【メディア放談】電力需給を巡る論説 新聞は電力ピンチに向き合ったか


<出席者>電力・石油・ガス・マスコミ業界関係者/4名

冬の需給ひっ迫にかかわらず、今年度の夏、冬も電力不足の可能性があるという。

新聞各紙も問題視しているが、どう解決するか正面から向き合う論説は少ない。

―今年の冬に電力需給ひっ迫があったにもかかわらず、夏も需給が危ないという。梶山弘志経産相が会見で厳しい見通しを明らかにしている。

電力 自由化の進展で競争が激しくなり、電力会社は効率の悪い老朽火力を廃止していく。一方、再エネの拡大は止まらず。原発の再稼働も遅々として進まない。すると需給が厳しくなることは必然で、誰もが分かっていたはずだ。

―「ならば、なぜ火力のリプレースを進めなかったんだ」という批判がある。

電力 福島事故で原子力規制委員会の規制が厳しくなって、原発の安全対策工事に膨大な費用がかかった。それで、火力のリプレースにまで手が回らなかったことがある。そのうちに脱炭素の潮流が急速に強まって、石炭火力は新設が難しくなっていった。

ガス 経産省は、「2024年からは容量市場が始まる」と繰り返している。「それまでは辛抱しろ、何とかしのげ」ということだろう。だが、関係者には「容量市場で需給のバランスが取れると思ったら大間違い」という人もいる。

 結局、新型コロナ感染防止でのワクチンに匹敵するのは、原発の稼働しかない。ところが、希望の星だった柏崎刈羽原発が核物質防護体制の不備などで当面、再稼働がおぼつかなくなった。ほかに近々新たに再稼働しそうな原発は見当たらない。当面、今の状態が続きそうだ。

石油 6月8日の国会で、国民民主党の浜野喜史議員が需給ひっ迫について、「電力システム改革、自由化、再エネ大量導入の当然の帰結」と指摘している。その通りだ。もし停電が起きたら、それらを進めた経産省の自業自得というしかない。

原発報道の変わらぬ構図 朝日・東京の思想信条

―梶山大臣の発言もあり、マスコミも需給ひっ迫の問題を取り上げている。原発の扱いを巡っては意見が分かれている。

石油 やはり、朝日・毎日・東京対読売・産経の構図だ。朝日は社説(6月2日)で、「中長期的に需給を安定させる抜本策を講じる必要がある」とした。まったくその通りだ。

 ところが続いて、大量のCO2を出す古い火力は頼みにできず、原発もリスクの大きさや国民の不信、廃棄物の問題から「当てにするわけにはいかない」と書いている。結局、結論は「再エネの拡大を急ぐべきだ」になる。

マスコミ 今年のゴールデンウィーク中の5月3日、四国電力で太陽光の出力(232万kW)が需要(229万kW)を上回った。四電はエリア外送電などで、何とか停電を回避した。

 ところが2週間後、悪天候で太陽光はストップ。今度は関西電力から50万kW融通してもらっている。火力発電のトラブルなどが起きて、本州側の電力会社に余裕がなかったら、四国の電力供給は危なかったかもしれない。

―四電は供給力確保に血眼になったはずだ。

マスコミ 不思議なのは、朝日の記者・編集者が、このまま再エネが野放図に普及すれば、こういったことが全国で頻繁に起きることを理解しないことだ。あるいは、分かっていながら書かないのかもしれない。ならば、本当にたちが悪い。

電力 東京新聞に至っては、「電力不足への対応が原発再稼働につながらないよう、厳しくチェックすることも必要だ」と書いている。こうなると、もう客観的事実は意味がない。再エネ推進・反原発は思想信条に近い。

マスコミ それと同じことを、日曜日朝のTBS系「サンデーモーニング」で、造園家のWさんも言っていた。地上波は影響力が大きいから、自分の「思想」を述べるのはやめてほしいと思うけど、無理だろうな。

日経のあいまいな論説 再エネ偏重を見直し?

―日経も編集方針がよく見えなくなった。

電力 6月5日の社説で「中長期で供給力を安定的に確保する仕組みを整えなければならない」と書いている。続いて読んでいて「おやっ」と思ったのは、再エネに触れていないこと。あいまいな内容だけど、要するに高効率の天然ガス火力の建設を増やすべきだと言いたかったようだ。

マスコミ 無責任な社説だね。日経の記事は再エネ偏重で、再エネ関連の広告も多い。だけど、このまま増えていけばかなりの調整力が必要で、コスト面からもまずいことが分かったんじゃないか。

 かといって、原発の役割は書きたくない。さらにSDGs信奉で「火力に頼らざるを得ない」とも書けない。それで結局、CO2排出が比較的少ない天然ガス火力に落ち着いたんだろう。

―一方、原発に理解のある読売・産経は。

石油 読売の社説(5月31日)は、「太陽光発電は天候に左右され、供給を不安定にする一因となっている」「出力が安定している原発の利用が有力な選択肢だ」と書いた。さらに、「国民に原発の必要性を説き、理解を得るのは政治の責任」とも主張している。

 産経も主張(5月27日)で「安全性を確保した原発の早期再稼働を含め、安定電源の確保が急務」「基幹電源として活用できる原発の再稼働は当然」と書いている。

―電気事業にある程度理解があれば、正論だと思うだろう。だけど、国は動くだろうか。

電力 菅政権の支持率が低下している。総選挙で「自民党は50議席減らす」との分析もある。すると当然、不人気な原子力政策には触れなくなる。残念だが、政治・行政には期待できない。

―すると、また何も変わらずか。

【再エネ】再エネ100%へ 系統安定化の課題


【業界スクランブル/再エネ】

5月の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の会合において、地球環境産業技術研究機構(RITE)が、政府が参考として示す2050年の電源構成によりカーボンニュートラルを達成する場合、電力コストが2倍、再生可能エネルギー100%のシナリオでは4倍程度まで上昇するとの結果を発表した。多くの委員からは「産業競争力上、大変なことになる」「既に確立した技術を活用すべきだ」といった声が相次いだ。

再エネ100%シナリオでは、太陽光や風力など自然変動電源の出力変動に対応するための「システム統合費用」が大きくなる。これに対して地球環境戦略研究機関(IGES)は前提条件の設定に疑義を唱え、システム統合費用はもっと安くなるのではと問題を提起する。シナリオの分析結果は前提条件次第で変わり得るため、数字の絶対値に意味があるというよりはむしろ、シナリオ間の比較衡量を行う上で有用だ。さまざまな機関により前提条件を含めた活発な議論が行われ、ブラッシュアップされることが重要であろう。

