【Vol.5 1F最判①】前田后穂/TMI総合法律事務所弁護士
6月17日、福島第一原発(1F)事故での国の責任を認めないという最高裁判所の初判断が示された。
当初は前号に続きもんじゅ最高裁判決を扱う予定だったが変更し、今回の1F最高裁判決を解説する。
福島第一原子力発電所の事故により、避難を余儀なくされた避難者らの集団訴訟は全国で約30件、原告は計1万2000人を超える。福島原発事故への国の責任について最高裁判所が初めて判断を示した本判決は、国と東京電力を相手に損害賠償を請求した4件(福島、群馬、千葉、愛媛、原告計3700人)の訴訟の上告審である。最高裁は今年3月に損害額(計約14億円)を先行して確定しており、東電については原子力損害賠償法により無過失責任が課されている一方、国に対する請求は国家賠償法に基づく不法行為責任が問題となっていた。
主要論点は、「予見可能性」と「結果回避可能性」の二点。具体的には、①国は2002年に地震調査研究推進本部(地震本部)が公表した「地震活動の長期評価」に基づき津波を試算すべきであり、試算さえすれば福島第一原発の原子炉建屋などが設置されている敷地(海抜10m)を超える最大15・7mの津波(以下、試算津波)を予見できたはずである、②国は規制権限を行使し、東電に試算津波対策を講じさせれば、本件事故は防げたとして、国には規制権限を行使しなかった違法がある―として損害賠償を請求した。
これに対し国は、「試算津波の根拠となった『地震活動の長期評価』は規制に取り入れられるような『予見可能性』の前提となる精度を伴うものではない。仮に試算津波に対する対策を講じたとしても、東日本大震災の津波とは規模が全く異なり、本件事故は防げなかったため『結果回避可能性』はなく、規制権限を行使しなかった不作為に違法はない」と主張した。
従来の判例上、裁判所が「国の規制権限の不行使」を違法認定する場合は、規制権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質などに照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く、と認められる必要がある。著しく合理性を欠くか否かは、予見可能性や結果回避可能性などの諸事情を総合的に考慮し判断されている。もっとも、司法が行政の不作為の違法を導く法的「作為義務」を認定するためには、予見可能性と結果回避可能性を含む全ての要件を肯定しなければならないのに対し、「作為義務」を認めない場合は、一要件の否定で足りるのが論理的帰結となる。
福島第一原発事故を巡る訴訟の概要
事故前の津波への安全性評価 想定超える津波への規制なく
今回の最高裁は、試算津波の予見が可能であったかなどのほかの争点は判断しないまま、仮に、国が東電に対し、試算津波に対する対策を講じさせていたとしても、結果回避可能性はない、として国の責任を否定した。この判決では、法解釈の論理的帰結として「国の責任を認めない」とした多数意見に加え、多数意見の補足意見が2、反対意見が1付されている。「司法の謙抑性」から踏み込んで社会に向けて情報発信されたこれらの意見についても検討したい。
事故前、原子力規制機関による津波という自然事象に対する安全性の評価としては、「その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分考慮した上で設計されなければならない」とし、保守的に計算された一定の規模の津波を想定津波とし、想定津波によって原子力施設が安全かどうかを判断した。具体的には、想定津波よりも敷地高が高いか、敷地高を上回る津波が到来する箇所に防潮堤などが設置され、敷地に津波が浸入しない設計となっていれば、安全上問題はないとされていた。
具体的な評価手続としては、原子力規制機関により、基本設計(想定津波が敷地へ浸水しない設計か)について設置許可を行い(前段規制)、その後、詳細設計(防潮堤を設置する場合には防潮堤の具体的設計)について工事計画認可(後段規制)を行うという厳格な審査を経た後でなければ、原子炉施設を稼働することはできない。それだけでなく、稼働後も定期的に原子炉施設を停止し、原子力規制機関による定期検査が義務付けられていた。
その上で原子力規制機関は、自然事象である以上、想定津波よりも巨大津波が到来することは否定しきれないものの、(例えば数千年周期というように)可能性は極めて低いものとして、設計に取り入れた想定津波より大規模な津波への個別対策は、事業者の自主的な対策であり、法令に基づく規制権限はないものとしていた。
多数意見と反対意見 結果回避措置の認定異なる
多数意見では、「地震活動の長期評価」を根拠として、仮に技術基準適合命令を行使して、津波による事故を防ぐための適切な措置を東電に義務付けた場合には、試算津波と同じ規模の津波による浸水を防護できるように設計された防潮堤を設置する措置が講じられた蓋然性が高い、と判断した。当該防潮堤は、南東側にのみ設置されるが、東日本大震災の津波は、南東側のみならず東側からも大量の海水が本件敷地に浸入しているため、結果は回避できなかったと判断した。
これに対し反対意見は、技術基準適合命令が発せられれば、東電としては、試算津波の遡上が確認されていない東側全面にも防潮堤を設置したはずである、と指摘。加えて、防潮堤の設置は長期間かかるものであり、その間の原子力施設の安全性を確保するため、東電としては、非常用電源設備の水密化も講じたはずであるとした。そうであれば、東日本大震災の津波によっても事故は回避できたと判断した。
このように、多数意見と反対意見が認定した結果回避措置は大きく異なる。反対意見は、事故前の規制で是認されていた津波対策を大きく超える対策を求めている。これは、国策として原子力施策を推進している国にも責任を負わせるべきという考えが背後にあると推察するが、国家賠償請求訴訟において、このような判断は妥当か。
次回、行政機関の規制権限の不行使の事案における司法判断の在り方について補足意見、反対意見も踏まえて検討する。
・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/
・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/
・【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/
・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/
まえだ・みほ 2008年東京弁護士会登録。フロンティア・マネジメントなどを経て、17年1月から原子力委員会原子力規制庁に勤務。21年7月から現職。