次代を創る学識者/村上健太・東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター准教授


中性子照射により重要機器の材料の変化を精緻に把握する。

原子力発電所の運転期間ルール見直しに欠かせない研究だ。

人間と同じように原子力発電所にも「寿命」がある。ただし、それは安全かつ安定的に稼働できる「健康寿命」であって、生物の寿命とは少しニュアンスが異なる。

東京大学の村上健太准教授は、長く原発の「健康診断」に取り組んでいる。現在、原発の運転期間は一律、原則40年、最長で20年延長と決められている。しかし、人間の健康状態が皆違うように、原発のパフォーマンスもそれぞれ異なる。

村上氏の主な研究テーマは、重要機器の材料の変化を精緻に把握して、機器があと何年、これまで通りに利用できるか見極めること。同時に、原発を最大限有効に活用できるよう、調査・分析の結果を施設のマネジメント戦略の見直しに結び付けることだ。

原子炉圧力容器などの金属は、核分裂で発生する中性子にさらされると強靭さが低下する。一見、同じ材料でできているように見える機器も、不純物や環境のわずかな違いによって劣化の程度が異なる。なぜ違いが出るのか―。中性子照射による材料挙動予測の研究に打ち込んだ。

中性子照射は材料中でダイナミックな原子の配置転換を引き起こす。その繰り返しが徐々に元素の分布に偏りを生じさせる様子をモデル化した。

「40年、60年と定められた制度上の運転期間と、それぞれの原発が高いパフォーマンスを維持できる期間に、直接的な関係はありません。現在の制度は、福島第一原発事故後の混乱の中、初期モデルの原発を退場させるために急いでつくられたもの。既に役割を終えたルールは見直して、安全性向上にインセンティブを与えるような制度を提案したい」。力強くこう語る。

既設炉の性能アップを 新型燃料の利用を研究

既存の原発の性能アップも重要な研究テーマだ。例えば、日本の沸騰水型軽水炉では9×9燃料(燃料棒を9行9列に配置した燃料集合体)が使われる。ところが海外では10×10燃料が主流。燃料棒一本当たりの発熱量を下げることで、安全性を高めながら出力も増加させている。米国では過去30年間、原発の新設がなかったが、燃料・炉心の設計を工夫することで約800万kW、出力を増やしているという。

さらに燃料被覆管の性能を高めることで、①原子炉の停止時期を柔軟に調整できるので、地域ごとに定期点検の工事を平準化できる、②使用済み燃料の発生量が低減する―などのメリットもある。

「日本でも、制度の工夫と小規模な改造で10%弱の出力向上は直ぐに達成できる。ABWR(改良型沸騰水型炉)は、段階的に20%程度は出力を上げられるよう余裕をもって設計されている」

原発は日本にとって貴重なインフラだ。安全を前提に、最大限有効に活用することは、国益に直結する。国が2050年のカーボンニュートラルを目指す中で、村上氏の研究は重要度を増していくことになる。

むらかみ・けんた 2007年東京大学工学部システム創成学科卒。12年東京大学工学系研究科原子力国際専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、長岡技術科学大学准教授などを経て21年から現職。博士(工学)。専門は原子力工学。

【メディア放談】ウクライナ侵攻とエネルギー問題 原発報道に変化の兆し


<出席者>電力・ガス・石油・マスコミ/4名

ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー需給に黄信号がともっている。

だが、それで原発の再稼働が早まると考えるのは早計のようだ。

 ―ウクライナ侵攻に端を発した石油・ガスなどの供給不安と価格高騰、電力・ガス料金の値上げと需給ひっ迫―。エネルギー問題が世間の注目を集めている。これだけ関心を持たれるのは、オイルショック以来だ。マスコミの論調も変わってきているのでは。

石油 ロシアは西欧へのガス供給を止め、「サハリン2」で強権を発動した。エネルギー資源を「武器」にして、ウクライナ侵攻に反対する西側に圧力をかけている。

 今までほとんどの大手紙は、福島第一原発事故と地球温暖化問題で、再エネ=推進、原発・火力=低減を編集の軸に置いていた。しかし、隣国ロシアの横暴ぶりを目の当たりにして、さすがに安定供給に目を向けざるを得なくなった。

ガス といっても、今までかざしていた旗を急に降ろすわけにはいかない。電力・ガスの値上げ、需給ひっ迫をどう取り上げるか、今、どこのメディアも苦慮している。

 ただ、脱炭素一辺倒だったドイツの政策転換の影響は大きい。ロシア産ガスの供給不足で、今年末で停止する予定だった原発も稼働を延長するかもしれない。今までほとんどの大手紙がドイツを「環境先進国」として持ち上げて、手本とすべきとしていた。さすがに考え直さないといけないと思っているはずだ。

電力 日経が変わり始めている。特別編集委員の滝田洋一さんが書いたコラム「核心」(7月18日朝刊)には「おや」っと思った。

―BSテレビ東京の経済番組で解説をしている経済の専門家だ。

電力 当面の大きな課題のひとつが物価上昇だ。滝田さんは、政府は「物価上昇の大きな要因であるエネルギーの問題に取り組むほかない」と指摘している。まったく同感。

 次に電力問題だ。需給ひっ迫解消に「安全性が確認された原子力発電所の再稼働がカギを握る」と本質を突く。なぜ再稼働が進まないかも掘り下げる。原子力規制委員会の審査について、「運営ルールについては国会が責任を持って基準を示すべきである」と述べている。

マスコミ 旧東京電力経営陣の「弁護」までしている。東京地裁が勝俣恒久さんらに命じた13兆円の賠償について、原発は国策民営であり、「事故が起きた際の責任を会社と経営者だけに負わせるのは無理がある。エネルギーの中で原発が欠かせないとするなら、首相は政府による関与と支援を明確にさせるときだ」と「核心」を結んでいる。

日経に出た「主張」「意見」 読売の連載は中途半端

―よくここまで踏み込んで書いたな、と思った。

マスコミ 今まで日経には原発について「主張」「意見」がなかった。「より安全性の向上を」や「国民的議論を深めよ」は主張でも意見でもない。知っている限り、原子力政策について具体的な主張をしたのはこの記事が初めてだ。

電力 滝田さんは経済が専門。その視点でみると、原発の再稼働は当然なんだろう。エネルギー・環境担当の記者や編集・論説委員だったら当然、再エネ、水素に触れる。ここまでストレートに書けなかったはずだ。

石油 要するに、「色眼鏡」をかけないで純粋に見ると、原発は必然ということだ。日経がどういう意図で掲載したか、「核心」欄がどういう位置付けなのかは分からない。しかし、社としての方針が変わってきているのは間違いないと思う。

―読売新聞も8月3日から「進むか、原発再稼働」の連載を始めていた。

ガス がっかりした。新味がないし、具体的に何をすべきか提案もない。

石油 とにかくこの分野の著名人を一通りインタビューすればいい、という感じだ。しかもつまみ食い的に発言を使われて、「困った」と話す学識者もいるらしい。読売は原発推進が基本方針。それを考えると、中途半端な連載との印象は拭えない。