ところで、筆者が興味深く感じたのは、IGESが自然変動電源の電力量の変動に関して「新たな重要な問題提起」としている点である。前回の長期需給見通し策定時、系統安定化費用として明示的に全て算入はされなかったものの、かかる調整費用に関しては既に議論されており、その結果「調整費用は実際の費用より低く試算される可能性がある」と注記された経緯がある。また、昨年末から今年1月にかけての需給ひっ迫時、悪天候で太陽光の出力が低下した日には、LNGなど火力で不足を補ったことは記憶に新しい。

再エネ100%の電源構成は理想的だが、経済性の問題以前に安定供給の確保についてしっかり議論する必要がある。kW時のバランス、周波数・電圧の維持に加え系統安定性が大きな課題となる。この点、実はRITEの分析は「電源脱落時のブラックアウト対策のため系統全体での慣性力の確保といった課題が克服され」たことを前提としている。いよいよ、この課題に向き合うときに来ているのではないだろうか。(N)

エネルギーを学ぶということ 「光を灯す」ミッション


【リレーコラム】中山寿美枝/J-POWER執行役員

エネルギーを一生の仕事にしようと決めたのは、高校生の時だった。「光を灯す者をこそ世は呼べ、光を灯す者と我等ならめ」という校歌にインスパイアされたのか、私はエネルギーの研究者になろうと思うようになった。

大学院でエネルギー科学を専攻したところで、研究者向きではないと悟り、世界中に電気を届ける仕事をしようと決めた。そして、国際事業に力を入れる電力会社に入社した。そこで改めて、自分はエネルギーの実態を何も知らないと実感した。大学で学んだのは理論と技術ばかりで、世界と日本のエネルギーの需給動向や政策や課題といった「生きた」エネルギー関連知識を学ぶ機会はなかった。それを知りたい、学ばなければ、と思った。

6度目の社内異動で、気候変動問題を担当することになった。各種エネルギー統計、IEAやIPCCの報告書を読み、専門家と会い、COPなどの国際会議に参加して情報収集を行った。その約20年間の蓄積から、エネルギー・気候変動の動向と展望、地域特性、国際交渉の裏表、対策と課題などを把握し、分析・評価できるようになった。この生きたエネルギーの知識を学生に伝えたいと思った。

教壇に立ち生きた知識を講義

その機会が来て、京大経営管理大学院で後期1科目を担当することになった。授業のうち9回は、①エネルギーの歴史、②エネルギーの不都合な今、③エネルギーの将来と低炭素シナリオ、④COPとパリ協定、⑤SDGsと気候変動、⑥気候変動の科学(IPCC報告書)、⑦気候変動対策(食サイクルから気候工学まで)、⑧最新のエネルギー展望(WEO2020)、⑨エネルギービジネスの変革、とエネルギーと気候変動をテーマにした。

シラバスを見て30人強の履修登録があった。学生が興味を持てるように、データと文献と専門家ネットワークを駆使してファクトフルかつ新鮮な講義資料を作成し、毎回の課題は、自分だったら(CO2削減の行動変容メニューから)どれを選ぶ?(SDGs達成のために)何ができる? といった観点で出題した。課題回答と質問には全てに必ずフィードバックを行うようにした。

期末の最終アンケートの結果、多くの学生がエネルギーを当事者として考えるようになった、今後も関心を持ち続けたい、という回答だった。一つ、小さい光を灯せたような気がした。今年度の講義でも最新情報を全力で伝えたい。全ての学生がエネルギーをしっかり学ぶ機会が得られるようになり、全ての大人と子供がエネルギーに関心を持つ日まで、私の「光を灯す」ミッションは続く。

なかやま・すみえ 1988年東京工業大学大学院エネルギー科学専攻修了、電源開発(J-POWER)入社。火力部、技術開発部などを経て、2001年から経営企画部で気候変動を担当。21年4月から現職。19年博士(工学)取得。20年から京都大学経営管理大学院特命教授を兼務。

※次回は東京大学生産技術研究所特任教授の岩船由美子さんです。

【石炭】慣性力と負荷調整力 認知変わる石炭火力


【業界スクランブル/石炭】

従来の“読むニュース”から、 欧米型スタイルの“語るニュース”へと定着させた磯村尚徳氏は、日本のニュースのパイオニアである。磯村氏がNHKニュースセンター9時(愛称:NC9)のニュースキャスターとして登用されたのは1974年。約半世紀前になる。磯村さんのNC9がスタートして数カ月はニュースの印象が大きく変わったことで、視聴率が低下したが、海外メディアから好評であったことから、うなぎ上りに視聴率が向上し、“語るニュース”が定着した。その後のニュース番組では、久米宏氏、古舘伊知郎氏らが続く。語るニュースの先駆者の跡を継ぐ彼らは当時、多くのバッシングを受け、さぞ苦しんだのであろう。磯村氏の座右の銘「多く苦しむもの 多くを学ぶ」を口にして、過去の苦しかった頃を振り返る。

火力の世界では2018年ごろから欧米を起点として石炭のバッシング(脱石炭への動き、投資撤退)が強くなった。そして今ではASEAN(東南アジア諸国連合)にもその流れが広がっている。また、日本では菅義偉首相が就任し「2050年ゼロエミッション」を表明後、国内においても石炭火力に対する逆風は強くなるばかりである。このような急激な環境変化で、石炭火力に従事する者にとっては辛い時期であろう。ただ、とことん追い込まれると新たなアイデアが湧いてくるものだ。10年前にはなかなか理解されなかった石炭火力の負荷調整力の必要性は、今では理解されるようになってきた。また、回転体の発電機が持つ慣性力も電力系統安定化を維持するために重要な機能であることも注目されてきた。「石炭=ベースロード」一辺倒だった認知が、少しずつ変化してきている。

再生可能エネルギーが50年ゼロエミッション達成に向けてその比率が大幅に増える将来、再エネの欠点である非連続性、レジリエンス機能に劣る点を補完する石炭火力による負荷調整力と慣性力が重要な役割を果たす時代が来るであろう。その時に、磯村氏と同じように火力発電従事者が「多く苦しむもの 多くを学ぶ」と語っていることを願って止まない。(C)

【江島 潔 経済産業副大臣兼内閣府副大臣 参議院議員】まだ日本は巻き返せる


えじま・きよし 1982年東京大学大学院工学系研究科修了。千代田化工建設入社。95年下関市長、2013年参院議員、15年国土交通大臣政務官、18年参院東日本大震災復興特別委員長、19年参院農林水産委員長。20年9月から現職(当選2回)。

