<出席者>電力・ガス・石油・マスコミ業界関係者4人
菅義偉首相の2050年ゼロエミッション宣言をマスコミは好意的に伝えている。だが、再生可能エネルギーに偏りすぎる報道は、国民をミスリードしかねない。
―菅義偉首相が10月26日、所信表明演説で2050年カーボンニュートラルを宣言した。マスコミは歓迎ムード一色だ。
電力 反対する理由がない。ただ、専門家は簡単な話でないことは分かっている。再エネだけで実現できるわけがなく、誰がいつ、どういう形で原発の新増設を言い出すか注目している。
ガス 菅首相が周囲の意見を聞いて、判断したと思う。梶山弘志経産相は50年実質ゼロに慎重だったと聞く。日経の電子版がいち早く報道して、毎日が続いて1面トップ記事にした。毎日の記者はこの件を追っていて、和泉洋人首相補佐官に取材して書いたようだ。
経産省出身の今井尚哉補佐官が退いてからは、官邸では和泉さんの守備範囲が広がっている。エネルギー問題も見ているらしい。
マスコミ 首相はスマホの料金引き下げに熱心だけど、これは国内のビジネスの話。しかし、ゼロエミは国の政策で世界にも伝わる。それだけにかん口令が敷かれていて、記者は取材に苦労していた。
―和泉さんは国土交通省出身だけど。
石油 そうだが、住宅局長を務めたことがある。そこでエネルギー業界とつながりができた。今は詳しいはずだ。
マスコミ 菅さんが首相になってから、公明党が脱炭素社会の構築を進言している。経産省参与に就いた水野弘道氏からも意見を聞いて、経産・環境省の両次官から説明も受けている。
和泉さんも局長クラスから話を聞いていた。パリ協定復帰を公約していたバイデンさんの米大統領当選を見通して、首相が決めたとみている。
ガス 気になっているのは、実質ゼロ宣言を受けて、自民党にカーボンニュートラル実現推進本部ができたこと。本来なら政調会長が責任者になるべきだが、二階俊博幹事長が本部長に就いている。
マスコミ 二階さんが何をしたいのかは分からないが、耳触りのいい世間受けする政策だけを並べるのはやめてほしい。RITE(地球環境産業技術研究機構)が経産省の審議会に提出した資料によると、EUでは再エネを中心にしてゼロエミを実施した場合、50年の電力単価は3~7割上昇する。
日本の場合、再エネだけに頼ろうとすると、もっと国民負担は大きくなるだろう。本気で50年実質ゼロを実現するならば、原子力の役割を主張しなければ、政治家の資格はない。
「10年間新増設なし」 気になる原発の位置付け
―電力・ガスはともかく、石油業界へのインパクトは大きかったと思う。
石油 元売り大手は、再エネや水素で生き残ろうとしている。ガソリンスタンドも電気・水素自動車でも、クルマ周りで何とかやっていける。大変なのはLPガス業界。もっとも、もともと薪や炭を売って生業にしていた人たち。これからは電気や水素を売ってくことを考えればいい。
―エネルギー基本計画見直しの議論が始まっている。実質ゼロ宣言を受けて、原発の位置付けが気になっている。
電力 梶山経産相は、朝日のインタビューで「10年間、新増設の議論はしない」と言っている。次期エネ基でも、新増設は明記されないかもしれない。
30年に原子力比率20~22%の目標は、既存の原発の再稼働や運転延長で達成できるかもしれない。だけど、50年を見据えて将来、原発を造るとなると、10年間建設がないと、メーカーの製造力や電力会社の運営能力は取り返しがつかないほど落ちる。産業として成立しなくなってしまう。
―でも、なぜかマスコミはそのことを伝えない。
電力 経産省の役人は事情を分かっている。それで取材する記者も原発が実質ゼロに欠かせないことを大体は理解する。ところが、そんな記事を書いても編集局の幹部がはねてしまう。論説委員も、産経、読売は別にして他紙のほとんどは原発は眼中にない。
ガス 経済界に影響力がある日経が再エネ主力電源化に偏りすぎで、経産省は頭を痛めている。編集幹部に説明にいっても、冷たくあしらわれるらしい。
マスコミ ただ、梶山さんは原子力の必要性を理解していないわけではない。新増設よりも、とりあえずは足元の再稼働や運転延長などに集中すべきだと考えている。それで、梶山さんへの信頼は省内でも厚い。原子力産業の在り方にしても、当然、何か対策を考えているはずだ。
米新政権でシェールガスは? LPガスは米国に7割依存
―話は変わるけれど、民主党のバイデン氏が米国新大統領になる。環境問題重視を打ち出しているけど、アメリカは今やエネルギー輸出国だから、当然、日本にも影響が出そうだ。
ガス 日本企業はシェールガスの権益を多く買っている。新大統領は水圧破砕法(フラッキング)を否定しないようだが、民主党内の環境重視派は廃止を求めている。新政権の人事にもよるが、これからどうなるか気になっている。
石油 LPガスはサウジアラビアから輸入しているイメージが強いが、実は今、約7割を米国産に依存している。パナマ運河が拡幅されてVLCC(20~30万t級タンカー)が通れることが大きい。
値段も米モントベルビューの市況価格だから、サウジアラムコのCP(コントラクトプライス)よりも安い。もし米国産の輸入に支障が出たら、またサウジ頼りに逆戻りしてしまう。
―ちなみにバイデン氏は既存原発を活用して、新型炉も開発するとしている。そこは見習ってほしいね。