【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト
イランの核開発を巡る米国との交渉が正念場を迎えている。
イスラエルによる軍事攻撃の脅威も高まる中、残された時間は少ない。
トランプ米大統領は3月初旬、イランに核開発での交渉を呼びかけた際に、交渉期間を「2カ月間」と区切り、成果が出ない場合は軍事攻撃も辞さない構えを示した。交渉は、米国とイランを仲介した中東の小国・オマーンの首都マスカットで4月12日に実施されたのを皮切りに、ローマで第2回会合、再びマスカット会合と続いた。だが米国は、交渉中もイランに追加経済制裁を科すなど「最大限の圧力」を続けた。それにイランが反発し、4回目の会合が流れるなど迷走気味だ。
米国の狙いは、イランの核兵器取得を防ぐことにある。イランはすでに核爆弾6~7発分に相当する高濃縮ウランを保有。濃縮度は60%にとどめているが、これを兵器級の90%台に引き上げるのは、わずか1週間の作業で足りる。核兵器取得には、この高濃縮ウランを爆弾に加工する作業がさらに必要となる。米国は第二次世界大戦中の1945年、高濃縮ウランを取得してから9日間で核爆弾を組み立てた実績がある。多くの専門家は、イランも1カ月あれば核爆弾の製造が可能と見ている。
イランはこれまで「核兵器開発を目指していない」と重ねて説明してきた。ウソをついているようにも見える。だが、米情報機関トップのギャバード国家情報長官は3月末にあった米議会上院公聴会で「イランは核兵器を開発していない。最高指導者のハメネイ師がそれを認めていない」と述べ、イランの主張に「お墨付き」を与えた。
原子力マークのあるイランのリヤル紙幣
裏付けられた秘密核開発 米国は軍事行動に慎重姿勢
米情報機関がそう考えるのは、ハメネイ師が2003年に核兵器開発を禁じる「ファトワ(宗教令)」を出したからだ。それ以前のイランは、大規模な核兵器開発計画に取り組んでいた。
だが、反体制派が02年に暴露し、「核の番人」と呼ばれる国際原子力機関が03年2月からイランで徹底的な核査察を開始、秘密核開発の存在が裏付けられた。その翌月、ブッシュ(子)米政権はイラクへの軍事攻撃を始め、フセイン政権を倒す。ブッシュ氏は、イランをイラク、北朝鮮とともに「悪の枢軸」と呼び、敵視した人物だ。イラクの次はイランではないか。そんな危機感が高まる中、ファトワが発せられた。ハメネイ師(86)の存命中は効力を持ち続ける。
イランは79年のイスラム革命以後、イスラエルなど周辺諸国からの攻撃を防ぐため「前線防衛」に力を注いできた。レバノンのイスラム組織「ヒズボラ」、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織「ハマス」、そしてシリアのアサド政権などだ。だが、頼りとするこれらの勢力は24年、イスラエルからの攻撃などにより大幅に勢力を落としたり、瓦解したりした。
イラン自身も傷ついた。昨年4月と10月に二度にわたり弾道ミサイルやドローンでイスラエルを攻撃したものの、多くは撃墜され、思ったような成果を得られなかった。さらに、イスラエルの報復攻撃により、防衛網がいとも簡単に破られてしまう屈辱を味わった。
イスラエルは、何度となくイランは核兵器取得に向けた「ルビコン川を渡った」と批判し、攻撃する構えを示してきた。1981年にはイラクのオシラク原発、2007年にはシリアの原発を空爆して破壊した実績もあり、次はイランだと見定めた。だが、米国は後述するさまざまな理由から強く反対、見送ってきた。
昨年、二度にわたる報復攻撃でイランに「圧勝」を納めたイスラエルでは、またも軍事攻撃の機運が高まっている。米紙ニューヨーク・タイムズによると、特殊部隊の投入や大規模空爆で、核施設を徹底的に破壊する案を練り、米国に協力を要請した。
だがトランプ政権は、現時点という限定付きながら、軍事行動よりコストの安い交渉を選んだ。一方で軍事攻撃の選択肢も温存、3月末からイランに近いインド洋のディエゴガルシア島に爆撃機6機を配備し、直ちに空爆できる態勢を整えている。
人混みに隠す濃縮施設 現実的な落としどころは?
イランは、アラグチ外相を4月半ば以後、ロシアと中国に派遣し、両国から「軍事行動反対」という言葉を引き出すなど外交努力を続ける。さらに、攻撃を受けても、早期に立ち直れるための手も打つ。ウラン濃縮施設があるイラン中部ナタンツに、新たな地下核施設を整える動きなどがその代表例だ。
濃縮施設は、イスラエルが空爆して破壊したイラクなどの原子炉のような大型施設と違い、町工場並みの小型施設だ。偵察衛星の目を欺くには、監視の厳しいナタンツのような既存の核施設周辺ではなく、首都テヘランなどの「人混みの中に隠す」手もある。
イランと米国の交渉が難航しているのは、交渉を重ねるにつれ、米国側が要求をつり上げていることも一因とされる。米国は当初、レッドラインを「核兵器取得」に置いていた。だが、ルビオ国務長官など政府高官が「ウラン濃縮の全面禁止」「(イスラエルに届く)長距離ミサイルの廃棄」などを求め始めた。
いずれもイランが絶対にのめない要求だ。核開発はイランのプライドそのもので、濃縮はその象徴だ。高額紙幣には原子力のマークが印刷されている(写真参照)。強硬発言は、米国内に多いイラン嫌い勢力向けのポーズである可能性や、ブラフだとの見方もある。バンス副大統領などが、現実的な落としどころを探っているとの分析もある。
米国がイランへの軍事攻撃を避けてきた理由は二つある。一つ目は、イランはすでに多様な核技術を習得済みで、核施設を破壊しても早期に回復できる可能性が高いこと。二つ目は、核武装の正統性をイランに与えてしまう「やぶ蛇」になるとの考えだ。核施設を破壊しても根本的な解決には至らず、かえって事態を悪化させると考えている。
「バザール商法」に例えられるイランの巧みな外交術が勝利を収めるか。それとも、トランプ氏の「最大限の圧力」が功を奏するか。軍事衝突も含め、結果が出るのはもうすぐだ。