【再エネ】需要家置き去り 洋上風力の公募改革


【業界スクランブル/再エネ】

 再エネ海域利用法に基づく洋上風力公募の事業者選定基準の見直しを巡って、経済産業省と国土交通省の有識者会合において修正案が示された。争点となった複数区域同時公募時の落札制限、いわゆる「一社総取り」を許すかについては、同時に公募する区域数や出力規模を踏まえ、公募ごとに適用有無を検討することとされた。国内の洋上風力産業が黎明期にあり、多数の事業者へ参入機会を与える観点からの整理、とのことである。

しかし、出力が小規模となれば、結果として調達コストは割高となり、供給タイミングも後回しにされる懸念もある。欧州では、100万kW級のサイトが一般的であり、数十万kWの公募では、日本の市場が優先されるとは考えづらい。そもそも、落札制限は公正な競争に反するのではないかといった意見や、応札段階ではなく落札時の制限で、その基準が明確でないとなれば、事業者の予見可能性が困難となるのではないか、といった意見もあり、最終的な見直し案の確定は座長一任となった。

今回の議論の背景には、年末の第1回公募入札結果を受け、一社総取りを許さないとの一部の事業者の声などがあった。自民党の再生可能エネルギー普及拡大議員連盟のヒアリングでは、FIPではなくFITの利用を求める声も出ているという。新電力が市場に卸す再エネ電気を利用できなくなる可能性があるからだという。

洋上風力は、大量導入によるコスト低減で国民負担の低減効果が大きいことから、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて最大限導入していくということではなかったか。それが、いつの間にか国民負担の軽減と安価な再エネ電気を求める需要側のニーズは置き去りにされてはいないだろうか。(N)

評価割れる東京都の条例案 新築への太陽光設置義務化へ


【多事争論】話題:東京都の新築への太陽光設置義務化

東京都が、新築建物に太陽光パネル設置を原則義務化する全国初の方針を固めた。

ちまたでも議論を呼んでいるが、専門家はこの条例案をどう評価するのか。

〈 ZEH普及のため義務化には大賛成 システムの良しあし理解し冷静な対策を 〉

視点A:荒川 源 ZEH推進協議会理事・事務局長

本件、ZEH推進協議会としては大いに賛成である。その理由として、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)普及を巡る国の取り組みを裏付けとしたい。

2021年3月に国土交通省が発表した住生活基本計画にさかのぼるが、同計画では省エネルギー性能を一層向上し、長寿命でライフサイクルCO2排出量が少ない長期優良住宅ストックやZEHストックを拡充、同排出量をマイナスにするLCCM住宅の評価と普及を推進。加えて住宅の省エネ基準の義務付けや省エネ性能表示に関する規制などの強化を目的とした。

同年6月の成長戦略フォローアップでは、住宅の省エネ基準の義務付けなどさらなる規制強化の検討とともに、ZEH・ZEBやLCCM住宅など、省エネ性能の高い住宅・建築物の整備や省エネ改修への支援を行うとした。また太陽光発電の導入促進などで住宅・建築物のゼロエネルギー化に取り組むことも明らかになった。

そして50年カーボンニュートラル(CN)に向けて、中・長期を見据えた取り組みと施策検討を目的に、同省が「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」を設置。家庭・業務部門、エネルギー転換部門における検討を進め、脱炭素社会に向けた住宅・建築物の姿と、そのための取り組みの進め方を示している。50年に目指す姿としては、ストック平均でZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能とし、住宅では一次エネルギー消費量を省エネ基準から20%程度削減、一般の建築物は用途に応じて30%または40%程度の削減が求められる。これをもって「導入が合理的な住宅・建築物における太陽光発電設備等の再生可能エネルギー導入が一般的となる」としている。

30年に目指すべき姿としては、新築についてはZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能であり、住宅は強化外皮基準および再エネを除いた一次エネルギー消費量を、現行の省エネ基準値から20%削減、建築物は同様に用途に応じて30%または40%削減(小規模は20%削減)を確保する。特に30年までは、太陽光発電は現実的に利用できる再エネとして期待が高く、50年において設置が合理的な住宅・建築物には太陽光発電設備の設置が一般的になることを目指すとした。これに至る30年において、新築戸建て住宅の6割に太陽光発電の設置を目指すと明示した。将来の太陽光発電設置義務化も選択肢の一つとして、あらゆる手段を検討し、その促進のための取り組みを進めることが求められている。

温暖化目標達成には太陽光不可欠 国民が家庭のエネ利用考える機会に

太陽光発電の普及は、CN社会に向けた建築物省エネ化の観点からすれば喫緊の課題であり、都の太陽光設置義務化方針については注目しているし、制度化に大いに期待したい。逆説的に言えば、30年の家庭部門のCO2削減目標を、東京都は19年比で45%減、国は13年比で66%減と掲げており、これらを太陽光発電の活用なしで達成する具体策はあるのかと、反対論者には問いたい。地球環境問題がこれだけ世界で取り沙汰され、世界的な燃料費高騰で電気代が急騰する中、原子力発電ですべてが解決するとの考え方で許される状況ではない。太陽光発電による主力電源化までは難しいことや、エネルギーミックスの観点が重要なことは理解しているが、個人が戸建て住宅で消費する電気を少しずつでも再エネ化することは、国民一人ひとりのエネルギー意識に訴える良い機会だと捉えている。