ガス 時々、エネルギーの分野で目を引く記事が毎日、産経に載る。中でも若手記者ががんばっている。よく取材して記事をまとめている。朝日、読売、日経に比べて待遇は良くないはずだ。それだけに応援したくなる。

原発再稼働の行方は 統一教会問題が影響も

―日本原燃の増田尚宏社長が六ケ所再処理工場について、9月末の完成予定を見直す考えを明らかにした。新聞各紙は「26回目の延期」と書いている。

電力 増田社長は「審査の状況を踏まえ、今後の見通しについて検討する」と言っただけだ。まだ2022年度上期完成の旗は降ろしていない。ただ、関係者は9月末が絶望的なことを分かっている。その場合のマスコミ対応も準備していると聞く。

マスコミ 国、青森県と発表のタイミングを見計らっているようだ。完成が遅れる場合、主な理由は原子力規制員会の審査の遅れ。でも、それをマスコミに強く言えない。原燃は歯がゆい思いをしているだろう。

 とはいえ、今回の完成遅れの影響は大きい。エネルギー安全保障に関心が高まって、準国産エネルギーとして、ようやく原発に追い風が吹き始めている。それに水を差すかたちになる。

ガス それよりも、再稼働への影響が避けられないのは統一教会の問題じゃないか。この問題で原発推進の清和会の議員が集中砲火を浴びている。自民党の支持率も低下気味だ。すると、岸田政権としても不人気な原子力政策には手を付けづらくなる。

―統一教会系の「世界日報」はは原発をどう報じていたんだろう。気になるな。

【マーケット情報/9月23日】原油下落、経済減速が重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み下落。経済の冷え込みを受け、石油需要が一段と後退するとの予測が強まった。特に、米国原油を代表するWTI先物および北海原油の指標となるブレント先物は、前週からそれぞれ6.37ドルと5.2ドルの急落となった。

ロシア政府が、予備兵役の動員を決定。戦争の長期化が懸念され、経済がさらに低迷するとの見方が台頭した。

さらに、英国中央銀行、および米国連邦準備制度理事会は金利をさらに引き上げた。また、アジア開発銀行は、アジア地域の経済成長予測を下方修正。インフレ率の上昇や、中国における新型コロナウイルス対策のロックダウンが背景にある。これらの経済減速にともなう石油需要の減少見通しが、原油価格に下方圧力を加えた。

一方、ロシアの予備役動員で、同国の一部産油設備で人員不足の懸念が強まっている。ただ、価格の支えとはならなかった。

【9月23日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=78.74ドル(前週比6.37ドル安)、ブレント先物(ICE)=86.15ドル(前週比5.20ドル安)、オマーン先物(DME)=89.28ドル(前週比1.72ドル安)、ドバイ現物(Argus)=89.16ドル(前週比1.71ドル安)

畜産バイオガスの展開 循環型経済の中核施設に期待


【リレーコラム】菊池貞雄/バイオマスリサーチ代表取締役社長

 バイオガス「プラント」という仰々しい名前の施設を、農村地域の活性化テーマとして私が取り組んだのは1997年、COP3京都会議の年だった。もとより、農村部では手間とエネルギーをかけて畜産糞尿を処理しており、生産できた堆肥も肥料として有価で販売できないケースも多く見られた。酪農家の減少、残った酪農家の規模拡大により、糞尿処理を自動化できるバイオガスに光が当たってきた。FITにより畜産バイオガスもメタンガス発電として再生可能エネルギーのジャンルとして認識が広がったが、それ以前にも40基以上が北海道に存在していた。

建設費とエネルギー収入による試算では他の再エネより収益が劣るバイオガスであるが、「労務低減」「エネルギー製造」「敷料生産」「肥料製造」などの効果は認識されにくくキャッシュフローに反映できないが、農業経営には複合的なコスト低減を達成していた。

畜産地域でのバイオガスは町内の酪農家が集まって共同で、集中的に処理をする方式が鹿追町をはじめとして、興部町、西興部村などで始まっている。地域の基幹産業を支援する社会資本的な位置を得て成功している。  少しずつ地域の生ゴミや汚泥なども一緒に原料として発酵させ、既存処理(攪拌、燃焼など)による二酸化炭素排出抑制、コスト削減を図り、肥料とエネルギーを確保するという、農業分野以外での社会性を獲得している。

ゼロカーボン時代へのインフラ

ゼロカーボン社会を目指して動きが加速するとき、自治体が自ら活動できることの一つとしてバイオガスへの取り組みが始まっている。生ゴミ、し尿、汚泥などコスト負担とCO2排出がある既存処理から、有機廃棄物全体を処理する共通インフラとしてのバイオガスプラントとしての計画づくりの依頼が増加している。

未来のエネルギー供給のカタチが「ガソリンスタンド」が電力や水素の充填施設に置き換わったとすると、そのエネルギーは地域内の畜産・有機廃棄物バイオガス、営農型太陽光、蓄電池から供給され、まさに「分散型電力」となっていくかもしれない。

追い風は肥料、エネルギーの高騰だけではない。現在弊社で取り組んでいる消化液の有効利用の研究とスマート農業による自動散布車両の開発は、人手不足となる酪農の維持や効率化を図り、地域産業を支える。

今後は、肥料とエネルギーの自給、処理コスト低減による地域全体でのゼロカーボンの中核施設として、地域産業をまわす拠点としての活躍が期待されている。

きくち・さだお 2007年北海道バイオマスリサーチ設立(現バイオマスリサーチ)、代表取締役に就任。17年バイオガスエナジー設立、20年ビオストック設立。再生可能エネルギーの研究・活用プランの策定に携わり現在に至る。

※次回はビオストック社長の熊谷智孝さんです。

【和田篤也 環境省 事務次官】「地方創生とCN、親和性高い」


わだ・とくや
1988年北海道大学大学院工学研究科修了後、環境庁(現・環境省)入庁。官房審議官、官房政策立案総括審議官などを経て20年7月、総合環境政策統括官。22年7月より現職。

環境アセスメント法制定やCOP交渉官、福島復興再生事業などタフな問題をまとめあげた。

カーボンニュートラル実現へ経済産業省と連携を深め、環境対策と地方創生の両立に奔走する。

北海道大学大学院で衛生工学(環境工学)を学んだ。公務員として仕事に携わり、社会の役に立ちたいという気持ちは強く、学科の専攻を生かせる環境庁(現環境省)を志望。しかし当時は公害問題が下火になり、環境庁不要論も挙がる「冬の時代」。環境庁主導の政策も、他の省庁から反対を受け成立できないなど、霞が関では存在を揶揄されていた。

