【最終回 志賀判決】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士
最終回は、福島事故前に民事で唯一原子炉の運転差止めを認めた、志賀原発を巡る判決を取り上げる。
地裁と高裁で判断が割れたが、その理由は、福島事故後の原発訴訟の傾向にも通じるものがある。
これまで伊方最判(最高裁判決)、もんじゅ最判の考察後、福島第一原子力発電所事故後の裁判例を概説してきた。連載最後である今回は、この事故前に民事訴訟で原子炉の運転の差止めを認めた唯一の判決である2006年3月24日の金沢地裁判決(地裁判決)と、この判決を取り消した09年3月18日の名古屋高裁金沢支部判決(高裁判決)を扱いたい。問題となったのは、北陸電力が設置する志賀原子力発電所の2号炉(本件原子炉)である。
地裁が積極的に事実認定 異なる判断枠組みを採用
地裁判決は、立証責任等の判断枠組みについて、「原告ら(住民)において、被告(北陸電力)の安全設計や安全管理の方法に不備があり、本件原子炉の運転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証した場合には、公平の観点から、被告において、原告らが指摘する『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』が存在しないことについて、具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべき」であり、「これをしない場合には、上記『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』の存在を推認すべきである」とした。原子炉の運転差止めでよく用いられる伊方最判の判断枠組みを修正し、行政機関の審査過程も踏まえる判断枠組み(22年2月号参照)とは異なる判断枠組みを採用した。
地裁判決がこの判断枠組みを採用する理由の一つとして、「原子炉周辺住民が規制値を超える放射線被ばくをすれば、少なくともその健康が害される危険があるというべき」と述べた点は、放射線防護の考え方と放射線による健康影響とを混同していると思われる。加えてこの判断枠組みでは、行政機関の審査過程を踏まえないために、裁判所が積極的に事実認定に乗り出す方向になる。現に地裁判決では、「安全審査を経て通商産業大臣による本件原子炉の設置変更許可がなされているからといって当該原子炉施設の安全設計の妥当性に欠ける点がないと即断するべきものではなく、検討を要する問題点ごとに、安全審査においてどこまでの事項が審査されたのかを個別具体的に検討して判断すべきである」と打ち出した。
そして、「現在の地震学の知見に従えば、対応する活断層が確認されていないから起こり得ないとほぼ確実にいえるプレート内地震の規模は、マグニチュード7.2ないし7.3以上というべきである」と積極的に認定して、「設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない」などと耐震設計上の不備を述べた。本件原子炉の運転によって、周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が存在することを推認すべきと判断して、運転の差止めを命じた。運転の差止めを認めるためには、伊方最判の判断枠組みを踏襲しない必要があったものと思われる。
なお、この判決で問題となった耐震設計審査指針は、06年9月の大幅改訂前の1978年の指針であり、現在の新規制基準とも大きく異なる。新規制基準から見ると、設計に用いる地震の想定が甘かった点は否めないところである。
一方、高裁判決は立証責任等の判断枠組みについて、「本件原子炉の安全性については、控訴人(北陸電力)の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出した上で主張立証する必要」があると指摘。「控訴人がこの主張立証を尽くさない場合には、本件原子炉に安全性に欠ける点があり、その周辺に居住する住民の生命、身体、健康が現に侵害され、又は侵害される具体的危険性があることが事実上推認されるものというべきである」とした。
ただし、本件原子炉施設が安全審査の指針などの定める安全上の基準を満たしていることが確認された場合には、本件原子炉の安全性について主張立証を尽くしたことになり、「本来主張立証責任を負う被控訴人(住民)らにおいて、被控訴人らの生命、身体、健康が現に侵害され、又は侵害される具体的危険があることについて、その主張立証責任に適った主張立証を行わなければならない」とした。結局は、住民側に具体的危険性があることの主張立証責任を負わせたに等しく、行政機関の審査過程を尊重した判断枠組みである。
高裁判決がこのような判断枠組みを採用した背景には、地裁判決後の06年9月、それまでに蓄積された地震学などの知見を反映させて耐震設計審査指針が改訂され、当該指針が審査基準となっていたこと。さらに北陸電力が当該指針に照らした耐震安全性評価(耐震バックチェック)を行っていたことなどを、「時機に後れた攻撃防御方法ということはできない」としていることからも、それらについての考慮があったことがうかがわれる。
福島事故後に目立つ傾向 裁判所独自の厳しい態度
福島第一原子力発電所事故後は、民事訴訟で運転差止めを認めたものは地裁レベルで3件あり、仮処分では、地裁レベルの決定3件と高裁レベルの決定2件がある。事故後の社会の風潮もあると思われるが、裁判所が、行政機関の審査過程の尊重を基礎とした伊方最判の判断枠組みを修正した判断枠組みを用いながらも、実際には行政機関の審査過程を尊重せずに、独自に厳しい態度で臨む場合もある。
裁判所独自の厳しい姿勢が目立つ
その場合に大切なことは、裁判所の独自の考え方が尊重されるほどにきちんと審査を実施したのか、そして信頼される審査実績を積み重ねることであろう。もちろんどのような判断枠組みを用いるかのみで結論が変わるものではないが、それでもどのような判断枠組みを用いるかが結論に大きな影響を与えることも、やはり否定し難い。主張立証責任の判断枠組みでは、誰が何について主張立証責任を負っているか、主張立証に失敗した場合には何が推定されるのかが重要である。今後も原発訴訟の行方を注視していきたい。
最後に、1年間にわたりご愛読いただき、感謝いたします。
・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/
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もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。