福島原発事故10年の教訓 エネ戦略は国民的議論で


【論説室の窓】竹川正記/毎日新聞論説委員

10年前の東日本大震災・福島第一原発事故で日本はエネルギー政策の転換を迫られた。

だが、政府はこの間、問題先送りを続けてきた揚げ句、「脱炭素化」を一足飛びに進めようとしている。

「十年ひと昔」というが、2011年3月11日以降の福島第一原発危機の記憶は今も鮮明だ。1、3、4号機が連続して水素爆発を起こし、一時はメルトダウン(炉心溶融)による放射性物質拡散の深刻な影響が東日本全域に及ぶことも想定された。欧州の大使館員や外資系企業の社員らは相次いで東京を離れた。同盟関係にある米国大使館はとどまったが、追随していれば、東京はパニックに陥っていたかもしれない。

財務省幹部が当時「国民に仕える身として逃げるわけにはいかない。家族にも東京に残るように言い渡した」と語った姿が今も印象に残る。私も正直、同じような思いだった。避難を迫られた福島の人々と比べようもないが、原子炉の冷温停止が確認されるまで東京でも緊迫感が続いた。

電力不足で石炭火力依存 問題先送りを続けた政府

深刻な電力不足に見舞われた首都圏では3月14日以降、約2週間にわたり断続的に計画停電が実施された。電力不足からの脱却が当面の最優先課題となり、原料が安価な石炭を中心に火力発電が急ピッチで増強された。

当時はシェールガス革命が本格化しておらず、LNGの輸入コストは割高だった。バブル崩壊以降の長期的な経済低迷による税収減少と累次の景気対策に伴う歳出膨張で国の財政状況は既に主要国で最悪の水準だった。財務省内では「LNG輸入が急増すれば、慢性的な経常赤字に陥り、国債暴落など財政危機の引き金になりかねない」と懸念する声もあった。

一方で、LNGに比べて発電時のCO2排出量が多い石炭火力への依存は、地球温暖化対策に逆行するジレンマが指摘されていた。

「安全神話」が崩壊した原発の位置付けを含めてエネルギー戦略をどう見直し、電力の安定供給と温暖化対策の両立を目指すかは、大震災直後から日本が突き付けられた最大の課題だった。

旧民主党政権は12年に「革新的エネルギー・環境戦略」を発表し、「30年代に原発稼働ゼロ」を掲げた。代替電源として再生可能エネルギーの普及を急ぐとし、太陽光発電などの固定価格買い取り制度(FIT)を導入した。買い取り価格を高く設定したため、設備導入が比較的容易な太陽光発電は確かに伸びた。だが、海外で再エネの主力となっている風力発電導入は進まなかった。日本の大手電機メーカーが軒並み風車製造から撤退したのもそんな事情からだ。

再エネにとって、日本は欧米などに比べて気候や地理的条件が悪い。基幹電源化を目指すなら、蓄電池開発や送電網の増強など包括的な推進策が必要だった。しかし、旧民主党政権のエネルギー政策はそんなスケール感が乏しく、脱原発・脱炭素依存に全くの力不足だったと言わざるを得ない。

13年末に自民党の安倍晋三政権(当時)に交代して以降、水面下で原発回帰の道が探られた。原発はカーボンフリー電源で、再エネと異なり発電量が天候に左右されない。安倍政権下で策定されたエネルギー基本計画は原発を「重要なベースロード電源」と明記。30年度の電源構成目標の原発比率は20~22%とした。

しかし、国民の不興を買うことを恐れてか、肝心の再稼働の判断は原子力規制委員会と地元自治体に丸投げした。地元住民の不安解消に欠かせない避難計画策定にも積極的に関与しなかった。原発の位置付けはあいまいなままで、国民の不信は払拭されなかった。

この結果、大震災後に再稼働した原発は9基に止まり、18年度の原発比率はわずか6%。エネ基の目標は「絵に描いた餅」となっている。再エネ比率は17%と大震災前から倍増したが、発電の不安定さは解決されていない。

にわか仕立ての脱炭素化 原発の位置付け定まらず

原発の再稼働停滞の穴埋めと再エネの調整電源を引き続き担う火力発電の割合は7割超と高止まりし、日本は世界的な脱炭素化の潮流に大きく出遅れた。専門家は政府の無策ぶりをエネルギー版「失われた10年」と批判する。

菅義偉政権は昨年10月、50年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル(CN)」を宣言したが、にわか仕立ては明らかだ。経済産業省はCNに向けてグリーン成長戦略を策定したが、技術革新への期待感を総花的に網羅した「作文」の域を出ず、実効性が疑われている。原発に関する記述は「可能な限り依存度を下げつつも最大限活用」と矛盾に満ちている。

カーボンニュートラル宣言はにわか仕立てが否めない

関係筋によると、政府や経産省は「まずは野心的なCN目標をぶち上げて、世論の脱炭素化ムードを醸成することが重要」と考えているという。その上で再エネ活用にはコストや技術面で限界があることを国民に徐々に浸透させ、その延長線上で原発のリプレースや新増設方針を打ち出すシナリオを描いているとされる。

だが、福島原発事故の影響は今も続いている。避難者がいまだに数万人に上り、廃炉作業は何十年続くか分からない。そんな状況下で「脱炭素化」を隠れみのにするような原発復権論が国民に受け入れられるとは到底思えない。

CN目標達成への道筋づくりは菅首相や経産省が喧伝するようなバラ色の絵図にはならない。日本にとってオイルショック以上の厳しい試練となるだろう。電源の脱炭素化を進めるには、産業構造や生活スタイルの抜本的な転換も必要だからだ。世論調査では、原発への不信や不安が大きい一方、「即時廃止」を求める意見は少数派にとどまっている。日本のエネルギーの現状を直視した国民の冷静な認識が背景にあるのだろう。

そうならば、政府がまずやるべきはこの10年間のエネルギー無策を真摯に反省することだ。その上で、国民と幅広く対話しながら原発の位置付けも含めたCN目標実現の道筋を探ることだろう。有識者会合のお墨付きを得て新たなエネ基や電源構成目標を決めても再び「絵に描いた餅」になるだけだ。国民の理解なしにエネルギー政策の見直しは進まない。3・11が遺した貴重な教訓だ。