潮目が変わったのが、1988年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)設立だった。この時期から地球温暖化に注目が集まり、後に各国の政策に大きな影響を与える組織が自身の入庁年に生まれた。「今は小さな役所だが、やるべき仕事はたくさんある」と環境庁でのスタートを振り返る。

入庁後は環境庁プロパーとして多くの業務に従事した。「環境影響評価法(環境アセスメント法)」制定に向けた法案の作成や、第12回、第13回の気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で交渉官を担った。福島復興再生事業にも携わり、困難な問題に対しても素早く、かつ粘り強く対応。仕事に向き合う姿勢の根幹となったのは、90年からの大阪府庁出向だという。

「公害行政の最前線で何百という工場に立ち入り、配管を見ればどの施設か分かるほど現場で仕事をさせてもらった」。霞が関の役人として重要な「人間関係構築」「現場感覚」の二つが培われた。「相手の気持ちが分かること、現場感覚を忘れないことが私にとっての原点だった。自治体の現場行政を通じて、後々のアセス法制定やCOPでの交渉、福島復興再生担当につながった」と胸を張る。

政策で経産省と連携深める エネルギー×地域でインフラ実現へ

今年7月の幹部人事で事務次官に就いた。目下の重点政策として、カーボンプライシング(CP)導入がある。環境省は長年、炭素税や排出量取引など手法ごとの効果や課題について議論を重ねてきた。今年5月には岸田文雄首相が「GX経済移行債(仮称)で政府資金を調達することを検討する」と表明。150兆円超の官民投資を先導するための政府資金を「将来の財源の裏付け」を持ったGX移行債で先行して調達する政策と一体的に検討するとしている。

CP導入について「環境省は炭素税導入自体が目的だ」と言われるが、そうではないと話す。山口壯前環境相が描くグランドデザインにもあるように、CPには「CO2排出にはコストがかかる」とのメッセージを込めたプライシング効果と「制度導入で得た収入を政策や技術に活用する」財源効果の二つがある。「その使途をどうするか。ここを詰めていかなければならない」。日本が導入しているCPは、CO21t当たり289円の地球温暖化対策税のみであり「来年日本開催のG7で、日本のCPはどうなのかという議題は間違いなく出る。その時に政策を発信できる状態にしないといけない」と指摘する。

環境省の事務方トップとして日本のエネルギー環境対策を進める上で、経産省との連携が不可欠だと語る。「カーボンニュートラル(CN)を筆頭に、環境政策がエネルギー政策にドライビングフォースをかけている。再エネを上手に活用することで、地方創生だけでなく安定供給にもつながる。国際社会との戦いに生き残っていくためにも経産省との連携が必要だ」。かつては「エネルギーと環境は相反する事柄」という認識が根強かったが、今はESG(環境・社会・統治)投資やSDGs(持続可能な開発目標)を重視したビジネスがトレンドだ。「これまで環境ビジネスのマーケットは育ってこなかったが、現在は世界の競争力の分岐点になる可能性がある。そうなった時、両省が連携していないと日本は置いていかれる」と警鐘を鳴らす。

特に環境省で力を入れているのが、CNによる地域の活性化で、今年度から脱炭素先行地域の選定を進めている。「目指すは地方創生byCNだ。地方創生とCNは親和性が高い。地域がエネルギービジネスを始めることで、地域にオーナーシップが生まれる」。これまでは国や政府の政策を地方で実施しても、地方のニーズに合っていないことが多かった。「本質的な意義は地方が主役であること。そのための脱炭素先行地域だ」と、政策の意図を明かす。

地方にはエネルギー行政担当がいなかったが、現在は再エネなど地域の資源を生かす自治体の部署や取り組みが増えた。「ガス会社など高い地域密着性を持つエネルギー企業が、自治体と共同プロジェクトで事業経営を行ってほしい」。目指すは「エネルギー×地域」による社会インフラの実現。そして地域資源を活用した自立・分散型社会である「地域循環共生圏」の創造だ。大阪府庁時代に得た環境行政の経験を忘れず、エネルギーと地方活性化を実装段階へ推し進める。

【需要家】省エネ法の改正 戸惑う非化石への転換


【業界スクランブル/需要家】

来年4月の改正省エネ法施行が近づいている。改正項目のうち、エネルギー定義の見直しについては、非化石エネルギーの対象追加や、換算係数などの見直しだが、そもそも企業としてはコスト削減のためにすべての省エネルギーに努めており、5年度平均エネルギー消費原単位算定時の配慮もされることから影響は少ない。

一方、新たに設定された「非化石エネルギーへの転換」には戸惑いがある。当然、近年はCO2排出量の低減にも努力しており、電力供給事業者選定時にCO2排出係数も考慮していることから、省エネ法判断基準で、非化石比率の高い電気調達やボイラやコジェネへのバイオマス燃料などの混焼検討が求められることに違和感はない。

ただし、将来、非化石比率の目標設定については、既存のCO2削減目標と整合的な非化石比率目標設定が悩ましいところである。

さらに悩ましいのが、電気需要最適化である。需給ひっ迫時の需要減少や再エネ出力制御時への需要シフトの必要性が理解できないわけではないが、フレキシブルに電力消費を調整・シフトできる設備を導入している訳でもないため、当面は指定された計算方法に沿って、電気需要最適化原単位を算定するだけとならざるを得ないだろう。

特にベンチマーク制度の対象事業者にとっては、ベンチマーク目標達成と親和性の高いエネルギー消費原単位の改善に従来通り努めつつ、CO2削減と親和性の高い非化石比率の向上にも配慮する行動が想定される。今後、エネルギー管理指定工場連絡会などで、改正省エネ法に関する説明会が開催されるが、非化石エネルギーへの転換や電気需要最適化は新しい取り組みであり、丁寧な事業者説明が必要である。(T)

既存住宅のカーボンニュートラル対策 家庭部門の課題点と解決策 〈後編〉


【識者の視点】中上英俊/住環境計画研究所会長

前編の需要側対策を踏まえ、後編では既存集合住宅の課題を考察する。

既存のガスインフラを活用可能なメタネーションや水素利用にも期待が高まる。

 2000万戸以上に及ぶストックがある既存集合住宅では、全電化への設備変更は簡単ではない。中でも家庭の給湯用設備の大半は、ガスや灯油による化石燃料由来の燃焼型機器だ。特に都市部ではガス給湯器が圧倒的な普及率を誇る。風呂釜と小型湯沸かし器でスタートしたわが国のガス給湯器はセントラル給湯システムに置き換わり、小型で高性能な瞬間型湯沸かし器にとって代わっている。

