【業界紙の目】田中信也/物流ニッポン新聞社 東京支局記者
運送業界などの時間外労働規制を巡る「2024年問題」の期限が迫る中、政府は危機感を強める。
現場は規制強化への対応に追われており、政策パッケージをいかにうまく活用できるかが問われている。
2018年12月に成立した働き方改革関連法では、時間外労働の上限規制が設けられ、19年4月から順次適用してきた。このうち規制強化の影響が大きい建設業、トラック、バス、タクシーの自動車運送業などは24年4月から適用することとし、5年間の猶予が与えられた。かつ、年720時間を上限とする一般則に対し、自動車運送は年960時間の特例が適用されている。
こうした「特別扱い」が行われたにもかかわらず、現時点でトラック業界では、長時間労働の是正、労働条件の改善といった働き方改革が実現しているとは言えない。単に「24年問題」と称する場合、物流の諸問題を想起させることが、そのことを裏付ける。
なぜ、これほどのインセンティブがありながら改善が一向に進まず、これを後押しする有効な政策も打ち出せなかったのか。
その背景には、1990年の貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法のいわゆる「物流2法」の施行から進んだ、トラック事業の規制緩和の影響があると考えられる。規制緩和に伴い事業者間で過当競争が起こり、運賃水準が低下する「負のスパイラル」に陥った。この対応にトラック業界や行政当局があまりに長い時間を要したことで、ドライバーの働き方改革の具体的な対策にまで手が回らなかったものと考えられる。
企業間物流の課題強調を 荷主の行動変容要求は画期的
24年4月まで1年を切った中、政府が打ち出した政策パッケージには、所管する国土交通省のみならず、農林水産省、経済産業省、厚生労働省、警察庁、消費者庁、公正取引委員会など、省庁をまたいだ多種多様な政策が盛り込まれ、大手全国紙、テレビキー局など多くのメディアで報じられた。
ただ、「再配達率半減」「送料無料表示の見直し」といった、宅配便など消費者物流での取り組みや政策をクローズアップするメディアが少なくなかった。こうした見出しならば一般消費者の目に触れやすく、世間の関心を集めやすいのは確かだ。それでも24年問題の本筋は、長距離トラック輸送をはじめとする企業間物流である。店舗や工場向けの物流がストップすれば、「スーパーやコンビニエンスストアの棚から商品が消える」「ありとあらゆる製品を製造できなくなる」といった側面を、物流業界や行政当局はもっとアピールすべきだ。
一方、荷主・元請事業者を対象とする物流負荷軽減に関する規制的措置や、荷主の役員クラスに物流の統括管理者、いわゆる欧米企業でのチーフ・ロジスティクス・オフィサー(CLO)の配置義務付けについて、「24年の通常国会での法制化も視野に整備する」ことが明記されたのは画期的なことだ。国交省物流・自動車局などとともに物流対策の検討をけん引してきた、経産省商務・サービスグループの中野剛志物流企画室長は「物流負荷の軽減に向け、荷主の行動変容を求めたことは世界的にも例がない」と強調する。
法整備は、省エネ法のエネルギー使用の改善に向けた計画の策定・公表、管理者選任の規定を参考にしていく方針だ。しかし、CO2排出量など指標が明確な省エネ法での規制と異なり、重量や輸送距離を指標とする場合、業界・分野の特性や着荷主のデータの把握が困難なことから、定量・単一的な目標設定が一筋縄ではいかないため、紆余曲折も予想される。
「24年4月がゴールではなくスタート」とは、物流の課題解決に関してもよく言われるフレーズだ。しかし、時間外労働の上限規制適用のリミットは刻一刻と迫っている。法制度が整備され、荷主に対する規制強化の措置が施行されるまで最低2年程度の期間を要するとみられている。そうした中、ドライバーの拘束時間、休息期間などを定める改正改善基準告示の順守が求められる。
政策パッケージ機能するか 政権の人気取りで終わらせず
さらに政策パッケージでは、何も対策を講じなければ「24年度に14%、30年度には34%の輸送力不足」という試算結果が突き付けられており、ドライバーなどの賃金水準向上に向けた適正な運賃収受や価格転嫁のための取り組みが不可欠だ。
しかし、働き方改革関連法に基づく規制強化は段階的に適用されており、19年4月に有給休暇の年5日取得が義務化され、今年4月には「23年問題」とも称される月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率引き上げが、中小企業にも適用された。
ほとんどの事業者は、相次ぐ規制強化に着実に対応している。だが、荷主との値上げ交渉がままならず、効率化できるほどの人員や施設・設備のない事業者には、労働時間の短縮や、割り増し分の原資の確保は厳しい。
有休の年5日取得では、ドライバーの「日給月給制」の給与形態がネックとなり、対応に苦慮しているケースもあるようだ。時間外労働上限規制に伴う対応も迫られる中、パッケージに盛りこまれた対策が有効に機能しなければ、規制強化の「三重苦」に押しつぶされる事業者が続出しかねない。
9月下旬には岸田首相がトラック事業者を視察した
こうした中、岸田文雄首相は9月28日、東京都大田区の中小トラック事業者を視察し、業界団体の首脳、経営者、ドライバーと意見を交わした。この場で、24年問題に伴う諸課題への対応に向けて「物流革新緊急パッケージ」を取りまとめることを明言し、10月6日に閣議決定した。
荷役作業の自動化・機械化、電気トラック導入などのための予算措置を、経済対策に盛り込む。さらに、ドライバーの賃上げを実現するための適正運賃収受に向け、荷主・元請事業者への規制措置を「次期通常国会で法制化」する方向性も示した。
新たなパッケージを打ち出したのは、政権側の「支持率向上に向けた人気取り」という狙いも透けて見える。ただトラック業界・事業者は、またとない絶好機を逃してはならない。荷主側とも連携し、取り組みを推進していくことが求められる。
〈物流ニッポン〉○1968年創刊〇発行部数:15.8万部〇読者構成:陸上貨物運送業、貨物利用運送業、倉庫業、海運業、港湾運送業、官公庁・団体、荷主など