目指すはLP託送業務革命 完全無人化の充填基地をオープン


【日本瓦斯】

「ニチガスが目指しているのは、地域の特性や増え続ける社会課題を解決するソリューションの実装。新しい技術を現場に導入し続けることで、新技術のトキワ荘や梁山泊になりたい」

手塚治虫を慕い、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、藤子不二雄などの漫画界の巨匠が切磋琢磨したトキワ荘や、108人の英傑が集った中国文学の水滸伝に登場する梁山泊―。これらになぞらえて同社和田眞治代表取締役社長執行役員が目指しているように、社外を含むさまざまな能力を持った人々が連携してデジタルトランスフォーメーション(DX)技術を導入し、LPガスの充填・配送業務の効率化を進めているニチガス。その集大成ともいえる世界最大級のLPガスハブ充填基地「夢の絆・川崎」が3月16日にオープンした。

流線形の屋根が特徴的な「夢の絆・川崎」

夢の絆は川崎市浮島地区にあり、基地の広さは約8700坪。最大充填能力は一般的な充填基地の100倍となる5万t/月で、14連全自動回転充填機を3基、30tのLPGタンクを2基、容器検査所、研修センターなどを完備。世界最大級の規模を誇っている。

充填業務の完全無人化 他社と連携し改革目指す

最大の特徴は、容器の仕分けや充填、車両および作業員の入退場といったバックヤード業務の管理を無人で行っている点だ。

そもそも同社には、LPガスの自動検針を行える「スペース蛍」というIoT端末がある。同端末は定期的に自社クラウドサービス「雲の宇宙船」に各種データをアップロードする機能を搭載。この機能を活用し、同社では作業員が手作業でチェックせずともLPガスボンベ残量を自動で識別するなど高度なデータ利用を行っている。

夢の絆ではこうしたデータの活用に加え、LPガスボンベに装着されたバーコードタグを基地各所に設置されているカメラで読み取ることで、AIが最適なレーンに自動で振り分け、千葉、神奈川、茨城県など首都圏各地にあるデポステーションへの配送で使用されるトレーラーもGPSやバーコードによる管理がなされている。積載するLPガスボンベの数量や基地レーンへの誘導などが全て自動的にドライバーに指示される。

また夢の絆のデータや各デポステの在庫データ、またその他保安情報や顧客情報なども、全て雲の宇宙船で共有されている。容器の検査から充填、車両への積載、配送先の指示、実配送など、LPガス託送の各工程で徹底したDX化を図ることで高度化を実現した。

和田社長は3月16日に開催した会見で「テクノロジーが世の中を変えていく。当社もやっと入り口に立てた。競い合う競争から、共に創り出す共創の時代に向かいたい」と話すなど、競合会社とも共創の輪を広げる意欲を示している。

インバランスで大激震 新電力業界再編の現実味


一般送配電事業者が1月のインバランス料金(確定値)を公表した3月5日、新電力業界に激震が走った。1kW時当たりの月間平均価格が78円となり、速報値に比べ19円も上回ったからだ。特に、需給が厳しかった11、12の両日は、500円を超える時間帯も。速報値の段階で「この水準であれば事業を継続できる」と、資金調達に奔走した新電力関係者にとっては青天のへきれき以外の何物でもない。

資源エネルギー庁は、事業者の負担増を考慮し一定の要件を満たせばインバランスの分割払いを認める特別措置について、従来の5か月から9か月に回数を増やす追加支援を打ち出したが、効果のほどは未知数だ。

新電力関係者の一人は、「多くが4月以降の事業継続を念頭に、速報値ベースの支払いを踏まえた資金調達をしていた。追加融資を引き出せない限り、事業継続が危ぶまれる新電力も出てくるだろう」と、業界へのインパクトを語る。 事業からの撤退か譲渡か、はたまた大手資本の受け入れか―。最善の選択を模索する動きが水面下で活発化している。

ガス協会の新会長に本荘氏 手渡された重たいバトン


日本ガス協会の会長が4月1日付で、広瀬道明・東京ガス会長から、本荘武宏・大阪ガス会長に交代する。従来会長人事は6月1日付だったが、近年の傾向として事業者のトップ交代が年度替わりの4月1日付で行われていることを踏まえ、前倒しした。

交代会見でひじタッチする新旧会長(左が本荘氏)

「日本ガス協会にとって大変重要な局面に差し掛かっている。責任の重さを痛感している」。3月18日に行われた新旧会長の交代会見で、本荘氏はこう強調した。

菅政権の看板である「2050年カーボンニュートラル(CN)実現」に対応すべく、広瀬氏が昨年11月24日にぶち上げた都市ガス業界の脱炭素化ビジョン。水素、メタネーション(合成メタン)、バイオガスといった革新的イノベーションを段階的に導入しながら50年の脱炭素化を目指すもので、「大手から地方への横展開」が大きな課題となっている。

「CNアクションプランの策定」という重たいバトンを広瀬氏から受け取った本荘氏。この日の会見では「地域活性化に貢献する地方ガス事業者へのサポートを強化するなど、お客さま、社会、そしてガス事業者が満足する『三方よし』となるよう、誠心誠意努力していく」と意気込みを語った。その手腕に期待が掛かる。

【覆面座談会】原発リスクを正しく伝えず 原子力規制委の無責任体質


テーマ:原子力の安全規制

原子力規制委員会が発足して来年で10年。この間、原子力発電所の再稼働が認められたのは9基にすぎない。カーボンニュートラル宣言で原発の役割が見直される中、規制委の在るべき姿について専門家が語り合った。

〈出席者〉  A電力業界人 B学識者 Cジャーナリスト

―原子力規制委員会が2012年9月に発足し、新体制による安全規制行政が来年で10年目を迎える。「功罪」の両面があると思う。まず、これまでの規制行政を振り返って感想を聞きたい。

A まず「功」として、やはり原発の安全性を圧倒的に向上させたことは事実だ。厳しい規制基準を作り、安全審査では、炉心溶融などの重大事故が起きてもセシウム137の放出が100テラベクレルを超えないことを「合格」の基準とした。さらに安全目標として、放出量が100テラベクレルを超える重大事故が起きる頻度を100万炉年に1回程度としている。