高性能エコキュートを望む 既存ガスインフラの有効活用

この既存集合住宅の「給湯電化」は、現状では不可能に近い。戸建てと違い住宅まわりには余裕のスペースはない。小型で高性能なガス湯沸かし器が集合住宅の給湯システムを席巻したのは、一つには高性能化と省スペース化という相反する条件を巧みにクリアしたからだ。近年新築着工が増えている超高層マンションと呼ばれる集合住宅などでは、ガス給湯システムからエコキュートと呼ばれる、電気温水器ほどではないにしてもガス湯沸かし器には見られない貯湯タンクを抱えたヒートポンプ式給湯機への置換は至難の業になりかねない。50年でも、このような既存集合住宅は現役に違いない。すぐにでもこのような物件に対する対応モデルの開発を急ぐべきだ。願わくは限りなく瞬間湯沸かし器に近い性能を備え、貯湯機能を最小に抑えた超コンパクトなエコキュートの出現を望みたい。

潜在需要は数千万台に及び、かつ数十兆円に及ぶであろう規模の一大マーケットになり得るだけに、メーカー、デベロッパー、住宅産業、エネルギー事業等、関係業界を巻き込んで一体となった開発を望みたい。その市場はわが国にとどまらず、全世界に展開可能な商品になるに違いない。

他方で「電化困難」な既存集合住宅での脱炭素化には、既存ガス導管を活用可能なメタネーション等によるガス代替エネルギーの一日も早い実現を望みたい。

電化改修に伴う経済的な課題について改めて触れると、給湯設備一つとってもその交換費用を負担するのは居住者である一般消費者だ。現在市販されているエコキュートのカタログ価格は約100万円前後だが、実際の市場では工事費込みで40~50万円程度で取り付け可能ともいわれている。これに電化のIHコンロにすると約10万円程度だろう。暖冷房等は除いても、少なくとも交換費が50万円以上に及ぶと考えられる。壊れて取り換えるのではなく、まだ使えるのに脱炭素化への追加コスト負担は合意されにくいだろう。そのためのインセンティブや社会的な責務について50年に向けて合意形成を図る必要がある。

また、前述のように膨大な市場が出現することに鑑みても、売り手側の大幅なコストダウン開発が望まれる。こうした課題に対し、まさに官民を挙げた対応策の検討をいち早く進めるべきだ。

全国で1億kWのPV設置? 再エネだけでは不可能

家庭のエネルギー消費原単位のエネルギー別の内訳をみると、48%が電気以外は都市ガスが25・8%、LPガスが8・9%、灯油が17・3%だ(図参照)。すなわち現在のわが国の家庭の電化率は48%で、年間の電気消費量は3・9

38kW時/年・世帯である。残りのエネルギーを全て電気で置き換えると、熱量での単純計算では8・425 kW時/年・世帯となる。

用途別のエネルギー利用の実態を考慮し、ガス機器や灯油機器から電気機器への置き換えを機器別のエネルギー効率を考慮して試算すると6188kW時/年・世帯程度に抑えられると試算された。純増分の2250kW時/年・世帯の全てを再生可能エネルギーの太陽光発電(PV)で賄おうとすると、約2kW/世帯相当のPVを全家庭に設置する計算だ。換言すると住宅だけで全国で1億kW以上の新たなPVの設置が求められる。わが国の住宅の約半数が集合住宅であることを考えると、住宅建築だけで賄うことは不可能だ。

世帯当たりエネルギー消費のエネルギー別構成比
出所:環境省「平成31年度 家庭部門のCO2排出実態統計調査(確報値)」2021年3月

オール電化へのハードル メタネーションへの期待

家庭部門のCN化への対応として最も期待されている電化シナリオを考察したが、実現には想定を上回るハードルが立ちはだかる。最大の課題は消費者の経済的負担だ。この課題は設備変換などに伴う初期投資と、光熱費負担をいかに最小化するかである。ついで化石燃料由来の住宅設備機器の脱炭素化が主として、既存集合住宅では極めて困難な課題であること。さらに電化シナリオによって増加するだろう電力需要を賄う脱炭素電源の確保だ。

電化だけで克服できないハードルに対してはどうするか。他のエネルギー源のCN化が必須の課題となる。特に既存住宅対策では、集合住宅のガス設備対応としてメタネーション、水素利用などといった既存インフラ活用型の対策が避けて通れない課題となる。

それでもなおエネルギーコストの増大も避けられない見通しである。となると利用者としての対応は、本来の省エネルギー・エネルギーの合理的利用ではない生活レベルの引き下げにつながる節約・我慢を強いられることになりかねない。やはり暮らしにおけるエネルギーとの付き合い方を徹底して見直す必要がありそうだ。すなわち家庭におけるさらなる省エネの追求だ。エネルギー消費が半減すれば再エネのシェアは2倍になる。50年まで、まだ時間がある。二度の石油危機からわが国の脱石油政策は、30年かけて成功を収めてきた。今後の30年間でどんな省エネ技術開発が可能なのか。

脱炭素問題はわれわれの暮らしに対しても極めて大きな課題を突き付けていることをみんなで共有すべきだと考える。家庭部門だけでもこれだけの課題だ。CN対策はあらゆる部門で不可避だ。総論レベルではなく、あらゆる業種で解決策を模索する必要があることを強調したい(参考文献1、2)。

〈参考文献〉

1 中上英俊「脱炭素社会の実現に向けて」月刊「省エネルギー」知のコンパス、Vol.72 No.12,2020,㈶省エネルギーセンター

2 中上英俊「カーボンニュートラル下における家庭用エネルギー消費構造はどうなるのか?」月刊「省エネルギー」知のコンパス、Vol.73 No.6,2021,㈶省エネルギーセンター

なかがみ・ひでとし 1973年東大大学院建築学専門課程博士課程を単位取得退学。同年、住環境計画研究所を創設。2013年から現職。経済産業省総合資源エネルギー調査会委員などを務める。

・需要側のカーボンニュートラル対策 家庭部門の課題点と解決策 〈前編〉https://energy-forum.co.jp/online-content/9809/

【再エネ】垂直統合からの脱却 危機下でも推進を


【業界スクランブル/再エネ】

今年3月後半の電力需給ひっ迫警報以降、経済団体や他の関係者から、電力システム改革の是非、「再エネ点検タスクフォース」の在り方まで各種意見が出ている。安定供給を望む意見、原子力再稼働の意見、再エネ主力電源化の意見、バランス配慮を重視する意見などさまざまである。特に、これまで再エネ賦課金で電気料金が上昇してきた上に、ウクライナ問題で燃料費、輸送費が高止まりし、円安などによりさらなる上昇は避けられない背景もある。

こうした時期に日本において正しい選択の方向性や、在るべき姿はどんな形かをゼロベースで再考すべき時だと考える。少なくとも、約70年前の戦後経済復興時期に即効性重視で造られた発送配電の地域垂直統合の電力事業形態から脱却しようという方向性は動かすべきではない。国の政策のスピード感などの課題はあるにせよ、経済活動を維持させつつ、環境に配慮し、電力・エネルギーセキュリティー上のリスク最小化を目指す方向はやはり正しいと考える。

安定志向の強い国民性もあり、パラダイムシフトともいうべき既存事業形態の大きな変化による部分的な混乱は生じるだろう。だが、次の時代に何を残すかと言えば、持続的社会を維持するエネルギー供給体制であり、政府が基本方針として掲げる3E(経済性、環境、自給率)+S(安全)にほかならない。