下関市長から自民党の参院議員に転じ、エネルギー・環境政策などさまざまな課題に取り組む。 地球温暖化問題では、中国の動向を念頭に世界に向かって国際連携の重要性を訴えた。

祖父・江島鉄雄氏は京大工学部卒、父・江島淳氏は東大工学部卒の元国鉄職員。技術者の系譜に連なることで、大学は迷うことなく工学部を選択。合成化学を専攻する。卒業後は、「技術立国・日本を支えたい」と、千代田化工建設に入社。水素還元製鉄法などに取り組んだ。

政治家への転身のきっかけは、父・淳氏が生前に残した一言だった。「政治家として十分に役に立てなかった」。国鉄マンから参院議員に転じたが、2期目を迎えた時に病床に伏す。無念の言葉だった。父親の遺志を継ぐことを決め、江島家のルーツがある下関市の市長選に出馬。1995年から市長を務める。かつては花形だった水産業や造船業などが斜陽化する中、新たに観光産業に着目。ウォーターフロントの整備など、街の活性化に力を尽くした。

4期14年の市長職を終え、「政治活動は完結した」と引退を決意。教育分野に身を投じ、大学の教壇に立った。しかし、1本の電話で再び政治の世界に舞い戻ることになる。2012年12月、民主党から政権を奪い返し、自公連立政権が誕生する。しばらくすると、安倍晋三首相(当時)から連絡があった。「参院選に出ないか」。13年4月に行われる参院補欠選挙(山口県選挙区)への出馬の誘いだった。立候補し、次点候補にダブルスコアの差をつけて当選。16年の参院選でも対立候補に大差をつけて再選を果たしている。

原子力発電への熱い思い 核融合エネルギーへの期待

国政の場では、国土交通大臣政務官、党水産部会長、参院東日本大震災復興特別委員長、同農林水産委員長などを歴任。20年9月からの現職では、エネルギー・環境、福島復興をはじめ、経済産業政策のさまざまな課題に向き合っている。

中でも、エネルギー・環境政策では、菅義偉首相が「50年カーボンニュートラル」「30年に13年比でCO2排出46%削減」と野心的な目標を打ち出す中、エネルギー基本計画の改定作業が進行している。厳しい制約の中で、どう3E(環境性、供給安定性、経済性)+S(安全性)を実現するか、官僚らと知恵を絞る日々が続く。

注目は原子力発電の扱い。業界関係者は、目標達成には再生可能エネルギーの普及拡大とともに、原発のリプレース・新増設が欠かせないと指摘する。基本計画での扱いに関心が集まるが、「まずは原子力の再稼働に力点を置く。現時点でリプレース・新増設は想定していない」と話す。

とはいえ、「3E+Sを維持する上で、原子力は非常に重要」との思いは強い。故郷・山口県には上関原発の建設計画がある。「あくまで山口県選出の国会議員の立場として」と断りながら、「立地地域では長年の議論や選挙を経て、民意の形成を図り地元合意ができている。中国地方の安定電源として、地元のために一日も早く計画を進めてほしい」と強調する。

原子力については、将来を見据えることの重要性も説く。「50年に向けて、再エネだけに頼れば国全体が高コスト構造になり、産業競争力を失う。そのためにも原子力は欠かせず、小型炉や高温ガス炉に国費を投入し、必要な産業を維持していくべきだ」。また、未来のエネルギーとして核融合を重視。「人類が発展するためには、核融合が欠かせない。そのためのシナリオをどう設計するか、政治家として全力を尽くしたい」と力を込める。

11月の英国でのCOP26(第26回気候変動枠組み条約締約国会議)に向けて、これから地球温暖化の議論が本格化する。温暖化問題は、各国の利害・思惑が複雑に交錯する国際政治の問題でもある。

その中で注視しているのが、中国の動向だ。「欧米の国々や日本が50年カーボンニュートラルを目指す中、中国の目標年は60年。しかも30年までにピークアウトするという。EUは石炭火力を全て認めない方針だが、多くの途上国はついていけない。すると、途上国は中国と同じことをしてしまう」。5月20日に行われたG7気候・環境大臣会合では、世界全体でカーボンニュートラルを実現するよう国際連携の重要性を訴えた。「中国も目標年を50年にさせるよう、世界が一丸となるべきだ」。こう主張していくという。

座右の銘は「一所懸命」。かつて世界をけん引した日本の産業力・技術開発力は、いまやほかの先進国や中国に大きく水をあけられている。しかし長年、技術者として働いた経験から「まだまだ日本は巻き返せる」と確信。日本企業が再び世界の表舞台で活躍できるよう、経済産業政策に取り組む考えだ。

趣味のマラソンはコロナ禍でしばらく封印。ステイホームで「パスタづくりに腕を振るうことが増えた」と口元をほころばせる。

【石油】創立理念はどこに 有害無益のIEA


【業界スクランブル/石油】

国際エネルギー機関(IEA)は5月18日、英国で11月に開かれるCOP26のアロック・シャルマ議長(英)の要請に基づき、2050年カーボンニュートラル実現からバックキャストしたロードマップを公表した。翌日の日経朝刊でも「化石燃料へ新規投資停止」との見出しでキャリーされた。内容的には、既に世界的に提唱されているものではあるが、先進石油消費国からなる専門国際機関から発表されただけに、関係者に大きな衝撃を与えた。

しかも、加盟国政府への根回しはなく、事務局内でも限定メンバーで取りまとめられたらしく、その唐突感が衝撃を増幅させた。そのためか、石油業界からはまとまったコメントはなく、英フィナンシャル・タイムズ紙は「石油業界反応せず」と報じた。

IEAは、第一次石油危機直後の1974年、米キッシンジャー元国務長官の提唱で、石油輸出国機構(OPEC)に対抗すべく経済協力開発機構(OECD)に付置された国際機関である。OECD加盟国で、一定水準の石油備蓄保有を加盟条件としており、過去、エネルギー安全保障を最優先目標として、石油安定供給に貢献してきた。供給削減時に石油を相互融通する緊急時融通システム(ESS)を有しており、1991年の湾岸戦争勃発時には、協調的緊急時対応措置(CERM)を発動、各国が石油備蓄を放出するなど、供給不足を回避した。

そんなIEAが、化石燃料への新規投資停止を含む、脱炭素実現に向けたレポートを発表した。化石燃料への投資停止で、石油供給のOPECシェアは、現在の約3割から30年には5割超とセキュリティー上、脆弱になるとする。今後、先進国の石油消費は減り、増加するのは途上国だから、投資不足になろうが、OPEC依存度が上がろうが構わないというのか。