 設備面での安全性を評価するために、PRA(確率論的リスク評価)が必要となり、その活用が進んだこともよかったと思っている。運転管理の点でも、米国流の新検査制度の導入を評価している。事業者の現場での自主的な安全性向上を促すことになった。これから事業者は、新制度にしっかり応えていくことが大切になる。

B 安全性が向上したのは、事業者に膨大な費用を負担させて設備を造らせたためだ。ある意味で当たり前だろう。

 私は規制委には「五つの大罪」があると思っている。①法的根拠のない「田中私案」で原発を全て止めたこと、②安全目標の最上位概念である死亡確率を棚上げにしたこと、③科学的・合理的ではない「活断層」審査を行っていること、④特重(特定重大事故等対処施設)のような不必要な施設を事業者に強要していること、⑤適合性審査に予見性がないこと―の五つだ。

 中でも、死亡確率の安全目標を棚上げにしたことの責任は重い。棚上げにしたことで、新規制基準によって原発の安全性が確保されたのか、今も国民には曖昧なままになってしまっている。

A もちろん、事業者として言いたいことは山ほどある。新規制基準の適合性審査のスピードが遅く、東日本の原発の多くが稼働していない。重大事故対策の設備も、本当に全て必要かという疑問がある。しかし、われわれとしては、それらが「合格」の基準として決まってしまったからには、受け入れざるを得ない。

C 私も思いつくのは、Bさんと同じで、まず「罪」の面だ。再稼働が遅れている最大の理由の断層調査で、「神学論争」を繰り返している。規制委が耐震・対津波の基準を作る際、それまで原子力耐震を担ってきた工学系の学者の声をほとんど聞かなかった。

一方で、変動地形学など理学系の学者の主張を大きく取り入れ、結果として地震や津波のリスクは「青天井」になってしまった。

 それで、不毛な議論を延々と続けることになった。BWR(沸騰水型軽水炉)は1基も動いていないし、PWR(加圧水型軽水炉)でも、泊原発1~3号機のように塩漬け状態のプラントが出ている。

 行政手続法は、申請が出た場合「遅滞なく審査を開始しなければならない」と定めている。規制委は、福島事故後の「狂騒状態」の中で生まれた組織なので、当初は行政組織としての体をなしていなかった。それは仕方のない面もあった。しかし、今も行政手続法にのっとった許認可行政をしていない組織だと思っている。

安全目標・死亡確率を棚上げ 説明責任を果たしているか

―死亡確率を利用した安全目標を棚上げにしたことには批判が多くある。

A 死亡確率は、「原発にはこれだけのリスクがあります」と世の中に知らしめて、自動車・飛行機事故や自然災害などと比較して、原発事故のリスクが低いことを理解してもらうための指標だ。これを明らかにしないと、膨大な費用をかけて安全対策をしながら、それが何のためだったのか国民は理解できない。事業者も、安全対策の設備などによって「これだけ安全性が向上しました」と、確信を持って言うことができない。

―なぜ定めないのか。

B 田中俊一前委員長に決める考えがなかった。田中さんは新規制基準ができた後、最初に稼働した川内原発について、記者から「安全になったと言えるか」と問われて、「安全だとは私は言わない」と答えている。死亡確率という究極の安全目標がグレーだからそう言うほかなかったのだろう。自ら棚上げにしておきながら、こんな無責任な発言はない。

 田中さんは以前の著作で、「科学者は社会的責任を果たすべきだ」と述べている。だが、死亡確率の棚上げは、まさにその社会的責任の放棄そのものである。自家撞着が甚だしい。

A 国民から見ると、規制委が合格を出しながら、委員長が「安全だとは私は言わない」と発言したら、「何のための審査なんだ」と思ってしまう。

 世界の多くの国が安全目標として、死亡確率は1炉年当たり10のマイナス6乗と定めている。つまり、死亡する頻度は100万年に1回ということだ。

原子力規制委員会は死亡確率を利用した安全目標を棚上げにしている

東西で難航する原発再稼働 「海輪氏を東電会長に」の声も


東日本大震災から10年が経過した今も、原子力発電所の再稼働が相変わらず難航している。

東京電力の柏崎刈羽原発では、昨年9月の中央制御室への社員不正侵入に続き、今年1月には不正侵入者を検知する設備を作業員が壊していた問題が発覚。原子力規制委員会が調査を行ったところ、複数の検知設備で故障があり事後対策が不十分だったことが分かった。これを受け、規制委の更田豊志委員長は3月16日の会見で「深刻な事案」だとして、追加検査を指示。検査には1年以上かかるとみられ、再稼働はさらに遠のいた格好だ。

柏崎刈羽の追加検査に乗り出す原子力規制委

エネルギー関係者は「東電のカバナンスに問題があるのは明らか。女川再稼働に道筋を付けた東北電力の海輪誠会長を東電ホールディングス会長に抜てきし、原発部門を切り離すぐらいの思い切った改革が必要ではないか」と話す。

一方、福井県の杉本達治知事との合意により、美浜3号機など40年超えの原発再稼働にこぎつけたはずの関西電力。だが12日の県議会では最大会派・県会自民党の同意が得られず、判断見送りの事態に陥った。こちらも再稼働への影響は必至の状況だ。

東西での相次ぐ失策に、関係者からは深いため息が漏れている。

脱炭素化に欠かせない原子力 福島事故の「呪縛」を解くときに


【カーボンニュートラルと原子力発電】文/石川和男

菅義偉首相が宣言したカーボンニュートラルの実現に、原子力発電は大きく貢献する。

電力安定供給の電源としても欠かせず、その果たす役割を冷静に見直すべきときが来ている。

菅義偉首相が昨年、2050年カーボンニュートラルを宣言した。いま国はエネルギー基本計画の改定作業を行っている。その中で50年に向けて再生可能エネルギー電源の主力化や、化石燃料の高効率利用などの政策がこれから、示されるようになるだろう。

