【論説室の窓】黒川茂樹/読売新聞論説委員
ウクライナ情勢など地政学リスクが高まる中、政府の対応は戦略性に欠けている。
脱炭素化の政策をあいまいにすると、経済が危うくなるリスクも顕在化しかねない。
岸田内閣は6月にもまとめるクリーンエネルギー戦略で、脱炭素への投資を掲げつつ、原子力政策が争点になるのを避ける方向だ。このままではエネルギーの安定供給すら危うくなりかねない。
米国の国際政治学者のイアン・ブレマー氏が率いる調査会社ユーラシア・グループは1月上旬、2022年の「世界の10大リスク」の一つに、「二歩進んで一歩下がるグリーン政策」を挙げた。
脱炭素という長期的な目標と、足元でのエネルギー不足が激突する年になる―という予測だ。
原油や天然ガスなどの化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を図る動きは続くものの、再エネだけではエネルギー需要を賄うことができない。それでも脱炭素の潮流が強まる中、化石燃料への投資は進まず、生産は伸びない。その結果、燃料価格が上昇して、各国で消費者の不満が高まる。さらに産油国ロシアのプーチン大統領のような指導者が市場を混乱させて、政治的な力を誇示する構図なのだという。
ユーラシア・グループが予想した通り、プーチン大統領はウクライナ情勢を巡り、ロシアの天然ガスに依存している欧州の弱みを突いて政治的な揺さぶりをかけている。米国の原油先物価格は2月3日、約7年4カ月ぶりの高値となる1バレル=90ドル台となった。
高まる地政学リスク 対応は戦略性乏しく
地政学リスクが高まり、差し迫った状況にもかかわらず、日本政府の対応は戦略性に乏しいのではないだろうか。
岸田文雄首相は1月31日の衆院予算委員会で「カーボンニュートラルを目指す際には、グリーンと安定供給と安価(な電気料金)という三つの要件を満たさなければならない」とした上で、「原子力についても安全性の確保を大前提に再稼働を進める。日米間の協力を含め小型炉や高速炉などの技術開発を着実に進めたい」と述べた。
これまでの政府見解に沿ったものであるが、足元を見れば、首相が言う「グリーン・安定供給・安価」という3要件が満たされているとは到底言えない。
冬場の電力需給がひっ迫し、安定供給が危うい事態があった。東京電力管内では1月上旬、供給量に対する需要の割合を示す使用率が一時、「非常に厳しい」とされる97%に達した。関西電力や中部電力などのほかの電力会社から最大276万kWの緊急融通を受けて乗り切ったものの、今後も楽観はできない。
政府が示した今年の需給見通しでは、今年夏はさらに厳しい状況が予想されている。東電と中部電管内は、猛暑を想定した予備率は1%程度にとどまっており、老朽火力をフル稼働しても発電所などの大規模なトラブルがあればたちまち電力不足に陥りかねない。
政府と電力業界が、暮らしを支える電力が不足する事態を総力を挙げて避けるのは当然である。その結果、火力発電に使う燃料の消費量が増え、温室効果ガスの排出増は避けられなくなる。
液化天然ガス(LNG)や石油の価格上昇が響き、電気料金は大幅に上昇している。東電の場合、3月分は平均的な家庭で8200円強となり、1年前より3割(約1800円)も上がった。北陸、関西、中国の各電力会社は、燃料費の上昇分を電気料金に転嫁できる上限に達し、他社も上限に近づいている。
東北、東京、中部、北陸、中国、四国の6電力は今年3月期決算で最終利益が赤字に陥る見通しで、原油上昇が続けば一層の業績悪化は不可避だ。発電設備への投資余力がなくなり、このままでは電力不足が常態化する恐れがある。
脱炭素投資倍増を掲げるが 原発巡る言及は避ける姿勢
欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会は2月2日、脱炭素に向けた移行期の電源として、原子力発電を認める方針を正式に発表した。脱原発を進めるドイツなどが反発していたが、EU内ではフランスをはじめ原発新設を打ち出す国が相次いでいる。
岸田首相は1月18日、首相官邸で開かれた「クリーンエネルギー戦略に関する有識者懇談会」で、脱炭素関係の投資について、「早急に倍増させ、新しい時代の成長を生み出すエンジンにしていく」と述べ、送電網整備や蓄電池、再エネ、水素・アンモニアなどの開発に取り組む考えを強調したものの、原発の新増設、建て替えの必要性については言及しなかった。
「参院選に向けて原発が争点になるのはどうしても避けたい」(政府関係者)という思惑が浮き彫りになっており、クリーンエネ戦略の取りまとめは、取り組むべきテーマを羅列しただけで終わる可能性がある。
首相は「国際的な電力網を持たず、原発事故による原発不信が強く残り、再エネも山多く海深い島国のため、コスト高にならざるを得ない」とも指摘している。脱炭素に向けた道のりが険しいからこそ、本来は正面から原子力活用の在り方について向き合う必要があるはずだ。
原子力活用の在り方について向き合う必要がある
仮に参院選に勝利し、次の国政選挙までの「黄金の3年間」が確保できたとしても、本腰を入れて原子力に取り組むつもりがあるのか。疑問視せざるを得ない。
東日本大震災後に稼働への申請があった27基のうち、再稼働したのは10基にとどまる。20年度の電力量のうち、原子力の割合は3・9%と低迷している。
政府は昨年決めたエネルギー基本計画で、30年度の原子力比率について「20~22%」との目標を維持したが、27基全てが稼働しなければ実現は難しいとされる。
もちろん、国民の不信感を解消していくには、原発の安全性確保を徹底することが不可欠である。 事故などで放射性物質が漏れ出す事態をなんとしても防ぐため、不断の努力を続けるしかない。
このまま原子力政策をあいまいにしたままでは、化石燃料への依存が続き、電気代の上昇に歯止めがかからず、さらに電力不足が深刻化してしまう。日本経済そのものが危うくなるリスクに目を向け、対応策を急ぐべきである。