一方、単純な義務化は大きな反発を生むことも承知している。既にパブリックコメントの募集段階で、多くの動画サイトやSNSなどのメディアで、話題づくり、視聴者集めも兼ねたアンチコメントが散見される。

冷静な普及のための条件などを議論していく必要がある。例えば、毎年度の都内新築建物の供給量(延床面積の合計)により制度対象とする記載があるが、ハウスメーカーの事業規模、商圏の広狭で難易度は変わるため、段階的な義務化を検討するべきだ。また、太陽光発電自体へのアンチ論者も少なくない。経済メリット、故障リスク、設備製造時エネルギー、廃棄時のコストと有害物質、リサイクル体制など、さまざまな問題がテレビやインターネット上で飛び交っているが、真新しい問題提起はない。このように一つずつ丁寧にエビデンスを挙げ証明しながら、都民、ひいては国民への理解を求めていく必要がある。

太陽光発電の住宅設置が、良くも悪くもこれほど話題になる機会はなかった。今こそ問題点を正確に検証し、多くの人にメリットとデメリットを理解してもらい、気持ち良く設置義務化にうなずいてもらいたい。

あらかわ・げん 2007年に工業・化学業界専門の出版社に入社。太陽光発電業界専門誌編集長を経て、14年にアスクラスト設立、「月刊スマートハウス」創刊。17年ZEH推進協議会を発起人となり設立。

【火力】供給力不足の発端 問われる義務の仕組み


【業界スクランブル/火力】

 今年は梅雨明けが記録的に早く、綱渡りの電力供給が続いている。供給力不足の原因として、火力発電所の休廃止が進んでいることが指摘されているが、それは結果を表しているにすぎない。では、本質的な原因はどこにあるのだろうか。昨今の脱炭素化の流れもあるが、それ以上にここ十年来行われてきた電力システム改革による制度変更の影響が大きい。

事の発端は、供給義務の在り方を変えてしまったことだ。現在、供給力確保義務は小売り電気事業者が負うものと整理されているが、その際市場からの調達でもよいことになった。これにより小売り事業者は自ら発電設備を持たなくても義務を果たせることになり、参入障壁が下がって一見良さそうだが、その代わりに制度を十分に作り込まなければ、供給力不足に陥る懸念が当初から指摘されていた。

しかし、その後優先的に行われたのは、旧一電に内外一致の対応を求めることばかりで、容量市場など供給力増強を促す施策は後回しにされ続けた。

その結果、旧一電の電源より安い電源をつくるのが難しいと気付き始めていた新電力は、リスクを冒してまで自前の電源を持つ意欲を失ってしまった。一方、旧一電は市場へ限界費用での玉出しを半ば強制されたことにより、自社シェアを超えた供給力確保は一方的な持ち出しになることに気付いた。頼みの容量市場がようやく始まるではないかとの声が聞こえてくるが、過去2回の落札結果に対し小売りの負担軽減にばかり配慮する対応を見て、発電事業者は、既に失望してしまっている。

遅まきながら長期電源投資に向けた制度の話が進んでいるが、今度こそ競争拡大や脱炭素に過度に引きずられず、電源投資に素直に意欲が湧く制度となることを願ってやまない。(N)

【マーケット情報/8月19日】原油下落、需給緩和感が強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み下落。需要後退と供給増加で、需給緩和感が強まり、売りが優勢に転じた。

経済が一段と冷え込み、石油需要が弱まるとの見込みが強まっている。欧州の7月インフレ率は、前月から上昇。さらに、中国では、7月の工業生産指数が、前月比で悪化。製油所の稼働率も7月、過去2年で最低を記録した。

また、中国では今後、租税回避に対する政府の監査が入り、民間製油所が複数停止するとの懸念が台頭している。欧州でも、Shell社が、ドイツ西部・ラインラント地域で、製油所の稼働率を引き下げたと発表。熱波の影響でライン川の水位が下がり、内航船での石油製品出荷が滞っていることが要因となっている。ただ、川の水位は、今週初めには幾分か上昇する見通しだ。

供給増加も、需給緩和感を強めた。12日までの一週間における米国の原油輸出が、過去最高を記録。欧州の製油所はロシア産原油の代替を求めており、同地域向け出荷の裁定取引による利益が拡大したことが背景にある。

一方、輸出増加で、米国の週間在庫は減少。米国とイランの核合意復帰を巡る会合は、欧州連合が最終案を提示するも、終わりが見えず不透明感が台頭。米国が対イラン経済制裁を解除し、イラン産原油の供給が増加するとの観測が弱まった。ただ、価格の支えにはならなかった。

【8月19日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=90.77ドル(前週比1.32ドル安)、ブレント先物(ICE)=96.72ドル(前週比1.43ドル安)、オマーン先物(DME)=95.02ドル(前週比4.06ドル安)、ドバイ現物(Argus)=94.31ドル(前週比3.72ドル安)

