中性子照射により重要機器の材料の変化を精緻に把握する。
原子力発電所の運転期間ルール見直しに欠かせない研究だ。
人間と同じように原子力発電所にも「寿命」がある。ただし、それは安全かつ安定的に稼働できる「健康寿命」であって、生物の寿命とは少しニュアンスが異なる。
東京大学の村上健太准教授は、長く原発の「健康診断」に取り組んでいる。現在、原発の運転期間は一律、原則40年、最長で20年延長と決められている。しかし、人間の健康状態が皆違うように、原発のパフォーマンスもそれぞれ異なる。
村上氏の主な研究テーマは、重要機器の材料の変化を精緻に把握して、機器があと何年、これまで通りに利用できるか見極めること。同時に、原発を最大限有効に活用できるよう、調査・分析の結果を施設のマネジメント戦略の見直しに結び付けることだ。
原子炉圧力容器などの金属は、核分裂で発生する中性子にさらされると強靭さが低下する。一見、同じ材料でできているように見える機器も、不純物や環境のわずかな違いによって劣化の程度が異なる。なぜ違いが出るのか―。中性子照射による材料挙動予測の研究に打ち込んだ。
中性子照射は材料中でダイナミックな原子の配置転換を引き起こす。その繰り返しが徐々に元素の分布に偏りを生じさせる様子をモデル化した。
「40年、60年と定められた制度上の運転期間と、それぞれの原発が高いパフォーマンスを維持できる期間に、直接的な関係はありません。現在の制度は、福島第一原発事故後の混乱の中、初期モデルの原発を退場させるために急いでつくられたもの。既に役割を終えたルールは見直して、安全性向上にインセンティブを与えるような制度を提案したい」。力強くこう語る。
既設炉の性能アップを 新型燃料の利用を研究
既存の原発の性能アップも重要な研究テーマだ。例えば、日本の沸騰水型軽水炉では9×9燃料(燃料棒を9行9列に配置した燃料集合体)が使われる。ところが海外では10×10燃料が主流。燃料棒一本当たりの発熱量を下げることで、安全性を高めながら出力も増加させている。米国では過去30年間、原発の新設がなかったが、燃料・炉心の設計を工夫することで約800万kW、出力を増やしているという。
さらに燃料被覆管の性能を高めることで、①原子炉の停止時期を柔軟に調整できるので、地域ごとに定期点検の工事を平準化できる、②使用済み燃料の発生量が低減する―などのメリットもある。
「日本でも、制度の工夫と小規模な改造で10%弱の出力向上は直ぐに達成できる。ABWR(改良型沸騰水型炉)は、段階的に20%程度は出力を上げられるよう余裕をもって設計されている」
原発は日本にとって貴重なインフラだ。安全を前提に、最大限有効に活用することは、国益に直結する。国が2050年のカーボンニュートラルを目指す中で、村上氏の研究は重要度を増していくことになる。