しかし、カーボンニュートラルに圧倒的な貢献をするのが原子力発電であることは論をまたない。エネルギーに関わる政界・官界人や業界関係者は皆、それを分かっている。ただ、福島第一原子力発電所事故から10年が経つにもかかわらず、そのことを言い出しにくい空気がある。

この閉塞感を打破するためには、やはりまず政権与党が原子力についてきちんと発言するべきだ。エネルギー政策は経済産業省の主管だが、政治が発言しないと経産官僚も行動を起こす勇気は出ない。電力会社やメーカーなど民間も同じだ。

政治が官と民を奮い立たせて、まずは、電力の大量安価安定供給が期待できる既設の原発をフル活用するようにしなければいけない。原子力規制委員会の審査と並行させつつ、国が前面に出て再稼働を進めていくべきだ。

運転開始から40年を超えた発電所の稼働も非常に重要になる。規制委の新規制基準を理由にして、数多くの発電所が廃炉になった。それらのリプレースをするには、かなりの時間がかかる。すると、残った発電所を60年間運転させて、その間にリプレースのための財源を稼がなければならない。

40年超えの原子力発電所について、現場を知らないマスコミは「老朽原発」と書くが、「老朽化」というのは揶揄でしかない。アメリカでは60年を超えて80年認可を経て、100年運転への動きもある。海外でも運転延長は増えつつあり、新規制基準の下で日本でもようやく光が見えてきた。

40年超え運転では、関西電力が尽力して、高浜1・2号機、美浜3号機が稼働を始めようとしている。日本原電の東海第二も40年超え運転の認可を受け、安全性向上対策工事を進めており、再稼働に向けてぜひとも頑張ってもらいたい。

前提となる自治体の了解 国が地元に感謝の意を

再稼働は立地する県や市町村の理解を得ることが条件になる。福井県は知事、県議会、多くの県民、地元自治体も理解のある態度を示している。そういった地元に対して、国がきちんと感謝の意を表すことが大切だ。経済産業大臣だけでなく、首相も謝意を示して、「国が最後まで面倒を見ます」と述べるべきだろう。

しかし、廃炉が決まったものを除いて、建設中を含めて36基の発電所が60年運転するとしても、自然体では40年以降、設備容量は大きく減少する。新しいエネルギー基本計画では、新規の建設について前向きな言及をすることが必要になる。

36基(建設中を含む)が60年運転するとしても、2040年代以降、設備容量は大幅に減少する
※資源エネルギー庁資料より

50年に向けて、これから再エネの普及拡大を進めていくことになるが、高いコストが大きな課題になる。多額の費用がかかる再エネの開発をしていくために、原子力発電とパッケージにして進めていくことを提唱する。

原子力発電所を建設し、運営するのは大手の電力会社だ。その大手電力会社には、新しい発電所を建設した場合、発電量に合わせて再エネの開発をしてもらう。例えば、100万kW級の発電所をつくったならば、10万kWくらいの再エネ設備を保有してもらう、あるいは再エネの電力を調達してもらう―という仕組みだ。

再エネの固定価格買い取り制度(FIT)が始まって、太陽光発電やバイオマス発電の設備が国中で増えるようになった。12〜14年までのFIT価格はバブルをあおるような価格で、売り抜いてもうけようとする投機筋が多く参入してきた。

それで、山の斜面を切り崩すなどをして太陽光パネルを設置するようになり、地元の人たちの反発を買っている。バイオマス発電も同じように〝迷惑施設扱い〟だ。輸入液体燃料を中心として、FITの認定を取っても、地元との調整がうまくいかず、なかなか竣工できない施設が多い。

再エネの開発で、地元ときちんとした関係を築ける事業者は少ない。しかし、大手電力会社ならばうまくやっていける。もし再エネを本格的に普及拡大させていくならば、原子力発電とのパッケージは欠かせないと思っている。

大手電力会社は、別に再エネで収益を得なくてもよい。減価償却費程度を稼げば十分。その代わり、原子力発電の方で利潤を得る。それによって、新規の原子力発電所や再エネ、送電線への投資を行っていく。

電力小売りの全面自由化で総括原価方式はなくなり、電力会社は原子力発電所に投資した費用を確実に回収できる手段をなくした。これでは、誰も新しい原子力発電所をつくろうとは思わない。発電部門と送配電部門については政策的、法的に投資回収を担保する仕組みをつくらなければいけない。「容量市場」では投資はそれほど進まないのではないかと非常に心配だ。

送配電網協議会が発足 調整力を広域・効率的に調達


送配電網協議会が4月1日、電気事業連合会から独立した組織として発足する。協議会は昨年10月、電事連内に設置されたが、より中立性・透明性を確保するため、電力会社との間に明確な一線を引くことにした。

会見に臨む(左から)平岩芳朗理事・事務局長、土井義宏会長、坂本光弘副会長

一般送配電事業者と連携し、①系統・需給運用、②設備計画、③需給調整市場―などについて主に技術的な面の業務を進める。1日に開設する需給調整市場では、市場運営部を設け窓口業務を担当。また、大規模災害が発生した際は、一般送配電事業者間などの協調を図る役割を担う。

当面の課題は、需給調整市場への対応だ。一般送配電事業者(沖縄電力を除く)と協議会は3月17日、電力需給調整力取引所(EPRX)を設立した。周波数維持など系統安定化に必要な調整力は、これまで一般送配電事業者がエリアごとに公募で調達してきた。今後は、EPRXでの広域調達に移していく。

調整力の公募は、大手電力による発電・送配電間の取引が大半を占めていた。需給調整市場についても、「参入条件や必要なコストを考えると、大手電力のリソースのみが参加する市場になるのでは」(新電力関係者)との懸念がある。どう全国のさまざまな発電事業者やデマンドレスポンス(DR)事業者などから効率的な調達を行い、国民負担の低減につなげるか、手腕が問われる。

今冬のような電力危機への対応も急がれる。平岩芳朗事務局長は、「長時間のkW時不足での不足量の把握や評価の方法、エリア間の融通調整をより円滑に実施する仕組みを関係機関に提案していく」と述べている。送配電事業者の組織として、停電防止の重責も担う。

