矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
ドイツは、ウクライナ危機を契機に、エネルギーのロシア依存から脱却を図るとともに、エネルギー・経済安全保障政策を再考する必要に迫られている。本コラムでは、この問題について考えてみたい。
ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえて、世界最大の化学会社BASF社のCEOであるマルティン・ブルーダーミュラー氏は、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙のインタビューで、つぎのように述べている。「ロシアのガス供給がこれまで我々の産業の競争力の基礎になってきたのは事実だ。輸入停止は我々の繁栄を破壊する。この競争力のあるエネルギー供給は、ドイツの経済力にとって不可欠な基本的要素だ。」これは、ドイツを世界最強の経済大国であり、また輸出大国にした同国のビジネスモデルを明快に示している。ドイツでは、ロシアから輸入された安価なエネルギーを用いて、高度な技術をもつ国内産業で高付加価値の製品を生産し、世界中に販売することで、巨大な利益を獲得してきた。
また、ドイツは、メルケル前首相の時代に、急成長する中国市場に飛びついていった。ドイツにとって、中国は、重要な部品・原材料の供給国であると同時に、巨大な販売市場にもなった。中国の乗用車市場でドイツの自動車メーカー(フォルクスワーゲン、アウディ、BMW、ダイムラー)の占める販売割合は2020年時点で24.4%であり、これら4社が中国で生産した乗用車は合計480万台に上る。(また、2020年にドイツで生産された乗用車25万3,900台が中国に輸出されている。)さらに、急速に進むグローバリゼーションは、輸出国であるドイツに有利に働いた。以上のように、ドイツのビジネスモデルを構成したのは、ロシアの安価なエネルギー、中国の巨大市場、グローバリゼーション、そして強い国内産業であった。そしてこのビジネスモデルの帰結は、一方では巨大な貿易黒字、他方では極度の依存関係、特にロシアと中国への依存であった。
ドイツのこのようなビジネスモデルにほころびが出始めたのは、新型コロナウィルスの流行である。防護服やマスクが欠乏し、特定製品の内製化の必要性が叫ばれた。さらに、ロシアのウクライナ侵攻で、ドイツのビジネスモデルは崩壊したといえる。ドイツや他のヨーロッパ諸国は、ロシアからのエネルギー輸入をやめることを余儀なくされた。また、現在、中国への依存度が高すぎるという問題が改めて提起されている。中国はロシアサイドだからである。
多くの識者は、ウクライナ戦争は「グローバリゼーションの輝かしい30年の終わり」を意味すると考えている。そのため、ドイツは、これまで成功してきたビジネスモデルの代わりに何か新しいモデルを見つけなければならない。ドイチェヴェレのシニアエディターであるヘンリック・ベーメ氏は、「ドイツ経済は常に高い適応能力を発揮してきたが、今正に、これが求められている。ドイツにおけるエネルギー供給の再編は、経済のエコロジー的転換を加速させるまたとない機会を提供する」と述べている。経済・気候保護大臣ロベルト・ハーベック氏は、2022年4月6日、エネルギー戦略「イースターパッケージ」の発表で、「再生可能エネルギーは『最も重要な公共の利益』である」と述べている。計画通りであれば、2030年には、ドイツの電力供給は、総電力消費量に占める再エネの割合が少なくとも80%になる。ヘンリック・ベーメ氏は「これにより、ドイツの産業界は、再び安価なエネルギーで価値のある製品を製造し続けられる状態になり、そして、将来にわたってドイツの繁栄が確保される」と述べている。ドイツの新たなビジネスモデルが果たして成功するか注目されるところである。
ウクライナ危機で、ドイツでは、エネルギー転換を加速していくことは間違いないだろう。しかし、同国が中国依存から脱却し、新たな経済秩序の構築を目指すかは、現首相の姿勢から疑問が残る。ショルツ首相は、昨年11月4日に、ドイツの代表的企業の社長を率いて中国を訪問し、習近平国家主席と経済関係強化のための会談を行っている。また、今年1月18日には、世界経済フォーラム年次大会で演説し、世界に広がる脱グローバル化のリスクを指摘している。アンナレーナ・ベアボック外務大臣とロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣は、中国依存を大幅に見直すことに賛成だが、ショルツ首相はメルケル前首相のとった同じ道を歩もうとしているようにみえる。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。









