【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.16】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問
福島第一の格納容器内部は半減期の長い放射性物質で高いレベルで汚染されている。
廃炉は線量が減るのを待つべきで、早急な作業は「急いては事を仕損じる」ことになりかねない。
これまで世界で起きた原子炉事故の原因と経緯、その破壊状況と現状を述べてきた。このうち廃炉を達成したのは第3回で述べたSL-1だけであり、そのほかは工事を休止している。廃炉を阻む問題には、廃棄物処分と、作業での被ばく線量の不確かさに伴う費用がある。今回は連載最終回。問題の本質を述べた後、40年での福島廃炉の可能性を論じる。
廃棄物の輸送や埋設に反対する人は世界に少なくないが、その理由は、放射能と廃棄物の両者に対する嫌悪感情だ。解決には、実体を見て理性で納得してもらう以外に方法はないが、使用済み燃料の処分場のない日本の廃棄物問題の前途は険しい。この問題での役所のリーダーシップは大きい。
処分場がなければ福島の廃炉工事は開始できない。このことは明確に述べておく。廃棄物の行き先がなければ、工事を強行しても現場は廃棄物でふん詰まりとなり、工事は中断する。日本には原子力船「むつ」が寄港を拒否され彷徨した前例がある。普天間・辺野古のように、訴訟による工事の中断も起き得よう。福島の人たちはこのような状態を望むであろうか。以上が廃炉を阻む問題点の結論だ。
事故炉の廃炉を妨げる最大の問題は、廃炉作業での作業員被ばくだ。福島の溶融炉心は、ロボットや遠隔操作機器を使えば技術的には撤去可能であろう。これにより炉心の放射能は激減するが、被ばく源である作業場の汚染状況は変化しないから、被ばくは減少しない。ここが廃炉工事の泣き所だ。
例えば遠隔操作機器の搬入、据え付け、調整は、汚染環境の下での作業だ。また廃炉の最終工程である室内の除染は、人手による作業だ。これら作業の被ばく量が不確かなため、廃炉費用が定まらず、廃炉工事は休止している。
その具体例がTMIで、1000億円をかけて溶融炉心を取り出したが、その後の作業は中断している。英国のウインズケール炉は事故の後六十余年がたつが、溶融炉心には手が付けられていない。事故炉は、炉心溶融による建屋汚染の重篤度が廃炉実施の可否を決める。
福島第一の高い汚染レベル アメリシウムの長い半減期
昨年10月、久しぶりに福島第一を見学した。格納容器内部の放射線量を尋ねたところ、1号機6・5グレイ、2号機7グレイ、3号機10グレイ以上との返答であった。僕の予想よりはるかに大きい。6・5グレイといえば1時間で致死量だ。作業どころか入域すらはばかられる。
ところが、TMIやチェルノブイリは、事故後の10年には炉心解体や溶融燃料の採取を行っている。その線量データは持たないが、生身の人間が行った作業だから、福島より相当低い線量であることに間違いない。
なぜ、福島は高いのか? 恐らくTMIの場合は、炉心溶融ガスが加圧器の水槽を通って除染された後に格納容器に流入していること(第15回参照)、チ炉では10日間にわたる火災と燃料溶融によって、沸点の低い放射能が気化して、燃料棒から抜け出たことにあろう。逆に福島の汚染レベルが高いのは、溶融炉心から出た放射能が、直接格納容器に流入したことによろう。格納容器が小さいことも影響していよう。
いま福島に残る放射能は半減期約30年のセシウム(Cs)137が多いから、線量を10分の1に減らすには約100年を要する。さらにセシウムが減少するとアメリシウム(Am)241の寄与が相対的に大きくなるので、線量が1000分の1に下るのは500年後と専門家は言う(図参照)。この汚染環境を溶融炉心解体に先だって改善する方法を、僕は知らないし、考えつかない。
これまで事故が起きた2011年から30~40年後の廃炉完了を目指して論じてきたが福島は格納容器内面の汚染が濃く、作業員被ばくの面からいって、早急な解体撤去の実施は、残念ながら無理に思える。
だが廃炉は、これまで検討してきた解体撤去だけではない。密閉管理と隔離埋設を合わせて3方式あることは本連載の最初に述べた。解体撤去が無理なら、廃炉方式を改めて密閉管理とし、放射能の研究施設として活用すればよい。
今後の放射能の時間変化
出典:JAEA-data/Code 2012-018 福島第一原子力発電所の燃料組成評価から作成
放射能の実験場に好適 幅広く国際的な研究所に
溶融炉心ほど濃い放射能のある所は少ないから、福島のサイトは好適な放射能実験場となり得る。例えば、アオコはなぜ高放射線下で繁殖できるのか、トリチウムは生物に害を与えるのか等々、われわれが知らない放射能の謎を実験で解明していけばよい。
いや、それ以上に、放射能と名が付くことなら文学川柳に至るまで幅広く取り扱う、遊び心のある国際研究所にするのがよい。
年間100億円の研究予算を使えば、魅力的な国際研究所が生まれよう。廃炉に予定していた8兆円を使えば800年間の研究ができるが、そこまでは不要だろう。成果が出れば、研究者は世界中から集まり、サイト周辺は国際都市となろう。風評被害などは雲散霧消だ。必要なのは、やる気と、自由度と、度量だ。政府のご一考を願う。
解体撤去の調査研究は、研究所の一部門として東京電力が行えばよく、TMIなどの廃炉が実施されれば、研究成果を携えて協力すればよい。東電がなすべきことは、ロボットによる汚染実態の調査と線量の推計から、施設全体の放射能分布の時間変化を予測し、廃炉対策を練ることだ。
40年後の廃炉完了を強行するか、廃炉方式を変更するか、政府が決断する日は来ている。「40年後の廃炉だから、まだ30年ある」と棚上げを図るのは役所の通弊だが、今回は無用に願いたい。なぜなら処理水の放出後、東電は予定に従って解体撤去に向かわねばならぬからだ。政府の決断が遅れれば、解体撤去プロジェクトが無理を承知で動きだす。これによる国費の支出は莫大となる。
最終回は厳しい話になった。本連載を通じて事故炉の廃炉について知るところは全て率直に述べたが、僕はいま88歳。日本の将来についての責任は負えないので、世上流布されている技術的な誤りと疑問点の指摘を除いては、個人的な見解は差し控えた。
これにて連載を終える。長い間のご愛読ありがとうございました。
いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3 https://energy-forum.co.jp/online-content/5381/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.4 https://energy-forum.co.jp/online-content/5693/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.5 https://energy-forum.co.jp/online-content/6102/
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