【マーケット情報/4月1日】欧米原油上昇、需給逼迫観が強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

3月26日から4月1日までの原油価格は、北海原油を代表するブレント先物と、米国原油の指標となるWTI先物が上昇。一方、中東原油の指標となるドバイ現物は、前週比で下落した。

スエズ運河は29日に通行を再開したものの、原油タンカーの運航に遅れが生じている。また、米国の週間在庫統計は減少を示した。加えて、中国国営シノペックは、今年の原油処理量を前年比で5.7%増に引き上げる計画。供給逼迫と中国の需要増加で、需給が引き締まるとの見方が強まり、欧米原油に対する上方圧力となった。

一方、OPECプラスは5~6月にかけて、産油量を徐々に増加させる予定。また、サウジアラビアは、日量100万バレルの自主的減産を、5~7月にかけて段階的に縮小していくと発表。供給増加の見通しが、ドバイ現物の重荷となった。

【4月1日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=61.45ドル(前週比ドル0.48高)、ブレント先物(ICE)=64.86ドル(前週比0.29ドル高)、オマーン先物(DME)=62.44ドル(前週比0.20ドル高)、ドバイ現物(Argus)=61.33ドル(前週比1.18ドル安)

*4月2日が祝日だったため、4月1日の価格と比較

【コラム/4月5日】実はゼロエミ電源が有り余っている日本 強引な再エネ大量導入は有害無益


杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

一部の海外IT企業が、自身がゼロエミッション(脱炭素)宣言をするのみならず、サプライチェーンにもゼロエミを義務付けるという動きがある。これを受けて、「日本の製造業が海外IT企業などのサプライチェーンに生き残るためには、日本はゼロエミ電源の比率を上げなければいけない」という議論がある。

もちろん、原子力の再稼働によってゼロエミ電源比率を上げるならば、安価かつゼロエミの電力供給になるから、何も問題はない。だが、再生可能エネルギーの一層の大量導入によってゼロエミ電源比率を上げるというならば、コストの問題が生じる。コストがかさんでしまっては、CO2うんぬん以前にサプライチェーンに生き残れない。

前回は、国として再エネの大量導入をするのではなく、事業者の冷静な対応として競合相手や海外IT企業自体の振る舞いを見て、必要ならば国際的に再エネ証書を調達するなどの方法があると書いた。今回は、じつは日本のゼロエミ電源はあり余っていることを示そう。

海外企業がサプライチェーンに対してゼロエミを義務付けるといっても、全ての企業がそうする訳ではなく、世界全体での割合で言えば、ごく限定的になるだろう。ここでは仮に「米国とEUの全ての企業が輸入品に対してゼロエミ電源100%を義務付ける」と想定した上で、日本の輸出のために必要なゼロエミ電源の量を勘定してみよう。

日本の対世界の輸出総額は2019年において7060億ドルだった。このうち、対EU輸出総額は820億ドルで、対米輸出総額は1400億ドルだった。従って対EUと対米を足すと2220億ドルであった。これは輸出総額の31%にあたる。(以上データは日本貿易振興機構・ジェトロ)これに対して日本のGDPは5兆1540億ドル(ジェトロ)だったから、米国とEUへの輸出合計金額はGDPとの比率では4.3%に過ぎない。

ここでGDPを1円生み出すための電力消費と、1円の輸出をするための電力消費を等しいと措くと、日本の電源の4.3%だけゼロエミになっていれば、それを使うことで米国とEUへの輸出製品は全てゼロエミ電源で賄えることになる。具体的な業務手続きとしては、輸出する製品について投入電力量を計算し、実際にそれだけのゼロエミ電力を買えばよい。もしそれで足りなければ、それに見合うだけのゼロエミ電力の証書である「非化石証書」を買えばよい。

日本のゼロエミッション電源比率は18年度で23%であった(図1)。これは30年度には44%になる予定だから、これならばゼロエミ電源は全ての輸出を賄ってなお「有り余っている」。

図1 日本の電源構成

もしも強引に再エネを大量導入して電気料金が高騰すれば、日本の製造業は壊滅するだろう。そうではなく、原子力の再稼働を進める一方で、輸出するために必要な企業は非化石証書を買い求めやすくするような制度設計をしていけばよい。

輸出する企業だけがゼロエミ電力を購入したり非化石証書を買ったりするというのは、いかにもいびつに感じるかもしれない。けれども、どこの国も似たようなことをやることになると見る。例えば米国の電源構成を見ると、日本同様に化石燃料が半分以上を占めている(図2)。このためすべての企業がゼロエミ電源に切り替えることは不可能で、一部の企業しかゼロエミ電源にはできない。

図2 米国の電源構成

またしばしば、日本と欧州諸国を比較して、こんな意見も聞く。「フランスは原子力発電が多いから火力発電の多い日本よりCO2原単位が低くて、今後の自動車生産は日本ではなくフランスでやることになるのではないか」「スウェーデンの水力を使ってCO2ゼロのバッテリーを造ると、日本の電源構成では太刀打ちできない」――。

けれども、EU全体として見てみれば、日本と大して電源構成は変わらない(図3)。ということは、EU企業が出来ることと日本企業が出来ることはさほど変わらないはずだ。つまりEUの企業がフランスの原子力の電気を買ったり、スウェーデンの水力の電気を買ったりしているのと同じことを、日本もやればよい。例えば日本にバッテリー工場を建てるとき、ゼロエミにしたければ水力の電気を買えばよいことだ。あるいは、日本の自動車工場も原子力ないしは太陽光によるゼロエミ電力を買えばよい。

日本にゼロエミ電源は有り余っている。「日本製造業がサプライチェーンに生き残るための再エネ大量導入」なる考えは、百害あって一利なしである。

図3 EUの電源構成

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。

欧米で進むレジリエンス対応の事業化 日本で成功するための鍵を探る


【アクセンチュア】村林正堂/アクセンチュア シニア・マネジャー ビジネスコンサルティング本部

むらばやし・まさたか 2010年入社。電力ガス事業者向けの中長期経営計画の策定や新規事業の立案、
デジタルトランスフォーメーション戦略立案や業務・組織将来像構想などが専門。