全面自由化で激変する事業環境 大手電力「信用力低下」の要因は


【羅針盤(第2回)】廣瀬和貞/アジアエネルギー研究所代表

小売り全面自由化によって大手電力会社における「総括原価主義」の前提がなくなった。

規制環境の変化を受け、大手電力で相次ぐ格付け低下の理由を解説する。

 第1回で見たように、総括原価主義による料金規制と地域独占を伴う電力の安定供給の体制は、経済の成長率が高く、それによる電力需要の増加率が高かった時代においては、電力設備の整備と高品質な電力の安定供給にとって、極めて有効な仕組みであった。しかし、日本の輸出産業が、西側諸国の中で最も低コストゆえに競争力があった時代が終わり、アジア各国や世界の他の地域の国々とのコスト競争が激しくなると、電力に関しても、停電が少なく供給が安定していて高品質であることに加えて、価格が低いことが強く求められるようになった。

電力システム改革の一環として、小売事業の全面自由化が2016年4月に実現した。各社の供給区域という概念がなくなり、区域内からの料金収入によって事業費用が賄われるという確実性が失われた。新電力各社との競争も全面化している。これらにより、電力業界の基本的な考え方であった総括原価主義の前提がなくなったと見るべきである。

今後は、旧一般電気事業者の収益が悪化した場合に、それは一時的な状況であって、制度的に認められた電気料金の改定(値上げ)を行えば利益水準を回復できるとみることはできなくなる。つまり、大手電力会社といえども、制度によって収益が守られていた「特殊な会社」から、業況によって収益や財務の状態が変動する、いわば「普通の会社」になったということである。資金調達の方法に関しても、従来旧一電にだけ認められていた一般担保付社債は、経過措置の終了する25年3月末以降は新規の発行が認められなくなる。

これを信用力評価の観点から見れば、収益が規制料金によって保証されなくなるという変化は大きく、経営の安定性に対する定性評価は、従来よりも大幅に厳しくなる。定量評価に関しても、従来は「国の政策に沿って事業を遂行した結果としての収益状況・財務状態」であったが、これからは「経営の巧拙の結果としての収益状況・財務状態」として投資家から見られることになり、財務数値に対する評価も厳しくなる。

旧一電の格付けの低下 その理由は大きく二つ

現在の旧一電各社の格付けを見ると、第1回で紹介した11年3月以前の水準に比べて、複数段階にわたって下がっている。原子力事故の直接の影響が大きい東京電力ホールディングス(東電HD)が大幅に格下げとなった以外にも、沖縄電力を除く電力各社について、格付け各社とも格付けを3~6段階下げている。

現在の日本の大手電力会社の格付け
出所:格付け会社の公表情報から作成・2022年6月末時点

東電HD以外の旧一電各社が格下げされた理由は、大きく分けて二つある。

一つは、事故後の原子力政策の混乱とそれに伴う各社の収益・財務の悪化であり、この要因は(原子力電源を持たず本土の電力供給ネットワークの混乱とも無縁であった沖縄電力を除いて)全ての旧一電に一律に影響した。第1回で説明した通り、日本の電力事業の規制環境は高度に安定しており、突発的な事象が原因で一時的に電力会社の収益が悪化することがあったとしても、それが長引くことはないと見なされていたことが、電力会社に対して日本政府の格付け水準に近い高い格付けを付与する大きな理由となっていた。

しかし、11年3月の大災害と原子力事故の後、実際には電力システム全体の混乱と電力会社の収益の不振が、数年間にわたって継続した。すなわち、電力会社の信用力を守っている規制の強固さが、格付け会社が従来見込んでいたほどには強くなかったことが明らかとなった。この見立ての変化を受けて、全社一律に格付けの変更が行われたのである。

もう一つは、電力システム改革の進展による事業環境の変化により、実際に収益状況や財務状態が悪化した会社が出てきたことである。ムーディーズが中国電力の格付けを「A3」から「Baa2」に変更したのは、この二つめの要因による。この要因は、各営業エリアの競争環境や、各社の原子力その他の電源構成の違いによる部分が大きい。従って、二つめの理由による格付けの変更は個別性が強く、また格付け会社による見方の違いも大きい。

自由化で先行した欧州 大手の格付けも大幅な低下

一般に、規制に守られていた産業が活発な競争状況に移行すれば、どのプレーヤーにも価格圧力がかかるため、収益状況が悪化し、全般に信用力は低下していく。参考となるのが、日本に先行して電力業界(エネルギー業界)の自由化が進展した他の地域の事例である。欧州の大手エネルギー会社の例を紹介すると、英国のセントリカ、 ドイツのエーオンとRWEの各社は、いずれも自由化後の業界再編の中で集約されてきた大手エネルギー会社であり、その市場地位は高い。しかし格付けは、自由化開始当初の「AA」もしくは「A」という高い水準から少しずつ低下し、現在は3社とも「BBB」の範疇にある。

欧州の大手エネルギー会社3社の格付け推移
出所:ムーディーズの公表情報から作成

しかし、日本と欧州では産業の基本的な条件が異なり、エネルギー業界の事業環境や競争状況も違いがあるため、単純に日本の旧一電が欧州各社と同じ「BBB」の水準の格付けにまで下がっていくと予測することは適切ではない。連載の最終となる次回は、旧一電各社の格付けが、今後はどのような要因によって、どのように推移していくとみられるのか、他の社会インフラ事業会社との比較も交えて考察する。

ひろせ・かずさだ  東京大学法学部卒。米デューク大学経営学修士。日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。総合資源エネルギー調査会委員。日本信用格付学会常任理事。日本証券アナリスト協会検定会員。近著に『アートとしての信用格付け その技法と現実』(金融財政事情研究会)。