最近のIEAは、明らかに気候変動対策最優先である。「EUの下請け機関」との陰口も聞こえる。エネルギー安全保障を忘れたIEAなど有害無益である。このままだと「さらば、IEA」と言わざるを得ない。(H)

炉心溶融はどう起きたか TMI事故の経緯を検証する


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.4】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

TMI(スリーマイルアイランド)事故での炉心溶融の姿を克明に描いたスケッチ図がある。

溶融炉心は元の位置にとどまり、メルトダウンは起きなかったことが分かる。

TMI事故の溶融炉心のスケッチ図をまず見てほしい。TMI事故の15年くらい後の1995年ごろに発表されたもので、世界に1枚しかない克明なスケッチ図だ。事故炉の廃炉を考える上で非常に役立つから、廃炉関係者には保存をお勧めする。

図に沿って番号順に説明する。

①のデブリ(debris)は鉱滓を意味する英語で、小さく壊れた燃料破片が山積みになっている。

②は、溶融炉心。燃料と炉心材料が溶融してできた合金だ。

③は、溶融炉心を包む殻で、成分は燃料棒を主体とした炉心材料の溶融混合物と考えられる。

④は、炉心を囲むバッフル板に開いた穴で、殻の中の溶融炉心がデブリの重量に押されて横に移動して接触し、板を溶かしたという。

⑤は、この穴から流下した溶融炉心が容器の底で固化した層だ。

⑥は、制御棒(銀、カドミウムなど)が溶け落ちた層で、⑤の下層にあるのは、融点が低いために早期に溶融したからという。

⑦は炉心上部にある制御棒駆動部の保護カバー、⑧は炉心の最外周に配置された燃料棒。いずれも炉心溶融の熱影響を受けていないかのごとくに描かれている。

スケッチ図の着目点 燃料棒が三つに変化

スケッチ図の着目点は二つだ。その一は、燃料棒が①②③の三つになり、区別して描かれていることだ。理由は、それぞれが違った物に変化しているからだ。

①のデブリは高温の燃料棒が壊れた残骸で、欠けたペレットと考えればよい。燃料実験をしていると常に出合う代物だ。

②の溶融炉心は、燃料棒が崩壊熱により殻の中で加熱されてできたウラン、ジルカロイ、酸素の三元素合金に、溶けた炉心材料が加わってできた一種の合金だ。③の「卵の殻」がるつぼとなって合金ができたと思えば分かりやすい。

③は材料的には②とほぼ同じだが、燃料集合体の隙間に溶けた合金や炉心材料が詰まって出来上がったと思われる。②と③の違いは、②は均質の合金であるからドリルが楽に通ったが、③は解体時ドリルが通らない堅い部分が所々にあったという。溶融した二酸化ウラン(UO2)は非常に堅いから、それであろう。

溶融炉心は、どのような経緯で、いつできたのであろうか。事故データを基に考えてみよう。

事故記録には、ポンプを回して大量の冷水が炉心に入った途端に、約80気圧に下がっていた原子炉圧力が、150気圧以上に急上昇して安全弁が開いたとある。その間わずか2分足らずだ。炉心に大きな発熱が生じたことは間違いなく、その後に水素爆発が生じたことから判断して、高温の被覆管ジルカロイと水の反応が発生したのが原因とみられる。この反応については11月号で詳しく述べる。

①②③のできた順序は殻の中で溶融炉心ができたことから考えて、ジルカロイの反応熱が燃料棒を溶かして殻を作り、その中に閉じ込められた炉心材料が崩壊熱によってゆっくりと加熱されて溶融炉心となり、その後に落下してきた燃料棒の残骸が殻の上に堆積しデブリ層となった、というのが無理のない形成の順序であろう。

なお日本では、溶融炉心もデブリも一緒くたにしてデブリと呼んでいるがこれは間違いでスケッチ図の作成者に対して失礼である。外国の混乱を招かぬよう、学術用語は正しく使ってほしい。

炉心溶融は中央部のみ メルトダウンは起きず

話をスケッチ図に戻す。注目点の第二は、⑦炉心上部にある制御棒駆動部のカバーや⑧最外周に置かれた燃料棒に著しい変形や変色がなく、元の状態のように描かれていることだ。炉心溶融を作った発熱は炉心の中央部を溶かしただけで、炉心の端には大した影響を及ぼしていないことを示している。

これは原子炉の発熱の仕組みに関わる事柄だから説明しておこう。原子炉の中の発熱は炉心の中央部で大きく、外周部では小さい。その理由は、外周部の中性子は炉心の外に漏れ出すので、中央部と比べて核分裂量が少なく、崩壊熱が減るためだ。結果、外周部燃料の温度上昇は小さい。TMI事故においては、最外周燃料棒は、ジルコニウムの酸化被膜ができる温度まで上昇しなかったので、反応も起きず、元の状態のまま残ったと考えられる。

TMI事故で、ジルコニウム・水反応が起きた時間は、総計約20分である。この時間内に炉心中央部では高温の被覆管が燃焼して、燃料棒を溶融し卵の殻を作った。

これに対して外周部の燃料棒は温度が低く水と反応しなかった。中央部での激しい発熱は水中の発熱であることに加え、卵の殻や燃料棒などが熱遮蔽体として働いたので、中央部から離れた場所にある物体には熱の影響が及ばなかったのであろう。

ジルコニウム・水反応が、高温の燃料棒にのみ生じる水中発熱であることを考えれば、炉心溶融が炉心の中央部にだけ起きたことは、なるほどとうなずける。

なお卵の殻の上面が平らになっているのは、デブリの重量に押されて殻の中のガスが抜け、まだ軟らかかった上面がへこんだ結果と説明されている。

以上がTMI事故のスケッチ図の説明だ。ご覧になったように、圧力容器内での変化は炉心中央部に限られて、溶融炉心は元あった場所にとどまっている。流下した一部の溶融炉心も、圧力容器の底で固化している。圧力容器を溶かした痕跡もない。

TMIの炉心溶融は、溶融炉心が流れ落ちて圧力容器の底を溶かすという、福島事故後にテレビで度々放映されたメルトダウン映像とは全く違っている。TMI事故ではメルトダウンが起きていない。この事実を読者諸兄はしっかりと記憶してほしい。

詳細は拙著『考証 福島原子力事故炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』を参照いただきたい。

いしかわ・みちお  東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3 https://energy-forum.co.jp/online-content/5381/