前回は洋上風力では浮体式の普及が必須であり、そのポテンシャルを生かすべきだと提言した。3回目は、電力のレジリエンスに焦点を当て、送配電事業の災害復旧とさらなる事業の向上余地を示したい。

ここ数年、大地震や大型化した台風が日本列島に襲来し、全国各地に被害の大きな爪痕を残し、ライフラインを寸断することが頻発した。この激甚化する災害への対応に、国でも議論する機会が増えている。一方、世界に目を向けると、国家主導によるレジリエンス(強靭化)への対応だけでなく、レジリエンスをチャンスとして捉え、マネタイズしようとする動きも出てきている。今回はそうした電力レジリエンスと新規事業の可能性を考察したい。

レジリエンスを新規事業化するには、①他事業の能力を転用すること、②レジリエンスそのものを付加価値とした事業創出の大きく二つの方向性が考えられる。

①は他事業で需要家や社会のニーズを満たすサービスを提供する中で培ったオペレーションや有形・無形資産、パートナーなどを利用して、レジリエンス機能を高めていくのがコンセプトとなる。

②は停電を防ぐためであれば一定以上の金額を支払う意思を持っている需要家に対して、停電時間を最小化したり、停電発生しないようにするサービスを提案するものだ。

①では、自由化以降、電力会社も地域の見守りサービスなど、電力事業と直接関連しない新規事業も立ち上げ始めている。実際に、いくつかの新規事業では実証実験を終え、本格展開に臨むケースも見え始めており、その多くは、社会課題の解決に焦点を当てたものが多い。地域に根差した電力会社らしい事業展開となっている。

電力会社のノウハウを応用 事業化と同時に災害を低減

今後のマネタイズ方法や事業成長方法はさまざまな展開が考えられると思うが、こうした社会課題解決型事業を展開していく中でも、レジリエンス機能は磨かれていく部分は多い。ここでは、数ある社会課題の中でも「設備の老朽化」を解くサービスについて、「具体的な提供価値」、「電力会社ならではの能力」、「レジリエンスへの貢献」という視点で考察する。 「設備の老朽化」に関する「具体的な提供価値」は、例えば、台風が襲来すると、トタン屋根が吹き飛ぶ、住宅の浸水が発生するなど、住宅地や産業設備に多くの影響が発生する。その原因の一つに、設備修繕の未着手がある。高度経済成長時代につくられた設備をはじめ、異常のある建造物を早期に見つけ、適切なメンテナンスを提供することで、災害時の影響を最小化できる。

「電力会社ならではの能力」である設備の保守運用能力がここに生かせる。電気工事店・工務店などのネットワークを活用したり、自社の巡視・点検業務や子会社の施工力を活用し、直接的に手掛けられる可能性もある。

「レジリエンスへの貢献」では、一昨年の台風18号、19号による停電発生は飛来物や倒木が原因の被害が多かった。地域の住宅や事業所、樹木のメンテナンスを手掛けることで、台風の被害を減少させることができるだろう。

次に、そもそもレジリエンスで稼げるのだろうか―という②について考えたい。2013年の電力系統利用協議会(ESCJ)が実施した調査では、事前に停電連絡があったケースでは、停電コストは3050〜5890円kW時になるとの結果が出ている。東日本大震災から間もない中での表明選考形式での推計になるため若干のバイアスは考えられるが、19年のOCCTO(電力広域的運営推進機関)による停電コストに関する文献調査で、海外でも同規模の金額感で停電コストが報告されていることを考えると、通常を超えるレジリエンスサービスに対して一定の付加価値を感じる需要家群がいてもおかしくはない。

レジリエンスの事業性 有線給電などが有力

例えば、病院やデータセンターなど、電力需給がクリティカルな事業を営む需要家に対しては、自家発を設置せずに災害時に優先給電サービスが考えられる。具体的には、当該施設付近に蓄電池を設置して、複数施設向けとしてシェアリングし、通常時はVPP(仮想発電所)を使った調整力取引で稼ぎつつ、災害時にはためた電気を優先給電することで、自家発の設置コスト分を最大額としてマネタイズするといったものだ。

また、電力復旧に時間がかかりがちな離島や過疎地域向けにも同様のニーズが考えられる。海外でも取り組みが進んでおり、例えば、独E・ONや英SSENではレジリエンス・アズ・ア・サービスと銘打ち、分散型電源やスマートグリッドマネジメント機能を取りまとめ、停電時の過疎地の停電復旧速度を上げるための実証実験を開始し、その実現性と収益性の検証を始めている。

新型コロナウイルスを契機とした住宅での在宅勤務の常態化の継続や、台風・地震発生時における避難所生活での三密回避の難しさなど、安定した電力需要の重要性が生活の中に増している。これらへの対応に早期復旧に関わるサービスの裾野は広がる可能性がある。制度的な難しさはあるものの、国内での事業展開においても参考になる部分は多いものと認識している。

また、新たな事業展開するにあたっては、「マーケット動向を睨んだ事業参入」、「スピーディーな事業修正・撤退」、「テクノロジーと事業開発双方理解した人材の獲得・育成」、「自社の付加価値も踏まえた外部パートナリング」といった規制事業の推進とは異なる組織的な能力構築も求められる。

東電トップは会見開かず 処理水が象徴する復興の難しさ


東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故から、3月11日で10年を迎えた。原発事故の影響が少なかった被災地では、課題を抱えながらも新たな街づくりが進むなど、前進した面も見られる。一方、原発事故からの復興に関する歩みは遅く、それを象徴するのがALPS(多核種除去設備)処理水の処分方針を巡る問題だ。現実的な選択肢である海洋放出には漁業関係者らの強い反対に加え、外交問題も絡むことから、7年以上検討を続けてもなお政府は方針を示せないでいる。

処理水を巡り「風評被害」が懸念される状況は事故直後と変わりない

菅義偉首相は、6日に福島県を視察した際に処理水問題について問われると、「いつまでも決定をせずに先送りはすべきでない」と強調しながらも、「適切な時期に政府が責任を持って処分方針を決定していきたい」と述べるにとどめた。ずるずると先送りしている間に、支持率低下で政治判断を一層やりづらい状況になっている。