【原子力】中国の原子力開発 世界一を射程に


【業界スクランブル/原子力】

 中国の原子力開発の勢いが止まらない。福島第一原発事故以降の一時期、新規建設が停滞したが、近年は開発の速度を上げた。昨年1年間で3基の原発が運転を開始し、6基が着工。今年に入って福清6号機と紅沿河6号機が運転を開始し、田湾8号機と三門3号機が着工した。

これにより中国の運転中の原発は53基、5554万kW、建設中は1868万kWとなり、数年以内にはフランスを抜いて世界第2位の原発大国となる見込みだ。また、同国の原子力発電中長期計画では、2030年までに原発の設備容量を1億2000万~1億5000万kWまで増やす計画で、その時点では米国を抜いて世界一の原発大国となる可能性がある。

しかし、その中国での炉型選択は、いまだに迷走中だ。紅沿河6号機は広核集団が開発したACPR1000を、三門3号機は米ウエスチング社製のAP1000を採用。田湾8号機はロシア型VVER、福清6号機は華流1号の設計で建設される。

中国内で多様な炉型が選択される背景には、多様化というより核工業集団、広核集団、国家電力投資集団という3大事業者間の独自性と確執とがある。また、日本の原子力委員会に相当する中国国家原子能機構が、3大事業者間の調整機能を果たし得ていないという事情もある。

これらの中では華流1号だけが、中国が全面的に知的財産権を持つ炉型だ。このためパキスタンなどへの海外輸出時の炉型は、これに収斂しつつある。ただし、華流1号にしても圧力容器やメインポンプ、蒸気発生器などの基幹設備と部品は一定の割合で、今も欧米の原発先進国に依存している。このため原発大国を目指す中国は、その基幹設備の国産化率上昇に躍起になっている。(S)

【検証 原発訴訟】福島事故で国の責任認めず 最高裁判所の初判断のポイントは


【Vol.5 1F最判①】前田后穂/TMI総合法律事務所弁護士

6月17日、福島第一原発(1F)事故での国の責任を認めないという最高裁判所の初判断が示された。

当初は前号に続きもんじゅ最高裁判決を扱う予定だったが変更し、今回の1F最高裁判決を解説する。

福島第一原子力発電所の事故により、避難を余儀なくされた避難者らの集団訴訟は全国で約30件、原告は計1万2000人を超える。福島原発事故への国の責任について最高裁判所が初めて判断を示した本判決は、国と東京電力を相手に損害賠償を請求した4件(福島、群馬、千葉、愛媛、原告計3700人)の訴訟の上告審である。最高裁は今年3月に損害額(計約14億円)を先行して確定しており、東電については原子力損害賠償法により無過失責任が課されている一方、国に対する請求は国家賠償法に基づく不法行為責任が問題となっていた。

主要論点は、「予見可能性」と「結果回避可能性」の二点。具体的には、①国は2002年に地震調査研究推進本部(地震本部)が公表した「地震活動の長期評価」に基づき津波を試算すべきであり、試算さえすれば福島第一原発の原子炉建屋などが設置されている敷地(海抜10m)を超える最大15・7mの津波(以下、試算津波)を予見できたはずである、②国は規制権限を行使し、東電に試算津波対策を講じさせれば、本件事故は防げたとして、国には規制権限を行使しなかった違法がある―として損害賠償を請求した。

これに対し国は、「試算津波の根拠となった『地震活動の長期評価』は規制に取り入れられるような『予見可能性』の前提となる精度を伴うものではない。仮に試算津波に対する対策を講じたとしても、東日本大震災の津波とは規模が全く異なり、本件事故は防げなかったため『結果回避可能性』はなく、規制権限を行使しなかった不作為に違法はない」と主張した。

従来の判例上、裁判所が「国の規制権限の不行使」を違法認定する場合は、規制権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質などに照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く、と認められる必要がある。著しく合理性を欠くか否かは、予見可能性や結果回避可能性などの諸事情を総合的に考慮し判断されている。もっとも、司法が行政の不作為の違法を導く法的「作為義務」を認定するためには、予見可能性と結果回避可能性を含む全ての要件を肯定しなければならないのに対し、「作為義務」を認めない場合は、一要件の否定で足りるのが論理的帰結となる。

福島第一原発事故を巡る訴訟の概要

事故前の津波への安全性評価 想定超える津波への規制なく

今回の最高裁は、試算津波の予見が可能であったかなどのほかの争点は判断しないまま、仮に、国が東電に対し、試算津波に対する対策を講じさせていたとしても、結果回避可能性はない、として国の責任を否定した。この判決では、法解釈の論理的帰結として「国の責任を認めない」とした多数意見に加え、多数意見の補足意見が2、反対意見が1付されている。「司法の謙抑性」から踏み込んで社会に向けて情報発信されたこれらの意見についても検討したい。

事故前、原子力規制機関による津波という自然事象に対する安全性の評価としては、「その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分考慮した上で設計されなければならない」とし、保守的に計算された一定の規模の津波を想定津波とし、想定津波によって原子力施設が安全かどうかを判断した。具体的には、想定津波よりも敷地高が高いか、敷地高を上回る津波が到来する箇所に防潮堤などが設置され、敷地に津波が浸入しない設計となっていれば、安全上問題はないとされていた。