【火力】高需要期の補修 正確な需要想定を


【業界スクランブル/火力】

コロナ禍やカーボンニュートラルの話題ほど世間の関心が高いとはいえないが、今年の夏および冬の電力供給力不足がじわりと問題になっている。電力広域的運営推進機関(OCCTO)では、毎年度末に各電気事業者からの届け出を基に翌年度の供給計画を取りまとめているが、そこで明らかになった供給力不足についてひと月かけて調整してもなお懸念を払拭することができず、5月14日に梶山弘志経済産業相から対策を早急に取りまとめるようにとの指示が出された。

対応案として発電・小売り事業者に対する供給力確保の働き掛けや需要家に対する協力要請などが示されているが、既に一度調整が行われており残された時間も少ない。今からできることはそう多くはない。

供給力不足については、今夏よりも来冬の方が厳しいとされ、冬期の高需要期に補修停止する火力設備が相当数あることがその一因であるとOCCTOから指摘されているが、果たしてどうなのだろうか。

火力設備は、高温・高圧の過酷な運転条件にさらされているため、安定運転のためには適切な補修が欠かせない。当然のこととして、なるべく小売り・流通側から示される需給バランスに余裕のある時期に停止作業を行うよう調整しているが、法定点検の期限や工事力を均平化する必要もあり、高需要期に一定量の補修を行うことは避けられない。無理やり補修時期を前後にずらすこともできるが、今度は、時期変更で停止が増えた期間の需給がタイトになってしまうだろう。

そもそも、発電事業者に最適な補修計画を求めるのであれば、なるべく正確な需要想定が必要だ。国の検討の中でも供給力確保義務の在り方が検討の俎上に載せられている。むしろここからスタートすべきなのではないか。この議論になると、自前の発電所を持つのが難しい中小の事業者にまで一律に義務を課すのが妥当か、という話になるが、大小問わず自社の販売想定をリアルに持ち、そのためのリスクを取るのは事業者として当然。本質を改善せず、結果の対応だけ発電側に回すのというのは付け焼き刃でしかない。(S)

新築住宅への太陽光義務化 見送りは妥当か否か


【多事争論】話題:住宅・建築物への太陽光義務化

新築の公共建築物を対象に、太陽光発電設備設置の原則義務化が決まった。

新築住宅への義務化は見送られたが、議論を巡りさまざまな意見が出ている。

〈30年46%削減達成に不可欠義務化予告と環境整備が急務〉

視点A:諸富 徹 京都大学大学院経済学研究科教授

今年4月に設けられた「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会(あり方検討会)」は、省エネ、断熱、そして創エネを通じて、住宅・建築物が脱炭素にどう貢献すべきかを検討している。最大の論点の一つが、住宅への太陽光発電設備の義務化である。だが本稿執筆時点では結局、義務化は見送りになる公算が高い。本当にそのような結論でよいのか。本稿では、検討会委員として議論に参画する立場から、住宅の太陽光発電義務化の必要性と意義を述べたい。

結論的に言えば、菅義偉首相が表明した2030年温室効果ガス46%削減という日本の目標を達成するには、太陽光発電の住宅への設置義務化が不可欠となる。

この点を定量的に確かめてみよう。50年にカーボンニュートラルを最小コストで実現する方途をモデル計算で求めた自然エネルギー財団らの研究によれば、必要削減量の約半分をエネルギー転換(電力)部門で実現しなければならない。そのためには石炭火力発電を段階的に縮小して30年までには全廃とし、代わって再生可能エネルギーを少なくとも発電総量の40%まで増加。太陽光発電の設備容量は倍増以上、風力発電は6倍以上に達する必要があるという。

経済産業省総合資源エネルギー調査会は、46%目標を受けて再エネの拡大目標を精査中であるが、風力に加えて、現在「さらなる検討が必要」と表記されている太陽光をいかに上乗せできるかに成否がかかっている。潜在的に拡大余地が大きいのが、住宅・建築物などの屋根に設置する太陽光発電と、ソーラーシェアリングである。限られた時間で迅速かつ安価で大量に再エネを導入するには、既に確立された技術で、コストが低下し続けている太陽光の推進が最有力な選択肢となる。

住宅政策上も重要な取り組み 課題克服し関係者の対応促すべき

あり方検討会では、太陽光発電の義務化に対して環境整備がなされれば将来は導入可能であるとしても、現状では困難との意見が多く出された。理由の一つは、設置義務化が住宅価格の上昇をもたらし、消費者には受け入れ難いというものである。だが、太陽光パネルを設置すれば余剰電力を売電できるほか、自家消費することで電力会社への支出を削減できる。これによって初期コストは12~15年で回収でき、以後は経済メリットを享受し続けることができる。

もう一つの理由として、建築事務所や一般工務店の半数近くが住宅の一次エネルギー消費性能や外皮性能についての計算ができない、という実情が国土交通省によって明かされている。省エネ、断熱、創エネに関して日本の住宅の水準を引き上げることは、単にエネルギー政策上の要請だけでなく、住宅の質を引き上げ居住性能を高める上でも必須である。日本の住宅の断熱性能が悪いために、毎年多くの人々がヒートショックで亡くなっている実態はよく知られるようになってきた。

省エネ基準の適合義務化と今後の基準引き上げに付いてくるのが難しい中小工務店・建築士には、スキル向上の研修機会の提供や、簡易計算ソフトの開発で彼らが容易に計算を実行できるよう支援する必要がある。だが、そのことを理由にして、日本の住宅政策を停滞させることは避けねばならない。

太陽光発電の義務化の見送りは、30年までに最大限に再エネを伸ばす有力な手立てを諦めることを意味し、46%目標達成は遠のくことになる。確かに今すぐの義務化は難しいかもしれない。だが将来時点での義務化を決め、それを予告することで事業者に対応を促すことなら即可能だ。具体的には25年、遅くとも30年には義務化を導入すると決めた上で、それまでの期間を課題克服と環境整備の準備期間とすべきであろう。

太陽光義務化はカリフォルニア州が20年に導入済みで、京都府も同年から条例に基づく住宅の再エネ義務化という画期的な取り組みを行っている。これは貴重な「社会実験」であり、得られた貴重な教訓を、全国的な義務化の制度設計に反映させるべきである。

これからの住宅は、分散型エネルギーシステムの不可欠なピースになっていく。そうした方向にこそ、住宅産業の新しい発展可能性が開けるだろう。太陽光発電、蓄電池、電気自動車の3点セットは、21世紀の住宅に不可欠な設備となり、それらを情報通信で結び、エネルギー生産と消費の最適化を図るマネジメントシステムも導入されるだろう。こうなると、ものづくり産業としての住宅産業の「サービス産業化」が始まることになる。そうした方向を目指し、関係者による今後の積極的な取り組みと情報発信に期待したい。