需給ひっ迫で一番の課題は、医療部門や、生活基盤の家庭への電力供給体制と、万が一の災害時対応になるが、自家消費用太陽光発電設備の普及、地域エネルギー供給体制の促進、非常用発電設備の整備により一定の安全を確保可能である。資源の少ない日本において、全国民が知恵を絞り、新技術開発を継続して乗り切るべき時代であると考える。(S)

節ガス要請制度のポイントは 電気事業法には規定が存在


【多事争論】話題:節ガス要請

LNG調達に不透明感が増す中、政府は需要家への「節ガス」要請の検討を進めている。

ガス事業法に使用制限令の規定はなく、どのような仕組みを講ずべきか。

〈 電気だけ使用制限では効果不十分 消費者にどう訴えるべきか 〉

視点A:草薙真一 兵庫県立大学政策科学研究所長

ロシア産LNGの安定供給に大きな懸念が生じ、しかもその不透明感が増している。日本の総合商社が権益を持つロシアのガス開発プロジェクト「サハリン2」を巡り、プーチン大統領はその運営を新会社に移管する大統領令に署名した。その後ロシアは日本企業の権益について新会社に移管する判断を求めてきたため、8月、萩生田光一経済産業大臣(当時)が該当する総合商社に対し、これに前向きに応じるよう促した。

しかし、今後ロシアがどのような態度を取るのかは確たる見通しがない。ウクライナ危機の長期化に伴い、ロシア産LNGの供給継続が途絶えた場合の対応を準備しておくことは当然である。

ロシアからのLNG供給が途絶すれば、日本は相当量を割高なLNGスポット市場から調達することになろう。世界中がスポット市場でLNGを買い求める状態になると、日本にとってLNG確保は困難を極める可能性がある。

このような場合、民間企業のLNG調達のため、国が低利での資金供給の役割を担うなどの対応方法があろう。そして国は、都市ガスの消費を抑える明確な「節ガス」を主要企業に求めることになろう。しかしこのような事態は、経済界を停滞させるリスクを伴う。そうなる前に適切な対応をしておきたいところである。

都市ガス会社およびその業界団体は、当面何をすべきか。LNG需要抑制の実効性向上が重要になる。

まずDRの導入検討を ガスでも国主導の調達検討が重要

まず、節ガスに応じた工場や家庭の料金を割り引くデマンドレスポンス(DR)の導入を検討すべきである。節電に取り組んだ家庭にポイントを付与する仕組みを参考に、ガスでも同様のポイントサービスを導入することを考えてよい。そして、LNGが足りない地域には比較的余裕がある地域から融通する仕組みを事前に整え、家庭用需要家に効果的な節ガス方法を周知するとともに、日常生活に支障のない範囲で消費の抑制を求めるべきである。

国は、経済産業大臣が大口需要家に都市ガスの使用制限令を発出することができる制度を創設するように動くべきか。万一のことを考え、そうすべきとの見方がある。その選択肢を採用するのであれば、電力も含めたエネルギー全体でLNG消費を抑制する仕組みをビルトインすることが重要であろう。

LNGは日本に輸入されると、およそ6割を発電に、残りの4割を都市ガスに使用している。電気については、電気事業法34条の2の規定により、経済産業大臣は、その需給調整を行わなければ電気の供給不足が国民経済および国民生活に悪影響を及ぼし公共の利益を阻害するおそれがあると認めるとき、地域や日時などを指定して、大口需要家に電気使用を制限させたり受電電力の容量の限度を定めて受電制限を命令したりすることができる。命令ではなく勧告にとどめることもできる。この仕組みは、オイルショック時や東日本大震災の後で用いられた実績がある。

一方、都市ガスについては、このような仕組み自体が存在しない。この際、都市ガス使用制限令の根拠規定をガス事業法に設けておくべきとの主張には、説得力を感じる。国は、電気と都市ガスの双方の需給のバランスを見ながら、両方の対応を同時に考えるべきであり、電気だけを使用制限令の対象とするのでは、その効果が十分ではなくなる可能性があるからである。

さらに、電気事業法33条の3の規定により、国は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)に対して、ガス火力発電の操業維持のためにLNGなどの調達を要請することができる。民間企業において市場でのスポット買いが困難になった場合には、国主導でこの仕組みを用いてLNGを確保することになる。このような構造は都市ガス事業の操業維持のためには存在せず、同様の仕組みをガス事業法にも導入することについて、論点とすることが可能であろう。

最後になるが、日本はアンモニアとの混焼により化石燃料の使用を維持していく必要があるとの見方がある。兵庫県立大学政策科学研究所では、そのような燃料の中長期的課題に焦点を当て、関西電力、電源開発、東京ガス、関西学院大学、日本エネルギー経済研究所に所属する論客に登壇してもらうシンポジウムを、11月22日午後6時から神戸で開催する。ウェブ会議システムで無料公開するので、遠隔地の方も視聴いただきたいと思う。詳細は兵庫県立大学政策科学研究所のHPで案内している。

くさなぎ・しんいち 慶応大学法学部卒、慶応大大学院法学研究科単位取得。1996年神戸商科大学(当時)に就職。兵庫県立大学経済学部長兼経済学研究科長などを経て、現職。

【火力】欧州が一枚上手 日本も見習うべき


【業界スクランブル/火力】

岸田文雄首相は記者会見で、今冬の電力供給を確保するため原子力発電所を最大9基稼働させ、火力発電の供給力も10基分を増やす方針を示した。

国民に向け政府の並々ならぬ意欲を示す効果はあったようだが、内訳を見ると火力も原子力もある程度見通しの立っていたものばかりで、本質的な需給問題の解決策にはなっていない。当面は休止火力の再稼働でしのぐとしても、電源の経年化が年々進んでいくことを考えると、具体策を伴わない掛け声だけの政策では何とも心許ない。

現在、中長期の供給力確保策として「長期脱炭素電源オークション」の検討が進められているが、どうやらこのネーミングに引きずられ、議論の方向が本来の目的から外れ、あたかも脱炭素電源への支援策へと内容がぼやけてきているようだ。

足元から将来に至るまで確実に供給力・調整力を確保するための投資を促すという本施策の目的からすると、現状では電源としての安定性・持続性に欠ける自然変動電源や蓄電設備を同列に扱うべきではない。また、将来的にカーボンニュートラルの可能性があるにもかかわらず、安定電源である石炭火力を当初から対象外にしてしまうのもおかしいのではないか。

その後、7月末に政府が立ち上げたGX実行会議の中で、岸田首相は「足元の危機克服が最優先だ。危機の克服無くしてGXの実効は無い」と述べている。しかし、ここでも真面目な日本人はグリーンのGに引きずられるのではないかと心配だ。