具体的な評価手続としては、原子力規制機関により、基本設計(想定津波が敷地へ浸水しない設計か)について設置許可を行い(前段規制)、その後、詳細設計(防潮堤を設置する場合には防潮堤の具体的設計)について工事計画認可(後段規制)を行うという厳格な審査を経た後でなければ、原子炉施設を稼働することはできない。それだけでなく、稼働後も定期的に原子炉施設を停止し、原子力規制機関による定期検査が義務付けられていた。

その上で原子力規制機関は、自然事象である以上、想定津波よりも巨大津波が到来することは否定しきれないものの、(例えば数千年周期というように)可能性は極めて低いものとして、設計に取り入れた想定津波より大規模な津波への個別対策は、事業者の自主的な対策であり、法令に基づく規制権限はないものとしていた。

多数意見と反対意見 結果回避措置の認定異なる

多数意見では、「地震活動の長期評価」を根拠として、仮に技術基準適合命令を行使して、津波による事故を防ぐための適切な措置を東電に義務付けた場合には、試算津波と同じ規模の津波による浸水を防護できるように設計された防潮堤を設置する措置が講じられた蓋然性が高い、と判断した。当該防潮堤は、南東側にのみ設置されるが、東日本大震災の津波は、南東側のみならず東側からも大量の海水が本件敷地に浸入しているため、結果は回避できなかったと判断した。

これに対し反対意見は、技術基準適合命令が発せられれば、東電としては、試算津波の遡上が確認されていない東側全面にも防潮堤を設置したはずである、と指摘。加えて、防潮堤の設置は長期間かかるものであり、その間の原子力施設の安全性を確保するため、東電としては、非常用電源設備の水密化も講じたはずであるとした。そうであれば、東日本大震災の津波によっても事故は回避できたと判断した。

このように、多数意見と反対意見が認定した結果回避措置は大きく異なる。反対意見は、事故前の規制で是認されていた津波対策を大きく超える対策を求めている。これは、国策として原子力施策を推進している国にも責任を負わせるべきという考えが背後にあると推察するが、国家賠償請求訴訟において、このような判断は妥当か。

次回、行政機関の規制権限の不行使の事案における司法判断の在り方について補足意見、反対意見も踏まえて検討する。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/

まえだ・みほ 2008年東京弁護士会登録。フロンティア・マネジメントなどを経て、17年1月から原子力委員会原子力規制庁に勤務。21年7月から現職。

【石油】原油価格変動が翻弄 ウクライナの運命


【業界スクランブル/石油】

 ウクライナ紛争は長期化の様相を呈している。今後、ロシアの継戦能力は、石油・天然ガスの価格水準次第ということになろう。ロシア経済は資源に依存しているため、その国力は資源価格次第である。

歴史を振り返ると、ロシアは原油価格が低迷すると、国内に混乱が起こりがちだ。東西冷戦の終結とソビエト連邦崩壊は1980年後半の価格暴落時だったし、98年のデフォルト騒動、エリティン辞任・プーチン登場は、アジア経済危機に伴う価格低迷期だった。

他方、価格高騰期には、海外介入・侵略に走りがちである。2008年のジョージア介入、14年のクリミア侵攻も高騰期だった。

今回注目するのは、旧ソ連時代、1981年のアフガン介入・戦争長期化、88年の敗戦・撤退の前例である。アフガン戦争はイラン革命直後の油価高騰期に始まり、暴落期に終わった。しかも、アフガンでの敗戦はその後のソ連崩壊に直結した。

したがって欧米主要国は、ロシアの戦費調達を困難にすべく、ロシア産石油禁輸や上限価格設定など、あの手この手を繰り出しているが、うまくいかない。サウジアラビア、UAEへの増産要請も有効ではない。原油価格を低下させるためには、米国がシェールオイルを増産するのが一番早い。

しかし、民主党のバイデン政権にはそれができない。米国を含めた産油国の増産余力の欠如も、増産設備への投融資の消極姿勢がその原因である。欧州のロシア産天然ガス依存に加えて、その点でも、結果的に欧米先進国の脱炭素政策はウクライナ国民を苦しめている。ソ連崩壊で悲願の独立を果たしたウクライナ。資源大国の隣国であるだけで、原油価格の変動に翻弄されている。(H)

【ガス】エネ資源を国家管理下に プーチン氏の戦略


【業界スクランブル/ガス】

今世界中を騒がせているプーチン大統領。彼は25年前にサンクトペテルブルグ鉱山大学で経済科学の博士号を取得している。1997年、45歳前後で大統領府監督局長を務めていたころに論文は執筆・提出され、99年には「ロシア経済の発展戦略における鉱物資源」というタイトルで出版されている。

実は、この論文は米国人経済学者の著書を盗用したものとロシア人研究者が結論づけている。超多忙だったプーチン氏が論文を書く暇などなかったことは想像に難くない。よくある話と片付けるのは簡単だが、問題はこの論文の内容である。

北海道大学名誉教授の木村汎氏は著書『プーチンのエネルギー戦略』の中で、この論文の趣旨は「ロシアが豊富なエネルギー資源の力を国家利用するために、資源を国家管理下におくことはロシアの地政学的利益の促進や内外政策の遂行に役立つ」としている。