もろとみ・とおる 1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。横浜国立大学助教授などを経て2010年3月から現職。内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官、ミシガン大学客員研究員などを歴任。

【原子力】独立国でいられるか マーン惠美氏の警告


【業界スクランブル/原子力】

独在住の作家・川口マーン惠美氏の『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』が6月末に公刊された。日本が今、国難に直面する中、この本は必読の書ではないか。新型コロナ感染拡大の中で、国産ワクチンの開発に失敗したものの輸入ワクチンの入手に何とか成功したが、接種が難航し、政府は対応の混迷のただ中にある。

そのため、東京五輪・パラリンピックについて、国民の約7割が反対し、選挙対策のために無理やりオリパラを開催しようとする菅政権の支持率は4割を切り、低支持率にあえいでいる。このままでは、来る国政選挙での与党の惨敗は避けられそうもなく、まれに見る不安定な国際情勢の中で、わが国の進路は「救命艇状況」に陥ることが予想される。 

そうした鮮烈な危機感を基礎にして、この著作はまとめられた。かつて戦前の日本は8~9割の石油を海外に依存していて、それを止められたので、イチかバチかの賭けに出て行かざるを得なくなり、米国など連合国にひねりつぶされた。その教訓は本来わが国で生かされ続けなければならないが、なぜかそれを忘れ、極楽とんぼ状態に陥っている。

再生可能エネルギー100%という幻想(エネルギーコスト4倍というわが国の産業競争力を無視する暴論)に捉われ、安易なカーボンニュートラルが横行している。対中国の戦略立案もおぼつかず、このままでは「独立国」で居続けることも危うい。

川口氏はドイツのエネルギー環境政策の実態に明るい。その川口氏が訴えるメッセージは、「CO2フリー・カーボンニュートラルが日本を衰退させる! 環境先進国・日本よ、欧米に引きずられる愚を犯すな! 原子燃料サイクルは国家戦略だ! トヨタ社長の勇気ある正論に耳を傾けよ! 日本の独立には原発・石炭火力発電が必要だ! 国防崩壊を見過ごすな! このままでは中国共産党が『第二のGHQ』になってしまう」―などである。政治家はもとより、マスコミ・学識経験者などに広く読んでもらいたい。(S)

水素エネルギーの本質は多様性 そしてなぜ、アンモニアが重要か


【羅針盤】塩沢文朗/元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

2050年のカーボンニュートラル目標実現に大きな役割を果たす水素エネルギー。

水素エネルギーの中でアンモニアが重要な役割を担う理由と日本の取り組みとは?

カーボンニュートラル実行戦略』(エネルギーフォーラム刊)の内容紹介の最終回となる今回は、「水素エネルギーとアンモニア」のポイントと、2050年のカーボンニュートラル(CN)目標の達成に向けて必要となる、分野を超えた取り組みについて述べたい。

水素エネルギーとアンモニア その多様性と評価・選択

本書の第三章で読者にお伝えしたかったことの第一は、「水素エネルギー」の多様性と、それにマッチした活用の重要性である。

水素エネルギーの「多様性」に関する説明で、筆者が最も優れていると思うものは、国際エネルギー機関(IEA)による次の説明(第三章でも引用)である。

「水素は、電気と同様にエネルギーを運ぶ媒体であり、それ自体はエネルギー源ではない。水素と電気が大きく異なるのは、水素は分子による(化学)エネルギーの運搬媒体であり、(電気のように)電子によるエネルギー運搬媒体ではないことだ。この本質的な差が、それぞれを特徴づける。分子だから長期間の貯蔵が可能であり、燃焼して高温を生成することができる。また炭素や窒素等の他の元素と結合して、取り扱いが容易な化合物に変換することができる」

それゆえ、水素エネルギーの利用においては、水素エネルギーの多様性を踏まえ、その製造・輸送、利用環境、用途にマッチした水素エネルギーの形を選択することが重要となる。

日本のエネルギーシステムの脱炭素化の重要かつ喫緊の課題は、電力の脱炭素化である。日本のように、国内の再エネ資源が量的にも質的にも限られ、かつ周辺の国や地域との間を結ぶ送電線やパイプラインがないところでは、電力の脱炭素化のための再エネを、再エネ資源に恵まれた地域から水素エネルギーの形で導入することが必要となる。加えて発電用のエネルギーとしては、大量のエネルギーを安定的かつ安価に供給できるものでなければならない。

こうした理由で、日本では水素エネルギー密度が高く、大量・長距離輸送を可能とするインフラ技術が既に整っているアンモニアが、水素エネルギーの重要な導入手段になる。さらにアンモニアは、水素に再転換することなく、そのままCO2フリーの発電用燃料として利用できることが戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」の成果で明らかにされ、アンモニアの火力発電燃料としての魅力が高まった。

一方、国内の再エネの地産地消の手段としての水素エネルギーは、大量に長距離を輸送する必要はないので、水素のままでの利用が合理的な選択だ。また燃料電池車の燃料など、水素である必要がある用途もある。こうした水素としての利用はもちろん重要なのだが、これらの用途向けの必要エネルギー量は、発電燃料向けの量に比べて数桁小さく、2050年のCN目標の達成に果たす効果のスケールは大きくない。

電力分野に加えて、鉄鋼業や石油化学など、産業分野の脱炭素化も重要な取り組み課題の一つだ。この分野でも、その脱炭素化には水素エネルギーが大きな役割を果たすが、導入方法については引き続き検討が必要である。

このように「水素エネルギー」は、水素やアンモニアといった個別の化合物で見るべきではなく、その全体を見て、導入促進のための政策内容を検討することが重要である。

水素エネルギー利用の多様性

第二は、水素エネルギーをはじめとする「エネルギー脱炭素化技術」の評価・選択に当たって持つべき視点の重要性である。

本書では、「エネルギー脱炭素化技術」の評価・選択の視点として、評価対象技術の①脱炭素化効果のスケール、②成熟度、③経済性、④ライフサイクルで見た脱炭素化の効果―の四つを挙げた。

アンモニアは、本書で科学的かつ定量的に論じたとおり、これらの視点から評価して電力の脱炭素化という、CN目標の実現に大きな役割を果たすことのできるエネルギー脱炭素化技術である。

他方、「エネルギー脱炭素化技術」として政府が取り上げ、支援を得て研究開発が進められているものの中にも、これらの視点から見て、その妥当性、実用化の可能性に疑問を感じさせるものがある。時おりマスコミなどで喧伝される「夢の」脱炭素化技術に至っては、その実装可能性だけでなく、技術の科学的合理性にすら、疑問符を付けざるを得ないようなものもある。