東京電力の姿勢も問われる。2017年に就任直後の川村隆会長が海洋放出の方針を口にしてバッシングされて以降、表立った動きを見せていない。

さらに11日には報道向けに小早川智明社長が「『福島の復興と廃炉の両立』に全力で取り組み、福島への責任を全うしていく」といったコメントを示したが、事故から10年の節目にもかかわらず記者会見を開かず、取材にも応じなかったことが批判された。

事故直後から県民を苦しめる風評被害はいまだに存在する。「品質が保証されても福島沖で揚げた魚は売れず、県民でも福島沖以外の魚を選ぶなど、地元では生々しい問題」(一般紙記者)。処理水問題の膠着は、原発事故からの復興の難しさを物語っている。

CO2削減目標を大幅引き上げか 気候対策を巡る菅政権の「内憂外患」


2050年の脱炭素化にかじを切った日本だが、30年の温暖化ガス削減目標を巡り米国から激しい圧力がかかる。

4月の訪米を政権浮揚の起爆剤にしたい菅義偉政権は「内憂外患」の様相を見せている。

米バイデン政権の誕生により、気候変動対策が主要国の最重要課題に浮上している。米国とはいやが応にも仲良くしなければならない日本にも、その波が押し寄せる。2030年の国別の温暖化ガス削減目標(NDC)を巡り、米国は日本政府に現在の倍近い削減目標を設定するよう、圧力を掛けてきた。日本政府は慌てふためいている一方で、内閣支持率の低下で苦しい政権運営を続ける菅義偉首相のスタッフの中には好機と捉える向きもある。既に政府部内では「13年比45%削減」という目標で、米国の要求に応える準備を始めている。その過程で政権内のあつれきが顕著になってきた。

「ケリーは本気だ。1・5℃目標に整合するよう、少なくとも50%の削減を求めている」。バイデン政権で気候変動特使に就任したジョン・ケリー元国務長官は、政権が始動した1月からターゲットとしている国々に対し、50%削減のための直接交渉を行っている。日本に関しては小泉進次郎環境相のほか、首相官邸や在外公館などさまざまな機関に強い圧力をかけており、米国主導で気候変動対策を推進する構えだ。

米国の事情に詳しい人物は「ケリーが日本に強い圧力をかけるのは、日本に対してベンチマークになる役割を期待しているからだ。日本の削減量を積み増すことで、二大排出国の中国、インドを揺さぶりたい狙いがある」と分析する。タフネゴシエーターとの異名もあるケリーは、独自に分析した各国の最大削減量を示して「これぐらい削減できるはずだ」と迫る。のらりくらりとかわすことを許さない徹底ぶりだ。

ケリーの交渉を下支えする組織もある。研究者が集って欧州で気候変動の研究プロジェクトを運営する「クライメート・アクション・トラッカー」だ。ここが先ごろ出した報告によると、日本は「30年に60%以上削減できる」と結論付けた。ケリーもこうした分析データを基に科学的事実で攻めてくるからたまらない。

米圧力で45%減目標が浮上 菅政権の求心力低下も影響

日本は当初、NDCの引き上げを甘く見ていた。昨年秋ごろの経産省の認識は「仮にバイデン政権になっても現状(26%)の4%を上乗せするぐらい」といった感じだったが、事態は時を追うごとに厳しさを増している。ケリーが圧力をかけ始めた1月ごろから目標値は35%に上がり、2月には「40~50%」の範囲に、3月にはついに「45%減で調整に入った」(政府関係者)という変わりようだ。

日米の思惑が絡み合いNDC引き上げが避けられない状況に

45%減という目標はどういうメカニズムなのか。政府関係者が解説する。「再エネの促進や石炭の削減、需要側の脱炭素がベースにあるが、大きなことは従来の考え方から転換することで実現できる」。従来、経済成長と排出量は並行して上がっていく計算だったが、ここ数年のトレンドでは経済成長しても排出は減っている。これを30年の排出量に当てはめると「7~8%積み上げできる」(政府関係者)というから驚きだ。

削減目標を設定する時期もどんどん前倒しされている。9月の国連総会前というのが常識化していたが、6月に英国コーンウォールで開催するG7サミットになり、ついには4月初旬の菅首相の訪米に合わせるようになった。政府関係者は「米国のプレッシャーに耐えられなくなった」と解説する。

急変した理由は圧力だけではなく、菅政権の苦しい事情も要因となっている。支持率浮揚策に使えるというのだ。4月初旬の訪米も米国側はそれほど乗り気でないのに官邸が早々に日程を公表した。困ったときの外交頼みで、その際には必ず削減目標について話し合う。本格的な外交デビューを飾るためにも米国側にお土産を渡したいのだ。しかも米国との交渉がうまくいけば政権浮揚にもなるというのが官邸側の皮算用だ。

菅首相は新型コロナウイルス対策や東京五輪問題には興味がなく、さらには総務省やNTTの接待問題で「目がうつろで生気がない」(官邸関係者)。政権浮揚につながる話として、気候変動対策だけが頼みの綱だとも指摘される。そんな中で、政権内のきしみが悪化する出来事が3月上旬に勃発した。

官邸の気候相構想に経産省反発 米国対策の評価も不透明

気候変動担当相―。小泉環境相が突如兼務することになった閣僚ポストだ。しかしこの担当相、実際は環境相と何ら変わりない単なるお飾りなのだ。情報筋によると、担当相構想と、内閣官房に「気候変動推進室」、官邸に有識者による推進会議を設置するという3本柱は、1月に菅首相の政務秘書官となった財務省出身の寺岡光博氏が主導。関係する各省には直前まで秘せられていた。

当初の構想は、担当相がNDC、カーボンプライシング、石炭火力問題を一手に担い、実動部隊として推進室の官僚を動かし、科学的な事実を基にした考え方を有識者会議でまとめるものだった。しかし発表直前に経産省に漏れ伝わると、梶山弘志経産相はじめ経産省は反発。幹部を中心に猛烈な巻き返しが始まった。小泉環境相が会見でいくら「特命担当」と繰り返しても、単なる肩書の追加にすぎず、推進室も当初より減員して発足、有識者会議の人選も難航した。