プーチン氏はこの考え方に基づき、まずガスプロムの再国営化、石油大手ユコスの解体・再国有化など、民間エネルギー企業の国有化を推進。また、政治・外交目標を達成する道具としてエネルギー資源を位置付けている。これは、現在のウクライナ侵攻でのドイツなどの状況を見れば明白であろう。加えて、外国資本の締め出しを狙っている。もちろん、サハリン2も例外ではない。

6月30日にプーチン氏は、サハリン2の運営会社「サハリンエナジー社(英国籍)」の外国企業資産を、今後新設するロシア企業に無償で引き渡すことを命じる大統領令に署名した。これはウクライナ侵攻で対ロ制裁を鮮明にしている日本などへの報復措置との見方が一般的だ。しかし、プーチン氏にとっては長年の資源政策の一環にすぎないのかもしれない。(G)

IoTデバイスで電力需要を制御 自然と共生する社会を後押し


【エネルギービジネスのリーダー達】塩出晴海/Nature創業者

創業以来、IoTで家電製品を制御するスマートリモコンの普及拡大に取り組んできた。

目指すのは、再エネ中心の持続可能なエネルギーシステムであり、人間が自然と共生する社会だ。

しおで・はるうみ
2008年スウェーデン王立工科大学でComputer Scienceの修士課程を修了。三井物産に入社し、途上国での電力事業投資・開発などを担当。16年にハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得、在学中にNatureを創業する。

2014年創業のNature。主力事業として開発・製造・販売を手掛ける家庭用のスマートリモコン「Nature Remo」は、赤外線式のリモコンを使用する家電をIoT化し、スマートフォンを通じて外出先からスイッチを入れたり、自動で節電したりといった機能を持つ。電力不足が懸念される中、需給安定化に資するデマンドレスポンス(DR)の自動化ツールとしても期待が高まっている。

電力の需給調整を視野 デバイス普及に注力

創業者の塩出晴海氏は、三井物産を退社し米ハーバード・ビジネス・スクールに在学中、ボストンで起業しスマートリモコンの開発に着手した。赤外線の送受信部や人感センサーを内蔵した上で、理想のデザインを実現することは困難を極め、ようやく製品を世に出すことができたのは予定よりも1年遅れの17年のことだった。

「白い素材は赤外線が透過しにくく、それまで全体が白い筐体は存在していなかった。製品の外観に強くこだわったばかりに、意図せずして世界で誰も成し遂げていなかったことにチャレンジすることになった」と苦労を振り返る。

そのかいあり、スマートリモコンの草分けとなったNature Remoの販売は好調な滑り出しを見せた。デザイン性のみならず、グーグルやアマゾンのスマートスピーカーと連携し音声操作が可能なことも評判を呼び、最初の2年間で10万台を販売。その後も順調に伸び続け、この夏には、50万台突破も視野に入る。

だが当初から、塩出氏の狙いは単にスマートリモコンを普及拡大させることではなかった。太陽光を中心に自然変動の再生可能エネルギーの導入量が拡大すれば、デマンドをコントロールする仕組みが必ず必要になる。スマートリモコンは、あくまでもそのためのツールなのだ。

新型コロナウイルス禍とウクライナ危機という想定外の出来事が背景にあるとはいえ、昨今の電力の需給ひっ迫と価格高騰をきっかけに、塩出氏の読み通り、需要側の機器制御は需給安定化に欠かせない取り組みになりつつある。

需給ひっ迫時にどう家庭の需要を効率的に抑制するかは大きな課題だが、機器制御を組み合わせたDRを大規模に展開していることは他社にはない同社の大きな強み。これは、創業から6年をかけて地道にIoTデバイスを普及させてきたからこそできることだ。

この夏は、関西電力の「夏の節電プロジェクト2022」にDR支援サービスを提供している。前日に通知する時間帯に節電を実施すると、節電量に応じてポイントを付与する仕組み。今後も、小売り事業者と連携し制御対象となる需要規模の拡大を目指していく。

一方で価格高騰は、昨年3月に参入したばかりの電力小売り事業からの撤退という苦い経験ももたらした。「今後数年間は、赤字が確定してしまうようなビジネスをスタートアップとして継続することはできない」という厳しい判断を余儀なくされたのだ。

商社で日本のユビキタスコンピューティング領域の技術を海外で事業化したいと三井物産に入社した塩出氏が、電力ビジネスに関心を持つようになったきっかけは、配属を希望していたユビキタス事業部が入社直後に廃止され、自らが取り組みたいことと社会のニーズに乖離を感じたことだ。

「父がITエンジニアだったこともあり、おのずとユビキタス(IoT)の分野が関心事になっていた。しかし、そこで立ち止まって考えた結果、自分にとってのキーワードは『自然』だと思い至った。ヨットは風を受けて帆を張り進む。同じように、人間もDNAレベルで自然の中にありたいもの。ビジネスパーソンとして最も脂が乗るころ(08年年当時に10年後をイメージ)に、自然というキーワード時代のニーズとマッチできるビジネスが、『クリーンテック』『クリーンエナジー』だった」

その後、電力事業に携わる事業部に配属され、インドネシアの石炭火力事業に携わるように。初めて飛び込んだ電力の世界で、ビジネスの基礎と電力マンとしてのノウハウを培うことになった。