ドイツでは、ロシアからの天然ガスの供給削減を受けて石炭火力の稼働が増加している。脱炭素を喧伝しながらも足元で必要であれば石炭を利用する。この大陸的なおおらかさ、したたかさこそをわが国も見習うべきではないだろうか。(N)

【原子力】遅れる再稼働 規制見直しが急務


【業界スクランブル/原子力】

生活・経済・国家運営に欠かせないエネルギーの危機に直面しているが、ウクライナ戦争が主な原因と誤解している人が少なくない。危機の主なファクターだが全てではない。

原油価格は2021年後半に80ドル超というリーマンショック後の最高値を記録した。新型コロナ禍の反動・影響でエネルギー需給が大きく変動・ひっ迫する一方で、競争拡大・コスト削減などで供給余力が減少したことが原因だ。ウクライナ戦争が終結してもエネルギー情勢がにわかに安定することはない。

今後のわが国のエネルギー需給を考えるに当たっても、冷静な視点と戦略的思考が欠かせない。国際市場におけるロシアの存在は巨人といってもいい。石油生産は日量1068万バレルで世界シェアは12%、ガス生産は6385億㎥と同17%を占める。こんな国がエネルギーを政争の道具に利用としているのだから、価格は石油・ガス・石炭ともに高騰し、価格と供給量の両面で危機が高まっているのも当然といえる。

欧州は脱ロシアを目指し、化石燃料の米国、サウジアラビアなどからの購入拡大を図るほか、原子力発電の利用拡大を図る方針だ。EUのフォンデアライエン委員長が原子力の必要性に言及するほか、フランスのマクロン大統領が国内の原発建設再開を表明し、英国も新設計画を公表した。このように欧州は原発の新設にシフトしているが、わが国では原発を全て活用する再稼働がまず取るべき道だろう。

岸田文雄首相は電力需給ひっ迫の解決策として、年内に9基の稼働を目指すように経済産業省に指示を出した。ただ、今の原子力規制委員会では再稼働の円滑化は望めない。規制委員会設置法をグローバルスタンダードに沿って改正することが急務だろう。(S)

大手電力の資金調達に変化の兆し 業界再編のきっかけとなるか


【羅針盤(第3回)】廣瀬和貞/アジアエネルギー研究所代表

旧一電各社の格付けが今後どのような要因により、どの程度の水準にまで変化する可能性があるのか。

自由化で先行している電力以外の社会インフラストラクチャー事業の事例も参考に考察する。

 私たちの生活に不可欠な社会インフラ事業は、一般に多額の設備資金を要する。そのため、社会インフラ事業を担う企業には、政府(国)の高い信用力が反映されている例が多く、円滑に低コストで資金調達がなされている。

インフラ事業の資金調達 NTT・JRのケース

NTTの場合は、通信事業が自由化されて競争が激化した後も、政府からの出資が残っていることで高い信用力が維持され、技術開発や通信ネットワークの建設・維持のための長期の資金調達がスムースに行われている。NTTの収益力、財務レバレッジなどの定量分析においては、国の信用力水準をやや下回ると評価されるが、国の出資があることで、必要な際には国からの何らかの支援が得られることが充分に期待できる。その定性要因を勘案して、現在も政府(日本国債)と同水準の格付けが付与されている。

JRの本州3社の場合は、完全民営化により政府の出資はなくなったものの、国の運輸政策を実現する主体として、各地域の事業において独占的な位置付けにある。3社ともそれぞれの事業地域で私鉄各社との棲み分けがなされており、事業の競争上の地位は安定している。また、3社の新幹線事業は、航空機や高速道路など他の交通手段に対しても強い競争力を維持している。その結果、キャッシュを稼得する力は極めて強く安定しており、負債を返済する能力が高い。これらJR3社は国と同水準の格付けを得ているが、それは国の信用力が直接に反映されたものではなく、言わばJR自身の収益力が評価された結果であると言える。なお、JR東海の格付けがJR東日本よりも1段階低いのは、リニア新幹線計画に伴う事業リスクと資金負担が理由である。

電力ネットワークは国民の生活と産業の発展に不可欠な社会基盤であり、政府は託送料金に規制を残すことで、引き続き旧一電各社を支援している。しかし、コストに見合う料金設定が制度上は許されていても、他の地域の料金水準との兼ね合いから、需要密度が小さく収益性が低い地域の事業者であっても、大幅な料金値上げは事実上不可能であり、結果的に経営が苦しくなっていく。

このことは、旅客需要の低迷で経営難が伝えられるJR北海道(上記の本州3社と異なり、現在も全額政府出資)の例を見ても明らかである。鉄道運賃も電力の託送料金と同様に、費用を回収できる水準に設定することが鉄道事業法上は可能であるが、営業地域全域にネットワークを維持するコストを少ない利用者によって回収できるほど運賃を高くすることは、事実上は不可能なのである。一方で、発電事業における脱炭素化、送配電事業における再生可能エネルギーの大量受け容れ、小売事業における消費者ニーズの多様化への対応は、いずれも待ったなしの状況である。これらには、いずれも多額の投資資金が必要となる。

出所:ムーディーズの公表情報から作成

各社の資金調達の変調 電力業界再編の号砲か

東日本大震災と原子力事故に伴う電力業界の混乱が収まった後は、旧一電の信用力が低下しても、各社の資金調達に不自由は見られなかった。しかし最近では、世界全体のインフレと金利上昇への懸念から、日本の債券市場も先行きの動向に警戒を強めている。そして今年7月には、旧一電の社債発行に関して、これまでになかった変調が見られた。相次いで起債を計画した北陸電力、中国電力、中部電力の3社が、いずれも予定額を下回る発行額となったのだ。北陸電力は3年債が予定の200億円に対して166億円の発行、10年債は100億円に対して73億円の発行となった。中部電力は超長期の20年債ではあったが、100億円の予定に届かない92億円の発行となった。その中でも中国電力は比較的投資しやすい3年債にも関わらず、予定の300億円の半分にも満たない146億円の発行にとどまった。

このような社債発行の不調が、すぐに旧一電各社の調達資金の不足につながるわけではない。金融機関からの調達も引き続き可能であるし、各国の金利動向が定まってくれば債券市場も安定に向かうと考えられる。しかし、上記の3社の間にも差異が見られたように、従来は一律だった旧一電各社の資金調達状況が変化しつつあることは確かである。

社会インフラ事業の一つである航空旅客事業において、2010年には日本航空が経営破綻した。しかし、他のエアライン会社のサービスによる代替が期待できる航空旅客事業と、独占性の強い送配電ネットワーク事業を持つ旧一電とでは、さまざまな意味で社会的な位置付けが異なる。仮に信用力が低下していくことがあっても、旧一電から経営破綻に至る例が現れることは現実的ではない。実際には、そのような事態に陥る前に、何らかの事業再編、もしくは他の旧一電やエネルギー企業との経営統合や合併という救済措置が取られる可能性が高い。その意味では、旧一電の格付けの下限はBBB(ムーディーズではBaa)格水準にとどまり、投資適格等級から外れることはないと考えられる。

