そのような混乱を避けるためにも、事業者側がより一層の周知徹底を図るとともに、需要家側も契約時と料金体系が変わっていないか、契約先がどのような燃調制度を導入しているのか、事前に確認しておく必要がある。
電力自由化の狙いは、多様な参入者を呼び込み競争を促進することによる料金の低廉化のみならず、需要家のライフスタイルや価値観に合わせ、電気の売り手やサービスを自由に選べるようにすることにあったはずだ。それが、今回の燃料高騰による規制メニューと自由メニューの価格の逆転により、その狙いは有名無実化してしまったと言って過言ではない。
来年4月に向け、大手電力会社の規制料金の値上げが検討され始めている。規制部門の赤字を放置するべきではなく、値上げは当然の流れだが、そもそも自由化を阻害するような規制料金を今後も存続させるべきなのか。補助金でお茶を濁さず、これを機に、電気料金制度の在るべき姿を改めて考えるべきだ。