テクノロジーを駆使し 人と自然をつなぐ

目標は、25年ごろまでに屋根置き太陽光など創エネと機器制御を組み合わせた家単位のエネルギーマネジメントの最適化で、一定のプレゼンスを持つこと。そして30年ごろまでには、電力全体をマネジメントするプラットフォームへと進化を遂げることだ。

「エネルギーの主体がエンドコンシューマーにシフトすれば、求められるインフラは大きく変わる。そこで高いプレゼンスを発揮できる企業でありたい」(塩出氏)

同社のコーポレートミッションは「自然との共生をドライブする」。

テクノロジーで人と自然をつなぎ、持続可能なエネルギーの未来、そして人間が自然を感じながら心地よく生きられる社会を目指すことが、ビジネスの原動力だ。

【新電力】続くLNG供給不安 長期展望描けず


【業界スクランブル/新電力】

 LNGの供給不安が止まらない。折からの円安に加えて、ロシアの欧州向け天然ガス供給が減少していること、欧州が大量調達を行っているためである。既にパキスタンでは国内で必要な調達ができなくなっており、計画停電が頻発している。火災事故が発生したフリーポートの運用再開も一部再開が10月、完全再開が年内と見込まれており、今冬の需給改善に寄与するか微妙な情勢である。記事執筆時点で定期検査に入っているノードストリームの運用再開も不安視されている。西側のエネルギー供給、特に化石燃料の安定供給には不安要素が目立ち、改善要素に乏しい。

当然、これらの事象は小売り電気事業者に多大な影響を及ぼすが、新電力には需要家への提案価格変更か、契約終了くらいしかヘッジ手段はない。新電力のビジネスモデルは中長期的な展望を描くことができず、常に短期の最適化が求められると痛感させられる。

他方、新電力は本当に短期の最適化のみ求められるポジションに甘んじていてよいのだろうか。業界内でも徐々に疲弊の色が見えてきており、長期的な展望を語る人が減ってきたように感じている。金融機関などと連携し、ゼロエミッション電源の開発や火力電源の買収・長期契約締結などの努力が必要だ。

しかしながら、電力小売事業は調整電源を確保しながら遂行していく必要がある。現在は、常時バックアップ(BU)が調整電源の役割を果たしているものの、本来常時BUに求められている役割はベースロード電源の代替である。化石燃料が活用されるのは調整電源であり、この可変費の価格安定化が必要である。新電力の経営安定には、火力電源については総括原価を前提にした市場設計が必要なのではないだろうか。(G)

豪州電力市場取引停止の教訓


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

6月15日、シドニーやメルボルンなど豪州東側の主要地域に供給する電力市場「NEM」が、供給力不足の懸念を理由に取引を停止した。発電用燃料の石炭や天然ガスが豊富な豪州で、20年以上の歴史を誇る電力市場の突然の事態が注目されている。

話は天然ガス価格の急騰から始まる。NEMの限界供給力はガス火力であるため、電力市場価格も急上昇し、プライスキャップが発動された。これにより、燃料価格に対し逆ザヤとなったガス火力は一斉に運転を停止。市場運用者のAEMOは、主力の供給力である石炭火力に期待したが、冬の需要期にもかかわらず、補修や燃料不足で3分の1程度のユニットは動かなかった。やむなくAEMOは市場取引を停止、規制価格による発電を指令した。

供給力(kW)は十分あるはずなのに実際は使えない、という事態が発生した。まずはプライスキャップである。市場をゆがめる価格の制約が、供給維持にはいかに危険かが分かる。それ以上の教訓は、脱炭素に向けた転換期の電力市場における火力の維持の在り方である。一定の設備容量を残すだけでは不十分ということだ。再エネが増えてkW時ベースの収入が減る中、計画的な補修を行い、燃料確保が可能な状況で待機させなければならない。燃料でいうと、物流が細る中での急なユニット稼働には、いま以上の在庫能力で対応するしかない。発電設備も負荷変動や起動停止の増加で、損耗は激しくなるのではないか。要するに、これまで以上にカネをかけられるような仕組みが必要だということだ。

先発からストッパーに転向した江夏(古い!)の報酬を、球数に応じて減らすことはできない。世の中には「歩合制」では測れぬ価値があるのだ。改めて市場のあり方の議論が深まることを期待したい。

【電力】節電ポイントより合理的 「大臣DR」に期待


【業界スクランブル/電力】

周知の通り、今年度の夏冬の電力需給が厳しい。その中でも太陽光発電の貢献が期待できる夏は、期待できない冬ほどではないと目されてきたが、6月に記録的な猛暑が到来し、東京地方は連日電力需給ひっ迫注意報が発出される事態となった。3月22日の寒波によるひっ迫警報から3カ月しかたっていない。何とも目まぐるしい。

そんな中、政府が唐突に打ち出した家庭向けの節電ポイントが炎上気味だ。サハリンLNGの途絶が普通に想定される状況でこれがタマでは率直に言って寂しい。選挙対策のつもりならまず裏目に出るのではないか。

節電量に応じてポイントを出すのは、ピークタイムリベートと呼ばれるDRプログラムの一種ととらえられる。そこで節電ポイントが1kW時当たり5円相当とされていることに、DRに造詣の深い経済学者が苦言を呈している。市場価格が1kW時当たり100円、小売料金が同30円であれば、差し引き70円のリベート支払いが可能だ、5円は不当に安いと。