前述の産業分野の脱炭素化を含め、新たな脱炭素化技術の開発が必要となる技術分野もあるが、こうした現状に鑑みるならば、エネルギー脱炭素化技術の開発に当たっては、上記の四つの観点から個々の技術テーマの妥当性をしっかり評価する必要がある。

また研究開発においては、ステージ管理を厳格に行うことによって、時間管理と技術選択を的確に行っていく必要がある。

技術分野を超えた取り組み 新たな産業群の創成の基盤

2050年までに「エネルギー脱炭素化技術」を実装し、その効果を享受するには、新技術の開発に許される時間的、資金的余裕はもうあまりない。

CN目標を達成するための取り組みについては、本書の「おわりに」で触れたように、異なる技術分野で使われる用語や単位の違いなどにより、異分野の専門家の間での情報交流や議論が円滑に進まないのが現状だ。この状況を改め、技術分野を超えた取り組みを促進する環境を整えなければならない。

なぜなら、CN目標の実現には、幅広い学問分野の知識を総動員するとともに、さまざまな技術、産業分野の関係者の英知を結集して、社会的にも経済的にも実現可能な方策を選択していかなければならないからだ。そして、そうした環境は、今後のCN社会の経済力の源泉となる、エネルギー、素材、機械、電子・情報等といった、従来の産業の枠を超えた新たな産業群の創成の重要な基盤となるに違いない。

い。

しおざわ・ぶんろう 1977年横浜国立大学大学院修了、通産省(当時)入省。経産省、内閣府で大臣官房審議官を務め、2006年退官。2008~2021年住友化学に勤務。

【LPガス】不動産業との商習慣 政府が是正を要請


【業界スクランブル/LPガス】

資源エネルギー庁と国土交通省は6月1日、住宅仲介業者、不動産事業者などの関係7団体や全国LPガス協会に対して、「賃貸集合住宅のLPガス料金情報」について協力要請を行った。賃貸集合住宅の設備貸与問題は、消費者懇談会などで長年指摘されている。

課題の一つは、無償貸与と呼ばれるLPガス業界と不動産業界との間の商慣行だ。もともとはLPガス業者間の顧客争奪戦の中から生まれたビジネスモデルである。営業の一環としてガス給湯器などを無償で集合住宅に設置し、その費用をLPガス料金に盛り込んで入居者から回収する。近年は不動産のオーナーや建築会社からの要求は、エアコン、温水洗浄便座など対象機器が拡大。これを受け入れていくと、料金に跳ね返りLPガス料金が高額化する。LPガス事業者からは、「昔は配管と給湯器の負担だけだったが、今ではエアコンは当たり前でガスと関係ない設備も要求される」「10年経って壊れると交換を求められることもあり、これでは商売にならない」「設備負担しないのであれば、ほかのガス会社に切り換えると言われた」などの悲鳴が上がっているという。

もう一つは、賃貸集合住宅のLPガス料金は入居契約するときに初めて分かるという点。入居者はその料金を受け入れざるを得なくなり、事実上、消費者に選択の機会は与えられず、知らずに設備費用も負担していく状況だ。

経済産業省担当者は「国交省と消費者保護の観点から、入居前の消費者にLPガス料金を提示することはできないか協議を重ねてきた。この取り組みを徹底していくと、消費者は家賃、LPガス料金に加え、設備負担などを勘案しながら物件を選ぶことが可能になる。入居後に意図しないLPガス料金を負担することはなくなり、LPガス事業者にとっても無用なトラブルを回避することができる」と話す。賃貸集合住宅の設備貸与問題は、LPガス業界にとっても長年の課題だった。経産、国交両省のタッグをきっかけに是正されていくことを望みたい。(F)

【都市ガス】国民の錯覚を招く 予備率のまやかし


【業界スクランブル/都市ガス】

5月に入って、急に今年の夏の電力予備率が厳しいというトーンに切り替わった。多くの報道は、あたかも昨冬に発生した電力不足と市場高騰の再来があり得るような言い回しだ。これを受け、今夏の電力先物・先渡市場価格は高騰を続けている。

しかし、昨冬の電力不足と今夏に起こり得る電力不足は全くの別物だ。昨冬は、発電能力は十分確保されていたが、LNG火力をフル稼働させるための燃料が足りず、電力不足が発生した。2年続いた暖冬に加えコロナ禍による需要減で秋口まではLNG在庫が急増し、LNGタンクの貯蔵能力に限りがある各電力会社はLNGの受け入れを制限しすぎたのだ。その後、例年より多少寒い冬が到来して、いつもなら十分対応できる需要増に対して対処できない状況が発生してしまった。その結果、電力不足による市場高騰が約1カ月継続した。

一方、今夏に発生する可能性があるといわれている電力不足は、燃料不足で発生するのではなく、最大ピーク時の瞬間風速的な需要量に対して対処できる発電能力の余力が4%弱と推測されるということだ。昨冬のLNG不足で、今年度の貯蔵タンクの在庫レベルは低い状態からスタートしているから、電力会社は今の時点でLNGの受け入れ制限をする必要はない。今夏において、一瞬の最大需要に対処しきれず、例年通りに市場でスパイクを発生させることはあり得るが、昨冬のように長期間にわたって電力不足が続くことはあり得ない。

実は、3月末に公表された今夏の予備率想定値は7〜8%台だった。それが、4月になって急に3%台に下がった。なぜ、発電能力自体は3月末から減少していないのに予備率が下がったのか。その理由は、予備率算出式の分母である今夏の最大需要量推定値が増加したからだ。確かに、最新気温予測を基に、最大需要量を見直すことは必要だ。しかし、政府やマスコミを含めて、昨冬の電力不足が再来するような錯覚や不安を国民に抱かせることだけはしてはいけない。(C)

競争環境におけるビジョン経営 目指すは地域の課題解決企業


【私の経営論】川村憲一/トラストバンク代表取締役

2012年4月、現会長兼ファウンダーの須永珠代がトラストバンクを創業、同年9月に日本初のふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」のサービスを開始した。須永は、各自治体のホームページに掲載されていた全国各地のふるさと納税に関するお礼の品などの情報を一つのサイトに集約し、クレジットカード決済で寄付ができる仕組みを提供した。地域の魅力であるお礼の品を通じて「まち」のPRをすることでふるさと納税制度への注目を集め、各地に多くの寄付を募ることを実現。ふるさとチョイスは現在、累計寄付金額1兆円を超える、意思あるお金を地域に還流させている。