ある政府関係者は言う。「ケリーのカウンターパートだと勘違いしている小泉氏が菅総理に入れ知恵した。支持率低下を食い止めたい菅総理、実権を経産省から奪いたい財務省、目立ちたい小泉氏、それぞれの思惑が一致し、官邸の当初の構想につながった」

NDCの大幅引き上げにより、外交的な成果をひっさげ支持率浮揚につなげたい官邸だが、果たして狙い通りにいくのか。米国事情に詳しい研究者は「米国は45%減で納得しないだろう。むしろ50%に到達しないことにがっかりするかもしれない。訪米で血祭り状態になり、『リーダーシップを発揮できない菅首相』のレッテルだけが残る可能性はある」と手厳しい。脱炭素政策が国内外の脱菅政権につながることさえ否定できなくなってきた。

「熱利用」脱炭素化の切り札 CNL普及拡大へ新組織


東京ガスなど国内企業15社はこのほど、CO2クレジットによる相殺で温暖化ガスの排出量が「実質ゼロ」と見なされる「カーボンニュートラルLNG(CNL)」の普及拡大を目指すための新組織「カーボンニュートラルLNGバイヤーズアライアンス」を設立した。

CNLの普及拡大へ供給・需要双方の事業者がタッグを組んだ(3月9日)

東ガスのほか、アサヒグループホールディングス、いすゞ自動車、オリンパス、東芝、三井住友信託銀行、三菱地所、ルミネなど、CNLを購入する幅広い業種の企業・法人が設立メンバーとして参加。供給事業者と需要家が連携してCNLの認知、市場形成を目的としたプロモーションを展開することで、その価値を広く社会に訴求していくのが目的だ。

投資評価の向上狙う 他エリアを巻き込めるか

さらには、ESG投資評価の向上、環境関連諸制度におけるCO2削減手段としての位置付けの確立に向けた取り組みを進め、LNG利用と脱炭素化の両立を図りながら参加各社の企業価値向上につなげる狙いもある。

昨年10月、菅義偉首相が打ち出した「実質ゼロ宣言」により、日本は脱炭素経済への移行に大きくかじを切った。強靭性(レジリエンス)を備えた持続可能なカーボンニュートラル社会を実現するため、エネルギー分野では熱利用の脱炭素化をいかに進めるかが大きな課題だ。

3月9日の記者会見で東ガスの野畑邦夫副社長は、「水素、メタネーション、CCU(CO2回収・利用)の社会実装に向けイノベーションを進めているが、実現には一定の時間を要する。まずは、足元で最もフィジブル(実現可能)な手段であるCNLの普及拡大を推進していきたい」と、アライアンスの活動の意義を強調した。

一方、需要側にとっても、自社で消費するエネルギーの脱炭素化に向けて供給側と一体となった取り組みが欠かせない。

天然ガスを燃料とする車両の製造・販売を手掛けるいすゞ自動車の池本哲也取締役常務執行役員は、「4月の導入に合わせ、藤沢工場(神奈川県藤沢市)に設けている充填所で、供給するガスの全量をCNLとするほか、栃木工場(栃木県栃木市)の一部でも使う」と表明した上で、「2050年カーボンニュートラルを目指す上で、さまざまな分野の事業者との協業は欠くことができない」と述べ、今回のアライアンスもその一環だとの認識を示した。

また、東芝の上條勉執行役常務は、「まずは4月に府中(東京都府中市)と川崎(川崎市)の事業所のボイラーや暖房、自家発などの機器でCNLの利用を開始し、順次ほかの事業所にも拡大していく。CNL利用の意義を理解し、市場導入の拡大に貢献したい」と意気込みを語った。

今回参加したのは、首都圏で事業を展開する東ガスの顧客企業に限られている。脱炭素時代に、同アライアンスは存在感を発揮できるのか。エリア内の幅広い業種の顧客企業の参加を促すとともに、ほかの都市ガスエリアも巻き込むことができるかにかかっている。

【省エネ】高価格の機器 自律的普及に期待


【業界スクランブル/省エネ】

省エネ法は「燃料資源の有効な利用の確保」を目的としており、事業所構内の再エネ発電電力量(CO2排出ゼロ)を一次エネ換算値「ゼロ」として控除するなど、CO2排出量削減対策促進と整合が取れた制度である。一方、脱炭素社会に向けては、エネルギー供給側と需要側のさらなる取り組み強化が必要だ。

事業所・工場などの脱炭素化へ、炭素生産性(付加価値額/CO2排出量)を向上させる政策手法としては、EUのようなC&T(国内排出量取引)制度導入より、現状の省エネ法をベースとして脱炭素対策を強化する方が日本の現状に適している。

具体的には、現在は発熱量ベースの燃料一次エネ換算値にCO2排出係数の差による重み付けを考慮すると、重油から都市ガスへの燃料転換のCO2削減効果が省エネ法で適切に評価できる。また、グリーン熱証書や海外のCO2クレジットでオフセットされた都市ガスの販売も始まっており、一次エネ換算の際に考慮すべきである。また現制度ではゼロ評価の水素も、燃焼と同程度のCO2排出がある化石燃料起因のグレー水素と再エネ起因のグリーン水素の一次エネ換算値は差別化して、グリーン水素購入を高く評価すべきである。再エネ100%の電力購入なども、CO2排出係数の差を考慮した換算値として促進させるべきである。

現在、小売電気事業者に非化石比率の目標が義務化されているが、省エネ法対象需要家にも使用エネルギーの非化石比率目標を義務化し、電力会社間で低炭素電力販売の価格競争をする姿が市場原理を活用した脱炭素対策促進として効果的である。なお、需要家の非化石目標は一律とすべきだが、一部の業種には、国際競争力に配慮した軽減措置の適用が必要である。

日本のエネルギー消費原単位の改善率は鈍化しており、LED照明などの費用対効果が高い省エネ対策の多くは実施済み。CO2フリー電気・ガスは価格が高いため、高価格な省エネ機器導入の投資回収年数が短くなり、従来よりも一段高いレベルの高効率機器の自律的普及促進効果による省エネ増も期待できる。(T)