この主張、部分的に真理であろうが、こうしたプログラムを実装するにはもっと周到な準備が必要だ。ピークタイムリベートは、医療保険の給付金のようなものだ。万一の入院のときに給付金がもらえるのは、普段から保険金を支払っているからこそだ。しかし、家庭向け電気料金原価に保険金に相当するものは含まれていない。含めるには、料金原価算定の考え方を変える必要がある。

家庭用のDRは手間の割に効果が小さく、取り組みが後回しになるのは、致し方ない面はある。誰も責められないだろう。今段階では、付け焼き刃なことは考えず、大臣による節電の呼び掛け(いわゆる大臣DR)に期待するのがむしろ合理的と言えまいか。(U)

理念的なG7共同声明 現実世界との乖離広がる


【ワールドワイド/環境】

G7エルマウサミットは6月28日に首脳声明を採択して閉幕した。国内石炭火力の扱いについては「2035年までに電力部門の完全または大宗の脱炭素化の達成にコミット」「国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトの加速に向けた、具体的かつ適時の取り組みにコミット」とされ、フェーズアウトの具体的年限は設定されなかった。

化石燃料プロジェクトへの公的融資については、「国家安全保障と地政学的利益の促進が極めて重要であることを認識した上で、各国が明確に規定する、1.5℃目標やパリ協定の目標に整合的である限られた状況以外において、排出削減対策の講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援を22年末までに終了」との文言が盛り込まれた。昨年11月のCOP26で化石燃料セクターへの公的支援を22年末までに終了との有志国による共同声明を踏襲するものだが、「国家安全保障と地政学的利益の促進が重要であることを認識した上で」という枕ことばが入り、1.5℃目標などとの整合性については「各国が明確に規定」とされている。例外となる状況の解釈に各国の国家安全保障上の必要性が考慮されるようになったといえる。

またロシア産天然ガスからの脱却のためにはLNG転換が不可欠であることから、LNG投資については再エネ由来水素開発のための国家戦略への統合などによりロックイン効果を回避すれば「一時的な対応として適当であり得る」との文言が入った。「化石燃料への公的投資の停止」という方針を掲げた中での苦心の作文である。

ドイツの提案する「気候クラブ」は産業部門の野心を向上させ、国際ルールを順守しながら排出集約財のカーボンリーケージのリスクに対処するとされている。具体的内容はいまだ不明確だが、気候クラブに実効性を持たせるためには中国、インドの参加が不可欠だ。しかし彼らがG7共同声明の要請に応じて1.5℃目標と整合的な形で国別貢献目標(NDC)を年内に見直すとは思えない。

ウクライナ戦争によるエネルギー安全保障上の脅威の下でも温暖化アジェンダにコミットするG7であるが、中国、インド、ロシアの入るG20では全く様相が異なる。理念的なG7共同声明と現実世界との乖離がさらに広がっている。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

需要家参加型で関心高まる オームコネクト社のDR事業


【ワールドワイド/経営】

米国では今夏、熱波による記録的な電力需要の高まりによる需給ひっ迫が懸念される地域がある。また、卸電力価格の高騰によって電気料金が上昇し、インフレに苦しむ家庭用需要家の負担がさらに増嵩することが危惧されている。このような中、節電ができ、かつ料金の削減につながる需要家参加型デマンドレスポンス(DR)への期待が高まっている。

この分野で特に注目されているのが、2013年に設立されたスタートアップ事業者のオームコネクト社(カリフォルニア州)だ。同社は、カリフォルニア州やニューヨーク州の主に家庭用需要家向けに電力管理プラットフォームアプリを提供し、需給ひっ迫が予想される時間に使用量の削減やピークシフトを促すDRビジネスを行っている。

同社のDRプログラム「オームアワーズ」は、24時間以内に需給ひっ迫が予測される場合、プログラム発動時間をメールやSMSで顧客に通知し、DRプログラムへの参加を促す。参加した顧客は、使用量の削減量に応じた報酬を得る仕組みとなっている。

また、20年からは需給ひっ迫時にリアルタイムで発動する「オートアワーズ」プログラムも提供している。このプログラムでは、顧客の機器操作なしに、発動時間に自動的にネットワーク化されたサーモスタットや家電製品が15分単位で制御される。このように同社は家電製品とDRプログラムの統合を積極的に進めており、その顧客数は17年の約1万件から、22年には約20万件へと大幅に増加している。

同社は最近、EVや太陽光発電(PV)、蓄電池などの分散型エネルギー資源(DER)を仮想電源として制御するバーチャルパワープラントシステムを活用したDRサービスも手掛け始めた。3月からは、PV設備メーカー・サンパワー社と連携し、ルーフトップPVと蓄電池を保有する顧客に対して、ピーク時に使用量削減だけでなく、蓄電池からの電力を配電網へ逆潮流することで報酬を上積みするDRプログラムを実施中だ。

さらに、今年の夏季(5月30日~9月30日)には、ピーク時に使用量削減に応じた顧客に対し、通常のDR料金にボーナスを加算し、抽選で賞金や豪華景品が当たるMEGAサマーキャンペーンを実施している。同社のデブリースCEOは、料金が最も高いときに使用量を抑えるためのツールとインセンティブを顧客に提供することで顧客自らが節電行動をとるようになると述べている。

(長江 翼/調査第一部米国グループ研究員)