寄付者に返礼の品を 法改正施行の背景

一般的にあまり知られていないが、ふるさと納税制度の仕組みには元々お礼の品がなかった。ある自治体が寄付者に感謝を伝えるため、手紙を届け、さらにせっかくなら地元の産品を知ってもらいたいという想いと感謝の気持ちからお礼の品を寄付者に贈るようになったといわれている。

その地域の魅力を知ってもらいたい、感謝を伝えたいという想いから贈られていたお礼の品が、ふるさと納税の普及に伴い、一部の自治体で過度に豪華なお礼の品を提供するようになり、お得な品で寄付を募る競争が激化し、「ふるさとを応援する」という制度の趣旨から遠ざかっていった。それが、19年6月に返礼品に係る法改正が施行された背景だ。

トラストバンクは、「自立した持続可能な地域をつくる」ことをビジョンに掲げ、ふるさとチョイスも、このビジョンに沿ってサイトを運営している。ふるさとチョイスは、1788全ての自治体の情報を掲載し、21年6月時点で、全国の9割に上る1600を超える自治体のお礼の品を選べるサイトに成長した。現在、ふるさと納税には、30を超えるポータルサイトを運営する事業者が参入しているが、私はポータルサイト間の競争が激化し始めた16年にトラストバンクに参画した。

競争が激化するふるさと納税の事業において、他社よりも優位性を高め、事業を拡大するには、地域に関係のないお得なお礼の品で興味を引いたり、寄付に対してポイント発行するインセンティブなどを用意することが最も簡単だ。だが、それでは自社のビジョンの実現には近づかないと考えている。

要は、寄付金を募るだけでなく、自治体や地域の事業者・生産者の取り組みを通じて地域に残るノウハウや資産を生み出すことが重要である。ふるさと納税をきっかけにその地域とつながった寄付者が住民と交流したり、さらには移住・定住のような動きが生まれることで、ビジョンである「自立した持続可能な地域」の実現に近づく。だからこそ寄付者と何でつながるかがとても大事になってくる。

そのため、独自の掲載基準を設け、地域にお金がより残り、また地域の魅力をより知る機会となるように、主に地場産品がサイト上に掲載されるための取り組みを15年から実施している。また、手数料においても、多くの寄付金が地域に残るように業界最低水準でサービスを提供している。

経営には、自社の売り上げ・利益よりも、ビジョンにつながるか、地域のためになるのかが判断の軸になる。そして、その判断が自治体の方々からの信頼につながると信じている。信頼は、「信頼を貯める」というトラストバンクの社名の由来でもあるほど、当社にとって大事なことだ。

ふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」

また、自治体のふるさと納税担当者の業務を支援する専任メンバーがいる。私もその部署を統括していた時期があったのだが、信頼を貯めるために積極的に全国各地に足を運び、自治体とその地域の事業者・生産者の方々とコミュニケーションをとってきた。信頼に加えて、ふるさと納税制度を通じて地域の活力を生み出すために大切にしていることがある。それは、「つながりをつくる」ことだ。私たちは、お礼の品でその地域の魅力を寄付者に知ってもらい、寄付を地域に届けるだけでなく、「自治体同士」「自治体と地域の事業者」「事業者同士」をつなぐことを積極的に行っている。それは自治体とともに、ふるさと納税の先の未来を一緒に考え、創ることが地域に残る資産となり、地域の活力につながると考えているからだ。

ふるさと納税に続く事業 自治体にサービス提供

ビジョンの実現のために、地域の課題解決に必要な事業を立ち上げ、自治体が求めているサービスを提供できるよう組織の強化に注力している。現在、ふるさとチョイスに続く、新たな事業として、地域の経済循環を促すために、自治体が通貨を発行することで域内にお金を循環させる「地域通貨事業」、自治体が付加価値の高い新しい行政サービスを提供できるようにデジタル行政の推進を支援する「パブリテック事業」、そして、地産地消の電力で地域からお金の漏れを防ぐ「エネルギー事業」を展開している。既に、パブリテック事業では、ふるさとチョイスで培った全国の自治体との信頼関係と自治体に寄り添ったサービス運営により、順調に拡大フェーズに入っている。また、今後はエネルギー事業においても、自治体とともに地域の脱炭素社会の実現などエネルギー分野における地域の課題解決を目指していく。

ふるさと納税の事業では、さまざまな企業が参入し、競争が激化しているが、トラストバンクは、規模の拡大ではなく、地域の経済発展につながる取り組みをしている。ふるさと納税は地域の経済循環を促し、「自立した持続可能な地域」を目指すための手段の一つとして捉えている。トラストバンクが目指すのは、ふるさとチョイスに加えて、エネルギー事業などの新事業による自治体向けソリューションと合わせて全国地域の課題解決をリードする企業である。

かわむら・けんいち 食品専門商社を経て、コンサル会社で中小企業の新規ビジネスの立ち上げなどに従事後、コンサル会社設立。2016年3月トラストバンク参画。ふるさとチョイス事業統括やアライアンス事業統括を経て、20年1月から現職。

【マーケット情報/7月16日】原油続落、コロナ変異株感染拡大で売り加速


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み続落。新型ウイルス変異株の感染拡大で、需要後退への懸念が一段と強まり、売りが加速した。

新型コロナウイルスのデルタ変異株が、アジア太平洋地域とアフリカを中心に感染拡大。経済の停滞と、燃料需要後退の見通しが強まっている。韓国は首都ソウルで、集会やレストラン営業などの規制を強化。欧州共同体は、タイとルワンダへの渡航制限を再導入した。

欧米では、ワクチン普及にともない、移動規制の緩和が続く。しかし、英国で、変異株の感染者数が増加。一部の国が、英国からの渡航を規制し、ジェット燃料需要の回復は限定的との見方が広がった。

一方、中国の製油所では、6月の原油処理量が過去最高を記録。また、OPEC+が、2022年には、世界の石油需要がパンデミック前水準に戻ると予測。価格の下落を幾分か抑制した。

OPEC+は18日、8月以降の生産計画で合意した。来月から毎月、日量40万バレルを追加増産することに加え、協調減産を2022年末まで続けることが決定。アラブ首長国連邦、およびサウジアラビア、ロシア、イラク、クウェイトが、2022年5月から、基準生産量を引き上げることで妥協した。

【7月16日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=71.81ドル(前週比2.75ドル安)、ブレント先物(ICE)=73.59ドル(前週比1.96ドル安)、オマーン先物(DME)=72.29ドル(前週比0.80ドル安)、ドバイ現物(Argus)=72.11ドル(前週比0.58ドル安)