電力事業の業態の中で、信用力の観点から最も事業リスクの小さいのは送配電事業、最もリスクの大きいのは発電事業とされている。そのため各社の電力事業全体の再構成に際しては、発電事業の扱いが大きなポイントとなろう。また、電力事業の自由化を進める観点からは、例えば原子力のような民営には馴染まない事業に関しては、広く国民の合意を得た上で、国の関与が高まることを期待したい。

ひろせ・かずさだ  東京大学法学部卒。米デューク大学経営学修士。日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。総合資源エネルギー調査会委員。日本信用格付学会常任理事。日本証券アナリスト協会検定会員。近著に『アートとしての信用格付け その技法と現実』(金融財政事情研究会)。

【石油】原油価格の動向 景気後退を反映


【業界スクランブル/石油】

最近、原油価格が軟化している。8月5日には90ドルと、ウクライナ侵攻以前の水準に戻った。欧米先進国の金利引き上げによる景気後退懸念が主な要因である。金利引き上げはインフレ対策ゆえ景気を冷やすのが目的である。

そのため、欧米の経済指標も鈍化を示し始めている。世界的な景気後退が現実となれば、価格は大幅下落もあり得るかもしれない。なお、欧米との内外金利差の拡大は円安要素であることから、円建て原油価格は値上がりの方向にも動く。ただ、為替変動の影響がドル建て原油価格の変動より大きいことはまれである。

他方、最近でも、ロシアの経済制裁への対抗措置が報じられると値上がりする日もあり、一本調子で値下がりしているわけではない。当面は、両要素の展開次第で不透明な状況が続くであろう。8月3日のOPECプラス閣僚会議では、従来の方針が踏襲され、8月以降も小幅増産にとどまった。サウジアラビアとロシアが共同議長ゆえ、ロシアが困る原油価格低下につながる決議を避けるのは当然であろう。従ってこれ以上の油価低下が続くようであれば、次回閣僚会議では、減産に転ずることもあり得るだろう。

ところが国内石油製品を見れば、ガソリン小売価格(全国平均)で今年2月以降、1ℓ当たり170円前後で推移している。補助金がないとしたら、210円代の高値が想定されたにもかかわらず、安定的に推移しているのは、まさに原油価格水準により毎週補助金額が調整される補助金効果である。その意味で、2兆円近い財源の補助金効果は絶大というほかない。

それだけに、補助金支給期限とされている9月末以降の取り扱いとも合わせ、今後の展開から目が離せない。(H)

【コラム/9月21日】ロシア依存からの早期脱却で注目されるFSRU


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

今年の2月24日のロシアによるウクライナ侵攻により、欧州を中心に脱ロシア依存が進んでいる。欧州委員会は、3月8日に提案した欧州の共同アクション計画REPowerEUで、2027年には、すべての化石燃料のロシアへの依存から脱却する方針を打ち出し、石炭については8月半ばには輸入を禁止することを発表している。また、石油については、5月4日に、年内に輸入を禁止する方針を発表している(5月30日、ハンガリーやスロバキアの反対に考慮し、パイプライン経由分を除き、海上輸送のみを対象とすることになった)。しかし、天然ガスについては、ロシア産が欧州における消費の約4割を占めており、ロシア依存からの脱却には、時間がかかりそうである。

そのような中で、いち早く、脱ロシアに踏み切った国がリトアニアである。同国は、4月3日には、ロシアからの天然ガス輸入を完全にやめると発表したが、4月1日には停止している。そして、他の欧州諸国にもロシアからの天然ガスの輸入をやめるように訴えた。これに呼応する形で、バルト三国の他のエストニアやラトビアも4月22日にロシアからの天然ガスの輸入の中止を発表している。

さらに、5月18日になると、バルト三国に隣接するフィンランドでも、国営の天然ガス輸入・供給会社ガスム(Gasum)が、同月15日のNATO加盟申請により、ロシアからの天然ガスの供給が近く停止する可能性に備えることを発表している(ロシアは同月21日、ルーブルでの支払拒否でフィンランドへの供給停止)。

バルト三国もフィンランドも約10年前は、天然ガスのロシア依存度は100%であった。バルト三国は、旧ソ連によって2回占領された歴史がある(1940~1941年、1944~1991年)。フィンランドも旧ソ連の侵略から始まった冬戦争(1939~1940年)とそれに続く継承戦争(1941~1944年)で、領土の10%を割譲され、約9万人の戦死者を出している。このような歴史があり、これらの国々のロシアへの不信感は根強く、天然ガスのロシア依存を下げる努力をしてきた。とくに、リトアニアでは、2020年時点では、ロシア依存が約5割にまでに下がっていた。

リトアニアは、2014年に、浮体式貯蔵再ガス化設備(Floating Storage and Regasification Unit :FSRU)を導入しており、ロシアからの天然ガスの輸入をやめることは可能であった。”Independence”(「独立」)という船名のFSRUは、FSRUプロバイダーであるノルウェーのホーグ・エルエヌジー・パートナーズ(Höegh LNG Partners)とリトアニアの石油・LNGターミナルのオペレーターであるクライペダナフタ(Klaipedos Nafta) との間で交わされた10年間のリース契約により導入された(リース終了後は、買い取られる)。リトアニアの動きは、あたかも2月24日の出来事を予見していたようである。

フィンランドでも、電力会社フォータム(Fotum)とガス供給網会社ガスグリッド(Gasgrid Finland)は6月9日に、FSRU受け入れ基地の設置に関する協定を締結した。FSRUは、米国のエクセラレート・エナジー(Excelerate Energy)から借り受けるもので、基地はバルト海のインクー港(Inkoo Port)内に設け、冬場の稼働開始を目指す(リース期間は10年)。導入されるFSRUは、フィンランドのみならずエストニアのガス需要も賄う。

これらの国々に対して、ロシア産天然ガスの最大の輸入国であるドイツは、いつロシア依存を脱却できるであろうか。3月25日に発表した見通しでは、2024年夏までにロシア依存度を10%にまで下げるとのことである。ドイツでも、大手電力会社が国内にLNG基地が建設されるまで暫定的に、FSRUを導入する動きがある。ユニパー(Uniper)はギリシャのダイナガス(Dynagas Ltd.)より2隻、RWEはホーグ・エルエヌジー・パートナーズから2隻チャーターしており、これらをヴィルヘルムスハーフェン(Wilhelmshaven)やブルンスビュッテル (Brunsbuettel)に設置する。E.ONもドイツで5隻目のFSRUの導入を予定している。5隻目の再ガス化能力にも依存するが、ドイツは2023年には、300億立方メートルを超えるFSRUによる供給能力を有することになるだろう。これに対して、2021年におけるドイツのロシアからの天然ガスの輸入は、460億立方メートルであった。電力、産業、家庭における節減のポテンシャルは、年間最大240億立方メートルと推定されることを考慮すれば、国民の努力次第では、早ければ2023~2024年頃には脱ロシアが視野に入ってくるだろう。ドイツでも、早期にロシア依存から脱却するために、FSRUは一役買っている。

