【今そこにある危機】林 智裕/ジャーナリスト
福島第一原発事故以降、原子力を巡る悪質な言説が後を絶たない。
国内の一部政治家までが加担する「風評加害」は続きそうだ。
多核種除去設備(ALPS)処理水海洋放出開始から1年以上経った。「汚染」は無論、漁業者や福島県民が懸念した風評被害も起きなかった。ただし、これで解決とみなし問題を「過去」にすべきではない。そもそも、処理水放出がなぜ「汚染」と喧伝されたのか。空費された時間もリソースも、山積した莫大な補償も、代償は今後時間をかけてわれわれが支払わされる。
原発事故後、特に原子力関連のイシューは偽・誤情報と恣意的な印象操作にゆがめられてきた。それらが世論を不安に沈め、復興の遅延と原子力産業の荒廃を招いた。処理水放出の社会問題化の背景を分析・対策する必要がある。
中国や北朝鮮が加担 メディアの責任大
「風評加害」とは何か。風評「被害」があれば原因の「加害」も必ずあるとの観点から、主に「事実に反した流言飛語の拡散」「科学的知見の無視や結論が出ている議論の不当な蒸し返し」「不適切な因果関係のほのめかし」「正確な事実の伝達妨害などによる印象操作や不安の扇動」などを指す。
処理水の汚染喧伝は、まさに風評「加害」の典型例と言えた。外務省はホームページで、「汚染喧伝の背景には国家及び非国家主体が日本の政策に対する信頼を損なわせる、民主的プロセスや国際協力を阻害するといった目的の為に、偽情報やナラティブを意図的に流布するプロパガンダ、情報戦の側面があった」と異例の言及をした。
NHKも、「外交戦と偽情報 処理水めぐる攻防を追う」との特集で中国の「汚染水」プロパガンダやネット上の偽情報拡散を取り上げた。韓国公安が逮捕した北朝鮮スパイからは、処理水の偽情報を用いた日韓離間工作の指令書が押収されている。
つまり、処理水問題は無知不安に基づく風評「被害」ではなく、「何らかの目的の為に正確な情報が確信的に無視された」風評「加害」こそ本質であった。

こうした状況は、鳥海不二夫・東京大学大学院教授が処理水放出直前の昨年7月、1カ月間にSNS(X)上における「汚染水」「処理水」を含む投稿101万件以上を対象とした調査からも示唆される。放出反対の主張は立憲民主党・共産党・れいわ新選組の支持層に極端に偏っており、政治党派性との強い相関が確認された。
主要論点も当事者最大の懸念であった「風評と偏見差別」とは乖離していた。むしろ非科学・差別的かつ当事者に直接不利益をもたらしかねない「汚染水が海洋放出される」に類した、関東大震災時の「井戸に毒」を彷彿させる流言拡散が相次いだ。立憲・共産・社民・れいわの議員や一部著名人には、自ら直接加担した者さえ少なくない。不祥事は野放しにされ、党や業界からの処分抑制もなかった。
報道も沈黙、処理水の理解醸成が必要な時期の周知も怠った。新聞は「汚染水」(北海道、赤旗、社会新報、桐生タイムス、中外日報)、「処理済み汚染水」(朝日)、
「放射能汚染水」(東京)、「汚染処理水、処理汚染水」(朝日、東京、中国、毎日、北海道、河北新報、共同通信)「Radio Active Water」(NHK)、「Fuku-shima Water」(共同、毎日、Japan Today News)などの表記を執拗に続け、読者に「汚染」の認知固着を招いた。世論の理解合意を自ら妨げ、その理解合意不足を盾に反対した。少なからぬ処理水放出反対論が「当事者のため」を目的とせず、「風評加害」を用いて解決を妨げ続けた実態は明らかだ。 「汚染」の予言が外れた後も「風評加害者」らは謝罪一つなく、社会から何ら責任を問われぬまま次の問題に標的を変えた。すでに一部は福島県内の除染で発生した除去土壌の減容化・再生処理を施した処理土に対して「汚染土」と喧伝する、処理水の二番煎じの社会運動に移った。