インバウンド需要が急回復する中、海外便への供給難が表面化した。
系列化が進む流通体制を見直す課題も突き付けられている。
新型コロナウイルス禍後のインバウンド(訪日客)需要が急回復する中、航空機向けジェット燃料の供給が追いつかず、日本各地の空港で給油できない事態が表面化した。政府が経済成長のけん引役として期待する訪日客は、今後も増加傾向が続く見通しだけに、航空燃料を巡る構造的な問題を踏まえてサプライチェーン(供給網)などの体制を見直す対応が求められている。関係者を取材し、背景や課題を探った。
国内空港で相次いだのは、燃料の供給を受けられずに海外の航空会社が新規就航や増便を断念するという問題。そうした事例が合計で週140便に上った。便によっては、帰路の燃料が確保できない事態となり、往復分の燃料を出発空港で積む「タンカリング」を余儀なくされた。これは、乗客数や貨物量を絞らざるを得ないリスクをはらむ非効率的な運用方式だ。
「非常に大きな問題だ。外国の航空会社が入るのを断念することがないようしっかり対策を打ちたい」
斉藤鉄夫国土交通相は6月下旬の閣議後記者会見で一連の事態を深刻に受け止め、こう強調。燃料供給不足の解消に向けて経済産業省と立ち上げた「官民タスクフォース(TF)」での検討を踏まえ、迅速に対応する考えを示した。
インバウンドで活気づく空港(イメージ)
提供:日本航空
問題解消の実効性が焦点 問われる政府の本気度
そもそも燃料の国際線向け出荷量は、2023年度にコロナ禍以前の水準にほぼ回復。これまでも不足分は海外から輸入しており、今回の燃料不足は供給量の問題ではない。一部で「元売りが精製能力を削減しすぎた」という誤解まで生じたが、大きな要因は機敏に動けない輸送体制だ。「元売りは年間計画で輸送体制を組んでおり、需要の急激な変動に対応できなかった」(業界関係者)という。
両省は7月、こうした事態への対応策をまとめた官民TFの行動計画を公表。短期的には、①需要量の把握、②供給力の確保、③輸送体制の強化―といった計画を盛り込んだ。例えば、航空会社が確度の高い情報を集め、燃料供給計画を立てる石油元売り各社に時間的な余裕を持って提供。元売りがその情報を基に供給網の状況を確認し、燃料の依頼に備えるよう促した。
中長期的には、将来の燃料需要増などを見据え製油所や油槽所の既存タンクを航空燃料用に転用するなど、計画的な設備投資について検討するよう要求。輸送に必要なタンクローリーの台数確保や船舶の大型化などの対応も求めたが、計画の実効性を高められるかは未知数だ。構造的な問題にまで踏み込んだ内容とは言い難いからだ。
石油流通に詳しい桃山学院大学経営学部の小嶌正稔教授は、「本質的な問題は石油製品流通の硬直化だ。本来なら競争原理を働かせるべきだが、石油元売り大手3社による系列化と専属化が進んだ」と指摘。続けて、「価格や販売を優位にコントロールしやすい寡占体制下で、需要の変化に柔軟に対応できなくなり、燃料不足につながった」とも分析する。
さらに問題の根底を探ると、「元売り間の競争を排除することを容認してきた資源エネルギー庁と公正取引員会の姿勢に行き着く」(小嶌氏)ようだ。元売り業界が約30年間にわたり再編の歴史を重ねてきた結果、効率化を実現したものの、物流面で弊害が顕在化。石油流通で要となる内航タンカーの運航会社が自由度を失った。まさに政府が流通面の競争に目をつむり続けた結果と言えそうだ。
元売りには、硬直性を打破し「オープンイノベーション」を促す姿勢も問われている。小嶌氏は「新しい分野を見据えて積極的にビジョンを示し、開かれた競争を巻き起こさないと、企業成長の推進力につながるイノベーションは生まれない」と課題を投げかける。
オープンな対応は流通面でも不可欠で、商社が海外から燃料を輸入する際に「給油タンクの空き状況」などの流通情報を素早く開示するといった対応が求められる。主要な国内空港が近隣諸国のハブ空港との競争にさらされているだけに、給油問題が日本の国際競争力を削ぐことがないよう流通を見直す対応が必要だ。
国内生産と輸入で量的確保 確度の高い情報が重要に
石油は原油から各種製品が同時に生み出される「連産品」という特性を持つため、航空燃料のみの増産が難しい。こうした中で石油業界は、成分が近い灯油の需要を見極めながら必要に応じて航空燃料を輸出入してきたが、政府が国策として力を入れる訪日客の誘致策を支える責任がより問われそうだ。
定期航空協会は成長する訪日客市場に触れ、「右肩上がりで推移する国際線の需要に応じて必要量の燃料を適切に確保できるかどうか、今後も注視していきたい」と説明。エネ庁燃料供給基盤整備課の永井岳彦課長も「航空燃料は引き続き増えていく燃料種だ。石油業界には確度の高い需要に対してしっかりと対応してほしい」と述べた。
関係者の期待に応えるように元売りは、「需要に見合った安定供給に向けて最大限努力したい」と強調。石油連盟の木藤俊一会長(出光興産社長)は記者会見で「引き続き国内生産を基本としつつ、必要に応じて輸入を行うことで、航空燃料の量的確保を図る」と表明した。
一方、脱炭素という潮流を受けて化石燃料需要の先細りが見込まれる中、元売り各社には成長分野を視野に事業構造の転換を急ぐ課題も突き付けられている。航空分野の脱炭素化を促すSAF(持続可能な航空燃料)を巡っては、各社が供給網づくりを加速し始めた。ただ、事業予見性がなければ投資に動きにくい。各社が足元の対応とは相反するSAF戦略にも注力できるよう、より知恵を絞る対応が政府に求められそうだ。