問題は、ロシア産ガスの最大輸入インフラであるノルドストリームの稼働率が大幅に制限されている中で、豊かな生活に慣れたドイツ国民が、脱ロシアを達成するまで、苦痛なエネルギー節約に耐えられるかであろう。すでに世論調査では、対ロシア経済制裁の解除に賛成する意見は反対する意見を上回ったとのことである。ロシアからの天然ガス供給を再開する代わりに制裁を解除すれば、これまでの努力は水泡に帰し、ロシアに対する欧米の結束は一挙に乱れことになる。エネルギーを政治的武器とするロシアの戦略を成功させてはならないだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

【検証 原発訴訟】多数意見と反対意見の違いに注目 国の権限不行使の合理性で判断を


【Vol.6 1F最判②】前田后穂/TMI総合法律事務所弁護士

前回は福島事故前の津波に関する規制体系を概観し、6月中旬の最高裁判決でのさまざまな意見を紹介した。

今回は反対意見が多数意見と判断が分かれた理由と、多数意見の妥当性について検討したい。

 従来の判例では、国の不作為について国家賠償責任を認めるためには、「具体的事情の下において、行政機関の規制権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くこと」が要件であるが、この判断基準は抽象的であり、具体的事情の評価次第で結論が全く異なってくる。実際、今回の最高裁判決までの下級審の判断は二分していた。

多数説は東通の例などを参照 反対説は自主対策の責任追及

ではなぜ多数説は、国が技術基準適合命令を発した場合、敷地への遡上が確認される場所(南東側)にのみ防潮堤の設置がなされた蓋然性が高く、防潮堤以外に水密化対策を講じられた蓋然性は低いとし、当該防潮堤では東日本大震災の津波(東側からも遡上)を防げなかったと判断したのか。

本件事故前、津波への安全性については耐震設計審査指針上、「原子炉施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがないことを十分考慮した上で設計されなければならない」とするのみで、具体的な対策は明示されていなかったため、同指針から一義的に防潮堤の設置義務を導くことはできない。

一方、本件事故前、東通原子力発電所(東京電力が青森県の太平洋側に設置)では、想定津波が敷地高を超える場合に遡上する箇所のみ防潮堤を設置する計画に対し、「原子炉施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがない」として設置許可が出された先例があった。

多数説は、事故前の東通原子力発電所の実例や、当時の科学的・専門技術的な知見を踏まえて、防潮堤は津波に対する現実的な安全確保手段であると認識したものと考えられる。

これに対して反対意見は、国が東電に対して防潮堤以外に水密化対策を講じることを、命ずべき作為義務だと踏み込もうとしている。原告らは、事故前の東海第二原子力発電所の津波対策や東電の社内検討の例を挙げ、水密化対策事例の存在を主張していた。しかし、これらはあくまで事業者の自主的な検討・対策の一例にすぎず、規制機関による検証を経ていないだけでなく、津波対策としての水密化措置に関する具体的な技術基準や規格も存在しなかった。

本件では、経済産業大臣の規制権限不行使の違法性が問題となる。反対意見についても、「その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」に違法性を認定する、という前提は同じだ。

多数説の立場では、規制権限不行使の違法性を認定するには、規制機関が許容し得る合理的な結果回避措置を具体的に認定することが必要であると考えられる。これに対し反対意見は、規制機関が許容し得る措置を特定しないまま、事業者側の自主的な検討や対策を含めて「当時の具体的事情」として結果回避義務を認定しているようである。

規制機関が水密化措置を是認した実例がないにもかかわらず、反対意見が作為義務を肯定し得たことは、次のように解説できる。すなわち反対意見では、技術基準適合命令を発するにあたって、国が命令を発した後は、規制機関による判断を経ないまま事業者が津波に対する安全対策を講ずべきことを所与の前提とした。

そして「東電としては」水密化措置を講じた蓋然性が高いとして、東電内での検討過程から結果回避措置を判断し、権限行使主体の判断過程を省略して、規制機関の結果回避義務を認定したものと思われる。

長期評価の津波は実際と方角が異なっていた

規制外でも措置すべきか? 反対意見の論拠に疑問

しかし前回述べた通り、詳細設計に関わることは工事計画認可が必要であるし、稼働後も定期検査により基準適合性が検査される。結果回避義務の対象は、あくまで規制機関のコントロール内の措置に限られるべきであり、規制機関が許容し得ない対策を「東電としては」講じた蓋然性が高いとして、規制主体の結果回避可能性を肯定する反対意見は妥当だとは思われない。

実際、規制機関が水密化によって「原子炉施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがないことを十分考慮した上で設計された」かを判断可能かと考えてみても、原子炉施設の安全機能とは、建屋内外のさまざまな場所に設置された設備が有機的に結合し機能して維持される以上、水密化により安全機能が重大な影響を受ける恐れがないと判断することは難しい。

ましてや、反対意見が述べるように非常用電源装置のみ防護すれば足りると判断することはできない。さらに言えば、「原子炉施設に求められるべき高い安全性」に異論はないが、反対説にあるように、防潮堤が設置されるまでの間、重要な非常用電源設備だけでも防護できていれば稼働を容認しうるとすれば、かえって非常に安全性が不安定な状態での稼働を認めることにもつながる。

従って国が講じさせるべきであった津波対策として、本件事故前、規制機関が実際に判断した実例を具体的事情として厳格に判断し、規制機関の管理下にあった安全防止策を具体的に検証し、合理的な検証を経ていない結果回避義務の認定を回避した多数説は、行政に対する司法統制可能性や規範創造の限界を踏まえた妥当な司法判断と考えられる。

反対意見は、避難者救済の観点や、原子力施策の責任を国にも負わせるべきとの価値判断もあって、防潮堤以外に水密化対策を講じることを命ずべき作為義務だと踏み込んだのではないか。確かに補足意見(法的拘束力はない)が指摘した、国にも無過失責任を課すべきという考えもあるが、補足意見が続けて指摘するとおり、現法制度上、事業者は無過失責任を負うものの国は必要な支援をすると定められている。

実際、10兆円以上の援助や復興庁の設立を行うなど、無過失責任に近い仕組みが設けられ被害者救済がなされている以上、国家賠償請求訴訟においては、あくまで国の権限不行使が「当時の具体的事情から著しく合理性を欠いていた」か否かが厳格に判断されるべきである。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/

・【検証 原発訴訟 Vol.5】https://energy-forum.co.jp/online-content/9792/

まえだ・みほ 2008年東京弁護士会登録。フロンティア・マネジメントなどを経て、17年1月から原子力委員会原子力規制庁に勤務。21年7月から現職。